続きは今日の夜に
「……ふぅ」
「ため息吐いてると幸せ逃げちゃうよ、エイナ」
「うるさい」
軽口をたたくミィシャ、しかしそれぐらいは許して欲しい。
……ロキファミリア達は無事出発、これで仕事もひと段落ね。
仕事に空きが出来た。誰もいないことをいいことに受付席で肩を伸ばす。そう言えば、今日はあの子の訓練の最終日、今頃はダンジョンで懸命に探索でもしていることだろう。
自分の押し付けとはいえ、早朝から上級冒険者との手合わせ、以前その様子をこっそりうかがったが、なんとも想像を超えたハードレッスンに少し罪悪感を抱いてしまった。
……ベル君は納得していたけど、でもなぁ
「……何か、今度奢ってあげなきゃ」
「なになに、もしかしてあの冒険者君の?」
恋愛厨の同僚が少しうざくて、けれども憎めない風体で絡んでくる。茶化さないでと、指で肩に置いた手をはじく。
「つれないねぇ。……ねえ、今度皆で飲みに行くでしょ、その時に連れてきてよ。」
「嫌、絶対おもちゃにするじゃない。教育上よろしくないから、ダメ、絶対」
少し面白い気もしたけど、やっぱり良くないと割り切る。過保護かもしれないが、それが信条だから何とでも言ってみろ。
「もう、そろそろ仕事に……」
……誰か! 誰か!!
冒険者が駆け寄る、自分ではない別の担当の元へ、離れた席でもその荒げた声は広く響く。
……モンスターが、ミノタウロスが出たんだ!!上層で、しかも見たことない姿で、仲間が殺されたんだ!!
「!」
ギルド内がざわつく。それは以前にも、同じような報告があった故に、皆が一様に言葉を交わす。
……嘘だろ、上層で何で
……前の時の生き残り、いや一か月前にそんな
……討伐隊を、どこに……とにかくガネーシャの方へ連絡を
「また、いったいどうして……って、エイナ?」
「……ッ」
嫌な予感がする。どうして、あの子は今ダンジョンにいるはず。襲われると限らない、けれどこの不安はどこから
……ベル君
〇
ダンジョンの11階層、そこはベル達の目的地。満を持して、装備を万全に挑んだその場所は
「……なにも、いない」
モンスターがいなかった。妙に静かで、それが不安で仕方ない。
「もしかして、ロキファミリアが一掃したからでしょうか。安全なのはいいですが、これでは稼ぎようが」
……ぞわ
「……違うッ」
「ベル様?」
感じた。いや、感じさせられた。奥から迫る気配を、僕は警戒している。
強敵ともいえるモンスターとの出会い、そのどれともいえない感覚。しいていうなら、この気配はあの男に、仮面の男に近いものを感じた。
……あいつが、違う。もっと違うものだ
本能が察する、これ以上ここにいてはいけない。気づけば僕はリリを引き連れて進路を後退していた。
「どこに、ベル様!」
「……ッ」
まずい、意識して気づいた。あれは僕らの元へ近づいている。今だって、走りながら背後に視線を感じる。
「逃げる、ここにいたら僕らは……ッ」
「ベル様、なぜ……え、嘘」
来たはずの道が、先が無くなっていた。天上の瓦礫が、色素を失った石灰岩のような岩々がそこには積まれていた。
……なんだろう、これ……いや、今はそれより
他の道を、走ろうとして足を上げた。だけど
「!」
動かない。まるで麻痺毒にやられたように、一体いつ、しかしそんな思考をさらに上書きするように。
「……なんだ、これ」
足が、白くなっている。膝から下、その先の感覚が無い。まるで石になったみたいに、重く制御を離れている。
「ベル様、これは石化です……こんなの、下層のモンスターでないと……ベル様!」
「……クソッ、くそぉおおおぉおお!!」
石化した足を、曲がらない義足となった足で強引に大地を踏み抜く。表面の石化が砕け、日々からは流血が垂れる。背後にいるナニカを、それを振り向くより先に僕はリリを抱きしめ、そしてはるか遠くへと投げ捨てた。
「ごめん、リリ!」
地面を転がり、遠くを離れたリリはのたうちながらも面を上げる。どうやら、石化が溶けたようだ。そうだ、その位置は光が届かない。
