遊戯王Wings外伝「エピソード七草」   作:shou9029

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ep2「ハコベラ in デュエリア」

 

デュエリア―

 

それは世界地図の中心に位置している、世界一巨大な都市の名前。

 

5大デュエル大都市に数えられる5つの都市の中でも、街の大きさや歴史的観点から紛れも無く世界最大・最古の大都市であり…

 

日々大多数の人間が日々この街を行き交い、デュエリストレベルは世界トップクラスとまで言われる、世界で初めて『決闘』が行われたとしても知られる、デュエリストにとっての聖地の名でもある街。

 

…多種多様な人種が集まり、最早一つの国家と言ってしまっても遜色無いと言えるほど巨大な都市。

 

超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の本部を要していることや、古の時代の『神』が眠る地としての伝説が残ることから…世界に名立たる巨大なデュエル大都市の中でも、きっとこのデュエリアの街は世界中の誰もが知る最も有名な都市に違いないことだろう。

 

 

…街の中心に位置している、決闘学園デュエリア校がこの街の象徴。

 

 

デュエル大都市の中でも、最も多くのプロデュエリストを輩出している決闘学園デュエリア校のレベルは世界トップクラス。

 

天高く聳える学園の中央塔、そこで行われるこの街の学生達の祭典である【デュエルフェスタ】の決勝戦は…プロデュエリスト達の間でも話題になるほどに有名な祭典であり、【デュエルフェスタ】の優勝者ともなれば、プロ試験免除にてプロになれるとまで言われていることから、この街の学生達にとっては最も狭き門なるも最も誇りあえる栄誉と言えるだろうか。

 

 

そんな見渡す限り人、人、人の海となっているデュエリアの街の…

 

 

繁華街と呼べるであろう、賑やかな場所に…

 

 

決闘学園デュマーレ校2年、セリ・サエグサとゴ・ギョウは居た。

 

 

 

「うっひゃー…すんごい人じゃんねー。コレ、祭りやってるんじゃないんでしょ?」

「あぁ、流石は世界最大の街なだけはある…デュマーレの『鎮海祭』の時よりも人多いんじゃないか?」

「それなー。」

 

 

 

そんなデュエリアの街に到着したばかりのセリとギョウの目に飛び込んできたのは、見渡す限り人、人、人…前も後も右も左も、人の波でごった返した異様な光景―

 

飛行機を降り、現地の知り合いと合流するためにこの街に降り立ったばかりの二人からすれば、この街の『日常』とさえ呼べるこの光景はまさに、『異常』として捉えられる状況であるのか。

 

二人にとっては初めてとなる、このデュエリアの街のいつもの光景…どこか田舎情緒すら感じる静かなデュマーレの街で生まれ育ったセリとゴ・ギョウの目には、とてもじゃないが異常な光景にも見えることだろう。

 

…いくら休日だとは言え、祭りでもないのにこの人の波。

 

それはデュマーレの『鎮海祭』の時期よりも人が多いのではないかとさえ思える、あまりに多くの人の波となりて…セリとゴ・ギョウの目に、いやでも飛び込み続けるのか。

 

また、このデュエリアの繁華街は、デュエリアの街にいくつもある繁華街の内の一つに過ぎない。そう、この一つの繁華街だけを切り取っても、セリとゴ・ギョウの故郷であるデュマーレよりも圧倒的に人の賑わいのレベルが違うのだ。

 

…流石は5大デュエル大都市の中でも、決闘市と並んで1、2を争う有名な街。

 

ソレ故…初めて来たデュエリアの街の凄まじさに、思わずセリとゴ・ギョウも人酔いしそうな気分を覚えたとしても。ソレはある意味、当然といえば当然のことであり…

 

 

 

「…んでさー、まーずはどーこ行くん?」

「この先に叔父さん…親父の弟が迎えに来てくれてるっていうから…親父から、まずは叔父さん家に行って連絡寄越せって言われてる…」

「ひゃはは、しっこたま怒られてたもんねーセリってば。」

「…あぁ。」

 

 

 

しかし、今のセリの表情は、初めて来たデュエリアの街に圧倒されているというより…もっと別の事に対して、どこか気落ちしているようにも見える代物となりて零されるのか。

 

隣を歩くゴ・ギョウは、周囲を見渡しつつ鼻歌を鳴らしながら街を物色しているというのに…ソレに対して、肩を落として頭を垂れ、重い足取りで人の波に乗っているセリ。

 

…まぁ、それも当たり前か。

 

何せ、今が夏休みの真っ只中とは言え。セリは半ば家出のような形で、デュマーレの実家をこっそりと飛び出してきたのだ。

 

…先日の、デュマーレの街の『鎮海祭』の日に起こった事件。

 

表向きにはソレとは関係のない出来事で、しかし本当はその事件に真っ向から首を突っ込んで。

 

その所為で海で溺てしまい、そしてセリは冗談抜きで死にかけた目にあったのだ。

 

だからこそ、そんな目にあったばかりの16歳の少年が、一命を取り留めたとはいえ親の忠告を無視してそのまま家を飛び出し…間髪いれずに世界を旅しにいくということなど、良識ある親ならばきっと大反対するに違いないこと。

 

…ソレ故、ゴ・ギョウの手助けがあったとはいえ。

 

飛び出したことが即座にバレたセリに、両親の雷が落ちたのもそれは当然といえば当然で…

 

父と母から電話口に、怒声と怒声を浴びせられ…こんなに怒った両親の声を聞いたことが無かったゆえに、電話越しに相当の恐怖を感じてしまったセリ・サエグサ、16歳。

 

そんなショックが尾を引いているのか、前途多難なこの旅の行く末に始めからテンションを下げてしまっていて―

 

 

…まぁ、行ってしまったものは仕方ないのだから、精々人に迷惑をかけないよう、体に充分気をつけて行ってこいという、両親からの半ば呆れ気味の許可を貰ったのはソレはソレとして。

 

 

そんな複雑な感情の中で、セリはデュエリアの繁華街を歩き続ける。

 

あちこちに張られた有名プロデュエリストのポスターや、そこかしらの屋外モニターに流されているプロの試合の音をBGMにしつつ…

 

親にまた叱られるという恐怖を抱きつつも、徐々にこの世界で最も大きなデュエル大都市の空気を肌で感じ。

 

この街の規模ならば自分の求める『本当に強いデュエリスト』に出会えるという確信をセリは徐々に抱きながら、人混みの流れに身を任せてその気分を少しずつ上げていく。

 

 

 

「デュエリアにはどんなデュエリストが居るんだろうな。この街なら、きっと強い奴がゴロゴロしてると思うんだ。本当に強い…『本物』が…」

「つってもさー、『ホンモノ』の強いデュエリストっつーのも?なーんか抽&象with的だと賢いチャン僕は思うんだよねーうんうん。」

「…え」

「結局、『ホンモノ』って何なのさ。セリん中の、ホントーに強いデュエリストってどんなモンなわけ?」

「俺が思う、『本物』…」

 

 

 

すると…ゴ・ギョウの言葉に、思わず言葉を詰まらせてしまったセリ・サエグサ。

 

自分の思い浮かべる、『本物』の力を持った強いデュエリスト…

 

…別に、その答えが無いわけではない。

 

セリの中には、『抽象的』ながらに確固たるイメージを持った『本当に強いデュエリスト』の像は確かに存在してはいる。

 

しかし、セリが言葉を詰まらせてしまったのはソレをいざ『言葉』に使用とした時に…自分の語彙力と想像力では、ソレを正確に言葉として説明することが出来なかったからなのだ。

 

…『強さ』にだって、様々な種類がある。『運』が良い者、『戦略』に長けている者…

 

更に言えば相手との相性だったり、デッキの調子だったりと色々なモノが重なってデュエルはその時その時の一瞬一瞬が全て異なるモノとして構成されるのだから、デュエルにおける『強さ』を一概に定義することは難しいとさえ言える事などセリにはわかってはいる。

 

そう、わかってはいても…

 

けれども、今まで培ってきた自分の知識では。自分が求める『本物の強さ』を、セリは上手く言葉に出来ないでいて…

 

 

 

 

「まっ、セリが言いたい事なんて?何となくチャン僕だってわかるけどもねー。見たら分かる『コイツつえー!』って程度の奴じゃなくて?セリが戦いたい奴ってもっとこー…『コイツやべーマジつえーチョーやべーい勝てねぇーい!』って奴っしょ?」

「…なんで分かるんだよ。」

「ひゃはは、チャン僕が?何年?お前とツルんでると思ってるぅーよー!ンなモン、わかって当&然っしょー?」

「なんだそれ。でも…そうだな、文句も言い訳も入りようの無い、異常なまでの強さを持った…それこそ【王者】みたいな、理解出来ないくらいに強い奴…多分、俺が戦いたいのは、そういう奴なんだと思う。」

 

 

 

けれども、続けざまに放たれたゴ・ギョウの言葉に導かれるように。

 

セリの口から飛び出てきたのは、上手く言葉で形作る事が出来ないなりの、しかして自分の求めるモノの『定義』を多少なりとも形作ることが出来たセリの心からの本心であった。

 

…そう、腐れ縁のゴ・ギョウが道筋を示してくれた通り。

 

『運』だとか『戦略』だとか『調子』だとか『相性』だとか…セリが思い浮かべる『強さ』とは、そういった不確かな代物ではないのだ。

 

どんな時も崩れない、自分にしか出せない強みを確率し。どんな時も迷う事無く、勝利へとデッキが突き進ような、そんな人知を超えた『強さ』こそがセリ・サエグサの求める強さ。

 

…この旅に出る決意を持つことが出来たのも、偏にセリが先日『本物の強さ』を持った者に完敗を喫したからこそ。

 

そう、それは先日、デュマーレを襲ったデュエル傭兵…

 

セリが初めて『勝てない』と思い知らされた、信じられない強さと『合理性』を見せ付けてきたホトケ・ノーザンのような―

 

 

 

「でもでもでーも?そこら辺の人に?片っ端からデュエル挑んだって?意味なんてナシナシナッシングっしょ。いくらデュエリアだからって、全員強いわけじゃないんだし?」

「当たり前だろ、そんな事しないさ。」

「んー…じゃあ手っ取り早くぅー、デュエリア校にケンカでも売り行くー?ひゃはは、いちおー世界一デカイ決闘学園なんだし、もしかしバケモン紛れこんでっかもよ?」

「いや、学生じゃダメだ。せめてプロくらいじゃないと、強いデュエリストなんて居るわけが無い。学生なんて…戦うだけ無駄だ。」

「…セリー、ソレ、自分も含めて言ってるやーつ?」

「…何言ってるんだ?それより、これだけの規模の街だ、きっと相当強い奴が居るに違いないよな。ギョウ、早速明日からの作戦を練らないと。」

「…」

 

 

 

まぁ、学生に対するセリのどこか失礼な言葉はこの際置いておいて。

 

セリが求めているのは、先日デュマーレで戦ったデュエル傭兵…ホトケ・ノーザンのような、有無を言わさぬ本物の猛者。

 

…そんな者と戦いたい。そんな者の強さを得たい。

 

その一心でこの旅に出たセリの心の中には、未だ見ぬデュエリアの強敵の影が頭の中に既にちらつき始めている様子であり…

 

あのレベルの猛者なんて、普通であれば見つけることすら出来ないであろうと言うのにも関わらず。見つかるかもわからない架空の敵に、セリは今からワクワクしていて―

 

 

 

そうして…

 

 

 

…人の波に流されて、人の波に揺られながら。

 

セリとゴ・ギョウは、ゆっくりとデュエリアの繁華街の中を流されていき…

 

 

そして繁華街の、丁度出口に差し掛かった頃…

 

 

 

「Hey、セリー!こっちだー!」

「叔父さん!久しぶりー!」

 

 

 

路肩に駐車されていた車から降りてきた一人の男が、徐にセリたちへと声をかけてきた。

 

 

 

「ホント久しぶりだなーセリー、親父の葬式以来だから3年ぶりくらいか?HAHA、背ぇ伸びたなー。」

「当たり前だよ、もう高等部だからね。」

「おっ、Youがギョウ君か?兄貴から聞いてるよ。Youの面倒もよろしく頼むってな。」

「ひゃは、よろしくでゅーす!」

 

 

 

小走りで駆け寄ったセリへと向かって、声をかけてきたその男。

 

それは紛れも無く、セリ・サエグサの叔父である…セリの父の弟であたる、リョウジ・サエグサという男であった。

 

セリの父とは少々年が離れている所為か、セリにとって叔父というよりも兄に近い付き合いでもあり…

 

突然家を飛び出したセリの身を案じた父が、初めて訪れるデュエリアの地で先ず始めに頼れと言ってきたのが、数年前からデュエリアに住み始めているという、このセリの叔父であったのだ。

 

…そんな叔父は、久しぶりに会った甥っ子に対し。

 

駐車している車の前で、いまだ幼い子をからかうようにして…再度、その口を開き始めた。

 

 

 

「けど聞いたぞー?お前、自分探しのジャーニーに出たんだってな?HAHAHA、俺も若い頃は似たようなことした覚えがあるからよく分かるぞ。男なら、1度は本物の自分を見つけるためにワールドをジャーニーしたくなるモンだよNA!」

「いや、そんなんじゃないから。それに叔父さんのは自分探しの旅じゃなくてただのギャンブル放浪でしょ?…それより叔父さん、デュエリアで強いデュエリストって言えば例えば誰がいる?」

「なんだ藪からスティックに…」

 

 

 

しかし、久々の再開を喜ぶ叔父へと。

 

唐突に、そんな質問を投げかけたセリ・サエグサ。

 

…3年ぶりに再会した甥から、突然そんな質問が飛んでくるとは叔父とて微塵も思っていなかったのだろう。

 

案の定、甥の呈した質問の意図が理解できないかのように、セリの叔父はどこか困惑した顔を見せ始めるものの…

 

それでも、セリは続けて言葉を発して…

 

 

 

「俺、強いデュエリストと戦いたくてデュエリアまで来たんだ。だから、どうせやるならとんでもなく強いデュエリストとデュエルしたくて…」

「Ahー…兄貴が言ってた『自分探しの旅』ってそういう…そうだなぁ…やっぱり『逆鱗』じゃないか?何しろ、10年以上世界ランク1位をキープしてる、デュエリア最強のデュエリストだからNA。」

「『逆鱗』…3人の【王者】と同格って言われてる歴戦の…」

 

 

 

だからこそ、甥の意図を汲んだ叔父もまた、セリの言葉に即座に思いつく限りの言葉を返し始めるのか。

 

叔父の出したデュエリストの『名』。それは、デュエリアのトップランカーの中でも1、2を争う…

 

―否、デュエリアだけではない。

 

世界中全てのプロデュエリストの中でも、おそらく『最強』の談義には必ず名が挙がる、頂点の【王者】たちと並んで称えられている、世界で最も有名なトップランカーの『名』であった。

 

 

『逆鱗』―

 

 

このデュエリアの地において、セリの叔父がその『名』を真っ先に出したのもある意味当然か。

 

何せその名は、セリだって当然知っている。いや、知らなかったらデュエリストでは無いとまで言われている、この世界における世界最高峰のプロデュエリストの異名なのだから。

 

…若かりし頃から、数々の伝説を残してきた男。

 

デュエリスたちの頂点である【黒翼】、【白鯨】、【紫魔】の、3人の王者と同等の力を持つとされている歴戦に名を刻んだ最強の一角であり…

 

今もなお最前線で戦い続けている、戦闘狂とまで言われることのある、まさに王座を踏みつける暴れ狂う龍。

 

 

 

「でも流石に『逆鱗』とBattleは無理だろー。世界中飛びまわって試合してるから、めちゃくちゃ忙しい人だしなー。」

「そうだね…流石に『逆鱗』と野良試合っていうのは…」

「あとデュエリアで有名なデュエリストって言えば、世界ランク3位の『霊王』とか、若手注目度No.1の『虎徹』とか…プロ以外にも、アマチュア世界一になった黄昏一族のアカツキ君や、学生ならこの前のデュエルフェスタで優勝した『スレイヤー』って言ったとこKA?ま、それでもデュエリア最強って言えばやっぱ『逆鱗』1択だろ。他のデュエリストとは根本的に実力が違いすぎる。俺の見立てじゃ、『霊王』や『虎徹』ならまだしもアマや学生じゃあハンドもフットも出ないだろうZE。」

「ねーねー、でもさー、だったらなーんで『逆鱗』は【王者】じゃないん?【王者】と同格っつーなら?一回くらい?【王者】とチェンジ&しててもよくなくなーい?ホントに『逆鱗』って強いワケ?」

「ン?」

「え?」

 

 

 

そんな、デュエリアの情勢に詳しくも『逆鱗』について熱弁するセリの叔父に対し。

 

徐に口を出してきたゴ・ギョウの言葉は、ある意味今の若者らしく…往年の古豪の評価に対する、その力を疑問視しているモノであった。

 

…半ば伝説となっている、【王者】にも引けを取らぬ力の持ち主だとして疑われてもいない『逆鱗』に対し。そんな事を言い放ったゴ・ギョウの言葉は、あまりに不遜であまりに不敬ではあるものの…

 

けれども、怖いモノ知らずでもあるゴ・ギョウはそのまま。『逆鱗』の力を信じているであろうセリとセリの叔父へと向かって、更に言葉を続けるのみ。

 

 

 

「つーかてーかなんてーか、チャン僕ってば前々から?『逆鱗』が【王者】と同格って言われてることに?ワリと疑&問感じてたんだよねー。セリは昔っから激褒めしてっけど。」

「何言ってんだよギョウ。『逆鱗』が【王者】と同等の力を持ってるってのは普通に常識だろ。」

「HAHAHAHAHA、その通りだぜギョウ君。けど中々言うじゃないか。まさか【フェスティ・ドゥエーロ】でセリに勝って優勝したっていうYouから、そんな言葉を聞くなんて思ってもいなかったが…」

「だから前々から疑&問だったんだって。何で【王者】でもない奴が?【王者】と同格なん?フツーに考えて【王者】よりも下だから【王者】じゃないんでしょーってね!」

「はぁ…学校でも習っただろ?『逆鱗』と言えば【王者】と互角の勝負を何度もしている、伝説のデュエリストの1人だって。『逆鱗』くらいじゃんか、ずっと【王者】と互角に渡り合ってるトップランカーなんて。」

「だーからさー、なら『逆鱗』だって一回くらい【王者】になってたっていいじゃーんって言ってんの。ソレ出来てないっつーことは?『逆鱗』が【王者】と同格ってのも?ま、誇with張だったってことに…」

「But、実際に『逆鱗』は【王者】になれるタイミングだってあったんだZE?『チャンピオンズリーグ』で何度も優勝してるし、若い頃から【王者】達と何度も戦ってるが勝ったり負けたりでホント互角なんDA。それに【王者】達との『3連戦』は伝説の…」

「伝説の3連戦って…『殴り合い』と『潰し合い』と『殺し合い』だったよね。」

「Yes、【王者】達と『逆鱗』の試合の中でも、最高の試合って言われてる3試合DA。お前たちが赤ん坊の頃の試合だけど…俺は今でもあの時の感動を覚えてる。【王者】との3連戦の後、互角に戦った『逆鱗』には特別に4人目の【王者】としての席が用意されるって話も出たが…『逆鱗』はソレを、TVの前で堂々と蹴ったんだ。あの時の『逆鱗』のインタビューは感動したZE…」

「ホントかなー?チャン僕ってば、自分の目で見たモノしか信用しないタイプだからさー。【白鯨】も【黒翼】も【紫魔】もヤベーくらい強いんだぜ?あの人らと同じって言われたって信じられるわけなうぃーよー。」

 

 

 

『逆鱗』に対するセリの叔父の、熱意の篭った熱弁を聞いてもなお。

 

それでも己の中の『逆鱗』の評価を、全く変える気の無いゴ・ギョウ。

 

…まぁ、自分に正直に生きるのがモットーのゴ・ギョウからすれば、思った事を口にする事になんの抵抗もないのだろう。

 

確かに16年間ずっと世界ランキング1位をキープすることが、どれだけ凄い偉業なのかということなど、セリと同じくプロ入り確実とデュマーレで噂されているデュマーレ校2年のゴ・ギョウにだって分かってはいる。

 

それに、『逆鱗』が行った【王者】達との伝説の3連戦…

 

『殴り合い』、『潰し合い』、『殺し合い』と呼ばれる【黒翼】、【白鯨】、【紫魔】とのデュエルが、長い長い歴史を持つ決闘界においてもそれぞれが『最高』の試合に数えられるほどの戦いであることなど、初等部の教科書にだって載っているのだから…

 

当然、ゴ・ギョウだって『逆鱗』がその身一つで築いた栄光がどれ程のモノなのかなど、頭では理解だってしてはいる。

 

けれども…そう、それでも。

 

過去に一度、【白鯨】の試合と【黒翼】の試合と、それに【紫魔】の試合をそれぞれその目で見た事のあるゴ・ギョウからすれば…

 

あの人間技とは思えない、あまりに凄まじかった【白鯨】のデュエルと…あまりに圧倒的過ぎた【黒翼】のデュエル…そして、あまりに途轍もなかった【紫魔】のデュエルは、今もなお『頂点』のモノとしてゴ・ギョウの中に残っているのだから。

 

…故に、ゴ・ギョウは素直に認めない。

 

 

 

「大体さー、『逆鱗』ももうイイ歳でしょでしょ?ロートルのデュエルなんてチャン僕あんまし興味ナッシングトゥマッ…」

「Good timing…ギョウ君、だったらその目で確かめてみるといい。」

「ひょ?」

「明日、『逆鱗』が今出場しているトーナメントの決勝戦が、この街のメインスタジアムで行われる。直接見なきゃ信じられないなら、直接その目でlookすればいい。中継じゃない、生のデュエルをNA。そしたらYouにも、『逆鱗』の力がよく理解できるはずDA。」

「え?叔父さん、直接見ればいいって言ったって…そんな急に『逆鱗』の試合なんてチケット取れるはずが…」

 

 

 

しかし…

 

どこまでも『逆鱗』の力を信じ切っていない、甥の友人であるゴ・ギョウへと向かって。唐突に、セリの叔父はそう告げてきて。

 

そして、そんな荒唐無な言葉を発した叔父に対し。甥であるセリも、少々怪訝な顔をして言葉を返してしまい…

 

それは、たった今叔父の零した言葉が、果たしてどれだけ荒唐無稽なモノであったのかがセリにはよく理解できてしまっていたからに他ならない。

 

…そう、世界ランク1位の『逆鱗』の試合は、【王者】の試合と並んで超人気のプレミアムチケット。

 

確かに【王者】よりも世に出て戦う場面が多いからか、直接その目で『逆鱗』の試合を見ることのできるチャンスは【王者】の試合よりも多いかもしれない。けれども、『逆鱗』ほどのトップランカーが出場するタイトルマッチやトーナメントともなれば、世界トップクラスのモノばかりなのだから…

 

『逆鱗』の他にも有名な選手や人気のプロが多数出場する関係で、その試合のチケットともなれば毎回毎回満員御礼の即日完売が常であり、今から明日の『逆鱗』の試合のチケットなんて、普通に考えれば手に入るはずも無いのだ。

 

また、『逆鱗』個人の行うシングル戦であったとしても。

 

そのチケットを求める者は世界中に大多数存在するのだから、思い立って『逆鱗』の試合を生で見ようとするその行為自体がそもそもからして不可能な事であるはずだと言うのに…

 

…まさか、叔父は自分の持っているチケットをギョウに譲るとでも言うつもりなのか…や、今日会ったばかりの甥の友達にそんなコトをする義理なんてないのだから、そんな勿体無い事は叔父だって絶対にしない…

 

…と、瞬時にそんな所にまで思考を巡らせつつ、そういえばすぐに軽口を叩く叔父の事が少々苦手だったのだということを思い出し始めたセリを他所に。

 

更にセリの叔父は、言葉を続けるのみ。

 

 

 

「HAHAHA、俺を誰だと思ってる。特等席を容易してやるYO。」

「…特等席?」

「セリの叔父さんって、ンな偉いん?」

「いや、そんなはずは…」

「いいから、Youたちは明日を楽しみにしてNA?俺に任せとけ、とっておきの『策』があるんDA。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

翌日―

 

 

 

 

 

「すみません、中央決報のリョウジ・サエグサです。」

「はい、許可証お預かりいたします。」

 

 

 

デュエリアにある大小さまざまなスタジアムの中でも、最も大きいメインスタジアムの…その、関係者入り口の一つでのこと。

 

叔父の家に一泊したセリとギョウは、寝坊した叔父に『逆鱗』の試合が始まる正午ギリギリになってこのスタジアムへと連れてこられていた。

 

…そう、セリの叔父の言っていた、『特等席を用意してやる』という言葉の、その真意。

 

それは、セリの叔父が名乗った『中央決報』という社名…デュエリアにおける大手メディアであるその会社の名と、そしてスタジアムの関係者入り口に出入りできる許可証を持っていることから分かる通り…

 

 

―何を隠そう、セリの叔父はデュエリアの大手企業の記者であったのだ。

 

 

確かに、記者であったならば。デュエリアのみならず世界中が注目している『逆鱗』の試合も、取材という名目や撮影という建前の元、最前列の観客達よりもなおステージに近い場所で『逆鱗』を見る事が出来るに違いない。

 

また、下手をすれば…否、上手くすれば。ステージの上の『逆鱗』のみならず、試合後の『逆鱗』本人にだって、インタビューという形で直接言葉を交わす事だってできる記者という職業。

 

まぁ、一体どうやってあのギャンブル狂だった叔父が、こんな大企業に記者として就職できたのかを常々疑問に思っていたセリからすれば。今こうして、叔父が記者らしく関係者入り口からスタジアムに入ろうとしていることに対し…

 

本当に叔父が記者であったと言うことを驚いている様子と、それ以上の『ある不安』に襲われている最中ではあるのだが。

 

 

 

「確認取れました。中央決報の担当記者、リョウジ・サエグサさんですね。…えっと…後ろの二人は…」

「コイツらはウチのルーキーでして。studyのために連れて来たんですが、あいにく今日は許可証が間に合わなくてNE…」

「すみません、許可証がないと中には…」

「まぁまぁ、そこをなんとか。いつもみたいにPhoto撮るだけだし。」

「え?そ、そういうわけには…」

「ね?いいでしょ?ルーキー共を早く使えるようにしないとさー、俺が上にどやされるんすよー?ちょっとだけ、ほんのちょっと見学するだけ、NE?」

「いえ、ですから…」

 

 

「…ねぇねぇセリー…おっちゃんの『策』ってもしかし…」

「言うな。俺だって呆れてるんだ。」

「だよねー…」

 

 

 

そして…

 

抱いていた不安が案の定、最悪の形で実行されている光景を見て…

 

思わず、呆れと共に大きな溜息を吐き出しそうになってしまったセリ・サエグサ。

 

…一応、怪訝な顔をして叔父とこちらと見比べてくる警備員の手前、あくまでも『中央決報の新人記者』という建前の元に作り笑顔を絶やしてはいないものの…

 

まさか叔父の言っていた『とっておきの策』と言うのが、こんな行き当たりばったりの苦肉の強行突破であったという事実は、セリも身内としてただただ呆れ帰ってしまっているのか。

 

…昨日、叔父が『任せておけ』と言った瞬間に、何やら少々嫌な感じを覚えていたセリ。

 

それが今、予想通りになってしまていることに対し…セリは甥として、叔父のこういうところが苦手だったのだというコトを思い出しつつ、叔父の奇行に何やら恥ずかしくなってきてしまっている様子で―

 

 

 

叔父は未だに、どうにかして許可証の無いセリたちが入れないか交渉…と言っていいのかも分からない駄々を、警備員にこね回し続けている。

 

…まぁ、それに準じて益々怪訝な顔を強くしていく警備員の表情を見れば、叔父の交渉が上手く行っていないということなどセリには一目力全ではあるのだが…

 

そう、普通に考えて始めから無理な話だったのだろう。大体、許可も無い自分達がこの程度の顔パスで厳重なスタジアムに入り込めるならば、一体何のための警備員か。

 

そんな事を思うセリの心には、叔父の心配よりもむしろ警備員に対する同情のようなモノさえ芽生え始めてきている様子で…

 

 

 

…そして、何やら若き警備員がセリの叔父に対し。

 

 

 

あまりに怪しさを感じたのか、まるで警察にでも電話しそうな表情の元に手元から電話の受話器を持ち上げ始めた…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「あれ?サエグサさん!お久しぶりー!」

 

 

 

若い警備員が通報しかけたその刹那。

 

警備員室のさらに奥の部屋から、何やらよく肥えた責任者らしき人物が現れたかと思うと…

 

そのまま、受話器を持ったままの警備員の横に立ち。ソレを見たセリの叔父が、何やら笑顔を浮かべながらその肥えた中年へと言葉をかけはじめたのだ。

 

 

 

「おー!コウさん、ご無沙汰してます!HAHA、どうすか調子は。」

「はっはっは、相変わらずですよ。それより何やら騒いでるような声が聞こえましたが、何かありましたか?」

「いえね、実はウチの新しく入った奴ら連れて来たんすけど、ちょっと許可証の申請間に合わなくてですNE…」

「あーはいはい。いいですよ、サエグサさんなら1人や2人入れても。」

「ちょ、主任、いいんですか?」

「いーのいーの、この人俺の知り合い。別に問題起こすわけじゃないんだし、許可証の一つや二つ無くたってわかりゃしないって。」

「えぇー…」

 

