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遠くで崩れて行く城と、ジリジリと乱れる電脳世界の中で起きた、眩い光が晴れた。
「……ユウリ…」
「ん?なんか感じが変わったな……第3ラウンドってとこか。おい、金色の闇。邪魔すんなよ」
二人の戦いに飛び込もうとしていたのは、ヤミだった。
が、飛び込むことはなく、神黒と同じく見つめていた。
その目に、いつもの光はない、まるで別人のようなユウリを。
「……
神黒に向けて、剣を生成し掲げると突然わけのわからない一言を告げる。と、無表情のユウリは突如アクロバットな動きで接近すると、神黒の身体を両足で挟み込む、フライング蟹挟みの体勢。
「あん?」
「どっせーーーい!!」
「バカが、巫山戯たこと抜かしただけで、策は無しかよ?」
ゼロ距離でのオーラの爆発。
はっきり言ってダメージなど無い。
そんな事は、今までやりあってきたコイツが一番気づいているハズだが、と爆煙に包まれながら神黒は思ったところで、
──ッ!?
瞬間、気配を感じわずかに身体をずらす事に成功した神黒だったが、掠っただけで左腕は宙を舞う。
そして、左腕をもぎ取ったやつは人々を安心させるような笑顔を浮かべ、ビシッとヒーローのようなポーズを取っていた。
なんのために生成したのか不明だが、既に剣は持っていない。
「私が来た!」
「なんなんだお前?一度ついた『理解』が消えたのは初めてだな……おもしれーじゃん」
宙を回転しながら舞っていた左腕をキャッチしながらも放たれる神黒の高速の蹴りを、連続でバク転しながら躱し距離を取ると、悪役のような悪い笑顔を浮かべ、右手の親指で、人差し指、中指と順に指をパキパキと鳴らしながらユウリが呟く。
「………悪い子ね…」
コロコロと口調と雰囲気の変わる相手に少し困惑する神黒。
『理解』が消えたことからも察してはいるが、今目の前にいるコレはさっきまでの七瀬ユウリとは明らかに別物。
あの機械による光が原因だということはわかるが、神黒はまだ理解できずにいた。
『支配』を発動し、取れた左腕を繋げようとしたところで、赤黒い結界に覆われ、繋がるべき左腕がたった今消滅した事を理解した。
「お?」
「テメーの顔も見飽きたぜ」
今度は獰猛な顔をしていた。
結界で作られた巨大すぎる大剣による突進。
それは赤黒い大剣であり、触れれば消える。確かに速いし強力ではあるが、単純な突きの動作。
それを神黒は簡単に避けると、修復を阻止された絶界を切り刻み、次は身体を構成する細胞を支配し腕を生やした。
「戦闘スタイルも、口調も変わりすぎじゃね?マジでなんなのお前?」
答える事はなく、ユウリは空中に生成した結界の道を天地逆さまの状態で疾る。
「伸びろ如意棒!!」
叫ぶと同時に神黒の周りに結界の棒がいくつも地面から突き出てくる。
「こんなもんッ!」
「──
破壊しようとした結界の棒から更に赤黒い棒が縦横無尽に飛び出して神黒を串刺しにした。
「けっ。またこれかよ。こんなんで勝てると思ってんのか?」
「ううん…でも…負けてあげない!!」
全てを破壊して、消し飛ばされ穴だらけの体を再生する。
肉薄するユウリの手にはブレードが二本握られていた。
「駆逐してやる!!」
今更効くはずもない単純な攻撃を繰り返す。だが、秒単位で人が変わっているかのような動きをするために理解ができずにいる神黒。
それもそのはず、今のユウリは『ばいばいメモリーくん』で、記憶を失っている。それはララの発明品で、本来であれば使用者の記憶を使用者以外から消すのだが、どうやら失敗作だったらしい。今は使用者自身の記憶のみが消えていた。
そのため今は七瀬ユウリという存在は綺麗に忘れ、物語のセリフや振る舞いを模倣しているだけのカラッポの男。自分を失ったが、数えきれない程の異世界のフィクションが詰め込まれた男を理解するのは不可能に近かった。
振るわれるブレードをさばき、返す刀でカラの首を切ろうとするも、獣のような動きで刀を躱し、そのまま四足歩行で駆け抜け神黒の指を噛みちぎる。
「ガルルァァア!!」
