エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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即バレ

 

 視界がグルグルと渦巻く中、今後の行動について考える。

 転移後、ハルメイアで注意すべき存在は三人。

 いや大体は接触すらマズいんだけど、その中でも飛び切りのNG。目を合わせることすら駄目な人間は三人だ。

 

 一人は大神官アステア。

 彼女はアニメだと聖教会のシスターでしかなかったが、エンディングでは大神官にまで昇格していた。ララベルの封印という功績をもって。

 アニメ初登場時は中盤頃。他国で出会ったアステアはララベルに対して、他者と比べるとかなり友好的だった。

 一時的とはいえララベルに寝床を提供し、それなりの食事もさせている。

 言葉遣いも丁寧で、笑顔も柔らか。どこからどう見ても、優しくお淑やかなシスターさんそのもの。それがアステアに対する印象だった。殺伐としたアニメの中で、人の温かみを感じる数少ない場面だったことを覚えている。

 ララベルも全く見せていなかった笑顔を浮かべていて、視聴していた自分も嬉しい気分になった。アステアとはその国で別れてしまうのだが、いっそそのまま旅に同行して欲しいと思ったほどだ。

 

 だが最終話、封印の洞窟にて彼女は豹変した。

 地面から飛び出てきた鎖でララベルを縛り付け、今までのイメージをかなぐり捨てるかのようなヤベェ狂笑を見せたのである。

 これには途中でリタイヤせず、最後まで見続けた視聴者もニッコリ(狂)。

 瞳孔が開き切り、それでも瞳に慈愛が感じられる矛盾の塊のような顔。狂人のようで心優しい聖人のような。見ていて頭が可笑しくなるような顔をして封印の呪文を叫んだアステアは、自己キャラ及び顔面ぶっ壊しの功績をもってララベルに次ぐ人気キャラとなっている。

 ちなみに発売された彼女のフィギュアも、例のヤベェ顔に変えることが出来るパーツ付きだ。怖い。

 

――そら、地に伏し眠り続けろ。地獄にも行けぬ永遠の闇が貴様には似合いだッ!!

 

 狂人っていうかラスボスが言いそうなセリフだけど、これ日向でのんびり笑ってそうなシスターさんが吐いたセリフなんだよねぇ……。

 彼女にも事情があるのだが、こんな人に会ったらその場で戦争になりかねない。だから接触はNGだ。

 

 次、二人目。

 聖騎士団団長ベルクター。

 甘いマスクに気品ある振る舞い。短く切りそろえた金髪は光を浴びて神々しく輝き、白い鎧からは後光さえ幻視する。

 まぁ簡単に言えば、絵に描いたような王子様ルックスの男だ。道を歩けば女性からは熱い視線を向けられ、男からは嫉妬が混じった羨望の眼差しを向けられる。

 見た目だけでなく、実力も半端ではない。単騎でドラゴンに挑み、無傷で勝利する程の実力を有している。

 聖騎士団に入る前はフリーの傭兵団に所属し、各国から招待を受けるくらい名の知れた存在だったみたいだが、何故か聖騎士団に迷いなく入ったという。

 

 さて、そんな実力と名声を共に持つ完璧超人なベルクター。

 彼もまたハルメイアの重鎮であり、女神の啓示を受けて聖罰を行う存在だ。当然裏の顔が存在する。

 というか、彼はララベルを痛めつけていた騎士団の一人であり、聖罰によって多くの人間を裁く断罪者だ。眉一つ動かさないで、いつもの気品ある振る舞いのまま。

 いっそ欲望のまま悪逆を尽くす鬼の方が分かりやすい。だが彼はそんな一面すら見せないで、涼しい顔をして日常を過ごしている。

 恐ろしいのは、そんな裏の顔を一切他者に見せない所だ。

 残虐な本性を隠しているのか、はたまた聖教会と同じく無理やり啓示を与えられて従っているのか。聖騎士団の連中はソレが定かではない。資料集にも、彼に関する記述はかなり少なかったのだ。男だし興味ないだろうと、勝手に制作側がカットしたのかもしれない。畜生め。

 まぁとにかく。正体不明、そういった面で彼はアステア以上に扱いづらい。故にベルクターも接触してはならない。

 

 アステア、ベルクター。この二人はすぐに分かるほどの要注意人物だ。だが正直、そこまで危険度は無いと思っている。

 普段彼らは王城の中にいるし、すぐに会うことは無いと思うからだ。

 だが最後の一人。ヤツだけは違う。

 彼女は自分がどれほど危険な人物なのかも自覚せず、当然のように街を歩き回っている。自分自身が、女神に情報を与える「目」であることを知らないで。

 前者二人は会うだけなら逃げれる可能性もあるが、ソイツに会ったらその時点で女神にも視認されてしまう。

 だから、ソイツに会うことだけは避けないといけない。

 

 

 

「……お?」

 

 と、そこまで考え終えた瞬間。

 視界が急に安定してきて、見たことのない場所に足が着地した。

 

 薄暗い部屋だ。閉じられた窓から少しだけ光が差し込んでいるが、それ以外の光は存在しない。薄暗いせいで、奥の方はどうなっているのかよく分からなかった。

 

「……」

 

 耳を澄ますと、窓の外からは人の声が聞こえてくる。一体どんな場所だというのか。

 

「着いたようだね。気分はどうかな、コウ」

「問題はない、けど……どこなんだここ?」

「ある故人の隠れ家だよ。都の死角に設けられた部屋なんだ」

「へぇ……こんな場所がハルメイアにあったのか」

 