 

 

すると、よく肥えた中年の警備員は、とても責任者らしからぬ言動をいくつか零しつつ。

 

若い警備員の持っていた受話器を電話へと戻したかと思うと、再度セリの叔父へと口を開きながら…

 

 

 

「それよりサエグサさん、今日は遅かったねー。もう試合始まりそうだよ?」

「HAHAHA、渋滞に巻き込まれましてNE!でもありがとうコウさん、また今度飲みいきましょ!」

「はっはっは!楽しみにしてますよ。」

「よしお前ら、GOー。」

 

 

 

軽薄に…それでいて軽快に。

 

セリの叔父と、主任と呼ばれた肥えた男が少しばかりの会話を交わしたかと思うと。セリ達が入っていくのを、いまだ怪訝な目で見送る若い警備員の視線を他所に…

 

そのまま手早く、呆然としていたセリとゴ・ギョウを引き連れて、セリの叔父はスタスタとスタジアムの中へと入っていくではないか。

 

そんな若い警備員に対し、何やらセリの心には小さな罪悪感が生まれつつあるも…それでも、叔父に引かれるまま。セリとゴ・ギョウは、スタジアムの中へとただただ引っ張られていくだけ。

 

 

 

「…叔父さん、さっきの人知り合いなの?」

「ん?Ah-、前に賭場で…じゃなくて、『前の職場』で一緒に仕事して仲良くなったんだ。んで、あの人の仕事がこのスタジアムの警備主任だってわかってたから…MA、何とかなるだろって思ってNA。」

「そんな行き当たりばったりで…」

「でも上手く行ったろ?任せとけよ、俺がめちゃくちゃ『運』が良いってのはセリだって知ってんだRO?」

「…」

「…でもさー、おっちゃんホントにこんなコトしちゃってうぃーのー?おっちゃんが?後で会社に?激怒fromクビになったってチャン僕達ノー関係だからねー。」

「No problem。バレやしないって。それに、少しくらいスリルあった方がワクワクするもんDA。」

「…ふーん。」

 

 

 

あまりに甘い見通しと、あまりに稚拙な『とっておきの策』

 

そんな、下衆とも思える態度と言葉を、何の恥じらいも無く甥とその友人へと投げかけるセリの叔父。

 

…その台詞からは、とてもじゃないが責任ある社会人としての重みが全くと言っていい程感じられず…

 

そしてソレ以上に、あまりに後先を考えていない叔父の行き当たりばったり過ぎる行動に、セリの中には今更になって焦りと恐さが浮かび上がってきているのか。

 

…通報されるギリギリだった。

 

叔父を知る警備主任が、タイミング良く出てきてくれたからいいものの…もしあと一歩でも遅かったら、不審者として警察に逮捕されていたかもしれない。

 

そして、もしも警察に通報されて、色々と調べられていたら…叔父はもちろんクビになっていただろうし、学生である自分達の悪行も当然母校であるデュマーレ校に通告されて処罰を受けていただろう。

 

よくて停学、下手をすれば退学…そうでなくとも、ゴ・ギョウは間違い無く休み明けにある『5大都市代表選抜戦』の代表を降ろされ、自分だってソレ相応の処罰を一緒に受けていたに違いない。

 

…そんな最悪の事態を、一瞬で想像しているセリの思考の早さもさることながら。

 

そんな、味わいたくも無かったスリルが、セリの心臓の鼓動を否応無しに早くし続けており…そしてセリは自分の記憶の中から、そういえばどうして叔父が苦手だったのかを思い出し始めている様子で…

 

 

…父が、よく愚痴を零していた。

 

 

弟は底なしに『運』の良い男ではあるが、それに過信しすぎてこれまで幾度となくトラブルを巻き起こしてきた…と。

 

引き際を見誤り、多額の借金を抱えることは日常茶飯事。命を賭けたギャンブルにだって手を出して、死にこそしなかったものの大怪我だって何度経験したか数えきれず…

 

叔父の話題が出るたびに、そんな父の愚痴を聞いて育ったセリからすれば、叔父の事を苦手だと判断していたとしても、ソレはある意味当然の事と言え…

 

 

 

「ねぇねぇセリー、おっちゃんの前の仕事って?」

「…パチプロ。」

「…ソレ仕事じゃなうぃーねぇー…」

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「さぁて…もう試合は始まってるが、まだ始まったばかりだ。この扉の先に、本物の『逆鱗』が居るんだZE?」

「本物の『逆鱗』…本物に、会える…」

「いいかYouたち、絶対に他の記者の邪魔だけはするなよ?問題起こすと、俺までしょっ引かれるハメになるんだからNA。」

「ひゃはは、ソレ、今更過ぎじゃねー?けどまっ、言われなくても?大人しくしてるぅーよー。しょーじき、チャン僕ってばセリについて来ただけだすぃー?」

「よし…それじゃあ…」

 

 

 

ここまで来たら、もう後に引く事など出来はしない。

 

…大きく分厚い鋼鉄の扉。

 

この扉の先では、本物の『逆鱗』が今まさに試合を行っているところなのだ。いくら若い警備員に、懺悔の念があるとはいえ…セリとて、もうここまで来たのならば本物の『逆鱗』の試合を見たいという気持ちが、先程よりも大きくなってきている様子。

 

ゆっくりと…スタジアム内部を外界と完全に遮断している、重々しい鉄の扉へと手をかけるセリの叔父。

 

…撮影という名の、大義名分の元。

 

今、ゆっくりと…鋼鉄の扉が開かれ…

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハハァ!行くぜオラァ!」

 

 

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

轟音―

 

 

扉を開けた瞬間に襲ってきたソレは、紛れもなく音の轟きであった―

 

 

 

「ぴゃっ!?うるさ!な、何なのさーこの歓声はさー!」

「ッ!?み、みみが…」

「ねーセリー!おいセリー!やばくねー!ここー!」

「え!?何か言ったか!?聞こえないぞーギョウー!」

「だーかーらー!せりーってばー!」

「えー!?」

 

 

 

友の声など聞こえない。自分の声すら耳に届かない。

 

そう、重々しい防音の扉を開けた瞬間に、セリの耳に飛び込んで…否、耳がもぎ取れるとさえ思ってしまった、そのあまりの破壊力を持った『音』の塊が、こういった場に慣れてないセリの耳を容赦なく破壊しにかかってきたのだ。

 

セリたちが包み込まれたのは、そんな音の塊によって構成されている歓声の嵐であり…

 

ビリビリと肌を震わすのは、声と声と声の振動―

 

熱狂と歓声が織り成している、外界とは隔絶されたこの特別な空間―

 

その、約10万人超の観客達の全ての視線が中央のスタジアムへと注がれており…その中心、中央、真ん中で戦っている、歓声を一挙に浴びているのは他でも無い―

 

 

 

「【復活の福音】発動ぉ!墓地からレベル7の【嵐征竜-テンペスト】を蘇生ぃ!墓地の【巌征竜-レドックス】の効果も発動ぉ!墓地の【サファイアドラゴン】と【タイガードラゴン】を除外しぃ、墓地からレドックスを特殊召かぁぁん!」

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

スタジアムに轟く竜の咆哮よりも、なお重々しくスタジアム全体に響き渡るその声。

 

この大歓声の中にあっても、とてつもない存在感と共に響き渡るその声は…まさに唯一無二なるモノとなりて、10万人の観客達の歓声すらも飲み込むのか。

 

響き渡るは、1人の人間から放たれているとは到底思えないような凄まじく重々しい声―

 

歓声すらも飲み込みながら、このデュエリアの最も広いデュエルスタジアム全体を振るわせることの出来る人間など…この世界には、ただの1人しか該当する者は存在しないことだろう。

 

…その中心に居るのは、世紀末に生きているのではないかと錯覚するほどに鍛え上げられた、隆々とした巨大な体躯。

 

戦場を駆け抜けたかのような傷跡に、重々しい声に負けず劣らずの重厚なオーラを纏う…未だ現役の最前線で戦い続ける、世界最強にも数えられる一人の男。

 

それは【王者】の名に最も近いと言われている、【王者】に最も拮抗していると称えられている…

 

 

 

 

 

…王座を踏みつける戦闘狂、暴れ狂う大災害。

 

 

 

 

 

―『逆鱗』

 

 

 

 

 

劉玄斎、その人。

 

 

 

 

 

「行くぜぇ、バトルだ!ブラスター、タイダル、テンペスト、レドックス!雑魚共を蹴散らせぇ!」

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

『逆鱗』の一挙手一投足に、征竜の咆哮一つ一つに。

 

鼓膜を揺るがすほどの歓声が溢れ、更にヒートアップし続けるスタジアムの興奮。

 

…これ程までに凄まじい歓声をその身に浴びる事のできるプロデュエリストなど、彼と【王者】以外には存在しないのではないかと思える程に…

 

このスタジアム内に轟き続ける狂気の歓声は、まさに『逆鱗』のデュエルに魅入られた者達の熱狂そのモノ。

 

…これが、その身一つで【王者】と同じレベルにまで上り詰めた歴戦の男、劉玄斎。

 

およそデュエリストが到達できる最高点まで到達したにも関わらず、それを高笑いしながら蹴り飛ばした逸話を持つ…型にはまらぬ、首輪を引きちぎる、制御など出来ぬ暴れる大龍。

 

その、初めて生身の『逆鱗』を見て。そして、その凄まじいまでのデュエルを観て…

 

関係者のみが移動を許されている、観客席よりもステージに近い場所で…セリは、歓声の中で思わず言葉を漏らして…

 

 

 

「…すごい…これが本物の『逆鱗』…彼だけが従えられる、【征竜】…」

 

 

 

誰よりも『逆鱗』に近い場所で…そう、観客達の誰よりも『逆鱗』に近い場所で。

 

実物の『逆鱗』と、『逆鱗』にのみその使用を許された【征竜】を間近でその目に映したセリの眼は、きっとこのスタジアム内の誰よりも煌き輝いているに違いないことだろう。

 

初めて生で見る本物の【征竜】。この世界で、ただ一人のデュエリストにのみその使用を許されたモンスターの凄まじさはとてもじゃないが言葉にならない程に凄まじく…

 

それでいて、雄大な大自然のようにどこか毅然とした美しさすら醸しだしているその姿は、まさに全世界のデュエリストの憧れるドラゴンそのモノと言えるだろうか。

 

 

…この世界において、【征竜】というカードはその凶悪さ故か、使用・所持を『逆鱗』と謳われた劉玄斎を除いて、他の誰にも許されていない。

 

 

そう、【征竜】というカードの所持も使用も複製も、【征竜】に関わることは劉玄斎以外に絶対に認められていないのだ。

 

それは今や、学生達の教科書にだって載ることが決まっている程に、全世界の常識として知られている事実であり…

 

たった一人の男の戦いが世界の法にも刻まれるというその歴戦の重みは、劉玄斎という男の功績が他に類を見ない程に大きいという事の証明かつ実績とも言えるに違いない事だろう。

 

…決闘界の根幹に関わるほどの、あまりに大きいその力。それはたった一人の男の功績が、世界の法をも変えたという証。

 

その、嘘偽りなき、正真正銘本物の歴戦を築き上げている災害の竜達が…

 

 

 

【焔征竜‐ブラスター】レベル7

ATK/2800 DEF/1800

 

【瀑征竜‐タイダル】レベル7

ATK/2600 DEF/2000

 

【嵐征竜-テンペスト】レベル7

ATK/2400 DEF/2200

 

【厳征竜-レドックス】レベル7

ATK/1600 DEF/3000

 

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

竜が轟き、歓声が上がる。歓声が轟き、ドームを揺らす。

 

その全てを飲み込みし、『逆鱗』の叫びが大気を震わす。

 

…『逆鱗』が見せる、あまりに圧倒的過ぎる力。

 

その、観客達に、そして間近で見ているセリたちが見せつけられる『逆鱗』の雄大なる姿は、彼とそれ以外のプロとでは持っているモノが根本からして違うのだと言わんばかりの存在感となりて…まさしく3人の【王者】と比較しても同格、同等と呼べるに相応しい圧力を帯びて、スタジアム内部を揺らし続ける。

 

『逆鱗』と対峙しているプロだって、世界ランク12位の世界的に有名なトップランカーであると言うのに…

 

纏うオーラがあまりに違う…一体、どうやったら人間がこんな『猛者』となれるというのだろう。

 

一度ソレに中てられたことのあるセリは、『逆鱗』の放つ存在感の凄まじさがよく理解できる。

 

そう、持って生まれた才能と磨き上げた力。そしてデュエルに対する『熱』とデッキの波長があまりにマッチした紛れも無い『強者』のオーラは…言うなれば、およそ人間に到達できるとは到底思えないような、圧倒的過ぎる天上の実力。

 

…人間の常識では測れない、天上のデュエリスト達が住まう『極』の頂。それは先日、デュエル傭兵であったホトケ・ノーザンが放っていたモノと同種…

 

勝てないと思わせられる、圧倒的高みからの重々しい重圧。デッキが自らの意思を持ち、デッキが主を勝利へと導いているかのような展開…勝つべくして勝つ、約束された勝者の姿そのモノではないか。

 

自分がデュエルしているわけでもないのに、思わずソレを感じてしまったセリ。

 

それはまさに、『逆鱗』も常人の理解を超えた天上の実力を持っているということであって―

 

 

 

 

 

「クハハハハ!行くぜぇ!俺ぁブラスター、タイダル、テンペスト、レドックス!4匹の征竜でオーバァレイィ!」

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

そして…

 

デュエルも中盤…いや、終盤に差し掛かり。

 

スタジアムの中央、ステージ上で最も注目を浴びている『逆鱗』の宣言によって、4体の征竜が光となりて空を舞い始めたかと思うと…

 

ソレに応じて、歓声がより一層盛り上がりを見せ始め―

 

 

 

 

 

「怒りに震える逆鱗よぉ!歯向かう愚者を消し飛ばせぇ!」

 

 

 

 

 

天に叫ばれしその口上、大気を震わす激しき雄叫び。

 

それは大歓声の熱狂の中でも、重々しく響くのか。

 

『逆鱗』、劉玄斎が誇る己の切り札…世界の頂点で戦いを続ける、戦乱の中で生き続けるその『名』が…

 

 

 

今、ここに―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召かぁぁん!来やがれぇ、ランク7!【撃滅龍 ダーク・アームド】ォ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【撃滅龍 ダーク・アームド】ランク7

ATK/2800 DEF/1000

 

 

 

―現れたのは怒りに震える、力を纏いし黒鉄の豪腕。

 

巨大なる体躯、轟く咆哮。

 

刃翼を広げ、重々しい雄叫び響かせ…全身を牙と化したその姿は、まさに怒りに震える逆鱗そのモノ。

 

…これが、このモンスターこそが。『逆鱗』と呼ばれし、歴戦を戦う黒き龍。

 

シンクロ使いの対戦相手のカードとは対照的な、純黒なりしその姿を今ここに轟かせながら…主の猛りを体現せんと、敵へと向かって唸り叫ぶ。

 

 

 

「ッ!?こ、コレが『逆鱗』と呼ばれるモンスター…黒い、豪腕…」

 

 

 

ソレを一目見ただけで、明らかにスタジアムの空気が変わったことを感じ取ったセリ・サエグサ。

 

そう、【王者】と同格の男のその『名』となりし、【王者】にも等しき『異名』を持ったモンスター…

 

【撃滅龍 ダーク・アームド】―かつて前身となる『効果モンスター』から進化したという、劉玄斎によって創造された彼だけが持つ『逆鱗』と呼ばれし特別な存在。

 

それは【王者】達の持つ『名』と比較しても、なんら遜色無い天上のオーラを撒き散らかしているモンスターであり…

 

そんな【王者】にも匹敵する『逆鱗』が現れた瞬間に、このスタジアム内の空気が先程よりも更に熱く激しく重々しく『逆鱗』コール一色となったのだ。

 

…その凄まじさは言うに及ばず。

 

耳を劈き、内蔵を振るわせ、音が目に見えて震えているかの如く、スタジアム内の空気が実際に震えていて…

 

そして、ソレをその身で感じつつ。セリは、劉玄斎だけが持つ『逆鱗』のカードに見惚れており…

 

 

 

また…

 

 

 

「ひゃは…マジモンのバケモンじゃねーかよ『逆鱗』…【王者】と同格…わかるわー…」

 

 

 

音の塊に飲まれているからか、誰にも聞こえない、自分にだって聞こえない声で。

 

静かに…けれども自分でも意図していないとても大きな声で、音の塊の中へとそう言葉を零したゴ・ギョウ。

 

それは、実物を見る前にあれだけ『逆鱗』の力を疑問視していた彼も、実際にその目で本物を見たことでその認識を改めたが故の言葉なのだろう。

 

 

…簡単には認めないつもりだった。けれども、簡単に認めざるを得なかった。

 

 

それほどの迫力が『逆鱗』にはある。それだけの力を『逆鱗』は持っている。

 

…幼き日にその目で観た【王者】達のデュエルと、同じだけの威力を『逆鱗』は放っている。

 

ひねくれた少年が、素直にソレを認めざるを得ないほどに…それほどのモノを見せ付けてきた『逆鱗』に対し、ゴ・ギョウは自分の目で見たが故に、己の認識がどれだけ間違っていたのかを自分自身で理解できたのか。

 

 

 

「これが【王者】と同格と謳われるトップランカー…『逆鱗』、劉玄斎…」

 

「フゥー…凄まじうぃーねぇー…」

 

 

 

【王者】と同格…それは生半可な者に与えられる称号ではない。

 

ソレを、己の目と耳と体と…とにかく己の全てで感じ、そして思い知ったからこそ。

 

一応、本当に記者らしく『逆鱗』の写真を撮影している叔父を他所に。お互いが、お互いに聞こえない声ではあるものの、5大デュエル都市に数えられるデュマーレの街の、双璧とも呼べるセリとゴ・ギョウが同時に感嘆の声を漏らしてしまったのもある意味当然で…

 

この2人が、同時に感嘆の声を漏らしてしまったこの『逆鱗』のデュエルは…果たして、発展途上のセリとゴ・ギョウに、どんな成長を齎してくれるのか…

 

 

 

 

 

「これで…終わりだぁ!冥龍崩天撃ぃ!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして―

 

 

 

最初から最後まで、その圧倒的なる『力』その物を見せつけて。

 

 

 

デュエリア最大の賞金トーナメント、『ティマイオス杯』の決勝戦は…

 

 

 

『逆鱗』と呼ばれし黒き豪龍のトドメの一撃によって、劉玄斎の優勝で決着となったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

試合後―

 

 

 

 

 

「いいかYouたち、試合後はインタビュー禁止だからNA?」

「え、なんで?」

「…試合のヒートがまだ残ってるんだとさ。試合後数日は熱くなりすぎて、下手に声をかけるとぶっとばされちまうんだと…昔、バカな記者がナマイキな質問したら実際にボコボコにされたって噂も…」

「…うーわ『逆鱗』こっえー…」

 

 

 

熱狂していた戦いが終わり、記者たちが慌しく詰め掛けた関係者通路でのこと。

 

そこで彼らは、今まさに戦いを追えたばかりの『逆鱗』、劉玄斎が控え室へと帰って来るのを待っているところであった。

 

そして、その他局の記者たちに混ざって。セリとゴ・ギョウは、中央決報の記者である叔父と同じ腕章をつけ…

 

同じく、『逆鱗』がステージから帰って来るのを待っているところだったのだが…

 

 

 

「だからPhotoを撮るだけDA。取材は後日、『逆鱗』がOKを出してから…それまでは、誰も取材しちゃいけない…だからセリ、間違ってもデュエルを挑もうなんて思うんじゃないぞ?いいNA?絶対だZO?わかったKA?」

「…そんなに言わなくたってわかってるよ、そんなこと…」

「いーや、そのFaceはわかってない。その顔、俺の忠告を無視して勝手に突っ走ってた昔の兄貴にホントにそっくりだZE。お前が一番兄貴に似ているんだから間違いない。ガキの頃、俺だどれだけ兄貴に迷惑かけられたかお前は知らないんDA…」

「いや、流石に俺だってそんな無茶は…」

「いいNA?わかったNA?」

「わ、わかった…」

「ひゃはは、無茶はセリのセンバイトッキョだもんねー。もしもしもしもしもしかしなくても?挑む気満々だったんしょー?」

「いや、挑むっていうか…どうせならちょっと質問したかったって言うか…」

「でもでもでーも?あわよくばー?」

「…挑んでみたかったってうか…」

「ほらねー。」

「…勘弁してくRE…」

 

 

 

叔父にあまりに多くの釘を刺され、ソレと同時にゴ・ギョウにも真意がバレてしまっていたセリ。

 

しかし、叔父がこれだけ釘を刺したということは…それだけ、セリが『わかりやすい顔』をしていたと言うことでもあるのだろう。

 

また、セリ本人は上手く隠していた気になっていたその感情は、腐れ縁であるゴ・ギョウにも見破られており…これほどまでにバレているが故に、とうとうセリも隠す気すら起きなくなったのか。

 

…けれども、セリがそういった気持ちになっていたとしても、ソレはある意味当然だろう。

 

何せ、『逆鱗』は多忙を極める世界ランク1位のデュエリスト。プロでもない学生の身では、『逆鱗』と相見える機会などあるはずもなく…

 

このチャンスを逃せば、次に本物の『逆鱗』と会えるのはプロになった後…それもトップランカーに上り詰め、そしてその魔窟で生き続けないといけないのだ。

 

次に本物の『逆鱗』に会えるのは、果たして何年後になるのか…下手をすれば、自分がトップランカーに上り詰める前に引退してしまう可能性もあるのだ。

 

だからこそ、降って沸いたこのチャンスに是非とも『逆鱗』と直に言葉を…あわよくば、一戦交えたい気持ちもセリにはあったのだろう。

 

まぁ、本物の『逆鱗』の戦いを間近で見られただけでも奇跡だったのに、これ以上を望んでしまったら罰が当たってしまうかもしれないという気持ちも確かにセリにはあるのだが。

 

ともかく…

 

 

 

「ッ、き、来たZE…いいなセリ、大人しく…」

「わ、わかってるよ…」

 

 

 

熱狂のステージを降り、ついに関係者通路へと現れた『逆鱗』。

 

しかし、その『逆鱗』の姿を一目見て…セリは、少しでも声をかけようと思っていた自分の浅はかな考えが果たしてどれだけ危険なモノであったのかをようやく理解した様子。

 

そう、ステージの熱狂をその身で受け止め。そしてあまりに猛り、滾り、昂ぶった戦いを見せていた『逆鱗』の今の姿は…

 

…あまりに、『熱く』なっていたのだから。

 

 

 

(ッ…こ、恐い…す、少しでも触った爆発しそうだ…)

 

 

 

写真を取るだけで、無言で『逆鱗』を見送る記者たち。

 

デュエリア最大の賞金トーナメントを制したというのに、『逆鱗』の足音とカメラのシャッター音だけが響くこの通路がまるで異次元にでもなったかのように…

 

とてつもない緊張感が通路に充満し、ソレ以上の熱が『逆鱗』を覆っている。

 

 

…今の『逆鱗』の状態は、明らかに臨戦態勢のドラゴンそのモノ。

 

 

そう、確かに先の試合は『逆鱗』が優勝したとは言え、終始『逆鱗』が押していたとは言え。

 

それでも先ほどのデュエルはプロのトップランカー同士の戦いらしく、相手側も相当に鋭い手を幾度も繰り出し、『逆鱗』の喉下を何度も食い破りかけていたのだ。

 

そんな白熱した戦いを繰り広げ、観客達からあれだけのか熱狂を投げ込まれれば…

 

『逆鱗』が、試合後もこれだけの熱を帯びているということも、ソレはある意味当然と言え…

 

 

 

(恐い…けど、これが本物の『逆鱗』…俺もいつかあの舞台で『逆鱗』と…俺だったらあの場面で…俺なら…くそっ、戦いたい、本物の『逆鱗』と…)

 

 

 

けれども、触れたら爆発しそうな『逆鱗』の姿に少々の恐さを覚えていても。

 

それでもセリの心には、あれだけ分かりやすい強さを見せ付けてきた『逆鱗』へと向かわせる…好戦的なる戦いへの意欲と、好奇心からくる強さの探求が沸き起こってきている様子。

 

…恐い、けれども戦いたい。

 

もしかしたら、自分程度では手も脚も何も出せずに蹴散らされるだけかもしれない。それでも、『逆鱗』の持つ強さをその身で体感し、そして今よりもっと高い場所に行くきっかけを自分もつかみたいのだと…

 

無茶は承知。そもそも、声などかけられない。

 

それでも、心の中で自分ならば『逆鱗』とどう戦うのかを無意識に考えてしまうセリの確かな戦意は…あれだけの戦いを見せ付けてきた『逆鱗』を前にしても、今にもはち切れそうに膨らもうとしているのか。

 

 

 

(ドラゴン族だから超魔導剣士を軸に…リソースの削り合いじゃ絶対に勝てないから、一撃を狙う形にすれば…そのためにはアレとアレを組み合わせて…俺なら…俺のデッキなら…戦いたい、『逆鱗』と、今すぐにでも…)

 

 

 

そんな才能豊かが故の少年の思考と、無謀なるも己の力がどこまで『逆鱗』に通用するのか知りたいセリの知識欲が…

 

 

セリの理性の中で強く混ざり合っていた…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「…おい…誰に殺気向けてやがんだぁ!」

 

 

 

―!

