牙持つ兎の英雄譚   作:37級犬築士

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第四話 土下座

「あの、あの時は急に逃げ出してすみません!!」

 

「……で、それはなんだい」

 

「はい、昨日の代金、もし足りないなら色を付けてお返しします。」

 

 そう、僕は今日、ダンジョンに行く前に豊穣の女主人に立ち寄った。

 

 あの時払えなかった料金そしてその謝罪。正直、ここに来るまで精神的にとてもつらかった。けど、シルさんとせっかく築けた縁だ。だから、僕はもう一度ここに来た。願わくば、またここで料理と酒を、シルさん達に会えることを望んで。

 

「まぁ、金を払うってんならいいさ」

 

 もし来ないなら、こっちからけじめをつけに行くと、おそらく本気なのだろう一言に僕は背筋が凍った。

 

 威圧感が常に絶えない人だ。ミア母さんの横で、シルさんが心配そうに見つめる。

 

「あの、あまり謝らないでください。……その、事情もあったんですから、私にはこれ以上悪く言えません。それに……またここにきてくれて、それだけで私は嬉しいです」

 

「そ、そんな……えっと、ぼくなんかで、その……って!」

 

 シルさんの上目遣いでたじたじになっている所、急に棒で殴られるような衝撃が走る。

 

「ははっ、シルに感謝しなよ。武闘派ぞろいのあの子たちを説得したんだ。あんた、そのことを忘れなさんな」

 

 それに、と

 

「……坊主、冒険者なんてのはカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初のうちは生きることに専念すればいい。みじめだろうが何だろうが、最後まで生きて立って、そんで帰ったらうちのっ店で酒を飲む。それで十分さ」

 

 がしがしと、豪快な手で乱暴に頭を撫でられる。少し首が痛い気もしたが、けれど親がいない僕にはちょっと嬉しかったりもした。

 

「あの、ベルさん。これ」

 

「これ、お弁当ですか」

 

「ええ、今日もまた、ダンジョンに行かれるんですよね……貰ってくれませんか」

 

「………」

 

 少し頬を染めて、恥じらいながら上目遣いで渡してくる。

 

「ええ、じゃあ、貰っちゃいます。」

 

 鼻の下が伸びていたのはまぁ仕方ない。僕が弁当を受け取るとこれまた嬉しそうに体を揺らし、僕に微笑みを向けてくるのだ。

 

 やっぱり、ここに来てよかった。

 

 

 

 

 その後、僕は豊穣の女主人を後に、またダンジョンへと足を進めた。

 

 

「……!!」

 

「キシャァアアアァア!!」

 

 断末魔と共に、トカゲ型のモンスター、ダンジョンリザードにとどめを刺す。

 

「!?」

 

 背後のゴブリンがまるで同胞の敵を討たんと、背後から奇襲をかける。

 

「……っ!」

 

 振り返りざまに、あえてナイフを使わず回し蹴りで敵のアギトを穿つ。迎撃を食らい失速したゴブリンに続けてとどめを放つ。

 

「……っ!!!」

 

 逆手に突き刺したナイフは敵の喉を貫き、欠片のドロップアイテムと魔石だけを残して霧散した。

 

「…ふぅ、よし。」

 

……強くなってる。前よりも、ずっと

 

 肉体のスペック、その上昇を改めて実感する。第四層の敵を相手にし、今のところ全くの苦戦もしていない。疲労も薄く、今ならまた第六層にも行ける気がする。

 

 だが、今朝の約束がある以上、当然ベルも控えるところは控える、今こうして安全な戦いの中で自身の成長を確かめるのも大事なことだ。

 

……荷物が重い。バックパックを新調したほうがいいかな。

 

 以前とは違い、戦闘効率も上がって獲得アイテムの量は一層増えている。効率がいいのは自身の戦闘スキルが上がったことに加え、ベル自身にもちょっとした変化が表れていた。

 

「………!」

 

……聞こえる。この音

 

 アイテム拾いを中断し、ベルは持っているナイフを急に明後日の方向へと投擲する。

 

「ギシャアッ!?」

 

 天井で息をひそめて気配を殺していたダンジョンリザード。彼らは掌の吸盤を使い、壁面や天井に張り付くことができる。だが、器官の一部を切断され、吸着力が足りず自重に任せて墜落する。

