不思議な子だと思った。悪い子じゃないし、何よりまっすぐだった。けど、毎朝剣を交わすたびに、その思いが精一杯の背伸びで、少しつつくだけで転んでしまいそうな、そんな危うげなものだとも気づいてしまった。
私には彼を、ベル・クラネルのことは理解できない。ファンガイアなんて知らないし、それがどんなに恐ろしいかは見てもいない。強くなりたいのに、前に進むことができないあの子を、きっと私は同情していた。そう思うことが間違いだと気づかないまま。
恐ろしい力なんだろう、抱えたくないものなのだろう、それなのに、今あの子は乗り越えようとしている。覚悟を決めて、英雄への一歩を踏み出したのだ。清濁全て飲み干して立つその姿、歪な化け物、けれどその轍は間違いなく、光なのだ。
「……ベル」
戦う。ナイフと曲剣を武器に、あのモンスターに打ち勝たんと
「頑張れ、ベル」
声に熱が入る。普段は感情の起伏が薄い時分でも、その背中に檄を送らずにはいられない。
「ベル、頑張れ……負けるなッ」
「おい、アイズ」
「…………何」
少し不満そうな、邪魔されたことの不満を隠さず顔に浮かべ返事する。
「その顔、いやいい。……お前、自分が何してるかわかってんのか?」
「……応援」
素のリアクションで答える。それに、ベートはなんとも度し難いような反応を示す。私はそんなおかしいことはしていない。
「ねえ、アイズ……あの子、モンスターになったのよ、おかしいでしょ。ねぇ」
「……違う、違うよ。」
目の前で苛烈な戦いを披露する二体のモンスター、少なくともアイズ以外の皆にはそうとしか見えない。ただ、一人を除いて
「あの子は私たちと同じ、冒険者だよ。」
「でも、あれはさすがに…………ねぇ、団長」
「……皆、邪魔にならないように下がろうか」
フィンが立ち上がる。その姿には石になった箇所は薄く、ほとんど消えていた。
フィンの行動、光景に目を奪われて気づかなかった。各々自分の体を見て、石化の溶けた箇所が動くことを確認する。
「うん、動けるみたいだね。けど、もう僕たちは戦わなくていい」
「!……団長ッ」
信じられない言葉を、そんな驚き顔でティオネが問う。
先ほどまで硬く切羽詰まった表情を浮かべていたフィンも、今はどこか安心した、少し砕けた様子になっている。
続けて、フィンは答える。
「……そうだね、この石化は強力だけど、きっと初見殺しだ。効果は数分、物陰で防げる。今なら僕らでも倒せるだろうね。」
「ならッ…「でも、もうこの戦いは彼のものだ。獲物の横取りはダンジョンのマナー違反さ」
「……団長、本気で」
「本気さ、だって見てごらん。あの子は、確かベルとか言ったかな。あの姿、まともじゃない理由はあるだろうね、けど、今僕には彼がただの冒険者にしか見えない。英雄になろうと、自分の壁を越えようとする青い果実だよ。」
年を取ったなと、むずがゆそうに鼻をこする。
壁際に移動し、腰掛け背を持たれた。そのまま、本当に観戦としゃれこむようだ。
そこは、しれっとその横にアイズも今加わった。三人だけどこか場違いな空気が漂う。
「え、なに? 普通違うわよね、ねえ」
「俺に聞くな! 手前の妹にでも聞い」
「がんばれ~かめんらいだぁ~~!」
「「……」」
気が付けばもう一人もしれっと、さっきまでの本気の戦闘も忘れてのんきに応援している馬鹿がいる。二人になって何故か余計にきまずい
「……取り合えず、下がろうぜ」
「…………そうね、巻き込まれたら危ない、そう言うことにしておきましょ」
結局、五人とも壁際でベル達の戦いを観戦するように。少数派は辛い、そんな考えを抱いたりしなかったり。
「いっけぇ、かめんらいだ~……!」
「……あんた、何でそんな順応してんのよ。ていうか何よ、かめんらいだぁって」
「さっきあの子が名乗ったじゃん。うん、最初は怖いかなって思ったけど、なんだかかっこいいね。あたしあれ好き」