 

 

 

突如…

 

 

 

『逆鱗』が、セリの目の前を通ったその瞬間―

 

 

 

「ッ!?カッ…ハッ…」

 

 

 

突如として関係者通路に怒声が響き、その刹那になんとセリの体が苦しげな呼吸と共に空中に浮かび上がったのだ―

 

 

…誰も…誰も、その状況が理解出来ては居なかった―

 

 

そう、誰が予測出来ていたというのか。

 

誰も口を開いておらず、『逆鱗』の足音とカメラのシャッター音だけが反響していた関係者通路で…

 

記者達の誰もが、『逆鱗』の機嫌を損ねぬよう暗黙の了解で口を噤んでいたはずの関係者通路で…

 

 

 

…『逆鱗』が、いきなり怒り来るってセリの首を掴んで持ち上げるだなんて―

 

 

 

(い、息が…出来な…)

 

 

 

…瞬間の事に、何が起こったのかを誰も理解できず。

 

そう、記者たちも、付き人たちも、もちろんセリ自身だって。今、何が起こったのかを誰も理解出来ないままに、突如『逆鱗』が激昂し始め―

 

 

 

「う、ぐっ…」

「ッ!お前セリに何やってんだコラァ!」

 

 

 

また、これも瞬間的に―

 

『逆鱗』へと向けて声を荒げたのはセリの叔父…ではなく、この場で最も若いであろう、デュマーレ校のゴ・ギョウだった。

 

…友に危害が及んだからか、それとも腐れ縁が故の反射的行動か―

 

呆然としている大人達を他所に、一人反射的に『逆鱗』の腕へとしがみ付き。

 

首を絞められているセリを助けようと、若さゆえの反射で『逆鱗』からセリを引き離さんと…

 

 

 

しかし…

 

 

 

(ひょっ!?ビ、ビクともしな…)

 

「あぁ!?何だテメェはぁ!」

「ひゃ!?」

 

 

 

ゴ・ギョウ1人がぶら下がっても、微塵も下がらぬ『逆鱗』の腕。

 

そう、『逆鱗』の手を下ろそうとぶら下がるも、細身のゴ・ギョウ程度の体重では丸太のような『逆鱗』の腕は微塵も下がる気配もなく…

 

そのまま反対の手で、歯向かったゴ・ギョウも簡単に鷲掴みにされてしまったではないか―

 

 

 

「クソガキ共が…俺に殺気向けるたぁいい度胸じゃねーかぁ!覚悟できてんのかぁ!?あぁ!?」

「けふっ、う…」

「ひゃ、ひゃは…」

 

 

 

首を掴まれ、呼吸すらままならないセリ。

 

胴体を掴まれ、軽々と持ち上げられているゴ・ギョウ。

 

怒号が轟き、怒気が溢れる…一体、何が『逆鱗』の癪に障ったのか。

 

そんなコト、全くもってわからないセリや記者たちからすれば…この一瞬に、一体何が起こったのかすら、理解することもままならず…

 

明らかに昂ぶりすぎている『逆鱗』。誰も失礼な質問や失礼な態度は取っていなかったはず。そうだと言うのに、『逆鱗』がこうも激昂を見せるというその驚きは…

 

セリとゴ・ギョウ、2人の少年達に、『逆鱗』が決闘界でも『何』と呼ばれていたのかを走馬灯の様に思い出させるのか…

 

 

 

『暴れ狂う大災害』―

 

 

 

そう、王者と同格と謳われてもなお、王座を踏みつける戦闘狂と呼ばれている、世界にとっての『逆鱗』の呼び名の一つ。

 

力を持って世界を制し、実力を持って観客を沸き立たせ、武力を次第に積み重ねるとともに、助力など必要とせず上へと昇り詰め…

 

そして圧力を持って周囲をひれ伏させ、権力を物ともせず我が道を突き進み、魅力を備えつつも蛮力を奮い…

 

…最終的に、純粋なまでの『暴力』によって恐怖を抱かれるまでに到ったという、その呼び名の意味を―

 

 

 

(うっ…し、死ぬ…ほ、ホントに…死…)

 

 

 

きっとおそらく一瞬の刹那。

 

しかし永遠にも感じるその思考。

 

まるで走馬灯を見ているようにゆっくりと流れるセリの思考の世界は、たった今『逆鱗』に首を絞められ持ち上げられたばかりだというのに、この一瞬で相当な量の思考をその頭の中に張り巡らせたに違いない。

 

 

しかし、それでも苦しみは次の一瞬にやってくる…

 

 

酸素が途絶え、痛みが生じ、苦しみだけが襲い掛かるその感触。

 

ソレは紛れも無く、文字通り『逆鱗』の手によって自分の命に危機がすぐそこまで迫ってきているということ。

 

 

…ただ、戦いたいと思っただけなのに―

 

 

そうだと言うのに、渇望してしまうことすらダメなのか。

 

その、まるで野生の獣のように研ぎ澄まされていた『逆鱗』の察知能力に対し…セリの心には、せめて死ぬのなら『逆鱗』とのデュエルの果てに死にたかったという、一種の諦めにも似た馬鹿げた思想が徐々に募り始め…

 

 

そうして…

 

 

 

(ぁ…)

 

 

 

ほんの一瞬、けれども永遠にも似たその乱暴に。

 

セリの意識が、魂ごと飛びかけてしまった…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

 

「やめんか小龍!」

「あぁ!?」

 

 

 

廊下の奥から突如として、『逆鱗』へと向かって響き渡ったのは年季の入った老人の怒声。

 

すると、その声に反応するようにして…僅かだがセリの首を掴んでいた『逆鱗』の手が緩み、セリの飛びかけた意識と魂がその身へと引き戻されてきて…

 

そして、そのまま声の主は怒りを顕にしたまま、廊下の奥からこちらへと向かって歩いてきたではないか―

 

それは長く伸びた白髪と白髭に顔を隠し、しかし鋭すぎる眼光が相当の怒りを孕んでいることを誰しもに分からせている…まるで仙人か妖怪…そう、『妖怪』の呼び名があまりに似合っている、相当年季の入った一人の老人であり…

 

そのまま、突如現れた老人は…

 

 

 

「綿貫の爺ぃ!テメェ何でこんなトコに…」

「うるさいわ馬鹿者が!それよりその子達がお主に何をした!何も言わず、少しも動かず!ただ立っておっただけじゃろうが!」

「うるせぇよ!このガキが俺に殺気を向けやがったんだ、それがどういう意味か教えてやってるだけだろうが!邪魔すんだったらいくら爺ぃでも…」

「黙らんか!いいからその手を離せ!いくら儂でも、人殺しは容認せんぞ!」

「チッ…」

 

 

 

怒りを纏った『逆鱗』に対し、全く怯む事もなく強い言葉を浴びせ続けるのみ。

 

…普通、怒り狂った『逆鱗』に対し、こんな言葉を浴びせるなど自殺行為にも等しい事だと言うのに。

 

何せ、若かりし頃から粗暴な面が良く知られている劉玄斎。そんな彼に対し、綿貫と呼ばれた老人は少しも怯む事も無く…ただただ叱りつけるように、『逆鱗』へと怒声を浴びせ続けるだけであり…

 

…一体、この老人は何者なのか。そう、『逆鱗』の劉玄斎を『小龍』などと呼び捨て、怒った『逆鱗』を言葉だけで制することの出来る者など…

 

まぁ、この老人の事を何も知らぬセリ達からすれば。そして今にも死に掛けたセリからすれば、この老人が誰であろうと助けてくれたことに変わりは無いのだから、とにかく『逆鱗』に一刻も早く首を掴んでいる手を離して欲しいという考えしか浮かび上がりはしないだろうが…

 

しかし、この老人が誰であれ。唯一つ言えることは、『逆鱗』にとってこの『妖怪』染みた老人は逆らっては行けない存在であるということだろうか。

 

…そう、そのまま『逆鱗』と老人は、少ない言葉の応酬をしたかと思うと。

 

なんと、あれだけ昂ぶっていた『逆鱗』が。素直に、セリとゴ・ギョウを離し始めたのだから―

 

 

 

「…ゲホッ、ケホッ…し、死ぬかと…思った…」

「ミ、ミートゥー…」

 

「頭を冷やさんかい馬鹿者。何が『殺気を向けられた』じゃ。子ども相手にムキになりおって…何もされておらぬのにあんな暴挙、完全にお主が悪いに決まっておるじゃろうが。」

「…チッ、一々口うるせぇ老いぼれだなぁおい。」

「おい…貴様反省しておるのか?ある程度の好き勝手は許してやるが…度を超えると…」

「へいへい、わかってんぜぇ。確かに、ちっと大人げなかったなぁ、クハハハハ。」

 

 

 

先程までの、火の付いた爆弾にも似た怒りはどこへやら。

 

老人が現れたことで、何やら毒気の抜けたような声へと変わった『逆鱗』が…その雰囲気を180度転回させ、笑いまで交え始めたではないか。

 

そして『逆鱗』は、今の今まで掴んでいた2人の少年達を見て…正確には、セリ達の腕…社名の書いてある腕章を見て…

 

 

 

「中央決報かぁ…クハハ、テメェんとこ、面白ぇガキが居るみてぇだなぁ。」

「は、はひ…」

 

 

 

怒りではない。寧ろ少々愉快に思っているかのような声で。

 

後方で固まっていた記者達の中から、少年達と同じく『中央決報』の腕章をつけていた男へと向かって、そう声を伸ばした『逆鱗』、劉玄斎。

 

…この一瞬の出来事に、まるで着いてこれていない大人達。

 

その中でも、特に何が起こったのかを全く理解できないまま固まっていたセリの叔父は、突然『逆鱗』に声をかけられた事で、どこかマヌケな声を漏らしており…

 

…そのまま、『逆鱗』は呆然としている大人達の事などどこ吹く風で。

 

セリ達の方へと再度向かい直すと、これまた先程とは打って変わった態度を見せながら、ゆっくりとその口を開き始めた。

 

 

 

「おぅボウズ共。悪かったなぁ、あんな殺気向けられちまったもんだから、ついカッとなっちまったぜ。」

「いえ…こ、こちらこそ、すみませんでした…」

 

 

 

…別に、セリが謝らなければならない事ではないというのに。

 

セリの口から思わず出てきてしまった言葉はあろうことか、殺されかけた『逆鱗』に対する謝罪を含んだ言葉であった。

 

…それは『逆鱗』を激昂させてしまったことに対する謝罪か、それとも単純な恐怖から来るモノか。

 

まぁ、アレだけの激昂を間近で見せられてしまったために、いくら落ち着いたとはいえ『逆鱗』に対しての恐怖をセリが抱いてしまっていても、それは仕方のない事ではあるのだが…

 

 

 

「少年達や、すまんかったのぅ。この件に関しては全面的にこちら側が悪い。この詫びは後で儂の方から送らせる…じゃからここは穏便にしておいてはくれぬか?」

「え?あ、は、はい…だ、大丈夫です…」

「うむ、本当にすまんかった。この男には儂の方からキツく言っておくからの。」

 

 

 

それでも、確かに間近で感じた『逆鱗』の迫力はセリの想像以上であったのだろう。

 

綿貫と呼ばれた老人に手を引かれ立ち上がったセリの足は、飛びかけた意識の所為でまだ少々震えており…

 

ソレが老人にも伝わったのか、『逆鱗』を叱りつけていた声とは真逆の優しい言葉でセリへと声をかけてくる。

 

 

 

「おう、お前もすまなかったなぁ。大人達が固まってんのに、ガキのお前の啖呵が良いモンだったからついイラっときちまったんだ、クハハハハ。」

「…」

 

 

 

また、『逆鱗』は摘み上げていたもう1人の方…チャラチャラとした恰好と雰囲気の、サングラスの少年へと、ゆっくりと手を差し伸べ起き上がらせて。

 

…一応、冷静になれば自分のしでかしたことがどれだけ大人げなかったのか、激昂していた『逆鱗』にも充分に飲み込めたのか。

 

自分が殺しかけてしまった聡明な少年と、怒りをぶつけてしまった軟派な少年へと…重々しい笑いを響かせながら手を差し伸べる今の『逆鱗』の姿は、とてもついさっきまで激昂していた男とは思えない程に人が変わってしまったかのよう。

 

…噴火と、冷沈。

 

その相反せぬ二面性を、竜の逆鱗で無理やりに封じ込めているからこそ…『逆鱗』と呼ばれる劉玄斎の怒りが爆発したときには、『暴れ狂う大災害』と呼ばれるまでの被害を齎してしまうのだろう。

 

そんな、体験したくはなかったであろう『逆鱗』の怒りを、まともに受けた少年達を起き上がらせた後…

 

 

 

「…小龍、お主はこれから説教じゃ。覚悟せい。」

「おいおい…俺ぁこれから違う仕事があんだよ。つーか、説教とかガキみてぇな事…」

「黙れ。鷹峰といいお主といい、お主ら何時まで儂に苦労をかける気なんじゃ。少しは浜臣や憐造を見習ったらどうじゃ。何時までも所帯を持たんとフラフラフラフラ…」

「…チッ、アイツも似たようなモンだろうが…」

「何か言ったかの?」

「いいや、別にぃ?」

 

 

 

嵐が一瞬で過ぎ去ったかのように。何が起こったのかを未だ理解できていない大人達と、危険な目に遭った少年達を背に…

 

『妖怪』のような老人に連れて行かれるようにして、『逆鱗』がこの場を立ち去り始めた…

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「ねぇねぇ『逆鱗』サマー。まさか謝って終わりにするつもるぃー?」

「…あ?」

 

 

 

去り行く『逆鱗』へと向かって、徐に背後からぶつけられたのは…明らかなる『敵意』を孕んだ、どこか重量を持った若い声。

 

…いや、その声質は、どこまでも軟派かつ軽快なモノになっていたのだから…ある意味、その声に重量が含まれていたというその矛盾感に対し、声をかけられた『逆鱗』も思わず、反射的に背を向けてしまったとしても、ソレはある意味当然と言えるだろうか。

 

…見逃してもらったというのに、それでも『敵意』と共に声をかけてきたその主。

 

そして、振り返った『逆鱗』の視線の先には…つり今まで吊り上げていた、軟派な恰好と雰囲気をした一人の男が。

 

明らかなる敵意を剥き出しに、『逆鱗』へと向かってサングラス超しに視線を突きつけているではないか―

 

 

 

「随分といいご身分じゃなうぃーのー。一般ピーポーなチャン僕達に?こんな暴力振るっといて?頭も下げずに言葉だけで済まそーだなんてさー。誠&意が足りなさすぎぃ!ってカーンジィ?」

「お、おいギョウ!お前なんでそんなややこしくすること…」

「セリは黙ってろよ!…これはチャン僕の腹の虫の問&題…折角?『逆鱗』の実力が?モノホンだって思ったってーのに…当の本人がこんなクズじゃあ、ガッカリ&ガックシwithカッチーン!ってね!」

「いや、それ全部同じ意味じゃ…」

「クハハハハ!俺をクズたぁ言いえて妙じゃあねぇか!あんな目に遭ったってぇのに、そこまで言えるなんざ中々肝が座ったガキだぜテメェはよぉ!」

「褒められてる気がしなうぃーねー!それより、詫びもナシにサヨナラするなんていいご身分ですねーって言ってんだよコッチは!」

 

 

 

軟派な彼には珍しく、しかしある意味納得のいく態度で。

 

暴れ狂う大災害と恐れられし『逆鱗』に対し、次々と言葉をぶつけ続けるゴ・ギョウ。

 

先程、『逆鱗』にあんな目に遭わされたと言うのに…ここまで言い返せるゴ・ギョウの精神は、並の学生では到底真似出来ぬ図太くも強靭なモノとでも言うのだろうか。

 

…まぁ、確かにゴ・ギョウの言う通り。

 

普通に考えれば、プロデュエリストの暴力事件として騒がれてもおかしくない先の騒動に対し…【王者】と同格の『逆鱗』だからというだけで穏便に済ますだなんて、当事者であるゴ・ギョウからしても腹の虫が収まるわけもないのだろう。

 

…始めは認めて居なかった【王者】と同格の男。しかしその戦いを生で観て認めざるを得なかった本物、『逆鱗』。

 

そんな、自分が認めてしまった男が…自分の立場に胡坐をかいて、こんな簡単に人に危害を加える男だったというその事実が何よりもギョウには許せないのか。

 

…けれども、怒りの熱を発しているゴ・ギョウに対し。再度、冷静になった『逆鱗』が口を開き始めて。

 

 

 

「まぁ、確かにテメェの言う通りかもなぁ。殺しかけといてゴメンで済みゃあ、警察はいらねぇってなぁ…んで、アロハシャツ…テメェは俺に何をさせてぇんだぁ?」

「あ、な、何って…」

「金かぁ?カードかぁ?それとも騒動を表沙汰にでもするかぁ?ま、金やらカードやらはいいとして…ンな事しようとしたら、もっと暴れされてもらうがよぉ、クハハハハ。」

「ッ…」

 

 

 

重々しい…

 

『逆鱗』の口から語れるは、声が実際に重量を持っているのではないかと錯覚するほどの…臓物を揺らし、大気を振るわす、冗談抜きの声による威嚇。

 

『逆鱗』が、暴れる…

 

ソレは、単なる脅しではなく。先程、実際にその片鱗をその身で体感したゴ・ギョウだからこそ理解できる恐さとなりて、『逆鱗』の口から発せられる。

 

…言葉に詰まってしまったゴ・ギョウの姿を見るに、ギョウとて『逆鱗』がこうも大人しく話しを進めると共に、こんな分かりやすい威嚇を飛ばしてくるだなんて予想外&想定外であったのか。

 

…けれども、若さに任せてここまで出張ってしまったからに引くわけにはいかない。

 

そう、ここで引いてしまえば、『逆鱗』に逆らえなかったと認めてしまうということ。感情に任せて啖呵を切って、けれども恐いのでゴメンなさいなんてダサくて恰好悪いこと…『自由』が心情の彼にとっては絶対に認めたくはないことなのだから。

 

…一瞬の沈黙が通路に響く。

 

これ以上は黙れない。これ以上は長引かせられない。自分が認め、けれども認めたくはない絶対の敵に…沈黙という負けを認めて頭を下げるなど、彼には絶対にしたくはないこと。

 

そんな瞬きほどの一瞬が、永遠に感じられるであろうその緊張感の中で…

 

絶対に『逆鱗』から逃げたくは無いというギョウが出した、その答えは…

 

 

 

「ひゃは…そういや『逆鱗』サマって、試合後のインタビューって絶対にタブー&NGなんだっけ?」

「…あぁ。そこいらの二流記者どもに、あるコトないコト言ってねぇコトやってねぇコトまで書かれっからなぁ。許可した時に許可出した奴じゃねぇとOKはしねぇ…ソレがどうした?」

「だったらさー!お詫びの姿勢を見せてもらおーじゃなうぃーのー!ここで?試合後のこの場で?中央決報のニューフェイス、チャン僕の質問に、しょーじきに一個答えてよねー!」

「…あぁ?」

 

 

 

ゴ・ギョウが出したその答え…

 

それは暗黙の了解として業界に知られているその禁忌に、あろうことか自らが踏み込むという暴挙であった―

 

果たして、ソレが『誠意』に当たるのかどうかなど、その提案をしたゴ・ギョウにしかわからないことではあるものの…

 

それでも、意を決しようにソレを述べたゴ・ギョウの雰囲気は、『逆鱗』相手にも全く引くつもりはないのだという決意の表れとでも言えるだろうか。

 

…ただで引くつもりはない、簡単に折れるつもりもない。

 

デュマーレ校1の曲者と言われている、ゴ・ギョウの捻くれつつも真っ直ぐな敵意。その彼から発せられる言葉を受けて…

 

『逆鱗』もまた、何かを考える素振りを見せ…

 

 

 

 

「…わかった。一個だけだぜぇ?テメェがそう言ったんだからなぁ。あと、もしアホな記事出しやがったら今度こそテメェの会社潰すからなぁ?」

「ひゃは、充&分!じゃあ『逆鱗』サマに質問させてもらおーじゃん!」

 

 

 

そして、これまでタブーとされてきた、『逆鱗』への試合直後の質問という暴挙の許可を取り付けたゴ・ギョウが。

 

迷い無く、『ソレ』を聞くことを始めから決めていたかのように…

 

今、『逆鱗』へと向かって―

 

 

 

 

 

「なんで【王者】にならないん?」

「あ?」

 

 

 

ゴ・ギョウの口から飛び出た質問。それは、あまりに使い古された『逆鱗』への質問であり…それは、世界の常識とまでなっている質問であった。

 

【王者】と同格と呼ばれている『逆鱗』の、【王者】にならぬその理由など…これまで何度社会に報道されてきたのか数え切れぬモノであり、そんなモノは最早世界にとっての常識中の常識となっているモノ。

 

そう、『王座を踏みつける戦闘狂』と呼ばれる事もあることから、何故『逆鱗』が【王者】に何故ならないのかなんて子どもだって知っている事なのだ。

 

…それ故、今更そんなことを『逆鱗』に聞く者など、皆無と言っても過言ではないだろう。

 

あれだけ威勢の良い啖呵を切っておきながら、最後の最後で気後れしたのか…まぁ、よくよく考えてみればこんな若い新人記者が、若さに任せて『逆鱗』に喧嘩を売っただけでも賞賛に値する無謀者ではあるのだが。

 

ともかく…

 

 

質問を受けた『逆鱗』も、どこか呆れたような顔をしながら。少々拍子抜けしたような声質で、ゆっくりとその口を開き始めた。

 

 

 

「クハハハハ!ソイツぁ昔から何べんも聞かれてることじゃねぇか。勉強不足だなぁガキぃ。」

「…」

「ま、約束は約束だから別にいいけどよぉ。俺が【王者】にならねぇ理由?それはなぁ…俺ぁ【王者】に興味がねぇんだ。あんな偉そうな椅子にふんぞり返って、偉そうな態度取り続けるなんざ俺のガラじゃあねぇ…これで満足かぁ?」

「…ふーん、興味ナッシングねー…」

「そんじゃ、誠意は見せたからなぁ。クハハ、威勢がいいのは最初だけだったなぁおい。んじゃ、俺ぁとっとと帰らせてもらうとするぜぇ。」

 

 

 

そして、これまで『幾度』となくそう答えてきたテンプレートを簡潔に述べて。

 

もう、この場に用はないのだとして。再度、『逆鱗』が記者たちに背を向け歩き出し…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「そんで本音は?ホントは?しょーじきな所はどーなん?」

「…あ?」

「そんな上っ面の理由じゃなくてさー、『逆鱗』サマの本音中の本音は何なんって聞いてんの。」

 

 

 

再び『逆鱗』の背後から、今度はからかうような軽い声で…

 

『逆鱗』が、『そう答える』のすらも織り込み済みだったかのようにして…再度、『逆鱗』へと声をぶつけたゴ・ギョウ。

 

反射的に振り返った『逆鱗』へと、続けざまに言葉をぶつける。

 

 

 

「自分で言ったことは守ってよねー!チャン僕の質問に、『しょーじき』に答えるって約束したじゃんねー!流石にさっきのアレが全部の答えじゃないってわかってるってのー!」

「…テメェ、何が言いてぇ…これ以上うざってぇコト抜かすなら…」

「あ、もしかして失礼な記者ボコすってアレ?ひゃは!さっきもボコられかけたから?ンな脅し恐くもなんともないってのー!それよりあんな当たり障りないテンプレ言い捨てて?誠意見せたとか冗談じゃなうぃーよー!興味ナッシングで【王者】の席蹴れるわけ無うぃーからね!もっと他に理由あんだろ?【王者】舐めんなよ!」

「…だからテメェはさっきから何が言いて…」

「アンタの本音、言えつってんだよ!【王者】を蹴ったホントの理由を、約束どおりしょーじきに!さぁさぁさぁ、『逆鱗』の誠意?見せてもらおーじゃなうぃーのー!ひゃはははは!」

 

 

 

重々しい『逆鱗』の声に反抗せし、どこまでも浮ついたゴ・ギョウの叫び。

 

ソレはある意味、真逆の生き方をしている彼らだからこそ成立する声の応酬とでも言えるだろうか。

 

…その声は、『逆鱗』に気圧され気後れしていた声では断じて無く。

 

そう、誰であっても萎縮してしまうであろう、物理的に押さえつけられるような『逆鱗』の重々しい声に捕まらずに…ここまで言葉を返せるモノなど、『人生カルく生きてナンボ』が心情のゴ・ギョウだからなのだろう。

 

まるで悪戯が成功した、怖いモノ知らずの悪ガキの声質。それも、出し抜いてやったと言わんばかりの、性質の悪い飄々とした声。歴戦のデュエリストたる『逆鱗』を相手にしているというのに、『してやったり』の意地の悪いその態度は彼の生き方である『チャラく、うるさく、いやらしく』をコレ以上無いくらいに表していると言うことは最早言うに及ばず…

 

…しかし、ゴ・ギョウの質問を耳にして。後ろで固まっているだけであった記者達の中には、数人だけだがハッとした様子で何かに気付いてしまったベテランの記者達も居る様子。

 

 

そう、ゴ・ギョウは世界の常識にヒビを入れたのだ―

 

 

…それは『逆鱗』のあり方に、最初から疑問を抱いていたゴ・ギョウだからこそ気付けたモノ。

 

ハッとしているベテラン記者たちが、後ろに数人居ることがその証拠。確かに『その問い』に関する『逆鱗』の答えは、もう十数年前から変わってはおらず…それはある意味、『逆鱗』のポリシーがこの十数年間全く変わっていないことを意味することではあるのだが…

 

―けれども、確かにゴ・ギョウの言った通り。

 

よくよく考えてみれば、『面倒くさい』や『ガラではない』といった我が侭で、【王者】の席を蹴ることなんて出来るわけもないのだ。

 

…あの決闘界最大の問題児と言われている、エクシーズ王者【黒翼】ですら超巨大決闘者育成機関【決闘世界】による【王者】就任の取り決めに、無理矢理従わされた過去の歴史があると言うのに。

 

ソレは言い換えれば、王者【黒翼】ですら『そう』だと言うのに…トップランカーに過ぎない『逆鱗』だけが【決闘世界】の取り決めに反抗できるだなんて、考え直してみれば『違和感』どころか『異常』とも呼べる出来事であるのか。

 

…決闘界の法律とも呼ばれる、謎に包まれた超巨大決闘者育成機関【決闘世界】。

 

その決定は、決闘界の風雲児たる『逆鱗』とて覆していいようなモノではないはず…

 

これまでは『逆鱗』だから、とか『逆鱗』だし、とか言った、ある種の『慣れ』の所為で世界の常識になってしまっていた違和感を感じさせぬほどのその『異常』。

 

そんな世界の常識になってしまっていた、誰も考えようとしなかった『異常』に違和感を感じたまま突き出したゴ・ギョウの声によって…

 

この騒動を聞いているだけだった大人の記者たちも、どこかこれまでの『逆鱗』の答えに違和感を覚え始めている様子を魅せており…

 

 

 

「テメェ…」

 

 

 

しかし、ゴ・ギョウの声を受け…

 

振り返った『逆鱗』の額には、少々イラついているのが傍から見ても分かるほどに血管が浮かび上がってきていて―

 

 

 

(…ひゃは…ちょい言いすぎちゃったカーンジィ?…やっべぇー…)

 

 

 

肩を震わし始める『逆鱗』。

 

まさか爆発する前兆か―

 

その『逆鱗』の姿を見て、誰もが『逆鱗』が怒り狂うのではないかと身構え始め…中には逃げ出した記者も居るものの、多くの記者達はジリジリと後ずさりするだけで、恐怖で逃げ出す事もできず…

 

…現在では少なくなったものの、一昔前の『逆鱗』の周囲で相次いでいた暴力事件の数々は到底この場で数え切れるモノではない。

 

そう、暴れ狂う大災害とまで呼ばれた劉玄斎が、この場で怒り来るって暴れだしてしまえばここに居る全員が巻き込まれてしまう事は必至。けれども、『逆鱗』の発する重力のようなオーラに中てられ…

 

少年達も大人達も、誰もがこの場から離れられず…

 

 

 

そして…

 

 

目の前に居る、ナマイキにも突っかかってきた少年へと向かって。

 

不意に、『逆鱗』がその丸太のような手を持ち上げ―

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハハ!こりゃ一本取られたぜぇ!俺にソコまで突っ込んで聞いてくる奴ぁ今までいなかったからなぁ!ビビってる大人とは違って大したタマじゃぁねぇか!」

「ひょ?」

 

 

 

しかし…

 

怯え慄き身構えた、多数の記者達の予想に反し。

 

『逆鱗』の口から響いたのは、怒りなど感じさせぬ笑い…生意気なガキの戯言を肴にしているかのような笑い声であった。

 

…『暴れ狂う大災害』をまるで感じさせぬ、心の底からの笑い声。

 

そのまま、怒りとは真逆の笑い声を聞いてあっけに取られている全員を他所に。

 

ゴ・ギョウへと向かい直した『逆鱗』が、更に続けて言葉を放る。

 

 

 

「中央決報の小僧…テメェ、名は?」

「ゴ・ギョウ…」

「ギョウ、か。…いいぜぇ、ガキの癖に大したタマだ。気に入ったぜ、そんなテメェにだったら教えてやってもいいかもなぁ、俺が【王者】にならねぇ理由って奴を。」

「ひゃは…そりゃどーも…んじゃ、本音は何なん?」

「あぁ、俺が【王者】にならねぇホントの所は、まぁ興味がねぇっつうのも理由の一つだが…俺ぁなぁ、戦い続けなきゃならねぇんだ。【王者】になったら、色んな制約の所為でデュエルする機会が極端に減っちまうし…何より、最前線に立てなくなっちまう。俺が『ここにいる』っつー証しが、【王者】になったら極端に減っちまうんだよ。」

「…証し?」

「あぁ。俺が、今、どこで戦ってるのか…俺が、今、どんな戦いをしてんのか…ソレを、俺は常に見せ付けておきてぇんだ。俺が今『ここにいる』ってことをなぁ。だから綿貫のジジイに無理言って、【王者】の席は蹴った…ってわけだ。どうしてもやり続けてぇ事がある…つってな。」

 

 

 

『逆鱗』の口から語られるは、これまで世界の誰も聞いたことのないような…彼の心の内の本音、世界の誰も知らぬ真意。

 

…【王者】になるよりも優先させたい、譲れない『何か』がある。

 

それは、彼の生き方と言うよりも…

 

まるで、『誰かを待っているような雰囲気』で―

 

 

 

「ま、それに【決闘世界】にゃ、俺に強くモノ言えねぇ幹部も居っからなぁ!クハハハハ、ソイツ利用して、無理を押し通したってわけだぜ!…さぁて、これ以上はプライベートだ。今度こそ正直に答えたし、もう文句はねぇよな?」

「…うぃー。」

 

 

 

そうして…

 

約束は果たしたのだとして、もう後腐れは無いのだとして。

 

…もう、この場には用は無いのだと言わんばかりに。

 

今度こそ、『逆鱗』がこの場に背を向け立ち去り始め…

 

 

 

「あぁ、そういやガキ共…」

 

 

 

 

 

いや、立ち去る前に…

 

『逆鱗』は、再度セリとゴ・ギョウへと顔だけで振り向いて―

 

 

 

「ここで合ったのも何かの縁かもなぁ。テメェらがもし『ここ』まで上がってきたら…その時は、ちゃぁんとデュエルしてやるからよぉ…精々頑張りなぁ、学生さん。」

「ッ!?」

「ひょ!?」

 

 

 

 

…と。

 

それだけ言って、去っていったのだった―

 

 

 

「…バレてたな。」

「ひゃはは…そだね。」

 

 

 

間近で喰らった『逆鱗』の迫力。

 

それは【王者】と同格と謳われる伝説のデュエリスト、『逆鱗』の力の一端をこれ以上無いくらいにセリとギョウへと感じさせた。

 

果たして…思いもよらぬ状況で、『逆鱗』の圧を喰らったセリとギョウの心は、一体何を感じたのだろう。

 

静かに去り行く暴龍の後姿を…

 

セリとゴ・ギョウは、ただただ静かに見ているのだった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「ジジイ、アレでよかったのかぁ?」

「うむ、上出来じゃ。」

 

 

 

『逆鱗』の為に用意された、スタジアムの控え室でのこと。

 

つい先程、少年達2人に乱暴を働いていた『逆鱗』、劉玄斎と…

 

その『逆鱗』を一喝して止めた翁…『妖怪』と呼ばれることもある、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】最高幹部、綿貫 景虎が、先程までの態度とは打って変わって何やら言葉を交わしていた。

 

しかし、それは先程、綿貫が言っていた『説教』などでは断じてない…

 

寧ろ、先程の騒動が、全て綿貫の指示であったかのような振る舞いで―

 

 

 

「つぅか、試合直後に見かけたガキに『本気で怒れ』ってジジイに言われた時は、一体なんの冗談かと思ったけどなぁ…どのガキなのかはすぐにわかったけどよぉ、正直意味もわかんなかったし、人違いだったらどうしたんだよ。」

「フォフォッ、人違いなどありえんよ。あそこで邂逅することは決まっておった…後は、どんなきっかけが生まれるかの違いじゃ。ま、オマケが1人居ったがのぅ。」

「ンだそりゃぁ…ま、ありゃあ確かに、ガキの癖に良い殺気と啖呵だったけどよぉ。」

 

 

 

いや、『ような』ではない。

 

