遊戯王Wings外伝「エピソード七草」   作:shou9029

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ep3「スズナ in 決闘市」

決闘市―

 

それは、【王者】の集う街。

 

5大デュエル大都市に数えられる5つの都市の中でも、デュエリストの質と層が最も高く厚いと言われる…世界でも有数のデュエルレベルを誇っている、世界中のデュエリストにとっての憧れでもある街の名。

 

そう、【王者】の集う街の名の通り。この街には、決闘界における頂点のデュエリスト…

 

 

―融合王者【紫魔】、紫魔 憐造

 

 

―シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣

 

 

―エクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰

 

 

その世界中のデュエリスト達の頂点に座している、3人の【王者】達の全員がこの街に拠点を構えているのだ。

 

…世界最強のデュエリストの呼び名を、欲しいままにしている全世界のデュエリスト達の頂点の3人。

 

特に今代の3人の【王者】は、全員が歴代の召喚法の【王者】の中でも最強と言われているという…まさに全世界のデュエリストたちの憧れそのモノであり、正真正銘紛れも無く世界最強の象徴そのモノと言っても過言ではないことだろう。

 

ソレ故、世界に名立たるデュエル大都市の中でも、きっとこの決闘市はデュエリアと並び世界で最も有名な都市と称しても何ら遜色無い知名度を誇っており…

 

 

…また、決闘市の特徴は他にもある。

 

 

そう、この決闘市における学生のデュエルレベルの『質』は、他のデュエル大都市と比べても特に高いとされており…

 

その根拠の一つには、決闘市には決闘学園が『5校』も創立されていることが挙げられるだろうか。

 

 

…普通であればありえない。1つの都市に決闘学園が『5校』も乱立していることなど。

 

 

あの世界最大最古の大都市であるデュエリアでさえ、有する決闘学園は街の中央に聳えるデュエリア校の1校のみ。そう、他の大都市には、決闘学園が1都市につき1校だけしか創立されていないと言うのに…

 

こと決闘市においては、東西南北の4校と、中央地区に1校の、計『5校』もの決闘学園が存在しているのだ。

 

 

…分校だとか、同経営だとかではない。

 

 

5校が5校とも、異なる特色を全面に押し出しながら決闘市内にて鎬を削る…それぞれの学園が、それぞれ『独立』した学園に数えられる決闘市の決闘学園。

 

そして、特にその中でも―決闘学園『中央校』は、決闘市どころか世界中の決闘学園の視点からみても『異質中』の『異質』と言えるに違いないことだろう。

 

 

―決闘学園の『本校』。

 

 

それが、決闘学園中央校へと与えられている呼び名。

 

そう、世界中の、どの決闘学園にも与えられない、中央校にしか与えられていないその呼び名が示す通り。

 

世界中の決闘学園の総本山と言えるであろう『本校』に当たるのが、決闘市の中央地区にある中央校であるのだ。

 

 

世界中の決闘学園の『本校』…その称号は伊達ではない。

 

 

世界中の決闘学園の『本校』を名乗るだけあって、中央校のレベルは冗談抜きで『世界一』。

 

なにより前エクシーズ王者【黒猫】が理事長に就任しているというのはもちろんのこと、古くは世界ランク2位の『烈火』や、世界ランク3位の『霊王』といった、決闘界の猛者達の出身校としても知られている決闘学園中央校。

 

更には若手をみても、現在デュエリアで活躍している若手注目度No.1のプロデュエリスト『虎徹』を筆頭に、プロの若手の中でも名を上げている者のほとんどがもれなく中央校の卒業生であるというのだから…

 

その事実だけを鑑みても、決闘学園中央校のレベルはまさに決闘学園の『本校』と呼べるに相応しい代物となりて、今なお決闘市の中心に聳え立っているとさえ言えるに違いないことだろう。

 

 

 

 

 

そんな、多くの学生が鎬を削り、街のあちこちで日夜戦いが繰り広げられている決闘市の…

 

 

 

 

 

中央地区のさらに中心、この街の文字通り『中心』に位置している世界一巨大なデュエルドーム…

 

 

 

通称、『セントラル・スタジアム』を望むようにして…

 

 

 

 

 

「…ついに来たな…【王者】の集う街…」

「んー、なんつーかデュエリアの方がビッグ&ビジーだったけど?中々どーしてイイカーンジの雰囲気じゃなうぃーのー!つーかてーか、やっぱめっちゃデッケーのなセントラル・スタジアムゥー!」

 

 

 

決闘学園デュマーレ校2年、セリ・サエグサとゴ・ギョウが、そこに居た。

 

…デュエリアの街から飛行機で、飛行場から電車を乗り継ぎ。

 

その足で決闘市の中央地区、その最も有名なるデュエルドームへと真っ先に降り立ったデュマーレ校のセリとギョウ。

 

…初めて来た場所である決闘市の中で、彼らがこのセントラル・スタジアムへと真っ先に足を運んだのはやはりデュエリストが持つ本能ゆえなのか。

 

そう、この戦いの気配溢れる決闘市の、その最も戦いの匂いが濃いこの場所に…セリとギョウが引き寄せられてきたのは、きっと偶然なのでは断じてないのだろう。

 

セントラル・スタジアム…それは決闘市の中央に鎮座する、世界一巨大なデュエルスタジアム。

 

それは世界一の大きさを誇るデュエルドームでもあり、ソレと同時に世界一有名なデュエルスタジアムでもあり…

基本的に通常解放されることは皆無、このスタジアムが解放されるのは『特別』な戦いが行われる時だけということから、まさに全世界のデュエリスト達の憧れであると同時にプロデュエリスト達の目指すべき場所として位置づけられている。

 

そう、解放されるのは、『特別』な戦いのときだけ…

 

それは【王者】が行う戦いや、それに準ずる者達同士の戦い…そしてこの街の学生達の祭典である【決闘祭】といった、まさに選ばれた強者のみしかこのセントラル・スタジアムに立つ事は許されていないのだ。

 

…だからこそ、プロ以外でセントラル・スタジアムで試合が出来る、【決闘祭】に出場出来る程の学生はどれだけ幸運な…いや、ソレ以上のモノを持った、選ばれた実力者なのだろうか。

 

何せ決闘学園が『5校』も創立されているこの決闘市においては、【決闘祭】の候補に選ばれるだけでも同校の同世代の者たちとの気の遠くなるような戦いを勝ち残らなくてはならず…

 

ようやくその権利に手が届いたと思えば、更に自校の生き残った者達の中から更に喰らい合い、そこで生き残ってようやく『セントラル・スタジアム』に立つ権利が与えられるのだから。

 

…それは生半可な運だけでは到達できず、かといって力だけでも到達できず。

 

そんな、とにかく戦い続けることを義務付けられているかのような決闘市の空気の、その源流となるセントラル・スタジアムを望みながら…

 

デュマーレ校のセリ・サエグサは、ここで行われた数々の名試合を追想するかのように。確かに漂う歴戦の空気と、どこか心地よい戦いの雰囲気を感じながら、この旅の『目的』を再確認しつつ決闘市に希望を抱いている様子を見せていて。

 

そう、故郷であるデュマーレの街より、遥かに濃い戦いの気配。

 

きっとこの街なら、自分の望む『本当に強いデュエリスト』がきっと沢山見つかるはずだと…

 

未だ見果てぬ圧倒的強者に、今からその心を躍らせ始めていて…

 

 

 

「この街なら、きっと出会えるはずだ…俺が求める、本当に強いデュエリストが…」

「よっし!じゃあまずはとりまオネーサンナンパしよーじゃん!」

「いや、そうじゃないだろ…」

「えー?なんでー?だってすぐ会えそーなんでしょー?セリが会いたいっつー強い奴にさー。それに、どーせ決闘市の学園に喧嘩売りに行くわけでもナッシングみたいだしー?」

「だから、学生程度と戦って何になるってんだよ。俺が戦いたいのは学生なんかじゃなくてプロレベルの…」

「ひゃはは、だったら慌てない慌てない、まずはこの街を楽しむぉーじゃーん!」

 

 

 

…まぁ、相変わらずどこか『失礼な事』を無意識に考えているセリとは正反対に。

 

ゴ・ギョウの浮ついた気持ちもまた、この決闘市の空気に中てられたのか…いつもよりもどこかハイテンションで、どこかへと飛んでいってしまいそうになっているのだが。

 

ともかく…

 

 

 

「すぐ会えるかなんてわかるわけないだろ…デュエリアでだってヴェーラに会えたのは偶然だったんだから。だから先ずは【王者】を探そう。噂によると、東地区の飲み屋街には頻繁に【黒翼】が現れるらしい。」

「フゥー!セリってばそーんな根&葉もナッシングな噂信じてんのー?【王者】がそこら辺で飲み歩くわけなうぃーじゃーん!」

「いや、でも実際に目撃談が沢山…」

「ンなわけナイナイナイトフィーバー!だって【王者】よ?ンな簡単に会えるわけナッシングっしょー!」

「…まぁ、それはそうだけど…」

「でしょでしょでーしょ?だったら先にやる事はひとーつ!とりまオネーサンナンパして、ひと夏の思い出メイキングしてから動いた方が有意義ってなモンっしょ!」

「…それもどうかと思うけどな。まぁいいや、とりあえずホテルに行って荷物を置いてこよう。動くのはそれからだ。」

「うぃー!」

 

 

 

今後の予定はどうであれ、旅の目的は変わらないのだとして。

 

 

 

セントラル・スタジアムを背に、セリとギョウがこの場を離れようとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「あー!お前、デュマーレ校のゴ・ギョウだろ!?」

「ほ?」

「え?」

 

 

 

 

 

突然…

 

この誰も知り合いなど居ないはずの決闘市に、突如として響き渡ったのは紛れも無い…

 

正真正銘、ゴ・ギョウの名を呼ぶ、聞き覚えの無い誰かの声であった―

 

…そして、その声に反応するように。

 

セリとギョウが、反射的に声のする方へと振り向いた…

 

そこには…

 

 

 

「…誰だ?ギョウの知り合いか?」

「いんやー?」

 

 

 

そこに立っていたのは、決闘学園の制服を来た一人の男子生徒であった。

 

しかし、ギョウの名を呼んだというコトは、当然その相手はセリだって知っていてもおかしくはない相手であるはずなのだが…

 

その男子生徒の顔を見ても、当てはまる知り合いなど居ないセリとギョウはその頭に疑問符を大量に浮かべながら。いきなり声をかけてきたその男子生徒に対し、意味も分からずに立ち尽くしてしまっていて…

 

 

…その制服から察するに、決闘学園『中央校』の男子学生に違いない。

 

 

その背は、この歳の男子生徒にしては平均よりやや低めではあるものの…

 

その立ち振る舞いから感じられるのは、隠し切れない有り余る自信と、どこか後先を考えない真っ直ぐな性格であり…

 

…けれども、デュマーレ校始まって以来の秀才と称えられているセリの、その膨大なる記憶を遡ってみても。

 

その男子生徒の顔にやはり見覚えなどなく、その思考が一瞬だとは言え、このままだと気まずい空気が流れてしまうのではないかという気配がどこからとも無く漂い始めてきて―

 

 

…すると、一瞬の沈黙の後。

 

 

声をかけられたデュマーレ校のゴ・ギョウが、目の前に立つ自分より背の低い男子生徒へと向かって。

 

チャラついた言葉のままに、徐にその口を開き始めた。

 

 

 