にへぇと幼げに笑う妹、時々この軽さがうらやましくなると感じるティオネだった。
「終わったら握手とかしてくれないかな?」
「さぁ、勝手にしたら。……ていうか、そもそも勝てるかなんてまだ」
「いや、もう見えてるよ」
「!」
「皆、バカ話はそこまでだ。じっくり見ようじゃないか、後学のために。」
『ーーーーーーーーーッ!!?!?』
空気が震える、二体の獣……否、一体の獣と一人の戦士の戦い。同質の力だが、その本質には明確な差がある。ベル・クラネルは依然まだ勝ちを得ない。高みを目指し、目の前の壁に挑み続けている。そのことを、この場で最も齢を重ねたフィンは誰よりも理解している。
炎を絶やすな、青い果実を真っ赤に染めろ、彼が見出した本当の強さ、その成果をこの目で見届ける。その姿は紛れもなく、かつて自分たちが何度も経てきたかの行為に他ならない。
「僕たちと同じさ……姿かたちは違うけど、あの光景は何時の時代も変わらない。」
見届けよう、先達にできるのはそれぐらいだ。
彼は今、ベル・クラネルという少年は、英雄をしているのだから。
〇
「はぁああ、セイハアアァアッッ」
「―――ッ!!」
渾身の一撃で放つ斬撃、ガルルセイバーとヘスティアナイフの連続切りが届く。強靭な体、今はそれが嘘のように、思い通りに攻撃が届く、通じるのだ。この攻撃はダメージを与えているッ!
力がみなぎる、安直な答えだけど、それが真実だ。
ずっと忌々しくて、身を任せた時はただ不快でしかない、思い出すのもはばかれる記憶、そんな力が今は
「!!」
懐に潜り、叩き込むのは斬撃と打撃を交えたインファイト。長さの違う二刀を巧みに使い、攻めと防御を要り交ぜた変則二刀流、全て理想通りのパフォーマンス。
……いける、これなら
大振りの剛撃、回避は懐への踏み込み、からのジャックナイフ軌道、敵からすれば目の前にいた相手が一瞬で背後に周り後ろをとっている。振り向き攻撃を放つ前に背後には三連撃、そしてまた距離をおく。
パワー差は依然強大。しかし、こっちには向こうを上回るスピードがある。
硬質の皮膚に刃が届くたびに火花が立つ。一撃では届かない、けどそれなら何度でも、断ち切れるまで振り続けるのみ。
「ブロォオ、ブルウウゥォオオオ!!」
「……ッ」
武器を捨てて徒手空拳で迫る。五指を開き放つ爪の裂創が痛ましく地面に刻む。
獅子の爪、剛腕から放たれるそれはもはや徒手空拳にあらず。それ自体が十分に凶器である。
……恐れるな
踏み込む、獲物を使わない今インレンジで戦闘に有利はない。しかし、だとしても
「……ッ」
踏み込みと同時に、ベルは武器を持ち変える。ガルルセイバーを牙で構え、防御姿勢を取る。迫る剛腕と衝突、金属同士の衝突音、そんな重い轟音が辺りに響く。力と力のぶつかり合い、その差は歴然、故にベルは力を逸らす。
「!」
キマイラ・オクスの横を抜ける。それと同時に、咥えたガルルセイバーで脇腹の肉を断つ。理解した、この武器は本来、こうやっても使えると。
……感じる、この姿になって、ガルルセイバーは僕に答えようとしているッ
獣の形は伊達じゃない。持ち主の牙となり爪となり、担い手自身を鋭利となす。
「―――ッ!?!?」
二足から三足、手を使い跳ねては飛び、そして疾走する。狭い屋内を3次元的に駆け抜ける、さながらそれは狼を思わせる。
縦横無尽の高速起動、交差するたびに刻む斬撃、青い軌道が描く刃はその白磁色の甲殻を砕き、ステンドグラス状に染まる黒い皮膚が露わになる。
「!」
「遅いッ!!」
スライドターン、背後に回り込み手に握ったガルルセイバーを縦回転。体ごと回すように切り上げる袈裟切り。脇腹から滑り込むように通る一線はキマイラ・オクスの左腕を断ち切る。
……グシャっ
「ーーーーッッ!?」
肉を断つ音、弾かれるように飛んだ剛腕が地に落ちる。鈍く重い叫び、激痛に耐え傷口を庇う。
