異界の太極・外伝――異世界を赤く(紅く)染め上げて 作:夜叉烏
こんばんは。夜叉烏です。
ソユーズ級vsグレードアトラスター級の水上砲戦です。
「砲術!まだ撃てないのか!?」
「駄目です!完全に射程外です!」
戦艦『グレードアトラスター』の艦橋に、ラクスタルの怒号が響く。
次いで、敵戦艦からの砲撃――40センチクラスと思われる――が着弾し、前甲板へ自動車が丸ごと入りそうな大穴を穿ち、敵へ向けている左舷側の高角砲や機銃の何基かが吹き飛ばされた。
一撃で致命傷を受けるようなことはないが、既に傷ついた艦体は軋むような音を上げ、まるで痛みに悶えているようだった。
主要防御区画の装甲もどこかしこで貫通され、艦内区画のいくつかでは火災が発生し、応急班が消火作業にあたっている。
ソヴィエツキー・ソユーズ級の主砲である1937年型40.6センチ砲は、グレードアトラスター級の45口径46センチ砲に比べればささやかに思えるが、50口径の長砲身砲であるため、装甲貫徹力は大きい。
それに加え、発射する40センチ砲弾は、日本のやまと型重装護衛艦、アメリカのモンタナ級戦艦の撃沈を目的に開発された特殊徹甲弾で、ロケット推進器と誘導装置を備えたものである。
さらに、21世紀産の火器管制システムによって完成された主砲の射撃精度は正確だ。
『ソヴィエツキー・ソユーズ』の斉射弾が、再び『グレードアトラスター』を捉える。
艦体の4箇所へ爆炎が沸き、甲板の板材や対空火器の残骸が舞い上がった。
林立する水柱が崩れ、様々なものが散らばる甲板へ大量の海水が落下し、兵員の惨死体や元が何だったのかすら不明な部品をさらっていく。
艦内の火災は応急班が対処しているが、21世紀生まれの高性能炸薬の炸裂によって発生した火災は、消火剤を中途半端にかける程度では消えない。
逆に、炎に巻かれて戦死する者が続出した。
「敵との距離は!?」
「41キロ!ですがまだ遠いです!」
46センチ砲の射程には入ったが、射程ギリギリでの砲撃などそうそう当たるものではない。
少なくとも、35キロまでは距離を詰めたかったが…。
「ラクスタル君、距離を20キロまで詰めよう。そこなら、射撃精度も確保できるはずだ」
「近づくのですか?」
敵艦の主砲は40センチクラスと見られているが、それにしては威力が大きく、射撃精度も桁違いだ。
さらに接近すれば、装甲貫徹力も当然大きくなるため、致命傷を受ける可能性が高くなる。
逆に、こちらの46センチ砲弾の威力も高まるが…。
「このままでは嬲り殺しだ。近距離砲戦で決着をつける」
「…了解しました」
「砲撃は、最初から斉射を用いよう」
カイザルの言葉に、ラクスタルも頷いた。
グレードアトラスターは既に主砲を1基失っているため、交互撃ち方で一度に発射できる砲弾は少なく、弾着修正に時間が掛かる。
ならば、一か八かで斉射を行い、短期決戦を行おうとカイザルは考えたのだ。
「航海長、取り舵90度」
「増速、24ノット」
航海長と機関長へ指示を出してからやや置いて、艦首が左へ振られた。
一度舵が効けば、その後の動きは速い。
回頭中にも、『ソユーズ』の40センチ砲弾が着弾する。
艦の周囲へ巨大な水柱がそそり立ち、後方から爆発音と衝撃が伝わった。
「副長より艦長!後部甲板に直撃弾!射出機損傷!」
第3砲塔の前方へ着弾した40センチ砲弾は、板材を吹き飛ばすとともに、水上機の運搬軌条を引き千切ったようだ。
約30秒の時間差を置いて、『ソユーズ』の艦上へ発射炎が閃いた。
今度は艦首右舷の縁を抉り、2発目が主要防御区画の装甲へ直撃し、不気味な音が響く。
分厚い装甲は既に貫通され、まだ突破を許していない箇所も強度が落ちているのではないかと思われるが、今のところは弾火薬庫や機関室などの急所は外れている。
「艦長!撃たせてください!」
「今撃っても弾が無駄になるだけだ。十分接近してから一斉射で仕留める」
焦る砲術長をラクスタルが宥めている間にも、敵弾は時計仕掛けのように30秒ごとの砲撃を放っている。
1発が煙突を直撃して排煙を漏らさせ、直後に破壊された第1砲塔の残骸へ直撃弾の爆炎が上がった。
既に火薬庫への注水は終えているため誘爆の心配はないが、力なく垂れ下がっていた2番砲身が被弾の衝撃で砲架から外れて落下し、甲板上へ転がる。
「第1砲塔測距儀損傷!」
艦橋トップの15メートル測距儀が使用不能になる事態を考慮し、砲塔にも設置されたそれが破壊されたことを砲術長が知らせた。
