ヘスティアがホームを出て二日目
「おーい!」
「!?」
「おミャーはシルのお気に入りニャね?…今日はいったいなにしてるニャ」
「…えっと、それは」
「?…なんかあやしいニャァ。それ、その布で隠されたそれ、一体なんニャ?」
「!?……そ、それはその」
「ははーん。…さてはいかがわしいものニャ。年頃の雄が隠すモノなんて大抵そうニャ。さぁ、おねぇさんに見せるるニャア!!」
「!?…えっ、ちょ、やめてください!いかがわしいものなんてそんな」
「うるさいニャ!店番で暇してる時に見つかったのが運のつきニャ、いいから見せるニャ!!」
無理に布をはぎ取り、ベルは押していたそれ事地面に倒れる。
「さぁ、坊主の秘密を拝けってぎニャァアア!!?」
「全く騒がしいと思ったら。すみません、うちの……アーニャが」
「……い、いえ。…………そこ、ありがとうございます……えっと」
猫耳のウェイトレス、アーニャとかいう人のしっぽを掴んでいるエルフの女性。確かシルさんとも親密な…
「…リューです。そういえば名前ご存じでなかったんですね……その……クラネル氏」
リューさんの視線が一点にそそがれる。
「あの、これは「いかがわしい物ニャ、きっとそれにはエロエロなギニャァア!?」……これはいったい」
見られては仕方ないと、ベルは二輪を起こし、その姿をあらわにする。
「…………これは乗り物です。僕の祖父から譲り受けた……形見みたいなものです」
「乗り物……?」
いぶかし気にその全貌を見つめる。中心の重厚な機構に興味を示すが、当然それが何かはわからない様子で、だが車輪の部分に手を触れた瞬間、まるで何かを察したようにはっとした顔を示す。
「拷問、器具……!?」
「ニャにっ!?」
「………なんでそうなるんですか」
取り敢えず僕が隠れたサディストだという誤解を解き、目的地にへと足を進める。
……誤解、解けたかなぁ………
〇
「ああ、よくぞ来てくれた。しかし、一体急に押し掛けてきたと思いきや……これまた」
「はい、今日はその…調べてほしいものがあって」
場所はミアハファミリアの工房スペース。
奥に居るケモ耳の女性はナァーザ。ミアハ様は笑顔だが急な来訪であちらは少し不機嫌だ。
「……ベル、仕事の邪魔。うちはガラクタの買取はしていない。」
「まぁいいではないか。仲の良いファミリア同士、頼みごとの一つぐらい受けられなくてどうする。して、ベルよ…これはいったい……?」
「あ、はい……今見せます」
僕は二輪の布をはがしその全貌を晒す。
「!!……これは」
「……!?」
二人の目が変わる。無理もない、最初は僕も不思議でならなかった。光沢を帯びた金属質のそれはまず見た目が良いのだ。重厚なその存在感に洗練されたようなデザイン。工業系のファミリアに携わる彼らにとって、おそらく目を引くものなのだろう。
「なぁ、ベルよ……」
「はい、これはですね……」
「お主、この拷問器具どこで」
「ベル、サディスト、変態」
「だからなんでそうなるんですかってっ!!?」
車輪なのか、車輪が悪いのだろうか?
