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「お、お兄ちゃん……」
「ひっ………!」
ララはありえないものを見るような目で今のユウリを見ている。
ハルナは凄惨な光景に耐えられず、目を背け湧き上がる吐き気を堪えていた。
お静は、倒れたルンを介抱していたのだが、そのルンが震える声で話し出す。
「わ…私のせいだ……そんな!」
紫色の血飛沫で汚れたユウリを眺めていたルンは、言葉を吐き出すとともに自身の手に持つスプレー缶をワナワナと握りしめていた。
「みんな!!大丈夫か!?」
「あなたたちも早く逃げましょう!!」
既に黒コート姿に変わっているリトと古手川が、茫然と立ち尽くすララと、しゃがみ込むハルナと、倒れ伏すルンと、ルンを介抱しているお静へと駆け寄る。
そこで二人も、普通の人とは異なる色の血飛沫で汚れたユウリを視界へとおさめた。
『あははは!よっわ!!』
笑いながら大勢の異形のモノたちを蹂躙するユウリ。
絶界のキューブが二つ、
ユウリは巨大な蜘蛛のような体から人間の上半身が生えている化け物を標的に選んだ。
瞬時に接近すると、絶界のキューブを
そのうちの一本の脚を拾い上げると、その人型の口にねじ込んだ。
ジタバタとない脚の付け根と体を震わせてモゴモゴと叫んでいるが、差し込んだ蜘蛛の脚はその人型の背中を突き破り生えてきたところで、蜘蛛男は絶命したのか、悲鳴も止まり動かなくなる。
その頭を足蹴にしながら再度高笑いを上げているユウリ。
『ねぇねぇねぇねぇ、自分の脚食べるのってどんな気持ち?おいしい?あっ答えらんないか?あはははは!!」
「え……ユウ、にぃ?」
「あ、あれが……な、なせさん…?」
そんなユウリを中心に、一度立て直すかのように、黒蟒楼の刺客たちは全員距離を取っていた。
「すこし、敵の力を見誤っていましたね」
雑魚を必要以上にハデに殺すユウリを眺めながら言う。
ユウリの力を見ても、まだまだ佐金は余裕を崩していなかった。
そんな佐金の方へ目を向けたユウリは、足蹴にしていた蜘蛛男の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
てんてんと跳ねるその頭部は佐金の目の前まで転がり、止まる。
そこでユウリは両手を交差させ前へと突き出すと、黒蟒楼の者たち全員に向けて語り出した。
『見誤りすぎだボケ。まぁ今すぐに、ガタガタ震えて命乞いするなら半殺しくらいで辞めてやってもいいけど、準備OK?』
「舐めやがって……」
「ざっけんなコラァ!地球人風情が!!」
「テメーがガタガタ震えてろ!!」
ザワザワと喚き立てる有象無象。
「…これは…いったい…どうゆう状況ですか…?」
「や、ヤミちゃん…わかんないけど…お兄ちゃんが…」
ヤミが天使の羽をはためかせ彩南高校のグラウンドに降り立つも、あまりにも異様な光景に顔を顰めてララへと尋ねたが答えは帰ってこない。
それもそのはず、今この場でユウリの豹変の理由がわかるのは一人だけだった。
「私のせいなのっ!!ララにイタズラしようと思って、この性格を悪くするスプレーが、でもわざとじゃなくて……」
その一人であるルンは安直な発想で取り寄せた試供品がこんな事になるなんてと、嗚咽を漏らし、涙が頬を濡らす。
リトはルンのもつスプレー缶、"ワルクナール・EX"を奪い取り、
「これのせいで、ユウ兄は、今悪人になってるって事か!?」
「どう言う事!?」
「……」
惨劇の中、比較的精神的に余裕のあるリトとララ、ヤミはワルクナール・EXの裏面にかかれた効力を読み解き始めたが、ユウリが再び動き出す。
『はいっ、時間切れ。──【
空中に【隠】を使って不可視にしていた夥しい数の結界。
交差させていた腕を振り下ろすと、握り拳程のサイズではあるが、先端が営利に尖った串のようなその結界の群れは、辺り一面に降り注いだ。
──なんだ!?
──ギャァァア!!