彼らの会話から分かるとおり、先程の『逆鱗』の激昂…その突然なる不可思議な行動は、全て『妖怪』と呼ばれる綿貫 景虎の指示によるものであったのだ。

 

…感情に任せた、ただの暴龍の錯乱ではなかった。

 

その理由、その意味。ソレらは全て、この場にいる二人にしか…いや、劉玄斎の表情から見ても、その『意味』を知る者はきっと綿貫 景虎という翁しか知り得ないことなのだろう。

 

そのまま『逆鱗』は、目の前に居る小さくも得体の知れぬ古い付き合いの老人へと向かって…

 

再度、その重々しい声を続ける。

 

 

 

「しかし解せねぇなぁ…確かにあのセリって奴ぁ、ガキの癖してそれなりのモン持ってそうだったが…精々いいとこ並のプロか、行っても上位中層ってトコだったぜぇ?寧ろ、ギョウってガキの方が、俺に真っ向から喧嘩売ってきた分マシに見えたがなぁ…あのセリってガキ、ジジイが目ぇかける程の代物なのかぁ?」

「フォッフォッフォ、セリ君の方も、お主に中てられ萎縮しておってソレじゃ。先が楽しみじゃろうが。」

「…に、してもだ。何で俺にあんなアホみてぇな真似させたんだよ。ガキの時分じゃあるめぇし、ガキ共にあんな真似するなんざ恥ずかしかったぜ。」

「にしてはお主もノリノリじゃったろうが。危うく本当に死ぬところじゃったぞ?その癖最後にいらんことまで言いおってからに…大体、『王』候補殺すとかありえんわい。」

「いや、だから『王』って何なんだよ。昔から聞いてんのに教えてもくれねぇじゃねぇか。」

「…お主はまだ知らんでも良い。それより、若者を導くのもお主の役目じゃ。あの子らがこれから歩む未来…ソレには、本気のお主がどれ程のモノなのかをあの子らに教えておく必要があった…ただ、ソレだけのことよ。ま、コレがどう転ぶかなど、儂には到底わからぬがの。」

「クハハハハ、相変わらず、ジジイの言うことは意味わかんねぇことばっかだぜ。大体、俺がガキ導くナリかよ。ガラでもねぇ。」

「フォフォ、そう言うな。案外天職かも知れんぞ?どうじゃ、その内決闘学園の長でもやってみるか?」

「クハハ、それこそガラでもねぇだろうが。」

 

 

 

彼らの口から語られるは、先程の少年達が知る由もない裏側の事情。

 

それも、ソレが何の意味を持つのかと言う事を、この物語ではこれ以上語られぬ世界の事情。

 

…世界を知る『妖怪』の意思。しかしてどう進むかわからぬ未来。

 

その、不確定なるも確かに紡がれつつある未来に対し…

 

更に『妖怪』は、言葉を続けて…

 

 

 

「きたるべき『終末の日』がいつなのか…儂にはまだわからん。じゃが、その未来が何時であれ、少なくともセリ君がこれから歩む未来は、まだまだ前途多難ということじゃ。無論…お主も、の。」

「…ま、あのガキ共がどうなろうと、俺にはどうでもいいけどよぉ…ジジイ、何企んでやがる?」

「…フォフォッ、別に悪いことではないわい。とにかく、お主は今までどおり好き勝手しておればよい。後の面倒事は引き受けてやるからのぅ。」

「…そうかよ。ま、俺からすりゃあ、いつかの楽しみが増えたから良しとするがなぁ…ギョウってガキ、中々に手ごたえがありそうだぜ。」

「ふむ…ま、ソレも良かろう。さて…セリ・サエグサ…闇を従えるか、闇に飲まれるか…それとも、何にもならずに人間で終わるか…先が楽しみじゃて。ヴェーラとどんな勝負を見せてくれるかのぅ。」

「…おいおい、次はあのオカマと戦わせる気かぁ?」

「フォッフォッフォ。」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

次の日―

 

 

 

 

 

「つかつかつーか?あんだけ危ない目に遭わせたワリにはさー、ちょっとお詫びが足りなくなくなくなーい?」

「贅沢言うなよ。お詫びのカードだって沢山貰っただろ?」

 

 

 

あの騒動から一夜明け、日も暮れかけた夕暮れ時。

 

昨日、『逆鱗』に文字通り死ぬほどの目に遭わせられたセリ・サエグサとゴ・ギョウは…

 

デュエリアの繁華街、その中心にほど近い、中規模のスタジアムが乱立する地域の、その中の一つのスタジアムへと足を運んでいた。

 

しかし、ソレはこれからデュエルを見に行くという意味ではなく…

 

どこか浮き足立っているセリと違って、その手に持ったチケットを見つつ、どこかテンション低めに言葉を返すゴ・ギョウの足取りはやや重く…

 

 

 

「まー貰ったカードに関しては?チャン僕としても別に?文句は無いんだーけーどー…デュエルサーカスねー。チャン僕としては?もっとこー、美味しーモンとか高価なモンとか?そーいったお詫びを期待してたんだけどもだっけーどー。」

 

 

 

そう、昨日助けてくれた、『妖怪』と言う呼び名があまりに似合う白髪白髭の老人から送られてきたお詫びの品…

 

その中の一つの、届けられたチケットを持っているゴ・ギョウが口にした通り。

 

騒動の翌日、セリとゴ・ギョウは、『デュエルサーカス』という娯楽に招待された為に、デュエリアの中心街のスタジアムへと訪れていたのだった。

 

早朝…『妖怪』の翁、綿貫 景虎という送り主から送られてきた有用なカードやレア度の高いカードに混ざって。

 

3人分…当事者であるセリとゴ・ギョウ、それに何故かセリの叔父の分の『デュエルサーカス』の招待チケットが、叔父の家へと届けられたのだ。

 

しかし…一体、何故『サーカス』の招待チケットなのか。

 

お詫びのカードの束はわかる。この世界において、カードはどんなモノよりも重要視される代物だから。

 

あれだけの目に遭わされただけあって、送られてきたカードは有用なモノが多く、またかなりのレアカードだって混ざっていた。

 

けれども、もう一つは何故に『サーカス』なのだろう。

 

その理由など知る由もないセリ達からすれば、確かにお詫びとして『サーカス』へ招待するなど、全く意味が分からないというのが本音ではあるのだが。

 

けれども、昨日あんな目に遭ったと言うのに。当事者、しかも冗談抜きで死にかけたセリの表情は、昨日アレだけの怒気を『逆鱗』から喰らったと言うのにも関わらず…

 

ソレを気にしていないかの様に、どこか軽やかモノとなっており…

 

 

 

「でも俺はデュエルサーカス、結構楽しみだけどな。それにレアカードだって結構貰ったんだし、まぁ別にいいじゃんって。俺達だって不法侵入したんだからイーブンだろ。」

「いやいやいーや、ソレって叔父さんの所為&責任じゃん。つーかさー、チャン僕達…ってかセリ、マジマジマージで死にかけたんだから?もう少し怒っててもよっくねー?それにさー、これってさー、よーするに口封じっしょ?こんだけ積むから?お前らは余計な事?言いふらすんじゃねーぞーってねー。」

「まぁ、そうとも取れるけど…」

「あーヤダヤダ。大人ってなんでこー汚いんでしょーねー。あーんな目にあったってーのに、この程度で済まされちったら収まるモンも収まらなうぃーよー。」

 

 

 

そんなセリに反し…ゴ・ギョウの口から飛び出すのは、昨日に起こった騒動に対するこの上ない不平、不満の数々。

 

…まぁ、いくら当事者のセリが、昨日の事を気にしていないとは言えども。

 

ゴ・ギョウからすれば、腐れ縁ではあるが相棒でもあるセリを殺されかけたのだから…いくら『逆鱗』が【王者】と同格の特別な立ち位置にあるデュエリストだからとは言え。『逆鱗』に対する心象は、最悪を大きく下回っている事だろう。

 

昨日…突然激昂した『逆鱗』の手によって、冗談抜きで死に掛けたセリ・サエグサ。

 

殺されかける恐怖など、こんな歳の子どもが味わっていい代物なわけもなく…そうだと言うのに、当の本人はどこ吹く風で、自分の方が心労を感じているだなんてゴ・ギョウ自身納得がいっていない様子で…

 

 

 

「あんまり大きな声で言うもんじゃないぞギョウ。誰が聞いてるかわからないんだからな。」

「ちょいちょいちょーい、なーんで死にかけた本人がもう許す感じになっちゃんてんのよさー!普通逆じゃね?もっと怒ってもよくね?セリってば死にかけたんだぜいえいえーい?」

「いや…まぁそうだけど…でも『逆鱗』のデュエル生で見れたしイーブンかなって…」

「うぇーい…」

 

 

 

…まぁ、ゴ・ギョウがどれだけ『逆鱗』に不満を抱いているとは言え。

 

それでも当のセリ本人がこの調子では、いくらゴ・ギョウとてこれ以上『逆鱗』に対する不満を漏らした所で張り合いがないことこの上ないということを理解…いや、諦めたのか。

 

…まぁ、これ以上自分が騒いだところで無意味だというコトは、ゴ・ギョウにだってわかってはいる。

 

何せ、普通であればあれだけの数の記者の前で、あんな事件を起こしてしまえばいくら『逆鱗』とは言え…報道陣が大騒ぎしたり、何かしらの社会的処罰が与えられたりしていてもおかしくはないのだ。

 

…そうだと言うのに、社会は昨日の騒ぎなど知らない風。

 

そう、あれだけの人数の記者が、全員あの場にいたのにも関わらず…『逆鱗』の事件が公になっていないという事は、何かしらの『圧力』がメディアにかけられたのだろうという事。

 

…渦中に居たからか、ソレを簡単に想像出来てしまうセリとゴ・ギョウ。

 

自分達とは程遠いと思っていた大人の世界の一端を、思わぬところで経験してしまったその虚無感は…まだ多感な時期である学生2人に、どこか複雑な感情を抱かせていて。

 

 

 

「元々、汚い手を使って進入したのは俺達なんだから非は俺達にもある。それに本物の『逆鱗』のデュエルを間近で見れたんだ…だから、まぁイーブンかなって。」

「うぃー…セリってばソレでうぃーのー?もっとこー、ざけんなー!とか許すかー!とか、お詫びがサーカスってなんやねーん!ってなんない系?」

「サーカス楽しみじゃないか。夏休み前にニュースにもなってただろ?デュエルサーカス。ちょっと気になってたんだ。」

「いやまぁそうだけどもだっけーどぅー!あーやだやだ、セリがこんなノーテンキなのになーんでチャン僕だけこんなピリピリしなきゃいけなうぃーのー!じゃあチャン僕ももう知ーらなーい!どうせなら?デュエルサーカス?楽しんでやろーじゃん!」

「そうそう、その方がギョウらしいぞ。余計な事考えるなんてお前らしくないし。」

「セリにだけは言われたくなうぃーねー…」

 

 

 

まぁ、ソレはソレとして…

 

案の定、会社に大目玉を食らった叔父はどうでもいいとして。

 

どうせ貰った物ならば、たとえソレが『どんな意味』を持っていようとも。何事も経験なのだと割り切って、セリは送られてきたチケット…初めて観賞するデュエル演劇を楽しもうと、心を切り替え始める。

 

 

あの時、『逆鱗』を止めてくれ、助けてくれた老人…

 

 

その『妖怪』という呼び名があまりに似合う、綿貫 景虎という送り主から侘びとして送られてきた中にあったのが…今セリ達が向かっているデュエルサーカスの招待公演のチケットというわけだ。

 

 

デュエルサーカス…

 

 

それは通常のサーカスの演目にデュエルを取り入れたという、世界でも新しい娯楽の一つ。

 

そう言えば近々、外国でそんな娯楽を提供する劇団が初公演を行うとニュースで見たことがあったかもしれないなと、セリは夏休み前の事をおぼろげに思い出しつつ…

 

自分には縁のない外国のイベントだと思っていた、そんなデュエルサーカスがタダで見られるというのだから、これはこれで特をしたのではないかという気持ちも、セリの中に浮かび上がってきていて。

 

…叔父は会社にアレだけ大目玉を食らったというのに、早朝から賭場…もとい、前の職場へと出稼ぎに行ってしまった。

 

ソレ故、今こうしてセリとギョウ、2人はデュエルサーカスが初公演を行うというスタジアムへと足を運んでいるというわけで…

 

 

 

 

 

 

会場―

 

 

 

デュエリアでも大きめの部類に入る、今日このデュエルサーカスの為にセッティングされたという…テントを模した、特別な装飾のスタジアム。

 

夕刻だと言うのに、世界的にニュースになった劇団の初公演だけあって、受付が始まったばかりのスタジアムの周囲は、物販列やら入場列やらで既に満員、満席、長蛇の列が出来上がっており…

 

 

 

「…ホントに並ばなくてもいいのかな。」

「いいんじゃなうぃーのー?そう言われてんだすぃー?」

 

 

 

そんな、長蛇の列を尻目にしつつ。

 

セリとゴ・ギョウは、列を無視しながら受付へとチケットを出していた。

 

 

…一般チケットではない、少々特別だという招待チケット。

 

 

ソレは、受付業務をしていたスタッフにも行き届いていたのだろう。列に並ばずに直接入り口へと来た少年達の出したチケットを受け取ると、スムーズにスタッフがセリ達をスタジアムへと招き入れる。

 

…流石は特別招待チケットと言ったところか。

 

一般チケットの観客達は、満員の会場内で押し合うように席に詰め寄っているというのにも関わらず…

 

セリとゴ・ギョウだけは、まるで来賓席のように開いたスペースに、悠々自適にくつろぎながら座れている。

 

…元がデュエルスタジアムらしく、円形に段違いに用意された観客席。ソレに形作られるように、スタジアム中央はサーカスの舞台らしく360度どこからでも演目が楽しめるように用意されていて。

 

 

…もうすぐ開園時間。

 

 

照明が落とされた暗い会場で、ざわめき合う観客達の中で。真っ暗闇の会場の中、セリも周囲の観客達と同じように、心臓の鼓動が早くなる。

 

 

5―

 

 

セリだけではない。コレより始まるサーカスを、観客の誰もが小さい子どものように楽しみに…

 

 

4―

 

 

刻む時計の針と共に、その心拍数を上げていき…

 

 

3―

 

 

熱狂の前の一瞬の静けさ。ソレが暗闇と溶け合い…

 

 

2―

 

 

誰もが、息を飲み…

 

 

そして―

 

 

1―

 

 

 

時計が、丁度開園時間を刻んだその時―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッンイッツショーターイムンッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野太い声が、響き渡った―

 

 

 

 

 

 

 

 

『ンレディィェエェーンッ!ジェントゥルムェーン!今宵は当一座の初公演にご足労頂き、ン心から感謝申し上げるわーン!』

 

 

 

突如…

 

 

 

スタジアム内に響き渡ったのは、あまりに特徴的な言葉使いを覚えさせるあまりに野太い声であった―

 

そして、光なきスタジアムの中央に、一筋のスポットライトが照らされたかと思うと…

 

そこに、居たのは―

 

 

 

『ナタシは当一座の団長を勤めますハコ・ヴェーラ!さぁさぁ皆様、今宵は感動と躍動に溢れたデュエルサーカスで、情動をン目一杯感じていって頂戴ねーン!』

 

 

 

オカマ―

 

そう、ソコに居たのは他でも無い。

 

その呼び名以外に、彼?彼女?には似合うモノなど見つからないであろう存在感を放つ…

 

 

―あまりに濃ゆい、男?女?であったのだ。

 

 

長く伸びた天然パーマ、遠目からでも分かる太い眉…厚い胸板に丸太のような腕、岩のような足の筋肉に、ガッシリとしたイイ身体付き。

 

そして何より特徴的なのは、その『ふくよかな唇』と、その唇から発せられる野太くも女性的な言葉使い。

 

 

 

…オカマだ―

 

 

 

誰もが、そう思ってしまうほどに―

 

彼?彼女?を形容する言葉は他には何も見つからず、それ以前にハコ・ヴェーラと名乗ったオカマの存在感は良い意味でも悪い意味でも観客達の度肝を抜いたのか。

 

 

その突然現れた、あまりに濃ゆい存在感を放つオカマに…

 

 

会場内に、ざわめきが走る―

 

 

 

 

『ン掴みはおっけーン!ンまずは空中ブランコによる、アクロヴァティックなデュエルをご覧遊ばせー!』

 

 

 

 

しかし…状況に置いていかれた観客を他所に、更に濃ゆい言葉を放ち。

 

観客達の動揺すらも、規定の演出であったのだと言わんばかりに…団長…ハコ・ヴェーラと名乗った彼?彼女?が、マイクに向かって高らかに宣言を行ったその刹那。

 

クラッカーの破裂音と、空に舞い上がった金テープの演出に合わせてスピーカーから大音量の音楽が鳴り始め…

 

スポットライトが、空中ブランコへと切り替わる。

 

 

 

『大空を舞う空中のデュエル!華麗に空を舞いながらのデュエルは最初からクライマックスよーン!』

 

 

 

…普通の空中ブランコでは断じてない。

 

普通、空中ブランコとは右と左に設置された装置から、それぞれ団員が飛び立ち演技を見せるという演目。

 

しかし、円形のデュエルスタジアムの作りを最大限に活かしたこの空中ブランコの装置は、実に8つ…そう、全8方向から伸びており…

 

それぞれタイミングを見計らい、四方八方から凄まじい勢いで飛び立ち飛び交い飛び回る団員たちのアクロバットに、観客達から挙がる歓声。

 

 

…しかし、それだけではない。

 

 

そう、これはデュエルサーカス。

 

デュエルとサーカスが融合したという、全く新しい触れ込みに従い…空を舞う団員たちが、空中に浮かびながら華麗なデュエルを魅せ始め―

 

 

 

『お次は猛獣に乗ってフィールド内を駆け巡る!スピーディーでセンセーショナルなデュエルをご披露しちゃうわーン!』

 

 

 

…そして、空中ブランコが終わったと思ったその矢先。

 

観客席の下の通路から飛び出してきたのは、獰猛なりし四足歩行の大型肉食動物たちであった―

 

その背には、猛獣使いでありデュエリストであろう団員たちが見事に跨り…

 

―鞭を手に、デュエルディスクを腕に。

 

いつの間に空中ブランコを片付け、この演目のための障害物を用意したのか…それすらも観客達に気付かせぬプロの仕事は見事と言うほか無く、猛獣たちが吼えながらステージ上を駆け回り始めて。

 

 

 

『ライディングでアクションなデュエルはいかがかしらーン!猛獣と人間の息の合ったコンビネーション!躍動感に溢れたデュエルに、皆様どうぞ酔いしれてチョーダイ!』

 

 

 

大勢のサーカスの団員たちが、猛獣と共に地を蹴り宙を舞い…フィールド内を駆け巡る。

 

その、あらゆるところに設置された障害物を猛獣が飛び越え、火の輪を潜り球に乗り…ステージのいたるところで目まぐるしく行われる、この猛獣と人間が一体となった躍動感溢れるデュエルは、見ている観客達のテンションを上げ続けているに違いないことだろう。

 

 

 

『さぁさぁ、ドンドン行くわよーン!モンスターに狙われたピエロちゃんは、助かる事が出来るのかしらぁーン?』

 

 

 

次に登場したのは、サーカスといえば欠かせない存在―そう、ピエロ。

 

そして、そのピエロを狙って。大勢の団員たちが、モンスターを召喚しピエロへと向かって襲い掛かったのだ。

 

…しかし、そこはピエロらしく。

 

ピョンピョンと跳ねて逃げ回り、時にはおとぼけ時には必死に…けれど時にはどこまでも余裕でモンスターの攻撃…ソリッドヴィジョンではあるものの…その、ずっと攻撃を避け続けるピエロに歓声が上がり、更におちゃらけるピエロに笑いが響き―

 

けれども、最後には調子に乗りすぎたピエロが大爆発を起こし…煙の中から黒焦げになったピエロが現れるという演出に、会場内には大爆笑の嵐が巻き起って。

 

 

 

(すごい…)

 

 

 

次々と披露される演目に、思わず前のめりになって釘付けになっているセリ。

 

…その姿はまるで、テーマパークにきた小さな子どものような姿。

 

しかし、それも当たり前か。何せセリにとって、サーカスを見るなんて生まれて初めて。それに加え、デュエルとサーカスが融合したという新しい娯楽は、その演目のどれもが動きに溢れ…躍動感と笑いに溢れる、見ていて全く飽きないどころか、ワクワクが止まらない演出ばかりなのだから…

 

どこか大人びた思想をしているセリ・サエグサも、今この時ばかりは歳相応に盛り上がってしまっても、ソレはある意味当然と言えるだから。

 

 

それに、なにより団員たちのデュエルレベルが相当に高い―

 

 

そう、セリにはわかる。ここの団員たちのデュエルレベルは、下手なプロレベルはありそうな…いや、並のプロよりもレベルが高いということが。

 

何しろ、団員たちは皆サーカスの激しい動きを観客達へと魅せながらデュエルを行っているのだ。

 

ただスタジアムで向かい合ってデュエルするよりも思考しづらいであろうサーカスの動きの中で、これ程高いレベルのデュエルを行いながらアクロバティックなアクションをするというのは、並大抵のデュエリストでは到底マネ出来ない芸当であり…

 

 

そして―

 

 

 

『ンいっくわよーん!人間大砲発射ー!』

 

 

 

様々な演目が始まっては終わり、公演も終盤に近づいてきた頃…

 

『人間大砲』によって、大空へと打ち上げられたのは団長と名乗ったハコ・ヴェーラであった。

 

 

火薬の勢いで空へ飛び、命綱なしで宙を舞い…

 

 

 

『ソーレ!【融合】発動よー!』

 

 

 

空中の到達点で、軽やかかに舞い踊りながらカードの発動を行った彼?彼女?の周囲には…美しき月光の煌きが渦となりて、神秘の光を放ち始めたではないか。

 

 

【月光舞猫姫】レベル7

ATK/2400 DEF/2000

 

 

…現れるは、月夜に踊る美しき獣人の踊り子。

 

それはきっと彼?彼女?のデッキのモンスターなのであろう。彼?彼女?と共に、空を舞うように空中で踊り始め…

 

 

スタッ…っと。生身にも関わらず、団長が空中から見事な着地を決めたかと思うと…

 

 

何と地上で彼?彼女?の着地を待っていた団員たちが大勢、一斉に団長目掛けてデュエルによる襲撃を始めたのだ―

 

 

 

『ワンッ、トゥ!ワンッ、トゥ!さぁーて…クライマックスよー!全員でかかってらっしゃーい!』

 

 

 

その声を皮切りに…一斉に襲い掛かる団員…もとい、団員達のモンスター達。

 

それはまるで、本気で団長の命を狙っているかのようなキレのある襲撃者の鋭き一刃。

 

プロ並の団員達から繰り出される、彼らのエースモンスター達の攻撃はどこまでも鋭くどこまでも激しく…

 

そんな攻撃が、たった一人の人間へと集中しているのだ。これでは、いくら手練れの者であったとしても、LPが残るはずもなく。

 

 

しかし…

 

 

 

『ン【月の書】発動ゥ!【パワー・ウォール】発動ゥ!ミラーフォースも発動ヨー!』

 

 

 

そんな大人数を、一度に相手にしながらも。

 

ステージの中央で、【月光】モンスターたちと共に…スポットライトに照らされながら、多数の団員達を踊り捌きデュエルを続ける団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…ステージ中央を照らすスポットライトは、まさに彼?彼女?のためだけに降り注ぐ月明かりのように。

 

踊るように行われるそのデュエルは、まるで彼?彼女?が扱っている【月光】というカテゴリーよろしく…月下に美しく舞う、ダンサーの様にも見えるだろうか。

 

 

野太い声、濃ゆい容姿…ソレ以上に特徴的な、自身に塗れたその言葉使い―

 

 

例えるならば益荒男のようなレディ?それとも闘女のようなジェントルマン?そんな矛盾しつつも確固たる存在感を持った団長、ハコ・ヴェーラに…

 

会場の中に、笑いが溢れ…

 

 

 

「…ギョウ…あいつ…」

「あひゃははははははははははははは!あのオカマ面白すぎぃ!」

「いや、そうじゃなくて…」

「そんでもってめちゃくちゃツエーのな。…ありゃマジマジのマジモンじゃね?」

「あぁ…」

 

 

 

…そんな中でも、特別席にて言葉を漏らしたセリとギョウの雰囲気は先ほどまでの楽しいサーカスの雰囲気から一転。

 

目の前で繰り広げられている団長、ハコ・ヴェーラの1vs.多数によるバトルロイヤルダンスの演目に対し…何やら、背筋の凍るような感覚を覚えているかのような表情となっているではないか―

 

…そう、学生ながらプロの上位にも上っていけるほどの力を持った、彼らデュマーレ校の猛者2人は気付いてしまった。

 

 

一致する…セリが思い浮かべていた、言葉に出来ない『本物の強さ』を持ったデュエリストの像と―

 

 

そう、セリの中にある、『異常』なまでの強さを持った本物のデュエリスト…

 

理解出来ないまでのデッキの回転、常識を超えたカード捌き。そういった『異常性』を、あの彼?彼女?は有しているのだ…と。

 

ハコ・ヴェーラの動きを見ていれば、セリとギョウにはソレがどうしても理解出来てしまう。彼?彼女?の実力が、とんでもなく高い場所に位置していると言うことを。

 

果たして…この会場内で彼?彼女?の行っている異常さを理解している者は、一体どれだけ居るのだろうか。

 

観客の笑いの的となっている…いや、観客達の興奮を、これ以上無く煽っているあの団長、ハコ・ヴェーラ…あの彼?彼女?があまりに普通に行っている事の、そのあまりの『異常性』を。

 

そう、その見た目のインパクトと、テンションの高さに圧倒されてしまいそうになるものの…

 

よくよく眼を凝らして、彼?彼女?のデュエルを深く観察すればするほど、彼?彼女?がどれだけ高レベルの事を当たり前のように行っているのかが、セリたちにはよく理解できてしまうのだ。

 

…彼?彼女?の操る、【月光】の踊り子たちの姿が段階的に強くなっていくのに合わせるように。

 

大多数のレベルの高い団員を、同時に相手にしていてもその全てを軽やかに捌きながら躱し続けるその度量。

 

それはプロとでもいい勝負が出来そうなレベルの団員たちと比べても、彼?彼女?の実力がそれとは比べ物にならない程に高い場所に位置しているというコトの証明でもあるのか。

 

その言動に、多くの観客は笑わせられてはいるものの…彼?彼女?の身振り、素振り、手振り。そのどれを取っても、彼?彼女?の動きはどこまでも優雅でどこまでも流麗な、まさに超一流の者のソレとなって観客達へと届けられているという事実。

 

濃い顔も、まるで笑いの種になどならないかのように…

 

ただただ聞きなれない、野太くも特徴的な言葉使いに笑いを感じるだけで、それ以外の彼?彼女?の動きの一つ一つ、指先からつま先、果ては髪の毛の靡き方一つまでもが、この演目を盛り上げる要素の一つとなっていて…

 

 

…笑いに包まれながらも、感動と躍動を溢れさせている観客達。

 

 

レベルの高いアクションと、レベルの高いデュエルの融合。それはまさに『デュエルサーカス』を名乗るに相応しい代物となりて、観客達に至福の時間を与え続ける。

 

 

 

(読みが的確すぎる…次に相手が何をしてくるのかわかっているみたいだ。それにあの魅せ方…曲に合わせて踊りながら、常に観客の視線を誘導して…オマケに団員たちの流れも操作しながら、融合モンスターを順番に進化させていくなんて。…しかもあれだけの数を相手に…そんな真似、プロだって出来ないってのに…)

 

 

 

…けれども、観客達の興奮に反し。演目が進めば進むだけ、冷たいモノを背中に感じ続けるセリ・サエグサ。

 

この一座の行っているデュエルが『やらせ』ではないことなど、セリとギョウは良くわかっている。

 

何せ、このデュエルは展開が決まっているエキシヴィジョンなどでは断じてなく。デュエルディスクの判定による『正式』なモノ。それ以前に、ハコ・ヴェーラの戦い方は台本が決まっているだとか動きが決まっているだとか、そういった類のモノでは断じてないのだ。

 

…全員が全員、踊りながらも全力で団長のLPを狙っている。しかし、ソレを更なる高みから団長は華麗に捌ききっていて―

 

あまりに自然、あまりに当然、あまりに普通すぎるかのように錯覚する、あまりに高すぎるそのレベル。

 

台本もなしに、こんなにも圧倒的かつ自然な流れで踊りながら観客を盛り上げつつデュエルを行える者が居たのか。

 

そう、あまりに高すぎるレベルを彼?彼女?が持っているが故に、彼?彼女?が相当たる高レベルの行動をしていると言うことに…観客の大勢が、全く気づいていない。しかし、分かる者には分かる。彼?彼女?の実力が、他の団員と比べても段違いの場所に位置していることを。

 

身振り、手振り、素振り…そのどれをとっても、団長の動きは紛れもなく超一流の者のソレ。

 

手先指先の動きからして、その全てが演出を盛り上げているその魅せ方は…まさしくその道のプロの芸当でもあり、一体どれほどの修練を積めば自分自身をここまで演出の道具と化せるのか。そんな彼?彼女?のデュエルを観ていれば、彼?彼女?の腕もまた超一流…いや、そんな言葉では表せないほどの実力を持っているのだということが、セリにはよく理解できてしまって―

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

 

