YOKOSUKA Rider`s Guild 作:灯火011
ある日の第六駆逐隊の寝室。電と雷は夜間哨戒のために出払っている。つまり、響と暁の2人だけが寝息をたてている、はずであった。
「寝れない」
そう呟いたのは響である。
「…ん?どうしたのよ響」
暁はその声に目を開け、布団から少しだけ顔をだして響を覗いた。するとそこには、首から下を布団に潜り込ませてはいるものの、目をぱっちり開けて天井を見ている妹の姿があった。
「姉さん、寝れないんだ」
「何かあったの?」
暁の言葉に響は視線だけを向ける。そして、一言。
「その、バイクが楽しみで寝れないんだ」
一瞬時間が止まる。見つめ合う2人。片方は爛爛と目を輝かせ、片方は半目でジトリと相手を見る。
「はいはい、わかったわかった、何度目なのよまったくもう」
「いや、でも寝ようと思っても寝れないんだ。どうしたらいんだ」
もちろん、目が輝いているのはバイクが楽しみで仕方のない響。ジト目なのは、そんなことで起こされてしまった暁だ。
「知らないわよ。とりあえず目を瞑って黙ってなさい。私はあした早番なのよ」
「冷たいじゃないか姉さん」
「もー、じゃあ一緒に寝てあげるわよ」
「…そんなことじゃ私は寝ないよ」
「いいから、こっちきなさい」
しぶしぶ。その言葉に響は暁の布団へと潜り込む。そして、暁は響の頭を包み込むように抱きしめて、背中をよわく叩いていた。
「すぅ…」
するとどうだ。一瞬で響は夢の世界へ。それを見た暁は、小さく口角を上げた。
「まったくもー、響もまだまだおこちゃまね」
◆
高浦提督との約束の日。二人とも非番の日。そして、バイクを受け取る日。集合時間30分前だというのに、響と高浦は既に高浦のバイクの前で出発の準備をしていた。
「待ちに待ったこの日が来たよ。楽しみだよ」
そういうのは若干目の下に隈を作っている響だ。暁のおかげで多少なりとも睡眠がとれたものの、やはり絶対量が足りていない。
「寝れて無いな?ま、納車の日ってのはやっぱりいいもんだ。俺もこいつを買った時を思い出すよ」
そういった高浦はレザーのジャケットに身を包み、細身のレザーパンツを履きこなし、まさにバイク乗り、といった体だ。それに対して響はジーンズにパンチングのレザーという出で立ちで、こちらもまたライダーのような姿ではあるものの、まだ初心者といった雰囲気が残っている。
「提督もはしゃいだのかい?」
響がそういうと、高浦は普段、執務では見せないような笑みを響に向けていた。まさに、太陽のような屈託のない笑みだ。響は内心、ほんの少し、ドキっとしていた。
「そりゃあな。欲しい一台だったしな。なんだ、俺がはしゃぐのは意外か?」
響は首を縦に振る。
「提督ってさ、普段の姿をまず見せないから想像がつかなかったよ」
「ああ、そうか、そういえばこうやって出かけるのは初めてだもんな」
高浦は納得した。何せ執務中は常に気を抜かないようにしているし、退所の時もまさに軍人然として家のドアを通るまでは気を抜かない。それこそ、プライベートは自宅のみ、なのである。
「本当だよ。ま、私も休みの日の提督に全く興味がなかったんだけどさ」
響も響で実はそこに一切興味が無かった。絶対的な上司、信頼はしているが、そこどまりだった。ただ、バイクに興味を持ったことによって、それがすこしづつ、変わってきているようだ。
「バイクのお陰かな。私は今猛烈に気になってる」
いうやいなや響は少しほほを染めた。高浦も、その響の表情に少し天を仰ぐ。
「そうか。なんか照れるな」
「私も変な事を言ってしまってこう、照れてる。うん、その、早くいこう」
「おう」
高浦はそう言いながらさっとバイクに跨る。そして、響は高浦の後ろにちょこんと座り、背中にその体を預けた。
「相変わらず大きい背中だね」
「相変わらず小さいなお前は」
軽口を叩きながら、彼と彼女は風になる。そして、丸目の、大きな、バイクは静かに、しかし心地よい音を風に残していった。