「ヴォオ、ヴルゥォオオオオオオオオッッ!!」
「!」
見てしまった、その姿は紛れもなく敵だ。それも、今までで最も最悪の
「逃げて、リリ!……こいつは、こいつは僕が」
剣を抜く、まともに足が動かなくても、それでもここで止めないと……こいつは殺すまで止まらないッ
見たことないモンスター。その姿はかつて僕を殺しかけたあれと酷似しているけれど、決定的に違う点がいくつもある。
皮膚にはステンドグラス状の文様、全身を覆う白磁色のたてがみと肉食獣を思わせる爪と牙。しかし、その突き出た顔面と畏怖を放つ二角は紛れもなく。
「ミノタウロス、でもこれは」
あの時、自分を襲った相手なら、きっと僕は勝てるだろう。上層の敵なら倒せないものはいない、そんな自信すらあった。
だが、眼前にたたずむそれはどうだ。見たことない大鎚を構え、僕を値踏みするように観察するのは余裕か、正直今この一秒の間すら、自分が生きていることに驚きを隠せない。
叶わない、戦わずして理解できる。
「ベル様、止めてください!そのモンスターは強化種です!早く、逃げて!!」
「……」
「ベル様、ベル!! 早く逃げ「違う!」……ベルさま」
刃を抜く、理解は承知……こいつは、こいつの狙いは
「僕が時間を稼ぐ、だからリリは……リリは逃げて!」
「……ッ」
ああ、理解した。こいつの狙いは僕だ。そして、こいつは待っている。僕が挑むことを、さもなければ、それを殺すと、その眼を理解してしまった。
「―――」
「!」
足が動く、急に感覚が戻った。表面の傷が自己治癒を始めている。どうして、面を上げて理解した。モンスターは手に持つ大鎚を地面に放り捨てた。もしかして、あれが魔道具のように機能していたのか。
「……リリ、見たろ。こいつは僕と戦いたい、だからリリが逃げるんだ。」
「でも、そんなことをすれば……ベル様はッ」
「いいから、早くこいつが…ッ」
一瞬、姿を消してそいつは眼前に現れた。俊足、瞬きの間を縫う程の脚力。女性の腰ほどもある剛腕が僕に放たれる。
「!」
降りぬいた、ガルルセイバーとヘスティアナイフの二刀を十字に、しかしそれでも衝撃は全身を穿つ。
「……カハッ!?」
押し倒された。地面に背中をたたきそのまま後方の瓦礫にぶち当てられる。
それでも、わずかに受け止めたおかげか、まだ声を張る余力はある。
「は、やく……にげろ……はやくッ、はやぐッッ!!?!?」
「……あぁ、うぁああああぁああッッ」
恐怖、悔恨、リリは走る。ぼくを置いて、けれどそれでいい。
「……やるしか、やるしかないんだ! ファイアボルト!!」
顔面向けた砲撃、二発三発と、爆発の煙がミノタウロスの視界を奪う。
脱出、石化の傷で血がにじむ足を奮い立たせ、僕はリリの逃げた先を立ちふさがるように、蛮勇をもって二刀を構える。
どうする、どうやって勝てる
勝てる?今だってあの攻撃で全く歯が立たなかったのに、魔法も傷一つ与えられない。
「……ッ」
瞬間、僕は横に飛んだ。そして、僕の影に爆発が落とされた。轟音がダンジョンを震撼させ、飛び散る破片は肉を切り裂く。圧倒的な一撃、回避してなお無傷でいられない。勇ましく、立ちふさがろうとして、リリを逃がして、けど、ここからどうしろと
状況を打開する発想よりも、自身の行動をさいなむ負の思考だけが加速する。
……いや、一つだけ
打開策、そんなことを思えば思う程、僕は左腕の腕輪、ファンガイア・レジスターへ意識を向ける。あの男は言った。この腕輪がある限り、僕は暴走をすることは無い。
そうだ、死ぬかもしれないんだ。なら
「……使う、またあの力を」
自然と、手が金具に触れる。硬く閉じたトリガー、これを下ろせば、僕は
……生きのこ、れる
力が入る、モンスターもまた、そんな僕の挙動を待っている。ああ、そうしていろ、狂った僕の怪物が、お前をッ
『……てめえこそ、冒険者じゃねえ……ただの、化け物だろうが』
「!!」
痛み、心に負った言葉の楔がストップをかける。
……考えるな、ここで終わったら元も子もないだろ!