「なんだ、違うのか?…ではいったい」
「……これ、車輪がついているのは乗り物だからです。僕はこれに乗ってオラリオに来たんです。」
「!?……これが、確かに座席のような部分と手綱のようにも見えないこの部位……いやはや」
「ベル、嘘はいけない。二つしかない車輪でどうして前に進むっていえるの」
「えっと、それはその……慣れればそれが普通というか、これは二つで正解なんだって……」
苦しい説明だが、構造を知らないベルにとっては主観の抽象的な説明しかできないのだ。
「…荒唐無形だが、なるほどおもしろい。急な来訪にも合点がいった。神である私には嘘は通じないし、そして信頼ができる相手でモノの製造に携わる伝手で、そこでここに来たわけか。」
「……はい、その通りです。僕は本当にこれに乗って、でも今は動かなくて」
「……うむ、せっかくだ。これについてのこと、隅々まで話してくれ。乗り掛かった舟だ、私もこれに興味が出たよ。」
「!……はい、では……そもそもこれを僕が手に入れたことから……」
〇
ベルは語った。二輪のことについての詳細を話すつもりが段々と話すことがなくなり次第にこれを譲られた経緯、祖父についての話にかたむいてしまった。
「………なるほど。お主も大変だったんだな。」
「いえ、終わったことですし、それに今はこれが祖父の形見です、ちゃんとお酒も備えて、いつもお祈りしていますから」
「ほぉ、ベルは偉いな。お爺さんも誇り高いであろう」
そう言いながら、ミアハはベルの頭を撫でる。話の中で孫にでも見えたのだろうか。さりげない優しさが嬉しくあるのだが、奥でこの世の深淵を全て詰め込んだような眼光を向けるナァーザさんが死ぬほど怖い。
「!?……あの、それで何かわかりましたか?……その、どうやって動くかどうか」
ミアハの手から離れ、問題をそらすように二輪の話に変える。だが
「………」
拗ねた影響か言葉は発しないが、頭を横に振って否定の意を示す。
「……そうですか」
薄々予想はしていた。そもそも薬剤調合が生業なのだ。無理なお願いを押し付けたかもしれない。
「あの、すみません無理を「でも、ちょっとだけわかったことが、ある」……!!」
「ナァーザよ、それはまことか」
「……」
物静かに、そっと二輪の動力部に触れる。中央の複雑な鋼の機関、乗り手のベルにはそこに何か秘密があると先ほどのミアハへの説明で触れたが
「正確に言えば、これがどういうものかって、抽象的な答えだけ。これがいったいどういう理屈で動いてるか、魔石なのかそれとも魔力なのか、私にはわからない。」
けれど
「私も作る側だから、わかることはある。これは鍛冶師が作る武器や防具と同じ、生きているモノ」
「……生きている?」
疑問を浮かべるベルにかまわずナァーザは続ける。
「鍛冶師が作る剣と一緒、作った剣は確かにただのモノ、けれど人がモノを選ぶようにモノにだって使うものを選ぶことはあるの……一流の武器ならなおさら。」
「……これが、生きている……。」
「……うん、少なくとも、私が冒険者だったころ………触れて見続けた武器や防具、これはそれと同じ類……だから、これは生きている。もし、これに乗れないっていうならきっとそれは……」
ナァーザの視線が自分に向けられる。
「もし、これをもう一度動かすなら。それはあなた次第」
「………」
僕が、原因……でも
視線を移す。その乗り物は何も語らず、そのばでただ存在するのみ。乗り物として見なかったそれが、今はより異質に見える。
「……偉そうに言ったけど、結局私の主観だから、その……」
こちらが思い悩んでいる様子に気を使ったのか。ナァーザはすこしもじもじといたたまれない様子で接してくる。
「いや、そんなことはない。お主はよくやってくれた」
そう言い、ミアハはナァーザの頭に手を置き先ほど自分にしてくれたように頭を撫でる。
「!!!」
表情を見せず、じっと動かずにいるが、そのスカートの後ろがやたらと揺れ動いていることからその喜びようが見えてしまう。
「………。」
……なんだろう、場違い感がすごい。
取り合えず、もう聞けることはなさそうだし。……帰ろうか
「あの、ぼくそろそろ。ダンジョンにもいかないといけませんし、お暇を」
二輪に布をかぶさせ、僕は去ろうとする。
「!……あぁ、ベルよ。言うのを忘れるところだった」
そう呼び止めるミアハ、ちなみにまだ撫でる手は止めていない。
「……いやなに、明日の怪物祭の出店でな。お主もヘスティアと行くのだろう。」
「……?」
……怪物祭、確か
〇
ベルはその後、ミアハの店を後にし、ホームに二輪を置いた後ダンジョンに向かった。
すでに昼過ぎで、人の往来もまばらな時間帯。ダンジョンの入り口も人の行き来は少ないはずだった
「……なに、これ」
だが、そこは冒険者やらギルド関係者やらで、人込みと大きな物資に溢れていた。特にその物資は
…ガシャンッ!ガシャンッ!!