「ねぇチミ、なーんでチャン僕たちのこと知ってるのん?あ、さてはチャン僕のファン?ひゃは、照れちゃうねぇ。」

「ちげーよ!それよりいい度胸じゃねぇか、試合前に偵察にくるなんてよ!」

「え?」

「…偵&察?つかつかつーか、何のことかチャン僕さっぱりなんですけれどもー。」

「とぼけんな!【五大都市対抗戦】の、デュマーレ校の代表者だろお前!随分堂々と偵察に来てくれたもんだな!」

「ひゃはははは!チャン僕ってばゆーめーじーん!でもでもでーもぉ?野郎にモテたって?嬉しくねーってね!」

 

 

 

何やら敵対心を剥き出しにしている男子生徒を他所に、煽りを混ぜた声で言葉を返すゴ・ギョウ。

 

…その言葉から察するに、本当にゴ・ギョウは目の前の男子生徒に全く見覚えが無いのだろう。

 

寧ろ自分が知らないのに、どうしてこの男子生徒はここまで自分に対して対抗心を燃やしているのか…ソレがギョウにはどうしても分からず、そしてそれ以上にギョウが喋れば喋るだけ男子生徒の憤りが益々上昇していき…

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「くそっ、はぐらかしやがって…」

「あー、ちょっと待てギョウ…俺わかった、こいつが何言ってるのか…」

「ほ?」

 

 

 

敵対心剥き出しの男子生徒について、何やら思い当たる節が浮かび上がったセリが…

 

 

 

その言葉を発するより前に、目の前の少年はその口から勢い良く―

 

 

 

 

 

「俺は決闘学園中央校の天城 竜一!対抗戦でお前と最初に戦う、決闘市の代表だ!」

 

 

 

 

 

と…

 

 

 

そう、名乗ったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや知らねーっつの。野郎の名前なんか覚えてるわけナッシング。」

 

 

 

しかし、ソレを聞いてもなお―

 

どこまでも興味など無いのだとして、ゴ・ギョウはあくまでも不遜なる言葉を投げかけ続けるだけではないか。

 

 

―『いいか、初戦の相手は決闘市のドラゴン使い、リューイチ・アマ…』

―『男に興味はナッシング!さてさてさーて、ビーチでオネーサンでもナンパしてこよっかなー!』

 

 

…いくらギョウが女にしか興味が無く、男の名前なんて微塵も覚えるつもりが最初から無かったとは言えども。

 

少し前にセリに教えられていたはずだと言うのに…いや、ギョウがソレを聞き流していたのは事実だが…それでも彼とて、【フェスティ・ドゥエーロ】で優勝したデュマーレ校を背負うデュエリストであるはずなのだから、デュマーレ校の代表として対戦相手の名前くらいは知っていてもいいはずだというのに―

 

 

…この長い長い夏季休暇が終わった頃に始まる予定の、5つのデュエル大都市にある決闘学園の代表者達が総当りで戦う、世界最強の学生を決める特別な祭典、【五大都市対抗戦】。

 

 

ソレに出場するのは、それぞれの都市の祭典で優勝した正真正銘その都市の最強のデュエリスト。

 

そう、セリとギョウの目の前に立っている勇ましい少年は、何を隠そうゴ・ギョウが【五大都市対抗戦】の初戦で戦う予定だった…決闘市に5つある決闘学園の、その中から頂点に立った、決闘市代表のデュエリストであったのだ。

 

世界で最も学生のデュエリストレベルが高いと噂されている決闘市の…その代表。

 

ソレ故、天城 竜一と名乗った彼もまた、自分の腕に相当の自信を持っているに違いないのだろう。

 

だからこそ、そんな自分を『知らない』、『興味がない』と言い捨てたギョウに対して…天城 竜一と名乗った少年は、ここまで怒っているのであり…

 

…そのまま、中央校の天城 竜一が。

 

どこまでもチャラついているデュマーレ校のゴ・ギョウへと向かって―

 

 

 

「テメェ…対戦相手の顔も知らないなんていい度胸じゃねーか!なら対抗戦の前に、テメーをボコボコに…」

 

 

 

怒りのままに、ギョウへと詰め寄ろうとした―

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「やめんか竜一!」

 

 

 

―ゴンッ!

 

 

…と言う、凄まじく気持ちの良い殴打音と共に―

 

 

天城 竜一が、ギョウへと殴りかかろうとしたその刹那。突然、背後から天城 竜一の脳天へと向かって…

 

『拳骨』の一撃が、勢い良く振り下ろされたのだ。

 

そしてその拳骨は、あまりに『痛そう』な勢いとなりて天城 竜一の脳天へと突き刺さり…

 

傍から見ても相当『痛い』であろうという音を奏で、その一部始終を見ていたセリの背筋に思わず寒いものを感じさせたのか。

 

 

…すると、その凄まじく痛そうな拳骨を喰らった天城 竜一が。

 

 

反射的に振り返りながら、拳の持ち主へと食ってかかり始め…

 

 

 

「ッてーな!何すんだよマサ!これ以上縮んだらどうすんだ!」

「黙れチビドラ。初対面の人間に喧嘩を売るなと何度言ったら分かるのだ。」

「だってコイツが悪いんだろ!つーかお前こそ、俺をチビドラっつうなって何回言ったらわか…」

「黙れ。」

「ぐっ…」

 

 

 

しかし、吼える竜一を意に介さず。

 

突然現れたその男は、いきり立つ竜一をまるで躾けるかのようにして無理矢理に抑え込んでしまったではないか。

 

…現れたのは、長身かつ中々の威圧感を放つ一人の男子生徒。

 

そう、天城 竜一と同じ、決闘学園中央校の制服を身に纏ったその男は。暴れかけた天城 竜一を抑え込みつつ、セリ達へと向かい直しながらその口を開く。

 

 

 

「すまない、ツレがとんだ粗相を。」

「あ、いや、こっちも馬鹿が失礼を…」

「ところで、見たところ外国の者のようだが…何の用があって決闘市へ?」

「少し、観光を…ってとこかな。ちょっと、強いデュエリストと戦う旅をしたくて。出来れば、【王者】にも会いたいなと。」

「…なるほど。それで戦意を駄々漏れにしていたわけか…竜一が反応したわけだ。」

「…え?」

 

 

 

彼の口から発せられるは、穏やかでありつつも厳しさを感じさせる、人の上に立つ者の声。

 

それはデュマーレ校において主席を勤めるセリ・サエグサを持ってしても、思わず只ならぬ雰囲気を感じてしまうほどに威風堂々とした佇まいであると言えるだろうか。

 

…まるで人の上に立つことを義務付けられているかのような、選ばれた者のみが纏うことを許されるその自信。

 

まぁ、目の前の学生がどれだけの雰囲気を醸し出していようと、セリの心は無意識に『所詮は学生』という見方をしてしまってもいるのだが…

 

けれども、そんなセリの無意識を知ってか知らずか。生まれながらにして選ばれた者のような、この長身の男はそのままセリたちへと向かって…

 

その威圧感と存在感を緩めること無く、更に言葉を続けるのみ。

 

 

 

「では観光客に一つお節介をしておこう。この街は去年色々あってな…余所者…特に他所の学生には驚くほどに敏感になっている。良い旅がしたければ、この街で面倒事は起こさない事だ。」

「え?面倒事って…いや、別に俺達は騒ぎを起こしに来たわけじゃ…」

「そうか、ならばいい。…では、俺達はこれで失礼するとしよう。」

「お、おい、離せよマサ!俺はゴ・ギョウとデュエルを…」

「黙れ。」

「ぐっ…」

 

 

 

そして…

 

長身の男子生徒は、セリ達に何やら不穏な忠告を残しつつ。

 

抵抗している天城 竜一を引きずりながら、ゆっくりとこの場を去り始めたのだった―

 

 

 

 

 

「…そうだ、先程竜一に向けていた言葉だが…」

 

 

 

 

 

いや…

 

 

 

立ち去ろうとして、一歩二歩歩いたかと思うと。

 

 

 

徐に立ち止まった長身の男子生徒は、セリたちへとゆっくり振り返りながら―

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまり竜一を…この街を甘くみるなよ、デュマーレ共。」

 

 

 

―!

 

 

 

気迫。

 

ソレは、ただの『気迫』であった―

 

しかし、ただの気迫とは言え…そのあまりの凄まじさは、思わず一瞬空気が震えたのではないかと錯覚するほどの重圧となりて、セリ達へと向かって襲いかかってきたのだ。

 

 

…それは尋常ならざる威圧感、学生らしからぬ圧迫感。

 

 

まるで、彼もまたセリやギョウに対して『怒り』を感じているかのよう。そう、セリとギョウの態度や雰囲気から、彼もまた何か怒りを覚えるようなモノを感じたのか…

 

…その中に、天城 竜一にも負けぬ確かな『怒り』を織り交ぜながら。

 

覇道を突き進んでいるかのようなその存在感が、およそ同じ年代の学生が醸し出せるようなレベルを遥かに超えた代物となりて。これまで『それなり』の場数を踏んできたはずのセリ達に、有無を言わせない程の重圧をひしひしと与え―

 

 

 

「…ひゃは…」

「今の雰囲気…ッ、そ、そうか、今の男が…あの…」

「うぃ?今のデカイのが誰か、セリ知ってるん?」

「【決闘祭】の準優勝者、マサタカ・テングウジ………【黒翼】の………息子だ。」

「ひょ!?エクシーズ王者の…ひゃはは、どーりで…」

「しまった…なんですぐに思い出さなかったんだ…くそっ、【黒翼】への一番の近道を…」

 

 

 

その風格に少し触れただけで、去っていった男の正体にいち早く気付いてしまったセリ・サエグサ。

 

…どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう。

 

そう、【決闘祭】の優勝者である天城 竜一のインパクトに圧され、セリもつい思い出すのが遅れてしまったが…たった今去っていったあの大男も紛れも無く、決闘市における最強の学生の1人であったと言うのに。

 

エクシーズ王者【黒翼】の息子…その称号は伊達ではない。

 

生まれながらにして選ばれた者のような、覇道を進む者の雰囲気。ソレにすぐに気が付いていれば、セリとてもっと上手く言って【黒翼】に取り次いでもらう事だって出来たというのに―

 

…中てられた気迫に感化され、そんな後悔がセリの中に思わず浮かび上がる。

 

自分もギョウの事を言えないではないか、自分だって【決闘祭】のNo.2を思い出せていなかったではないか…無意識とは言えその態度の所為で、自分だってあからさまに【黒翼】の息子を怒らせてしまっていたではないか…と。

 

 

 

「ちょい待ち、てかてかてーかあのチビドラクン、決闘市の代表っつーことはあの【黒翼】の息子に勝ったってこと?」

「みたいだな。」

「うぃー…信じられなうぃーねー…」

「…そうだな。」

 

 

 

…一体、この街の学生は『何』なのだろう。

 

学生らしからぬ雰囲気を持った【黒翼】の息子。その【黒翼】の息子を倒した謎のチビドラ。

 

そんな彼らとの短いやり取りによって、これまで同年代の『学生』になど全く興味が沸いていなかったセリの心に…

 

 

妙なざわめきが、生まれつつあったのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

決闘市…その、東地区―

 

 

 

「さてさてさーて!ナンパ開始だずぇーい!」

「…違うだろ、【黒翼】探しに飲み屋街に行くんだって。」

 

 

 

予約していたホテルに荷物を置いたセリとギョウは、何やらホテルの入り口付近でその意見を食い違わせていた。

 

それは、一刻も早く【王者】に会いたいセリと…一刻も早くナンパに勤しみたいギョウとの間で、お互いの常識が食い違ってしまったが故に生まれた意見の相違。

 

そう、セリの言う、信憑性の低い【黒翼】の噂などには付き合っていられないと言わんばかりに―

 

ゴ・ギョウはどこまでもあくまでも、自分の本能に忠実に動こうとしているだけであり…

 

 

 

