エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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王城、地下

「ぐッ……!?」

「アステア様!」

 

 王城ハルメイア、その地下。松明の光しか存在しないジメジメとした空間に、二人の女性がいた。

 一人は大神官アステア。彼女は右腕を押さえながら蹲っており、すぐ近くには持っていた宝石杖が放られていた。その表情は苦悶に染まっている。

 見ると、彼女の右腕には無理やり裂いたような痛々しい傷がいくつもあった。意識を失ってもおかしくないほどに深い傷だ。

 

 もう一人は質素なシスター服を着た褐色肌の少女であり、アステアと比べて頭一つ分ほど背が高い。

 これといった装飾品は身に着けていない彼女は、アステアのすぐ隣に跪いた。

 傷ついたアステアを心配そうに見つめながら、自分の右手に光を発生させる。回復魔法の類であろうか。

 シスターはそのままアステアの傷に触れようとしたが、アステアはその手を左手で払った。

 

「……やめなさい。これは彼女の呪詛です。女神の御業など効きません」

「し、しかし放置するわけには!」

「心配……しなくても、大丈夫です」

 

 そう言うとアステアは、近くに置いてある大きなバッグの中から包帯と瓶を取り出した。

 彼女は瓶のふたを開けると、傷口にその中身を勢いよくぶちまける。ジュウジュウと肉の焦げるような怪音が響き、アステアの表情がさらに歪んだ。

 しかしアステアは手を止めず、そのまま手慣れたようにテキパキと包帯を巻いていく。そして数秒もしないうちに手当が終了した後、彼女はようやく一息ついた。

 

「これで、あとは自然に治るのを待つしかありません」

「……やはり無茶です。いくらアステア様でも、お一人でララベルの相手だなんて」

「無茶であろうと、私が何とかしなくてはなりません。女神様より、直接啓示を賜ったのですから」

 

 アステアは立ち上がると右腕を気にもせず、何事もなかったかのように出口の方へと歩き出した。

 シスターは何処か迷っている顔をしていたが、やがて意を決したように駆け出してアステアの前に立ちふさがる。

 

「……どういうつもりですか? シスタージース」

「ご休憩なさるべきです。今の貴方はララベルどころか、上級魔物一体ですら相手にできません」

「休憩? 休憩なんて、いつ出来ますか? 傷つこうと死に体になろうと、私の啓示が止まることは決してありません。他の者も然り。それが我々、聖教会の使命です」

 

 アステアは邪魔をするシスターを睨みつける。その目には化粧でも誤魔化せないであろう、深く濃い隈が見て取れた。

 もう何日も眠れていないのだろう。

 

 褐色肌のシスター、ジースはアステアの目を見て悲痛な表情になるが、それでも道は譲らなかった。

 ある種幽鬼のように恐ろしい目をするアステアを前に、一歩もその場から動かない。

 

「それでもお体を休めなければ。睡眠不足で倒れてしまっては、女神様からのご期待にも――」

「アレに期待なぞあるものか!」

 

 言い合いの中、突然アステアが豹変する。言葉を遮り、弾け飛ぶように叫んだ。睨むだなどという生易しい目ではなく、今すぐにでも殺してしまいそうなほどの殺意に満ちた目をしている。

 ジースはビクリと体を震わせ、一歩後ろに下がった。アステアはそれを見逃さず追うように歩を進めると、右腕でジースの襟を思いきり掴んで顔を引き寄せる。

 かなりの力を込めているのだろうか。右腕に巻き付けた包帯からはブシュリと血がにじみ出ている。

 見るに堪えない状態になっているが、アステアがその手を緩める様子はない。

 

「シスタージース。貴方の啓示は?」

「は……」

「お前が賜った啓示は何だと聞いているッ!」

 

 アステアの恫喝に震えが止まらないジースだが、アステアの表情は変わらない。それどころか、味方であるはずの彼女ですら殺してしまいそうな勢いだ。

 

 ジースは数秒頭が真っ白になってしまったが、なんとか口を動かすことが出来た。

 

「あ、貴方の補助。迅速なララベルの封印、です……」

「啓示の回数は?」

「ら、ララベルの復活時から毎日一回です……」

「そう。なら貴方のすべきことは、私を休ませることですか?」

 

 ジースは否定できなかった。

 己の使命への理解。そして、反論を許さないアステアへの恐怖。

 その両方に挟まれ、ジースは口を全く動かせなかったのである。

 

 何も言えなくなったジースを見て、アステアはゆっくりと手を離した。ジースはそのままへたり込んでしまい、浅い呼吸を繰り返す。

 震えている様子を見ると、未だ恐怖が残っているらしい。

 

「ジース、よく聞いてください」

 

 アステアは震えるジースの肩を抱き、その耳元で優しく囁く。

 乱暴な口調ではなく、子を諭す優しい母親のような口調で。

 

「勇者を、ララベルを封印できるのは私たちだけです。どれだけ危険であろうと成し遂げなければ、安寧なんて永遠に来ません」

「アステア……様……」

「負い目を感じますか? 我々も言ってしまえば、彼女と同じ穴の狢ですからね」

 

 そう言ってアステアはジースを放すと、彼女の横を通って扉の方へと向かった。

 その手には宝石の杖が握られており、杖は暗い部屋の中でも怪しく輝いている。

 

「……どのように、止めるのですか? あの怪物を」

「既に策は考えています。今、彼女を動かしているのは近くにいる異物です」

「異物……封印を解いた者ですね」

「そう、ララベルはその者を大切にしています。それも、自分の行いを隠すほどに。話をした時、少し触れただけでこの有様です」

 

 そう言うと、アステアは軽く右腕を上げた。

 その腕の凄惨さが、彼女の説得力の強さを物語っている。

 ジースは再び身をこわばらせたが、アステアは気にすることなく逆に笑みを深くした。

 

「……どのような者なのでしょう?」

「あの廃村に一人、残っている建物の2階から感じ取れました。信じられませんが、これといった魔力も感じない上に村人よりも非力。そんな人間だと思われます。どのように封印を解いたのかも、近づけたのかすらも分かりませんが、少なくともララベルが守っているのは確かでしょう」

「カギを握るのは、その者なのですね。どのようになさるのですか?」

「……取り入れます。我らが聖教会に」

 

 そう言って、アステアは再び歩き出す。

 その目には決して揺るがない光が宿っており、同時に隠しきれない陰りが見えた。

 ジースもアステアを追っていく。少しでも、自分がアステアの救いになれることを祈りながら。

 




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