「次はなんだ?退化してんのか?」
「──ベッ」
噛みちぎった指を吐き捨てると口を開いた。
「……あたしの全存在をかけてあんたを否定してあげる」
発言と同時に包丁のような結界をいくつも投擲し、右手には剣を生成。
そのまま神黒へと一直線に疾る。
「その身に刻め!!」
いくつもの包丁も、大きく振り下ろされる剣も躱される。だがすぐさまスライディング。神黒はそれをジャンプで避けるが追撃の振り上げを受けたために更に空中へと浮かされた。
「神技!!」
浮いたところでユウリが叫ぶと何重もの球体の結界に覆われ神黒は空中で固定されるが、
「さっきから、今更こんなもん効かないって…」
結界を破壊しようとするのと同時に、理解しようとしてしまう神黒の癖が出てしまった。
今の動きと雰囲気は、光がなくなった直後と同じだと感じていた。
自分の中にいくつもの人格を有しているのかはまだわからないが、コイツの出現は間違いなく二度目。じゃあ、一つずつ理解していけば良い。
理解しようと一瞬動作の遅れた自分の体に、巨大な結界の槍が刺さった事に気付いた。死から遠ざかりすぎたが故の油断。神黒にとっては余裕でもあるが実際に攻撃はことごとく受けている。この状況も面白くはあるが、だんだんとイラついてきた。
「意味ねぇ事ばっかりしやがって…」
「ニーベルン・ヴァレスティ!!」
続け様に逆側から、そして脳天から股間までを貫くように真上からも槍に貫かれ、頭を失う。
自身を貫く三本の巨大な槍全てを破壊し、身体と頭を再生するが、視界の中にカラがいない。
オーラを感じることもない。
亜空間が開かれた様子もなかったが、気配がした。
「はぁ?」
──ボゴォッ!!
突如地面から生える腕に両足を掴まれる神黒。だったが、
「そりゃー悪手だろ」
オーラを感じないということは、絶の状態。
防御力ゼロの状態であるカラが潜っている地面に向けて強烈なオーラ弾を放つと、地面は爆ぜてクレーターとなり、神黒の足を掴んでいた、肘から先だけが残っていた。
「あーぁ。イラつかせるからついやっちまったじゃんか。最後がコレかよ」
「……ユウ、リ?……ッ!!!」
愕然とするヤミ。
神黒が蹴飛ばすユウリのものだった両腕と、消しとんだ地面を見て、ヤミは我を失っている。
どこかで、勝つんだろうと思っていた。
ユウリは死なないとでも、心のどこかで思っていたのか、目の前の光景を受け入れられないでいる。
唇を噛み締めて神黒に襲いかからんと自身の長く、金色の髪が今までで最も巨大な刃となった。
「……あなたは、私が殺す……絶対に殺す……ッ!!」
「おいおい、今更オマエなんか相手になんねーよ。アイツよりよえーじゃん」
怒れるヤミの元へと一瞬で移動して殴り飛ばす。
ヤミは怒りから、いつもの冷静さを欠いており反応することも出来ずに吹き飛び地面を転がった。
「ゲホッ…ゲホッ……この…ッ!!」
「無駄死にごくろーさん」
トドメを刺そうと神黒が歩き出した瞬間、すぐそばで、声がした。
「──飛雷神の術…」
両腕の無いカラが背後にゆらりと現れた。
【絶】を使い、更に闇の世界で生きてきた経験を活かして完全に気配を消し、更に、拳だけではなく体全ての次元跳躍。腕によりマーキングした相手のオーラへと次元を跳んで現れた。
「てんめぇ……!」
神黒が初めて見せる余裕以外の表情。
それもそのはず。
失ったはずの両腕は巨大な腕として存在しており、それは赤黒いオーラで象られていた。
さらにその腕が巨大化していく、それはもはや腕ではなく赤黒いオーラの塊となる。結界のように具現化している訳ではないが、【念】の素養の無いものにすら見える程の莫大な生命力が、その塊には込められていた。
「全てを失えぇぇえ!!!」
絶界と同じ、触れた物を消し去る巨大な両の手に包まれる中、神黒は己を振り返っていた。
─わかる。
今ここで、俺は死ぬ。
こんなやつ、何度も殺せた。
一度は理解もした。
なのに、何故?
こんな、無駄な物にしがみ付いているようなヤツに。
そのせい、か?
そもそも、俺には何も無いからか?
カラッポだから、俺は負けるのか?
