「ベルッ、ベルッ!!」
問いかける。微かに聞こえる呼気の音、アイズはとっさにエリクサーをかける。
……駄目、この量じゃ止血しか。はやく、上に
傷が深すぎる、それは通常即死級の傷だ。たとえエリクサーといえど、千切れた内臓に至るまでも直せるはずがない。そもそもこの時点で生存していることの方がありえないのだが、今のアイズにはそんな疑問すら抱く余裕はない。
「ヴルォオオオオ!!」
敵が迫る、ミノタウロスのようで違う、見たことのないモンスター。それは強者が名付けたキマイラ・オクスという新たな生命、まだ誰も知らない高位のモンスターであり、アイズたちに知る余地はない。
獅子を思わせるたてがみ、牛には似つかわしくない爪と牙、しかし頭部に飾る深紅に染まる双角はまさにミノタウロスそのもの
警戒は怠らない、たとえ腕を切り落としたとはいえ、今自分には守る対象……が……いて
「!……なんで」
……腕が、生えてるッ
切り落としたはずの腕が再生している。驚きつつも、アイズはデスペレートを振るう。絶壊の刃が拳を……弾いた。
……切れないッ
剣を払い、剛腕が迫る。背後にはベル、腕を構え耐えようとしたその時
「下がれアイズ!、らぁッッ!!」
「――ッ!!」
拳を避け、ベートの放った蹴りが獣の腹を穿つ。重量級の肉体が地を浮き、無理やり距離を空ける。
「ベート、ごめん」
「はやくそいつをさげろ、あいつ……やべぇ」
狼人の本能がざわつく。殺すつもりで放った一撃、それが軽く移動させるだけ、それほどまでに今のあれは固い。続けて駆けつけるアマゾネス姉妹と団長のフィン、戦力は十分であるはずなのに、アイズの中では異様に不安を感じる。
……似てる。
10層で出会った仮面の男、ベルを助けることを邪魔したあいつは、自分を容易く無効化して見せた。魔法を使い、本気で挑んでもかなわない。理解できない未知の強さ、その不安が今また蘇る。
「―――――ッ!!?!?」
声にならない悲鳴、獣は雄たけびと共にドッガハンマーを振るう。巨人の拳を思わせるその形状、重量級の武器を片手でやすやすと振るう様はモンスターでありながら熟練の使い手を思わせる。。
「武器まで使いやがるのか、なんなんだこいつは?」
全員が目を見張る。目の前の謎の脅威に、警戒を絶やさない。そんな拮抗状態の中、最初に前の一歩を踏み出したのはフィンだった。
「わからない、でも……あれは敵だ。ぼくたち冒険者が倒すべき敵だッ」
「あぁ、わかってんよ。フィン、馬鹿姉妹!全員でやっぞッ」
戦闘開始、未だ不安が減らぬ中、アイズたちの前で皆が闘いを始める。止める間もなく、獣はまずベートへと向かった。
大振りのハンマー、いかに早くとも軌道は単調。その一撃を易々と交わし、上段の大振りが来るタイミング、そこで
……ガキンッ!!
「うわ、おっも……ウルガー壊れたらどうしてくれんのさ!」
大切断、ティオナの一撃、それを腕の甲殻で刃をいなす。そこに畳みかけるのはティオネのククリナイフとフィンの長槍。振るい、刺し、ステンドグラスの皮膚からは流血が流れる。
上級冒険者たちの連撃、さしもの獣は反撃手段を選べず、防戦に回っている。
しかし、一見未知の敵を抑え込む彼らは優勢に見えるが、その顔に余裕の色はない。
「団長、こいつは」
「あぁ、単純スペックはレベル4相当だろうね。けど異様に硬い上、傷の回復が早すぎる。」
……その上技量もある、まるで僕たちのような意思も見られる。
「度し難いね、こんな敵が、どうして上層にいるのかな」
口では軽く言うモノの、攻めようにも攻めきれず、あの業物の武器に阻まれる。
不可解なその力量がフィンの思考を慎重にさせる。うわさに聞く武装するモンスター、しかしこれはそれとも違う。
もはやモンスターなのか、それすらも危うい。
「フィンッ、本気で殺るからな!アイズ、お前も」
硬直状態、ベートの声、アイズの参戦を待つ彼らは一瞬、ほんの一瞬だけ意識が離れた。その隙、隙とも言い切れない刹那、獣は行動を起こした。
「!!……全員、躱せッ」
