第十七話 夜明け
―某日―
「あなた、一体あの子に何をしたの」
「……不満か?」
問いあう、二人が座すのはバベルの最上階。向かい合うテーブル席には誰もなく、ただ背後の声にフレイヤは答える。
「いえ、でもねらいがわからないわね。あの子の怪人化が、ファンガイアとしての覚醒がねらいじゃなかったのかしら」
「……愚門だな」
女神に対し、男はただ不遜な態度で振舞うのみ。美貌に目をくらますこともなく、ただそこに何も感じず、何も感じさせない。亡霊の影がそこに存在するのみ。
フレイヤにとって、その男の印象なその程度。しかし、いつにもまして、特にあの日から会話が増え、色も濃い。
……あの子に細工をしたのが、それほど嬉しいのかしら
「あいつはいずれ使う。ファンガイア・レジスターは枷ではない。次に、あれを使う時が来れば、あいつの心は力に食われる。キングの誕生は、いつの世も狂気の向こう側だ。」
枷ではなく増幅器、いずれ自ら解く時が来れば、この男はそこにこそ狙いがあるようだ。あの子が窮地に陥れば、今度こそ覚醒を果たす。そうなれば、あの子の心はより一層鮮やかな光の連鎖を生むだろう。
「ふふ……本当にそううまく行くかしら」
フレイヤは別の考えを抱く。この男はあの少年を少し甘く見ているようだ。
「ベル・クラネルは違うわ、きっとあなたが思うのとは別の結果がある」
「……お前」
空気が揺れる。
フレイヤが立ち、静かに窓辺を見下ろす。街の中、点のように小さいが彼の居場所もあるだろう。ベルを見ているのはお前だけじゃない、自分もまた、独自に策を弄している。
「ゲームメイカーは貴方だけじゃないわ。ねえ、そうでしょ。タイガ」
「……ッ!!」
「止めなさい、ここでは」
月明かりが照らす。薄暗い燭台だけの部屋が淡い光で一気に照らされる。ローブを纏う男、サガの鎧にジャコーダを構える、だがその背後に
「……
「ご名答だ、狼藉者。」
「御身の前だ。血を流さずにその命、終わらせてやる。」
杖と槍、その切っ先が男を捉える。
上級冒険者が二人、放つ殺意は紛れもなく真剣そのもの。しかし、それでもなお男の……否、タイガは抜身の刃を収めようとしない。無理解ではない、それは強者の余裕か
「いいわ、あなた達。武器を収めて、この男も馬鹿じゃないわ」
「……ッ」
「いい子ね。ほら、この子たちも引いたんだから、あなたも武器を納めたら。それか、いっそいい加減その変身も解いたらいいのに」
「……」
ジャコーダの赤黒い輝きが消える。タイガは懐に柄をしまい、そしてアレンとヘディンの間を堂々と抜けて歩き去る。月が雲に閉ざし、光が閉じると同時、影の中へ消え入るように。
「……フレイヤ様、あの者を始末しましょうか」
「結構よアレン。ヘディンも大人しくしていなさい、彼がやりたいようにさせておいて構わないわ。その分、私も好きに動くもの」
ベルの成長は女神の望み、専門外である彼のファンガイアに関してのみ、あの男に協力を願う。けれど、最後に御旗を掴むのは自分である、そうフレイヤは確信して疑わない。彼が物を与えるなら、自分は機会を提供するまで
「ヘディン、オッタルは」
「依然、ダンジョンに」
「そう、ならいいわ」
策を弄するのは自分も同じ、女神が見初める彼なら、これしきの窮地は超えてもらわなければ困る。
……でも、あの腕輪の解放は駄目ね。戦いはフェアにしなきゃ
「アレン、これを」
「?」
手渡すのは紫玉の輝きを放つオブジェ。受け取るアレンは不可思議な質感と存在感い首をかしげる。
「オッタルに渡してくれるかしら。あの子なら、この使い方はよく知っている。」
「……はい」
「行きなさい」
× × ×
天上の世界で交わす暗躍の会合などつゆ知らず、地上の皆々はそれぞれの歩みを進める。
ここに覚悟を決め、より高みを目指さんとする冒険者が二人、城壁の上で朝日と共に
「せぁああッッ」
「……ッ」
短剣をふるう。ヘスティアナイフの一閃、見え見えのモーションだが、その踏み込みは早く、二撃三撃目を届かせるためのお膳立て。しかし、二撃目の刃は届くことはない。
「ぐッ」
「反撃もあるよ。防御してるからって、押されてるって勘違いしてる。甘い」
「……はいッ」
鞘の連撃、真剣ですらない、レイピアを収めるその木製の棒がナイフを圧倒する。
……レベル差、いや技術だ。ぼくとアイズさんには、それほどの開きがある!
「……もう一本、抜かなくていいの」
「!?」
腰に挿すもう一振りの剣、金と蒼玉の色で飾られた獣の一振り。
「全部見せて、強くなりたいなら、君の持てる力を全部」
「持つ力、全部……ッ」
逆手に持つナイフの一閃、引いた左手を柄尻に添える、鞘を押さえたその態勢から放つゼロ距離の抜刀。逆手に持つガルルセイバーの月輪、切っ先は微かに、たなびくアイズさんの髪の先を少し絶つ。右手にヘスティアナイフ、左手にガルルセイバー、新しく編み出した短剣と曲刀の二刀流。ベルの刃はこれまでよりも多く、そして広い。
「新しい戦い方、粗削りだけど悪くない。その剣、君に答えてる。いい武器だね」
「それは、どうも……ッ」
軽く言葉を交わす余裕、懸命に試みる戦法でも、その刃の線はすべて途中でこと切れる。振るう太刀の軌道が、アイズさんの剣筋で殺される。
……まだ、届かない
ナイフと剣が宙を舞う。両手ごと跳ね上げられ、落第点とばかりに最後の一頭が鋭く頭部に
……え、頭部に?
「あっ」
アイズさんの素っ頓狂な声、それが聞こえる頃にはベルの意識はない。ふらっと、揺れた脳はベルの体を糸の切れた人形のように、とっさにアイズが肩を肩を掴み支えるもその意識は戻らない。額に浮かぶコミカルなこぶ、さしものアイズも罪悪感を抱く。
「ごめん、止めるつもりだったんだけど、つい」
「……」
返事はない、ただの気絶した屍のようだ。などということは思っていないが、アイズはベルの顔を見ながら少し思考する。思考して、たどり着いた結論は
「……よい、しょ」
「……」
「……よし、よし……で、いいのかな」
膝枕、あおむけに寝かしたベルの頭を撫で続ける。少しして、意識が目覚めた頃にベルはどうなるか、もはや語るに及ばず。
今回はここまでで、しばらくは原作をなぞる方向で