「ひゃは!もーセリってば、マジマジマージでお馬鹿さんなんだからもー!いーい?チャン僕たちみたいなヤングが?こーんな真昼間っから飲み屋街なんてウロウロウーロしてみなーよ!ソッコーでケーサツにレンコーされっに決まってんでしょーが!そ・ん・で!【黒翼】がこーんな下町で飲み歩くわけないでしょーが!」

「いや、何も酒飲むわけじゃないんだし…それに、本当にここらへんで【黒翼】の目撃情報が頻繁に…」

「だ・か・らー!ソレもデマデマデーマに決まってるってーの!だって【黒翼】よ!?エクシーズ王者よ!?もっとゴージャス&エレガントwithビップな店でカッコよーく渋-くサイレントーに嗜んでるに決まってるぅーよー!だったらオネーサンナンパして、楽しーく遊んだ方が有&意義に決まってるっしょ!」

 

 

 

ゴ・ギョウの口から語られる、エクシーズ王者【黒翼】の像。

 

それはどこか、ギョウの理想の王者像を語っているかのような口調ではあったものの…

 

…しかし、ギョウにこうもはっきり言われてみれば確かに。

 

こんな大衆酒場が立ち並ぶ下町の飲み屋街に、天下のエクシーズ王者【黒翼】が現れて、真っ昼間っから安酒で酔っ払っている場面など、よくよく考えてみればセリにも到底イメージが出来ず…

 

 

…しかし、先ほどから頑なに対立するかのような意見を言うゴ・ギョウに対し。

 

 

セリはどこか、先ほどからその態度に少々の違和感を覚えていて居る様子ではないか。

 

…決闘市の中央地区から東地区へとやって来るその間も、この後どう行動するかで言い合いをしていたセリとギョウ。そう、デュエリアの街ではセリの意見に合わせてくれていたゴ・ギョウが、何故か決闘市に入ってからは己の意見を強く押し通そうとしているのだ。

 

だからこそ、セリには少々ソレが引っかかる。

 

何だかんだ言って付き合いが良いはずのギョウが、ここまで自分の我を通そうとしている…その理由を。

 

 

 

「…でも、仮にそうだとしてもだぞ?だからって何でやることがナンパなんだよ。」

「ひゃはははは!なーんかさっきからビンビン来てんだよねー!チャン僕のレーダーに?メッチャ良い出会いがありそーってね!」

「なんだそれ…まるで意味がわからな…」

「ひょー!さっそく来た来た来ーた!ほらほらー、アッチからゴキゲンな感じがビーンビン!」

「…え?」

 

 

 

そして、ギョウのソレに全く理解出来ていないセリを他所に。

 

突然何かを感じたように、ゴ・ギョウが何やら向こう側に指を指し―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「スズナ、付き添いなんていらないって言ったでしょう?友達との外出くらい好きにさせて。」

「いけません。こんな下民の溢れる場所で、スミレお嬢様にもしもの事があったら…」

「下民は辞めなさいって言ったはずよ。それにもしもの事なんてあるはずないじゃない、子どもじゃないんだから。」

「まーまー、スズナちゃんは過保護だからねー。それにスミレもさー、結構あぶなっかしいとこあるし。」

「何よ、あぶなっかしいって。アキラだけには言われたくないわ。」

 

 

 

決闘市…その、東地区―

 

 

その、繁華街の入り口付近で…何やら3人の少女が、ゆっくりと繁華街の門を潜って商店街の通りを歩いていた。

 

…それは決闘学園中央校の制服を着た2人の女生徒と、ソレとは違う制服を着た2人より少々幼い感じの残る1人の少女。

 

歳にして、中央校の2人はおよそ16歳ほどの少女だろうか。1人は紫がかった艶やかな長い黒髪を1つに纏めた、どこか高貴な雰囲気を感じさせる少女であり…もう1人の少女はオレンジの髪を短く揃え、どこか活発な印象を感じさせ…

 

そして幼い少女は、その見た目と制服の造りからおよそ中等部生であろう雰囲気を醸し出している。

 

すると、1人の幼い少女が何やら2人の内の片方…どこか高貴な雰囲気を感じさせる、『スミレ』と呼ばれた少女を慕うようにして―

 

もう片方の、オレンジ色した髪の中央校の少女へと向かって、噛み付くように言葉を発する。

 

 

 

「西園寺 アキラ!貴様、お嬢様になんて口の聞き方をしているのだ!良いか?貴女のような下民がスミレお嬢様と友人というだけでも紫魔本家にとっては…」

「スズナ…私の友達のことを、今何て言ったのかしら?」

「あっ、い、いえ…」

「あっはっは、いいっていいって、いつもの事なんだしさー。つーかスズナちゃん、いつにも増して口悪いねー。何で最近そんなピリピリしてんの?」

「…先日、スミレお嬢様に言い寄っていたあの男がまたお嬢様に付きまとわぬよう…『闇紫魔』の私が、責任を持ってお嬢様をお守りしているだけです。」

「…言い寄ってた…あー、リュウのことかー。っていうかアレはリュウが言い寄ってたんじゃなくてスミレが詰め寄ってただけじゃ…」

「だってアレはアイツが悪いって言うか…折角心配してあげたのにアイツが…あーもう!思い出したらまたイライラしてきた!竜一の奴!」

「あっはっは!これで付き合ってないんだから面白いよねー!」

「付き合っ…あのねアキラ、私達は別にそんな関係じゃないの。大体誰があんな奴と…」

「いけませんお嬢様!紫魔本家のご令嬢があんな下民と一緒になるなど!…ともかく、お嬢様は紫魔本家の正統なる血筋、人付き合いにもそれ相応の相応しい相手が居るのです。友人や婚約者も、本家による厳正なる審査が…」

「誰と一緒に居ようと私の勝手よ。スズナまで兄様みたいなこと言わないで。いい加減うっとおしいわ。」

「うっと!?…あ…わ、わたしは…その…お、お嬢様の事を…だ、第一に…」

「はいはいそこまで。スミレもあんまりスズナちゃんのこと苛めないの。一生懸命なんだよ、スミレのために。」

「それは…わかってるけど…」

 

 

 

矢継ぎ早に重ねるように、途切れぬまま交わされる少女達のその会話。

 

…女が三人寄れば姦しいと言うが、この状況はまさにソレ。

 

そう、彼女らの会話は途切れる事なく、連続して交わされるその声からはうら若き乙女達特有の空気が漏れ出してはいるものの…

 

しかし、スズナと呼ばれた幼い少女の雰囲気から察するに。『スミレ』と呼ばれた少女は、まず間違い無く上流階級に位置しているような立場の少女であるに違いないだろう。

 

…何せ、この東地区の商店街が感じさせる空気の中にあっても、『スミレ』と呼ばれた少女の雰囲気は明らかに違う。

 

凛としたその佇まいに、花の様に美しきその容姿…立ち振る舞い、歩く姿からは礼儀を感じさせ、明らかに周囲の者達とは住んでいる世界が1つ違うような雰囲気をごくごく自然に感じさせているのだから。

 

そんな上流階級に位置していそうな少女が、こんな庶民感溢れる商店街を歩いているというだけでも少々違和感がある光景ではあるのだが…

 

けれども、スミレと呼ばれた少女はソレをひけらかすというわけでもなく。ただただ自分の友人と、『普通』に歩き『普通』に話しを続けているだけであり…

 

 

 

 

…すると、そんな3人の乙女達の前に。

 

 

 

「へいへいへーい!カワイコちゃん達、どっこいっくのー?」

 

 

 

突然、1人の男が現れた―

 

 

 

「チミたちチョーかわうぃーねぇー!ところでさー、チャン僕とお茶しなーい?ちょこーっとお話しちゃわなーい?」

「ねぇアキラ…これって…」

「あっはっは、ナンパだねぇー。」

 

 

 

突然現れた謎の男に、思わず固まる少女達。

 

…まぁ、それも当然か。

 

何せ突然目の前に現れて声をかけてきたのが、目が痛くなるほどにカラフルなアロハシャツを着た…金髪にサングラスと浮ついた雰囲気、そして何よりも軽い言葉を発する少年であったのだとしたら、例え彼女達でなくとも固まってしまうことは必至と言えるのだから。

 

…しかし、少女達を驚かせたと言うのにも関わらず。

 

アロハシャツの少年は、そのまま言葉を続けるのみ。

 

 

 

「もーチミ達が可愛すぎて思わず声かけちゃったんだよねー。あ、ソレって中央校の制服っしょ?ひゃは、チャン僕もデュマーレ校の生徒なんだけどさー、ねぇねぇー、折角だし?決闘市のこと色々教えて欲しーなー!」

「デュマーレ?あら、それって確か5大都市の…」

「あー、海の都…だったっけ?随分遠くから来たんだねー。」

「そーそー!デュマーレ校のゴ・ギョウって言いまーす!そんでチャン僕、まだ決闘市に着いたばっかで?まだこの街のことなーんにもわっかんないんだよねー!見たとこ同い年くらいだし?色々イイ感じに教えてほしい的な的な的な?」

 

 

 

…そのメンタルは鋼か鉄か。

 

少女達に警戒されていることを承知の上で、更に距離を縮めようと矢継ぎ早に言葉を途切れさせることなく、次々に少女達へと語りかけ続けるゴ・ギョウと名乗ったその少年。

 

その姿は、ある意味で強靭な精神力がなければ成せない技ではあるものの…

 

それでも、急に声をかけられた少女達からすれば。同い年くらい、しかも他国からやってきたと言うこの少年は、怪しいどころの話では無い程に警戒に値する代物に違いないというのに。

 

…軽い言葉に浮ついた雰囲気。信用など出来ないであろうその見た目。

 

すると、そんなゴ・ギョウという男の勢いにあっけにとられていた、中等部くらいの幼い少女が。

 

ハッと我に返ったかのように、『スミレ』と呼んだ少女を庇うようにして前に立ったかと思うと…

 

ナンパしてきた少年に対し、まるで威嚇するかの如く弾けるようにしてその口を開き始め…

 

 

 

「き、貴様、無礼だぞ!この方をどなたと心得る!」

「スズナ、やめなさ…」

「このお方は『紫魔本家』のご令嬢!融合王者【紫魔】の妹君!紫魔 スミレ様にあらせられるぞ!軟派男如きが頭が高ぁーい!」

「ひょ?【紫魔】の妹…ひゃっはっは!ンな偉い子がこんなトコに居るわけないじゃーん!もー、チビっ子ってばジョーダンばっかりー!」

「無礼者ぉ!この街においてお嬢様を知らぬなど話にならん!さっさと消えるがいい!」

「フゥー、手厳しうぃーねー!けどさー、チャン僕ってばこの街に着いたばっかなんだから仕方なうぃーよねー!それよりー、ホントに【紫魔】の妹ってんならマジマジマージで丁度良かったじゃーん!やっぱビンビン来たのは間違ってなかったわー!」

「…え?丁度いいって何のこと…」

 

 

 

けれども、スズナと呼ばれていた少女からの威嚇を意に介さず。

 

ゴ・ギョウは少女の言葉を全く信じる様子もなく、まるで子犬をあしらう様にしながらスズナと呼ばれた幼い少女の言葉を軽く躱しつつ…

 

 

 

「まーまー、積もる話はカフェでティーでもウェイしながらにしなーい?ちょっとツレも呼びたいトコだし…」

 

 

 

何やら、意味深な言葉を1つ述べたかと思うと。

 

 

そのまま、アロハシャツを翻しながら徐に背後へと振り向こうとした…

 

 

その時だった―

 

 

 

「ギョウ!なにやってんだ!」

「ひゃはは!見たら分かるっしょ?ナンパだよナ・ン・パ!カワイー子には声をかけよって学校で習わなかったっけー?」

「なんだよソレ…全く、目を離すとすぐコレだ。わざと指差した方と反対行きやがって…」

「騙される方が悪いってねー!フゥー!」

 

