エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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いざハルメイアへ

 

 王都ハルメイア。

 

 俺が知る限りだとこの国は、『探らなければ安心して暮らせる国』となっている。

 表向きでは国政もしっかりとされているし、兵力も申し分ない。

 各所で問題が発生すれば、すぐに対策を考え実行するフットワークの軽さもあった。

 それが王都ハルメイアだ。

 

 だが、国民に対して不明瞭な点もいくつかある。

 例えば罪人の処遇。

 この国では捕らえた囚人がどういった扱いを受けているか、明らかになっていない。

 ごく稀に、やむを得ない事情で盗みをした子供が、すぐに牢から出てくることはあった。

 その子供の証言によると、牢は日差しが差し込む清潔な場所であったという。

 食事もしっかりと与えられ、時たまやってくる神父に罪の愚かさを説かれるくらいであったそうだ。

 しかも牢から出た後、少年の貧しい家族に生活資金が与えられ、少年にも無理なく働ける仕事が斡旋されたらしい。

 

 ここだけ聞けば、善人どころか聖人君子をそのまま体現したかのような処遇である。民からの支持も爆上がりだろう。

 しかし、そうでないケースも存在する。

 重い犯罪を犯した者や国の秘密を探ろうとした者が牢に入った後、どうなったのか知る者はいない。

 噂によると、強制労働施設なる場所で奴隷のような扱いを受けているとか。

 だがそれもあくまで噂どまり。国民はただ国を信じるほかなかった。

 

 とにかく、表面上は良い国だが裏では何が起きているか分からない国。それがハルメイアだ。

 そんな国の民なら、わざわざ王国の裏を知ろうだなどと普通は考えないだろう。藪をつついて魔物よりも恐ろしい何かに襲われたらたまらない。

 それに不安定なことが多いであろうこの世界において、安定した暮らしができる事はとてもありがたいのだ。

 

 

 

 さて、ここまでが恐らくハルメイアの一般国民でも知っている知識。

 ここからはハルメイアの裏に踏み込む知識になる。

 

 

 

 まず大前提。一番の特徴として、一見トップに見える王族がほとんど力を持っていないことが挙げられる。

 ここまで説明してなんだが、ハルメイアの実権を握っているのは別の勢力だ。これは魔王が討伐される前、というかララベルが勇者とされる前からそうであった。

 

 一つ目は聖教会。全員が勇者と同じく女神の恩恵を授かり、その啓示のもとに神の意思を代行する。聖罰の名のもと、あらゆる「敵」を排除していくのだ。

 それが善であれ悪であれ、彼らが拒否することはない。というか、できない。

 彼ら自身も神に逆らえば、啓示の勢いは激しくなる。夜も眠れず、食事も何もかもままならないほどに。

 ごく一部の人物はこの啓示をまともに受け、今もその苛烈さに苦しんでいる。

 そんな苦痛を国民はつゆ知らず、ただ罰せられる者に侮蔑の目を向け、聖教会の者たちには畏怖の目を向けていた。

 彼らが女神から、装置のような扱いを受けていることも知らずに。

 

 二つ目は聖騎士団。彼らは聖教会のような表向きでも慈悲深いような面がなく、徹底的に女神の敵を潰すために存在する。言ってしまえば殺伐とした処刑人の集まりのような存在だ。

 返り血を浴びても瞬く間に汚れを浄化し、白く輝く鎧や剣は神々しく禍々しい。

 パッと見ヒーローのような見た目をした彼らも、実際は殺伐とした啓示の達成者である。

 ちなみに、勇者を代々鍛えているのはこの集団であり、アニメ序盤でララベルを痛めつけているのは彼らがほとんどだ。同情するが、許すまじ。

 

 王都、そして王城ハルメイアは、この聖教会と聖騎士団という二つの勢力によって支配されている。

 王族は実権を握っておらず、ほぼお飾りの状態だ。いや、お飾りですらない。王様や王妃は恒例の行事として、定期的に国民の前に姿を現す。だがそれ以外は城の一室に幽閉されている。その時にどんな扱いを受けているのか、誰にも分からない。

 資料集には娘がいると明記されていたが、どんな顔なのかデザインすら描かれていなかった。

 

 さて、長々と説明した二つの勢力。実はいくつか共通点がある。

 それはどちらに所属する者も、勇者でないのに女神の恩恵を得られたという点。一般人は聖教会と聖騎士団の裏を知らないという点。そしてどちらの組織も、実際の人数は数十にも満たないという点だ。

 

 一見バラバラに見えるこれらの共通点。真実を知ると非常によく絡み合っている。

 つまり啓示を受ける理由と真実を知られていない理由。そして人数が少ない理由はほぼ同じということだ。

 解を得るために、資料集からある文章を抜粋する。

 

 ――かつて女神から、魔王討伐という身に余る使命を受けた男がいた。だが彼はその使命に耐えきれず、遂には愛する女を失ったその時、その知性を狂わせるに至った。誰も彼を止めることは叶わず、勇者討伐という非道のもとにその者は地に沈んだという。それから数年後。人知れず勇者の怨念が集まり、ソレは神の教えを説く教会と、神の教えを叩き込む騎士団に分かれた。

 

 ララベルが勇者になる前。別の勇者が存在したという事実を示す文章だ。

 王族の失権。明かされない裏。実権を持っているにもかかわらず、数の少ない聖教会と聖騎士団。そして先代勇者の怨念。

 何が原因で先代勇者が狂い、どのような暴虐の果てに殺されたのか。そして数年後に現れた勇者の怨念。形のないパズルピースが自然と合わさり、答えは自然と一つの道へとまとめられる。