『皆様ぁーン!本日は当一座の初公演にご足労頂き、心から感謝申し上げるわぁーン!またのご来場、ン心よりお待ちしておりむぁーす!』

 

 

 

最初から最後まで、大興奮と大歓声の嵐となりて…

 

デュエルサーカス、その初公演は大成功を収め、終演となったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公演後―

 

 

 

「ンみんなお疲れサマー!初公演からイーイ舞台だったじゃヌァーイ!」

 

 

 

スタジアムに用意された、スタッフ用の楽屋でのこと。

 

初公演が無事に終わった開放感からか、舞台裏にて団員たちが安堵の表情を浮かべながら…団長、ハコ・ヴェーラが、団員達へと初舞台の成功を労っていた。

 

 

 

「ン大成功よ大成功!初公演がコレなら幸先イイじゃなーい?みんなホンット最高だったわーン!」

 

 

 

ハイテンションで、声高々に、興奮を押さえきれない様子で。

 

誰よりもステージに出っ放しで、誰よりも動き続けていたにも関わらず…汗だくで肩で息をしているものの、団員達の誰よりも元気な様子で団員達へと声をかけているハコ・ヴェーラ。

 

…しかし、ソレは彼?彼女?が特別なだけであって、彼?彼女?の周囲を見ればこの一座にとって初公演がどれだけ過酷なモノだったのかが大いに理解できることだろう。

 

 

…アクロバットに全力を出し、最早起き上がる体力も無い者。

 

…猛獣と共演したことによる緊張の糸が切れ、安堵から動けない者。

 

…裏方でサポートに走り回り、息も絶え絶えになっている者。

 

…怪我をしてしまい治療中の者。

 

 

誰も彼もどれもこれも、無事に済んでいる者は居ないこの現状。

 

それは言わば、このデュエルサーカスという見世物の裏側にはこれだけの危険と過酷が満ちていたということの証明とも言えるだろうか。

 

…しかし、これだけ満身創痍になっている団員達の表情は、誰も悲観な顔だけはしておらず。

 

そう、誰もが初舞台が成功した反動で顔がニヤケており、団長、ハコ・ヴェーラがかけた労いの言葉を受けて、皆が皆今日という一座にとって最も大切な日に成功を収めたことを喜んでいる様子なのだ。

 

デュエリアでの公演は、まだあと3日残ってはいるものの…

 

初公演という今日この日に成功を収めた自信からか。団員達の表情は団長、ハコ・ヴェーラに負けず劣らずどこまでも軽やかな代物となりて…明日もまだある公演を、今から楽しみにしている者だって居ることだろう。

 

そんな、満身創痍の団員達は…

 

 

 

「団長!最後のミスカバーしてくれてありがとうございます!」

「ヤダもー!あんなのミスに入らないわヨ!それより3ターン目のアレよかったわよ、腕上げたじゃないナンタ!」

「は、はい!」

「団長!俺のブランコどうでした!?2回目にちょっとアドリブ入れてみたんですけど…」

「お客様アゲアゲってたわ!ナイ変わらずイイ仕事するじゃヌァーイ!」

「やったぁ!」

「けど怪我しちゃったのはイタダケナイわね。軽い捻挫だからってナメてちゃダメよ?」

「は、はい!」

「団長!私は!?私は!?」

「私もー!頑張りましたー!」

「ナンタ達も最高だったわー!もうカンペキすぎて食べちゃいたいくらい!」

「きゃー!」

「やったー!」

 

 

 

皆、随分と濃ゆい顔をした団長に対し、我先にと興奮のままに声をかけ返していた。

 

…団長に対し、全く壁の無い団員達のその表情。

 

それは、団員達がそれだけ団長、ハコ・ヴェーラに絶対の信頼を置いているということでもあるのだろう。

 

長く伸びた天然パーマ、遠目からでも分かる太い眉…厚い胸板に丸太のような腕、岩のような足の筋肉に、ガッシリとしたイイ身体付き…そして何より特徴的なのはその『ふくよかな唇』に、その唇から発せられる野太くも女性的な言葉使い―

 

そんな益荒男のようなレディ?闘女のようなジェントルマン?という、矛盾しつつも確固たる存在感を持った濃ゆ過ぎる団長、ハコ・ヴェーラに…

 

団員達がこんなにも物怖じせず、仲睦まじく言葉を掛け合っている辺り、彼ら?彼女ら?の信頼関係が誰の目にも明らかに映ると言うモノ。

 

 

 

「ンお客様たちも楽しそうだったわね。明日もお客様に楽しんでいただけるよう頑張りましょー!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして…団長の、明日に向けた締めの言葉を聞いて。

 

今日の成功を、明日の成功とするために。声を揃えた勝ち鬨の元、一致団結する団員たち。

 

…これだけの団結を見せるなんて、きっとこの一座も今日の初公演までに紆余曲折あったに違いな…いや、その程度では済まない、もっと大変な目にあってきたに違いなく。

 

団員達の誰もが皆、ソレ以上に団長、ハコ・ヴェーラが…今日の成功を祝い、明日からの公演へと気持ちを入れなおしており…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「…チッ、笑われてたのにいい気なモンだぜ。」

「…団長じゃなかったら即刻クビだぜあんなゲテモノ。客からバカにされてんのにヘラヘラヘラヘラ…」

「…何が大成功だ。前の団長の時の方がやりやすかったぜ。大体、デュエルとサーカスの融合とか意味わかんねーってのによ。」

「…同感。爺さんのお気に入りってだけで何でアイツが次の団長なんだっての。俺達は認めてねーってのに。」

 

 

 

そんな中でも、何やら厳しい顔付きでハコ・ヴェーラを見ていた者達が居た。

 

…清清しくやりきった顔をしている、団長ハコ・ヴェーラとは裏腹に。

 

その一部の団員達の表情はどこか険しく、彼?彼女?に聞こえない程度の小声で…いや、わざとなのか、ギリギリ聞こえるような声で、何やらヒソヒソと声を交わしていて。

 

…それはこれだけ大きな一座であるが故に、全員が全員同じ思想であるとは限らないというコトなのか。

 

棘のある言葉を駄々漏れに、団長に鋭い視線をぶつけていて…

 

 

 

(…フゥ、ナイ変わらずねぇアノ子たち。…そうネ、後でキッチリお話しシなくちゃ。)

 

 

 

まぁ、ソレが聞こえていてもなお。

 

成功を収めた今日この場で、ハコ・ヴェーラもその一部の者達をどうこうしようとは思ってはいないのか。

 

…一致団結しているこの一座に、不穏なモノはあってはならない。けれども、ああ言っている彼らもまた自分の大事な団員達なのだという包容力で…

 

そのふくよかな唇を開き始めた団長、ハコ・ヴェーラが、大成功の初日をこれにて締めようとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「こら!行っちゃダメだって言っただろ!」

「お願いします!少しだけでいいんです!」

「ダメだ!確認が取れるまで部外者は入るな!」

「そこをなんとか!一刻も早く…」

「だからダメだって!ッ、おい!入るなって言ってるだろ!おい!」

「まーまーおっちゃん、そーカリカリすんなって。ハゲんよ?」

「誰の所為だと思って…っておい、だから入ろうとするなって!おい!」

 

 

 

突然楽屋の外から聞こえてきた、揉めているような騒がしい声。

 

それはどうやら、警備に当たっていたスタッフと聞きなれない声の主…若めの声から、団員のモノではない部外者が、何やら楽屋の外で揉めているようであり…

 

 

 

「アラ?…ンなんだか外が騒がしいわね…」

 

 

 

そして、外の様子が気になったのか。

 

団長が、楽屋のドアを開けようとしたのと同時に…

 

 

 

―ガチャッ!

 

 

っと、楽屋のドアが勢いよく開いたのだった。

 

 

 

「…ボウヤ、誰?」

「あ、あの、俺…」

 

 

 

ドアを開けたそこに居たのは、およそ関係者には見えないであろう…どこか幼さの残る、学生らしき少年の姿であった。

 

…それは太陽の様に煌く金色の短髪を持ち、日に焼けていない雪のような真っ白な肌をした…齢にしておよそ16程だろうか、聡明さと麗しさを兼ね備えているとさえ思える1人の美少年。

 

そんな感想が、一瞬で浮かび上がってくるほどに…団長、ハコ・ヴェーラの目に飛び込んできたのは、彼?彼女?の好みにビンビンと来る容姿を持った少年であったのだ。

 

その少年は、思わず言葉を失っている団長へと向かって…

 

更に続けて、言葉を発して…

 

 

 

「は、始めまして!あの、さっきの舞台素晴らしかったです!特に貴方のデュエルが群を抜いて素晴らしかった!…俺、感動しました!あんなに不利な状況で、あんなに強靭なデュエルをしながら美しく踊れるデュエリストが居たなんて!」

「あらちょっとヤダもー!ンなにこの正直なボウヤ!イイ顔してるってのに、もうナタシのファンになっちゃったのかしらー。ンでもダメよボウヤ、いくらナンタの顔がイイからって楽屋まで押しかけるなんて。」

「え、顔?…す、すみません、でも、貴方に直接お会いしたくて…その、俺…」

「マ、嬉しいから別に咎めはしないけどネ。ヤるなじゃいナンタ、その歳でナタシのデュエルそのモノに目を向けたなんて。」

 

 

 

少年の口から語られるは、初公演に対する感想…それも団長、ハコ・ヴェーラ主演の『ダンス・オブ・エターナルビューティフォー』と題されたラストの演目。

 

そして、ソレを聞いた団長は少々驚いた顔を一瞬だけ見せたものの…褒められた事自体に悪い気はしないのか、テンション高く喜びを現し…

 

…彼?彼女?のあまりに濃ゆい風貌に、会場内には笑いが常に反響していたと言うのに。この少年は、この歳で団長のデュエルの本質に気付き…そして、居ても立ってもいられなくなって楽屋へと飛び込んできたのだ。

 

少年の行為は、決して褒められた行為ではないだろう。それでも、エンターテイナーの側から見れば、自分達の舞台を見てこんなにも感動を覚えてくれたファンが居るというその事実は、団長からしても何よりも嬉しい事なのだろう。

 

すると、後から追いかけてきたらしい警備員が現れ…団長の姿を見た瞬間に、慌てたように言葉を続けた。

 

 

 

「す、すみません団長!招待チケット持ってたから通しちゃったんですけど、確認したらリストに名前が無い子で…呼びとめようとしたら走ってっちゃったもんだから…」

「招待チケット…ボウヤ、そのチケット、誰から貰ったのかしら。」

「えっと…綿貫さんってお爺さんから…」

「あらヤダ!ナンタ、綿貫のオジーチャンの知り合いだったの!ンなら別にいいわ、あの人が寄越したンなら別に怪しい子じゃないだろうし。」

「…あのお爺さんと、お知り合いなんですか?」

「えぇ、昔ちょっと…いいえ、ンものすごーくお世話になったの。もー、ソレを早く言いなさいよー。ンだったらお咎めなんてナシよナシ。だからナンタも持ち場に戻っていいわ。この子はナタシに用があるみたいだから。」

「え?あ、だ、団長がそう言うなら…」

「ソレでボウヤ、お名前は?ナタシに何か御用かしら?」

「あ…お、俺、セリ・サエグサっていいます…あの、ハコ・ヴェーラさん、お、俺と…」

 

 

 

けれども、セリと名乗った少年が告げたその名を聞いた瞬間。

 

何やら気分を良くしたように、ハコ・ヴェーラは少年の肩をバシバシと叩きながら…先程の警戒など忘れたように、セリを快く向かえるような態度へとその雰囲気を変え始めたのだ。

 

…その綿貫という老人は、ハコ・ヴェーラにとってそんなに信頼に値する人物なのか。

 

綿貫という名前を出しただけで、ここまで待遇が変わるなんてセリからしても驚いたことだろう。そのまま、警備員を帰した団長へと向かって…セリと名乗った少年は、意を決したようにその口を開き始め…

 

 

 

「俺とデュエルしてください!」

「ヴァ?」

 

 

 

しかし…セリと名乗った少年の放った言葉を耳にして、思わず驚きの声を上げてしまった団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…しかし、それもある意味当然か。

 

何せ、初公演が終わったばかりの楽屋に、突然謎の少年が突撃してきたと思えば…突然、デュエルを申し込んできたのだから。

 

…確かにこの世界では、デュエルは何よりも優先されるべきことであるとは言え。

 

それでも、自分の恩人の知り合いだったというコトは差し引いても。劇団の初公演が終わったばかりの楽屋に、アポもなく飛び込んできて…団長にいきなりデュエルを申し込むだなんて、不躾と思われる行為以外の何物でもないと言うのに。

 

まぁ、多くの観客達が見抜けなかった団長のデュエルの本質を、少年はこの年でしっかりと見極め…そして感動を覚え居ても立ってもいられなくなって楽屋へと来たのだから、ソレはある意味エンターテイナー冥利に尽きるといえばそうなのだが。

 

…普通の観客であれば、こんな行動など取るわけがない。だからこそ、この少年は先ほどの舞台でとてつもない何かを感じたということ。

 

故に…突然楽屋へと飛び込んできた、セリと名乗った少年を一蹴するわけでもなく。

 

団長は、自身が目指すエンターテイメントを真っ先に感じてくれたセリに対し…

 

 

 

「…デュエル?ナタシと?っていうか何で?」

「俺、今世界を巡って、強いデュエリストと戦う旅をしているんです!それで、さっきの公演を観てピンと来ました!ヴェーラさん、貴方はとんでもなく強いデュエリストなんだって!多分、プロでも通用するくらいに…いや、トップランカーでもおかしくないくらいに強いんだって!」

「ちょっとー!嬉しいこと言ってくれるじゃヌァーイ!ナンタ見る目あるじゃヌァーイのよー!…マ、確かにナンタのいう通りよ。昔取った何とやら、ナタシはそれなりに腕に自信がある…プロになるかサーカスやるか、最後までずっと迷ってたくらいにはネ。」

「やっぱり…で、でも、それならなんでプロじゃなくてサーカスを選んだんですか?」

「ンー…ナタシもプロになりたかったんだけどネ?ナタシのデュエルとサーカスの師匠…前の団長が色々合って死んじゃって、一座が無くなっちゃうトコだったからナタシがサーカスを引き継いだってワケ。ンだからゴメンナサイね?ナタシはまだこれから団長としての仕事が沢山残ってるの。ナンタとデュエルしてる暇はヌァイのよ。」

「…そ、そうですか…」

 

 

 

押しかけてきたセリを一蹴するわけでもなく、けれども肯定することもなく。

 

やんわりと、ハコ・ヴェーラは大人な対応でセリへと言葉を紡ぎだす。

 

…確かに、この一座は今日が初公演。まだまだデュエリア公演の日程は残っているのだし、ソレ以上にアポもなしにいきなり飛び込んできた見ず知らずの少年に対し、何を優先してでもデュエルをしてあげる義理など団長にはあるわけもないこと。

 

…また、団長にデュエルを断られたことで。

 

セリからしても、いきなり押しかけてデュエルを挑むだなんて、どれだけ失礼なことであったのかがようやく飲み込めたのか。

 

…感情に任せすぎていた、興奮して逸っていた。

 

痛いくらいに感じた、圧倒的強者のオーラを持つ団長、ハコ・ヴェーラと…どうしても戦いたいのだとして、気持ちだけが先行しすぎていた。

 

冷静になって、ソレを理解できたからこそ…セリはこれ以上、ここで部外者の自分が我が侭を言い続けてはいけないとして。

 

 

 

「…すみませんでした、急に押しかけてこんな事言って…」

 

 

 

明らかに落ち込んだ様子を見せながら、楽屋を出て行こうとするセリ。

 

しかし、落ち込んでいる様子を隠しきれてはいなくとも…自分の非を感じ、欲求を抑え込んで部屋を出て行こうとしている少年の背中は、ある意味大人のような対応とも言えるだろうか。

 

…若さゆえに欲求を通そうとするこの年代には珍しい、潔いまでの諦めの速さ。

 

それはこの歳の少年には珍しく、本能を押さえられる理性の強さを持っているという事の証明でもあり…言い換えれば、そんな強い理性を持った少年が情動的に行動してしまうほどに―団長の実力に、セリは強く感銘を受けたということ。

 

…ソレを、団長はこの一瞬で感じ取ったからこそ。

 

子どもと大人の狭間で揺れている、少年へと向かって…

 

 

 

「…ナンタ、セリって言ったかしら。そんなにナタシと戦いたいワケ?」

「え?…は、はい、それはもう…」

「なんでナタシ?見たとこ学生みたいだけど…それなら、対戦相手には困らヌァイでしょうに。決闘学園でも、デュエリア校って言えばプロになる奴等が沢山いるトコでしょ。」

「…俺はデュエリア校の生徒じゃありません。デュマーレから来ました。その…デュマーレ校じゃ…いえ、デュマーレの中じゃ、正直もう相手が見つからなくて…」

「デュマーレって5大都市の一つじゃない…ナンタ、そこで相手みつからないって…あぁ、そういうコト。ンだから世界を旅してるとかナンとか言ってたワケ。あぁ、だからオジーチャンが…ンナルホドねぇ、ナンタ、相当腕に自信があるってワケ。大方、それでプロになるのを迷ってる…プロ確実って言われているケド、このままプロになるのが不安…だから世界を見て回ってる、ってトコかしら。」

「ッ、そ、その通りです!わかるんですか!?」

 

 

 

こんな少年が、若さに任せここまで押しかけてきて。そして自分とデュエルができなくて、本気で落ち込んでしまっていることを見てしまったが故なのか。

 

…続けられたセリの言葉から、何かを察した様子を見せたハコ・ヴェーラ。

 

しかしソレは、『察した』というレベルを大きく超えた…セリの心の内を見透かしているかのような、予想を超えた的確なる断言。

 

…一体、団長はどうしてここまでセリの心の内を見透かせるのか。

 

驚いている様子のセリを他所に、団長はそのまま続けて言葉を発する。

 

 

 

「えぇ。ナタシも昔、似たような悩み持ってたから。プロになるか、サーカスをするか…一時は、本気でプロになって上を目指そうって決意したこともあったわ。だからナンタと似たようなコトをやった覚えもあるってワケ。…ン懐かしいわ…広い世界に出ると、どれだけ自分がちっぽけだったのかがよく分かる…マッ、ナタシはプロ以外で進みたい道を見つけたから、こうしてプロにならなかったワケだけど。」

「プロ以外の道…」

「えぇ!初公演を観てくれたんでしょ?アレがナタシの、プロを諦めてでもやりたかったこと!デュエルとサーカスが融合した、ン全くナたらしいエンターテインメンッ!世界中の人々に、感動と躍動と情動を与えるのがナタシの夢なの!今日はその第一歩ってワケ!」

 

 

 

語られるは思いの篭った、ハコ・ヴェーラの熱い言葉。

 

心の底から語られる、サーカスへの熱い思い…ソレが紛れも無い本物であるというコトが、彼?彼女?の言葉から嫌と言うほど伝わってくる。

 

…この人は、本気で『夢』を掴んだのだ。

 

同じような悩みを持って、同じような行動をして…同じように見聞を広げ、同じように世界を見て…

 

…そして、サーカスという一つの『夢』を掴む為に…もう一つの『夢』を諦めた。

 

その選択がどれだけ難しいのかなど、言われるまでもなくセリは理解しており…

 

彼?彼女?がプロではなくサーカスを取るという選択に到るまでに、一体どれほどの葛藤があったのだろう。

 

きっと、身が裂けるほど悩み…そして、自分の可能性の一つに蓋をするという選択を取る時に、涙を呑んだに違いない。

 

…そうして選んだ自分の『夢』だからこそ、彼?彼女?はこうして本気になれているのだろう。

 

だからこそ…そんな人の邪魔を、中途半端な自分がこれ以上邪魔してはいけない。

 

そんな、団長の熱意を感じたために。

 

団長とのデュエルを、本当に諦めようとセリは決意し始め…

 

 

 

「…だけど、ナタシの舞台を見てそこまで感じたナンタを…同じ悩み持ってた先人として、無碍にするワケにもイカないわよネ。」

「…え?」

 

 

 

しかし…

 

既に団長とのデュエルを諦めていたセリへと向かって。

 

 

 

「いいワ、綿貫のオジーチャンが寄越したって事は、何か意味があるんでしょうし。特別に、ナンタとデュエルしてあげようじゃヌァイ。」

「ほ、本当ですか!?」

「えぇ。ンでもすぐにってワケにはイカないわ。デュエリア公演はあと3日ある。だから最終日、公演が終わった後にまたここに来なさい?ステージの上で、特別にナンタとデュエルしてるワ。ナタシの全力を受け止めてみなサイ?胸を貸してア・ゲ・ル。」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

一体、何を思ったのか。

 

潔く身を引こうと決意していた少年へと、逆に少年の要求を飲む提案をしたハコ・ヴェーラ。

 

…それは若くも悩める少年の姿に、彼?彼女?が思うところがあったからかのか。

 

団長は言っていた。自分と同じような悩みを持った少年を、無碍にするわけもいかない、と。

 

それは同じような悩みを持って、同じように世界を旅した経験のある彼?彼女?だからこその優しさなのか。かつて自分が歩んだ道から、現在悩める少年へと向けた…道を見つける手助けを、団長自ら行おうということであり…

 

一つの道を見つけた先人として、伝えられる事がある…

 

そんな思いがあってかなくてか、ともかくプロの上位に立っていてもおかしくはないほどの実力者から戦いを挑まれたというその事実は。果たして、セリの心にどれだけの興奮を覚えているのだろう。

 

そうして…

 

 

 

「いいわネ?3日後ヨ。ン特別なんだから。だからナンタも、自分のデッキを最高のデッキに仕上げてかかってきなサイ?ン中途半端な事したら許さないから。」

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

 

 

何はともあれ、思わぬ形で叶ってしまった『強いデュエリスト』との戦い。

 

その、心から願っていた『本物』との戦いを前に…

 

セリの心は、確かなる躍動を今から覚えていて-

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇセリー、あのオカマとさー、マジマジマージで戦うわけー?」

「当たり前だろ。ダメ元で押しかけたらOKしてくれたんだ…俺、今物凄くワクワクしてる…」

 

 

 

夜風が心地よい、ネオンに照らされたデュエリアの一角。

 

サーカスのドームを後にしたセリとギョウは、夜でも賑やかなデュエリアの繁華街を…叔父の家へと向かって、ゆったりと歩いていた。

 

 

 

「シュミわるー…どーせ戦るなら、チャン僕はキレーなオネーサンのがいいけどねー。」

「お前はそうかもな。けどオカマかどうかなんて関係ないだろ。アレだけの強さだぜ?凄い楽しみじゃんか…とうとう戦えるんだ…本物の力の持ち主と…」

「ホンモノねー。まっ、確かにあのオカマの力は?確かしとんでもねーモンだったけどもさー。」

 

 

 

そんなセリとギョウの表情はどこか対照的で。

 

…遠足前の子どものような、今から興奮を覚えている表情のセリ。

 

…どうせ断られると思っていたが故に、セリとは違いどこか興味無さ気な顔をしているギョウ。

 

そんな対照的な二人は、それぞれ別の事を考えながらデュエリアの夜の街を歩き続けるのか。

 

…求めていた、『本物』の力を持ったデュエリスト。

 

いくらハコ・ヴェーラが、何のデッキを使ってくるのかが分かっているとは言え。そんな相手とデュエルするというのだから、与えられた3日の猶予など無いにも等しいとさえ言いたげに…

 

…そう、ゴ・ギョウ以外の強敵と戦いたいが故に故郷デュマーレを飛び出したようなセリにとっては、初めて巡ってきたこのチャンスに全身全霊で挑みたいという気持ちは決して嘘などではない。

 

だからこそ、どれだけ準備する期間があっても足りないのだと言わんばかりのセリの顔は、既に今から3日後のデュエルのイメージトレーニングを行っているかのようでもあり…

 

 

 

「ギョウ、3日間みっちり手伝ってもらうぞ。試したい戦法が沢山あるんだ。」

「うぇー…チャン僕ってば3日間、デュエリアでナンパしながらとことん遊び回ろーと思ってたんだけどもだっけーどぅー…」

「ダメだ。お前しか相手出来る奴居ないんだから。」

「うぃー…ったく、仕方なうぃーねぇー…」

 

 

 

来るべき約束の3日後へと向けて。

 

今のままの自分では駄目。ホトケ・ノーザンに負けた先日の自分から、更に強くなるために…

 

そして『本物』の力を持ったハコ・ヴェーラと、最高の勝負をするために。セリの心は、この夏の風よりも熱く熱く燃え上がり続けるのみ―

 

 

3日の間に、デッキを練磨する。

 

綿貫 景虎から貰ったカードを、1枚1枚選別し。試したいカードを片っ端からデッキに入れて、デッキとの相性を試し続ける。

 

ゴ・ギョウを相手にデッキを回し、幾度も幾度もカードを入れ替え。試したい戦法を片っ端から試し、デッキの回転を確かめ続ける。

 

…あれほどの相手に、自分の力がどこまで通用するか分からない。けれども、デュマーレを飛び出し遠くデュエリアの地にまで足を運んで得たチャンスに、全力で取り組むセリの気持ちは曲がり気のない直線そのモノ。

 

だからこそ、デュマーレ校1の秀才と呼ばれるセリが知恵を絞り、デュマーレ校1の実力者と呼ばれるギョウが相手をするその光景は…

 

幼少からの腐れ縁である彼らにとっては最早辺り前の光景でもあり、今の時点でもきっとプロに行っても上を目指せる力を持った若者2人。そんな二人が、恐るべき密度と錬度と速度でデッキを仕上げていくこの過程は、まさに比類なき才能の持ち主同士による、独奏に独奏を重ね合わせた神秘的な二重奏のようではないか。

 

…同等の力、同格の才能、同様の才知に同位の戦績。

 

これまで幾度となく共に過ごして来た、切っても切れない腐れ縁。セリからすれば、故郷デュマーレを飛び出したあの日に、ゴ・ギョウが着いてきてくれた事が今この時に改めて感謝に値するモノだとして感じられている様子。

 

また、そんなセリの逸る気持ちを、相手をしているゴ・ギョウも感じ取ってか。

 

セリが、あまりにハコ・ヴェーラとのデュエルを楽しみにしているせいで…文句を言いつつ何だかんだセリのデッキ調整に付き合っているギョウの方も、約束の日が近づくにつれてセリのデュエルに少々興味を持ちつつある様子を見せ始め…

 

 

 

 

恐るべき速度で錬度を高め、恐るべき速度でデッキの密度を更に濃くし…

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

約束の3日後が、遂に来た―

 

 

 

「…いよいよだ…」

「ま、気楽に戦んなよなー。あのオカマも?ガチってより?稽古つけてやんよーって感じだったしー。」

「…あぁ。」

 

 

 

…約束通り、デュエルサーカスの最終公演が終わった午後10時半。

 

 

セリの足取りは、緊張の遅足と興奮の早足が混ざり合って…最早通常通りの足運びとなりて、約束の舞台であるサーカスの会場へと辿り着いていた。

 

…この3日間、試せる事は全て試した。

 

サーカスで見たハコ・ヴェーラの【月光】デッキ。そのカードの種類から、戦法・特徴などをセリがデュマーレ校1の頭脳で徹底的に想定し…

 

セリが想定しうる策と場面を、今度はデュマーレ史上No.1の曲者と言われているゴ・ギョウが死角やら盲点から徹底的にメスを入れる。

 

そんな無茶な特訓を、この3日の間にセリとギョウはプロも真っ青になるほどの密度と錬度と速度で行ってきた。

 

ソレ故か、今のセリは胸を借りるつもりなど無く。ただただ強敵相手に、自分の全てをぶつけたいだけの様子。

 

 

 

「にしてもさー、アレだけ試したのに?結局新しく入れたカードが?たったの『2枚』ポッチッチとかしょーじき勿体無くなくなーい?」

「いや、これで良いんだ。貰った中にあった『あのカード』のおかげで、ずっと使いたくても使えなかった『あのカード』がようやく使えるようになったんだから…それに『アレ』も…っていうか。大量のカード試したところでしっくり来たのは『あの2枚』だけだったんだから、それってやっぱり俺のデッキはこれでいいんだってことだろ?」

「まーねー。まっ、コンボ主体の?頭ガチガチの理論武装?が趣味のセリにしてはさー、『あの2枚』デッキに入れたってだけでもしょーじきビックリ&ドッキリwithチャッカリって感じだけどねー。」

「…なんだそれ。」

「ひゃは、とりあえず好きにやればいーんじゃね?ってことー。骨は拾ってやんよ。」

「あぁ。」

 

 

 

そう、悩みに悩んで、寝る間も惜しんでたった『2枚』のカードをデッキにいれるかどうかのレベルでデッキを練磨し続けた今のセリのデッキは…

 

自分からしても最高の仕上がりなのだと自信を持って言える程に、あの『本物』の力を持ったハコ・ヴェーラと早くデュエルをしたいのだとして、既に興奮が緊張を上回り始めているのか。

 

 

…公演中とは打って変わって、沈黙の音のするドームの中。

 

 

その、公演の終わったドームに入り…観客の居ない席を通り抜け、つい先程までサーカスが行われていた中央のステージにセリが視線を伸ばすと…

 

そこには団長、ハコ・ヴェーラが既に仁王立ちして待っていた。

 

 

 

 

「…無茶を聞き入れてくれて感謝します。あなたとのデュエル、とても楽しみでした。」

「…そう。」

「あ、あの…じゃあ、お願いします…」

「…えぇ。」

 

 

 

しかし…

 

公演が終わった直後ゆえか、何やら張り詰めた空気をその身に纏うハコ・ヴェーラ。

 

…そう、3日前に会った彼?彼女?と、どこか少々様子が違う。

 

セリが、ふとそう気付いてしまうほどに…何やら3日ぶりにあった団長の様子が、3日前とはどこか違うのだ。

 

 

 

「あの…」

「…ンぶっつけ本番の一本勝負…泣き言ナシの、一発勝負ヨ。」

「は、はい!…胸を貸してもらうつもりで、全力で行きます!」

「…」

 

 

 

それは静かなる雄の情動の鎮まり、昂ぶり押さえる雌のさえずり。

 

例えるならば、まるで白鳥が羽ばたく前の…波紋無き池の水が如く、今の彼?彼女?から感じられるのは、彼?彼女?には似つかわしくない思い詰めているかのような沈黙の闘志。

 

…3日前に感じられた、あの自信と覇気が薄い。

 

そう、今の団長の姿は、セリの才覚と力を感じてもなお『胸を貸す』と言えていたあの堂々たる姿とは似ても似つかぬ…

 

どこか悲痛なモノを抱いた、葛藤に苦しんでいるかのような姿ではないか―

 

 

…一体、どうしたのか。

 

 

この3日間に何かあったのか…それとも単純に気が変わって、生意気な子どもなど早く蹴散らしてしまいたいのだろうか。

 

しかし、デュエルディスクを展開し、手札を引きながらそんなコトを疑問に感じているセリへと…

 

同じくディスクを展開し、手札を揃えた団長の口から―

 

 

 

「ナタシは…死んでもナンタに負けられないのよ!」

「…え?」

「行くわよー!ン覚悟なさい!」

 

 

 

 

 

 

叫ばれしそれは、唐突に―

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

今、始まる。

 

 

 

先攻は団長、ハコ・ヴェーラ。

 

 

 

「ナタシのターン!モンスターとカードを1枚ずつセット、ターンエンドよ。」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:4000

手札:5→3枚

場:セットモンスター1体

伏せ:1枚

 

 

 

静かに…

 

先程の叫びとは裏腹に、少ない初動でそのターンを終えたハコ・ヴェーラ。

 

 

 

(どうしたって言うんだ…あれほどの人が、たったあれだけでターンエンドするなんて…)

 

 

 

その光景は、先日のサーカスでの彼?彼女?の力をその目でしかと見たセリからすれば違和感を覚える程に静かな立ち上がりであり…

 

しかし、彼?彼女?の様子がおかしい理由など、知るわけもないセリからすれば。

 

とにかく自分のデュエルを進めることしか、出来ることなどありはせず…

 

 

 

「お、俺のターン、ドロー!【マジシャンズ・ロッド】を通常召喚!その効果で、デッキから【黒の魔導陣】を手札に!」

 

 

 

―!

