二章は次からにしました。
怪物祭が終わってから数日、騒ぎもすっかり静まり、街は元の喧騒絶えない活気ある姿へと戻っていた。僕らの日常も前と同じに…とは言い切れない。何せ変わった要素が多すぎる。
シルバーバックとの戦いで芽生えたファンガイアの力、僕の出自、そしておそらくその秘密のカギになるだろうあのローブの男、とくにこの男に関しては何も情報が入ってこない。
そもそもローブ姿とあの仮面の容貌しか情報が無い故、酒場やギルドで尋ねてみてもまぁ結果は乏しいわけだ。だが、いずれにせよファンガイアへの手がかりであるならいずれは向き合わねばならない相手だ。戦いにすらなっていないが、戦闘の力量も未知数で決して侮れない。
ファンガイアとは何か……?そんな種族があるとして、彼らはいったいどういった存在なのか。
「………はぁ」
わからない。見当がつかないし、手がかりも乏しい。結局のところ、今の自分にできることは力を備えること。
……頑張るしかない。今度は、自分を見失わないように……。
〇
「いぃやっ……ほぉおおおおお!!!!!!」
「か、神さまっ!?あまり、暴れないでください。落ちますからっ!!」
平原を駆け抜ける鋼の荒馬、その乗り物こそベルが持つたった一つのバイク、無き祖父から授かったその銘はマシンキバー。爆音とともに疾走するその軌跡は何物にも追いつけない速度の彼方へ、具体的に言うと時速120Kmで突っ走っていた。
「すごいすごーい!!こんな速い乗り物は生まれて初めてだ!!?」
「神さま、さすがにそろそろ減速しませんか……。」
先ほどからずっとこのテンションで、サービス程度に少し加速させればそこからさらにさらにとスピードを上げさせられていった。整備された歩道から外れ、果ての無い緑の地平線を行く当てもなく加速し続ける。ヘスティアはすっかり風の世界に魅了されて気分はちょっとしたファンキーだ。
「ええーっ、せっかくいい気分なんだぜ!? ほら、今度はあそこの山を目指そう、頂上まで全力疾走だっ!!ベル君、ぶっ飛ばせぇええ!!!!!」
「………わかりました!飛ばしますから、ちゃんと掴まっててくださいね…!!」
アクセルを吹かし、排気管から熱気が噴き出しバイクは颯爽と駆け抜けていく。丘を飛び越え、木々を躱し、深紅の軌跡はオラリオから遠く離れた場所へと続いていく。
少し時間をさかのぼる。本来この日はいつも通りダンジョンに潜るはずだった。
けど、その予定は昨日の夜に突然取り消しにされた。神様からの提案があったのだ。
「ねぇ、ベル君。明日どっか遠出しないかい…?」
「遠出ですか……でも、どこに行くんですか」
「それはもちろん、オラリオの外さ!お弁当用意するからさ、綺麗な場所でピクニックに行こうよ。もちろん…あれに乗ってさ!!」
すでに用意は万全で、事情を知るミアハに頼み、特別の以来ということでバイク用の追加座席になる鞍を用意し、防寒用のジャケットを二人分用意していたのだ。ヘスティアに押しに押され、なし崩し的に気が付けば翌朝はオラリオの外へ。人目が無いのを確認し、バイクをあらわにする。
「さぁ行こうか。ベル君」
そう言い、勢い良く後ろに座った瞬間。
「――……ッ!!?!?」
「んっ、どうしたんだいベル君……?」
「………イエ、ナニモ」
何もないなんてない。背中に押し付けられる感覚はまさに想像を超える。惜しげなく当ててくる豊満な感触はちょっとした大宇宙だ。僕は何を言っているんだろう…
「…あ、あの」
「?」
取り合えずバイクを包む布を折りたたみクッション代わりに間に挟んだ。けど、それでも背中に押し付けられているモノが絶妙に脳裏をよぎる。
というか、よくよく考えると少し前にはそれを全力で押し付けられていたはずで、戦闘の時には気づく余裕はなかったが、思い返すとその柔らかさが未だに残っている気がする。
やはり女体の神秘は神秘そのものであった。
〇
そんなこんなで、二人は気が付けば山を越えされに上に、悪路もたやすく乗り越え、急な道もあっという間に駆け上がっていた結果、気づけばそこは遠く広々とした高原で、遠くを見渡せばオラリオが手のひらサイズで目視できる。空気も澄み渡り、地上の隅々まで見渡せる光景はかなりのものである。
「うん、なんかいい景色じゃないか。ベル君、レジャーシートを広げておくれ」
「ええ…スピード、かなり飛ばしましたからね、ちょうどいい時間帯に着けたようです」
山の頂上付近の開けた土地はまさしく行楽にもってこいだった。快晴の心地い暖かみ、薫風となって巻き上がる若い草花の青々しさに体が喜ぶ。
すっかりオラリオという近代都市で過ごすのが板についたのか、こうした自然の和やかさが大変よく染みるのだと、二人はしみじみと感じていたりする。
「んっ……はあぁ、早く着けたはいいけど、お尻がひりひりするよ……ベル君、そこのジャケットを取ってくれクッションにするから」
「あはは…結構揺れましたからね。」
バイクにかけたヘスティアの上着を取り手渡そうとする。その時
「…て、ちょっと神さま…?」
「ほらほら…君も横に来なよ。天気が気持ちいし、まずは休憩しようじゃないか」
ほらここ、と…ヘスティアはベルの手を引き自分の横に招こうとする。対してベルは
「………じゃあ」
遠慮しようとしたが、道中激しくバイクを乗り回したせいかさすがにベルも疲れを感じる。よって甘んじて受けることにした。
だが、ベルが横に寝転ぶやヘスティアはベルに体を押し付け腕に抱き着く。当然、そんなことをすれば暴力的なまでの柔らかさが腕を包み込むわけで
「!?…か、かみさまぁ…!!」
「いやぁ、山のてっぺんは少し肌寒いねぇ…ベル君、ぼくを温めておくれよ……!」
むにゅり、と…またも押し付けられる感触にベルはたじたじになる。
「いや、でも……」
「ふへへ…ベル君は暖かいねぇ、いや、でも頭が少し寒いかな?…イヤー、コレハ頭ヲ撫デテモラワナイト冷エルナー、僕トテモ困ルナアー」
わざとらしく棒読みで、二人基地という状況も相まってヘスティアは調子に乗っていた。今も強く押し付けられる豊満な感触は健在で、むしろ揺れ動いて押し付けられるたびにベルの理性が崩れそうになる。
……こ、これ…まずい……!