わからねーけど、はるか昔の、まだ命が一つしか無かったころ。
あの時の、戦い、殺し、命を奪う感覚。
あのヒリヒリした時間がずっと続けばいいと思っていた。
長い時を経て、忘れていたこの感覚。
そうだ、思い出した。
これが、自分の死を予感する感覚か。
このなんとも言えない、無限にも感じられる時間を、ずっと俺は求めていたのか。
「やるじゃねぇか。次のお前は、確かに期待通りだったなぁ…」
時が止まっているように感じる。
『くくく。まさか本当にやるとはな。俺の一部、返してもらうぞ』
「……過ぎたもんだった。こんなもん、さっさともってけ。よーやく、死ねる」
『運命が変わった。お前は最終的には俺がやる運命だったんだ。まさか変えるとはな。これ程面白いことはないし、少しばかり手を出してやろうかな……』
ナニカを抜き取られた神黒は、この世から完全に消え去った。
ーーーーーー
「ユウ…リ?」
地面に這いつくばった状態でヤミは顔を上げる。
ユウリだった、カラッポの男の赤黒い腕は既に消えており、両腕の無い男がただ突っ立っていたが、ヤミの声に反応したのかチラリとヤミを見ると口を開いた。
「誰と間違えてんの?オレに名前なんかねーよ?」
「ユウリ…」
悲しそうな顔で俯くヤミをキョトンとした顔で見ながら、なおも声をかける。
「お前は誰?なんで泣きそうな顔してんの?誰かにやられたの?オレがやり返してあげるよ?」
「……私は、ヤミ。あなたが呼び始めた、私の名前。昔の名前は、もう必要ありません。今はヤミという、あなたがくれた名前があるから」
「……オレが、名付けた?何を言ってるのかしら?」
ヤミの言葉に一瞬反応したように思えたが、ユウリは空っぽのままだった。口調すらも安定していない。
「あの時、言えばよかった…とっくにあなたは私の中で…」
二人でたい焼きを食べながら話した時、何も言えなかった自分。
あの時のユウリをやっぱり否定すべきだったと後悔していた。
「ん?」
「あれは…!?」
松戸が白を殺した為に、支配を解かれた有象無象が山となり、既にボロボロの城の地下から溢れ出て来ていた。
「魔獣の集まり?…アレのせいで、ヤミは泣いてんのか?だったらオレに任せとけ。全部ぶち殺して来てやっからよ」
「ユウリ…待ってください…!」
「だーかーら!人違いだってば。ヤミはもー帰れよ。じゃあな」
そう言ったユウリの顔は、能面のような笑顔だった。
「待って…待っ────」
言葉の途中で、ヤミの姿は掻き消えた。
「────消えた……? でも、泣いてたのは、このボロボロの世界のせいか?というかほっといたら爆発しそうな、キショイオーラで満ちてんなぁ……なんか知らんけど俺もパワーアップしてるし。さっき馬鹿みたいにオーラ使っちゃったけど……あの子の仕返しだ。この世界ごとぶっ壊してやるか」
ヤミを見て、ヤミと話してから心の奥に何かが引っ掛かるが、オーラで凸凹な腕を生成すると魔獣の群れの中心へと向かった。
ーーーーーー
「リトーーーッ!!」
「ララ!ナナも!二人とも無事で良かった!他のみんなは、どうなった!?」
「私はナナといたから、ミカンは、一緒じゃないの…?」
リトはミカンと行動を共にしていた筈なのに、一緒に居ないことに疑問を浮かべる。
「ミカンは…ユウ兄をさがすって一人で行っちゃって…はやく合流しないと!」
そこでナナはボロボロではあるが、マジローを呼び出し、聞いてみる。
「……姉上!終わったぞ!白色と黒蟒楼の主はもう倒れてるし、兄上が黒色もやっつけた!あたし達の勝ちだっ!!」
「ホント!?やったぁーー!!!じゃあこれで、みんなで地球に戻れるねっ!!よーし!」
──かむかむバックくん!!
