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「振り切れないか…」
「…あなたが、私の
振り切れなかったと言う紫音だが、実はかなりの時間ヤミから付かず離れずの距離で逃げ続けていた。
ヤミは正直、あの二人を置いてきている為、素早く紫音を倒して再度合流するつもりだったのだが早速無駄な時間を使ったのは誤算だった。城下町から城へと場所を変え、城内を駆け回りようやく紫音を追い詰めたのだ。
「はぁ?ターゲット?アタシが?」
心外だと言わんばかりに、その大きな胸に手を当てて紫音は大げさに驚いている。
「えぇ。あなたが紫音でしょう?…時間がありません。排除します」
ヤミは
「……?」
ニヤリと笑みを浮かべる紫音。
「追い詰めたとでも思った?残念。ここはアタシの部屋さ。神黒とやってる男か、さっきのバケモノ女が来たら逃げようかとも思ったけど…」
ヤミの拳は全て宙で止まる。
そして紫音は左手を上げると、何かを弾いた。
「金色の闇程度じゃ、逃げやしないよ」
そこでヤミは気づく。
自身の拳を止めているのは、糸。
髪よりも細い糸に紫音の弾いた糸の振動が伝わり、自身の髪の拳をバラバラにした。
切れ味も申し分ないようだ。
また糸使いか、と内心で思うが、実際攻撃の直前まで糸はなかったはずだ。
感覚が研ぎ澄まされている今、見落とすはずもない。
「程度、ですか。……私も、舐められたものですね」
既に殺し屋に戻る気などはないが、それでもかつて宇宙一の評判を得ていた自分が、一目見ただけでユウリよりも下だと思われるとは思っていなかった。どこかで自分の方が上だと、みんなを守るのは自分だと思っていたのだろう。
そう言われた事に、少しだが、癇に障る。
左腕を突き出し、二の腕からは小さな天使の翼が生み出された。
「
小さな翼から羽をいくつも撃ち出し、それは部屋中を縦横無尽に攻撃する。紫音とヤミ以外には、やたらめったらに攻撃をしているように見えただろうが、紫音は軽く舌打ちをした。
「……もう気づいたか」
「使役しているのは、蜘蛛ですか?タネがわかれば、どうと言う事はありませんね」
部屋の至る所にいた小さな蜘蛛。
その蜘蛛たちがヤミの攻撃の直後、部屋中に糸を張り巡らせていたのだ。
部屋中にばら撒いていた蜘蛛を片付けられたにも関わらず、気怠げに腰に手を当てている紫音。
めんどくさそうにしか見えないが、隙は無い。
そのまま続けて攻撃を仕掛けようとするヤミ。
「「「キー!!!」」」
「──ッ!」
「ま、これも使役してるもんだし、卑怯とは言わないだろ?」
全身黒ずくめに不気味な仮面をつけた人型の者たち、それこそショッカーのような見た目の者たちが扉から、窓から、天井から飛び出してきた。
「クッ!!」
一瞬、たった一瞬、紫音から目を離したヤミは、そのショッカーの群れを攻撃したと同時に、視界は真っ暗で見えなくなった。
手も、足も、髪も動かせない。
自分は今、どうなっているのかも理解できていない。
紫音は自身の背中にある蜘蛛の紋様から数百匹の蜘蛛を呼び出し、一瞬でヤミをミイラの様にぐるぐる巻きにしたのだ。
「アタシの糸に囚われたら、もう終わりだよ。このままアンタも傀儡にして使ってやるよ」
だんだんと、意識を失いかけるヤミ。
だったが、糸という声は聞こえた。亜空間だのなんだのではない。声の出所から、まだ側に紫音はいる。
ならば……
身動き一つ取れない状態で、
「ん?まだ変わらないね……まさか!?」
咄嗟に紫音は跳躍し、天井へと張り付いた。
「はああぁぁぁぁああ!!!」
紫音の跳躍と同時に、ヤミの咆哮。
そして振るわれる、極細の長大な刃。
──ナノスライサー
殺し屋時代の過去に、特殊合金でできたアーマーをも紙切れ同然に切り裂いた、厚さが1ミリにも満たない極薄の刃。