頭が沸騰したようにゆであがり、思考がどんどんおぼつかなくなる。興奮は止まらず、いつしかベルの体に異変が
「ねぇ、ベル君、今日はここに来れて本当に…ってベル君、顔!?」
「?…へっ」
ヘスティアは小物の手鏡を取り出し、それを突き付けるようにベルに見せる。映しとったその姿は
「―――!!!」
そこには…頬の端にステンドグラスのような文様がじあじわと広がっていた。
「……あの、これは!」
ヘスティアから飛び上がるように離れ、ベルは胸元を強く握り、祈るように食いしばって心を落ち着かせる。
感情の高ぶり、心をとにかく冷静に、できるだけ顔から模様が消え去るようにイメージを作る。
次第に、ベルの意思でかき消されるように文様が引いていく。
「!!……はあっ、はぁ……。」
息を切らし、文様が消えたことの安心感かその場にひざまずく。
「………ベルくん」
不安げに、突然の異変に対してヘスティアは動じることなく、静かにベルの背中を撫で続ける。
「ごめんよ……君の気も知らないでふざけすぎて。…気分はどうかな、何か飲むかい……?」
「いえ、その……」
気を使って断ろうとしたが、それをしても逆に気を遣わせるだけと悟る。平常心を、問題になるほど大げさでないのだから。
あの日から、僕はもう変わってしまったのだから。
「……はい。せっかくですし、食べ物も広げましょう。せっかく用意したんですし」
「……うん、そうだね。…まずは何か食べよう。あたたかく、暖かくしなきゃね……体も心も」
〇
簡易的なサバイバルキットを広げる。魔石を動力に湯を沸かし、ベルとヘスティアは茶を片手に軽食を囲んでいる。
風も少し止んで、涼しい天気が少し暖かな春の心地に変わる。腹を満たし、暖かな茶で気分も落ち着いたころ。ベルの方からヘスティアに話を開く。
「……あの、ありがとうございます……神さま。」
「んっ……今更どうしたんだい、別に僕はたいしたこと…」
どこか恥ずかしそうに、表情を隠すようにコップに口をつける。
「……怪物祭の時」
「………。」
「結局、いっしょに回ること…できなかったですよね」
「………そう、だね」
「…あんなこともあって、しかも問題は今も山積みで」
自分に頬に手をやる。あの日以来、僕は感情が昂ぶったり、急に気が動転するとさっきのように文様が浮かび上がるのだ。
不安に駆られ、必死に何かを掴もうとがむしゃらに行動する。けど、そんなことでは何も良い方向には進まない。次第に無理が続き笑顔が減っていき口数も少なくなった。
故に、ヘスティアは
「……思い出しました。初めてあのバイクに乗った時も、颯爽と駆け抜けて、吹き抜ける風が気持ちよくて……あんなに爽快な気分に浸ったのは久しぶりです。」
「……そうか、なら良かった。……まぁ、僕自身、お祭りデートがしたかったっていうのもあるけどね」
「……はい、とても楽しい……デートです……。」
「ふふ………ねぇ、ベルくん」
コップを置き、シートのスペースを明け、自分の膝をポンポンと招くように叩く。
「ほら、ここ……せっかくだから、膝を貸してあげるよ。……どうぞ」
「………」
言われるまま、ベルはヘスティアの提案を受ける。普段なら気恥ずかしさでどこぞ位転がっていきそうだが、今はその提案がとても魅力的で、断るよりもそれ望む欲がシンプルに上回った。素足を大胆に出したいつもの装い故、人肌の暖かみと柔らかさに母親のような心地を感じる。
「……。」
撫でられながらふと口ずさむヘスティアの歌、それは誰しも聞いたことのある平凡な子守歌で、しずかにたんたんと口ずさむ音色が耳に心地いい。
……すぅ……んっ
気づけば、ベルは落ちるように眠りに入っていた。そよ風が心地よく、まるで溜まった不安のよどみが綺麗に洗われていくように、安らかな寝顔を見せている。
「……ふふ、良かった。」
久しく、この子は快適な睡眠を得ることができたのだろう。
他人には理解できない、ある日から自分の中に異常な力が宿っていると知って、しかもその力ははっきり言えば有用だ。だが、その力は明らかに危険で、ベル君はその恐怖を知る。
あの日から数日、告白するように語ったこの子の言葉
……使いたくないです。あの時、僕は僕の中にあるナニかに捉われて、強力で凶暴、そして最悪でした。こいつは…僕の中のコイツは
あの時抱いた感情、おそらく、この先自分が決して抱くことない、自分にとっては全く度し難い忌むべき感情。
…僕は、生まれて初めて殺意を抱きました。
もちろん、冒険者として今まで営んできた戦いは言わずもがな命のやり取りだ。それでも、あの時の感情だけは否定したいと。なぜなら
……僕は、殺意を抱いて……それを喜んでいたんです。それがこいつの本心なら、僕はこいつには頼れない……!!
