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「リト、ちょっと金下ろしてくるから待っててくれ」
「うん。わかった。そのへんにいるよ」
今日は親父の仕事道具を買いに頼まれていたのでユウ兄と二人で来ている。
ユウ兄はお金を下ろしてくると言って銀行に入っていった。
今は、親父が世話になってるし、家に来ると言っていたザスティンにとさっき買ったたい焼きを一つ食べながらどこかに座るところはないか探していたんだけど、
………じぃーーーー。
謎の黒い、ちょっとへんな格好をした長い金髪の女の子に見つめられていた。
ん、誰だろう?
俺を、見てるのかな?
もしかして、このたい焼きを食べたいのか?
このまま見続けられるのもなんだし、話しかける事にする。
「あ、良かったら、食べる?」
「……いただきます」
ぱくっとたい焼きをかじる女の子。
不思議な子だな。
でも、美味しかったのかな?
表情は変わらないけど嬉しそうな感じがする。
「……やはり、ユウリと似てますね」
「え…?」
ユウリって、ユウ兄の知り合いなのか?
似てる、かなぁ?
俺は全然似てないと思うんだけど……
「……結城リト、確かに、聞いている情報よりも、現地の情報の方が正しいようです」
ん?なんでこの子は俺の名前を?
情報ってなんだろう?
それを聞こうと思わず一歩近づこうとしたところで、
「う、うわあぁ!」
なぜかつまずいてつんのめる。
思わず目を瞑り、来るであろう衝撃と痛みに備えるが、いつまでたっても固いアスファルトの感触はこず、顔はやわらかいものに止められており、大地を掴むはずの手も、やわらかい何かを握っている。
薄ら目を開けると、顔は女の子の胸に埋もれており、両手でお尻を握りしめていた。
ま、またか……でも、それにしては顔のやわらかさはいつもよりは少ない気が
「…と、思いましたが……やはり、依頼人から聞いていた通りの人物かも知れませんね…!!」
「ご、ごめん!って、なに!?うおおぉーー!?」
なんだ、宇宙人か!?手が、剣!?
紙一重で避ける事ができたがTシャツの胸部分は横一文字に切れ目が入っている。
「……えっちぃのは、嫌いです!!」
「うぉわあぁーー!」
強烈な振り下ろし、これもギリギリで避けたが、地面が裂けている。
やばい、逃げなきゃ、殺される!!
ユウ兄を待っていたことも忘れて、俺は走り出していた。
ーーーーーー
「リト……いない?」
俺は混んでいたATMからようやく金を下ろして外で待ってるはずのリトを探すも、いない。
優しく律儀なあいつのことだから、出入口から見えるところにはいると思うんだが。
あたりを見回すと、
なんだあの人だかり?あの中に混ざって野次馬でもしてるのか?
ーーーッ!!
人だかりの先を見ると、アスファルトがきれいに裂けているのを見つけた。
誰かに襲われた?
少なくともこの状況で【円】にかからないってことは、この周囲にはいない。
ひとまず、急いで探さないと。
人混みを抜け、人気のないところへと行くと、俺は黒コート姿へと変わった。
昼間っからはこの姿は嫌だけどそうもいってられない。
アスファルトを裂いていたんだ、目立つ事に躊躇はない。騒ぎがあるところにいるはず。
リト、無事でいろよ。
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「ーーー見つけたっ!」
騒ぎの元を追いかけようと空を移動していたが、騒ぎの範囲の広がりが速く、少し焦ったがようやく追いついた。
急ぎ参戦しようと思ったが、様子がおかしい。
あれだけの騒ぎを起こしていてたのに、今の状況は膠着しており、会話をしているようだったので様子を見る事にした。
リトの無事は確認済み。あとはララとヤミがいる。
あとは見た事ないのがもう一人、今ラコスポって言ったか?あいつがヤミの依頼主ってやつか。
その後、カエルに似ているがかなりでかい宇宙生物が出てきて戦闘が開始したが、たいした事はなさそうだ。
ヤミがカエルの吐き出した液を浴びるも、衣服が溶けるだけで体には支障は無いようだ。
衣服のみを溶かす液……戦闘時にいるかそれ?