フィンが叫ぶ、魔剣を取り出そうとするベート、闘争を全開で飛び掛かる姉妹、その声が届くのはもう遅かった。
「――――ッ!!」
獣は内心で笑う。かなわない相手でも、この武器の力があれば対等以上に戦えることを。そして今は、完全に勝敗が決まったことを。時間稼ぎは、もう十分だった。
……ガゴンッ
ドッガハンマーの目が開く。拳の中の真眼、そこから伸びる眼光が全員を照らす。
「!」
……遅かったッ
長槍を持った手がみるみる石に変わる。辛うじて手で顔を覆い隠したからよかった、不幸中の幸いは、皆が窒息死をまぬかれたこと
しかし、これではもう
「せ、石化!?」
「うそ、何で上層のモンスターが」
手足、皮膚、いたるところに走る色素の抜けた斑紋。肉体でありながらもはや別物、ろくに立つこともままならないまま、皆その場に立つこともおぼつかなく地面に倒れ伏せる。
……これほどの状態異常、呪いの類か? なんにせよ、これは
レベル6ですらここまでの被害、唯一陰になって守られたアイズだけは被害が薄い。そのことに意識を向け、フィンは覚悟を決める。
「アイズ! 君は」
「……平気、まだ動ける」
「そうか、ならその子を連れて地上へ、このことをギルドへ報告するんだ!」
「!」
フィンの発言、この場でアイズのみを逃がす意図
未知の敵、力の量だけでない、その質に至るまでブラックボックスな敵との邂逅、勇者とあがめられる彼が今、自分たちを犠牲にする策を選んだ。
「簡単には死なないよ、けど……最悪は覚悟すべきだ。皆」
「……あぁ、クソッタレが」
息まくベート、ティオネとティオナもそこへ続く。
「……ッ」
「駄目だ、アイズ。あいつの武器は異常だ、レベル6の君ですらその動きなんだぞ」
石化の後遺症、動けるのは平常時の半分も満たない、だが
「……ごめん」
「アイズッ、バカ野郎!!」
ベートが叫ぶ、思い人である彼女の無謀な特攻を。
「……ッ!」
アイズは振り向かない、握る細剣を獣へ穿つ。剣を交わし、アイズは理解する。この敵が、かつて自分を倒したあの男と同じだということを。
ベート達の後方、倒れたベルのことを、アイズは思わざるを得なかった。いつかに言っていたファンガイアという言葉、そして朝の稽古で、ベルの顔に走ったステンドグラスの模様。あの仮面の男の鎧にも見られたそれが、今相対しているこの敵の体にも走っている。答えを知らずとも、その関係性は確実。
……私には知らない。君が背負うもの、その重さを、痛みを
きっと自分と同じ立場への共感、そんな思いがあったのだと、けれどそんなものはとても図々しいものだと痛感した。
今ならわかる、この化け物から感じる力、モンスターとも違うもっと根源的な狂気、これがファンガイア。ベルを苦しめる、凶悪な力の正体
……辛いよね、、だから、だから私が守る
大鎚いなし、ぎこちない剣裁きで強引に皮膚を裂く。引くことはできない、ここで倒して、全て解決して見せる。
「……守るから、君はもう、もう」
戦いの世界から、遠ざかるべきだと。アイズは刃を振るう。
ベルの前に立ちふさがる壁を、自分が代わりに打ち砕くために
〇
守られた。
薄くなる意識の中、僕はアイズさんに抱かれたことを理解する。
そして、周りの音が、あれはロキファミリアの上級冒険者だと理解した。彼らが敵を倒す、助かると、僕は安心した。
けど、それでもあいつは止まらない。
石化の力、あの名高い冒険者が、僕を陥れたあの狼人ですら手も足も出ない。
怪物、いやそれは武器の力か、けれどとにかく、もう終わりであると理解した。
逃げればいい、僕を置いて、でも、なのに
なのにどうして
「……アイズ、さん」
立ち向かっている。手足が石になり、剣を握る手すら固まった拳でかろうじて持っているぐらいなのに
なぜそこまで、理由があるとするならそれは彼女が冒険者だからだろう。
でも、じゃあ同じ冒険者のぼくはどうして、どうしてここまで無力なのか。
仕方ないと割り切った、それが最善と飲み込んだ。
だって、僕は
……僕は、人間じゃないのに
「立て、戦えッ!!」
「!」