 

 敵は手負い、落下中は隙だらけ。だが、投擲したことで僕には武器が無い、だが

 

「……っ!!」

 

 敵の落下に合わせ僕は駆けつける。足を止め間合いを測る。

 

 目標は奴の頭、急所である部位に、僕は下から掬い上げるように足を叩き込む。首が折れ垂直に背後に首を曲げられたリザードは断末魔を上げることもなく消えていった。

 

 

「……っ、はぁ……よし!」

 

……動く、体が思い通りに動いてくれる。

 

 戦闘を繰り返す中で、ベルは自身の感覚が鋭利に研がれているのを実感した。

 

 以前に比べ、ベルの聴覚、そして反射と肉体強度、これは以前にもまして別物といてもいいほどの変化ぶりだ。

 

 周囲の環境音、その中に混じる生物の鼓動、それをつぶさに感じ取ることで今のようにモンスターへの奇襲率が格段に上がった。

 

 戦闘にしてもそうだ。接近戦で打撃や蹴りを利用することはあったが、少なくとも以前はこんなに主だった戦術の手札になりえるほどではなかった。いい所で牽制、下手をすれば自身にもダメージがいくはずだった。

 

「……これが、成長なのかな」

 

 神さまが言っていた、自分は成長期にあると。なら、その機会を最大限に今は活かそう。

 

 

 

 

 

 それから僕は二度三度の戦闘を経て、手持ちの魔石や素材がいっぱいになり、取り合えず地上へ戻ることにした。らせん階段を抜けると、辺りは人工的な匂いに溢れ、日常への帰還を実感する。

 

 その後ベルはギルドで換金を済まし、ホームへ帰宅するわけだが。

 

「……ただいまー。神さま、いませんか?」

 

 部屋の明かりを付けて辺りを見渡す。しかし、部屋のどこにも人の気配はない。

 

「……」

 

 今日の朝、ヘスティアはベルに今夜から二~三日家を空けると言っていた。

 

……確か、怪物祭の懇親会、とかだよね。今頃、どうしているのかな……?

 

 結局、ヘスティアはホームに帰ることは無く、ベルは一人で夕食を終え、部屋を後にした。 

 

 部屋を後にしたベルの行き先は外、ではなくその上の教会の一角、祖父の遺産、鉄の二輪だ。

 

「………。」

 

 二輪の前に陶器の盃を置き、そこに葡萄酒を注ぎ、手を合わす。

 

 今となってはこの二輪だけが、祖父とのつながりであり、時折こうして故人と向き合うため、二輪を墓石の様に使っていた。

 

 祈りを終え、盃の酒をあおり、もう一度布をかぶせようとする。

 

「………。」

 

 月明かりを照らす光沢を持ったその造形、鋼の手綱にレッドワインの装甲、中心部の複雑な機関は未だにその設計や仕組みに理解を追いつかせない。

 

 この乗り物は結局何なのか。最初、僕はこうした乗り物はきっとオラリオのような近代的な都市でのみ見られる、そういう類と考えていた。だが、いくら街を探しても、これに類似する乗り物はもちろん、魔道具すら見当がつかない。

 

……お爺ちゃん

 

 ベルはもう一度バイクにまたがる。挿しっぱなしのキーを回し、もう一度起動させようと試みる。だが

 

 

 以前と変わらず。数回うねりを上げるだけで、また音は消沈する。

 

「……はぁ。」

 

 この街に来るまでの旅路、村の人に託され、試行錯誤するうちにどうにか走ることと止まることを習得した。最初は生傷こそ絶えなかったが次第に走れるようになり、舗装された直線を駆け抜けるときなどまさに感動ものだった。

 

 風と一体になる感覚、それはきっとこれに乗ったものにしかわからない。だが、それをもう一度叶えるのは

 

……一度、誰かに見てもらえば

 

 だが、見せると言っても誰なのだ。安易にこれを知らしめて、また盗難にあうなんてのはもってのほかだ。

 

「………」

 

 わからないこと知らないこと、目の前の課題がなんて多い事か。けど、だからといって止まるわけにはいかない。いつか強くなって、もっとお金を稼げるようになったら、きっとこれを直してくれる信頼できる人にだって出会えるはずだ。

 

「……」

 