 

 

ゴ・ギョウが振り向いたその瞬間…

 

少々憤慨したようにゴ・ギョウの下へと走ってきたのは、彼の友人らしきもう1人の少年であった。

 

それは太陽の様に煌く金色の短髪を持ち、日に焼けていない雪のような真っ白な肌をした…齢にしておよそ16歳程だろうか、聡明さと麗しさを兼ね備えているとさえ思える1人の美少年。

 

そう、現れたのは、そんな感想が思わず浮かび上がってきてしまうのではないかと思えるような聡明な少年であり…

 

…そして後から現れたその聡明そうな少年は、本当にギョウと呼ばれた少年の友人なのかと思える程の礼儀を見せつつ。

 

3人の少女達へと向かって、申し訳なさそうにしながら言葉を続けた。

 

 

 

「…ツレがすみません。後でよく言って聞かせます…」

「いいえ、気にしていないわ。それより…その…さっき彼が、自分はデュマーレ校の生徒だって言っていたけれど…貴方も?」

「あ、はい…俺は…あ、いや、僕はデュマーレ校のセリ・サエグサといいます。」

「サエグサ…ッ、『サエグサ』!?貴様、『冴草家』の者か!貴様ぁ!従者の家系の癖に、紫魔本家のご令嬢に対してその態度は何だ!敬意が足りんぞ!」

「…え、従者?」

 

 

 

しかし…

 

聡明なる少年が、聞かれるままに名乗ったその刹那―

 

この場で最も幼い少女、スズナと呼ばれていた中等部くらいの少女が…何やら再び憤慨したかのように、セリ・サエグサへと食ってかかり始めのだ。

 

そして、ソレを聞いても理解していない様子のセリ・サエグサを他所に…

 

スズナと呼ばれた幼い少女は、そのまま言葉を続けるのみ。

 

 

 

「とぼけるな!『灰羅』、『竜胆』、そして『冴草』!その3家はかつて『原初の英雄』に力を与えられ、紫魔家に忠誠を誓った従者の家系ではないか!」

「いや、そんなこと知らないけど…大体、サエグサなんて名前の人は他にも沢山居…」

「おらん!世界広しと言えど、『冴草』の名を持つ者など貴様ら一族だけだ!少なくとも、直近の紫魔家の調べではそうなっている!」

「え、そうなの…?でも何でそんな事調べて…」

 

 

 

ここで出会ったのは偶然のはずなのに、何やらこじれ始めた少年達と少女達。

 

…セリの反応からして、彼からしてもその事実は初耳かつ衝撃の判明であったのだろう。

 

そう、接点など全く無く、ただただ友人のナンパを止めに来ただけの少年が、世界に名立たる融合名家の『紫魔家』に、何やら只ならぬ関係がある可能性が判明しただなんて。

 

そんな偶然があるものなのか…一体、どんな偶然が重なり合った末の顛末だというのか。

 

 

 

「スズナ、初対面の方に失礼よ。辞めなさ…」

「いいえ!いくらお嬢様でも、こればかりはハッキリさせておかなければなりません!こやつは自らを『冴草』と名乗りました!従者に下った下僕の癖に、紫魔家の者に跪きもしないなんて我慢なりません!」

「いや、だから突然従者とか下僕とか言われても意味が分からな…」

「話積もるカーンジィ?じゃあさー!あそこのカフェでお茶でもドゥー?」

「ッ、軟派男が何を勝手な…」

 

 

 

だからこそ、こじれてきた話を一旦纏めるように…いや、どちらかと言うと、漁夫の利を得るようにして。

 

…憤慨している紫魔 スズナと、全く持ってピンと来ていない、理解が追いついていないセリ・サエグサを他所に。

 

ゴ・ギョウが、どこか調子の良い言葉にて。何やらカフェを指差しながら、一同を引き連れることを提案すると…

 

この場にいたもう1人の少女…先ほど西園寺 アキラと呼ばれていた少女もまた、ゴ・ギョウの言葉に乗っかるように―

 

 

 

「あっはっは!なーんか面白そうな感じなってきたしいいかもねー!んじゃあ皆でいっちゃおっかー!」

「フゥー!アッキーラってばノリうぃーねぇー!」

「イエーイ!…ってか何であたしの名前知ってんの!?」

「さっきスミレちゃんが言ってたからに決まってんじゃーん!チャン僕ってば、一回聞こえた女の子の名前は忘れなうぃーのー!フゥー!」

「うわー…チャラーい…」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決闘市東地区某所…その、カフェにて―

 

 

 

 

 

「…ってわけで、『竜の伝承』に描かれた出来事は実際に起こった事なんじゃないかって俺は思うんです。」

「でもそうなると物的証拠があまりにも足りないわ。1000年も前の事だから残っているモノの方が少ないのは仕方ないとして…」

 

 

 

店の奥の席の一角、そのテーブル席で向かい合うようにして…

 

セリ・サエグサと紫魔 スミレが、何やら意気投合したようにその会話を弾ませていた。

 

 

 

「はい。ですから、これからは史実を元に歴史的アプローチの方向性を変えて調べていこうかと思っていて。デュエル二元論が主流だった800年前に、ちょっと気になる書物が発表されているのをこの前見つけて…モンスターは、実際にカードの中で生きているっていう…」

「あ、それってもしかしてルモンスの著書の『帝王伝説』?」

「え、スミレさん知ってるんですか!?あんなにマイナーな書物なのに…」

「えぇ。ファンタジー要素がかなり強いけれど、どことなくリアリティーがあるからよく覚えているわ。アレ、作者の実体験を基に書かれたんじゃないかって私は思っているの。」

「俺も全く同じ意見です!だったら『緋翠の軌跡』は知っていますか?『竜の伝承』が描かれるよりも前の…」

「もちろん!『虹の英雄』の物語よね?有史における最初の領事詩と言われている英雄譚!確か2000年ほど前の物語だったかしら。」

「はい。シンクロ召喚至上主義時代よりも前の時代に起こった出来事を知る唯一の著書です。俺は、そこに『Ex適正』の真実が隠されているんじゃないかって思っていて…」

「あら、私はむしろ、もっと前の時代にこそ『Ex適正』の秘密があるんじゃないかって考えているの。『緋翠の軌跡』を読み解くと、彼の時代よりももっと昔に、今の3つの召喚法とは『もう1つ別の召喚法』があったんじゃないかって思えて仕方がなくて。」

「ッ!?べ、別の召喚法!?」

「ほら、あの物語、原典には『振り子』って表現がたまに出てくるじゃない? あの単語の解釈が難しいからか、新約の方だとほとんどスルーされちゃっているけれど。」

「そうか、原典…しまった、そっちは盲点だった…凄い…俺も故郷だと大概だって言われていたけど、スミレさんも相当色々調べているんですね。」

「セリさんだって。1500年前に『鏡の英雄』が居ただなんて私も知らなかったわ。こうなると水世界論もあり得る話だし、数百年ごとに『英雄』と呼ばれる存在が生まれるっていう都市伝説も真実味を帯びてきたって驚いたもの。」

「いえ…俺のは、ただ無作為に色々読んでいたら偶然が重なって知っただけで…」

「私も同じよ?好きなのよ、昔の書物とか読むの。過去の出来事や当時の思想…それに著者が何を思ってソレを書いたのか、全てがそこに記してあるなんて素敵じゃない?」

「はい、よくわかります。自分の知らないモノがそこに描かれていて、知らなかった事を知った時はいつもワクワクして…」

「ふふ、よく分かるわ。」

 

 

 

それは同席に座った他の3人…ゴ・ギョウ、紫魔 スズナ、そして西園寺 アキラを置いてけぼりにしてもなお止まらない、同じだけの知識を持った者同士が繰り広げる2人だけの意見交換。

 

…弾む会話、織り成す交話。

 

マシンガントークよりも更に激しい、まるで重機関銃をノンストップで撃ち続けているかのような彼らの会話は…まさに知識と知識を恐るべき密度で交し合っているという、その道の学者も驚きを禁じえない恐ろしき代物であり…

 

頼んだコーヒーとレモンティーを飲むことも忘れ、溢れる知識を存分に交換し続けているセリ・サエグサと紫魔 スミレ。

 

…片や、デュマーレ校始まって以来の秀才と呼ばれる聡明な少年。

 

…片や、紫魔本家が誇る才色兼備の誉れある令嬢。

 

そんな、近代においても珍しいレベルの秀才2人が、今この時代にこの場所でこうして出会えたことは一体何の奇跡といえるのか。

 

しかし、デュマーレ校始まって以来の秀才を呼ばれるセリをして…紫魔本家の令嬢である紫魔 スミレが、自分と同等の知識を持っているということはどれだけセリを驚かせたと言うのだろう。

 

何せ、書物や著者の好みが一致するだけではなく。スミレは同じ文献を読み解いた上で、自分とは異なった視点からの考察を生み出し、そして自分とは違う解釈を持ちつつ新たな可能性を自分なりに広げていた。

 

だからこそ、僥倖…

 

セリは今まで、出会ったことすらない。自分と同じくらい知識を溜め込み、そしてソレを自分のモノに昇華させている相手なんて。

 

だからこそ、楽しい…

 

かつて、これ程までに楽しい応酬が出来たことがあっただろうか。今までこうした知識を語り合える相手のいなかったセリにとっては、紫魔 スミレとの対話にこれまで感じたことのない満足感をひしひしと感じている様子で…

 

止まらない…アイスコーヒーが薄まってもなお、レモンティーの氷が溶けてもなお。

 

話題が尽きず、会話は弾み。デュマーレに居た頃では相手すらいなかったその思想と思想のやり取りに、セリの中には心地よくも熱く滾る、えも言われぬ充実感が押し寄せてきていて―

 

 

 

「えっ!?【二つの明星】の決闘記録!?」

「えぇ、家に記録が残っているの。世界大戦をデュエルで止めた、伝説の『北極星』と『南十字星』…ポラリス・ノーザンと、クロス・サザンカの戦いの記録が。彼らのデュエルを見た当時の家の者が、かなり詳細に記録していたみたいで。」

「な…そ、そんなモノがあったなんて…し、知らなかった…さ、さすが紫魔本家…よ、読みたい…」

「ごめんなさい、流石に持ち出し不可みたいで…歴史の観測がどうとか世に出してはならないとか何とかって…」

「歴史の観測?…ま、益々見てみたい…す、少しだけでもダメですか?あの、絶対に破損させたりとか盗んだりとか写したりとかしないんで…ちょ、ちょっと読むだけ…ほんの少しだけでも…」

「ごめんなさい。掟なの。」

「ぅ、で、ですよね…」

 

 

 

しかし、充実感も去ることながら。

 

時折飛び出すスミレの言葉によって、充実感よりも好奇心による衝撃がセリを襲う。

 

…それは度々変わる話題の中でスミレの口から飛び出した、【二つの明星】という2人のデュエリストに関する話題について。

 

 

【二つの明星】―それは知る人ぞ知る伝説のデュエリスト、その2人を指して称えられる特別な呼び名。

 

 

寧ろ、知っている人間の方が少ない。何せ半世紀以上も前の人物であり、世界がまだデュエルと兵器による戦争を行っていた時代の、プロでもなかった人物達なのだから。

 

けれども…いや、だからこそ―

 

世界一の蔵書量を誇るデュマーレの街の図書神殿にも、【二つの明星】の詳細なデュエルログなどあるはずもなく。

 

『双星の英雄』と呼ぶ者もいる、『北極星』と『南十字星』。その彼と彼女が世界大戦をデュエルで止めたという逸話は、確かにマニアの間では有名なれど…

 