その刃は、この部屋を突き抜け、城すらも突き抜け、城下町ごと、全てを一直線に切り裂いた。
切られた城は斜めに少しズレるも、崩れる手前でギリギリ止まった。
紫音はそのまま動く気配の無い城を眺めており、ヤミはその間に糸の拘束から抜け出すと、先程まで自分が入っていた、ミイラのような糸の塊をバラバラに切り裂いた。
「はぁ、はぁ…」
酸素を求めて、息を荒げているヤミを見ながら、部下を一瞬で失った紫音は部屋に着地すると、ヤミへと問いかけた。
「なんでアタシを狙う?そもそも、お前らは何が目的なんだ?」
「別に、地球に手を出さないのであれば、私はあなた方をどうこうしようとは思っていません」
目を細めた紫音は、ヤミが思ってもみなかった言葉を吐き出した。
「ふーん。じゃあ、もういいよ。折角のかわいい部下達もカラになったし、めんどくせー。アタシは一抜けた」
紫音の言葉を、ちゃんと理解できていないヤミは警戒を解く事はないが、なおも紫音は続ける。
「そもそもアタシがここにいた理由も、この城が黒くてカッコイイしアタシによく似合うと思ったからだし。命を賭けるほどの事じゃないさ」
「そんな理由で……正気ですか?」
ヤミの言葉に、切れ長の瞳を更に細めて、不機嫌を前面に出す紫音。
「正気だよ。そんな理由って言うけど、お前は好きなもんの為に動いてるんじゃないのか?アタシはそれがこの城だっただけさ。それよりも、自分の方が好きだけどね」
シンプルながら、一つの答えを示された気がした。
自分の存在理由。
地球が好きなわけじゃない。
ミカンが、ユウリが、その二人と共に、自分へと笑いかける友人達が好きなんだ。そのために、私は動く。
「そうですか。本当にそうであれば、この場から立ち去ってください」
そう言うも、ヤミは紫音が本心から言っていることは理解していた。
これは、ただの確認と念押しだ。
「あぁすぐに消えるよ。ウチにもヤベーのはいるから、せいぜい気をつけるんだね」
ひらひらと手を振りながらそう言うと、紫音は外へと飛び出していった。
紫音の背をしばらく眺め、二人と合流しようとしたヤミに悪寒が走る。
「まさか…ユウリ……」
今すぐに、ユウリの元へと向かいたい気持ちをなんとか堪え、リトとミカンを探して、紫音と同じく、窓から外へと飛び出した。
『城が復元されないって事は、アンタも逝ったか…』
紫音は城の塔の上に立ち、お気に入りの場所だった、ボロボロの城を見つめていた。
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「ナナ、ララの相手もまとめて同じところにいるが、どうする?」
胸元のマジローがナナへと、碧暗と藍碑は一緒にいると言うことを伝えるが、ナナは迷っていた。
碧暗の術へ対抗できるのはマジローだけ。
姉であるララと突撃したとして、攻略する事ができるだろうかと思っていると、自身の背につかまる姉は力強く微笑んでいた。
「よしっ!じゃあ私たちは二人でいれるんだね」
不安というものを感じないのだろうかと、楽観的にも見えるララだが、不思議とナナは安心感を覚えた。
「姉上、目が見えなくなったり、音が聞こえなくなったりする術を使うのが相手だから、気をつけてくれよ」
「うんっ!でも、ナナがいるなら平気だよね?じゃあ、急ごうっ!」
あたし頼りかよ!と内心で突っ込む。
だけど、姉と二人でいれる事を、頼もしくも、嬉しくも思っていた。
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「うわっ!!」
ヤミと別れ、二人で城下町を走る。
見張り台のような塔を重点的に壊し、ヤミとユウリに言われた通り、目立たないように各個撃破を心がけて行動していたのだが、リトがまた躓いた。何も無いところで。
「むーむー」
「ちょ、バカ兄貴!こんなときに何してんのよっ!」