そのまま見ていると、かなり大きめの溶解液をヤミへと吐き出すカエルだったが、ララがヤミの前へと飛び出した。
ーーーララ、庇うのはいいがお前が裸になるのも良くないだろ。
俺は見ておくだけのつもりだったが、【隠】を使った、不可視の結界を使う。
「え、!?なんだ!?これはいったい!?」
カエルの上で騒いでるラコスポだが、
まー、びっくりするだろうな。噴射された液体は空中で全て見えないコップに入った水のような形で浮かんでおり、その後弾けて地面へと落ちていく。
「クソーーーッ!これなら!!」
吠えるラコスポ。カエルは溶解液を乱射するが全て空中で四角いコップに注いだような状態で止まり、その場へ落下する。
「…これはあの時の……ハンター?」
「すごい!これもヤミちゃんの力?ありがとー!」
「…違います、プリンセス。私ではありません…!」
ヤミにはバレたな。あたりを警戒してる。見つかるとややこしくなりそうだし、そうなる前にもう少し離れるか。
もう、この一件は大丈夫だろう。
案の定、距離を開けている最中にララがラコスポに高速でラッシュを叩き込み、吹き飛ばしていた。
やっぱララも強いな。あのスピードとパワーで来られると俺でもキツイ。
今回はきっと俺がいなくてもリトは無事で、なんの問題もなかったはずだし、俺はいらなかったかもな。
俺はそのまま吹き飛んだラコスポを回収して事務所へ向かい松戸さんへと引き渡した後で家に帰った。
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その後、俺は家に帰ると、しばらくしてリトとララも帰ってきた。
リトは家に帰ってきて早々、黙っていなくなってごめん!と俺に謝るが、ズタボロの服で謝られても、絶対に何かあったとしか思えないし、そもそも理由は知っているので特に怒ることもない。
そうするとリトは逆に怒らない俺にお礼を言ってくる。
ーーーやっぱりすごいやつだな。
普通なら、義理とはいえ兄がそばにいたのだ。助けにも来ないし、なんで先に家に帰っているんだと愚痴の一つも言うだろうに……
その後は夕食の最中にリトへの殺しの依頼は無くなったが金色の闇は地球に残るらしいという話しを聞いて、ミカンは安心していた。
その後夜も更けてそれぞれの部屋へ戻る。
みんなが寝静まったであろう時間になり、俺は窓を飛び出していた。
ビルの屋上の端に、黒コート姿で腰掛けて街を見下ろす。
リトは、すごいやつだ。
自力で金色の闇の猛撃から逃げ切るとは、俺なんていなくても、今までも案外どうにかなっていたかもな。
俺はもともと存在しないはずだし、最初からいなくても結城家にはリトとミカンがいれば良かったんだろう。
そもそも、守ってやるなどと偉そうな事を言いつつ、今日の俺はなにもできていない。なんなら今回の事件自体、俺が他の婚約者候補を排除しすぎた事によって、警戒したラコスポが金色の闇を雇ったのかもしれない。俺がいなければ、もっと簡単に収まっていたのかもしれない。
やっぱり、俺はあいつらとは一緒にいない方が良いのかもしれないと思っていた。
来年で高校も卒業し、晴れて社会人に、大人になるんだ。
才培さんとの約束では、無事に就職したら家を出る話になっている。結城家に来た時は、高校に入る際に出るつもりだったのだが、リトとミカンの面倒を見てやって欲しいと、中学生の勉強をしていた俺に言ってくるもんだから正直困惑したが、今覚えば俺のためだったのかもな。
そして無事にうさんくさいが就職先も決まっている俺は卒業後に結城家を出るつもりだ。
『七瀬 悠梨』のために残した両親の財産も、俺が使えるようになるが、正直使うつもりはない。
これから、松戸探偵事務所での修行と戦いの日々へと入るんだ。あいつらに起こるであろうトラブルも、あいつらなら平気だろうと思う。
結城家にお世話になる時から決めていたことだ。
さっきまで、自分は必要ないと、自分に言い聞かせるように思っていたのに、この愉快で楽しい日々を終わらせる事になると思うと、まだ一緒にいたいと思う自分もいる。
俺はどうしたいんだろう?