 

 つまり、彼らの正体は――

 

「コウ、聞いていたかい?」

「……あ、あぁ」

 

 ララベルに声を掛けられ、ふと我に返る。

 彼女は椅子に腰かけ、テーブルの対面からコチラを見ていた。俺が返事をすると、微笑んで説明を再開する。

 

 彼女は現在、出発に先駆けて俺にこの世界の説明をしてくれていた。とはいっても、親切な村人が生きているうちに教えてくれた情報だ。

 その人は正体が分からないララベルにも優しくしてくれて、知りたいことや食料まで与えてくれていたらしい。

 せめて弔いくらいはしたかったが、ララベルに止められた。死者への哀れみは、親しい者でなければ呪いとして降りかかる可能性があるのだとか。

 

「聖教会と聖騎士団の面々は未だ健在。というより、今は私が封印されてからそれほど時間が経っていないようだよ」

「……そうか」

 

 あまり時間が経っていないってのは、こっちとしてはありがたい。俺の持っている知識も、ある程度は通用するだろう。

 戦闘面では役に立つ自信は無いが、他の何かで役に立てるかもしれない。

 

「どうやってハルメイアに行くんだ?」

「転移魔法を使うよ。壁をすり抜けるには、他に方法はないからね」

「……簡単に言うけど、出来るのか? 確か転移って、行き先に自分が用意した魔法陣が無いと出来ないんじゃなかったっけ?」

「ふふ、良く知っているじゃないか。安心しておくれ、決して知られない場所に用意してあるからね」

 

 そう言うと、ララベルはニコリと笑って立ち上がる。視線の先には、村で準備したのであろう剣や防具、そして何かが詰まっている袋があった。

 さっき彼女が来た時には何も持ってなかったと思うんだけど、いつの間に持ってきたんだ……?

 

「ん……あぁ、これは君のための装備だ」

「俺に?」

「危険な目に遭わせるつもりは毛頭ないよ。でも、一応は準備しておいた方が良いと思ってね。君でも難なく着れるものを選んだつもりだけど、着心地を確かめてもらえるかな?」

「あ、あぁ……」

 

 言われるがままに椅子から立ち上がると、無造作に置かれている装備を身に着けていった。

 服は軽めだが、丈夫で刃も簡単には通しそうにはない。動物の革で出来ているのだろう。剣は金属製で少し大きめだが、重さは問題なさそうだ。こんな重たそうな剣、持ち上げるのも無理そうだけど……案外イケるのか?

 

「その袋って、何が入ってるんだ?」

「……あぁ、干し肉だよ。可能な限り、携帯できる食料はあるべきだと思ってね。これは私が持っておくよ」

「へぇ、本当に色々と準備してくれてたんだな」

 

 なんだか申し訳ない。

 こっちは部屋で寝てただけだってのに、ララベルは出発のための準備をコツコツと進めていたみたいだ。

 

「あぁ、気にしなくていいよ。君のためだ、私も力が入ってしまってね」

「お? あ、ご、ごめん」

 

 いけない、口に出てしまってたか。

 余計に気を使わせてはもっと悪い。これからは気を付けないとな。

 

「ふふ……それで、着心地はどうかな?」

「すっごいピッタリだ。武器の重さもちょうどいいし」

 

 いやホント、恐ろしいくらいにピッタリだわ。

 俺が寝ているうちに採寸でもしていたのだろうか。そういえば、俺が起きるといつもすぐそばにいたし。

 

「それは何よりだ。選んだコチラも嬉しいよ……では、始めようか」

 

 そう言うと、彼女は人差し指をクルクルとまわし始めた。

 その指先にはボウッと小さな光が宿り、ララベルの真下に落下する。

 

「共に新天地へ」

 

 ララベルが呟くと、光は一気に広がっていった。

 バラバラに見えて規則的に動く光たちは、綺麗な円を描いてその中に呪文を刻んでいく。

 アニメで何度か見た光景だ。魔法発動のための魔法陣。

 分かってはいたが、改めて異世界に来たことを実感する。

 

「さぁ、では行こうか。コウ、こっちにおいで」

 

 ボーっと魔法陣を見ていると、ララベルに声を掛けられた。

 彼女はコチラを見て微笑み、右手を差し出している。

 俺が魔法陣の中に入れば、もう転移は発動するのだろう。

 

「すまん、今行く」

 

 そう言って、ララベルの手を取り魔法陣の中に入った。

 雪のように冷たいが、確かにほんのりと熱を感じる。そんな不思議な手だ。

 

「ふふ、君の手は温かいね。繋いでいるだけでとてもいい気分だ」

「は、恥ずかしい事言うなって。ほら、行くんだろ?」

「あぁ、では行こうか……一緒に」

 

 グルリと視界が回転する。数秒すれば、あのハルメイアに着くのだろう。

 王都ハルメイア。聖教会。聖騎士団。

 他にも問題な連中は山ほどいる。だが、彼女が行くのなら俺も行かないと。

 

 何があろうと、絶対に彼女を一人にはしない。

 二度と封印させないし、奴らの好きにはさせない。

 そのために出来ることは、なんだってしてやる。

 そう思いながら、俺は死地へ赴く決意をした。

 




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返信は疎かになってしまいますが、本文作成を頑張っていこうと思います。
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