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「だから、なんでお前は俺のベットに入ってくるんだよ!!」
「なんで怒鳴るの!?リトは私のこと嫌いなの!?」
二階からリトとララの怒鳴り声。
またか。もはや慣れたものである朝。
先程、いつもの朝とは違い寝ぼけたミカンとのやりとりがあったので、本来なら二度寝をしているはずだが今日は眠れるはずもなかった。
ミカンとの一件もあるが、ほんの数時間前に数年ぶりに全身全霊の一撃を放ったために、俺は今オーラを使い果たしている。
しかもありとあらゆる体の部位が筋肉痛に襲われており、一度起きた後はその痛みにずっと耐えているのだ。
二人の怒鳴り声がした時、俺はリビングでコーヒーを飲んでおり、ミカンは朝食の準備をしていたが、リトの怒鳴り声の後にミカンの肩がびくりと震えたのを、俺は見ていないフリをした。
しばらくして、二人が降りてきた。
「……おはよ」
「おはよー!」
「「おはよう」」
疲れた感じのリトと元気なララの朝の挨拶に俺とミカンは同時に返事を返す。
リトとララは朝からギスギスしている。おい、買い物行くんじゃなかったのか?さっさと仲直りしろよ。
と思いつつ横目でミカンを見るとミカンはミカンで俺との距離を測りなおしているのかぷいっと視線をそらされた。
そんな微妙な空気の中みんなで朝食を食べていると、
「お兄ちゃんなら、怒鳴ったりしないよね?好きな人と一緒に寝てたって平気だよね?」
「「ーーーッ!」」
普段はそんな事言わないくせに、タイムリーすぎるララの質問に俺はびっくりしたが、平静を装い、普段通りに言葉を返す。
「んー、どうだろうなー。少なくとも、嫌な気はしないんじゃないかな?」
「ねー!そうだよね。嬉しい気持ちになるよね?」
「ユウ兄にはわかんないよ!」
「いや、そりゃ免疫のないリトからしたらそうだろ」
思わず俺にまで当たってくるリト。
そもそも二人の問題だ。二人で話すのが筋だろう。
「ララも、地球に住んでる以上、地球の文化にはある程度でいいから慣れろ。どんだけ好きな子でも、女の子に裸で潜り込まれたら変態以外のほぼ全ての男は混乱するよ。リトもリトで、慣れろとは言わないが、宇宙人であるララを受け入れてるんだから、もっとララの事も知れ。つまりは二人できちんと話をしろ」
「そうだねー。リトは女の子への免疫はゼロだもんねー」
「そ、そんなことないぞ!俺だって……!」
「うーん。地球の文化かぁ。お兄ちゃん、いっつも言ってるもんね」
「『郷に入っては郷に従え』って言葉があってな。簡単に言ったら住むとこに合わせろって事だ。俺は従え、とは言わないし、合わなきゃ合わせる必要もないと思う。だけど、知りもしないってのは失礼だろ?」
「……はーい。わかったよ」
「本当にわかってんのか?」
少し考えるそぶりのララと、怪訝そうなリト。
「あ!テレビ!ニュース見て!」
ミカンが急に声を出してテレビを指差した。そのテレビのニュースでは、
『本日の明朝、超大型の台風○*号が突如規模を縮小し、進路を変えるという事が起きました。原因はわかりませんが、これは専門家の見解では………』
ちょうど台風の大幅な進路変更のニュースをしていたようで、テレビの中の台風の進路図は台風のマークがまるでヘアピンカーブを曲がるかのように180度も進路を変えていた。
「え?なになに、どういう事?」
「マジかよ!ララ、これで臨海学校なくなんないぞ!」
「え!やったーーー!やったね、リトーーー楽しみだね!」
ミカンは俺の方をチラリと見てきたので、小さなサムズアップで答えておいた。
理解できていなかったララには、リトが説明をいれ、その後リトとララの仲は一瞬で改善した。
「良かったな二人とも。明日から楽しんでこいよ」
「うん!お兄ちゃんがやったの!?すごいすごい!ありがとー」
ララはわざわざ席を立ってまで俺に抱きつこうとするので、
「いや、違う!!俺じゃない!みんなの想いの力だ!!だからララ、今は、ちょっと、……待て!!」
「お兄ちゃん、本当にありがとー!」
ーーーギュ!!!
