YOKOSUKA Rider`s Guild   作:灯火011

4 / 10
HIbiki-0

 あくる日。響は二輪の納車を待ちながら、日々の業務を熟していた。予算書の策定、経験から来る航路の策定、敵戦力の分析などその仕事は多岐に渡る。というのも、艦娘というのは一人で一隻の船と同じ知識量と経験を持つ。故に、本来であれば部署ごとに行う仕事を、それこそ船の司令部の如く一人でこなせるのである。だが、体が人間であるために集中力は1時間程度で切れる。響は書類を脇に置き、冷えたコーヒーを口に運ぶ。

 

「…入れなおそう。コーヒー。提督もいるかい?」

 

 響の言葉に反応するように、提督である高浦も書類から目を離し、こめかみを揉む。

 

「頼む」

「任された」

 

 そういうと響はいったん執務室を後にする。暫くすると、暖かいコーヒーを手に戻ってきた。高浦のコーヒーはフレッシュ入り、響のコーヒーは砂糖入りだ。それらを各自の机に置くと、響は執務机に深く座り、背を伸ばした。高浦は響の持ってきたコーヒーを一口、含む。程よい苦みに、フレッシュの円やかさ。好みの味だ。自覚はないままに、口角が上がっていた。

 

「ありがとうな。それはそうとして、響。お前さ、教習で何かやったか?」

「ん?特に覚えはないよ」

 

 そういいつつ、響もコーヒーを口に運ぶ。高浦の好みのコーヒーであるゆえに響にとっては少し苦い。だからこそ、砂糖を多めに入れている。そんなコーヒーを口に含みながら、高浦の口角が上がったことに満足し、ほんの少しだけ笑みを浮かべていた。

 

「ああ、でも、他部隊の男達とバイクについて語ったかな。そのぐらい」

 

 提督はため息を小さく吐いた。なぜなら、目の前に広がる嘆願書の束の原因が判ったからだ。

 

「なるほどな。だからだな。お前とツーリングに行きたいという誘いが各部署から来てるわけだ」

「そうなのかい?」

 

 糞ほどに軍部と関係のない、響とツーリングにいきたいという嘆願書の束。曰く戦意高揚、曰く相互理解。だが、その本質は判り切っている。

 

「ああ、しかも海軍内部ならまだしも、軍令部に陸軍に、広報からも来てやがる」

 

 その真意を見抜いている高浦は思わず口が悪くなっていた。響はと言えば、ぽかんと目を開くのみだ。

 

「たかだかバイクなのにかい?」

 

 ごもっともな意見だが、世の中の男というのは単純である。それを高浦は十分に理解している。

 

「たかだかバイクだからこそだ。バイクに乗ってりゃ艦娘とお近づきになれる。十分だろ」

「ああ、そういうことかい。でも、残念、全部断っておいてくれないかな」

 

 響は顔をしかめる。知らない男とバイクに乗るなんていうことは、願い下げだ。言葉にしないまでも、表情で十分に伝わるほどだ。

 

「そう言うと思って断ってあるさ」

「助かるよ」

「気にするな、お前を秘書官に任命して何年の付き合いだと思っているんだ」

 

 高浦は苦笑を浮かべながら、やれやれと首を振る。響は響で、同じような笑みを浮かべていた。

 

「…そう言われると照れるね。ま、私は自分一人か、もし誰かと行くとなっても、行く人は決めているからね」

「ほう?だれかいるのか?」

「うん、最近できたよ」

 

 響は笑みを浮かべて提督を見つめていた。だが、高浦の心中は穏やかではない。せっかく断った話なのに、だれかとツーリングに行くと言っているのだ。この秘書官は。

 

「誰だよ」

 

 ゆえに、高浦の言葉がきつくなるのは致し方のないことだ。

 

「拗ねているのかい?」

 

 にやにやと高浦を見やる響の視線に、高浦は意図的に顔を逸らしていた。判りやすいことこの上ない。響は肩を震わせると、席を立ち、高浦の執務机の目の前に立った。

 

「安心していいよ。最近バイクに乗っているって判ったからさ。白と赤の丸目のでかいバイクに乗ってるって」

 

 その言葉に高浦は一瞬体を固めるも、ゆっくりと目の前の響の顔を見る。響は、高浦と目を合わせ、柔らかく口角を上げていた。その響の顔を見た瞬間、高浦は背もたれに寄りかかり、顔を下に向ける。響から表情は見えなくなったが、耳が赤い。やられた、と思ったようだ。

 

「…紛らわしい言い方をするな。ったく、一緒に行くときは覚えておけよ」

 

 絞り出すような高浦の言葉に、響は笑みを持って答えていた。

 

「はは。お手やらわかに頼むよ。提督」

 

 平和な午後の昼下がり。穏やかな時間が流れていく。窓の外では、郵便屋の赤いカブが、単気筒独特の連続音を響かせていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。