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「はぁーーー疲れた」
ヤミと軽くやりあって以来の格上との戦闘を終えて自宅のマンションに帰ってきた俺は直ぐにソファーに横になった。
デビルーク王との死闘。
向こうはお遊びだったかも知れないが、こっちはオーラを集中させた場所以外に一撃でも喰らったら終わりの状況だったのだから、俺の中では死闘で合ってるはずだ。
【堅】で発せられるオーラ量がこのままじゃ足りない。
潜在オーラを活かし切れていないのが今回で完全に露呈した。今後あのクラスの奴と戦うなら顕在オーラを高めない限り、一発も喰らわない戦いが前提になってしまう。
潜在オーラは文字通り自分の体の内に残っているオーラ量。その潜在オーラを一度に体外へ出せるオーラ量が顕在オーラ。
簡単に言えば潜在オーラは最大MP、顕在オーラは消費MP。今の俺は最大MPはゲーム終盤くらいに高いのに初期呪文しか覚えてないような状況だ。
ゲーム終盤と例えたが、俺の潜在オーラは自分で言うのもなんだがかなり高い。悠梨の肉体との完全な融合を果たした為に爆発的に増大した。そのため、今現在の潜在オーラ量は以前の世界でもトップクラスに高いと思う。
問題は顕在オーラの方。その余りあるオーラを全然使い切れていない。長期戦は可能になったが、この世界では種族差で最初から負けているので、求めているのは持久力よりもパワーだ。
逆にこの顕在オーラを今よりも高めることさえできれば、単純な攻撃力、防御力は数段上がり、できていなかった事もできるようになるかもしれない。
『テメェじゃ勝てねぇぞ』
あのセリフが頭から離れない。しかも手を抜かれた相手に言われたのだ。
ムカつく。軽くあしらわれる程に弱い自分に腹が立っていた。
今よりも、もっと強くなる必要がある。もっと、修行がいる。
幸いまもなく卒業だ。これからは学校でやっている簡単な物ではなく、濃密な鍛錬の時間を過ごせるはず。
それと、先程までの会話の事を思い出す。
俺、と言うかハンターが後継者候補第一位って、なんだ?
モモと結婚って、あの子の名前もララから聞いて知ってるだけで、あれから一度も会ってないのに結婚ね……
無茶苦茶な話だな。と思ったが義弟が似たような状況だったのを思い出した。
もしかしてデビルーク星の女の子の結婚って、それが普通なのか?
でもララはあの時リトと結婚しないって宣言していた。屋上で乱入する前の会話の流れが全くわからないのでなぜそんな事を言ったのか、答えは出ないがずっと気になっていた。
ーーーピンポーンーーー
チャイムの音で、今までの思考は中断される。
誰だろう?
既にあたりは暗くなっており、時計をみると時刻は午後九時を指している。
俺には家に来るような友人などいないし、そもそもこの時間に誰かが訪ねて来る事は今までで一度も無かった。
不審に思いながらもインターフォンに出る。
「ーーーどちらさん?」
「お兄ちゃん……私だけど」
「ララ?ーーー今開けるな」
ララ、だけ?一体なんのようだ?リトと喧嘩しただけならいいが、今日の一件でもしかして、黒コートが俺だって気づいたってのは、無いよな?……
ーーー
「ただいまー」
ん?ララにとってはもうここも自分ちになったのか?
「おかえり?どうした急に?」
「うんん。なんだか急にお兄ちゃんの顔見たくなって」
元気な声で入ってきたものの、表情は明るくなった。
本当に何があったんだろう?