「よし……なッ!?」
「!!」
回し蹴り、不安定な態勢いでもらった僕の体は直線状の壁に激突。
もろに食らった。けど、まだいける。立ち上がり、武器を構えた時、奴もまた地に落ちた武器を構える。しかし、構えたまま動かない。石突を地面に突き刺し、杖のように構えるだけ。
……止まった?…………ちがう!あれは、また
「――――ッ」
にやりと、傷口から血を流しながらも奴はほくそ笑む。それと同時に、敵の持つ武器が今、大きく開いた。
「まただ!全員顔を隠せ!!」
フィンの叫び、そして一気に拡散する紫の眼光。躱す暇もなく、広範囲にまかれた光をベルは正面から受け止めた。
ステンドグラスの肉体が色を失い石に変わる。肉体が石に、文字通り動かぬ石像と化す。
「ォオオオオッ、ヴルォァアアアアアアッッ!!」
「!」
眼光からさらに、開いた拳から紫の雷が炸裂する。無造作に走る破壊の閃光。御しきれぬほどの出力をキマイラ・オクスは放った。
爆煙が包む、吹き抜けの風で煙がはけるとき、そこには何も残らないと、目撃した一同は確信した。
「ーーーッ!?」
目を見開く。そこには死体も何もない。あったのは、紅く輝く紋章の盾であった。
「…………終わりか?」
「ヴモォ!?」
体表の石が砕ける、その下には無傷の肉体があるのみ。盾を超過した光は届きこそすれ、ベルの肉体の深部まで石にすることは叶わなかった。通用しない、肉体が蝕むより早く、ベルの体は表層を作り替える。石化の術が無用の長物であることを、キマイラ・オクスに示してみせたのだ。
「ーーッ」
ハンマーを落とす。それは降参を意味しない。力を浪費した今、残された武器はこの双角。故に最後の切り札に全てを託す。
態勢を低く、これ以上長引かせるのはダメだと、ここで強引にでも決着を着けねばと、キマイラ・オクスの本能が叫ぶ。
……次で最後か、なら
「…………すぅ」
突撃態勢、しかしベルは動じない。変身で身につけたファンガイアの力、その使い道を今ここで示すのみ。
「ーーーーーッ!!?!」
……ガギンッ!!
障壁に穴を穿つ、貫いてなお突撃は終わらず。解けば一瞬で胴体を断つであろう。
故に、ベルは引かない。最後の一撃、その成功の道をここに刻む。
「………………この身に」
「!?」
「この身に受け継がれし
「!!…………詠唱」
本来であるならそれは無詠唱の最速魔法、アイズが知る限りベルに詠唱を要する魔法はない。故に、ただ一人驚きを隠せないでいる。
……そうだ、こんな魔法はない。けれど僕にはわかる。この力に限界はないッ
心に刻まれし言の葉、追憶の扉が力を呼び覚ます。背中に刻まれし固有スキル、【牙鬼血統】その一文のみが光を持つ。
神をも恐れぬ、自己のステータスへのオーバーライド、無詠唱の魔法に新たな力が上書きされる。
「我が手に掴むは裁きの焔、罪なき世界を彫刻し、断罪をもって黎明の歌を寿がん!」
手に掴むファイアボルトが歪み輝く、黄金の魔力を帯びた深紅の紋章、投じて放つは裁きの拘束台
「さあ跪け、絶滅タイムだッ!!……『パニッシュメント・ファイアボルト』ッ!!」
走る焔雷、轟き形作るは深紅の紋章。
炸裂し、敵を捕らえ空に縫い付ける。作り出した最上の隙、フィナーレを飾るはこの右足に。
「……ッ!!」
跳躍、疾走で放つ飛び蹴り、しかしその一撃は平凡にあらず。
これまでも繰り返したその一撃、右足に宿る渾身の力が記憶を呼び覚ます。
名前も知らない、顔も見えない英雄たち、しかしそのどれも共通して言えることがある。英雄のフィナーレはいつだってそう、天から放つ華やかな必殺技と相場が決まる。
放つ技はダークネスブレイク。四肢に宿した魔力を炸裂させる強撃、しかし今はこの名を
「!!…………ゥォ………ルグォオッ」
「消えろ、僕の……勝ちだ」