 そのまま、僕は座席に跨ったまま、前に持たれ寝落ちしてしまった。

 

 

……夢を見た。

 

 草原の中、また僕はこの二輪に乗って風と共に走り抜ける。その背中には可愛い女の子がいて、それが誰かまでは判別できなかったけど、けど、また乗れる機会が来るなら、それは素晴らしく素敵な考えだと、夢見ながらに僕は確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ヘスティアは

 

「ふんっ、僕にそんな貧相な胸、二度と見せるんじゃないよ!」

 

「うぅ、うるさい…ボケッ!ボケエェッ!!」

 

「はぁ、まったく。貴方たちって本当に仲がいいのね」

 

「ちょっと、フレイヤ。今の光景を見てどうしてその言葉が出るのさ」

 

 現在、ヘスティア達はガネーシャファミリアのホーム「アイアム・ガネーシャ」でパーティーの真っ最中だった。

 

「ほんと、見てて飽きないわ。」

 

「まぁ、それは私も同感ね。ロキ、地上に来て変わったもの」

 

「ええ、やっぱり子供たちの影響かしら。そう言えばヘスティア、貴方、確か下界の子供を一人、ファミリアに入れたんですってね」

 

 質問の矢先がヘスティアに向かう。

 

「………。」

 

 目の前にいる女神フレイヤ。美をつかさどる彼女はその肩書の通り見る者を全て魅了させんとする美貌を持ち、大胆に胸元を開いたそのドレスには同性の僕であってもつい視線が奪われてしまう。柔和な笑顔を向けて、自分に話しかける。けれど、それだけ印象がいいのにかかわらず僕にはこの神が苦手でならない。

 

 

「……そうだけど、別に君には関係ないだろ。」

 

「あら、別に取って食おうなんて思ってないわ。単に好奇心よ、貴方がそこまで肩入れするその子供、一度会ってみたいものね」

 

「………。」

 

「そうね、確かに。ずっとダメ人間だったあなたを変えた子供、いったいどんな子なのかな」

 

「へ、ヘファイストス~。」

 

 教えなさいよー、と肩を揺らされ、頭を撫でられ、もみくちゃにされしぶしぶヘスティアは告げる。

 

「……名前はベル・クラネル。14歳で身長は僕より少し高いぐらい、見た目もかっこいいよりはかわいい、白髪でルベライトの瞳で、言っちゃえば兎みたいな子だよ。」

 

「へぇー、なんだか聞いてるだけで可愛いわね。こんど家に連れてきなさいよ」

 

「……勘弁してくれよヘファ、君までライバルになると僕は困るよ」

 

「……。」

 

 一人押し黙るフレイヤ、少しにやりと笑みを浮かべる。その顔は美の神というには少し不気味さが伴う。

 

「……ねぇ、ヘスティアそのベルって子……」

 

「……なんだい何が「種族は…何?」……!?」

 

 思わず声を上げそうになる。まさか、いや誰にも言ってないはずだ。……でも、なんで

 

 

「………もう、そんなに警戒しないで。久しぶりに話だもの、ちょっと話を長引かせたくなっちゃっただけ。でも……そろそろお暇させてもらうわ」

 

「!!……そ、そうか。そうだね、でも……もういいのかい。パーティはまだ」

 

「ええ、もう十分。それに、ここの男はみんな食べ飽きたから……!」

 

それと……気になることは十分確かめたし。………ボソッ

 

「?」

 

「なんでもないわ、それじゃ」

 

 

 辺り一帯の男神たちを一斉に凍り付かせ、フレイヤはそそくさと小さくなった背中を押してどこぞへと去っていった。

 

……すげぇ。

 

 こういう所は素直に感心してしまう。女としての器量の違いには嫉妬を超えて感服しか出てこない。

 

「ほんと、すごいわね相変わらず。で、どうする、向こうで適当に飲みなおさない……?」

 

「……いや、それはいい、実は」

 

 今日、この酒宴に来た目的。それは何もただ飯を食らいに来て、その余りをタッパーに詰め寄るだけじゃない。

 

 ここからが本題だ。

 

「……ヘファイストス、君に頼みたいことがあるんだ。」

 

「………なに、要件次第では知り合いの縁を切るわよ」

 

 ヘスティアはこのヘファイストスに何度も迷惑をかけた。けど、今日だけは違う、この頼みだけは

 