「イッデェェーーー!!」
全身筋肉痛だし、体を守るオーラも枯渇している今、デビルーク星人の鯖折りに耐えるのは無理だった。
「ユウリさん!?」
「ユウ兄!?」
「……あれ?」
俺は義弟妹たちの心配する声と、妹のような存在の気の抜けた声を最後に、そのまま意識を手放した。
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「まったく、あの二人はほんとに……」
リトとララさんには買い物に行ってもらった。
心配だから、と二人も残ろうとしていたけど私が無理に行かせた。
言っては悪いけど、あの二人がいない方がきっとユウリさんは休めるから。
いつも平気な顔してるのでわかりづらいが、きっと台風の進路を変えたのはユウリさんで、無茶なことも、きっとしたんだろう。
無事に帰ってきてくれたので許すけど、危ない事はしないって言ってたのに……そこは減点対象ですよ。
ーーーさらっ
ほんと、綺麗な顔してるなぁ。
今朝まで自分も一緒に寝ていたベットで眠っている義兄の、最近は黒が多くなってきた気がするが、白いメッシュが入ったような特徴的な髪を指でとかしながら思う。
この髪のおかげで減っているのだと思うが、ユウリさんは実は少しモテる。
去年も、一昨年も、バレンタインに数名の女子が家の前でユウリさんを待っており、チョコを受け取っていたのは知っている。
あの人たちには、なんて答えたんだろう?
彼女のいるそぶりはまったく見えないので、きっと断ったんだろう。
私の事はおそらく、嫌いと言う事はない。贔屓目もあるかも知れないが好きでいてくれてるとも思う。
でもそれは、妹として?それとも、結城 美柑として?
できれば後者であって欲しいな。
なんて、ね。
自分の思考をそこで切り、棚の中の、最近はめっきり増えなくなったドリルの代わりに、今も増え続けているユウリさんの本の中から古いものをひとつ手に取る。
本当に多いなぁ。
絵本からはじまり、漫画、その後は小説であったり実用書であったり、ジャンルも哲学・歴史・社会・科学・自然・芸術・文芸。
片っ端に、といった感じだが、記憶をなくしたあと、必死で知識を手に入れようとしているのが伺える。
ユウリさんの中で、知識の探究は今も続いているようだ。
手に取った本を開く。
それは絵本。
私がまだユウリさんを嫌いだった頃に、リトと一緒に、という体で誕生日のプレゼントとしてあげた絵本。
なんて事ない、内容。
もともと嫌いあっていた二人の子供が、事件に巻き込まれて、なぜか恋に落ち、最後は結婚する話。
もちろん最後はいつまでも幸せに暮らしました。で終わる。
奇しくも、今の私と似たようなお話。
願わくば、この先も同じであったら。
そう思いながら、
今朝の続きを期待してなのか、
部屋の主が目を覚ますまで、私はなぜかこの部屋から出ようとはしなかった。
ーーーーーー
「じゃあ、いってくるね」
「……ねー。ほんとにお兄ちゃんとミカンは来ないの?」
「だから、俺らは行けないの。……いいから、目一杯楽しんでこいよ」
「リト、気をつけてね。いろんな意味で……!」
「わ、わかってるよ」
今日から二人は臨海学校へ行く。
ララは最後まで俺とミカンも来るように勧めてきていたが、そう言うものではない。
ミカンの発言は何処かへ出かける人へ向けた、通常の挨拶のようなものと、ララの発明品によるトラブルと、リトの周りで最近起きている『ラッキースケベ』なるものと、言った通りのいろんな意味が込められている。
かくいうミカンの顔は少し強張っていた。
なぜなら昨日のラッキースケベの被害者だからだ。
なぜか何もないところでつまずき、ソファーでうつ伏せに寝転んでくつろいでいたミカンのおしりに顔を埋めていた。
ミカンは怒り狂っていたし、リトは悪気はなく、事故だとしてもきちんと謝る事ができる男なのでひたすら妹に謝り倒していた。
「ほらミカン、本当はもう怒ってないんだろ?数日は会えないんだから」
「むぅ。……リトもララさんも、気をつけてね。いってらっしゃい」
今のミカンは笑顔だった。
そんなミカンの笑顔を見てか、リトとララも笑顔で言った。
「「うん!いってきます!」」
ーーーーーー
「……いっちゃいましたね」
「そうだなー。きっと、最低でも五回は事件が起きるな」
ユウリさんは笑ってそう言った。
「その見積もりは、あまそうですけどね。ーーひとまず、私たちも準備しますか」
「ん、そうだな」
そう、今日は二人でデートだ。
だいぶ気が早いとも思ったが、リトの誕生日プレゼントを選ぼう。という名目で買い物に誘ったらOKしてくれた。
いつもよりも長めに、バッチリと整えてと、、よしっ準備完了。
ユウリさんは、もうできてるみたい。
「じゃ、行こうか」
そう言って私たちも家を出る。
目的地である大型のショッピングモールに到着した。
中には多くの人がおり、周りのカップルたちはみんな手を繋いで幸せそうに歩いている。
それを見て、私は少し躊躇しながらも手を出してみる。
昨日の朝で、私の気持ちは既に気づかれているはずだし、自分の顔が赤くなっている気がする。
拒絶は、されないよね?