声がした、もうここにはいないはずの、どうして、なぜ
「パルゥムちゃん、ダメだよ……来ちゃッ、逃げて」
「うるさい、私の用はベル様にあるんですッ、早く立て!!立って戦え!!!ベル・クラネル!!!」
リリが叫ぶ、血を吐き、喉を枯らしながら叫び続ける。
「なんですか、自分はあきらめるなとか、死ぬなとか言って、どうして諦めているんですか!? 勝てないんでしょ、ええわかりますよ、でも……でもそれは全部を使ってからにしてください!!」
「……り、リリ」
「使えばいいじゃないですか!ファンガイアの力を、怪物が何だというのですか!!余力残して諦めて、それでッ」
「―――」
「リリッ!!」
獣が憤る、強者との戦いに水を差すなと、ドッガハンマーの拳がリリに目掛けて迫る。咄嗟に正面に回るアイズが剣を構え、直撃は避けた。しかし
……ドォオオオオンンッッ
大地を砕く爆発、雷撃を帯びた閃光がリリ達をはじく。奇しくも、倒れたリリの目が僕を見る。
「かはっ……どうして、どうして諦められるんですか。あなたは、英雄になるんじゃないですか」
……ああそうだ、なりたいと願ったさ。けど、それは普通の人間の夢だ。
僕にはつかめない、だって、僕は
「ファンガイアがなんですか、どんな姿でも、ベル様なんです」
「……ちがう、ぼくは」
「ちがわない、違ってたまるかッ……リリを救ったあなたが、あなたがここで終わるなんて許さない。夢を見て、覚悟を示した、なのにまだあなたは恐れている、そんな男に、私は魅せられたなんて思わないッ」
「じゃ、じゃあどうしろと……こんな僕が、ぼくなんかが「なればいい、なってしまえばいいんです!!」
言葉も崩れ、リリは血が上り切った思考で記憶を探る。
かつて、自分が目にした英雄の御伽噺。仮面を纏い、悪しき力を正義に変えて戦う。その名を、ようやく思い出した。
仮面もない、鎧もない、けれどそれでもだとしても、私を救った
「なってください、人か怪物かは関係ない。あなたは、あなたの思う英雄に」
「仮面ライダーになれ!!ベル・クラネルッ!!!」
「仮面、ライダー……僕が」
渾身の言葉を吐き、リリはそのまま気を失った。僕は、リリの言葉を
……仮面ライダー、そうだ思い出した
お爺ちゃんが言っていた。オラリオができるよりも、もっと前、世界には英雄がいた。
鉄の騎馬に駆り、鎧と仮面を纏う戦士が、幾度も世界を救ったと。
そして、お爺ちゃんはこうも言っていた
……いいか、ベル
……英雄はな、ただ強いだけじゃ務まらないんだ。
ある物は悪の組織に改造され
ある物は敵の魂を身に宿し
ある物は、時を超えて己の運命を変えて見せた。
生い立ちも姿も、生きる時代も違えど、これだけは共通していると。
……なんだっていい、大事なのは覚悟だ。世界を救う英雄は皆
「……えい、ゆうは」
よろよろと立ち上がる、鮮血に染まる自分が立ち上がる姿は酷くいびつに見えるのだろう。金髪の少年の人が声をかけるが、そんなものはもう気に入らない。
「英雄は、いつだって……狂気の先に、立つ」
「ベル、だめ」
立ち上がる少年、皆の間を抜け、アイズと獣の戦場に、今一歩を踏み出す。
狂気の先こそ英雄は立つ、絶望に炙られ、四肢がただれてなお
……この一歩を踏みだせる奴だけが、英雄に
否、英雄の先、原始の正義、世界の希望……それこそが、仮面の
「――――ッ!!」
迫る、先のように、獣は鮮血に染まる角で再度この体を貫く。
アイズが止める間もなく、まともに防御もできないベルの体は跳ね上げられ、宙を舞う。誰もが死を先に予知した現状
「死なない、僕は……勝つッ!!」
「!」
隆起した甲殻に指をかけ、ベルは獣の背後を取る。
肩に乗り、そしてすぐに振り払われ、後方の天井に体が投げられた。
「ベル、何を……ッ!?」
咄嗟に叫んだ声、しかし今アイズの目はベルではなく、獣の方へと向けられる。ベルはむざむざやられたわけではない。打ち込んだのだ、牙を
「……ブルォ、グォオ?」
「……もら、ったぞ」
「?」