屋上で何があったのかが余計に気になるが、俺からボロを出すわけにはいかない。
普段であれば一番可能性が高いが、恐らく違うであろう事を言った。
「なんだよそれ?ーーー俺はてっきりリトと喧嘩でもしたのかと思った」
「えーしてないよ!」
「じゃあ、何かあったのか?」
ララは、少し躊躇しつつも話し始めてくれた。
「………今日ね、私のパパが地球に来てたの」
「パパって、宇宙の王様が?」
「そうだよ。デビルーク星の王様。それもリトと私の結婚を認めるって話だったの」
「じゃあこれで晴れて親公認だな。リトと、結婚するのか?」
「うんん。その理由が、自分が王位から解放されて遊びたいってだけだもん」
あぁ、なるほど。なんとなく読めてきた。
おそらくデビルーク王は王位から速く解放されたくてリトとララの結婚を認めて、リトに王位を譲るとでも言ったのだろう。
ただ、屋上には西蓮寺もいたからな。了承しないリトに対しての怒りが爆発したタイミングで俺が割り込んだって流れが妥当かな。
「でも、なんでそれでリトと結婚しないになるんだ?父親に反発したいわけじゃないだろ?」
気になっていたことが予想でしかないが見えてきたのでスッキリはしたが、気になるのはララの気持ち。あれほど好きだと言っていたのに、ここに来ての心境の変化は、おそらく……
「私、なんとなく気づいてたんだ。私がいくら好きって言っても…リトの本当の気持ちは私の方に向いてないってことに。ーーーでも、リトは優しいし、みんなといる地球の生活は楽しいから……私は今のままでもいいやって思ってた」
思ってた。ーーー過去形ってことは、今は違うって事だよな。
やっぱり、西蓮寺とまではわからなくても、リトの好意が自分以外に向いていることに気付いたようだ。
ララはさっきまでの少し落ち込んだ顔から、決意したような顔に変わっていた。
「ーーーで、今はどうしたいんだ?」
「私……リトを振り向かせたい!振り向いてもらえるように努力したい」
なんだか輝いて見えた。ピンク色の長い髪を揺らして顔を上げただけなのに。これが宇宙のプリンセスか。
こんな子にここまで言わすなんて、リトは……
「ーーーあとね、私、本当はみんなの記憶を消して、ゼロからみんなとの関係をやり直したいって思ってたんだ」
「……記憶を、消す?…」
「そう、ばいばいメモリーくん。使った人の記憶を地球のみんなから消せるの……もう使う気はないんだけど」
そう言いながらデダイヤルから取り出した翼のついたファンシーなリモコンみたいな物を持っているララ。
こんな物まで作れるのか。地球ってことは、使った惑星限定に効果が発揮されるって事か?どっちにしろすごい道具だが。
「そうか。ーーーリトを振り向かせるのは、きっと大変だぞ?」
「うん。わかってる。でも私はリトが宇宙で一番好きだから、いくらでも頑張れるよ!」
良い表情になった。吹っ切れたような、スッキリしたような。
ララは、俺が割り込んでうやむやにならなかったら本当は記憶を消すつもりでいたって事かもな。
「なら、大丈夫だな。ララは、ララのやりたいようにやったらいいさ。もしも悩んだり、立ち止まったりしたら話くらいは聞いてやるよ」
「うん。ありがとうお兄ちゃん」
ララは、リトとの仲を再確認したかったのと、誰かに話してスッキリしたかったのか、決意表明をしたかったのか。いずれにせよその相談相手に選ばれたってわけだな。予想していた話とも違ったので俺はホッとした。
話も落ち着いたので、なにか飲むかと、今はララに紅茶を、自分用にコーヒーを入れている。
「チョコかクッキーならあるけど、何か食べる?」
「うんん。大丈夫だよ、お兄ちゃん」
紅茶とコーヒーの入ったカップをそれぞれの手に持ち、ララの座るソファーの空いてる部分へと座った。
二人掛けのソファーのため、お互いの距離は近い。
「というか、帰らなくて大丈夫か?そろそろいい時間だぞ?」
「うん、実はまだ、話したい事があるの」
「ん。いいぞ?」
「……あのね…」
急に俯く。ララらしくもない。
「どうした、まだなにか不安な事でもあるのか?」
なにか言いたそうな、でも言いたくなさそうな、そんな表情。
さっきまでに逆戻りだ。
「お兄ちゃんは、私のこと、覚えてる?」
心臓が大きく鳴った。
きっと、デビルーク王が何か言ったのか、自分で気づいたのか。
今の、俺のいつもより大きな鼓動は聞こえていないだろうか?