 

 

 

【マジシャンズ・ロッド】レベル3

ATK/1600 DEF/ 100

 

 

 

そうしてハコ・ヴェーラの態度に動揺しつつも、セリの場へと現れたのは大魔導師の杖が如きモンスター…そう、セリのデッキにおける、中核とも言える初動のモンスターが現れて。

 

 

 

(な、なんか様子がおかしいけど…でも、この日の為に準備してきたんだ!全力で行く!)

 

 

 

「永続魔法、【黒の魔導陣】発動!デッキを3枚確認し、速攻魔法、【イリュージョン・マジック】を手札に加えてそのまま発動!【マジシャンズ・ロッド】をリリースし、デッキから【ブラック・マジシャン】2体を手札に!」

「…ヘェ、マジシャン使いってワケ…」

「そして手札を1枚捨て、【幻想の見習い魔導師】を特殊召喚だ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【幻想の見習い魔導師】レベル6

ATK/2000 DEF/1700

 

 

 

「見習い魔導師の効果で3枚目の【ブラック・マジシャン】を手札に!そして魔法カード、【融合】を発動!手札の【ブラック・マジシャン】と場の【幻想の見習い魔導師】を融合!」

 

 

 

淀みなくカードを手札に揃える、そのセリの戦術はまさに呪文を詠唱する魔術師が如く。

 

そう、相手の様子がおかしくとも、この日のために準備してきたのだから…例え相手の様子がおかしくとも、セリはいつもの様にいつもの如く。

 

ただただ、自分のデュエルを貫くだけ。

 

 

…現れるは、天に渦巻く神秘の奔流、魔力が渦巻く神性のうねり。

 

 

それはセリの持つ、『融合』のEx適正によって…

 

 

 

「融合召喚!来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

 

 

今ここに現れしは、黒き魔術師が到達するであろう頂点の姿の一つ。

 

ある一つの道を究めた、到達せし果ての姿であり…セリの場にて沈黙するは、弟子と一対となりてその魔力を極限まで高めた、魔法を極めし黒き魔術師。

 

 

…相手のデッキがわからなかった、先日のホトケ・ノーザンとのデュエルと違い。

 

 

3日前の初日公演で、ハコ・ヴェーラのデッキが【月光】というカテゴリーだというコトを穴が開くほど集中して見ていたため…セリには、先攻の自分が今どんな手を取らなければならないのかがよく理解出来ている。

 

…そう、相手が何をしかけてくるかわからないのと、相手のデッキのタイプが分かっているのとでは対策の仕様は天と地ほどの差があるために。

 

セリは今、ハコ・ヴェーラに最大限の軽快をしつつ。今の自分が取れるであろう道筋を、思考を巡らし辿り続ける。

 

 

 

「まだだ!【融合回収】を発動し、墓地から【融合】と【幻想の見習い魔導師】を手札に戻す!そして超魔導師の効果で1枚ドローし…もう一度【融合】を発動だ!手札の【ブラック・マジシャン】と【終末の騎士】を融合!融合召喚!来い、レベル8!【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】レベル8

ATK/2800→3200 DEF/2300

 

 

 

しかし、このデュエルを心待ちにしていたセリからすれば、この程度でターンを終える気など更々ないのか。

 

セリは更に、騎士道を極めし魔術師の一つの姿を呼び出しつつ…

 

初めから、全力で。今引き出せる自分の力を、ハコ・ヴェーラへとぶつけにかかる。

 

 

 

「ヘェ…貫通効果…」

「…バトルだ!まずは超魔導騎士で、セットモンスターに攻撃!シュヴァリエアーツ・スピニングスピアー!」

 

 

 

―!

 

 

 

「クゥッ…」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:4000→2000

 

 

 

モンスターのみに留まらない、貫通ダメージが団長を襲う。

 

…前陣速攻、果敢の攻め。

 

一撃必殺の攻撃ではないにしろ、出会いがしらの一発とでも言わんばかりの攻撃がセリのモンスターから炸裂し…ハコ・ヴェーラのLPを、実に半分も削り取って。

 

しかし…

 

 

 

「ケド破壊されたのは【月光蒼猫】!ン更に罠カード、【月光輪廻舞踊】も発動よー!デッキから【月光彩雛】と【月光紅狐】を手札に加えて…デッキから、【月光翠鳥】も守備表示で特殊召喚ッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【月光翠鳥】レベル4

ATK/1200 DEF/1000

 

 

 

その攻撃を、待っていたのだと言わんばかりに。

 

相手の攻撃を利用して、一挙に3枚ものアドバンテージを稼いだ団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…流れるような展開と、流れるようなカード捌き。

 

たった一撃をトリガーに、一気に3枚ものカードアドバンテージを奪っていくその流れは…まさに圧巻の一言、流石のタクティクスとも言えるだろうか。

 

それだけではない…

 

 

 

「まだよ!エメラルド・バードの効果発動ゥ!手札の【月光黄鼬】を墓地に送って1枚ドロー!ン更にイエロー・マーテンの効果も発動しちゃうわー!デッキから【月光融合】を手札に加えるわよー!」

「…ッ、効果の連鎖が…」

 

 

 

団長はそこから更に動きを見せて、アドバンテージを重ね合わせ続けるのみ。

 

…この連鎖する効果の淀みない動きは、例えるならば一流のダンサーによる完成された華麗なステップ。

 

たった1回の攻撃が、ここまで効果に繋がるなんて。

 

そんな、先ずは流れを掴もうと迅速なる攻撃を仕掛けたセリの虚を、これでもかと突く様に。セリのターンだと言うのに、ハコ・ヴェーラの手札がどんどんと増えていく。

 

 

 

「くそっ!超魔導師でエメラルド・バードを攻撃!」

「ンフッ、今度はダメージ無しネ。」

「…これでバトルフェイズは終了…俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ。」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:6→2枚

場:【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】

【超魔導騎士-ブラック・キャバルリー】

魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ1枚

 

 

 

…やっていることは至ってシンプル。しかしソレ故に恐るべき完成度。

 

デュマーレ校1の秀才である、セリ・サエグサがそう感じてしまったほどに…たった一度の攻防で、ハコ・ヴェーラの動きを体感したセリが抱いたのはそんな冷や汗をかくような結論であったのだ。

 

…相手の出方を見据えつつ、守りの手を的確に固めながら次なる手札を揃えていく。

 

それは攻撃的な【月光】デッキからは、到底考えられないような理想的なる防御と持久。

 

そしてその防御と持久も、次なる攻撃の為の一手へと繋がっているのだから…

 

ターンを渡したセリが、ここまで冷や汗をかいていたとしても。ソレはある意味、当然と言えば当然のことであり…

 

 

 

「ン行っくわよー!ナタシのターン、ドロー!【月光彩雛】を召喚ッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【月光彩雛】レベル4

ATK/1400 DEF/ 800

 

 

 

「カレイド・チックの効果発動ゥ!Exデッキから【月光舞剣虎姫】を墓地に送って、カレイド・チックをサーベル・ダンサーと同名にしちゃうわよー!ン更に魔法カード、【月光融合】発動ゥ!」

 

 

 

しかし、身構えているセリを意に介さず。

 

ハコ・ヴェーラは、即座に一枚の魔法カードの発動を宣言し始め…

 

それは【月光】というカテゴリーに与えられし、このカテゴリー専用の融合魔法。月明かりのようなスポットライトに照らされて、月の魔力を帯びた神秘の渦がうねりを上げる。

 

 

 

「サーベル・ダンサーになってる場のカレイド・チックと手札の【月光紅狐】…そしてExデッキの【月光舞豹姫】を融合しちゃうわー!」

「Exモンスターを直接素材に…ッ、パンサー・ダンサーってことはまさか!?」

「ン容赦しないわ!月の光に導かれ、月下のステージで踊りなさぁーい!永久に煌く獅子の姫!融合召喚ッ!来なさい、レベル10ゥ!【月光舞獅子姫】、オンステージッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【月光舞獅子姫】レベル10

ATK/3500 DEF/3000

 

 

 

現れたのは【月光】の踊り子、その中でも最上位に位置する獅子の舞姫。

 

百獣の頂点に君臨せしめる、その昂ぶりを踊りに現し。雌であるが故の美しさと、獅子であるが故の強さをその身で体現するその姿は…

 

まさに雄であり雌であるハコ・ヴェーラを、コレ以上無いくらいに体現しているかのような佇まいではないか―

 

…圧倒的な攻撃力と、圧倒的な耐性。そしてソレ以上の恐るべき力を持った、この月の獅子こそ正真正銘【月光】デッキの切り札の中の切り札。

 

それは言い換えれば、こんな序盤に出てくる事がそもそもからして珍しい、紛れも無く彼?彼女?にとっての切り札級の一枚であって―

 

 

 

「くそ!もうソイツが出てくるなんて!【月光融合】が発動したため、超魔導師の効果で1枚ドロー!…ッ…そ、そのまま、今ドローしたカードをフィールドにセットする!」

「ン構わないわ!融合素材になったクリムゾン・フォックスのモンスター効果発動ゥ!超魔導師の攻撃力を0にしちゃうわー!」

「させるか!超魔導騎士の効果発動!手札を1枚捨て、クリムゾン・フォックスの効果を無効にする!」

「ンフッ!そんなに手札をバンバン使っちゃっていいのかしら?」

「くっ…」

「まだまだ行くわよー!【月光白兎】を通常召喚し、その効果で墓地から…」

「ホワイト・ラビット!?くそっ!その効果にチェーンして永続罠、【永遠の魂】を

発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を、攻撃表示で特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

 

 

「アラ、攻撃表示なの…でも関係ないワ!ホワイト・ラビットの効果は止められヌァーイ!墓地からエメラルド・バードを守備表示で特殊召喚ッ!」

「だけど【ブラック・マジシャン】の特殊召喚に成功したため、こっちも【黒の魔導陣】の効果を発動する!」

「フフン、ライオ・ダンサーは効果の対象にならないわ。残念だったわネ。」

「くっ…除外するのはホワイト・ラビットだ…」

「でしょうネ!そのままナタシはエメラルド・バードの効果も続けて発動ゥ!手札の【月光紫蝶】を墓地に送って1枚ドロー!まだまだよーン!魔法カード、【月光香】発動ゥ!墓地のフォックスを蘇生しちゃうわ!」

「ッ、止まらな…」

「えぇ!止まらないわよー!【闇の誘惑】も発動ゥ!2枚ドローして、手札から2体目のカレイド・チックを除外ッ!」

「なっ!?カレイド・チックの除外って確か!」

「ンフッ、そうよ!これでナンタはバトルフェイズに、見習い魔導師の効果も超魔導師の効果もツ・カ・エ・ナ・イ!」

「ぐっ…」

 

 

 

怒涛…

 

それは、まさに怒涛という表現があまりによく当てはまる、激しすぎる効果の応酬。

 

一撃一撃が、あまりに重く襲い掛かるハコ・ヴェーラの怒涛の猛襲。それに対抗するように、セリも必死になって己の『知識』を総動員して即座に反応してはいるものの…

 

しかし、冷や汗を垂らしながら必死になって追いすがっているセリの姿を見れば。誰だって、この攻防がどちらに部があるのかが容易に判断つけられるに違いないことだろう。

 

…そう、まだまだ余裕しかないハコ・ヴェーラに対し。必死なセリの方は、既に満身創痍にも近い姿になっているのだから。

 

…セリのデッキやその展開、果てはこれまでのカード捌きからセリの狙いを的確に読み取り。

 

セリを超えうる戦術を取るだけには収まらず、恐るべき精度にてセリの上を悉く超えていくデュエルサーカス団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…なんて恐るべき力、なんて恐るべき運、なんて恐るべきタクティクス。

 

『運』の絡む要素の強いデュエルにおいて、普通であればここまで相手を的確に圧倒する手札など揃えられるわけがない。しかし、セリの目の前で実際に起こっているこのデュエルの流れは…確かにデュエルディスクの判定による、不正の絡みようのない現実の出来事。

 

そう、それは例えるならば、まるで彼?彼女?のデッキ自体が彼?彼女?を勝たせようとしているかのようなデッキの回転とも言えるだろうか。

 

…【王者】やそれに次ぐ実力者のデュエルにて時折感じられる、人知を超えたデュエルの展開。

 

その、常人であれば理解出来ないであろう、勝つべくして勝つことを義務付けられたかのような…

 

天上の実力の持ち主のデュエルにて思い知らされる、圧倒的強者たる由縁にも通ずる恐るべきデッキ捌き。それが、今まさに団長、ハコ・ヴェーラから感じられる。

 

 

…そしてセリには、その感覚によく覚えがある。

 

 

そう、それは実際に対峙したが故の、確信を持てる紛れもない感覚。

 

先日デュマーレで戦ったあのデュエル傭兵、セリが初めて『勝てない』と思い知らされた実力の持ち主…

 

あのホトケ・ノーザンにも匹敵する天上の実力を、このハコ・ヴェーラも備えているという事であって―

 

 

 

「この程度なの?ガッカリさせないで頂戴ッ!いくわよ、バト…」

「ま、まだだ!罠カード、【陰謀の盾】発動!【ブラック・マジシャン】に装備し、1度だけ戦闘では破壊されない効果を付与する!」

「アラ、それはさっき伏せたばかりのカード…ナルホド、ナンタ、それなりの『運』は持ってるみたいじゃナイ。…まぁいいワ!ライオ・ダンサー、蹴散らしちゃいなさい!【月光舞獅子姫】で【ブラック・マジシャン】に攻撃ィー!ンビューティフルサマーソルッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

襲い来るは容赦のない、とてつもなく重い一撃。

 

…いくら【陰謀の盾】によって、LPが傷付かないとはいえ。

 

それでも、思わずセリが身構えてしまうほどに…次なる衝撃に備えるセリの心臓の鼓動は、更に加速を続けているのか。

 

そう、獅子の舞姫の恐るべき真骨頂は、まさに今から始まるのだ。ハコ・ヴェーラは、その特徴的なる言葉使いにて…

 

更なる一撃の言葉を、ここに高らかに宣言する。

 

 

 

「いっくわよー!ダメージステップ終了時、ライオ・ダンサーの効果発動ゥー!ナンタの特殊召喚されたモンスター…全部破壊しちゃうわー!」

 

 

 

―!

 

 

 

放たれるは波動の地響き、健脚より響きし地を裂く震脚。

 

そう、踊っているような攻撃の後…ダンスのステップのように大地を踏み抜いた獅子姫の震脚によって、凄まじき衝撃波がセリの場を襲ったのだ。

 

…全てのモンスターを飲み込んでしまう、恐るべき破壊のその衝動。

 

【永遠の魂】によって守られている【ブラック・マジシャン】だけは、どうにかその衝撃から身を守りはしたものの…

 

…しかし、超魔導師も、超魔導騎士も。

 

セリの主力モンスター達が、その衝撃波に耐え切れずに粉砕されてしまっていく―

 

 

 

「ンまだよ!ライオ・ダンサーの連撃、【ブラック・マジシャン】に攻撃ィー!ア、ビューティフルローリングソバッ!」

 

 

 

そして、間髪入れずに。

 

後攻1ターン目から、あまりに激しい獅子姫の2撃がセリの黒魔導師へと襲い掛かる。

 

…【陰謀の盾】のおかげでダメージはない。しかし2度は耐え切れずに、崩れ落ちてしまう【陰謀の盾】。

 

そのまま、主へのダメージだけは0にしつつ。成す術なく、【ブラック・マジシャン】が破壊されてしまって…

 

 

 

「更にクリムゾン・フォックスでボウヤにナイレクトアタック!ンレッツダンシングテールッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

「うわぁあ!?」

 

 

 

セリ LP:4000→2200

 

 

 

そして… 

 

特徴的な言葉使いで、初撃のお返しなのだと言わんばかりに。

 

ハコ・ヴェーラのモンスターより放たれた攻撃が、あれだけ居たセリのモンスターを一掃しつつ…遂には、セリのLPまでをも削りとっていく。

 

…その、あまりに凄まじく豪快な攻撃。

 

それは彼?彼女?のサーカスの演目のような、人の目を引きつけるスター性を持った光景となりてセリの目に映し出されるのか。

 

 

 

「どう?思い知ったかしら。コレがナタシとナンタの力の差…でもこれはホンの小手調べ…【強欲で貪欲な壷】発動ゥ。デッキを10枚裏側除外して2枚ドロー…ナタシはカードを2枚伏せてターンエンドよ。」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:2000

手札:6→1枚

場:【月光舞獅子姫】

【月光翠鳥】

【月光紅狐】

伏せ:2枚

 

 

 

―危なかった…

 

まさかエンターテイナー気質のある団長が、初撃をいきなりの切り札で押し通してくるなんて。

 

…【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】でドローできたカードが、【陰謀の盾】で本当に助かった。また、超魔導師の魔術によって、伏せた罠がセットしたターンに発動できたからこそ、この命を次のターンに繋げられたのだとして…

 

そんな虚を突かれたが故の驚きと、LPを残せた安堵が、今になって一挙にセリの心へと高波のように押し寄せる。

 

しかし、どうにかLPを残したはいいものの…

 

場を一掃されて、伏せカードも手札も削られたという今の攻撃に、セリの心は形容し難い焦りを感じている様子であり…

 

 

 

(つ、強い…俺の守りを真正面から打ち破ってくるなんて…さ、流石だ…)

 

 

 

…油断なんてしていなかった。

 

 

いくら始めのターンは相手の出方を伺おうと、守りに重きを置いたとは言え。

 

コンバットトリックを狙った手札の【幻想の見習い魔導師】や、破壊されたら後続を呼べる【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】を封じただけではなく…自分の手札すらも削り取りつつ、魔術師の防壁をいとも簡単に粉砕して更にはダメージまで押し通してくるなんて。

 

 

…そんな感情を抱いているセリが感じた、今の団長の攻撃はまさに圧倒的実力者のソレ。

 

 

確かに【月光】というデッキは、段階的に強くなっていく融合モンスターが特徴の、切り札足り得る上位の融合モンスターを出すために一定の準備が必要である、少々扱いが難しいと言えるカテゴリー。

 

…段階を踏んで強くなるということは、それだけ上位の存在を呼び出す為に下準備がいるということ。

 

だからこそセリも、相手が根っからのエンターテイナーであることから、ハコ・ヴェーラは徐々にデュエルを盛り上げていくスロースターター気質である可能性の方が大きいと踏んで、このデュエルに対する戦術を組み立ててたのもまた事実。

 

そうだと言うのに、そのセオリーを簡単に無視して…

 

いきなり切り札級の融合モンスターを召喚し、セリのLPを一気に半分近く削り取ったハコ・ヴェーラの攻撃はあまりに鋭くあまりに重く…

 

 

…セリが与えた2000のダメージと、ハコ・ヴェーラが与えた今の1800のダメージはそもそもからして持つ『重み』が違う。

 

 

ダメージ量では確かにセリの方が上…しかしダメージを与えるに至った『内容』そのモノはハコ・ヴェーラの方が優れているのだ。

 

そう、初撃にセリが与えた2000のダメージなど、言わば単なるラッキーパンチだった。

 

セリからすれば、自分のデッキがまだバレていないというアドバンテージと…始まったばかり故に、整っていなかった彼?彼女?の静かな立ち上がりの隙を突いた…いや、隙を突いたとさえ言えないであろう、若さゆえの勢いでただ突っ込んだだけ。

 

しかし、ソレと比較しても今の団長の攻撃は明らかに違う―

 

 

そう、勢いだけだったセリの攻撃と、セリの守りを真っ向から打ち破ってきたハコ・ヴェーラの攻撃は根本からしてその重みが異なっている。

 

…セリの手を読み、手札を見据え、次なる手を確実に潰して確実に潰しにかかるそのタクティクス。そんな常人には真似できない戦術を、ハコ・ヴェーラは息を吐くようにただ当たり前に実行してきた。

 

…彼?彼女?に取っては、ただただ当たり前の基礎中の基礎。しかし、その当たり前の部分のレベルがあまりに高すぎる。

 

そんな、彼?彼女?から感じられるあまりに果て無きプレッシャーを受けて…雄であり雌であるが故の、得体の知れぬ重圧がセリにじわじわと襲いかかってきているのか。

 

…流れ出る冷や汗を押さえられずに、始まったばかりで息を乱しているセリ。

 

力の差など一目瞭然。ハコ・ヴェーラの立っている場所はセリからすればあまりに高く遠く…

 

 

 

「俺のターン、ドロー!【永遠の魂】の効果発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚!そして【黒の魔導陣】の効果で、右の伏せカードを除外する!」

「…除外されたのは『ミラーフォース』ヨ。」

「よし、バトルだ!【ブラック・マジシャン】で、【月光舞獅子姫】に攻撃!」

 

 

 

…だからこそ、勝てないまでもせめてもう一撃。

 

立っている場所が違うことなど、最初から承知の上の事。けれども、あまりに高い場所にいるハコ・ヴェーラに…

 

せめてもう一太刀浴びせられるだけの力を求め、破れかぶれにも思えるセリの叫びがスタジアムに響き亘る。

 

…狙うは、ハコ・ヴェーラの切り札である月下の獅子姫。

 

団長の伏せていた危ない罠、【聖なるバリア-ミラーフォース-】を突破しつつ。手札の【幻想の見習い魔導師】の力を借りて、せめて相手の切り札を最期に倒したいという気概の下に、セリの叫びがスタジアムに響き…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「そう、ココまでなのねナンタ…オカマ、舐めんじゃヌァイわよーう!攻撃宣言時に罠カード、【聖なるバリア-ミラーフォース-】発動ゥ!」

「なっ!?」

「そんな攻撃、喰らってアゲルと思ってー?ナンタのモンスター、破壊しちゃうわー!」

 

 

 

―!

 

 

 

そんなセリの叫びすらも、無慈悲に無に帰すように。

 

手札の【幻想の見習い魔導師】の効果を使う間もなく、セリの場の黒魔導師が聖なるバリアに弾かれて逆に吹き飛ばされていく―

 

 

 

「お、同じカードを伏せていたなんて…」

 

 

 

手も足も出ない…

 

何も、出来ない―

 

…セリの抵抗を全て見抜いて、あえて同じカードを伏せさせたという彼?彼女?のデッキの判断。

 

それは今出来る自分の全力、今行える自分の最善、『知識』という自分の最大の武器を含めてソレらを総動員しても、なお指先すら届かない遠すぎるハコ・ヴェーラとの差となりてセリにまざまざと見せ付けられるのか。

 

…先のターンから、ソレをひしひしと感じ取らされているセリの心境は果たしていかなるモノなのか。

 

最初の手札やドローしたカード、考えうる戦術から思考一つとってまで、自分とあまりに違うその天上の実力者を前にして…

 

セリの目は、遥か彼方を見つめているような視線となりてハコ・ヴェーラを見据えており…

 

 

 

「…タ、ターン…エンド…」

 

 

 

セリ LP:2200

手札:2→2枚

場:無し

魔法・罠:【黒の魔導陣】、【永遠の魂】

 

 

 

「ナタシのターン、ドロー!」

 

 

 

手も足も出ない…その感覚は、まさに先日のデュマーレでデュエル傭兵、ホトケ・ノーザンと戦った時に味わった、圧倒的高みから思い知らされる天上のソレ。

 

ハコ・ヴェーラから感じられる身振り、手振り、素振り…そのどれをとっても彼?彼女?の持つ実力と言うのは、今のセリには到底届き得ない超一流の者のソレ。

 

…プロでもないのに、ここまでの力を持った者がこの世に存在するなんて。

 

先日も、本日も。世界の広さをその身でしかと体感したセリの心は、どこまでも広すぎる世界と目の前の天上の実力者に対し、自分自身の小ささをセリ本人へと思い知らせているかのよう。

 

 

 

「【強欲で金満な壷】発動ゥ!Exデッキを6枚除外して2枚ドロー!」

 

 

 

…けれども、負けて悔いはない。

 

 

そう、勝てる気などしない相手を前に、今のセリの心はどこか穏やかで。

 

…これ以上、自分がどれだけ抵抗してもハコ・ヴェーラの攻撃は止められないだろう。そう、デュマーレ1の秀才と言われていても、所詮は学生の枠で調子に乗っていた自分の力と『本物の力』を持った者との差はこれ程までに広いのだ。

 

ソレを、セリはその身でしかと感じ取れたからこそ。

 

元々、胸を借りるつもりで挑んでいたという心境と…今の自分と相手の実力差を、自分自身の体でしかと測る事の出来たとう満足感によって、セリはこの『敗北』を素直に飲み込んでおり…

 

…やはり、団長の力は凄まじかった。

 

プロでもないのに相当たる実力者、天上に届き得る至高の領域。

 

そんな相手を見つけられたという、自分の目に狂いは無かったその嬉しさ。今の自分の実力が、このレベルの相手とどれだけの差が開いているのかが良く分かったのだから、この戦いは負けてもなお得られるモノが多かったのだと、セリの心がセリ本人へと納得させようとしていて―

 

 

 

…いい経験をした。この負けはきっといい糧になる。

 

 

 

その、迫り来るであろう最期の攻撃を前に。セリは、どこまでも穏やかに敗北を受け入れていて―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、圧倒的強者との戦いに満足感を得ているセリとは裏腹に―

 

 

 

 

 

 

 

 

「…2枚伏せてターンエンドよ…」

「え!?」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:2100

手札:2→1

場:【月光舞獅子姫】

【月光翠鳥】

【月光紅狐】

伏せ:2枚

 

 

 

何もせず…

 

そう、文字通りに何もせず。何が起こったのか理解出来ていないセリを余所目に、そのターンを終えてしまった団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…その行動はあまりに不自然。

 

このターンで、ハコ・ヴェーラはセリのLPを確実に0に出来ていたはず。そう、既に何も出来ない事を理解していたセリの場は、たとえ【永遠の魂】の効果を使って壁を作ったとしても月下の獅子姫の攻撃を止められはしなかったのだから。

 

…けれども、団長はソレをしなかった。

 

一体なぜ…一体、どうして―

 

セリも虚を突かれたからなのか、【永遠の魂】と【黒の魔導陣】の効果を使うことすらも頭から抜け落ち…

 

ターンが移り変わってもなお呆然としてしまっていて…

 

 

 

「な、なんで攻撃しなかったんですか!?このターンで、俺のLPを0に出来たはずなのに…」

「…」

「な、何かおかしい!どうしたんですか一体!なんでこんな貴方らしくないデュエルを…このターンで俺は終わっていた!胸を借りるとは言ったけど、手を抜かれたいわけじゃない!貴方は『全力を受け止めろ』って言った…『中途半端は許さない』って言っていたじゃないか!なのに何で…どうして…」

 

 

 

矢継ぎ早に早口に、セリの口から零れる言葉。

 

それはセリ自身も、今のハコ・ヴェーラの行動には納得がいっていないというコトの証明でもあり…

 

…いくら負けそうだったところを、生き延びられたとは言え。

 

こんな…こんな『ふざけている』ようなデュエルをされては、セリだって嬉しいわけがないのだ。

 

セリにとってこのデュエルは、勝ち負けよりももっと大切な事を見つけるためのデュエルだった。

 

そう、プロではない道を自分で見つけたというハコ・ヴェーラと、全力で戦いそのデュエルを間近で体験することで…彼?彼女?が何を考え、何を思ってデュエルを続けているのか。それだけの強さを持ってして選んだ『道』の、その彼?彼女?にしか出来ないデュエルの持つ『意味』を感じ、今もなお迷いの中にある自分の道しるべの一つにセリはしたかったのだから。

 

そして、3日前の団長も、ソレをよく理解してくれていたからこそ。

 

このデュエルはセリにとって、何よりも大切な戦いであったと言うのに…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「どうしてこんなデュエルを…」

 

 

 

そんな、納得の言っていないセリへと向かって―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせぇぞゴラァ!」

 

 

 

―!

