YOKOSUKA Rider`s Guild 作:灯火011
好奇の目にさらされる。とはよく言ったもので、艦娘が教習所に、しかも軍管轄の教習所に艦娘が、つまり美少女がいるという事は、軍属の男共にとっては天変地異にも等しい急転直下の出来事だ。誰もが響をちらりちらりと見つめていた。
「おい、女の子がいるぞ」
ある若手がそう言えば。
「本当だ。でも、ここにいるってことは軍属だよな」
中堅がそう続け。
「噂によると艦娘とかいう兵器らしい」
事情通のベテランが言葉を受けて知識を絞り出す。やいのやいのと、業務外の雑談のように話題が広がり、次第に収集がつかなくなってくる。だが、そこは腐っても軍隊である。指導教員が部屋に入ってきたと同時に、言葉を止めて起立し、敬礼を行っていた。
「…よろしい。楽にして良し。はい、では自己紹介と参ります。本日皆様の教官となる高梨です。よろしくお願いします」
年にして50台の少しやせ型の高身長の男だ。見た目は見事な白髪で、腹は締まり、腕にほどよい筋肉がついている、ダンディなおじさんと言ったところである。そんなダンディ、高梨は響を見て少し固まる。
「ああ、貴方が噂の艦娘ですね」
その言葉に、響は軽く会釈で返した。それを見た高梨は、ほっとした表情で微笑みを返していた。そして、改めて顔を引き締めると、大きな声で叫び始めた。
「ええと…では皆さん外の車庫の前へ!まずは引き起こしからやっていただきます」
「引き起こし、ですか?」
軍属の一人が質問をする。おそらくこういいたいのだろう。我々は常に鍛えている、そんなことをしなくても、バイクを引き起こせる、と。
「はい、倒れた時に一人で引き起こせなければなりませんから。やり方をお教えしますので、やってみてください」
問答無用といった答えだ。そして、現地に向かってみれば用意されていたのはCB750。まさかの1世代前の、重い大型バイクであった。だが、軍属のバイク乗りであれば、フル装備でこのぐらいの重量級のバイクを操ることもある。それを想定しているようである。
「ハンドルと車体をもって、こう!」
教官が見本とばかりに説明を行いつつ車体を起こす。あっという間にバイクを起こした教官は、良い笑顔を皆にむけて大声を出した。
「はい、このようにコツさえわかれば私のような老体でも簡単に起こせるんです!では皆様、順番にやっていただきます!」
その言葉に、次から次へと屈強な軍の男たちがバイクを引き起こそうと群がっていった。上手くできる人も居れば、もちろん、ものすごい腕がふといのにも関わらず、起こせない人も出てきている。高梨はそれを見るや、すぐにアドバイスを飛ばしている。
「ああ、そうじゃなくてもっと腰を入れて。そう。それで一気に!」
「うおお!」
高梨のアドバイスを受けて、手こずっていた男が一人またバイクを引き起こす。だが、額に汗を浮かべて疲労困憊だ。
「いいですね。あとは慣れれば大丈夫でしょう」
「ありがとうございます」
男は一歩下がり、いよいよ次は、艦娘響の番である。
「次は私だね」
そういいながら、響は倒してあるバイクのハンドルと車体を持ち、腰をかがめる。
「よっ」
そして、掛け声と共に簡単に車体を引き起こしていた。実は当然のことで、彼女らがつけている艤装は1トン近くある。腕に持つ砲塔も鉄の塊だ。そんなものを毎日振り回しているのだから、バイクを引き起こすなんて造作もないことである。周囲の男たちはあっけにとられていた。
「流石、力持ちですね。では、そのまま歩いてみましょうか」
教官は笑顔を以って答えていた。そして、響は言われた通りにバイクを押し歩き、8の字や、バック、小回りなど取り回しを実践していく。大の大人でも苦労するそれであったが、響にとっては朝飯前もいいところだ。
「いいでしょう。今回の実技はこれで終わりです。皆さん、次回は実車で走りますから、ヘルメットとグローブの準備をよろしくお願いします」
わかりました、と全員が声を揃える。もちろん、その中には響の姿も含まれていた。そして響が教習所の休憩室に移動して休んでいると、当然のように人だかりが出来ていた。ただでさえ美少女である。軍属、美少女、艦娘。これだけそろっている響が、囲まれないわけがない。
「すごいな。あんだけ重いバイクをかるーくとりまわしてたなあんた!」
「ほんとほんと。いやー、俺らも鍛え直さないとな!」
「普段何してんの?どうしてその細い体であんだけ力出るんだい?」
様々な質問やら感嘆の言葉やらを浴びせられている響だが、そこは秘書官すら務める響だ。当たり障りのない、それでいて気分を悪くさせないよう、言葉を選んで一つ一つに言葉を丁寧に紡いでいく。
「海の上でいろいろ振り回していますから、筋力が勝手についてしまうんです。細いのは艦娘の特性、と思っていただければ」
ほぉー、と男たちから感嘆の溜息が漏れる。軍属とはいえ、艦娘と実際に会ったことのある人間は少ない。彼らにとって、それが目の前で動いて、喋っているということだけも奇跡なのだ。
「それにしてもその艦娘様がなぜバイクの免許、しかも大型の免許を取ろうとしたんだい?」
比較的彼らの中で線が細い、しかし階級が上の優男が腕を組みながらそう言葉を投げた。響は、迷いなく答える。
「乗りたいバイクが出来たから」
「ほー、艦娘様もバイクが好きなのかぁ。じゃあ、今日からもう仲間だな」
響の答えに、壮年の屈強な男がそう答えていた。響は首を傾げ、男へと言葉を返す。
「仲間、かい?」
「そうさ。バイク乗りを志す者として。ようこそ、こちら側へ!」
男はそう言って笑みを浮かべ、親指を立てる。
「…ええと、その」
響は少し困惑しながら、周りを首を振って見渡すと、男たち皆の笑顔が瞳に写る。それを見た響は、思わず椅子から立ち上がり、笑顔でこう答えていた。
「バイク乗りを志すものとして、こちらこそ、よろしく」
いうと同時に腰を曲げる。
「よっ、いいぞ艦娘さん!がんばろうな!」
その姿をみた男達は、拍手で響を讃えるのであった。