必死に普段の表情を作り、答える。
「いつの話だ?公園でたこ焼き食べた時の事か?」
「うんん。たぶん、お兄ちゃんが記憶を失った日。あの日に、私と妹のモモに、お兄ちゃんは会ってるはずなの」
「あの日は、傷だらけで転がってたって事を後で知っただけだからなぁ。地球に来てたのか?」
あぁこれは、ララは完全に思い出してるのか。悲しそうな顔をしている。そりゃあそうだ、誘拐なんて事件、トラウマになってもしょうがないだろう。
「私ね、誘拐されて、地球に来た事があるの。私は暴れちゃったから、気を失ってて、気づいた時にはパパとママに助けられてた。だけど、モモがお兄ちゃんに助けてもらったんだって、うぅ…血だらけで倒れてるお兄ちゃんの前で…ひっく……この人が助けてくれたんだって……くぅぅ……私、そんな事、そんな大事な事忘れちゃっててごめんなさい!!」
だんだんと嗚咽が混じり、次第にポロポロと涙を溢しながら謝ってきたララの頭を、思わず胸に抱きよせた。ララの涙で、徐々に胸に湿り気ができているのがわかる。
「俺は覚えてないんだから、いいんだよ。むしろ、俺のせいで怖かった記憶を思いださせちゃったな、ごめんな。」
「うぇぇぇ……」
「だけど、どうせなら謝るんじゃなくて、お礼がいいな。俺じゃなくて、記憶を失う前の『悠梨』にね」
「うわぁぁぁぁぁん!ぁ、ありがとう。ひっぐっ…私、ホントに、今まで何にも覚えてなくて!あんなボロボロになってまで助けてもらったのに!」
ダムが決壊したかのように泣き出してしまうララ。
「大丈夫だから」
わんわんと声を出して泣くララを、泣き疲れて眠るまで抱きしめていた。
ーーー
眠ってしまったララをそっと抱き上げ、寝室のベッドにゆっくりと寝かせる。ミカンに、ララが疲れて眠ってしまったので今日はウチに泊まるとだけメールを送り、ベランダへと出た。
夜の闇はララが家に来た時よりもいっそう深くなり、冬の鋭い冷たさが肌に刺さるが今はちょうど良い。
ララがあんなに、声を出して泣くなんて、らしくない。
いや、らしくないんじゃなくて、今までできなかったのかもしれない。王族の第一子として生まれ育ったララが、歳の近い誰かに『甘える』事なんてできなくて、だから地球で、リトとミカンの兄代わりだった俺を、ずっと求めていたであろう『兄』と重ねたのかも知れない。そんな『兄』への罪悪感が爆発してしまったんだと思う。
ハンターと俺が同一人物という事にもララはきっと気付いてる。気付いていて、言わなかったんだ。俺が言わないから、だから聞かないんだ。
優しすぎるよ、ララ……
そんなララに対しても、今だに秘密を抱えており、言う気もない俺にはそんな優しさを向ける価値なんてないのに……
松戸さんと加賀見さんの目的を聞いた上で、探偵事務所に所属することを決めた俺が、他の人を巻き込むわけにはいかない。
こればっかりは、デビルーク星もなにも関係ない、手伝う事を決めた俺の問題だ。
使わないなら、借りててもいいよな?
俺の手には、リビングに置かれたままだった、己に似合うはずもないファンシーな『ばいばいメモリーくん』が握られていた。
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「お父様!それは本当ですか!?」
「あぁ、あの時のやつは生きていたぞ。ハンターって名だ。黒ずくめの陰気なヤローだったけどな」
ハンターさん、不思議なお名前。
あの方とお会いして、1297日目にしてついにお名前を知る事ができた。
私はあれからあなたを忘れた事などありませんでしたよ♫
「ハンターさんはお変わりはなかったですか?」
私はお父様に聞いてみる。
「あぁ。あと、モモの地球行きも認めてやるし、ハンターとの結婚も許す」
「ーーー!!!」
どうやらお変わりは無いようだ。
黒ずくめ、格好は、なにかミステリアスな感じですね。
お変わりは無いとしても、きっとお会いした時よりも大人っぽくなってて、あのお顔も凛々しくなられてるんでしょう。あの白く輝く金色の髪は今はどのくらいの長さなのでしょうか。
幾度となく想像してきたあの方の顔が浮かんでは消えていく。
それに、結婚♡
ずっと思い描いていた未来。頭の中で何度となく愛し合う二人の光景が、ついに現実に……
「だからハンターを後継者として連れて帰ってこいよ」
「ーーーーえ?」
脳内に広がっていた世界が音を立てて崩れていった。
後継者?それは違う。私とあの方の生活は二人きりで緑の多い植物に囲まれた場所で過ごすと決まっている。私とあの方だけの世界で。
それが、後継者?デビルーク星の王になどなってしまえば私はお母様のような激務に、あの方は王としての仕事が……
「お、お姉様の婚約者候補である結城リトさんはどうなったんですか!?後継者は結城リトさんではなかったのですか!?」
「あ?ーーそれはララがまだ結婚しないってよ。結城リトも俺の脅しを込めた問いにも答えなかったからな。ララの説得には時間がかかる。あと、ハンターの方が戦闘力もあるし、恐らく頭も回る。あいつの方が適任なんだよ」
違う違う違う。それは私の望む未来じゃない。
「じゃあ、お姉様と結城リトさんの結婚の方が早ければ、後継者は結城リトさんですよね?」
「それはそうだな。後継者の方で言うとハンターの方が適任ではあるが、ララが第一王女だからな。俺は解放されりゃ早い方でいいぞ」
「それがわかれば安心です♫」
これでお父様の了承は取れた。
早く会いたい気持ちもありますが、私はもう少しなら待てます!
二人の未来のために、まずはお姉様と結城リトさんを早くくっつけて、結城リトさんには後継者になってもらわなくちゃ。それには、まず地球に行って、状況を把握しなくてはいけませんね……
もう少しだけ待っててくださいね。ハンターさん♡