YOKOSUKA Rider`s Guild   作:灯火011

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 横須賀。海軍歩兵艦隊基地司令部。所詮、艦娘と呼ばれる人間と船のキメラが所属する軍令部の総本山である。束ねるのは妖精適正と艦娘適性がある元一般人の提督の一人である高浦政宗である。秘書官は白髪が美しいヴェールヌイ、もとい響の艦娘だ。今日も高浦の艦隊は近海の掃海から護衛任務、そして敵拠点へのけん制攻撃とせわしなく動いている。

 そんななか、響と高浦は顔を突き合わせ、正確には響から高浦へとお願いをしているようである。

 

「は?バイクの免許が欲しい?」

 

 思わず執務の手を止めた高浦。艦娘というのは基本的に趣味を持たない。軍人と軍艦、そして謎の生物(深海棲艦)の合いの子である艦娘は、人間らしくない生活をすることが一般的に知られている。そんな彼女らの中の、更に自分の秘書官がそんなことを言い始めれば、手を止めるも道理だ。高浦の驚きをよそに、響は淡々と要望をつぶやく。

 

「そう。バイクの免許。多分、大型自動二輪免許」

「まぁ、免許は軍の教習所で取れることは取れる。それにしても急だな、何があったんだ?」

 

 響の目を見ながら高浦は真意を尋ねる。今までの艦娘運用において、このような要望をしてきた艦娘は初めてであるからだ。もしかすると艦娘が嫌なのか?と思った高浦であるが、それは杞憂であることを知る。

 

「いや、ちょっとね。惚れたんだ」

 

 高浦か視線を外し、少し頬を右手の人差し指で掻きながら、その頬を染めて恥ずかしそうに呟いた響に、高浦は思わず吹いてしまった。

 

「なんで笑うかな」

「艦娘から戦闘と食事以外で要望があったのが初めてだからな。驚いただけだ」

「それならいいけれど…」

 

 無言になる2人。響としても確かに艦娘側からこのような趣味の要望を行ったことがないということを自覚している。高浦としても、初めての事でどうするべきか少しだけ悩んだ。悩んだが、答えは最初から決まっているようなものだ。

 

「それで、惚れた、か。気に入った、良いバイクがあるのか?」

「うん。買い出しに行った磯子のバイク屋で見てね。一目惚れ」

 

 響は笑みを浮かべている。そう、その表情が出来るのであれば、こちら側に来る資格がある。高浦は心を決めた。

 

「そうか、ま、上には話を通しておく。艦娘が免許を取るということも初めてだから少し揉めるとは思う」

「助かるよ」

「気にするな。それに、俺もバイク乗りだからな」

 

 高浦の言葉に、響は少しだけ眉を上げた。

 

「そうなのかい?印象が全然ないけれど」

「ああ、だれにも言ってないし、乗る姿を見せてなかったからな。俺のは司令部の脇に一台置いてあるだろう。アレだ」

 

 響は視線を少し上にずらす。脳裏に浮かぶのは、バイクに興味を持ってから司令部脇に置いてあるバイクに初めて気づいた時の事。普段はカバーが掛けてある何かが珍しく表に出ていた。白地に、赤い縁取りが入っていて、丸目のライトで、羽のエンブレムが入った巨体。

 

「…赤と白の丸目のでかいやつ?」

 

 響と高浦の目線が合う。

 

「そう、それ」

「あれって提督のバイクだったんだね。かっこいいじゃないか」

 

 高浦と響はは口角を上げ、微笑む。方や褒められて嬉しい。方や、上司が理解者であって嬉しい。

 

「まぁな。それで、お前は何に乗りたくて免許を取りたいんだ?」

 

 背もたれに体重を掛けながら高浦は腕を組む。対して響は顎に手を置き、悩むしぐさを見せた。少しの間をおいて、響きがぽつりと言葉を紡ぐ。

 

「…多分、同じ会社のバイク。名前は忘れてしまったけれど、空冷で、四気筒で、1100ccってことは覚えてる」

 

 その言葉を聞いた提督の脳裏に、ドリーム磯子に鎮座しているであろう、空冷のリッターバイクが脳裏に浮かんだ。独特の放熱フィン、エンジンから伸びる4本のエキパイ、そこから伸びる2本の排気管。見る人が見れば昭和の、おじさんバイクだが刺さる人には刺さるデザインの、ビッグワンの血統の一台。響が何を以って良いと思ったのかはわからない。だが、確かにあれは良いバイクだ。

 

「…ああ、それにいくのか。渋いな。では、教習所に通い始める時期は追って連絡する」

 

 高浦はそう命令を下し、響は敬礼で答えた。礼を解くと響は執務室の出口へと向かう。そして、部屋を後にする直前に振り向き。

 

「渋くても、気に入ったんだからしょうがないよ。じゃ、免許、よろしくね」

「おう」

 

 始まりはほんの少しの切っ掛け。街で見かけたバイクが気に入った。些細な事から始まる物語。

 

 戦闘艦の化身である艦娘。その一人が人間としての趣味を得る。その結果がどうなるかは、未だ誰も知らない。


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