ララの発明品である『電脳世界にいる機関の人間』を地球へとワープさせるアイテム使い、全員が地球へと帰還した。
「よし、戻って来れたぁー!でも、藍碑ちゃんとあの人がいない?」
「姉上、アイツら、本当に良かったのかな?」
既に結城家から消えている二人を心配するララと、
その二人が野放しな事を心配するナナだった。
ーーーーーー
「あれ!?」
「これは…?」
みんなが次々と結城家のリビングに現れていく。
「美柑!モモも!無事で良かった!!」
「モモ様、ご無事で良かった……」
数秒先にワープが完了していたリトがミカンを思わず抱きしめ、ザスティンはモモの無事に安堵していた。
「ちょっ!リト…痛いってば……あれ?まだ、全員じゃない…?」
「お姉様!お兄様は!?」
「場所によってちょっとタイムラグがあるの。でももうすぐだと思うよ」
二人の疑問にはララが答え、その言葉通り、部屋に突如光が現れると、その光はヤミへと変わる。
「──って!待って…ください…」
「…ヤミ、さん?」
驚きを隠せないミカン。
今まで、一度も見たことがない親友の表情。
ヤミが……悲痛な顔で、涙を流していた。
その様子に全員が驚愕するが、その理由を察した二人がヤミへと問いかけた。
「ユウリさんに何かあったの!?」
「お兄様は一緒じゃないんですか!?」
「私を、今すぐ戻してください……!」
ヤミはすごい剣幕でモモへと詰め寄るが、
「わたしでは無理です…お姉様なら!!」
「ま、待てよ!ユウ兄は勝ったんじゃないのか!?なんで、松戸さんも、加賀見さんも戻ってこないんだ!?」
ヤミ、ミカン、モモ、リトから詰め寄られるララだが、苦い表情を浮かべている。
「……わかんないよ…お兄ちゃんが機関の人だけにしろって…黒蟒楼側の異星人まで連れ帰っちゃうからって…戻る装置は、崩壊が進んでるから、今すぐには…」
「今すぐお願いします」
「ララさんお願い、なるべく急いで欲しいの」
「お姉様……なんとか、なりませんか…?」
「わかった。お兄ちゃんを連れ戻さないとね。超特急で取り掛かるッ!!」
ララはラボへと向かい、それにみんなが続くが、ナナだけはリビングに残っていた。
「……ごめんな、もうすこし、話せるかな?……あたしに、何か隠してないか…?」
「ナナ……」
ナナはマジローに問いかけると、観念したように自分が感じ取ったものを話した。
ユウリは一度負けた。
だが機械を使った後に、人が変わったようになり、神黒を倒したと。
そして、ヤミとの会話のことを。
あれはもう、七瀬ユウリではないから、ララの発明の対象にならなかったんだと、可能性の話をする。
「兄上……」
ナナはヤミの涙の意味がわかった。
記憶が無くなろうが、あの人はいつだって知ったような顔して、時々情けなくて、でも強くて、優しい、自分の兄だ。
「絶対、連れ戻す…!!」
その後、数十分で再度、壊れかけた電脳世界への移動装置は完成した。
念のため、電脳世界の完全崩壊と同時に地球へと帰還するプログラムを組み込んでいることは、ララは誰にも言わなかった。
ーーーーーー
「無駄無駄無駄無駄ッ!!!」
両腕を失っているために、結界で巨大な腕を空中に生成し異形の群れをラッシュで叩き潰していく。
アイツは殺さなきゃって、なんで思ったんだろうなー?はじめましてだと思うんだけどな〜
既に200は降らない数の異形を殺しながら呑気な事を内心で呟きながら、先程の強敵を倒した時を思い出していた。
それにしてもやばい奴だったな。なんで勝てたのやら。
あの消滅結界はかなりいい感じだったな。
アレの威力と規模をもっと増したら、この世界も消せるかな。
世界を壊す……どんな感じだろーな。
オレが壊したら、ヤミは笑うのかな。
「まっ!どーせ爆発で死ぬんだし、今日死ぬのも、悪くないか」
誰にも、何に対しても、特に何かを思うことなんてなかったが、先程の少女との会話。
たったそれだけで、なぜか満ち足りた気持ちになっている自分に浮ついている。
どうせ死ぬなら今日がいいなと本気で思っていた。
そしてお得意の物語を脳裏に浮かべ、先程の技の出力をあげる。
言葉通り、命をも燃やして。
大地も、空もがヒビ割れている。
そして、両腕を先程のように赤黒いオーラで作り出し、その大きさを、密度を増していく。
まだだ…まだ足りない…
「もっとだッ!!もっと……空っぽかもしれないけど、オレの全てを、この一撃に込めろッ!!!」
オーラは既に山を逆さに持ち上げたかのようなサイズになっているが、まだ大きさを増していた。