実力のないものは雨のように降り注ぐ、千はあろうかと言う結界に襲われ、あるものは頭に、あるものは身体中に串が突き刺さり、叫び声を上げながら次々と地面に倒れ伏していく。
実力のあるものは、弱いモノを盾としたり、その身体で防いだりとしていたが、既に半数以上はボロ雑巾のようになりそこらに転がっている。
結界の雨が降り止んだ時、残っているものは既に十程度となっていた。
『まぁまぁ減ったなー。雑魚ばっかりじゃん。
──で、続きやんの?』
「あまり、舐めないで頂きたいですね…」
「佐金様、私がっ!!」
つまらなそうに言うユウリ。
その言葉にイラついたのか、おそらくリーダーであろう佐金を止め、スキンヘッドの男がユウリへと向かう。
頬を大きく膨らましたかと思えば口から溶解液を吐き出した。
『そうこなくちゃ』
先程結界で防いだ時に、自身の意思で解除していないにもかかわらず破壊されたのをユウリは記憶している。
故に溶解液だと言う事は理解していた。
「先ほどの技、俺には通用せんぞ」
身体能力もなかなかなもの。
ユウリへと肉薄し、四肢を使ってお互いに殴り合う。
その間にも残った実力者たちはユウリへと迫るがその全てを躱し、いなし、時に迎撃するユウリ。
スキンヘッドの男は溶解液を撒き散らしながら戦っており、躱しきれない仲間はそれで絶命していた。
その撒き散らされる溶解液の全てを結界で一瞬囲み、二重に囲んだり流したりと効果的に結界を使い、他の雑魚へと当てているユウリ。
『俺には通用してるようにしか見えないんだけど……見えてないならその目ん玉いらないね?』
「渦闇」
スキンヘッドとの肉弾戦の中、左手の人差し指と中指を片目に突き刺す。
そして眼球をえぐり取ったユウリ。
丁度その時、仲間であるモノたち全てを巻き込んで、佐金は巨大な黒い竜巻を発生させた。
──ゴバァァァァア!!!──
先程まで戦っていた場所は、轟音を鳴らす黒い竜巻に完全に覆われた。
「渦闇に飲み込まれては、塵も残ってはいないでしょう…」
その黒い竜巻がだんだんと小さくなり消えると、そこには確かに塵一つとして残ってはいなかった。
「ユウ兄が!?そんな!?」
「落ち着いてください、結城リト。ユウリに当たってはいません…」
ヤミはある程度落ち着きを取り戻していた。
この学校の生徒は、今の竜巻によってこちらが爆心地だと思ったようでこことは逆の、校舎の裏へと避難をしているのも見えているくらいに周りは見えている。
今のユウリは、いつか見た夢の再来のようだ…
悪い心の増幅。という事がどの程度の事かはわからないが、あれはユウリの意思ではない。やりたくてやってるわけじゃない。
それに、あの状態になっても攻撃の余波すらこちらには届かないように戦っている。
意識的にか、無意識かはわからないが、あれの心にまだユウリはいるのだと気づいていた。
今、消えたと思われるユウリが現れた位置も、私たちを守るため……
『塵も残ってないのは、髪も残ってなかったハゲだったな』
「な…どうやって…」
平気な顔で、仲間たちを庇うような位置に立っているユウリ。
味方を巻き込んでまで放った大技が外れた事に驚愕する佐金に向かい、ユウリは言葉を続ける。
『大物ぶったわりに、切り札?が外れただけでもー余裕も無いのか…そもそも幹部なのかお前?雑魚と大して変わらねーじゃん』
「私は実行二部の部長ですよ…!雑魚と変わらないなどと…!」
『二部とか言う時点で雑魚臭が、──おっと、そっちに行くなら逃しはしない。さっきから隠れてうっとおしーんだよッ!!』
「わっ!?」
ララの背後に結界が生み出され、突然だったためララは驚いた。
佐金との会話の間や、先程の戦闘中にも時折感じる殺気と攻撃。その正体をユウリは捉えていた。
「グクッ……!!まさか、私が見えているのか…ッ!?」
「な、なに!?声がする…?」
「なにもいないのに!?」
「いえ、気配は、あります。透明人間のようなものでしょう…」
『せっかく逃げるのに特化した能力持ってんだから、小便撒き散らして泣きながら逃げればよかったのに──なッ!!』
「グァァァァアア!!」
何も無いように見える結界の内側に念弾を打ち込むと、透明だった者がだんだんと見えてきた。
それは茶髪に顎髭を蓄えた、蝙蝠のような翼を生やした男。
今はその結界はどんどんと空へと上がって行き、その大きさもどんどんと縮んでいる。