けれども、その詳細な事実は世界中探してもほとんど見つからないほどに、現代では【二つの明星】に関する情報は希少すぎる歴史的財産となっているのだ。

 

…しかし、流石は政界・財界・決闘界に深いつながりを持つ、古から続く名家中の名家、『紫魔本家』。

 

噂では、世界の歴史学にとっての宝とも言える蔵書や著書をいくつも所有しているという。

また、その閲覧を固く禁じている紫魔本家の掟は、世界の歴史学が遅れる原因とまで言われているのもあながち間違いではないのかもしれず…

 

 

 

(読みたい…)

 

 

 

溢れる…セリの持つ、押さえようのない『知識欲』が。

 

食欲、性欲、睡眠欲、決闘欲…人間の4大欲求に食い込むかもしれない、セリの持っている知識欲は他の人間と比べても相当のモノ。

 

そんなセリの前に、これ以上無いくらいの情報源の在り処が示されたのだ。今まで自分が知らなかった、見たことがなかった、読んだことがなかった新鮮な情報のヒントを前に…

 

 

 

(世界大戦を止めた偉業を持つのに、ポラリス・ノーザンとクロス・サザンカのデュエルログは世界中のどこにも無い。デュエルディスクが普及して1000年以上経つのに、この記録の少なさは異常だ。とすれば、誰かが意図して隠してるって事に違いない…見たい…『北極星』と『南十字星』のデュエル…世界大戦をデュエルで止めた伝説のデュエリストの戦い…知りたい…絶対に…けど…)

 

 

 

まぁ、世界の法にも関わりを持つとされている、あの『紫魔本家』が禁じているモノであるのならば。

 

ここで【紫魔】の妹に対し、一般市民に過ぎないセリがいくら我が侭を言ったところで…ソレは叶わぬ夢であり、閲覧など無理だというコトも、セリはその理性で理解はしているのだが。

 

古から続く『紫魔本家』…掟が全て。

 

しかし、そんなセリの思考に耽る姿を見て。紫魔 スミレもまた、セリに興味を持ったのか。

 

スミレはコーヒーを一口飲んだかと思うと、再び悩ましい顔をしているセリへと問いかけ始めた。

 

 

 

「好きなの?【二つの明星】。」

「はい。【黒猫】、【白夜】、【紫魔】を…当時の【王者】達を差し置いて、この星最強のデュエリストと謳われた伝説の二人。古い話だから、知ってる人ももう少ないけど…でも、忘れ去られるなんて絶対にダメだって俺は思うんです。【二つの明星】だけじゃない、他にもデュエルで世界を救った逸話を持った偉人達は…もっと、世に知られるべきだって。」

「そう…好きなのね、歴史のこと。」

「はい、昔から色々調べるのが好きで…彼らの生きた証…伝説に残るほどの力…それは、世界にとっての財産でもあると思うから…」

 

 

 

【二つの明星】のみならず、この世界の歴史の中には表舞台に出てこなかった偉人たちの逸話が多々存在している。

 

…それは子どもに読み聞かせる御伽噺であったり、歴史に確かに刻まれた真実であったり。

 

だからこそ、例えソレが逸話や伝承、それに都市伝説と言った知る者の少ない『偉人』の英雄譚であったとしても…

 

ソレを歴史に埋もれさせず、その功績を『知る』ことこそが世界の歴史を知るということであると、セリはいつも考えていて。

 

…特に、『英雄』と呼ばれる偉人たち。

 

彼の者たちの成した偉業は、『知識欲』に溢れるセリの心に多大なる影響を及ぼしているのだから。

 

 

 

「それに『北極星』…ノーザン…その名前は…」

「どうかしたの?」

「あ、いえ…」

 

 

 

まぁ、セリが【二つの明星】…特に『北極星』の方に何やら思うところがあるのは…

 

また、別の感情も関係があるのだが。

 

 

 

「…お嬢様…なぜあんな従者なんぞと親しげに…」

「ってゆーか、歴史オタクのスミレに付いてってる人なんて初めてみたよ。セリさんすっごー…」

「ひゃは、チャン僕からしても、まーさか小難しいセリの話に乗っかれる子がいるなんてねー。流石は【紫魔】の妹ってカーンジィ?」

 

 

 

また、隣の席で言われていることに気が付くはずもなく。

 

自分達の止まらぬ会話に、どこか引いているようにさえ思えるゴ・ギョウ、紫魔 スズナ、西園寺 アキラを他所に…

 

セリとスミレは、まだまだ話題を変えながら。どこまでも、その談話を続けるのみ。

 

 

 

「俺、いつも考えているんです。なんで俺達には『Ex適正』なんてモノがあるんだろうか…って。」

「一説には、神が与えた『枷』だって唱える学者も過去にはいたそうね。1000年前のシンクロ召喚至上主義時代には、融合とエクシーズの人は迫害の対象とされていたって言うし。」

「だとしたら、なんで使える召喚法は1人につき1種類だけなんでしょうね。環境だとか遺伝だとか、『Ex適正』の発現に対する研究は色々とされていますけど…もし遺伝的要素が強いのだとしたら、俺の家族のEx適正はみんなシンクロなのに俺だけ融合なのは何か理由があるんじゃないかって…あ、そうだ…スミレさん、例えばですけど、Ex適正を複数持っているデュエリストが居たり、逆にExデッキが使えないデュエリストが居たとしたら…貴女は、どう思いますか?」

「あら、難しい質問ね…そうね…そんな人が生まれるなんて、そもそもからして『ありえない』事だからすぐに答えを出せそうにないわ。私なりにゆっくり考えてみたいかも。」

 

 

 

セリの問い…ソレは融合召喚の最名家である、『紫魔家』の本家の令嬢に聞くには少々行きすぎた質問にも捕らえられる代物。

 

しかし、その突拍子もないセリの質問に対し…

 

真摯に受け止めながら、振りではなく本気で考える素振りを見せる紫魔 スミレの姿は、本当に彼女が融合召喚至上主義を掲げる『紫魔本家』の令嬢なのかと思える程の、あまりに柔軟な思考と思想を思わせる代物であると言えるだろうか。

 

…この世界の常識である『Ex適正』に対し、疑問を抱く者の方が異端とされる現代。

 

そんな時代に生まれたというのにも関わらず、世界の常識に疑問を打ち出すセリの思想は…果たして紫魔本家の令嬢である紫魔 スミレに、どのような形として映っているのだろう。

 

すぐには出せない答えの中で、しかし『常識』に疑問を持ったセリを馬鹿にするわけでもなく…

 

 

 

「そういえばセリさん、まだ聞いていなかったけれど、貴方はどうして決闘市へ?」

 

 

 

すると、幾度と無く変わり続ける話題の中で。

 

次にスミレが打ち出したのは、今更と言えばあまりに今更な質問であった。

 

…まぁ、カフェに入ってから、セリとスミレはずっと止まらずに高度な知識で対話を続けていたのだ。ソレ故、盛り上がってしまった会話の中で…スミレが真っ先に聞くべきことであった質問を聞き忘れていたとしても、ソレはある意味仕方がないといえばそれまでなのだが。

 

ともかく…

 

 

 

「俺、今『本当に強いデュエリスト』を探して旅をしているんです。世界中を回って、強い奴と戦う旅を…スミレさん…【紫魔】の妹のあなたが思う、『本当に強いデュエリスト』ってどんな人だと思いますか?」

「…本当に強いデュエリスト?随分と抽象的だけれども…やっぱり一番に思い浮かぶのは兄の憐造かしら。一応、歴代と違って本物の【紫魔】なんて言われているから。」

「【紫魔】…確かに、当代の【紫魔】は非の打ち所がない完璧なデュエリストだって方々でも噂されて…」

「…ま、シスコンなんだけどね。」

「シスッ!?…え?な、なんかイメージが…」

 

 

 

何気なく問いを投げかけたセリの意表を、突くどころか貫いてきたかのような衝撃がセリを襲う。

 

…けれども、セリのその反応も仕方のないこと。

 

そう、何せ『底知れぬ恐怖』と恐れられている『鬼人』、決闘界のみならず政界・財界にも多大な影響力を持つ『鬼才』…

 

歴代最強の融合王者【紫魔】、紫魔 憐造を指して…

 

 

 

「あの人、外面は良いの。でもウチじゃいちいち口うるさくって。私が大事なのはわかるけれど、ちょっと過剰っていうか…今日だって、友達と出かけるってだけで『心配だから着いていく』だの『どこに行くか教えろ』だのうるさくて…いい加減妹離れしてほしいわ。」

「し、【紫魔】にそんな一面が…」

「早く結婚でもして子どもでも出来てくれないかしら。そうしたらもう少し妹離れ出来ると思うのよ。あの人、冷徹とか何とか言われているけれど、血の繋がった家族にはとことん甘いから。」

「は、はは…」

 

 

 

―その妹が、こんなにも堂々と兄を『シスコン』呼ばわりしたのだから。

 

 

 

普通であれば、イメージ出来るはずも無い。

 

冷徹と冷然と冷静が人間の形をしているかのような、あの孤高の存在として世界に知られているあの紫魔 憐造に…

 

そんな、人間臭い一面があるだなんて。

 

しかし、ソレがいかに信じられぬ事であっても。ソレを語るのが、正真正銘【紫魔】のただ一人の妹であったのならば、ソレがどれだけ信じがたい真実であったとしてもセリには信じる以外に道はなく…

 

 

…並ぶ者など存在しない『鬼才』と呼ばれる、融合王者【紫魔】、紫魔 憐造。

 

 

その知られざる一面、そして知ってはいけなかった一面を知ってしまったセリの中には…ソレをどう捕らえてよいか分からぬ感情が、どこからともなく浮かび上がってきており…

 

 

 

(で、でも、【紫魔】は確かに世界最強に名を連ねるデュエリスト…スミレさんが真っ先に思い浮かべるのもわかる…正直、3人の【王者】の中で最も優れているのは間違い無く紫魔 憐造だし…)

 

 

 

とは言え…例え妹の言う彼の本性が、紛れも無い本当なのだとしても。

 

それでも【紫魔】が今なお築き上げ続けているその功績は、嘘偽りのない偉大なる代物であることに変わりはないのか。

 

それは紫魔 憐造が、『歴代最強の【紫魔】』という呼び声の現すままに…彼の作り上げる数々の伝説は、これまでの歴代【紫魔】とは根本的に『何か』が違うと感じさせられる代物ばかりなのだから。

 

 

…実力によってその名を冠しているシンクロ王者やエクシーズ王者とは違って、融合王者というのは少々特殊な立ち位置にあるのが今の世界の現状。

 

 

そう、融合召喚の王者は、いつの時代だって紫魔家の人間、『紫魔本家』の当主がその座に着くとされているのが世界の取り決め。それは果たしていつ頃からの取り決めなのか、少なくとも紫魔家の開祖である『原初』の英雄が生きていた時代ではないことだけは確かなのだが…

 

それでも、一つの家の名がそのまま【王者】の名とされている事に対して。何時の時代でも、【紫魔】の『実力面』には時折どうしようもない疑惑がかけられることが多々あったのだ。

 

…その中でも、最も多いのが八百長疑惑。

 

他の【王者】と違って、歴代の【紫魔】は表立って戦うよりは、財界や政界と言った場所でその力を奮い、デュエルという戦いの場に出てくる事が極端に少なかった。

 

また、王座交代を賭けたトップランカーとのデュエルでは、時折不可解なデュエル展開が行われることもしばしばあり…そして歴代の【紫魔】は頑なに、他の【王者】とデュエルすることを極端に嫌っていた。

 

 

けれども、紫魔 憐造だけは違う―

 

 

近代においては、『紫魔 憐造』だけ。財界よりも、政界よりも、決闘界を重視し戦いに明け暮れている【紫魔】なんて。

 