 

 

 

響き轟く重低音が、ハコ・ヴェーラの口から轟いた―

 

 

 

「ッ!?」

「ガキがゴチャゴチャ抜かしてんじゃねぇ!何が『貴方らしくないデュエル』だゴラァ!」

 

 

 

…先程までの、野太くも甲高い団長の声とはまるで違う。

 

ハコ・ヴェーラから放たれるモノ…ソレはまるで、葛藤が煮え立ったが故の押さえきれない怒りのよう。

 

そう、セリの声に触発されて、彼?彼女?の口から説明のない怒りが噴出したのだ。

 

…あまりに強いその怒り。

 

しかしその怒りは、セリに向けられているというよりも…どこか、自分自身へと向けているかのようで…

 

 

 

「大体テメェが…いえ、ナンタが一体、ナタシの『ナニ』を知ってるってゆーのよー!これだけ力の差を見せ付けられてもう分かったデショ?ンもう勝負はツイてるの!だからナタシがナニをしようとナタシの勝手ヨ!」

「ッ…あぁ、勝負は着いていた!だから意味がわからないんだ!何で俺を倒さずにターンエンドした!大体、そんな手抜きされたって俺は…」

「ン黙らっしゃい!わざわざ生き延びさせてやったってユーのに、ガキがイッチョ前に喚いてんじゃないわよーゥ!ここまででナンタの実力はよく分かった…ンだからもうナンタがもうナニも出来やしないってナタシにはよーくわかってる!負け犬は負け犬らしく、尻尾巻いてターンエンドしちゃいなサイ!」

「なんだよソレ…俺、今日のデュエル凄く楽しみにしてたのに…心から尊敬できる、本当に強いデュエリストと戦えるって…」

 

 

 

ハコ・ヴェーラの口から放たれるは、3日前とはまるで違って。

 

…遥か高みからの指導ではない、ちぐはぐだらけの強者の高慢。

 

その行動の意味がわからない。けれども何も教えてくれない。

 

まるで意味がわからない、意味不明なる団長の行動。それに加え、頭から全否定されているかのような言葉をセリは受けたのだ。

 

…3日前に会った団長は誇り高く孤高であり、それでいて確固たる『自分』というモノを確立している紛れも無い猛者だった。

 

けれども、今の彼?彼女?はどうだ。

 

圧倒的実力で追い詰められたかと思えば、暴言と共に自分とのデュエルを台無しにしている…

 

そんな、団長に裏切られたかのような感情を芽生えさせながら。

 

セリは、既に戦意を失っていた体を…

 

怒りと共に、ブルブルと震えさせ始める。

 

 

 

 

「なんだよそれぇぇぇえ!俺のターン!ドロー!」

 

 

 

やるせない怒りがセリを襲う。勢いに任せてカードを引く。

 

このデュエルを、心から楽しみにしていたセリだからこそ。今のハコ・ヴェーラの態度が、何よりもセリには許せない。

 

…実質的には負けていた。いや、そもそも勝負にすらなっていなかった。

 

けれども、そんな先程までのデュエルの展開など、全て吹き飛ばしてしまったかのように。ただただ湧き上がる怒りと共に、セリの叫びが反響し始めて。

 

 

 

「うぉぉぉぉお!【強欲で貪欲な壷】発動!10枚裏側除外し 2枚ドロー!そして【永遠の魂】の効果発ど…」

「やらせるわきゃヌァイでしょ!ン【砂塵の大嵐】発動ゥ!【永遠の魂】と【黒の魔導陣】を破壊よー!」

「まだだぁ!LPを1000払って魔法カード、【黒魔術のヴェール】発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

 

 

自らのLPを削ってまで、セリが呼び出すはデッキの要…

 

…自分のデッキの代名詞、魔術を極めし黒魔導師。

 

けれども、これまで幾度となく団長に返り討ちにされてきたセリが、怒っているとは言え今更黒魔導師を呼び出した所で。ハコ・ヴェーラにとっては、全くもって脅威にはなりはしないと言うのに…

 

だからこそ、それを証明するように。セリが呼び出した黒魔導師を一目見て、ハコ・ヴェーラは、再度そのふくよかな唇を高らかに開くのみ。

 

 

 

「ハン!今更通常モンスターだしたってナニが出来…」

「うるさい!【時の魔術師】を召喚!」

 

 

 

【時の魔術師】レベル2

ATK/ 500 DEF/ 400

 

 

 

しかし…

 

セリもまた、ハコ・ヴェーラの言葉を引き裂き吼える。

 

…呼び出したのは小さき魔術師、時の魔法に長けし老賢。

 

それは、元々セリが持ってはいなかったカード。そう、先日の『逆鱗』との相同で、綿貫から貰った中にあった…

 

セリが、唯一デッキに入れた2枚のカードの内の1枚。

 

大量のカードを試しまくり、セリが悩んだ末に自分のデッキに入れたカードであり…セリ自身が、自分のデッキに『必要』なのだとして選んだ、小さくも特別な能力を持った希少なるカードであって。

 

 

 

「時の…魔術師ですって?ギャンブルカードなんて、随分と珍しいカードも使うじゃナイ。」

 

 

 

…とは言えども。

 

ハコ・ヴェーラの言葉の通り、【時の魔術師】がいくら『希少』なカードとは言え…

 

ソレはあくまでも前時代のカードであるが故の流通の少なさと言うことであり、この場面をそのカード1枚で好転できるのかと問われればソレは限りなく『不可能』に近いとさえ言えるのでは無いだろうか。

 

そう、確かに【時の魔術師】には、敵を時空の彼方に消し飛ばしてしまうという恐ろしい効果が隠されてはいる。

 

…しかし、ソレらは全て『運』によって決まるのだ―

 

『運』と言うのは、言わば鍛えることも偽ることも出来ない『天賦』の代物。

 

いくら強力な効果を持っていても、発動出来ないかもしれない可能性を加味すれば、ギリギリの状況になればなるほどこういったギャンブルカードは、実に不合理極まりないとさえ言えるだろう。

 

そう、デュエルが高速化し最適化が推し進められている現代においては、あまりに不合理なるギャンブルカード。そんな、この今では使い手もほとんどいない前時代的なカードを実戦で使おうとする者など、今の時代においては奇人や変人とさえ言われており…

 

 

…しかし、ソレを承知の上でもなお。

 

 

セリは、ただただ湧き上がる怒りのままに…

 

 

 

「うぉぉぉぉお!【時の魔術師】の効果発動!俺は『表』を選択する!天に舞え、運命のコイン!」

 

 

 

天に放つ黄金のコイン、『運』の強さを測る駆け引き。

 

そして運命のコインと連動し、【時の魔術師】の杖の先のルーレットが勢いよく回り始め…セリの運命を決めるであろうルーレットが、益々その勢いを増していく。

 

…普通であれば、これほど追い詰められた状況に陥った時に、常人ならば『運』に頼り神頼みに縋りたい気持ちも起こるのだろう。

 

しかし、自分に牙を剥くかもしれないその効果を何の迷いも無く発動したセリの顔は、『運』という一縷の望みに全てを託しているような弱者の表情などでは断じて無く…

 

ふざけた態度をとってきた、ハコ・ヴェーラに対する怒りを顕に。ただただ真っ直ぐ、ただただ直情的に、『運』という自分の力をぶつけようとしているかのよう。

 

 

天で荒ぶる1枚のコイン。その回転が、次第に静止へと向かい始め…

 

運命を決める時のルーレットが、セリの『運』に審判を下し…

 

 

 

 

 

 

出た、マークは―

 

 

 

 

 

「よし!マークは太陽、コインは『表』!【時の魔術師】のモンスター効果!相手モンスターを…全て破壊する!」

 

 

 

―!

 

 

 

選ばれたのは『表』のマーク。

 

【月光】に相反する『太陽』のしるし。

 

その下された審判によって、時空の歪みが突如ハコ・ヴェーラのフィールドに出現し始め…

 

凄まじき轟音と共に、荒れ狂う時空流が嵐となりてハコ・ヴェーラのモンスター達を遅い始める。

 

 

…別に、勝算なんてセリには無かった。

 

 

『運』での勝負と言うモノに、確実な勝利の方法などありはしない。

 

そう、幾ら自分の『運』が、他人よりも良い方だとは言え…天上の力を持った相手へと向かって、ここで確実に『表』のマークが出る予感など、セリには始めからなかったのだから。

 

しかし、それでも迷い無くセリはソレを発動した。

 

それは、ハコ・ヴェーラの態度が何よりも許せなかったという怒りと…自分の『知識』や『戦術』と言った『実力』の全てを賭けてでも届かない相手に、無理矢理喰らいつくには今の自分が持っているモノを更に超える『何か』が必要であったから。

 

…だからこそ、【時の魔術師】はこれまでのセリが絶対に使用しようなんて思わなかったカード。

 

 

そんな、セリの覚悟が形となりて…

 

 

強く、激しく、ハコ・ヴェーラを襲う。

 

 

 

「ッ…運がイイのね…ケド無駄よ!ライオ・ダンサーは効果じゃ破壊されナイ!そして破壊されたクリムゾン・フォックスとエメラルド・バードの効果発動ゥ!まずは【ブラック・マジシャン】の攻撃力を0に…」

「狙いはソレじゃない!クリムゾン・フォックスの効果を喰らう前に、俺は【ブラック・マジシャン】をリリィィィィス!」

「ヴァッ!?」

 

 

 

そして…

 

今度はセリが、ハコ・ヴェーラの虚を突くように―

 

【時の魔術師】の効果のすぐ後、効果に成功したはずだと言うのに…なんとセリの場の【ブラック・マジシャン】が、その身を時の本流の中へと捧げ始めたのだ。

 

…しかし、セリの場にも手札にも、もちろんその墓地にだって。

 

【ブラック・マジシャン】をリリースするようなカードなんて、1枚も存在しないはずだと言うのに…

 

 

 

それでも…

 

 

 

「ン何で【ブラック・マジシャン】がリリースされたって言うの…ケド関係ないワ!だったらクリムゾン・フォックスの効果で、【時の魔術師】の攻撃力を0にしちゃう!更にエメラルド・バードのモンスター効果ヨ!墓地から【月光蒼猫】を、効果無効にして特殊召喚しちゃうわー!オラオラッ、これ以上ナンタに何が出来るって言う…」

「いいや、これで良いんだ!【時の魔術師】のコイントスを当てたこの瞬間!俺は【ブラック・マジシャン】をリリースする事で…デッキから、あるモンスターを特殊召喚できる!」

「ヴァ!?デッキから直接ですって!?」

「来い、レベル9!【黒衣の大賢者】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【黒衣の大賢者】レベル9

ATK/2800 DEF/3200

 

 

 

現れたのは叡智の結晶。悠久の時を生きた大いなる賢者。

 

…手札からでも、墓地からでも、もちろんExデッキからでもない。

 

誰も予測出来はしない、まさかの『デッキ』から直接モンスターが現れたのだ―

 

その姿は、まさに『知識』の化身と例えられる程に雄大かつ偉大であり…

 

黒き魔術師の到達するであろう、未来の頂点の姿の一つ。セリの場にて鎮座するは、永遠の時の中で知識を蓄え続ける…叡智の結晶、生きる英知、知識を極めし黒き魔術師。

 

 

 

「ナンタ…随分変なモンスター使うじゃない。ン【時の魔術師】の効果に成功しないと出せないモンスターなんて初めて見たワ。そんなカード、今の時代使ってるヤツなんて居ないわよ!」

「そんなことはわかっている!だが、そんな事俺には関係ない!特殊召喚に成功した【黒衣の大賢者】の効果発動!デッキから『魔法カード』を手札に加える!」

「ヴァ!?魔法カードなら何でもイイですってぇ!?」

「俺が手札に加えるのは【円融魔術】だ!そのまま魔法カード、【円融魔術】を発動ぉ!」

 

 

 

しかし、まだまだ…

 

―これだけでは、終わらない。

 

そう、怒りを顕にしているセリの叫びが、この程度で終わるはずも無いのだ。

 

究極の英知によって、セリの手札に加えられるのは『任意の魔法』…

 

どんなカードであろうとも、『魔法カード』ならば何でも確実に手中に収められるその究極魔術によって、セリが選んだのは魔術師を融合させる至高の1枚であって。

 

 

 

「場の【時の魔術師】、そして墓地のブラック・マジシャン、超魔導師、超魔導騎士、マジシャンズ・ロッドを除外融合!」

「ゴ、5体融合…」

 

 

 

浮かび上がるは溶け合う円環、魔術師たちによる魔術の円融。

 

実に5体もの魔術師たちが、己の魔力を1つに集めているその光景。

 

…それは尋常ならざる魔力量。この世に存在する、他のどの魔術師が持つ魔力よりも純度の高い高密度の魔力がここに練成されており…

 

 

 

「最果てより来たれ、永遠の魔力!其は闇を導く者なり!融合召喚!」

 

 

 

主たるセリの叫びによって、その魔力をその身に宿しうる存在を魔術師たちは今こそこの場に呼び出さんとしているのか。

 

魔術師たちの魔力の融合、この世の何よりも強い魔力…

 

その魔力の結晶が弾けるとき、今ここに呼び出されしは―

 

 

 

 

 

「来い、レベル12!【クインテット・マジシャン】!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

それは深淵の彼方を統べる者。究極の魔力を持った者。

 

セリの操る黒魔術師と、よく似た雰囲気を持ったソレはこの混沌とした月下のフィールドに凛として現われ…

 

…並び立つ者など存在しない、尋常ならざるその魔力。

 

その姿はまさに究極至高、魔術師たちの究極完成形とさえ思えるような存在感を放っていて。

 

 

 

【クインテット・マジシャン】レベル12

ATK/4500 DEF/4500

 

 

 

「攻撃力も、守備力も4500の魔術師…そ、ソレがナンタの切り札ってワケ…」

「【クインテット・マジシャン】の効果発動!5種類の魔導師を素材に融合召喚した時、相手のカードを全て破壊する!」

「ヌッ!?」

 

 

 

そして、即座に―

 

登場から間髪入れず、魔力の嵐が吹き荒れる。

 

…ただ呼び出しただけで、これ程までの威力を持った嵐が吹き荒れる。そう、溢れ出る魔力が、この場に強く作用し…ハコ・ヴェーラの踊り子たちを、その伏せカードごと無慈悲に無為に蹂躙し始めたのだ。

 

それは決して逃れられぬ、全てを壊す乱気流。

 

紅の狐も、翡翠の鳥も。そして伏せカードも月明かりの獅子姫も、文字通りその全てを飲み込む嵐がハコ・ヴェーラの場に荒れ狂う。

 

 

 

「ッ…ヤるじゃヌァイ、全破壊とは恐れいったワ!だけどその破壊にチェーンして罠カード、【フレンドリーファイア】発動ゥ!【黒衣の大賢者】を破壊しちゃうわー!」

「くっ、まだそんなカードを!」

「ホントはブルー・キャットを破壊するためのカードだったんだけどネ!ケド結果オーライッ!そしてライオ・ダンサーは効果じゃ破壊されヌァイ!更にブルー・キャットの効果も発動ゥ!デッキから3体目のブルー・キャットを特殊召喚し、ブルー・キャットの更なる効果も発動しちゃうわー!ライオ・ダンサーの攻撃力を、元々の倍にしちゃってー!」

 

 

 

【月光舞獅子姫】レベル10

ATK/3500→7000

 

 

 

しかし…

 

けれども…

 

それでもなお―

 

 

 

ハコ・ヴェーラは崩れない、決して場を乱しはしない。

 

…虚を突かれ、驚きを与えられても。一瞬で状況を見直し、冷静さを失わないその立ち振る舞いはまさに、強者の証とも言える悠々たる態度。

 

失ったモンスターの効果を利用し、更にソレ以上の場を整える。怒りによって場を見落としていたセリの猛りすらも利用して、【月光蒼猫】の効果によって【月光舞獅子姫】が更にその力を上げていき…

 

 

遠い…益々遠くなっていく、ハコ・ヴェーラとの力の差。

 

 

…セリがいくら奇策を弄しても、ハコ・ヴェーラには届かないのか。

 

そう、【時の魔術師】と【黒衣の大賢者】は、セリからすれば奇策中の奇策だった。何せデュマーレ1の秀才と呼ばれ、『知識』と『戦略性』を武器とするセリからすれば…『運』にデュエルを賭けるという【時の魔術師】の効果は、掟破りとも言える程に自分のデュエルから逸脱した戦法であったのだから。

 

しかし、その持ちうる全ての力、出せる今の全力を投じてもなお遠い場所にいるハコ・ヴェーラは、どこまでも高い壁となりてセリの前に立ちはだかり続ける。

 

ソレ故、セリもまた己の力の矮小さをひしひしと実感しているかのような感覚を覚え始め…

 

 

 

 

「オーッホッホッホッホ!焦ったわねナンタ!ブルー・キャットの効果を忘れてたのかしら!だから言ったでショウ?オカマ、舐めんじゃないわよーう!」

「ッ…攻撃力7000…」

「これで【幻想の見習い魔導師】の効果を使ったってムダ!言ったはずヨこれ以上ナンタに何が出来るってのヨ!」

「ま、まだだぁ!【闇の誘惑】発動!」

「ヴァ!?」

 

 

 

だが…

 

 

 

それが、どうした―

 

 

 

まるで喚くようにして発動された、セリの一枚の魔法カード。

 

それは今のセリにとっては、2枚の内の最後の手札とも呼べる最期に縋れる最終手段のカードであり…

 

とは言え、ここへ来て破れかぶれの様にドローカードを発動したというコトは、正真正銘コレがセリにとっての『最後の手』なのだというコト。

 

そう、セリのデッキにとっては、確かに【闇の誘惑】は有用なドローソースではあるだろう。しかし今のセリの手札にあるのは、この場においては除外などしたくはないであろう【幻想の見習い魔導師】1枚のみであると言うのに。

 

 

 

「ナ、ナンタ、まだ諦めないワケ!?さっきとはエラい違うじゃナイ!」

 

 

 

ソレ故、ハコ・ヴェーラがこの時始めての驚愕の声を上げたのも無理は無い。

 

…これまでの戦いで、セリという少年の実力、戦術、思考、スタイル…果てはポリシーまで、既に団長は感じ取っている。

 

知識を活かし、戦術を組み立て。そうやって、少年が自分の戦いをどうやって確立してきたのかを、このデュエルで団長はしかと感じ取っていたのだ。

 

…だからこそ、先の【時の魔術師】は本当に虚を突かれたカードだった。

 

そう、よほど『合理的』な動きに執着があるのか…『運』などという『不合理』な戦い方を、2度も取るなどこの少年からすればありえない。

 

団長、ハコ・ヴェーラが、確かにそう感じたほどに―【時の魔術師】は少年にとって、正真正銘ポリシーの外のカードであったはず。

 

 

…けれども、『この状況』での【闇の誘惑】。

 

 

それは『ドロー』という不確定要素に、自分の勝利を託すという一種のギャンブルとも呼べる選択。

 

そう、デュマーレ校のプロ候補生ということから、少年は自分のスタイルのよほどの自信があったのか…才能と努力によって培った己の力に自信を持ちつつも、追い詰められた時に目の前の少年はどこか諦めも早かったのだ。

 

だからこそ、この少年は『運』などという不確かなモノには頼りはしないだろう…

 

彼?彼女?も、そう確信していたからこそ―たった今セリが発動した【闇の誘惑】に対し。ハコ・ヴェーラも、とうとう驚きを隠せなくなってきており…

 

 

 

「負けてたまるか!俺をあんなに馬鹿にしたアンタなんかに…あんなふざけたデュエルをしたアンタに負けてたまるかぁ!2枚…ドロー!…来た!闇属性の【幻想の見習い魔導師】を除外して、俺は装備魔法…【孤毒の剣】をクインテットに装備ィ!」

「ヴァ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

一振りの剣が、セリのデッキから飛び出した―

 

ソレは戦略性を重んじるセリからすれば、自分のデッキに全く持って関連性の無いテーマ外の装備魔法。

 

…毒々しい色合いに、禍々しく歪んだ刃。

 

そんなモノ、崇高なる魔術師が装備するにはどこか似合わぬ姿形なれど…

 

しかし、【孤毒の剣】…ソレは、セリに取っては…

 

 

 

「【孤毒の剣】って…ソレ、ナンタのデッキと全く関係ナイカードじゃない!ナンタ、コンボ重視のマジシャンデッキなんでしょう!?ンなんでそんな癖の強いカードを…」

「【孤毒の剣】は俺にとって、大事な意味を持つカードだ…だから俺は、このカードをデッキに入れることで!『あの時』の悔しさを絶対に忘れないようにするんだって、そう決めたから入れたんだ!」

「ハァッ!?ナンタナ二言って…」

「ゆけっ、バトルだ!【クインテット・マジシャン】で、【月光舞獅子姫】に攻撃!」

 

 

 

月光を引き裂くセリの叫びが、スタジアムの中に木霊する。

 

…完全に団長の意表を突いた、これはセリの最後の攻撃。

 

そう、自分の持てる全ての力、『知識』と『戦略』と『若さ』と『怒り』…そしてソレを超えるための『運』を、全てつぎ込んで放たれる、弱き少年の必死なる足掻き。

 

…こんな不恰好なデュエル、本来のセリのデュエルを知る者が見たらきっと『無様』だと一蹴することだろう。

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「ダメージ計算時だ!【孤毒の剣】の効果により…【クインテット・マジシャン】の攻撃力を、元々の倍にする!」

 

 

 

【クインテット・マジシャン】レベル12

ATK/4500→9000

 

 

 

「攻撃力9000ですって!?」

 

 

 

たとえ破れかぶれでも、たとえ無様な足掻きでも。

 

 

 

たとえ、この本当はもっと前に負けていたのだとしても…

 

 

 

それでも、確かに今こうして続いているデュエルの、ソレは終わりを告げる響きとなりて―

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに、轟くのだから―

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライオ・ダンサー、砕け散れぇ!ナイメア・ゴッド・ブラスター!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「ッ!アァァァァァァァァンッ!」

 

 

 

ハコ・ヴェーラ LP:2000→0

 

 

 

ピー…

 

 

 

無機質な機械音が、スタジアム内部に響き渡る。

 

それは、この月下のデュエルの勝敗を確かに決める響きとなりて…

 

高らかに、鳴り響いたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…なんであんなデュエルを?」

 

 

 

デュエルが終わった直後…

 

直立したままうな垂れているハコ・ヴェーラへと向かって、セリはそう口を開いていた。

 

 

 

「本当なら俺は負けていた…なんで見逃したんですか?前のターン、確実に俺のLPを0に出来ていたはずなのに。」

「…」

 

 

 

…それは先程のデュエルにおける、ハコ・ヴェーラの不可思議なターンエンドについて。

 

そう、デュエルが終わり、怒りが収まったからこそ…セリは、どうしても気になってしまったのだ。

 

あの場面…壁モンスターも居らず、出したとしてもライオ・ダンサーに一蹴されていたであろう、あの敗北が確実なモノとして映し出されていた前のターン…

 

その、確実に勝っていたあの場面において。何故かターンを放棄するようにして、ターンエンドしたハコ・ヴェーラの行動が、セリにはどうしても納得がいっていないのだから。

 

…この『勝利』を、自分の『力』によるモノなどと勘違いするほどセリは馬鹿ではない。

 

そう、最後にセリが勝てたのは、前のターンにハコ・ヴェーラが何もしなかったことに加え、最後の場面で自分のスタイルではない『運』に後を託しただけに過ぎないのだ。

 

…【時の魔術師】も、【闇の誘惑】も。

 

最後のカードによる勝敗は、セリ自身の実力ではない。ただの『運』に頼ったギャンブルに過ぎず、最後の最後に己の殻を破るほどの『運』を発揮したセリが…あのギリギリの状況で奮い立ち、制約に縛られていたハコ・ヴェーラにほんの少しだけ指先を届かせただけ。

 

…『運も実力の内』とは良く言うけれど、そんな不確かなモノに頼らなければならないことはセリ・サエグサの最も嫌うことの一つなのだから。

 

 

…本来ならば、指先すら届くはずの無い位置にいた団長、ハコ・ヴェーラ。

 

 

『力』…純粋な『実力』での勝負では、既に前のターンに決着は着いていた―

 

最後の【闇の誘惑】…それはセリにとって、本当にただの賭けだった。デッキにたった1枚の【孤毒の剣】が、あの場面でドロー出来るなんて、セリからすれば本当に奇跡が起こっただけのような代物。

 

 

…もしドローしたのが、他のカードであったならば。

 

 

例えば同じ装備魔法でも、ドローしたのが【ワンダー・ワンド】や【魔導師の力】であったとしたら。きっと最後の場面で、セリは攻撃力7000のライオ・ダンサーを超える事が出来ずに、返しのターンに確実にやられていたに違いないだろう。

 

いや…そもそも負けていた自分がターンを渡された時点で、決着となったセリのターンは本来ならば存在すらしていなかったはずなのだ。

 

…デュエルには勝った。けれども勝負では負けていた。

 

ソレ故、この『勝利』を自分の力なのだと履き違えるほど…セリはこの勝敗に対して、納得など決してしてはおらず。

 

…本来ならば、到底勝利することなど出来はしなかったであろう圧倒的強者。だからこそ、こんな勝ち方は勝った内にすら入らない。ハコ・ヴェーラに、自信を持って勝ったと言えるわけではないと言う事を、セリも大いに理解していて。

 

 

 

「ナタシは…師匠の劇団を守りたかった。何も無かったナタシに、感動と夢を与えてくれた師匠のサーカスを守りたい…って。だから必死になって戦ったつもりだった…ケド、だからってナンタをバカにしてイイわけじゃなかった。だから、コレはナタシへの罰なのネ。」

「え…?」

「セリ、ゴメンなさいネ?折角ナタシとのデュエルを楽しみにしてくれてたってのに…こんな不甲斐ない感じになっちゃって。」

 

 

 

そして…

 

そんなセリの、不完全燃焼な感情を感じ取ったからなのか。

 

ハコ・ヴェーラは、うな垂れていた顔を上げ…セリへと向かって、そのふくよかな唇をゆっくりと開き始めて…

 

…ハコ・ヴェーラから発せられるのは、静かで穏やかな悲痛なる呟き。

 

それはどこか、一種の諦めのようなモノとなりて…一種の懺悔の言葉として、目の前の少年へと届けられる。

 

…デュエルの最中とはまるで違う、全てが終わってしまったかのような雰囲気。

 

デュエルが始まった時の逸っている雰囲気といい、先程の切羽詰った表情といい。そして今の悲痛な呟きといい、デュエルが始まってから終わりまでずっとどこかおかしかった団長、ハコ・ヴェーラ。

 

そんな、悲嘆なりし団長の表情を見て…セリは、これまでのデュエルの中で感じた、団長のおかしな雰囲気を思い出しており…

 

今の彼?彼女?の姿を見れば、誰だって気がつくだろう。そう、先のデュエルの不可解な彼?彼女?の行動の裏には、彼?彼女?に『そうさせた何か』があったのではないか…と。

 

 

 

そして…

 

 

 

「あの…サーカスを守りたかったって…じゃあ、様子がおかしかったのはやっぱり何か事情が…一体、何があっ…」

 

 

 

様子のおかしな団長へと、思わずセリがそういいかけた…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「げひゃひゃひゃひゃ!イイ負けっぷりだったなぁゲテモンがぁ!」

 

 

 

突如…

 

ステージの上にいる、戦いの終わったセリとハコ・ヴェーラへと向かって。

 

…何やら下衆な笑い声と、不快感を覚えそうな声が突如として聞こえてきた。

 

 

そう、聞きなれぬ、第三者の声が響き渡ったのだ―

 

 

声の方向へと、セリが反射的に振り向いたそこには…

 

 

 

「ナンタ達…ここには来ないって約束したはずよ。」

「あぁ?知ったこったちゃねぇなぁンなこと!それより、ガキ相手に随分とあっけねぇ負け方したじゃねぇか!」

「おうおうおう!団長サマもザマぁねぇなぁおい!」

「調子に乗りすぎたなぁクソオカマよぉ!所詮テメェはこの程度だったってことだ!」

 

 

 

スタッフ通路の扉を開けて、ステージ上へと下品な足取りで歩いてきたのはガラの悪い3人の男達であった。

 

…ドカドカと無粋に、うるさい威勢を振る舞いながら。

 