ーーー
膨れていくオーラの塊を崩れ降ちた天守閣の上から眺めるものが二人。
「クククッ…七瀬くんは、やはり面白い子だったな」
「そうですね。でも、結局は良い子でもあったと思いますよ。このままだと、命喰の溜め込んだ生命力は暴走し、爆発する。結局地球は粉々になることにも、気づいているんでしょうね」
「さてね。僕にはわからないが……彼の言う通り、死ぬには良い日だ。死ぬなら今日だ」
「彼は、おそらく気に入られたようですけど、あのお方は気まぐれで掴みどころのない方、どうなるかはわかりませんね」
「…原初の神、か」
「でも、少なくとも貴方は死にはしませんよ。私の中で、リイサと生きてください」
「おや?悪魔とは思えない発言だね」
「────フフフ。平助さん、ヘスティアは女神様ですよ?」
松戸は思わず振り返り見た加賀見の顔は、ずっと焦がれた、自分には向けられる事のなかった笑顔だった。その顔を見て、今まで見せたことがない程に柔らかく笑う。
「そう…だったな。リイサくん、今更だが、僕と、ずっと一緒にいてくれるかい?」
「こんな私で良ければ、ずっと一緒にいますよ。ここまで思われているなんて、昔は思いもしませんでしたよ」
そのまま二人は手を繋ぎ、ユウリだった男をずっと眺めていた。
ーーー
「戻って来れた!!ユウ兄は!?」
「…アレって、お兄ちゃんの……?」
茫然とした顔で空へと伸びる赤黒い逆さの山を指差すララ。
「あ、あんな量のオーラ!!ユウリさんが死んじゃう!!」
「そ、そんな!!止めなくては!!」
「あれっ?ヤミは、どこ行った!?」
この世界に舞い降りた瞬間、既にヤミは駆けていた。
崖を飛び越え、翼を生み出し、ひたすらに空を疾る。
空を覆っている赤黒いオーラでできた天地逆さまの山。
その付け根に、ユウリはいた。
そして声をかけようとした瞬間に…
その山は振り下ろされた。
ーーー
惑星をも破壊する一撃を放つ少し前。
もう少しで、全部だ…
生命力のほとんどが既に使われており、肌はヒビ割れ視力もだんだんと無くなってきた。
その中で、頭の中に思い浮かぶのは、ゴミ溜めでの日々でもなく、【念】を覚えた時でもない。
先程の、少女との一分にも満たない短い会話。
初めて、他人と繋がった、気がしていた。
でもそれだけで、ナニカに満たされている自分に言い聞かせる。
ときめくな、オレの心。
揺れるな、オレの心。
恋は覚悟を鈍らせる。
ん?恋?
そうかもな、これが恋って言うやつかも。
こんなの初めてだ。
でも、それよりも今は……
「この一撃で…全てを断つ!!!」
もう内包するオーラは、生命力はオレにはない。
外へと吐き出したコレが霧散する前に、この世界を終わらせる。
もう目も見えなくなってきた。
五感の全てがだんだんと薄れていくのを感じる。
それでも良い。
生きた証を、自己満足だが作れた。
これでオレも、何かの登場人物くらいにはなれただろうか。
振り下ろされた一撃は、城の残骸を消し去り、異形の群れを根こそぎ消し去り、電脳世界の大地ごと、黒蟒楼の生命全てを消し去った。
ーーー
「ま、まずい!!」
「みんな!」「皆さん!」
「乗れ!!」「乗ってください!!」
ナナはドラ助を呼び出し、モモは浮遊植物を呼び出す。
既に、この世界は終わる寸前だと言う事を全員が理解した。
「そ、そんな……遅かった…?」
「お姉様、まだです!どこかに地面が残っているかもしれません!」
「振り下ろしたところなら残ってるはず!そこに、ユウリさんもヤミさんも!!」
空も地面も既になく、今は記号や数字が飛び交う、電子信号になっており、電脳世界を維持できていない。
「…そうだね。時間がない、急ごうっ!」
ララは、もう間に合わないとは頭でわかっていた。
最後に、お話ししたかったよ…お兄ちゃん……
ーーー
「──ユウリッ!!」
感覚なんかもうほとんどないが、何かに包まれているような。
もう、まぶたを開くのもしんどいが、少しだけ開けてみる。
赤い双眸と、金色の髪。
自分が、一目見て恋をした女の子、ヤミだった。
「ユウリ…ユウリ…私が見えますか…?声は、聞こえていますか…?しっかりしてください…帰りますよ…私たちの家に…」
泣いているように見える。
どうやら耳はかろうじて機能しているらしい。
小さく、かすかに聞こえた。
「……ユウリって…誰だよ…あとさ、泣くなよ…せっかく、壊してやったのに……」
「そんなこと、頼んでいません…お願いですから、一緒に、帰りましょう」
帰る?どこへ?
