変身は当分先かと
始まりの鐘
昔、おじいちゃんが言っていた。
オラリオには全てある。可愛い女の子との出会い、かけがえのない戦友との絆、伝承をそのまま形にしたがごとき仇敵との激戦、あの場所には何もかもがそろっていると。
僕は祖父のお話が大好きだった。幼いころ、祖父が読み聞かせてくれた数々の英雄譚、時折自身の嘘か本当かわからないような武勇伝、あの人は僕に英雄の何たるかを教えてくれた。
純真な僕は祖父の語る口から英雄は斯くあるものと知った。そうやって蓄えた英雄像の積み重ねが、乾いた海綿が水を吸うように僕の夢を大きく重厚なものへと成長させた。
僕はあこがれたのだ。英雄になり血沸き肉躍る夢のような冒険譚を送ることを、冒険の中で数々の出会いを、祖父の様に自分も可愛い娘に囲まれた日々を送ることを
そして、年月を経て
僕、ベル・クラネルは14歳になった
× × ×
「やっと、やっと着いた」
一面草原に囲まれその奥には緑の山々に囲まれた景色。雲一つない快晴の空模様はこれから始まる出来事を祝福するかのように澄み切った美しさを見せる。
……あれが、オラリオ
広大な景色の中にそびえる灰色の居城。中央から伸びる一本の塔はまさに天を突かんとしている。古代、神が天に召す時代であれば、あんな人知を超えた建造物は落雷のもとに一瞬で倒壊させられていたことだろう。
「……すごい、大きい。あんなの、村に居ついたままじゃ絶対見れなかった。」
遠めに眺めるオラリオの姿、まだ外見しか見えてないが、それでもベルにとっては十分なほどに出立の成果を感じさせるものであった。
「……さて、そろそろ行かなきゃ」
休憩を終え、ベルは荷物をまとめる。まとめた荷物を荷台に括り付け、座席に跨る。
「……よし、まだ動いてくれるかどうか……」
無き祖父の遺産、村を出立する際に受け取ったこの乗り物。未だに名を知らない、二つの車輪がついた鉄の馬車。
鍵を差し込み、数回ほどひねるとまるで怒髪した獣のごとく鉄は震え、重厚な雄たけびを上げる。
だが、しかし
「………駄目か。」
旅の道中、この乗り物に跨りベルは旅路を進めた。しかし、目的地まであと少しとなったとき、急にスピードが減衰し、あっという間にただの不安定な鉄の荷車となってしまった。
「はぁ……どうして動くのか、ちゃんと聞ければよかったなぁ」
あきらめのため息とともに肩を下ろす。しかし、目的地は目の前にあるのだ。ベルは二輪の支え棒を後ろに蹴り、横から手で押しながらまた歩みを進める。
これからやることは多い。新しい街に行くのだから、泊まる場所を決め、冒険者になる方法を尋ねる。
そして、できるのなら……この乗り物を、もう一度風のように走らせる術を見つけなければ。
〇
数日が経った。泊まる宿は何とか見つけた。(二輪を収納するスペースが無くて少し割高になってしまったが)冒険者になる方法もギルドに居たお姉さんから聞けた。けど、そのためには神様の派閥、ファミリアに所属し、神々の恩恵を受けなければならない。
けれど、それがとても
「ああ!…ガキは来るんじゃねぇ、すっこんでろっ!!」
「君、誰かの紹介状ある?ないなら上納金払いなよ、まぁ気が向いたら仲介してあげるよ」
「?男……あんた冒険者なんかより男娼でもやったらどうだい。そしたらあたしが買ってあげるよ…」
結論、僕みたいなどこの馬の骨ともわからない少年はお断りだった。
「……はぁ」
現実は厳しい。せめて、もう少し身長があればと、自分の至らなさを憂う。
気がつけば、宿に泊まって三週間。家をつぶし、祖父の遺産を含めればそれなりの額はあった。だが、こうして宿屋に居て飲み食いするだけでお金は消えていく。すでに今の宿で滞在できるのは明日の昼まで。
「……明日にも見つかる保証なんてない。…なら」
部屋の一角、布をかぶせた鉄の二輪。宿の店主曰く、用途が分からないがモノ好きな神なら買ってくれるだろうと。これを動く姿を知らない人からすればなにやら芸術的な?まあ、奇抜なオブジェと言ったところなのだろう。
適当な査定額だけで、あと二週間は今の宿に住み続けられる。けれど
「……手放せない、これだけは」