箱の中では金属がこすれぶつかる音が響く。ミアハから聞かされた通り、その中身は
「ダンジョンで捕獲されたモンスター。明日のショーで使うものだけど、相変わらず手続きやら申請で、こっちは大変なのよ」
「!……エイナ、さん」
「やぁベル君、元気に冒険してるかい……!」
「エイナさん!えっ、どうも……あの、良いんですかお仕事は」
「うん、仕事の引継ぎが終わったからね。ベル君は今からダンジョン?」
「ええ、そうしようとしたら、その」
視線を移す。大がかりな昇降機で運搬される大きな箱、その中身は
「なるほど、来たばっかりのベル君にははじめてだよね。普通モンスターはダンジョンから出さないもの。けどこれは別、ガネーシャ様たちの計らいでね、市民たちにモンスターの恐怖を当てないよう、こうして娯楽の場を作ってくれるの。さすが、民衆の神様々ね。」
「………ええ、確かに」
モンスターのテイム、それは高等な技術で、すくなくとも凶暴で適性の高いダンジョンのモンスターにはあり得ないもの。それを成すのはやはり大規模ファミリア故なのだろう。
「……で、ベル君は明日どうするの。」
「……祭りに行くかってことですか」
「うん、私は仕事があるけど、休憩時間とかならね、いっしょに回るのとか……ね」
「……それは」
エイナさんの誘い、正直エイナさんはとても魅力的でとっても素敵なお姉さんだ。だけど
「すみません。…僕、神様と……その」
ミアハ様に言われた明日の怪物際、出店に来るよう言われた時から僕が思ったこと。行きたいのはやまやまだが、やはり神様のこともある。
だから、判断は神様にお帰りなさいを言ったあとだ。
「…じゃぁ仕方ないか、それじゃあヘスティア様によろしくね。」
「はい、……さようならエイナさん。あと、いってきます」
「うん、いってらっしゃい。無理はしないでね……!」
そうして僕はエイナさんに笑顔で見送られたのち、ベルはダンジョンに向かう。午前中を用事に割いた分遅れを取り戻そうとそれはもう張り切った。
〇
帰宅、時刻は既に深夜。
「はぁ、ちょっと、頑張りすぎたかな……。」
バックパックを変え、多めに入る分調子に乗って長く潜り続けたのだ。収入はそれなりにいったが、結局家に帰るころには日付を跨いでいた。
疲労もあり、ベルは倒れるようにソファに倒れ込む。
「……。」
ベッドの方を見やる。だが、そこには誰もいない
……神様、帰るのは明日かな
できるなら、明日の祭りを行く約束を取り付けたかった。だが、これで明日の予定は取り消し、これならエイナさんの誘いを受けるべきだったか。
……神さま
ミアハ様に言われたからだけじゃない、日頃の感謝も込めて、僕は神さまをねぎらいたかった。今日の収入も明日を思ってこそ頑張りであり、けれどもそれも今となってはむなしい。
「……」
瞼が重い、直前までろくに食事もせずに戦い続けたせいだろう。
「…………」
意識が解ける。前後の感覚もおぼつかず、精神が黒い液体になって融解していく。
………………。
……あれは
今日のこと、あの二輪についてナァーザさんが言ったこと。
……これは鍛冶師が作る武器や防具と同じ、生きているモノ
……もし、これをもう一度動かすなら。それはあなた次第
「………」
目が覚める。僕はふと夢遊病のような足取りで扉を抜けてうえにあがる。教会の中、一角に鎮座された鋼鉄の二輪
「……これが生きている」
ワインレッドの肌に触れる。夜の空気に当てられ冷え切ったそれは、触れてもこちらの体温を奪うばかりで何も答えない。当然だ、答えを求めてそれが帰ってくる。そんな都合のいいことがあるわけがない。
「……はぁ、もう寝よう。今はバイクのことより…神様……」
ホロを直し、僕は踵を返す。扉を開けて部屋に戻ろうとする。
だが、すんでのところで僕は立ち止まった。
「バイク……」
僕は今確かにその言葉を口にした。だが、なぜなんだ
……なんで、僕はこれが………この乗り物の名前がバイクだって、知っているんだ……!!
バイク、そうだ。これはバイク……。思い出したわけじゃない。聞いたことがない、作ったわけじゃない。なのに
……僕は、この乗り物が……バイクという乗り物だって、知っていた……!!