そもそもオレはもう動けない。というか、後は死を待つだけだ。
でも最後に、こんなに満たされるとは。
やっぱり、死ぬには良い日だったな。
「…ヤミ…少ししか…話せてないけど…」
「…少しじゃありません。同じ家で、私と住んでいるんですよ?毎日のように、お話ししていますよ…」
どうやらもう、耳の機能は停止したらしい。
自分の話す声すらも聞こえないが、最後に、ちゃんと話せていたら良いな。
「…ヤミといると…オレはからっぽじゃ…無いと思えたんだ……ありがと…」
死体って、冷たいのに。
死ぬのは暖かくて、気持ちいいじゃん。
ーーーーーー
ユウリとの最後の会話。
最後に私にお礼を言った顔は、作られてなんかいない、綺麗な笑顔。
でも、それからユウリが動くことはなかった。
揺すっても、耳元で叫んでも……キスをしても。
ピクリともしない。
「わたし…初めてだったんですよ?なんで、起きないんですか…?ねぇ……なんとか、言ってくださいよ…」
そしてまた、私だけが地球へと引き戻された。
戻った後に、ユウリの死を知ると全員が泣き叫び、一日中、誰も口を開かなかった。
その後、葬式には決戦に関わった人たちと、結城家のみが参列したが、空っぽの棺桶を前に全員が泣いていた。
でも、私は泣けなかった。
あの日、涙は出尽くしていたから。
もう涙が出ることなど、二度と無いだろう。
ーーーーーー
「ねぇヤミさん、本当に行っちゃうの?」
「えぇ」
あれから数ヶ月が経ち、ユウリの死をみんなが受け入れた頃、ヤミはリトを
「そっか。私にだけは、本当の理由を教えてくれない?」
「……本当の、理由?」
ミカンは少し微笑むと、ヤミの顔を指差す。
「放浪じゃないでしょ?目的がある顔してるもん」
「……そんなこと…ありません」
「もぉ……本当は、ユウリさんを探しにいくんでしょ?地球はもう見終わったんだよね」
「……はい」
ヤミはユウリの死後、地球中を飛び回っていた。
あの日、奇跡的に病気が治ったものや、事故にあった者まで、かたっぱしから当たっていた。
ユウリの転生時に使用した能力『
きっとまた、どこかで生を受けていると信じている。
「ミカン、姿は違えど、ユウリを見つけたら帰ってきます。そうしたら旅でもしませんか?」
「え?」
「ユウリが昔言っていたんです。『宇宙の未知を求めるハンター』になりたいと。私と、ミカンと……あと、私はどうでもいいですが、みんなと共に」
「それはまた、トラブルが凄そうだけど楽しそうだね。じゃあ、私とヤミさんがしっかりしないとだねー」
「そうですね。結城リトやプリンセスと一緒で、ユウリも結局はトラブルメイカーですから」
「あはは。リトの場合はラブの字が違いそうだけど」
「えっちぃのは、嫌いです…」
「じゃあ、私は待ってるね。ヤミさんが二人で帰ってくるのを」
「えぇ。私が『ハンター』として、狩りとって帰ってきます」
そうして二人は笑い合い、ヤミはルナティーク号で宇宙へと飛び立っていった。
ーーーーーー
──── 一年後、とある辺境の惑星にて
「ここ、ですか?」
「えぇ、一年前の事故以来、ずっと生死の境を彷徨っていたのですが、ちょうど先週に目を覚ましたんです。その後は訳のわからない事をずっと言っていまして……もともと戸籍も無いようなので、引き取り手になって頂けるというのは助かりますが、デビルーク星人は力が強いのでお嬢さんでは……」
「構いません」
奥の部屋へと向かうと、黒い髪の、自身と同じような背丈の少年がいた。
「……ユウリ、ですか?」
声をかけると、こちらへと振り向いた。
その顔は、少し目つきが悪く、探し人よりも随分と幼い。
だが、見覚えのある、灰色の瞳と目があった。
「約束通り…見つけましたよ……」
その瞳を見た瞬間、もう二度と流すことはないと思っていたものが、頬を伝うのがわかった。