前を走っていたミカンのお尻に顔を埋めて、手は胸を揉みしだく。
こんな時にまで、とミカンはかなり頭にキていた。
「ちち、違うんだって!ごめん美柑!」
「何が違うって……リト!!」
慌てて離れたリトの腕を掴み、前方に飛び込むミカン。
──ズズズン……
間一髪で躱せたが、二人がいた場所の両隣の建物同士が崩れて折り重なり、道は既に無くなっていた。
暴れ回る加賀見の巨体が、城の天守閣を食い破りながら中に入るのがチラリと見えたが、それどころでは無い。
次々と崩れる道を走り抜け、飛び込んだ先は、入るつもりのなかった城の中。
「マズイよ!リト、早く出ないと!」
ユウリから、二人は城へは入るなと言われていた。
城内は管理者である孔朱の領域であり、黒蟒楼そのものもいるからと。逆に、情報によればその二人は城から出てくる事は無いと聞いていたのだが、まさか入り込んでしまうとは思わなかった。
「美柑!避けろ!!」
出ようと思っても次々と上から降ってくる瓦礫を避けて、遂に二人は散り散りになってしまった。
ーーー
「くそ、美柑、どこ行った……?」
降り注いだ瓦礫をどけて、巻き起こる土埃に目を凝らして見るが、美柑の姿は見えない。
こういう時は、とにかく上だろうと思い、階段を駆け上がる。
たぶん、美柑も上に向かうはず。窓があれば飛び出すのだが、いかんせん向かっている方向には窓がなく、廊下と階段があるのみ。
進めば進むほど薄暗くなっていき、だんだんと明かりが入ってこなくなってきたようだ。
「……ん?」
進む方向を間違えたかと思ったところで、廊下でうずくまっている人影を見つけて警戒する。
「──誰?」
倒れている、ゆったりとした着物を着た品のある女性がこちらを見ており、その女性の顔を見ると、目が離せなくなった。
緑色に煌めく瞳。その中の、縦に長くパックリと割れた黒い瞳孔が底無しの暗闇にも見える。
蛇に睨まれた蛙とはこういう事か。
その蛇眼からは目を背ける事ができず、動くこともできない。
「誰だと、聞いている」
「お、俺は…結城リト……」
その眼に見られているからか、何故か質問に答えてしまう。
自分の意志とは関係なく、足が勝手に動きどんどんその女性へと近づいていく。
怖い……
俺の体を誰かに操作されているみたいだ。
女性の前で、またも体は動かなくなった。
すると、結われた長い髪が、蛇のようになり伸びてくると、どんどんと大きく、太くなり雁字搦めにされる。
痛くも苦しくもないので、包まれると言った方がいいかも知れないが、鱗の感触はザラザラとしており、ひどく冷たかった。
「ふふ、仲間と此処を…あたしを殺しに来たか……怖い怖い。ここで、殺しておこうかしら…」
話してもいないのに…いや、これは、俺のオーラとこの人のオーラが繋がっている…?
「だけど、お前の日常は随分とおもしろいわねぇ……繋がれたあたしとは大違い。確かに、ここで終わるのも良いかもしれないわね」
俺を、覗かれている感覚。
頭を割られ、中身を見られている感覚。
しばらくしてその感覚がなくなったかと思えば、巻きついていた髪の蛇達はシュルシュルと音を立てて元の髪へと戻っていっていた。
とはいえ頭はグワングワンとしており、なんとも言えない気分になる。
「羨ましい……あたしも、たまには城を出て、自由に走り回りたかった……」
え…?自由じゃ、無いのか?
その首輪…この人も黒蟒楼に囚われているのか?
いや、でもあたしを殺しにとか言ってたような。
でも、敵とか味方とか、関係ない。
こんな悲しそうな顔をしてる人をほっとくなんて……
俺にはできねー。
「おや、あたしを自由にしようと言うの?……それも、いいわねぇ。あたしはもう、最後に自由に駆け回れたなら、それでいいわ……」
首輪を触りながら、遠くを見るような眼をすると、ようやく俺から蛇の眼を離してくれた。
よしっ!これで動ける。早く助けてあげないと!