「――……っ!!!?」
突然、ベルの頭の中で刺されような痛みが駆け抜ける。
「――――!!!!?!?」
あまりの衝撃に、ベルは頭を抱えたまその場でうずくまる。
「……がっ、あぁ……!!?」
次第に痛みは顔の表面に走り、顔中にやけどのような痛みが走る。
「!!!?!?」
声が出ない。痛みもそうだが、何かが僕の表面から剥がれていくような、そんな錯覚のような感覚が僕をとらえて逃がさない。
しかし、なぜかこの感覚が体の自由を奪う一方で、思考だけは反比例するようにクリアーになる。
……ふと、自分の中で芽生えた存在しないはずの知識。その出どころは
「……!!!!」
光景が浮かぶ。赤黒い空、枯れた荒野を走る何か、それは人の視点というには少し低い
……これは、もしかして
動けない体でベルは視線だけを向ける。その先にあるモノ、自分がバイクと気づけたモノ
……これは、こいつの
地面を砕き、砂をまき散らしながら駆け抜ける映像。崖を超え、天を向いたと思いきや、その視点は急激に横に振り回され、最後は首を傾けるように斜めのまま静止する。
「………!!」
何かが降りる。こいつに乗っていた人物なのだろう。足に鋼の鎧がまかれ、鉄がこすれる音を鳴らしながら、そいつはその場でしゃがみ、こっちをまるで慈しむようなしぐさをしていた。
僕はそいつの顔を見た。だが、その表情は全く見えない。いや、見ることはできない
「………。」
かすれる意識の中、最後まで映像を記憶にとどめようと集中を続ける。バイクと同じ、光沢をもった銀とワインレッドの装甲、顔のほとんどを占める黄色い眼光を放つ仮面
………。
男はまるで別れを告げたようにその場を去る。こいつを、僕を置いて
何故だろう、僕は知っている。
イヤ、シラナイ
あいつは、僕のことを
アイツハ、ダレモミテイナイ
アイツヲユルスナ
イシヲウケツグノダ
ヤツハ、ワレラ
ファンガイア ノ テキ
〇
……朝日がまぶしい。
「………。」
眼を開ける、眼をこすり、視界を晴らすと
「……教会、どうして………てっ!」
硬い床で寝たせいか、錆びついたような肉体に無理を聞かせ、なんとか体が動く。
「………ぼく、確か」
記憶をたどる、確か僕はここで……。
ふと、横にあるバイクを見る。確か、昨日の言葉を思い出して
「………。」
……何か、あったのだろうか。
いまいち、記憶がおぼつかない。大事なものを見た気がする、けど
「………」
思い出したくない、それが本音なのだろうか。あまりこのことを掘り下げたくないと、本能が言っている。
「…………あれは」
……コンコンッ!!
「!」
………もしかして!
腰をあげ、玄関にかけより扉を開ける。
「やぁ、ベルよ。昨日ぶりであるな」
「…………」
「……なんだ、その微妙な顔は。もしや、間が悪かったのだろうか?」
「……いえ、ミアハ様。その」
⚪
時刻は昼頃、すでに闘技場では祭の出し物が開かれているらしい。
ミアハたちは午前中に出店の商品が完売し(ミアハに対する熱烈な女性客によって)、暇になったのことで僕と神様を誘いに来たとのことだ。
だけども
「…………なるほど、ヘスティアはまだ帰らぬか。」
「はい、今日中には帰るはずなんですが……」
「うむ、そうか。」
考えてみればおかしい。いくら神々が遊び好きとはいえ、あの人がこうも音沙汰がないのはおかしい。
「まあ、ヘスティアのことだ。酔いつぶれて店でも宿にでも止まってるやもしれん。取り敢えず、ベルはここで」
『あの女は、ここには戻らない』
「!!?」
不意に背後から声が聞こえた。ベルが振り向く、教会の奥、バイクの横に誰か、影に隠れてよく見えないが、そこには全身にローブをまとったなにかがいる。
「!?……誰だ!」
本能的に僕は身構える。護身用のナイフを抜き、ミアハ様の前に立って切っ先を突きつける。
『ダイダロス通り、そこに行け。』
男はこちらの意見を無視して一方的に要求を告げる。
僕はナイフを前にジリジリと相手の距離を縮める。
「あなたは誰だ、いったい何が目的だ!」
ゆっくりと、ローブの中で男の手が動く。一挙手一投足に目を離さず、相手の動きを捉えようとした。だが
……ヒュンッ!
赤い光を放つ剣が僕の喉元に突き立てられる。
「!!?…………くっ!」
……見えなかった。こいつは、いったい……!!
今度はジリジリと逆にこちらに近づく。男が近づくにつれ天窓の光が近づき。男の顔に光が入る。
後ろの二人には見えない、ベルの位置にだけその男の顔が映る。
「ーー……ッ!!?」
顔の大半を占める蒼い尖った眼光、額にはステンドグラス状の宝石を埋め込んだ仮面の容貌
ベルの記憶が蘇る。自分はこれに似たものを見たばかりだ。色彩も意匠もちがうが、その存在はこの上なく酷似しているものがある。
男は淡々と告げる。感情もなく、まるで死を宣告する死神のように男は言葉を繋ぐ。
『繰り返す。ダイダロス通りに今すぐ向かえ、さもなければ
お前の神は…………死ぬ』
次回に続く。
というわけでは初ライダー回です。最後の男はいったい誰なんですかねぇ。