YOKOSUKA Rider`s Guild 作:灯火011
高浦は何の取柄もない土方であった。日々5時に起床し、5時30には会社の事務所へ。そこから2時間をかけて工事現場に向かい、8時から17時、日によっては20時まで仕事、そして2時間かけて会社の事務所に戻り、更に30分かけて自宅に戻る。
この実情は2020年現在、現実の建設作業員のものだ。現実と言うのは小説よりもよっぽど辛い。しいて言えば、それらをまとめるゼネコン、サブコンは更に拘束時間が長い。自殺者が出たり、若者がこの建設業界に入らないのも当然のこととわかるであろう。
そんな高浦は、夢も何もなかった。努力しても結局は月20万~30万という『安い』賃金で切り売りされる。生活で手一杯。貯蓄もない。
「50で死ぬ。立ちいかなくなる」
それが高浦の口癖であったぐらいだ。
だが、とある日、その環境は一変することとなる。
「…なんだこの人形』
ある日、岸壁工事の土盛中の事だ。その場にそぐわない、二頭身の人形を見つけたのだ。
『おお、そこの筋肉の人、私が見えるんかい?』
「人形が、喋った!?」
『ははは、人形ではないんだよ。そうか、見えるのか。-至急、提督が見つかった。着任させよ!-』
人形のその言葉に、どこからともなく表れた少女たちに拘束されたのが始まりの記憶。そこから自衛隊の人々に面接や面談、そして指導、訓練を受け、気づけば6隻の艦娘の指揮官に、戦果を挙げたのならば艦隊レベルの指揮官に、そして、今では横須賀の指揮官の座におちついているのである。
大出世といってもいいだろう。
そして、そのさなかで彼は、夢を取り戻す。それこそが丸目で、白地に赤いストライプの入った、羽を冠した、直列4気筒のリッターバイク。王道のバイクである。
「昔から、それこそ学生の時から欲しかったんだ。卒業して生きていくために土方をやってきたが、その稼ぎじゃ、まず買えなかったからな」
横須賀の司令官、基地司令となれば、妖精が見える、艦娘が言う事を聞く人材で、戦略もたてられ、その責任、そして艦娘の重要性と相まって月の給料でそのバイクが2台は買えるであろうレベルだ。
本来であれば、Vツインの大型バイクや、スクランブラー、本家本元バイクの発祥の国のバイクなどなど、選び放題であったのだが、それでも彼が選んだのは羽のバイク。
「性能の良しあしなんて、結局バイクにとってはスパイスみたいなもんだよ。本質は気に入ったか気に入ってないか。俺にとってはコイツが一番なんだ」
そう、高浦は呟いた。
「…なるほどね。提督の熱い思いは伝わったよ。でも、判る。多分提督のバイクの方が、絶対的に性能が高いんだ。でも、でも。私にとってのバイクはやっぱり、これなんだよね」
答えたのは響である。そして、2人の前には、2台のバイク。
片方は水冷の、リッターの、丸目の、直列4気筒のバイク。
片方は空冷の、リッターの、丸目の、直列4気筒のバイク。
互いに、似て非なる一台。
「なんていうか、バイクって私たちみたいだなって」
響がそうつぶやいた。
「その心は?」
提督は響の、まるでダイヤモンドのような美しい、しかし灯のようなあたたかな笑みを浮かべる顔を見ながらそう質問を投げる。
「例えば、特型。私たちのことだけどさ、似てるけど、唯一無二なところがあるのはわかるよね」
「お前は対潜能力が高いし、ネームシップの吹雪はバランスがいい。綾波は突破力が秀逸だし、暁は野戦能力が突出している」
「でしょう?ほかの艦娘もそうじゃない?だか、そうかなって」
響はまるで自分が褒められたかのように、誇らしげな顔を高浦に向けていた。
「ああ、確かにな」
納得、といった感じの高浦。そして、その高浦に、更に響から言葉がかけられる。
「で、その。私は提督にとっての一台になれている、のかな?」
言ったと同時に、響は目線を高浦から外していた。流石に恥ずかしいのか、頬も染められている。高浦は高浦で、響から視線が外せないでいた。
「いや、なんでもない」
高浦と響は同時にふっとため息を吐いた。
「変なことを言うなよ。全く」
「ごめんごめん。提督、気にしないで」
「まぁ、なんだ。ただ言えることは、俺の艦隊で、お前は絶対に外せない、ってことぐらいだ」
響の目と顔が高浦を捉える。
「提督、それは」
「いいから行くぞ響。先導するからまずバイクになれることろから始めていけ」
「む…了解、提督」
一台の空冷バイクが、一台の水冷のバイクを伴って羽のバイクの家を旅立つ。ここに一人のライダーが誕生した。それは艦娘の響。彼女がこれからどのようなライダーになるのか、それはまだ、だれにも判らない。