「君に、君個人に……武器の製造を依頼したい!」

 

 

 

 

「……で、あなたはいつまでそうしているの」

 

「………もちろん、僕の頼みが、君に届くまで……。」

 

「………はぁ、あなたねぇ。そもそも、昨日から何やってるの?なんなのよ、その格好?」

 

「土下座。これをすれば何をしたって許されて、何を頼んでも頷いてもらえる最終奥義…ってタケから聞いた」

 

 

………ああ…余計な面倒を吹き込むんじゃないわよ。

 

 心の中で旧知の知り合いに悪態をつく。昨日この土下座を会場で披露され、そして今自分はホームの自室で仕事に戻っている。なのに、この神はずっとここで土下座を続けている。

 

 少しすれば、おなかでもすけば弱音を吐くだろう、そう軽く考えていたがこの子は本気だった。その理由は…

 

 

 

「……ヘスティア、教えてちょうだい。どうしてあんたがそうまでするのか」

 

「……あの子の力になりたいんだ!今彼は変わろうとし、高く険しい道のりを走り出そうとしている!だから欲しい!あの子を手助けできる力を!あの子の道を切り開ける、武器を!」

 

「あなたが言っていたファミリアの子供ね。でも、いったいなんでそこまで固執するの?子供を思う気持ちは私にもわかる。聞かせて……いったいなにが、その子供になにがあるの?」

 

 

 ヘスティアは視線を床に縫い付けたまま、ヘファイストスの方を見向きもせずに言葉を続ける。

 

 

 

「……何もしてやれないのは、嫌なんだよ…。あの子は純粋で、けど……危ういんだ。だから、せめて」

 

 

 消え入りそうな弱弱しい言葉、ヘスティアと長く接した自分だがこの子がここまで感情を吐露している姿は見たことが無かった。

 

「……」

 

 ゆっくりと二日間頭を下げ続けたヘスティアが面を上げる。感情でぐしゃぐしゃになった情けない顔、けれどその眼は

 

「あんた……!?」

 

「あの子のために、どうか武器を作ってください!……どうか、お願いします……!!」

 

 我が子のため、恥も外聞も捨てて、嘘偽りのない思いを見せる姿に 

 

「……わかったわ。作ってあげる、あんたの子にね」

 

 ヘファイストスは折れたのだ。

 

「……!!!?!?」

 

 了承を得た喜びで目や鼻から大量の洪水が起きているヘスティアに、ヘファイストスは肩をすくめて笑いを浮かべる。

 

 

「でも代価はちゃんと払うのよ。何十年何百年かかっても、絶対にこのツケは返済しなさい」

 

「わ、わかってるさっ、僕だってやるときはやるんだっ。ああいいとも、いいともさ、ベル君へのこの愛が本物だって、身をもってヘファイストスに証明してあげるよ」

 

「はいはい、楽しみに待ってるわ」

 

 

 胸を張って見せるヘスティアの言葉を話し半分に聞きながら、ヘファイストスは壁に付けられた棚の中からひとつのハンマーをとった。

 

「ねぇ、さっきあんたが言ってたこと」

 

「…?」

 

「あんたの子、危ういって言ってたけど、何か訳ありなの」

 

「……!?」

 

 少し考えた、けど

 

「ごめん、君は友神だけど……それは」

 

「……まぁいいわ。あんたのことだから悪だくみとかじゃないんでしょ。」

 

 書籍の棚の一部を押し込む。すると、仕掛けが作動し、もう一つの部屋が表れる。

 

「さぁ、打ってあげるから……あんたも手伝いなさいよ」

 

「!?……ま、まさかヘファイストス、君が打つのかい?」

 

「当然よ。これは完璧にあんたとの私情なんだから、ファミリアの団員を巻き込むわけにはいかないわ」

 

 部屋一面に火がともる。魔石由来の機能なのだろうか。大小分けられた竈に火がともされ、まるで主の意思をくみ取り、部屋のすべてが彼女の意に従おうとしているような。

 

……まったく、駆け出しの冒険者に持たせる武器なんて、難解な要求ね。

 

「……まぁ、やるようにやってみるわ。さぁ、あんたも手を貸すのよ。」

 

 

 

 

次回に続く

 




次辺りから楽しくなる予定。
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