「……これを、首輪を壊したらいいんだな!」
バギンと音を立てて、首輪は壊れた。
けど、滅茶苦茶固かった……オーラをゴッソリ吸い取られた気もする。
なんだったんだあの首輪は…
「……あらあら、本当に壊してしまうなんて。変な人間だねぇ」
「よくわかんねぇけど、そんな悲しい顔した女の人をほっとけるわけねぇよ!見捨てるなんて、そんな事したら俺は男でも、妹に誇れる兄でもいられなくなる気がするから…」
クスクスと、着物の袖で口元を押さえて笑う。
品のある仕草といい、お姫様みたいな人だな。
「そんなだからかね、あんたの周りは随分と賑やかで楽しそうなのは……あたしもこんな姿で生まれなきゃ、味わえたのかしらね」
「あ、あのさ。俺、妹を探してて、あと、急いで終わらして少しでもユウ兄を助けなくちゃ…」
「……あんたの、兄?この世界の異物とも言えるアレがいなければ、本来こんな事にもなっていないだろうに……」
壁にもたれ掛かり、色っぽく傾げる女性。
だがリトはその言葉に引っかかる。
「ユウ兄がいなけりゃ、なんだってんだよ?」
「あらあら…気になる?でもいいわ。ありもしない話なんて、退屈だもの」
着物の裾をひらひらとさせており、目線は合わせない。
話す気はないと言うことかな。
「わかったよ。でも、妹は、どこにいるか知ってたら教えてほしいだけど…」
とは言え、情報は欲しい。
この女性は幸い敵じゃないみたいだし、もしかしたら教えてくれるかもしれない。
「はぁ、しょうがないわねぇ……人間て、本当にお馬鹿さん」
打算的だと思われたのか、少し眉を顰めたが、すぐにニコリと微笑むと、女性の非常にゆったりとした着物の袖に隠れた腕が顔に向かってくる。顔の前まで来たところで、袖の先から異常なほどに白い指がチラリと見えた。
──トン
額に、触れた。
それだけで、なぜか城の中を進んでいく光景が俺の頭に浮かんでくる。
この道を、行けってことか。
というか、めちゃくちゃ下の方だな……
「ありがとう!じゃあ、俺は行くよ。元気でな。悪さはするなよ!!」
よしっ!
美柑はもっと下の階か。スタートで間違えてたんだな。
あれ、オーラが元に戻ってる?
まぁいいか!今は急がないと!
リトは来た道を走って戻り、その背を見ていた姫は思う。
元気で、悪さはするな、ね。もう、どっちも守れやしないけど。
もうじき、私の抑えきれない力は暴走し爆発してしまうだろう。
自分だって好きでこうなったわけじゃない。
ただ、もっと自由に、この宇宙を駆け回りたかっただけなのに。
なぜこんなにも大きくなってしまったのか…
大きくなるたびに、不自由になる。
気づいた時には、溜め込みすぎた莫大な生命力を放出し続け、補充しない限り衰弱していくばかり。
星神になればと思ったが、とうとうあたしと共鳴してくれる惑星は見つからなかった。
もう、疲れた。
この世界の枠の外側にいる人間の事も知れた。
それならば、せいぜい来世のあたしに期待しよう。
なぜあたしのようなできそこないを創りだしたのか、あの人間に宿る神に、聞いてみたいものね。
姫は、自分は星神のできそこないだと思っていた。
姫は星神と違い、溜め込んだエネルギーを循環する術がない。
隔絶した空間を作り、星の真似事のようにいくら城や街を作ろうとも、結局は大して変わらなかった。
それならばと現存する星神と己を挿げ替えるためにいくつもの星を襲い、神を喰らってきたが、そんなモノと星が共鳴するはずもなかった。
生命力の中でも、オーラのもつ力をプラスとするなら、もちろんマイナスの生命力もある。死へと向かうそれは、呪いとも呼ばれていた。星神となれば、それを災害として放出し、己の星の中で循環させるのだが、星を持たない姫にその術はない。
溜め込まれたマイナスのエネルギーは、力を失いつつある姫では、もはや抑え込めないところまできていた。