首に刺さる透明な牙、肉を穿ち、そこから何かが吸い上げられる。すぐに手で払い、透明な牙を引き抜くが、すでに遅い。
時間にして数秒、だが、それで十分だった。ベルが息を吹き返し、もう一度戦うには
「……ッ、んく」
飲み干す、形もない、ただ純粋な命の液体。吸命牙で吸いだしたライフエナジーがベルの体に染みわたる。
同族の血、故に体に馴染む。
「嘘、なんであの子」
「傷が、癒えてるッ」
煙が立つ、ボロボロの衣服から覗く傷跡、そのことごとくが綺麗に消えている。貫かれた後も無く、直ちに汚れた衣類のみ
黒の上下のぼろ服姿、ライトアーマーはとうになく、武器もナイフ一本。もはや丸腰と変わらない依然窮地の状態
しかし、今はもう違う。
……僕には、まだこれがあるッ
左の袖を、ベルは勢いよく肩の付け根から千切った。むき出しの腕、そこには痛ましい金属のリングがまかれている。
不可思議な少年の行動、一同がその動向を見守る。
「ベル、何をする気?」
「……何を、ですか」
問いかけ、そうだ、この行為には意味がある。かの英雄、彼らが叫んだ言葉を、僕も使おう。
これは決別だ。甘さと弱さに飲まれた、過去のベル・クラネルに別れを告げる。
「なら、見ていてください。僕の、変身」
腕輪のトリガーを跳ね上げる。がちっと、眼光のランプが輝き、どこからか人工的な音声が響く。
[SEAL BREAK! CHANGE! FANGIRE!]
抑制の枷はもう意味をなさない。全身をめぐるライフエナジー、レジスターは今ベルの体にさらなる力を注ぎ込む。
力に狂いはしない。ぼくはもう恐れを超えたのだ。
今こそ叫ぼう、この姿を、今度は……自分の意志でッ!!
「ぐあぁ、がああぁああああああああッッ!!!!」
全身にめぐるステンドグラス文様、眼光は月光のごとく、深紅の夜に月が灯る。
金色の光、足元には古の紋章。解放された力は留まるところを知らず、抑圧されたライフエナジーがダンジョンを揺るがす。
[Rabit! ra,ra,ra rabit!!]
「変、身ッ!!!」
「―――ッ!!」
叫びと同時、キマイラ・オクスは攻撃に転じた。少年の変化を、その輝きを脅威と感じたから。
「逃げて、ベル!?」
雷撃を纏った一振り、命を焼き尽くす破壊の剛撃。
それを、今度は
「!!」
アイズは目を疑った。状態異常とはいえ、さばくだけが限界だったモンスターの一撃を
今は彼が、弱いと見たあの少年が、片手で防ぎきっているのだから。
「――ッ!?」
……もう、僕は
拳を握る。ナイフを握ったまま、奴の腹筋に目掛けて
「はああッ!!」
「ぐ、ぶるぉおッ!?」
腹を穿つ、うめき声一つ上げなかった敵が。今少年の拳で苦悶を描いている。
少年、いやもう、そうは呼べないだろう。
「ベル?」
「「「「――ッ!!」」」」
一同が目を見開いた。今さっきまで白髪の少年だった姿、そんな姿はもうどこにもいない。
「モンスターが二体?……でも、さっきまで」
声を上げたのはティオナ、アイズはその言葉に、脳裏で否と感じた。
……モンスターじゃない。この姿が、ベルの
「……もう、恐れないッ」
黄色と赤を基調としたステンドグラス模様の肉体。
複眼を思わせる紅い双眼、後頭部へ伸びる双角を思わせる鋭利な耳。以前に魅せたどす黒さはなく、歪ながらその体は整った美しさすらある。
金属質の腕輪を起点に、顔の半分、チェスト、アシンメトリーな装甲を纏う白亜の戦士。世が世なら怪人と揶揄される恐ろしき存在、だが今ここにおいてこの名を使おう。
「戦え、お前の敵は僕だ! 僕は仮面ライダーッ仮面ライダーのベル・クラネルだッ!!」
叫ぶ、己を仮面ライダーとこの世界に示す。
異形なれども其は英雄の原始、ここから物語の幕は上がる。
始まりを告げるはゼロの物語、牙持つ兎が歩みし仮面の英雄譚、ゼロから1に至るプレリュードである。
やっとここまで来ました。祝、ベル君の初変身です。まあまだ怪人ですけど。
オリジナルファンガイア、イメージとしては魔進チェイサーみたいな怪人とライダーの中間で、あとは皆さまの想像で補ってください。
次回、決着です。