私の手が重力に逆らって自分に向いている事に気付いたユウリさんは、何も言わずに手を繋いでくれて、私の顔を見て笑顔で話題を振ってくる。
「人多いなー。ひとまず、あそこの店にでも行って見てみよっか」
そう言って手を引いて、私の歩幅に合わせてくれる。
きっとリトなら何か余計な一言を言いつつも繋いでくれるだろう。
でも、そういう時の余計な一言はほんっとうに不要だ。
大人なユウリさんはやっぱり女心がわかってるなぁ。
なんて思いながら、ユウリさんと二人で、色々と話しながらする買い物は予想どおり、いや思っていたよりもずっと楽しかった。
自分でもわかるくらいに浮かれていると思うが、今日はそれでもいいと思った。
ーーーーーー
「じゃあ…俺はアイスコーヒーと、このバニラアイスで」
「私は、アイスミルクティーと……」
買い物も落ち着き、今は一息つくために二人でカフェへと入っていた。
「このチョコがけのやつをお願いします」
ちょっと浮かれすぎてたからね。大好きなアイスで少し熱を覚ます。
でも覚ましすぎるとこの高揚感も、アイスと同じく溶けて無くなってしまいそうなので、少しでも冷たすぎないものを、と私は迷った末にチョコがけアイスにした。
「んー色々見たけど、やっぱりアレにしよっか?」
「そうですね。ゲーム以外のリトの趣味はアレくらいしかありませんし」
ユウリさんと色々と見て回ったが、リトの好きな植物が少し大きくなっているので、植え替え用のかわいい鉢にする事にした。
「じゃあ最後に予約注文して帰ろっか」
私はいくつか服と小物を買い、ユウリさんもこれからくる秋用に落ち着いた灰色のシャツを買っていた。
「そうですね。リトの誕生日まではまだ期間もありますし、荷物も少し増えてきましたしね」
「うん。ミカンはもう見たいとこはないのか?」
大きなショッピングモールなので、全部は回れていないが、一通り回れたし、全部回っていないので、この言葉を言える。
「はい、今日はもう大丈夫です。まだ見れてないところは、また一緒にいけたら、いいですね」
今日の私は浮かれている。もう次の『デート』に布石を置いた。
「そうだな。こんなに広いからな。また、来ような」
無事に次の『デート』の約束を取り付けることができた。
既にアイスも食べ終え、ドリンクも残りわずかとなったところで、
「あれっ?七瀬くん?」
「ん?」
誰だろう?
顔は、綺麗な人だ。感じは良くないけど……
学校の人?かな。
「妹さんのお守りかな?大変だね」
どうやらそのようだ。しかも、
「妹さんも、七瀬くんに迷惑かけちゃダメだよ。七瀬くん、何回遊びに誘っても来てくれないんだから、かわいそうでしょ?」
私を邪魔者としか見ていない。
なぜそんな事を言われなくてはならないのか?
そもそも誰?