ハコ・ヴェーラの言葉と、男達の態度から彼らもまたサーカスの団員なのだろう。しかし、自分達の団長へと放つその言葉に敬意は無く…

 

そのまま、男達の中の1人…中央に立っている、リーダー格らしき男が、団長へと向かって更に下賎に言葉を連ねる。

 

 

 

「げひゃひゃ!俺達との約束、モチロン覚えてるよなぁ?」

「…えぇ。」

「…約束?あの、約束って…」

「…ナンタには関係のナイことよ。」

「知りてぇか?なら教えてやるよ!」

「ッ!やめナさい!この子には関係ナ…」

「オカマは黙ってろ!いいか、このデュエルはなぁ、コイツのクビがかかってたんだ!」

「なっ!?」

 

 

 

そして…

 

男達から飛び出してきたのは、あまりに衝撃的な言葉の爆弾。

 

…その言葉を耳に入れ、思わず動揺を隠し切れないセリ・サエグサ。

 

しかし、それもそのはず…何せこのデュエルは、セリが我が侭を言った挙句に胸を借りるという『てい』で相手をしてもらうことになっていたのだ。忙しい団長の貴重な時間を、部外者であるセリの為にわざわざ割いてくれたというのがセリの認識であり…

 

…後で何かしらのペナルティなり罰なり叱りを受けるならば、ソレは団長ではなく自分の方だとセリは思っていた。

 

だからこそ、団長にとっては生意気なガキの相手を何の重圧もなしに悠々としてやる気分であるのだろうと、勝手にセリはそう思ってここに来ていたのだから。

 

…ソレがまさか、裏でそんな事になっていたなんて。

 

ハコ・ヴェーラの雰囲気と、男達の態度からソレが紛れも無い真実だというコトを、この一瞬でセリも理解してしまい…

 

 

 

「な、何でそんな事を!アンタ達、サーカスの仲間じゃないのか!?」

「ンなキモいオカマと一緒にすんな!俺達ぁなぁ、前のサーカスの時からそのオカマの事が大嫌いだったんだよ!キモい癖に団長に取り入りやがって、何が次の団長だ!」

「おうおう!テメェがデュエルサーカスなんて余計な事をした所為で、こっちにゃ余計な仕事が増えちまったじゃねぇか!クズの出身の癖に俺達を働かせやがって…」

「爺さんが死んで、やぁーっと俺達に金が入ってくると思えばコレだ!だからそのオカマをクビして、俺達が本当のサーカスを取り戻してやるのさ!きひひ…下っ端は金稼ぐのが仕事だってわからせてやんのさぁ!俺達の為に仕事させてやんだからアイツらだって喜ぶぜぇ?」

「ッ…だ、団長!なんでコイツらの言いなりに?今の団長は貴方なのに…」

「ンそれは…」

「げひゃひゃ、逆らえねぇよなぁオカマ野郎!俺達は前の団長の親戚でなぁ、このサーカスの権利は俺達が持ってんだよ!」

「一応爺さんの遺言だからな、仕方なくそのオカマに団長は譲ってやった…けどそのオカマは俺達を差し置いて、『デュエルサーカス』なんざ始めるっつって調子に乗り始めやがった!ンなめんどくせぇ事やってられるわきゃねぇだろうが!」

「だから言ってやったのさ!『サーカスを売られたくなかったら、大人しくコッチの条件を飲め』ってなぁ!」

「…『条件』?」

「コイツはキモい癖に下っ端達から慕われてっからなぁ、無理矢理クビにしたんじゃ下っ端たちも辞めちまって面倒せぇことになっちまう!だからこう条件をつけたんだよ!『ガキとのデュエルに負けたら、自分からすすんでサーカスを辞めろ』ってよ!げひゃひゃ、自分の意思なら仕方ねぇよなぁ!」

「なっ…そ、それでデュエルが始まる前に『死んでも負けられない』って…」

 

 

 

男達から語られる、憎しみの篭った下卑た言葉。

 

それは彼らが、心の底からハコ・ヴェーラを嫌っていることの証明となりてスタジアムの中に反響するのか。

 

…複雑に拗れた裏事情。その捻じれた関係性。

 

そんなモノ、昨日今日関わりをもったばかりのセリには全く関係のない事ではあるものの…

 

しかし、いざ自分が当事者となってしまった事で。セリの心には、折角のデュエルを無粋な理由で邪魔されたという感情が浮かび上がってきているのか。

 

 

 

「まっ、でもコイツの実力は嫌でも分かってっし、テメェみてぇなガキじゃコイツの相手になるわけもねぇ!」

「瞬殺されでもしたら何の意味もねぇしな!だからもっと条件をつけてやったんだぜ?最低でも5ターン以上はデュエルを長引かせろって!あとついでに、オカマが使える融合召喚は『1回』までってな!」

「げひゃひゃひゃひゃ、感謝しろよガキンチョ。俺達のおかげでオカマに勝てたんだからよぉ!」

「そんな…」

「それならテメェみてぇなガキでも勝てるだろ。つーか、それでも負けそうになってた時はガッカリしかけたがよ。」

「テメェどんだけ雑魚なんだよ。あれだけハンデくれてやって負けそうになるとか冗談じゃねぇぜ。」

「ぐ…」

 

 

 

…そして、男達から語られた真実を聞いて。

 

先のデュエルに対して、セリは感じていた謎が全て解けたのか―

 

…明かされてみれば、確かに団長の行動はその言葉の通り。先のデュエル、団長が融合召喚したのは【月光舞獅子姫】のみ。そして4ターン目の不自然なターンエンド…

 

それらは全て、無理矢理課せられた制約の所為で起こっていた不自然さだったのだ。

 

 

…そんな制約を自身に課して戦っていたのか。

 

 

普通であれば、まともなデュエルになるはずも無い。『Exデッキ』の使用を極端に制限された上に、速攻も禁じられたデュエルなんて―

 

…特に今は『Exデッキ至上主義時代』。

 

誰もが皆、己のEx適正を駆使して戦う事が当たり前の時代であるのだから…Exデッキを使えない制約を課される事ほど、この世に辛い事などありはせず…

 

しかし…

 

それだけの制約を課してもなお、セリを圧倒する強さを見せ付けたハコ・ヴェーラの強さはまさにセリの想像以上のモノだった。

 

そう、5ターン以上長引かせることは何もせずターンエンドすれば確かに事足りる。ハコ・ヴェーラがやったみたいに圧倒的実力差を見せつけ、相手の盤面を悉く無に帰し続ければ相手は勝手に心を折るだろうから。

 

しかし、Exモンスターを制限される事は違う…

 

切り札に限らずエースや特攻隊長、何なら展開要員や墓地肥やしと言った準備要員すらも今の時代Exデッキから出てくるのが当たり前。しかし、ソレを1度しか行えないというのは単純に考えてもまともにデュエルなど出来るはずも無く。

 

特にハコ・ヴェーラの【月光】デッキにように、切り札が段階的に強くなっていく融合モンスターであるデッキならば尚更。

 

 

 

…Exデッキを使えないなんて、デュエルをするなと言っているようなモノ。

 

 

 

けれども、それだけの制約が課せられていてもなお団長はセリを圧倒する力を終始見せ付けてきたのだ。

 

…そう、このデュエルにおいて、セリが勝ったことは一種の奇跡。

 

正攻法では、団長のたった1体の融合モンスターを突破する事すら叶わずに…いい様にあしらわれ、終始圧倒され続けたセリ・サエグサ。

 

一瞬だけセリが届いたのは、あくまでもその一瞬における『運』がギリギリで届いただけ。

 

まぁ、一瞬とは言え天上の者にセリが指先を掠らせただけでも大概ではあるものの…それでも、デュマーレ1の秀才であるセリが、そこまでしてようやく触れる事が出来たという点でも、ハコ・ヴェーラの力はまさに天上の代物と言えるに違いなく…

 

…そんな実力の持ち主が、何故辞めなければならないのか。

 

いくら自分がサーカスの部外者であるとは言え、この騒動に利用された当事者として…セリの心には、どうにもやるせない気持ちが大きく膨れ上がりつつあり…

 

 

 

「イイのよセリ…これはナタシの問題、ンだからナンタが気に病む必要なんて無いノ。」

「でも…」

「ガキンチョが責任感じてンじゃないワ。これはケジメなんだから。どんな条件であれ、デュエルに負けたナタシが全て悪い…デュエルなんだから…そうでしょ?」

「…」

 

 

 

けれども…この勝敗を、団長は受け入れているかのよう。

 

…これが子どもと大人の差か。

 

いくら納得のいかない出来事であれ、自分で決めたことなのだから飲み込んでみせるという…未だ納得の言っていないセリを他所に、どこまでも穏やかに勤めようとしているハコ・ヴェーラ。

 

…こんな不当な事をされて、こんな不利な戦いを強いられて。

 

それでも自分で飲んだ条件なのだから、潔く従うという態度を取っているあたりはどこまでも大人の態度と対応とも言えるだろうか。

 

…いくら相手が下種で卑劣な、屑みたいな3人であろうと。

 

デュエルによる決着は絶対というこの世界の法に則り、団長は己のその身を犠牲にしようとしており…

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

「約束は約束。ナンタ達の望みどおり、ナタシは今日限りで一座を辞め…」

 

 

 

 

 

ハコ・ヴェーラが、男達3人の前でサーカスの退団を宣言しかけた…

 

 

 

その時―

 

 

 

「団長ダメェ!」

「辞めないでください団長!」

「団長ぉ!待ってくれぇ!」

 

 

 

団長の宣言を掻き消すように、突然響き渡ったのは複数の叫び。

 

突如。3人の男達が入ってきた扉とは逆の入り口から、その声の弾けと共に男女合わせて30人以上の者達が雪崩込むようにしてスタジアムへと飛び込んできて―

 

 

…それはサーカスの団員達。ハコ・ヴェーラを慕っている多くの団員。

 

 

そう、このサーカスの一座の団員、そのほぼ全ての人間が一斉にこのスタジアム内になだれ込んできたのだ。

 

…誰もが皆、涙ながらに声を震わせ。

 

今まさに退団を宣言しようとしていた団長へと、力の限り声を届け始める。

 

 

 

「団長辞めちゃやだぁ!」

「そんな一方的な賭け、乗る必要なんてないですよぉ!」

「なんで団長が辞めなきゃいけないんですか!そんなのおかしいじゃんか!」

 

「ナ、ナンタたち…」

 

「お、おい!お前らなんでここに来やがった!全員宿舎に帰ってろって命令しただろが!」

「俺達の命令が聞けねぇってのか!下っ端どもがぁ!誰のおかげでサーカス続けさせてもらってると思ってやがる!」

「大体下っ端どもが勝手なこと言ってんじゃねぇ!それにこれはコイツが承諾したことなんだよ!負けたんだからオカマがクビになるのは当たりま…」

 

「うるさい!だったらお前たちが辞めろ!」

「そうだそうだ!お前ら前のサーカスの時から練習も適当で仕事もサボってばっかじゃないか!」

「何が前のサーカスを取り戻すだ!お前らなんか居ないほうがマシだ!」

「私達はアンタ達の為に働くんじゃないわよ!団長と一緒にサーカスがやりたいから残ったの!勘違いしてんじゃないわよ!」

 

 

 

混沌…

 

まさに、阿鼻叫喚の混沌の嵐。

 

ハコ・ヴェーラ派の団員達と、権力を持つ下種の3人。

 

その、決して相容れぬ者達が力の限り叫び合うその光景は…まさにカオスの一言に尽き、声の応酬によってビリビリと空気が震えているスタジアムの内部。

 

…これだけ多くの団員が、必死になって団長を庇っているのはハコ・ヴェーラが本当に慕われているからなのだろう。

 

我が身を盾にしてでも、団長を守ろうと立ち上がった団員達の声は、更に大きく下種たちに放たれ続けていて。

 

 

 

「ンなーによもう、冗談じゃヌァイわよーう…ホント…おバカさん達ばっかりなンだから…」

 

 

 

そして、その中心で。

 

一座の者達が言い合う渦中で、当事者たるハコ・ヴェーラが抱く感情は一体どこのような代物なのだろう。

 

…深い深い思慮の顔、まだ団長としての責任感。

 

そんなモノを背負っているような、どこまでもプロフェッショナルな雰囲気を纏ったまま…

 

 

 

「下っ端どもが誰にンな口きいてやがる!こうなったら全員、猛獣の檻にブチ込んで教育してや…」

「ンお黙りなさぁーい!」

 

 

 

―!

 

 

 

混沌の応酬を引き裂いて…響き渡るは甲高い雄叫び。

 

しかし、ソレは更なる混沌を呼び寄せるような反響などでは断じて無く…

 

…一瞬の静寂、視線の誘導。

 

そう、混沌と化した団員達の争いに、終止符を打たんとして…団長が、この場に渇を入れたのだ―

 

そして誰もが皆、突然弾け現れた団長の声に目を向け耳を傾け…その視線を一挙に受け、更に団長は言葉を続ける。

 

 

 

「ナンタ達、アツくなるのはそこまでヨ。辞めるのはナタシ1人でいい…自分で飲んだ条件で、デュエルに負けたのはナタシ…これはナタシが決めたことなんだから。」

 

 

 

…誰しもに見つめられながら、この場にいる全員に諭すようにして。

 

ゆっくりと静かに言葉を紡ぐ団長の言葉は、デュエルに敗北した自分自身を攻めつつも、他の誰も攻めていないかのような口調となりて一座の全員へと届けられるのか―

 

…団長は、自分の言葉を撤回するつもりは無い。

 

そんな強い決意、そして大人のケジメが形成している団長の言葉に、団員達も下種3人も、誰も余計な口を挟めず。

 

また、ハコ・ヴェーラはセリへと振り返りつつ…

 

 

 

「セリ、ゴメンなさいネ。身内のゴタゴタに巻き込んじゃって…」

「なぁ、団長…このデュエル、一応勝ったのは俺だ。敗者が黙っていうコトを聞くんなら…勝った俺が、貴方に口出しする権利も当然あるよな?」

「ハァ?…え、えぇ…確かに、ナンタにはその権利がアるけど…」

「じゃあ………………この勝負は『無効』だ!」

「ヴァッ!?」

 

 

 

しかし…

 

ハコ・ヴェーラの、そんな決意に真っ向から歯向かうように―

 

…ザワザワとざわめくステージ上、その視線を自分へと引きつけ。

 

部外者であるはずだというのに、この問題をスタートラインまで引き戻す宣言を…今、堂々とセリ・サエグサが叫んだのだ。

 

…それは単なる子どもの喚きでは断じてない。

 

そう、セリが質問した通り、そしてハコ・ヴェーラが承認した通り…

 

 

―この世界においては、デュエルによる決定は絶対の選定。

 

 

デュエルにおける勝者と敗者、その勝敗はどんな決め事よりも絶対であるからこそ―例え周囲が何を言おうと、敗者は勝者のいうコトに絶対に従うのが、この世界におけるルールであるのだ。

 

 

 

「ナンタ、何を…」

「本調子じゃない貴方とのデュエルなんて、俺だって納得がいってない。いくら勝ったって言ったって、今のデュエルは本来の貴方のデュエルじゃなかった…これじゃ、本当に勝ったなんて言えるわけがない。こんなデュエル、戦ってないのと一緒だ。」

 

 

 

…だからこそ、セリ・サエグサは叫び続ける。

 

勝者である自分が正しいのであるのならば、その勝者たる自分がこのデュエルに納得していないからこそ…こんなデュエルとその賭けなんて、全く持って無意味なのだ…と。

 

…そう、セリからしても、こんな形のデュエルを望んでいたわけではない。

 

本気のハコ・ヴェーラ…今の自分では、到底太刀打ちできないような圧倒的高みに位置する強者。そんな強者に、今の自分の全力をぶつけ…相手の全力をその身に味わい、今の自分と天上の力を持った者との差を、セリはその身にしかと刻み込みたかったのだ。

 

…けれども、ソレを下種3人週は邪魔をした。

 

卑怯な手を使いハコ・ヴェーラを迷わせ、非情な制約で団長を困らせ…そして最後には、自分達のデュエルの勝敗まで利用した。

 

そんなデュエル、たとえデュエルディスクが勝敗を判定しても…そして団員達が納得せざるを得なくとも、戦った自分、セリ本人にとっては、納得も出来なければ飲み込めるわけがないのだ。

 

 

…自分がいくらサーカスの部外者なのだとしても、この事件の自分は当事者。

 

ならば、他の誰しもが納得をしても…

 

自分だけは、この勝敗に口出しする権利を持っているのだと言わんばかりに。これが子どもと大人の差なのだとしたら、大人になんかなるつもりは無いのだとして…

 

セリの叫びは子どもながらに、強く激しく響き渡る。

 

 

 

「それに俺、貴方にサーカスを…貴方の夢を諦めて欲しくない!プロとサーカス、一つの夢を諦めて一つの夢を掴んだ貴方の生き方…その人生は、俺にとって大事なコトを教えてくれたから!」

「セリ…」

「だからこのデュエルは無効だ!俺は団長とデュエルなんてしていない、だから団長も辞める必要なんてない!デュエルの勝者が正しいってんなら、勝った俺が無効だって言ってんだからデュエルは無効だ!無効なんだ!そうだろ!?」

「ガキぃ!テメェなに勝手なこと…」

「うるさい!雑魚は黙っていろ!」

「あぁ!?」

「俺と団長のデュエルを邪魔しやがって…大体、団長をクビにしたいんだったら自分達でデュエルすればいいだけじゃないか!」

「ぐっ…それは…」

「出来ないのか?まぁ出来ないんだろうな!自分達じゃ、団長に勝つ自信が無いから俺を利用したんだろ?その程度の雑魚が調子に乗るんじゃない!俺より弱い奴が、俺より強い団長を好きに出来ると思うな!」

「セリ…ナンタ…」

 

 

 

ヒートアップするセリの言葉。それはある意味年相応で。

 

そう、汚い手を使った大人の決定を、子どもが勝者である特権を使って真っ向から歯向かっているのだ。

 

…チンピラに、冷静な態度など取っていられるか。

 

自分と団長のデュエルを邪魔した余計な人間達、この者達だけは絶対に許せない…そんな若い感情の起伏が、未だ若いセリの心に火を点ける。

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「雑魚は黙ってさっさと消えろ!これ以上…雑魚が調子に乗るんじゃない!」

「ぐぐ…雑魚雑魚雑魚って…こ、このガキ、言わせておけばぁ!」

 

 

 

 

 

 

言い負かされたリーダー格が、怒り来るって細身のセリにつかみかかろうとした…

 

その時だった―

 

 

 

「ンビューティフルキィーック!」

 

 

 

―!

 

 

 

一蹴…

 

 

そう、凄まじい風切音と共に―

 

 

突如、大きな豪風の音が起こったかと思うと―

 

 

 

「ぷげぇー!?」

 

 

 

なんと、セリに掴みかかろうとしたリーダー格が、下品な声と共に大きく宙を舞ったのだ―

 

 

…それは風切る凄まじき蹴り、あまりに華麗な水平蹴り。

 

 

誰もが見た…ハコ・ヴェーラの岩のような足が振り回され、セリに掴みかかった一人の男が空中に蹴り飛ばしたのを―

 

突進の勢いに合わせた、強烈なりし団長の蹴り。ソレはジャストタイミングのカウンターとなりて、尋常ならざる飛距離を刻み大の男を弾き飛ばしたのか。

 

…まるで、その道の武芸者のような見事な蹴り。そんなモノが団長から放たれて、誰もが言葉を発する事も出来ずただただ宙を舞う男を目で追うだけで…

 

 

…そのまま、カウンターを喰らい大きく宙を舞った男は。

 

 

地面に叩きつけられて、2転3転した後…

 

ピクりとも動かず、その意識を失わせたのだった。

 

 

 

そしてその仲間が、一瞬の後に驚いた様子でハコ・ヴェーラへと視線を戻すと…

 

 

 

「ガキに言い負かされてダッサイ真似してんじゃないわよ!」

「ひっ!」

「おお、お前ぇ!こんなことしてどうなるかわかってんのかぁ!?サーカス売っ払ちま…」

「黙らっしゃい!もう好きにしたらイイわ、だからナタシももう容赦はしないわヨ!」

「な、なな…お、お前、サーカスがどうなってもいいのか!」

「好きにしなさい!その代わり、これ以上醜態晒し続けるならナンタ達2人もソイツみたいにするわヨ!わかったらとっととソイツ連れて消えなサイ!こっちはキレる寸前なのよー!」

「ひぃぃー!」

「あ、お、お前!先に逃げるなぁ!」

「無理だぁー!『逆鱗』と戦り合った奴と喧嘩できるかよぉー!助けてぇー!」

「ひっ…うわぁあああああああ!」

 

 

 

団長のあまりの華麗な蹴りを見て、即座に戦意を喪失してしまった男達。

 

…先程までの威勢の良さはどこへやら。

 

ハコ・ヴェーラの持つ、逆鱗』との素手喧嘩の伝説を知っているからなのか…『サーカス』という人質が効かないことを理解してしまった瞬間に、に尻尾を巻いて逃げ出してしまうあたりは本当にただの小物と言え…

 

そのまま小物2匹は、意識なく倒れているリーダー格を置き去りに。

 

ただただ無様に、一目散に逃げていったのだった。

 

 

 

「あーあ。奴ら、あの調子じゃ、近いうちにサーカスの権利売っちゃうでしょうネ。」

「貴方はそれでいいのか?」

「マ、遅かれ早かれこうなる運命だったのかもしれないわ。でもイイの…セリ、ナンタの『夢を諦めて欲しくない』っていう言葉で思い出したから…師匠が死ぬ前に、ナタシに残した言葉を。」

「残した…言葉?」

「えぇ。師匠は言っていたワ。『自分の夢は自分で作れ、そして夢は自分で掴め』…って。ナタシは師匠のサーカスを守りながら夢だったデュエルサーカスをやろうとした…ケド、アイツらみたいな奴等が出しゃばる様じゃソレじゃダメだったのネ。それに、これ以上師匠のサーカスそのモノを守ろうとして…ナタシが自分の夢を諦めちゃったら、きっと師匠も喜ばないワ。」

 

 

 

小物2匹が逃げ出したそのすぐ後。

 

先程までの、思い詰めていた諦めの雰囲気とはどこか違う、何やら少々吹っ切れているかのような清清しい表情を浮かながら、そう言葉を漏らした団長、ハコ・ヴェーラ。

 

…それは例えるならば、決意を新たにした者の表情。

 

サーカスを売られるという、その脅しにも屈さず小物を蹴り飛ばして決着を着けたことで…彼?彼女?の中には、これから先のヴィジョンが新しく浮かび上がっているのか。

 

そのまま…

 

ハコ・ヴェーラは、ゆっくりと…

 

 

 

「それに師匠なら…破天荒だったアノ人なら、例えこのサーカスが無くなってもナタシ達がナタシ達らしくサーカスを続けているだけできっと許してくれるデショ。」

「ッ、じゃあ…」

「えぇ。この一座はここで解散!今度は、ナタシが一からナタシ自身の一座を立ち上げるワ!それがナタシにサーカスのイ・ロ・ハを教えてくれた師匠への恩返しになると思うカラ!」

「団長!俺達、団長についていきます!」

「団長が居ないのに、あんな奴等の下でサーカスするなんて絶対に嫌だ!」

「あたし達、団長と一緒にサーカスがしたい!」

「ナンタたち…」

 

 

 

涙を浮かべるハコ・ヴェーラと、共に抱き合う団員達。その繋がりは、一座という『家』が無くなったとしても決して切れるモノではないのか。

 

今の彼らの姿を見れば、ソレを誰しもが理解でき…

 

 

 

「よかったな、団長…」

 

 

 

大切なのは『一座』ではなく、一座を形作る団員そのモノ。

 

そう、前のサーカスから共に過ごして来た彼らの絆は、これから新しいサーカスという形となりて更なる飛躍を見せるのだろう。

 

仲間の繋がりの大切さを、ここに居る誰もが感じていて―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なにコレ?」

 

 

 

 

 

 

 

いや、ただ一人…

 

このどこまでも暑い熱いアツい、とてつもなく暑苦しい騒動…ステージの上で行われていることから、まるで芝居を見ているかのようなこの騒動を…

 

 

 

「いや、意味わかんなうぃーねー…デュエルは雑だし?いきなり暑苦すぃードラマ始まるしー?…マジマジマージでちょーイミフー。」

 

 

 

最初から傍観者に徹していた、ただ一人観客席から客観的に騒動の全てを見ていた…

 

まるで演劇を見ていた気分になっていた、完全なる部外者であったゴ・ギョウだけは除いてだが。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

翌日―

 

 

 

「まだ旅は続くんでショ?気をつけて行きなさい?」

「あぁ、ありがとう団長。」

 

 

 

デュエリア領内の飛行場、そのゲートの手前でのこと。

 

一晩たって、デュエリアを後にしようとしていたセリとゴ・ギョウを…ハコ・ヴェーラが、見送りに来ていた。

 

…昨晩の騒動の後、正式にデュエルサーカスの一座は解散が決まった。

 

けれども、すぐにハコ・ヴェーラを代表とした新たなデュエルサーカスを結成するというコトで、一座の者達は既に新体制を目指して慌しく動いているらしい。

 

ソレ故、団員達ももちろん団長も全員悲嘆にくれては居らず。そう、皆が、新たなサーカス団で新たな夢を追い続けるという目標の下に、再出発を始めたのだ。

 

そして、一座のその姿を見て…

 

セリもまた、プロかそれ以外か。自らが進むべき未来に対し、更に真剣に向き合うことを決めていて。

 

 

 

「ナタシは1から再出発する…師匠のサーカスを超えるような、世界一のデュエルサーカス団を1から作り上げるわ。」

「俺も、自分の進むべき道をきっと見つける…だから…」

「えぇ。ノ互いに夢を掴んだとき、もう一度必ずデュエルしましょう。今度は正々堂々…本気でネ。」

「あぁ、約束だ!」

 

 

 

固く握手を交わすセリ・サエグサ。未来に再戦を約束するハコ・ヴェーラ。

 

…歳も実力も生き方も違う、けれどもお互いに認め合い友となった二人。

 

しかし、何もかもが違うからこそ…お互いに認め合った二人にあるのは、デュエリストとしてお互いを誇りに思う、強敵と書いて友と呼ぶ信頼にも似た関係性。

 

…だからこそ、ここでの別れは辛くはない。

 

そう、お互いに夢を掴んだ時に、再び相見えることを誓い合った二人には、再戦の約束という確かな未来の光景がボンヤリと見えているのだから。

 

 

 

…ハコ・ヴェーラに見送られ、飛行機に搭乗するセリとゴ・ギョウ。

 

 

 

そして機体が、少年達を新たな地へと運ぶ為に空へと浮き上がり始めると…

 

 

 

「あー凄い人だったねー。色んな意味だけどもだっけどー。」

「あぁ。強い人だった…俺も、負けないようにもっと強くならないとな。」

「…にしてもさー、滞在1週間にしては?めっっっっっちゃ濃い街だったよねーデュエリア。」

「確かにな…『逆鱗』に遭って、サーカスを見て…特訓して、団長とデュエルして…」

「ひゃは、こんな濃い体験もーコリゴリってカーンジィ?チャン僕も流石にお腹イッパイ&オッパ…」

「せっかく旅に出たんだ。これくらいの経験をしないと、わざわざ旅に出た意味がないだろ。それに俺は大満足したけどな、滅多に出来ない経験をしたから。」

「…フゥー…」

 

 

 

この1週間のデュエリアでの出来事を、セリとギョウは思い出し始める。

 

この地での経験は、果たしてどれだけセリを強くしたのだろう。

 

…『逆鱗』との邂逅。ハコ・ヴェーラとの戦い。

 

その経験は、きっと少年の血肉となる。そう、まだまだセリの未来は見つからぬままであるけれど、それでもこの地で見聞きし体験したことは紛れも無くセリの糧となりて少年の未来を形作り始めていて。

 

 

 

―空を越え、海を越え、新たな地へと飛び立つ少年。

 

 

 

更なる場所を目指し、新たな強者を求め…まだまだ続く旅路の果てに、少年が見る景色とは果たして…

 

 

 

「ンで、次はどこ行くん?」

「決闘市だ。運がよければ、【王者】にだって会えるかもしれな…」

「ひゃはー!イイネー、サイコーだねー!決闘市と言えば?流行の最先端で?キレーなオネーサンもたーくさん!」

「お前そればっかりじゃないか。まぁでも…俺も楽しみだよ。どんな強敵が居るんだろうな。」

「フゥー!」

 

 

 

…しかし、そんな不確定なる未来すらも、今のセリには光り輝いて映っているのか。

 

そう、雲の上、青空の中で。

 

燦々と燃える太陽の様に、少年の心は煌々と光り輝いているのだった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…ん?」

「どうした竜一。」

「あぁ、何か変な感じがしてよ…虫の知らせって奴か?嵐が来そうだって思ってな。」

「…冗談はよせ、そうでなくともお前の勘は馬鹿みたいに当たるのだ。また決闘市が荒れるようなことになればそれこそ…」

「…ただの予感だろ?大丈夫だって。それよりマサ、今日も特訓付き合えよな。対抗戦はもう目と鼻の先なんだからよ。」

「うむ。今日もボコボコにしてやるから安心しろ。」

「ッ!だからいつも一言余計なンだよテメェは!」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 





次回、遊戯王Wings外伝「エピソード七草」

ep3「スズナ in 決闘市」
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