空高く上がりきったところで、薄く青いはずの結界は内側から飛び散ったもので真っ赤に染まっていた…
【円】を時折展開しながら戦うユウリに、姿を透明にする程度の能力は意味をなさない。
『ララ、俺は逃げろっつったろが。お前らはさっさと帰れ。戦闘の邪魔だ』
ララの方を見る事もせず、吐き捨てたユウリ。
「ユウ兄!!もうやめろよ!!こいつらだって……なにも殺さなくたって……!」
リトは顔を悲痛に歪めて変わり果てた兄へと声をかける。
『殺さなくちゃ、殺される。こいつらのような奴らは、平気な顔してなんでも奪う。バカにつける薬は無い。クズは死ななきゃ治らねー。だから、俺が、今までの己の行いを嘆き、後悔するように、惨たらしく、殺してやるんだよ!!』
「…ユウ兄……それでも、俺は…ッ!」
『弱い奴に何が守れる?誰が救える?力がなきゃ奪われるばっかだ。──お前は弱いままでいい。お前らが俺の良心だから。だから俺が守る。お前ら全員、俺が救ってやる。何をしてでも、どうなろうと、全てを殺し尽くしてでも……!!』
「…ユウリ、それでも私はあなたの家族です。ただ守られる気などありません」
リトへと振り向き、心の奥底の本音をぶち撒けるユウリ。
ヤミは、リトの前に立ちユウリへと自身の想いを伝えた。
薬品の説明にあった、心の奥の悪い心を増幅する。
それは、ユウリにとってはカラを呼び覚ますような、自身の隠してきた本音が出るような事なのかも知れないとヤミは考えていた。
せっかく、良い方向に変わったのだと言っていたユウリ自身を否定するような今のユウリを止めたかった。
「俺だって家族だ!!」
「私も、お兄ちゃんの事、ホントのお兄ちゃんだと思ってるよ!」
『家族だからだ!!』
──ビクッ!!──
一際大きな声で叫ぶユウリに、全員がビクリと身体を震わせる。
『父親がいないなら、兄が全てを守るべきだろ?男が女を守る。兄が弟を、妹を守る。俺の行いは当然のことだろう?』
ユウリの見開かれて血走っていた瞳は閉じられ、だんだんと落ち着きを取り戻したかに見えたが……
『だから、お前らはそのままでいいんだ。全部、俺が消してやるから…』
突如目を見開き、更に目を血走らせたユウリは力を高めていたであろう佐金へと向かい念弾を乱射。
爆煙に包まれるも、中からは先程までの佐金とは全く異なる、大きな牛の身体に、四本腕の人間の上半身がくっついている。ケンタウロスの牛版のような姿へと変わっていた。
「私を、雑魚だと!?この姿を見ても同じことが言えるか!?私は我銀よりも強い!!白も、神黒すらも超えて黒蟒楼を、宇宙の全てを支配するのはこの私だッ!!!」
『あっそ。そしたら僕すごいでしょーって自慢でもしたいの?』
「舐めるな!!今度こそ、貴様をこの世界から塵も残さず消し去ってやろう!!」
豹変した佐金の四本腕の中央に、巨大な黒い塊が生み出される。
強力な念弾のような気の塊。
今は、位置が悪い、避ければ後ろはただでは済まない。
撃ち出される黒い気弾に合わせ、こちらも最大の念弾を放つ。
互いのエネルギーが衝突し、爆風があたりに拡散する。
ユウリの後ろにいたリト達も爆風に晒されるが、結界が周囲を囲っていたため無事。
結界も消えて砂煙が晴れた。
視界がクリアになったリトたちの前には、それを放った二人は既にその場所にはいなかった。
ユウリと佐金は空を駆け回り、幾度となく気弾と念弾が衝突を繰り返している。
併走するように飛び回りながらもお互いに結界や気弾で牽制し合い、間合いに入る隙を探り合っていた。
『ま、雑魚から中ボスくらいには格上げしてやるよ』
「その口、開けなくしてやる…!」
気弾と念弾の応酬の合間、佐金の懐へ飛び込む道を見付けたユウリは迷わずそのルートへと飛び込んでいく。
攻撃は念弾で行い、結界は足場にして何度も結界を跳ね回りながら、方向を変えながら、佐金へと続く道を突き進む。
そして、近づくユウリに焦った佐金が巨大な気弾をつくりだす。
それを放つモーションに入ったところで、結界の棍を投擲。
そのまま棍は巨大な黒い気弾へと着弾し、その場で炸裂させた。
衝撃が佐金を襲うが、怯む事もなく殴り返してくる。
幾度か拳の打ち合いもするも、四本腕と二本の腕の殴り合いでは、手数の足りないユウリが圧倒的に不利。
その状況をしばらく楽しむように、幾度か殴られるユウリだがその度に表情は嬉々としていく。