なにより、せっかくのこの気持ちが、台無しに……
「全然!お守りじゃないし、俺よりしっかりした子だよ?ーーそれに、急に現れて人を小馬鹿にしてくるお前の方が、よっぽど迷惑じゃないか?」
「ひ、ひどいよ。私は七瀬くんがかわいそうと思って、そんな事言わなくても」
「誰がかわいそうなんだよ、お前が勝手に俺を決めんな。
ーーーそもそも、誰だっけ?」
「ーーーッ!!な、なんでもない!もういいわ!」
なんだか言い過ぎな気もしたけど、
全部私が思った事と同じ事を言っていたのでちょっとスッとした。
「ごめんなミカン。誰なんだろーな、あの失礼な奴は」
「いえ、私は大丈夫ですよ。それより、学校で気まずくならないんですか……?」
「全く。俺はそもそも学校で空気だからな。さっきのやつも同じクラスかどうかもわかんないし」
そう言ってカラカラとグラスを回して氷をぶつけている。そのまま残り少なくなったアイスコーヒーを飲み干していた。
すぐさま出た私への謝罪の言葉。
私のために怒ってくれたのだと、そう思うと、不思議と嬉しい気持ちが盛り返してきた。
「じゃあ、さっきのは忘れて、行こっか」
そう言って手を差し出してくれるユウリさん。
私はその差し出された手を握り返した時、落ち込んでいた気持ちはすぐに無くなっていった。
ーーーーーー
色々あったが肝試しも終わり、臨海学校の宿の部屋へと戻ってきた。
友達の籾岡 里紗と沢田 美央、通称リサミオとララさんの四人部屋。
「いやぁ、それにしても、臨海学校って面白いねー!」
「そうだね。肝試しは怖かったけど……」
「肝試しも結局ゴールしたのはララちぃとハルナと、結城だけだもんねー」
うぅ、本当に怖かった。お化けなどの類は本当に苦手なのだ。
肝試しでゴールした人がどうなるかの話は聞いたし、結城くんと、ゴールできたのは嬉しいけど、ララさんと三人で……これは、どうなるんだろう。
「これも全部お兄ちゃんのおかげだよー。明日も楽しみだな」
「でた!またララちぃのお兄ちゃんお兄ちゃん」
「そりゃあそうだよ。台風だって、なんとかしてやる!って言ったら翌日本当にそうなってたんだもん。すごいんだよ。お兄ちゃんは」
「ララちぃの半分は結城とお兄ちゃんでできてるもんねー。でも私も先輩の感じはけっこー好きだけどなー噂が噂だからなー」
「んー、七瀬先輩って、かなりいろんな噂があるもんね。確かに顔はかっこいいけど、近寄りがたいっていうか……」
リサミオは七瀬先輩の噂のことを言ってる。
私も聞いたことはある。
実は黒魔術師だとか、
実はすごく有名な不良だとか、
実は暴走族の人だとか、
昔あった、通り魔事件での生き残り、
であり、実は犯人だった、
とかの根も葉もない噂。
私はオカルトチックな話は苦手なので、"中学生の時"は、実は七瀬先輩の事は全く知らないのに苦手だった。
でも屋上でララさんとお話した時の感じは、そんな冷たい人じゃなく、ララさんを諭すように話す、大人びた良い人だったと思う。
無茶振りされた気はするけど……
でも、実はそれよりも前に、私は七瀬先輩と出会っている。
ーーーーーー
中学三年生の時、
その日は少しクラブが長引いてしまったので、いつもより遅い時間に飼い犬であるマロンの散歩をしていた夜。
ちょうど人気の少ない道に入った時だった。
「コラァ!若い子がこんな時間に……それぁ誘ってるようなもんだぞぉ」
大学生くらいの、かなり酔った人に絡まれてしまった。
「いえ、あの、急いでるんで……!」
私は急いで逃げようとするが、通り過ぎる時に腕を掴まれた。
「キャァ!!」
「お前から誘ってんだろぅがぁ!オラ、こっちこい!」
怖い。まだそこまで遅い時間じゃない、大きな声を出せば、誰かが、
「ーーーやかましいぞ酔っ払い」
「なんだぁ、お前?」
白黒まじりの特徴的な髪。
「お前がちょっとこっちこい」
先輩はその人の、私の腕を掴んでいた腕を掴んだ。
「いってぇ!」
私を掴んでいた男の人の手が離れる。
「ーーーほら、行っていいよ。こいつはほっといていいから」
「え、は、はい。ありがとうございます…」
「ほら、酔い覚ませバカ」
そう言いながら男の人の腕を引っ張っていき、私はその反対へとマロンと駆ける。
怖かった。
でも、あの人って中学一年の時に三年の先輩にいた、たしか…七瀬先輩?
当時から変な噂のある人だったし、特徴的な髪色のせいで有名だったので覚えていたが、
優しい人だった。
噂は、当てにならないな。
もう一度、心の中でお礼をいい私は家へと急いだ。
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でもララさん、本当に七瀬さんのこと好きなんだな。
私はお姉ちゃんしかいないから、お兄ちゃんってわからないけど、
「七瀬先輩、頼りになるもんね。ララさんの事、本当に大事に思ってると思うし」
頼りになるお兄さんがいて、ララさんが、少しだけ羨ましかった。