あの時の悲痛な叫びは今でも忘れない。当たり前だが、この子はまだ駆け出しで、14歳で、何もかもが途中なんだ。だから抱えるし、迷う
「……ベル君」
頼ったっていい。幸運なことに、この子はそういう人とちゃんと巡り合えている。なのに
「無理はしなくていい……けど、君は……」
……この子は、冒険をやめたりはしない。夢がある、信念がある、そのための道は確かに存在する。だから決して歩みを止めたりしない。
なら、結局のところ僕ができるのはこれぐらいだ。
「………」
頬に触れる。文様の跡なんてない、至ってきれいな肌だ。
「……まったく、気持ちよさそうに寝ているよ。こっちは心配でいっぱいなのに」
……でも、今ぐらいは
風が吹く。争いなんてない平凡な休日。けど、明日からまたこの子はダンジョンへ進む。暗い地の底で、僕が見えないところで見知らぬ危険にさらされるのだ。栄光もあればその反対もある。ベル君にとって何が善でどれが脅威か…
ファンガイアの件はいつかこの子を苦しめるであろう。神が地上に降りようと、子供たちの住む世界は異物を嫌う。子供たちは何時だって臆病で、そして時には残酷だ。
しかるべき、信用できる基盤ができるまでこの子のことは広められない。現状で頼れるのはかかわりのあるミアハの所とギルドのエイナとかいう娘、あとはタケの所か…
「……せめて休める時ぐらいは」
……君はまだ、14歳の子供でいいんだ。
「どうか、僕の前からいなくならないでおくれ……。」
次回に続く
ー同時刻:ダンジョンー
「おいっ、能無しが!…いつまでかかってんだ手前!!」
粗暴の悪い、太刀を背負った長髪の男が品悪く怒声をまき散らす。そんな声に従い、お世辞にも綺麗とは言えない、ぼろぼろのローブに身の丈以上のバックパックを抱えた少女が一人。
いや、一人ではなく一匹というのが正しいのだろうか、それほどにこの両者の関係は隷属的だ。
少女はモンスターの魔石と素材を集め終わり、男のもとに駆け寄る。
「まったく、これだから能無しのサポーターは……まぁいい、最後はおとりにでも使ってやるから、せいぜいそれまでは仕事をしろ。いいな!」
人を人として見ない、まるで奴隷を見下す主人のように、男の振る舞いはひどく横暴だ。
「………。」
「…くそっ、モノも言えねぇってか……。」
「………」
少女は見上げる。自分が使える男の姿を、その姿は今まで使えた主たちと何ら変わりない。少女にとってこの姿こそが冒険者のあるべき姿だ。
英雄譚に出てくるような秩序や正義なんて嘘だ。世界は残酷で、救われないものは一生かかっても救われない。誰もが所詮一人だ。
他人は自分が行きるための糧、ならだれに仕えようと糧にされる奴はみんな能無しだ。
……リリも人のことは言えませんね。
けれど、それが真実だ。この世界に英雄はいても正義の英雄(ヒーロー)なんていない。冒険者なんて言うのはエゴイスティックで自分のためにしか生きられない。ファミリアだとか仲間だなんていうのも結局は個人のためだ。だから彼らに頼ることもすがることも等しく無駄だ。
この世に正義なんてない。理不尽にあらがうならそれは何時だって自分の選択だ。自分のことは自分だけしか救えない。
……冒険者という人種を見限るのにためらいなんていらない。正義なんてものは一時迷いで、その価値は馬糞にも劣る。ああそうだ…どうせこの関係もすぐに切れる、せいぜいこの男も自分のための糧になるだけだ。…だから、私は何度でもこう言おう。
……冒険者なんて、くだらない……!!
今回はここまでです。
次回から本当に第二章に入ります。