…そして、その力は紛れも無い本物。

 

何せ、それまでどの【紫魔】も避けていた他の【王者】たちとの戦いを、彼だけは正面切って真っ向から行ったのだ。

 

…そんなコトをしでかしたのは、後にも先にも現【紫魔】である紫魔 憐造ただ一人だけ。

 

そう、八百長疑惑すらあった歴代の【紫魔】たちとは違い、紫魔 憐造はその才覚を他の【王者】相手存分に奮い…

 

そして、有無を言わせぬその力を公の場でまざまざと見せつけて、紫魔家に向けられていた疑惑の目をあっという間に払拭してしまった。

 

それだけではない。【王者】以外に敗北すれば、即王座剥奪という厳しい【紫魔】の掟があると言うのにも関わらず…

 

『烈火』や『逆鱗』と言った、権力に怯えぬ猛者達からの挑戦からも逃げも隠れもせず、現在まで公式戦『無敗』を貫き通し続けているのは紫魔家のみならず決闘界全てにおいても後にも先にも紫魔 憐造のみ。

 

故に…彼は証明した。八百長など入る余地の無い、正真正銘の正々堂々を。

 

だからこそ紫魔 憐造は、紫魔本家史上最強の【紫魔】とまで呼ばれ…並ぶ者など存在しない、『鬼才』とまで称えられているのであって―

 

 

 

「貴方は?」

「え?」

「貴方の思う、『本当に強いデュエリスト』ってどんな人なの?セリ・サエグサさん。」

「俺の思う、強いデュエリストは…」

 

 

 

だからこそ、己の中に確固たる『強いデュエリスト』の像を持つ紫魔 スミレが、今度はセリへと問いかける。

 

それは、これまでセリと対話を続けてきた彼女からすれば。セリの言う『本当に強いデュエリスト』という定義が、イコール【王者】ではないと言う事などとっくに理解しているが故の聞き返しなのだろう。

 

…【王者】を兄に持つ者とは思えない、その柔軟な理解と深い見解。

 

そう、【王者】の妹の口から、【王者】以外の『本物』を認める旨が飛び出したのだ。

 

そして、スミレからの問いかけを聞いて。セリの心に、即座に浮かび上がるのは他でもない―

 

 

…デュマーレで戦ったデュエル傭兵、ホトケ・ノーザン。

 

…デュエリアで戦ったサーカス団長、ハコ・ヴェーラ。

 

 

プロでもないのに、並のプロ以上の実力を持った…それこそトップランカー、下手をすれば【王者】にだって届き得るとさえ思えた、天上の力を備えたホンモノの猛者達。

 

そんな、セリはこれまでの強敵との戦いを思い出しながら…

 

 

 

「…以前は、プロデュエリストが『強いデュエリスト』って思っていました。けど最近は、プロじゃなくてもプロ並に強いデュエリストがいるって思い知ったんです。世界には、色んな思想を持ってそれぞれの道を極めた猛者が居る…だから、俺はまだ『本当に強いデュエリスト』ってのがどんな人間なのか、その『答え』を見つけられてはいません。なので、とりあえず今はプロ以外に強い奴が居ないかどうか探してるって感じですね。」

「プロ以外…」

「はい。理解出来ない程に強い、初めから勝つ事を義務付けられているかの様にとんでもない強さを持ったデュエリスト…そういった人に心当たりとかありませんか?もし居たら是非会ってみたくて…」

「理解できない程に強い…そうね…1人、先輩に心当たりがあるけれど…」

「え!?い、居るんですか!?しかも先輩ってことはまだ学生で!?け、決闘市にそんな人が!」

「えぇ、居る…いいえ、『居た』と言った方が正しいかしら。」

「『居た』…?」

「そう、過去形なの。残念だけれど麒麟さ…その先輩、去年亡くなってしまったから…決闘市を守って…去年、この街は色々大変で…」

「な…」

 

 

 

そう言いながら、どこか悲痛な顔を浮かべた紫魔 スミレ。

 

…一体、去年の決闘市に『何』があったのか。

 

それは先ほど、セントラル・スタジアムの前でマサタカ・テングウジが言っていた、『去年色々あった』という言葉に関連しているのであろうと言うことは、何も知らぬセリにだって容易に理解できることであるのだが…

 

…しかし、昨年の決闘市に、『何』があったのかを知らぬセリからすれば。

 

【紫魔】の妹すらも認めていたというその先輩が、既に亡くなってしまったというコトに対し…もっと早く決闘市に来て出会いたかったというという後悔が、ひしひしと浮かび上がりつつあり…

 

…常人の理解を超えた、天上の実力を持った猛者。

 

そうしたプロ以外で【王者】に匹敵するようなデュエリストなんて、見つかるだけでも希少すぎる出会いだというのに。しかも、ソレがこれまで自分が見向きもしていなかった『学生』で…それがまさか、『去年』亡くなっていただなんて。

 

…なんて勿体無い、なんでもう居ない…

 

そんな後に立たない後悔が、もっと早く決闘市に来たかったという思いをセリへと感じさせていて。

 

 

 

 

 

 

隣の席―

 

 

 

「…お嬢様…下民と親しげになさるなんて、後で憐造様に何を言われるか…」

「まーまースズナちゃん、スミレもまんざらじゃないみたいだし。」

「ッ!西園寺 アキラ…前々から、貴女には色々と言いたいことが募っていたが良い機会だ。貴女のような下民と、スミレお嬢様の身分の違いをこの場でじっくりと…」

「ひゃはは!つーかてーかなんつーか?チビっ子さー、さっきからセリのこと見下しながら従者&従者with従者って言いまくってっけど?今のセリたちにンな昔のアレコレなんて、関係ナシナシのナッシングだとチャン僕思うんだけどもだっけーどー?」

 

 

 

セリとスミレがアツい議論を交わしているその隣。

 

そこには、二人の会話をまるで見世物でも見ているかのように傍観している者が3人…いや、2人と、何やら別の心配事をしている少女が、1人居た。

 

しかし、意気投合して盛り上がっている、セリ・サエグサと紫魔 スミレとは打って変わって…

 

隣のテーブル席に座っていたデュマーレ校のゴ・ギョウと中央校の西園寺 アキラ、そして中等部である紫魔 スズナ達の雰囲気は、セリ達とは違い一触即発になりかけているような重めの雰囲気となっており…

 

 

…まぁ、その原因は火を見るよりも明らかなのだが。

 

 

そう、チャラついた雰囲気のゴ・ギョウと、ノリの良い西園寺 アキラにどこまでも反発するように。

 

この場で最も最年少の中等部生、紫魔 スズナが事ある毎にギョウやアキラに突っかかっていたのだから。

 

 

 

「大体さー、今日が初対面なんだからヘリクダるも何もナイっしょ。あの二人だって?ンなこと全く気にしてない見たいだしさー。」

「何を言うか無礼者!よいか、『原初の英雄』より続く紫魔家に、『冴草家』は従者として仕えることを許された下民の出!例え盟約から500年経っていようと、紫魔家に忠誠を誓ったその契りを違えることなど決して許されはしな…」

「でーもさー、スミレちゃんって【紫魔】の妹だけどあんま強くなさそうじゃん?」

「…は?」

 

 

 

しかし…

 

紫魔 スズナの、噛み付くような声を遮るように―

 

先ほどまでの浮ついていた言葉から一転、どこか冷たさすら感じさせる声で…スズナへと向かって、そう言葉を述べたデュマーレ校のゴ・ギョウ。

 

…アツい議論が交わされる隣の席で、一瞬空気が凍りつく。

 

そのまま、ゴ・ギョウの言葉が聞こえなかったかのように…

 

紫魔 スズナが、わなわなと唇を震わせながら…

 

 

 

「軟派男…貴様、いま、何と…」

「だからさー、セリだって自分より弱い子にヘーコラすんの嫌でしょーが。スズナたんだってえらそーだけど?ぶっちゃけ大した事ないよねって感じだすぃー?」

「ッ!?」

「ちょいちょーい、ギョウ君それはちょっと言い過ぎじゃー…」

「んー、これでもちょっとはオブラートに包んでるんだけどもだっけどぅー?大体、弱いドッグほどキャンキャンハウリングって言うじゃん?あ、デュマーレのことわざね、コレ。」

「…よわ…私を…よわい犬…だと?」

「だってスズナたん、【決闘祭】入賞もしてないんでしょ?つーか出てすらないんでしょ?」

「ッ…わ、私はまだ14歳で、【決闘祭】には出場できないだけだ!」

「ひゃは、ジーマーのガキンチョじゃーん!あ、そういえばスミレちゃんも【決闘祭】入賞してないんだっけっけ?あ、【黒翼】の息子は準優勝だったんだ。ひゃはは、でもあのチビドラクンが優勝できるほど強いとも思わなかったけどねー。」

「え、マサとリュウに会ったの?」

「うん、さっき。」

「あー、なるほどー…だからさっきマサの奴…」

 

 

 

そして、ゴ・ギョウの零した言葉に対し、何か思い当たる節があるかのような素振りを西園寺 アキラは見せたものの…

 

ゴ・ギョウとスズナの間に弾けた火花は、この一瞬で誰にも止められないほどの大きな火となりて、二人の間に大きな亀裂を生み出しつつあるのか。

 

…しかし、女性相手にこうまで厳しい口調でソレを告げるゴ・ギョウもまた、紫魔 スズナの態度にそうとう苛立ちを覚えていたという証明でもあるのだろう。

 

そう、態度は軽いものの、女性に対する接し方には常に気を配っている彼にしては…紫魔 スズナに対する今の態度は、とても許容できる範囲を超えているとさえ捉えられ…

 

 

 

「ま、はるばるデュマーレから出向いてきたけど?決闘市はしょーじき期待はずれだったってことで。んじゃ、チャン僕はそろそろオイトマしちゃおーかなって事でひとつシクヨロー。」

「待て!ここまで舐めた口を聞いた貴様を、私が無事に帰すと思っているのか?」

「いやいやいーや?そこは見逃してくれてアリガトーでしょ?…流&儀ぃとか?礼&儀ぃとか?チャン僕ってばそんなのに全く興味ナッシングなんだけどぅー…」

 

 

 

徐に、しかし苛立ちを隠さずに。

 

席を立ったゴ・ギョウは、そのままゆっくりとスミレに背を向けながら―

 

 

 

 

「雑魚が調子乗んなよ、メスガキ。」

「ッ!?」

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

「無礼者ぉぉぉぉぉおお!」

 

 

 

―!