「敵距離、25キロ!」
「もうすぐだ」
ラクスタルが自身を慰めるかのように呟いた。
あと5キロを詰めるまで砲撃に耐えられれば、こちらの勝ちだと言い聞かせる。
その間も、敵の砲撃は着弾する。
煙突の後方へ聳えていたマストが木の枝のようにへし折れ、海中に投げ込まれた。
艦橋の直下にも爆炎が沸き、ラクスタルたちの目の前が一時的に赤く染まる。
「第1副砲被弾!火薬庫注水!」
副砲弾薬庫は、グレードアトラスター級の弱点といわれている場所だ。
数百発もの15.5センチ砲弾が艦内で誘爆すれば、大損害は免れない。
今回は間一髪注水が間に合ったらしく、誘爆は発生しなかった。
「距離20キロ!」
「ラクスタル君!」
「はい!…目標、敵戦艦1番艦!一斉撃ち方!」
待ちに待った報告に、カイザルが喜びを隠しきれない声音で艦長の名を呼び、ラクスタルも同様に命じた。
直後、これまでにない轟音が響き渡った。
『グレードアトラスター』が、この日初めての斉射を放ったのだ。
現在までの被弾によって散々に痛めつけられた艦体が金属的な叫喚を上げる様は、発砲の衝撃に耐えかねて悲鳴を上げているかのようだった。
音速の2倍を超える初速で放たれた重量1.5トンの46センチ砲弾6発は、『ソユーズ』の周囲へ水柱を上げ、そのうち1発が後甲板へ突き刺さった。
爆炎が上がり、何らかの破片らしき物体が舞う様子が、カイザルやラクスタルの目にもはっきりと確認できた。
「よしっ!」
「「「やった!!」」」
カイザルが拳を振り上げ、艦橋内の全員が歓声を上げた。
これまで1発も反撃できず、撃たれるがままだった『グレードアトラスター』であるが、やっと一矢報いることに成功したのだ。
その喜びに水を差すかのように、『ソユーズ』の斉射弾が降り注いだ。
水柱が艦橋の高さを大きく超えて奔騰した瞬間、後部からくぐもった爆発音が響く。
いかにも、敵弾が艦内の奥深くへ喰い入って炸裂したような音だ。
それから暫くして、艦首が勝手に振られ始めた。
缶室がさらに損害を受けたのか、速力も急激に衰えている。
「こちら副長!艦尾に直撃弾!舵機室、及び2番推進軸損傷!出し得る速力12ノット!」
応急長を兼任する副長が、絶望的な声音で報告した。
ラクスタルとカイザルも、顔面を白く染める。
元々、40センチクラスにしては威力の高い艦砲を持つ敵艦だと感じていたが、距離を詰めたことでさらに威力が上がったようだ。
尤も、報告にあった2つを一度にやられたのは予想外であったが。
恐らく、敵の40センチ砲弾は艦尾の非装甲部を薄紙のように貫通し、艦底部まで刺し貫いたのであろう。
舵と推進軸をやられては、戦闘を継続するどころか、相手に追いつくことさえ敵わない。
輸送船に毛が生えた程度の速力しか出ない現状、撤退も望めないだろう。
直後、新たな飛翔音が周囲に満ち、それに何人かが声を上げようとしたが、艦の周囲へ水柱がそそり立った。
「ミリシアル艦隊、砲撃開始!」
そちらには巡洋艦を含む艦隊を差し向けたはずだが、流石に戦艦を含む有力な部隊には敵わなかったようだ。
それにしては時間も早い気がするが。ヘラクレス級が無事だったら、もう少し粘れたかもしれない。
「『グレードアリエス』沈黙!」
更なる凶報が飛び込んだ。
同艦の艦橋トップが、多量の白煙に覆われている。射撃指揮所が直撃弾を喰らったようだ。
沈黙を保っているところ、後楼の予備射撃指揮所、主砲塔の測距儀も破壊されたと考えられる。
それ以外にも、甲板は黒煙が蔓延し、辛うじて見える主砲も、後部の第3砲塔が押し潰れた紙箱のような有様となっており、仰角がかかっている第1、第2砲塔も、敵2番艦を指向したまま動かない。
「提督…!」
ラクスタルが、縋るような声音でカイザルへ指示を仰いでいる。
それに、カイザルが絞り出すように答えた。
「…敵艦隊へ発光信号。白旗を掲げよ。遺憾ながら、降伏する。ただし、彼らに伝えてほしい。沈没艦の乗員は可能な限り全員を収容してほしいと」
既に味方巡洋艦、駆逐艦の姿はなく、僚艦『グレードアリエス』は戦闘不能、『グレードアトラスター』は敵を補足することすら叶わない。
それに対し、黒煙を噴き上げている敵艦は、先ほどまで砲火を交わしていた戦艦だけだ。
尤も、その黒煙も掻き消えつつある。
完全に、グラ・バルカス艦隊の敗北だった。
閲覧ありがとうございました。
次はイシュタム艦隊の下りか、ムー大陸内での陸戦を書きたいと思います。