今後の生活に想いを馳せ、自問自答をしていると、
不意に、展開していた【円】の範囲に、見知ったやつが入ってきた。
ーーーーーー
「ーーーまた、会いましたね」
私は黒ずくめのコート男、ハンターの横に立ち話しかける。
返事も反応も返ってはこないが続ける。
「あなたの言う通り、結城リトは依頼内容とは合致しない人柄でしたので、依頼はやめましたよ。まだ、私のターゲットである事に変わりはありませんが」
「そうか」
まだターゲットだ、と言うのにも反応しない。
「今日の一件、あなたもいたんですね」
「……必要なかったとは思うがな」
「あなたの、名前はなんと言うのですか?」
「……殺し屋が、殺し合うかもしれない相手の名を聞くのか?」
「プリンセスが、相手の事を知るのは良いことだと」
やたらとそう言ってきたプリンセスを思い出す。
ーーーお兄ちゃんが言ってたんだけどねーーー
それから私は、知識を欲した。地球を知ろうと思った。まずは本を読むと良いと、プリンセスが絵本を貸してくれた。
もとはユウリのものだそうだが。たくさん持っているそうなので、また貸りるつもりだ。
「そうか……相手を知るか、確かにそれは良い事だな」
見えないはずの口元はなぜか笑っているような気がする。
「…ハンターが、名前ではないでしょう?」
「まぁ、な。名前なんてないが、なんて呼ばれていたかはわかるぞ」
「………?」
「カラ」
「カラ、ですか?」
「からっぽだから、カラ。呼ばれていたから名乗っていただけ。それに俺はもうからっぽじゃないし、昔の話だ」
不意に、フードの奥の暗闇がこちらを向く。
「……お前の『ヤミ』と同じようなもんさ、金色の闇。ーーじゃあな」
そう言ってビルを飛び降りていった。
『からっぽ』、この男も、私と同じなんだろうか?
名前もなく、勝手についた呼び名を名前として扱っているだけ。
自ら使う事などないから、呼び名がいつしか名前に変わった。
私も、からっぽだ。
ただ、あの男はもうからっぽではなくなったらしい。だからこの男は結城リトを殺すと言った私に対して怒り、ラコスポからプリンセスを守ったのか、からっぽじゃ無いから。
何者なのだろう?少なくとも、もう敵対をする事はないだろうと思う。
会うのは二度目のはずなのに、もう何度か会っているような。そんな気さえする。
自分に似た境遇であろうあの男が、なぜ変われたのか。
カラに、もう一度会いたいと、そう思っていた。
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俺は、何を言ってるんだろうな。
昔の名前なんて、もう二度と使わないと思っていたのに。
金色の闇に、過去の自分を重ねたのか、
あの子にも、満たされて生きて欲しいと思ったのか。
最初は、ずっと一人で生きてきた。
俺はからっぽだ。からっぽだったんだ。
他の人間と出会うようになって、なにもできなかった俺が考えたコミュニケーションの取り方。
本で見た事、人に聞いた事、それを実践し、口に出し、表情だってそれに合わせて作る。
笑ったフリをして、怒ったフリをして、驚いたフリをする。
だって俺にはなにも無いから。
生きていくにつれ、それはどんどん上手くなった。
それからだんだんと、人と話すようになり、一緒に過ごすようになり、自分という器がなにか温かいもので満たされていく事を感じてきた。
そんな時に、俺を死が襲った。その時に思ったのだ。
まだ死にたくない。ようやく俺がはじまったのに。
そう思っていたら、念の力で運良く俺はこの世界に辿り着いた。
この世界に来てからは、
リトと、ミカンと、ララと、
あいつらと出会って、一緒に生活するようになって、
心から楽しいと思えて、作ってない笑顔ができた。
心を伝えようと思えて、決められていない言葉を出せた。
今の世界は楽しい。
前の世界でも、その後も生きていればこんなにも楽しかったのかもしれないとさえ思った。
誰かといる事で人の心は満たされる。だから、俺はもうからっぽじゃない。
だからヤミ、きっと、お前も一人でいるべきじゃない。
ここにいれば、あいつらが満たしてくれる。
嫌がったって無駄だ。問答無用で巻き込まれるんだから。
俺はもう充分な程もらったから、次はお前がもらったらいい。
先程の自問自答の答えは、もう出ていた。
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「先生、あれは契約通り解放しました。あれ自体には大したモノもなさそうでしたし、問題もないでしょう」
「あぁガーマ星の王子くん、彼自体にはなんの情報も興味もなかったが、随分と良いモノをくれたものだ」
彼を解放する代わりに彼の飼っていた宇宙生物を全て奪った。
その中で、良いモノを見つけた。
「これならばきっと、僕にも使えるはずだ……」
さぁ、研究に取りかからなければ…