祖父のことだ。いつか、僕がこれに乗れる年頃になった日に、これを託してくれるつもりだったのだろう。けれど、結局はこの乗り物の名前も効く前に祖父は天に旅立ってしまった。
だから、これは未練だ
大好きだった祖父との最後のつながりだ。
「……よし」
翌朝、ベルは宿を出ることに決めた。
「………じゃあ、これが手付金のあまり。お前さん、これから行く当てでもあるのかい?」
「……いえ、無いですね。ですが、何とかして見せます。泊めていただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げ、ベルはホロをかぶせた二輪を押しながらその場を後にする。
「……おい!」
「?」
急な呼びかけに立ち止まり、振り向くとその眼前には何かが迫っていた。
「!?」
咄嗟に受け取ったそれは布袋で、中を見ると、そこには食料が。
「…干し肉と、黒パン……それと、お金?……あの、これって」
驚いた顔で店主を見返す。店主は半ば苛立っているような、どこかやりきれない様子で舌打ちを打つ。
「………選別だ。あと、料金のほうに……計算ミスがあった。だから、それはお前さんが受け取るべきものだ。」
用はそれだけだと、バタンと音を立てて宿に戻る。ベルは茫然とその光景を眺め、少ししてまた歩みを進めた。
「……いつか、お礼、言わなきゃ」
そう独り言ちる。そしてまた、行く当てのない道に足を進める。
⚪
時間はただ過ぎてく。荷物を抱え、とにかく当たれるだけファミリアをあたった。けれども返事はどこも同じで
時刻は夕方
「……はむ」
硬い黒パンを少しかじりながら、往来を抜ける。
…………もう、宿代は我慢しよう。橋の下なら取り敢えず雨は防げる。
あれから他に安い宿を求めたが、どこをいってもまとまな料金のものはなく、試しに泊まった宿では危うく二輪が盗まれかける事態にもなった。
夜中に運び出そうとする輩達に僕は許しを申し出た。幸い、向こうは二輪をがらくたと思っていたため、何とか守りと押すことはできた。地に頭を伏せ、心を傷つけられただけでなく、なけなしの財産のほとんどを奪われた。
わずかに残った五千バリス。宿代と食費を切り詰めかろうじて活動はできる金額だ。
「…………」
……明日、明日にはきっと
ベルがオラリオに来て、今日で1ヶ月が過ぎる。
今までに当たった場所、無理だとわかってもわずかな可能性をかけて著名なファミリアの門を叩いたりもした。
ガネーシャ、アポロン、ロキファミリア
だがどれも収穫はない。家出少年と間違われて追い払われただけまだましだ。最後のロキファミリアでは手酷い門前払いにあった。言い返すことも、泣いてすがることすら許されず。あっけなく終わってしまった。
結局、行く当てのないまま歩みを進めて、気が付くと僕はさびれた教会にたどり着いた。
特に信仰心があったわけじゃない。けど、街を歩き、否定の言葉ばかりを浴び続けるのが少し疲れてしまったのだろうか。
そのまま、吸い込まれるようにふらっと中に入ってしまった。
「……だれも、いない」
お世辞にも人がいるとは思えない。けれど、少なくともここであれば雨風はしのげる。
ひとまず、今日だけは野宿を避けられるようだ。そんな安堵から重く息を漏らし、少し歩みが軽くなる。二輪を押して教会の奥に進む。
「……あの、おじゃまします」
育ちのまじめさが出たのか、不法侵入にもかかわらず、つい挨拶の言葉を放ってしまう。
けれど、そこには誰もいない。
「………」
あたりを見渡す。誰も来ることがないだろう木製の長椅子の数々。使うものがいないままさびれていく教壇の机
「………あぁ」
だけど、一つだけ
「……あぁ」
首を掲げ、わずかに残る天窓のステンドグラス、夕日を透過するそのグラスは日の光を幾重の色に分解し、千変万化の優美さへと昇華させる。
「………。」
年若い自分には芸術のたぐいは知る由もない。このステンドグラスがいかにいいものなのか、そんな価値基準は到底持ち合わせていないし、必要とも思えない。
今、自分は酔っているのだと思う。この光が織りなす彩色の洪水を、ただただおぼれるように眺め続けていた。
……なんだろう、この光……懐かしい、のかな