 

 

 

弾けるように、爆ぜるように。

 

店内に突如響いたのは、紫魔 スズナが発した金切り声。

 

…ゴ・ギョウの放った最後の言葉が、彼女の短すぎる導火線を一瞬にして燃やし尽くしたのか。

 

舐めた態度を取った軟派男に、触発されるように席を立ち…そのまま派手なアロハシャツに掴みかかりそうな勢いで攻め寄りながら、紫魔 スズナはわなわなと怒りに震えつつ…

 

ゴ・ギョウへと向かって、更に弾ける。

 

 

 

「表へ出ろ軟派男ぉ!貴様に紫魔家への礼儀を教えてやる!」

「ひゃはは、悪いけどチャン僕、ガキとヤる趣味はナシナシのナッシングなの。自分の実力、理解してから喧嘩売ってきてちょ?ほんじゃま、サイナラー。」

「まて!逃げるな!」

「何?急にどうしたの!?スズナ、やめなさい!」

「離してくださいお嬢様!私は!この下郎に!礼儀というものを!」

「お、おいギョウ!なにしてんだよ!」

「んー?べっつにー?チビっ子に身の程教えてやっただけだけどー?」

 

 

 

また、隣の席が急に弾けたことで、流石に状況がおかしいと言うことに気が付いた様子のセリとスミレ。

 

…一体、何があったのだろうか。

 

議論に夢中になっていたが故に、隣で何が話されていたのかなど知らない二人からすれば…スズナが突然怒り狂って、ゴ・ギョウへと襲い掛からんとしているその状況は、全く理解など出来ない突然の場面であったに違いなく。

 

掴みかかろうとしているスズナを、紫魔 スミレが押さえつつ…捨て台詞を吐き捨てて去ろうとしているギョウを、セリ・サエグサが引き止めながら。

 

 

 

「ねぇアキラ、一体なにが…」

「あー…あのねー、スズナちゃんがいつもの調子で色々言ってたら、ギョウ君ちょっと怒っちゃったみたいで…」

「またなの!?スズナ、紫魔家に誇りを持つのはいいけれど、貴方は少し行き過ぎているっていつも言っているでしょう?」

「ですがこの男は私のみならずお嬢様まで愚弄して!」

「ホントの事言っただけでしょーが。スズナたんこそ、コッチの事なーんにも知らない癖に調子乗りすぎっしょ。喧嘩売るならちゃんと力の差理解してからにしよーねー?」

「貴様ぁ!」

「やめろギョウ!何煽ってんだよ!」

 

 

 

しかし、セリとスミレが止めてもなお。

 

ギョウとスズナの間の空気は、外の暑さのように益々ヒートアップしてしまうだけであり…

 

…お互いに引く様子も無いのだから、収拾などつくわけもないのは当たり前なのか。

 

まぁ、彼らがお互いにぶつかり合ったその原因が、自分達のことではなくそれぞれの相棒と主君のことであったのだから…一度火が付いてしまったその熱は、簡単に収まるわけもないのだろう。

 

…これ以上は、この状況を押さえてはおけず。

 

何よりギョウ達が起こした騒ぎを聞いて、何やらざわめき始めた店内の空気がこの状況をより一層重々しいモノへと変えていっており…

 

それに触発されて更にスズナとギョウの口論はヒートアップの兆しを見せ始め…

 

 

 

そうして…

 

 

 

「と、とにかく一度店の外に出て…」

 

 

 

店内の空気が、これ以上不穏になることを恐れたセリが。

 

 

状況を一旦変えようと、全員に外に出るように促そうとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

「見つけたぞテメェ!」

 

 

 

 

 

突如…

 

響き渡ったソレは、新たなる火種を予感させるような声であった。

 

そう、ギョウとスズナの喧騒を上書きするように、店内の空気を震わす声がこの場に高らかに響き渡り…

 

 

 

「…またややこしいのが…アキラ、貴女の所為?」

「えー?だってぇー、マサがさっきぃー、『デュマーレが喧嘩を売ってきた』ってメッセしてきたのぉー。…テヘッ?」

「可愛くないわよ。このトラブルメーカー。」

「イヤーン、スミレってば手厳しぃー!」

 

 

 

腹からではなく、まるで子宮から声を出しているかのような甘ったるい女の艶声を出してはぐらかす西園寺 アキラを他所に。

 

店の入り口の方から、セリ達の居る席へと向かってズカズカと肩で風を切って向かってきたのは他でも無い―

 

 

 

「ここで会ったが100年目!デュマーレ校のゴ・ギョウ、俺とデュエルだ!さっきの借り、倍にして返してやるぜ!」

「…うぃー?」

 

 

 

決闘学園中央校2年、天城 竜一。

 

先ほどセントラル・スタジアムで出会った、ゴ・ギョウに因縁を持ってしまったもう1人の学生が…

 

このややこしい状況に、更なる混乱を携えて現れたのだ。

 

 

 

そして…

 

 

 

「…いやいやいーや、チミとは対抗戦でデュエルするんでしょー?何で今?」

「このまま舐められっぱなしで帰せるかってんだよ!対抗戦の前に白黒つけてやるぜ!表出ろぉ!」

「待て天城 竜一!この下郎は私が蹴散らすのだ、貴様の出番など無い!下民は引っ込んでいろ!」

「うっせぇスズナ!雑魚はすっこんでろ!」

「な!?」

「はいはい、雑魚は雑魚同士でやりあっててちょ。どーせチミ達じゃ、チャン僕の相手にはならないんだからさー。ザーコ。」

「あぁ!?テメェ今なんつったぁ!」

「貴様ぁ!」

 

 

 

当事者以外が、予期した通りに―

 

爆発しかけていたこの状況を、更に悪化させる勢いで火に油をぶっ掛け始めた天城 竜一。

 

…それは彼もまた、デュマーレから来たゴ・ギョウに対して只ならぬ怒りを抱いているが故の憤慨。

 

しかし、何もこんなややこしい状況のときに現れなくてもいいだろうに―

 

この状況を見たセリが、思わずそう感じてしまったほどに。この悪化し続ける状況の下落は、彼にとってもどうしていいのかわからないほどの混乱に陥っているというのか。

 

 

 

「はぁ…やっぱりこうなった…竜一が来るといつも碌な事にならないんだから…」

「あはははは、リュウが来たらこうなると思ったんだー。あーおっもしろーい。」

 

 

 

また、ソレはセリだけではない。

 

何やら天城 竜一の事を良く知っている風なスミレとアキラも、この困窮した状況を止めることを既に諦めている様子を見せているではないか。

 

…それは彼女たちにとっても、天城 竜一という男の厄介さを良く知るが故の一種の諦め。

 

まぁ、この場に彼を呼んだのが、1人だけこの状況を面白がっている西園寺 アキラだというコトは置いておいても…

 

それにも増して状況は悪くなる一方であり、少しのこじれ合いが複雑に絡み合いながら取り返しのつかない状況へと向かっているこの場の雰囲気は、とてもじゃないが簡単に収まるような代物ではなくなってきているのは最早誰の目にも明らかな事。

 

 

そして―

 

 

 

「どーでもいいけど、雑魚とデュエルするつもりナッシングなんでー。んじゃ、チャン僕はさっさとオイトマしちゃいま…」

 

 

 

…悪化し続ける状況の中で、こじれ続ける雰囲気の中で。

 

コトの根源の1人であるゴ・ギョウが、無責任にも一足先に…

 

混乱を極めるこの状況から、更なる煽りの言葉を残して1人勝手に去ろうとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「やめろギョウ!いくら決闘市の学生が雑魚ばかりだからって、言って良いことと悪いことがあるだろ!」

「…あ?」

「…な…」

「…ひゃは…」

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

…誰もが、セリの言葉を理解していなかった。

 

そう、アレだけヒートアップしていた店内の雰囲気が、恐るべき速度で氷点下まで下がったのではないかと錯覚するほどに―

 

その、目に見えて凍りついたこの場の空気は、紛れも無くゴ・ギョウを叱責したデュマーレ校のセリ・サエグサから発せられた言葉によるものに違いないものの…

 

 

…しかし、この場に居る者の全てが。

 

 

セリの言葉を聞き間違いだったのかと、無意識に考えている様子を見せているのは先ず間違い無く全員が自分の耳を疑っているからこそなのか。

 

…まぁ、それも当然だろう。

 

何せ、『その言葉』を発したのが先ほどまで決闘市の学生を馬鹿にしていたゴ・ギョウからではなく…

 

ここまでそんな素振りを微塵も見せなかった、どちらかと言うと下手に出ていたはずの…

 

 

 

セリ・サエグサからだったのだから―

 

 

 

 

「…え?あれ…」

 

 

 

目を丸くし、言葉を失い。

 

あっけに取られているこの場の全員、その全員が視線をセリへと向けていて。

 

そして、急激に静まり返ったこの場の雰囲気と…全員からの視線を受けていてもなお、セリ自身は自分が今『何』を言ったのかを理解出来ていない様子を見せており…

 

…彼からすれば、あまりに失礼な事を言い捨てて逃げようとした腐れ縁の相棒に対し、急いで呼び止めと叱責をしただけのつもりだったのだろう。

 

しかし、ソレがどうしてこうも鎮まりかえってしまい…その注目が当事者たちではなく、自分自身に向いてしまったのか。ただギョウを呼び止めて、皆に謝らせようとしただけだというのに…なんで急に皆固まって、ポカンとしているのだろうか…

 

それが、セリにはどうしても…理解、できていない。

 

 

 

…すると。

 

 

 

「…ねーねーセリー。」

 

 

 

その沈黙を一番に破った、デュマーレ校のゴ・ギョウが…

 

 

 

「あのねー、チャン僕みたいな?ペラッペラな奴が『ああ言う』んならともかくだっけーどぅー…お前が?デュマーレ校でも?『黙ってればモテる』って言われてるのは…まっ、そういうとこなんだよねー。」

「…そういうとこって…いや、何でみんな固まって…」

「ま、後with先とか考えずに?しょーじきにハッキリ物言うお前の性&格は?チャン僕的には良いとは思うんだけどもだっけどー…まっ、ソレは後でみっちり教えてやるとしてー…」

 

 

 

呆れたように…諭すように―

 

先ほどまでの立場が逆転。まるでゆっくりと教え込ませるかのようにして、セリの両肩を掴みながらゴ・ギョウはそう語りかける。

 

…それは腐れ縁の彼からしても、こんな状況でセリの『悪い癖』が出てしまったことは予想外&想定外だったが故の諭しなのか。

 

周りの決闘市勢が、この状況を全く理解出来ていないこの一瞬に…

 

ただ一人だけ、場の雰囲気に影響されず…セリにゆっくり語りかけ、まるで周囲を『刺激』しないような立ち振る舞いのまま―

 

 

 

「…とりま、今はソレは置いといて…」

 

 

 

その手を、セリの肩から腕へと下ろした…

 

 

 

 

 

その瞬間―

 

 

 

 

 

 

「…逃げるぜぇぇぇぇぇぇぇえ!」

「ッ!?」

 

 

 

―!

 

 

セリの腕を無理矢理掴んで、勢いよくカフェから飛び出したゴ・ギョウ。

 

…それはまさに一瞬の出来事。

 

そう、誰もがあっけにとられたその瞬間に、ゴ・ギョウは場の空気の流れを無理矢理自分の元へと引き寄せて―

 

その生じた隙に、セリを引っ張って一目散に逃げ出してしまったのだ。

 

 

 

「…あっ、ま、待てこらデュマーレ共ぉ!」

「セリ・サエグサぁ!貴様も!生きては!帰さぁぁぁぁん!」

 

 

 

そして、ソレに触発されたようにして。

 

我に返った竜一とスズナが、逃げ出したセリ達を追いかけるようにして…続けざまに勢いよく、二人もカフェを飛び出し始めて。

 

…怒号を飛ばし、怒りを燃やし。

 

逃げていったセリとギョウを、一目散に追いかけ始め―

 

 

 

「…何が起こったの?」

「あっはっはっはっはっはっはっ!あー、おっもしろいねぇデュマーレの人って!」

「笑い事じゃないでしょう!?アキラ、元はと言えば貴女が竜一を呼んだから…」

「えー?アタシは呼んでないよー?ただぁー、マサにー、『デュマーレから来た友達とカフェでお茶してまーす!』って返信しただけだしー?けどまっさかリュウが来るとはねーあっはっはっはっは。」

「はぁ…そういうところよ。相変わらずトラブルメーカーなんだから…」

「いいじゃんいいじゃん、面白くなってきたんだし。…さってと、まーたドンパチ始まるよー。」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「まてゴラァ!逃がすかよぉ!」

「待てって言われて待つ奴いないっしょぉ!チビドラクンこそしっつこいよー!」

「ンだとゴラァ!」

「待てぇセリ・サエグサぁ!従者が!下民が!紫魔家に舐めた態度を取るなぁぁぁあ!」

「だから知らないってそんなこと!それより何でそんな怒ってるんだよ!」

「貴様ぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

決闘市の東地区―その、商店街の賑わうメインストリートのど真ん中で。

 