心臓の位置、そこからさらに蹴りを振り弾く。紋章と共に後方へ倒れ伏すキマイラ・オクスは熱を帯び、臨界を越えたエネルギーが炸裂、膨大な爆発が起こる。
ダンジョンを揺るがす衝撃。煙は流れ、魔石とドロップ品を前に立つベル。ゆっくりと、その異形の殻が剥がれ落ちていく。
「……ベルッ!」
咄嗟に駆け寄る、倒れかけるベルを抱えるアイズ。その背後にはフィンたちも
「!」
囲う皆からベルをかばう、意識はなく、薄汚れた少年が気を失っているのみ。
そんな光景に絆されたわけではないが、フィンは一歩アイズのもとに膝をつく
「大丈夫、君には手を出さない。」
頬に触れる。ステンドグラスの文様はない
「警戒しなくてもいいよ。その子をどうこうするつもりはない。第一、僕らは遠征の途中だよ。」
「あっ」
「うん、本当に忘れてたって顔だね。とにかく、その子と彼女を連れて地上に預けよう。今はそれでいい」
けれどと、最後に強く言い含める。
「いつかは事情を聴く、こんなこと、今までにない例だ。ファンガイアといったね。彼が…………いや、彼らがオラリオに何をもたらすか、要注意で行こうじゃないか」
〇
ーオラリオ、旅人の宿ー
「おや、おやおや……これはまた」
来客、普段であれば誰かを通すものだ。それが、そのホームの主神となるなら。
……まあ、人払いをしたのは俺なんだけどな
来客、とはいえ部屋にもいない。自分が座る窓際の席、その外に彼はいる。
「久々に会いに来たと思えば、顔ぐらいは見せてほしいな、タイガ」
「…………ッ」
「怒るなよ、神の戯言だ。どうせ聞きたいのは、ルークの牙を渡したことだろ。いいさ、お叱りは受けるよ」
「……ヘルメス」
名を呼ぶ。そこには焦りも嘲りもない、ただ静かに、その意思は静謐な殺意を抱いて。
「……ベル君が成長したのはいい成果だ。君が望むように、彼は確実にそっちがわに寄っているよ。」
「……お前は何を望んでいる?」
問いかける
この男、タイガにとって最大の目的はベルの覚醒、そしてそれはファンガイアの血をもってなされると踏んだ。
その結果、意図せぬ脚色はあったが最後にベルは成った。ファンガイアの姿を己自信で選び掴んだ。しかし、これが終わりではない。
故に暗躍は終わらず。その為にも、不安の種は事前に消す。
「もう一度聞かせろ。貴様の願い、それは本当に、四大クエストの達成と、まだのたまうのか?」
「当然、だってそれがこの世界の大望だ。今さらそれを覆さないさ。」
「…………」
……やはり答えないか。食えない男だ
ジャコーダをしまう。元々本気で神に手を下す心得はない。タイガは姿を消す。
……好きにするがいい、だが最後の舞台に立つのは、この俺だけだ。
× × ×
「……行ったか」
姿を消した。念のために窓を開け、外を見るがそこには誰もいない。誰かがいたという、そんな事実からそもそも無いとばかりに
「変わらないな、君は」
かつての記憶、ヘルメスはその手に掴むのは友の絆。
……これを見せれば、君は憤るのかい、タイガ
懐にしまう、少なくともまだこれの出番はない。どうせなら、それにふさわしい舞台を作らなければ。
「さて、ベル君はファンガイアに目覚めたし、そろそろ俺も本格的に動くか。」
フレイヤとタイガ、ゲームメイカーは二人だけではない。傍観者が手を伸ばす、神代の頃から天に居座る者はみな傲慢で、そして理想論者だ。
目指すべきはかつての再来、過去でも未来でもない、それは本来在ることすら知り得ない、別の世界の英雄譚。
「すまないタイガ、俺は君に嘘をついた。」
目指すゴールは違う、ヘルメスが目指すのは英雄の復活ではない。それは言わば、英雄達の創成
「…………俺は君たちを忘れない。許してくれよ、俺は退屈が嫌いなんだ。なぁ、オトヤ」
次回からは新章です。キバに変身させずについにここまで、しかしこれ以降はどうなるか
次章はまた当分先になる見込みです。もしかしたら衝動で書くかもしれませんが。