心の奥底にある、蓋をされた何かに気づいたような。けれど、それは……
「………わからない。僕は…どうして」
「何がわからないんだい?……少年くん」
「!!?」
とっさに後ろを振り向く。そこには控えめに言って美女がいた。
「……う~ん、君……」
丸くつぶらな瞳腰まで伸びた艶やかな黒髪に幼さが目立つ丸みを帯びた顔。だが、そんな幼さとは到底振り合いなほどに、たわわに実った豊満な胸がベルの視線を奪う。
「……!!」
なんとか視線を寄せないよう、顔を凝視する。どうやら自分は疑われているのか、すぐに弁明をと思い言葉を紡ごうとするが、それより先に少女が続ける。
「ねぇ君。…もしかし、ファミリア希望かい?」
「……え?」
……ファミリア、今この人…ファミリアって
「あの、もしかした貴方は……ファミリアの人ですか?」
おそるおそる問うた質問、返答の前に少女は失笑を浮かべる。自分は何かおかしい事を言ったわけはないが
「ああ、そうだね……。確かに僕はファミリアの人だ。けれど、正確には……ファミリアの神(ひと)………つまりは神様さ」
「……!?」
神さま、この女の子が……じゃあここって
「……紹介が遅れたね。僕の名はヘスティア!ヘスティアファミリアの主神をやっている、そして……これから君と一緒に、新たな冒険譚を作るパートナーとなる者だ!!」
「!!!……冒険…譚」
「なーんてね。そんな調子のいいこと言ってるけど。見ての通り、他には一人も冒険者はいない。……君が始めてなんだ。」
カツカツと、ヒールで床を踏み歩きベルのもとへ近づく。
「君……ファミリアを探してるんだよね。もしよかったら……僕の所で「入ります!!入らせてくださいっ!!!」 って、返事が早いよ、本当にいいのかい?」
興奮気味に、ベルはヘスティアの手を取る。あっけにとられるヘスティアをよそにベルは言葉を続ける。
「僕、ずっと探してて……。でも、やっと見つけました!僕、貴方のファミリアに入ります。そして、僕は……」
幼いころ見た夢、近づいて挫折しそうになりながらも、何とか今日僕は歩みを進められた。
ここから始めるんだ。あの日夢見た冒険譚を、祖父が語ってくれた夢の続きを
「僕、きっとなります。本で読んだようなすごい冒険をして、女の子とも出会って、そして」
祖父が死ぬ前、ベルに一度だけ語ってくれた英雄譚。その物語を話す祖父はいつもと違って、どこか真面目で悲しげもあって。
けれど、その物語の英雄は何時までも印象に残っている。だから
「僕は……祖父が語ってくれた英雄譚の様に、人々を救う最善の英雄……仮面の英雄のような、かっこいい冒険者になりたいんです!!」
立て続けにはやし立てたベルの願望、言い切った後は息を乱し、苦しそうに呼吸を荒げている。そんな様子に…ヘスティアは
「…ふふ、君は純粋だね。うん、それもいいさ!」
今度はヘスティアがベルの手を取り、自分の胸に抱きとめる。
「!!了解だ。君の夢、僕が引き受けた!!……ここから始めよう、僕たちのファミリア・ミィスを」
出会って間もない少年を相手に自分はなぜこうも興奮しているのか。初めての眷属、けれどそれ以上に自分はこの子供の熱意にひかれたのだ。
「ねぇ、僕まだ君の名前を聞いていなかったね。聞かせてくれるかい……少年くん」
「……」
オラリオに来てようやく、僕はやっと出会えたのだ。
ここから始まる。まだ左も右もわからないけど、きっと僕は後悔しない。根拠はない、けれど……いつか僕はこの神様に出会ったことを心の底から感謝する日が来る。そんな予感がするのだ
選択肢が一つだからじゃない。きっと、僕にはこの選択肢しかないんだ。
この神様と出会って、僕の冒険譚は始まる。
「僕、僕は…ベル。ベル・クラネル!…このヘスティアファミリアで、最初の冒険者になる男です!!!」
次回に続く
……ところで
……?
……その……手が
……?…手
……こ、これ以上は
……あっ、ごめん
……はぁ
……ベル君、今…残念に
……ち、違います!違いますからぁ!!?
続きは近いうちに。別作品と平行なので、少し投稿があくと思います。
次回、いつものあれです。血まみれになります。