生きれば、生きれば明日につながる。どんな形でも、例え怪物の力を使っても
そう、例え……怪物の姿に、成り下がっても
「……ッ」
あぁ、理解した。
人として立ち向かって先が無い。怪物になって、もう戻れる保証だってない。
気づいてしまった、死という現実を前に、僕に残された選択肢はすべて破滅の片道でしかない。
限界、その二文字が脳裏をよぎる。
そうか、これは、これが僕の物語の終焉か。
「ブルォオ、グボォオオオオオッッ」
「!?」
憤る轟咆、大鎚すら使わず白磁色の甲殻を纏う拳が僕へと迫る。反応する隙を与えず、岸壁に肉体が叩きつけられる。
骨が砕けた、血も流れている。内臓もいくつか潰れていることだろう。
けれど、それでもこの肉体は終わることを許さない。煙を吹き、砕けた骨を強引に手繰り寄せ、肉をつなげる。血にまみれ、激痛におぼれても、まだ終わりは来ない。
「くそ、くそ、……クソッッ!!」
立ち上がる、立ち上がってしまう。楽な終わり方すら選ばせてくれない自分の怪物が、心の底から憎い。
唯一握っていたヘスティアナイフ、僕はおぼつかない足であいつの元へ向かう。
……理解した、ならそうしてやる
……終わることを許さないというなら、僕がこの手で終わらしてやる。
……人の力で、僕の力で挑んで、傷ついて、そして終わってやる。
自棄になった思考、けれどそれを止める者はいない。
ベル・クラネルは、おのが血統を殺すために、最凶へと挑む。
〇
獣は疑問だった。
あの強者が用意した供物、その脆さに
「……がは、あぁ げぼはッ!」
「……」
白髪が先決で真っ赤に染まる。頭蓋を掴み、何度も地面と壁に叩きつけた。
首の骨も俺、口腔は己の血で満たされ息も絶えていいはず。だが、それでも、少年は死なない。
手心がないわけではない。その首と胴体を千切り離せばさすがに終わるであろうが、しかしそれも今となっては疑問だ。
……ナゼ……ドウ、シテ
傷が治る、同じ力を持つ者同士、それは理解がえられる。
だが、この立ち上がる意思に、獣は納得がいかなかった。
逆境に震え、敗北を悟ってでも挑もうとする人間、だがそれにしてもこれは不可解だ。まるで、自ら死にに行こうとしているような。
……ツカエ、チカラヲ
獣は待った、少年が覚悟を決め、自身と同じ異なるモノの力を使うことを
だが、何度叩き伏せ、拳と蹄をねじ込もうと、その気配はない。
肉体の再生をたよるだけの意味の無い特攻、故に、獣はあきらめた
前傾姿勢、そして突撃、少年の胸に白磁の槍を貫く。
鮮血が散る、刺したまま体を持ち上げ、そして手をかける。
「……ぁ、かはッ……あぁ」
もはや先決に染まってない部分の方が少ない。しかし、それでも生存を続けようとする肉体、であれば、ここまでくれば方法は一つ。
臓物をえぐり出し、骨と肉をえぐり断つ。
両足を掴み、刺したまま肉体を裂こうとした、その時
「!」
「……させないッ」
細い剣、か細い腕、しかしそんな人間の一振りが今、自分の腕を断ち切った。
今回はここまで、次話で覚醒です。