『…良いね。ちょっとだけ楽しくなってきた』
「戯言を……」
殴り合いの応酬の中で、大振りになった腕の一本を素早く掴むと、投げの体勢に。
投げられる方向には既に結界があり、佐金のその巨体を結界へと打ち付けた。
佐金が怯んだところでショルダータックル、ぶつけた肩の勢いを殺さずに追い討ちで鼻へと肘を打ち付ける。
体勢を崩し、落ちていく佐金が体勢を立て直そうともがくが、そうはさせないと、今まで一番巨大な念弾を発射。
トラック程のサイズはあろうかという念弾を、佐金は血相を変えて回避しようと体を捻りユウリに背を向けると、血に塗れたユウリの口角が上がった。
『敵におしり見せちゃだめでしょ』
「ぐぅ!!」
佐金の眼前に結界を生成。
結界へとぶつかりのけぞる佐金へと念弾を集中放火する。
佐金の無理な回避は大きな隙を生み、ユウリに大きな攻撃のチャンスを与えた。
連続する念弾の着弾。一秒にも満たない硬直時間ではあったが、それだけあれば強力な一撃を撃ちこむ準備には充分過ぎる。
『【
無防備な背中へと結界が幾つも連続で生成され、最大にオーラを高めた【硬】による一撃と、増幅する衝撃。
暴王の衝撃は佐金へと叩き込まれ、その衝撃は背中から全身へと駆け回り、荒れ狂う。
その衝撃は佐金の想像を超えた一撃、大きくのけぞり、口からは夥しい程の血を吐きだしていた。
まだ、まだ耐える事が出来る!!
心の中でそう叫ぶ佐金だったのだが、目を開き、入ってきた光景に自分の相手への認識の甘さを悟った。
自分が今倒れているのは地面ではない。
地面と錯覚する程の巨大な結界。さらに上からも結界に押さえつけられ、サンドイッチ状態になっている。
視線の先の透き通る青い結界の下には、先程自分を襲った衝撃を生んだ結界の倍はあろうかと言う数の結界。
その一番下には、万華鏡のように揺らめく、亜空間が広がっていた。
そして、自身への死の宣告が聞こえた。
『お祈りは済んだ?じゃあ、残り少ない、死ぬまでの時間をせいぜい楽しんで……』
ユウリのクロスした両手はオーラが迸り、尋常ではないほどのオーラが込められている事がわかる。
ユウリの左右にはそれぞれ亜空間への扉。
【
ユウリの側に在るこの二つは両方とも入口。
出口はそれぞれ佐金を挟み込む結界の、一番上と一番下にあった。
研ぎ澄まされたオーラのポテンシャルが最大に高まったところで、クロスしていた両腕を左右へと解き放つ。
『【
放たれた左右の拳は結界を突き破り衝撃を生み出す。
その衝撃は亜空間を通り、上下から結界を蹂躙しながら突き進む。
二つの暴王の衝撃は中央で一つに合流し、衝撃と衝撃が共鳴をするように混じり合う。
やがて完全に一つとなった、まさに災害のような圧倒的な暴力の渦に飲み込まれる佐金。
「うぉぉぉぉおおおおおおあぁぁぁぁあああああっ!!!」
ユウリが持つ物理的威力最高の技の合わせ技。
しかも上下から挟み撃ちにする事により、その中心への破壊力は単純に二発撃つよりも遥かに威力を増している。
化物染みた佐金であっても防ぎきれるような威力ではなかった。
四本の腕のうち三本を失い、四本足の体とも既にお別れをしていた佐金の上半身は地面へと墜落していく。
「う……ううぅ……」
地面へと転がる、既に半身と一本の腕しか残っていない佐金。
そんな相手を見下ろしながら、ユウリは空中の結界の上でしばらく佇んでいた。
少しして、地面へと降りてきたユウリの血走った目は、落ち着きを取り戻していた…
「…………まさか喋る元気があるとはな。楽にしてやるよ」
「わ、私が……支……配者に……」
「じゃあな」
赤黒い絶界は佐金をこの世界から完全に消滅させた。
皮肉なことに、佐金のセリフをやり返したかの如く、そこには塵すらも残ってはいなかった。
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「………」
みんなが、怯えているのが、俺に距離を置いているのがわかる。
丁度、
消し去った今は、静寂に包まれている。
俺を見るみんなの目。
久しく感じていなかった、自分を襲う、孤独や拒絶といった負の感情。
あぁ、また一人になっちまった。
自分の心の奥の底。
からっぽじゃなくなったなんて思ってはいたが、
所詮、俺はからっぽでしかないのか。
拒絶への恐怖からか、孤独への恐怖からか、
はるか昔のように、からっぽの心の奥底へと意識だけが落ちていった。