 アニメ第一話の前半で、ララベルはハルメイアから追い出されている。つまりハルメイアでの生活は多く描写されてはいない。

 自由時間なんてもの存在しないように思っていたけど、城を追い出されるまでの間に見つけたのか。

 

「あぁ、偶然街に迷い込んだ時にね。あの時は見つかった後、酷い罰を受けたものだよ」

「う……ごめん。嫌なこと思い出させた」

 

 しまった、また余計なことを口走ってしまったようだ。気づいた時には遅く、ふがいなさに頭を抱えてしまう。

 ハルメイアはララベルのトラウマでしかない。彼女だって相応の覚悟をもってここに来た筈なのだから、俺が気を使わないでどうする。

 

「……」

 

 チラッとララベルの顔を見てみると、彼女は嫌そうにしていなかった。むしろ楽しそうに微笑みながらコチラを見ている。

 

「ふふ、そんなことを気にする必要はないよ。この地で起きたことは、最早遠い記憶の欠片でしかない。摩耗して、既に擦り切れている」

「いや、それは……」

「むしろ君がそうして悩んでいるだけで、私の心は満たされるんだよ。そうやって頭の中を、常に私でいっぱいにしておくれ。私以外、何も考えないで欲しいんだよ」

 

 ……なんか、言動が非常に怖い。

 今更だけど、どうしたんだララベル。俺の事を好いてくれるのは嬉しいけど、ここまでの事を言われるとは思っていなかった。

 いや性格はアニメでの非道を受けた結果なんだろうけど、それにしても俺に対するこの重すぎる好意は何だ?

 確かに彼女を助けたのは俺だ。でもなんというか、それ以外に何か理由があるのか?

 そう考えてしまうほどに、彼女の言葉は苛烈なものだ。

 

「ララベル、あのさ――」

 

 少し恥ずかしいが、一度確かめておかないと。そう思って彼女に話しかけようとした。

 その時だ。

 

 

 

「お久しぶりです、ララベル様。そして初めまして、名も知らぬ御方」

 

 

 

 真っ暗な部屋の奥から、聞きたくない声の一つが聞こえてきた。

 少女の声。嫌というほど覚えがある声だ。

 

 次の瞬間、部屋の奥にボウッと明かりが灯る。

 よく見ると、いくつかの蝋燭に火が付けられていた。

 簡素な机、いくつかの椅子。奥の方には少女が座っている。

 

 非常に覚えのある顔だが、俺の知る服装とはだいぶ違う。所々装飾がされているシスター服は、彼女が大神官となった証だ。

 そしてもう一つ。彼女の代名詞と呼べるソレは、机に立てかけられその異様な存在感を放っている。

 

「宝石杖……トゥバ=セルウィー……!?」

「……あら、貴方はご存じなのですね。この杖のこと」

 

 思わず口にしてしまった杖の名前に、椅子に座る少女はクスクスと笑いながら反応する。ハッとして少女を睨みつけるが、もう遅い。

 少女は笑っているが、目は射殺すほどの眼力でコチラを睨んでいる。その下に濃い隈を作って、ララベルではなく俺の方を。

 

「へぇ、ここを知っていたのかい。知られていないと、自信があったのだけどね」

「ふふ、我々の力はご存じでしょう? この程度の隠し部屋、見つけるのは造作もない事です」

 

 この二人、普通に会話しているように見えるが殺気がバンバン溢れている。

 特に少女。今すぐにでもララベルに襲い掛かってきそうな程の、強烈な圧を感じた。

 

「っ……」

 

 心臓がバクバクと鳴り、非常にうるさい。手がカタカタと震えている。

 棒立ちのまま動けない。気を抜いたら、威圧だけで意識を刈り取られてしまいそうだった。

 

「大丈夫だ、コウ」

「ララベル……」

「私の隣にいて、私に身を委ねるんだ。大丈夫、決して君を死なせないよ」

 

 そう言って、ララベルは俺に体を寄せてくる。

 それだけなのに、自分の中で焦りや緊張がスルッと抜けていくように感じた。

 呼吸が安定して、しっかりと相手を見ることが出来る。

 

「……やはりその方、ですか」

 

 アステアはそう呟くと、指をパチンと鳴らす。

 するとコチラ側にあった二つの椅子が、まるで意思を持っているかのように少し後方へ下がった。

 まるでウェイトレスが、客人用の椅子を引くように。

 

「さぁ、そのまま立っているのもお疲れでしょう。お座りください。温かい紅茶でも飲みながら、これからのお話をしましょう……そちらの殿方も」

「……」

「ぜひ、お話を聞かせてください。非力な貴方が何者なのか……その全てを」

「……?」

 

 少女からは余裕そうな言葉が続いていたが、少しだけ違和感を感じた。

 今、奴は俺の事を非力と言った。あちらの様子を見る限り、おそらく俺の存在は知られていたのだろう。

 驚いている様子が一切なかった。もし知らなかったら、俺を見て少しは驚いているはずだ。

 

「……チッ」

 

 思わず悪態をつく。

 どうやって俺の事を知ったのかは分からないが、今は考えている余裕はない。

 

「あぁ、そうです。一応自己紹介しておきましょう。私はアステア、聖教会の大神官をさせていただいております。以後末永く、宜しくお願い致しますね」

 

 そう言って、アステアはまたニコリとほほ笑んだ。

 絶対に逃がさない。

 柔和で暖かな笑みからは、確かにそんな猛獣のごとき意思が感じられた。

 




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