異国の地からやってきたデュマーレ校の学生2人が、決闘市では知らぬ者の居ない『悪い意味』で有名な男子生徒と…

 

これまた『悪い意味』で有名な紫魔家の少女に、あまりの喧騒を飛ばされながら追いかけられていた。

 

 

 

「おっ、まーたチビドラが騒ぎ起こしてるぞ?」

「ふふっ、今度は何をしでかしたのかしら。」

「おいおい、闇紫魔家のお嬢ちゃんも一緒にちょこまかしてんじゃねーか。」

「あの子いっつも怒ってるわね。スミレ様も大変ねぇ。」

「まったくじゃ。」

 

 

 

…それは周囲の人々が、どこか『慣れている』かのような視線を送る中での一幕。

 

そう、八百屋の主人も、魚屋の奥さんも、肉屋の倅も惣菜屋の老夫婦も。

 

もれなく全員が少々呆れながら零しているのは、騒ぎの尽きないここ決闘市の中でその騒ぎをいつも起こす側の学生が、『また』何やら騒ぎを起こしたのかという少しの呆れ笑いと野次。

 

 

…しかし、当の追いかけられているセリとギョウ、そして追いかけている竜一とスズナからすれば。

 

 

周囲の人々からの『慣れた』視線など気にしている暇もなく、それぞれが各々の立場の下、ただただ全速力で走り続けているだけであり…

 

 

そして…

 

 

商店街の1つの路地を、『天城 竜一』が走り去った後―

 

 

 

「…ん?お、おい、今のって竜一ヘッドじゃ…」

「ほ、ホントだ!竜一ヘッドが誰かを追ってたぞ!」

「またカチコミか!?今度はドコ校の奴らが攻めてきたんだ!?」

「チンロンさんに連絡だ!竜一ヘッドが、カチコミしてきた奴等を自ら追い回してるって!」

「よしきた!東校に通達入れろ!頭数揃えろぉ!『四神連合』へも通達だぁ!」

「ヘッドにばっか仕事させんなぁ!俺等も行くゾォ!『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)!出撃だぁ!」

 

 

 

―オォォォォォォォォォオ!

 

 

 

何やら…

 

とんでもなく不穏な掛け声が商店街の中に響き渡り―

 

 

 

 

 

 

「なぁギョウ…」

「ん?」

「あのさ…後ろなんだけど…なんか…追ってきてる人数が…」

 

 

 

逃げている最中…セリとギョウが、全力疾走を続けていたその中でのこと。

 

何やら、背後に感じる雰囲気に…只ならぬ変化を感じてしまったセリ・サエグサが、顔を少々青くしながら前を走るギョウへと向かってそう言葉を漏らしていた。

 

…それは背後から向けられる敵意が、先ほどまでの『2つ』から急激に増えたと感じてしまったセリが思わず一瞬振り向いてしまったが故の顔の青ざめ。

 

そして、セリの声を聞いて。

 

ゴ・ギョウが振り向いた…

 

そこには―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオ!

 

 

 

 

 

 

「な、なんだアレぇぇぇぇぇえ!」

「ちょぉぉぉぉい!シャレになんないっしょぉぉぉぉぉぉぉお!」

 

 

 

そこに居たのは紛れも無い、100や200では収まらないほどの超大軍。

 

雄叫びを上げ、走っている全員が『校章』と『色』は違えど決闘学園の制服を着ており…

 

―全員がもれなく、天城 竜一の後ろに並び立つように。

 

竜一が追っているセリとギョウを、『敵』かの如く追い立てているではないか。

 

 

 

「竜一ヘッドォ!『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)、参上だぜぇ!」

「俺等もお供しますぜぇヘッドォ!」

「竜一ヘッド!」

「竜一ヘッドォ!」

「お、おい!テメェらどっから沸いてきやがった!?つーか俺はお前らのヘッドじゃねぇって何回言ったらわかんだよ!」

「竜一の頭ぁ!『白虎西軍』!集合しやしたぁ!」

「竜一総長!『紅蓮卍朱雀』、揃ってますぜぇ!」

「ボス!『玄武会』、ここに!」

「ッ!?なんでテメェらまで来てんだ!?ってか何でこんな人数集まってんだよおい!」

 

 

 

そして、その場の代表格がそれぞれ状況を理解出来ていない天城 竜一へと声をかけたかと思うと。

 

…過ぎ去るバイク、走り去る者達。

 

次々と勢い良く、叫びながら天城 竜一を追い越していき―

 

 

 

「ちょ、おい待てテメェら!アイツらは俺がサシで…」

「ヘッドに手間ぁ取らせるなぁ!俺達で片付けるぜぇ!」

「頭に土産を届けるぜぇ!行くゾォ!」

「総長のために命張れェ!出動だぁ!」

「ボスの前に、奴等の首を差し出せぇ!」

 

 

 

―『ヘッドを舐め腐った奴等を許すなぁ!『四神連合』、行くぞぉ!』

 

 

 

―オォォォォォォォオ!

 

 

 

響き渡るは壮絶な雄叫び、異国の学生へと向けられる相応たる殺意。

 

 

…それは、『漢』の心を持った族の集団。

 

 

そう、去年の決闘市で巻き起こった、『あの』伝説の『血の夜』を経験した決闘市の東西南北4つの決闘学園の族による集合組織、『四神連合』が。

 

そう、東地区の『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)、西地区の『白虎西軍』、南地区の『紅蓮卍朱雀』、北地区の『玄武会』を筆頭にした、実に200もの下部組織を取り込んで一つとなった超巨大なりし『あの』学生連合が。

 

そう、『あの』伝説の『四天王』と呼ばれる4人の猛者を頂点にした、決闘学園高等部の不良集団たちによる決闘市の連合組織が…

 

 

 

 

今ここに、蘇ったのだ―

 

 

 

それはまるで、昨年に決闘市で起こった『あの』大惨劇…決闘市連合初代総長、鳴神 麒麟がその命を賭して終結させた、あの『血の夜』の再現なのだと言わんばかりに…

 

 

今、『あの伝説』が蘇らんと―

 

 

 

「だぁーうるせぇぇぇぇぇぇえ!テメェらいい加減俺に構うなぁ!」

 

 

 

…一体、去年の決闘市で『何』があったのか。

 

それは今『この物語』では語られない、『別の誰かの物語』なれど。

 

決闘市中の不良デュエリスト達が、たった2人のデュマーレ校の学生達を…

 

凄まじき勢いで、追いかけ始めたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

決闘市内、そのどこかの地区の裏路地―

 

 

 

「ハァ…ハァ…な、何なんだよ一体…」

「ひゃは、アリエネー人数居たよねマージで…チョー驚いたんですけどー…」

 

 

 

あの大軍を、どうにか撒いたセリとギョウが…

 

どこかもわからぬ裏路地に身を潜めつつ、その呼吸を静かに整えようと体を一時的に休めていた。

 

…突如増大した、自分達を追う者達。

 

始めは天城 竜一と紫魔 スズナだけだったはずなのに、少し目を離した隙にその数が尋常じゃない数に膨れ上がっていたのだから…突然変貌したその光景には、セリ達とて相当驚いたに違いないことだろう。

 

…一体、なんであんな数の学生達が自分達を追っていたのか。

 

その真相を知らぬセリからすれば、突然現れたとんでもない数の追っ手の圧力は相当の圧力を感じさせられた代物。一応セリ達とて、故郷であるデュマーレでギャングに追われるという、似たような経験をした覚えがあるとは言え…

 

これでは旅の目的を完遂するどころの話ではなく、決闘市に滞在することすらも難しいとさえ思え…

 

 

 

「とにかく、夜まで隠れてホテルに帰ろう。」

「ひゃは、リョーカイ。あんな奴等にこれ以上付き合ってらんな…」

 

 

 

そうして、セリとギョウがゆっくりと身を隠そうと立ち上がろうとした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「見つけましたよ百虎丸さん!コイツらが頭の探している奴等です!」

「ッ!?」

「マジマジマージか…」

 

 

 

休む間もなく―

 

隠れていたセリたちへと向かって、突如響いたのは『発見』を告げる追っ手の叫び。

 

…すると、1人の不良生徒の後ろから。

 

ドシドシという、地面を揺らす足音と共に…

 

セリ達の前へと、かなりの強者たるオーラを纏った、1人の巨大なる高校生がその姿を現したではないか―

 

 

 

「きさんらかぁ!竜一が探してるっちゅー、ワシのダチに舐めた口聞いた奴等はぁ!ワシゃぁ決闘学園西校で頭はっとる百虎丸っちゅーモンじゃ!竜一への手土産じゃ、『白虎西軍』の名に賭けて…オメェらの首、取らせてもらうけぇのぉ!」

「こ、こいつ…かなり…」

「ヤりそーだねぇ、こりゃ…」

 

 

 

それは学生らしからぬ膨らんだ巨体に、短く白い学ランを羽織った1人の巨漢。

 

坊主頭を見せつけながら、その腕にデュエルディスクを装着し…セリとギョウの居た裏路地の、その逃げ道を塞ぐように立ちはだかって。

 

…立ちはだかった強敵。見るからに強いと分かる強者のオーラ。

 

そう、デュマーレ校の双璧のセリとギョウが、思わず身震いを感じてしまったほどに―

 

彼らの目の前に現れたのは他でも無い、学生ではあるものの相当たる実力を感じさせる猛者であり―

 

 

 

また…

 

 

 

「…待てよ百虎丸…スー…フゥー…」

 

 

 

セリとギョウの背後―白学ランの巨漢が現れたのとは逆サイドから。

 

更なる男の声が聞こえてきたかと思うと、これまた相当たる強い重圧が裏路地の入り口を塞いでしまい…

 

そして、漂ってきた『煙草』の香りと共に現れたのは―

 

 

 

「なんじゃチンロン、きさんも来たんか。」

「当たり前だぜ…獲物、独り占めすんなぜ?竜一への手土産が欲しいのは…スー…ハァー…俺もだぜ。」

 

 

 

セリ達の背後から聞こえてきたのは、更なる猛者らしき一人の声。

 

それは上から下まで純真なる青色に染められた、一目で『特攻服』と分かるであろう漢字の刺繍と仰々しい龍があしらわれた服を着こなした…

 

怒髪天を突くリーゼントの、一目で『族』と分かる一人の男。

 

…その特攻服に、『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)の刺繍を刻み。学生の身で、キツめの煙草を吸いながら。

 

背後から現れたリーゼントの男は、セリとギョウへと立ち向かうと…煙草の煙を吐きながら、デュエルディスクを構えて言葉を零す。

 

 

 

「俺の名はチンロン・ヤクモ…『舞流雨怒羅魂』(ブルードラゴン)を率いる、決闘学園東校の番長だぜ…スー…フゥー…舐めんなぜ?」

「やばいぞギョウ…こ、こいつも相当の…」

「手練れだねだねー…つーかてーかどーなってんの決闘市、冗&談キッツいんですけどけどー…」

「やるしか…ないのか?」

「それなー…いちおー2vs.2だし?相手も学&生なんだからどうにかするっきゃないっしょ。」

「そうだな…」

 

 

 

挟まれた…逃げられない―

 

そう、隠れた矢先に休む間もなく、唯一残されていた退路が全て断たれてしまったこの現状。

 

そしてソレ以上にピンチなのは、デュマーレ校でもトップクラスの実力を持ったセリとギョウが…一目で『ヤバい』と感じてしまったほどの敵が、2人も同時に現れてしまったことに対して。

 

…この相当たるオーラを持った2人の学生達は、きっと自分達を見逃してはくれないだろう。

 

彼らの雰囲気から、ソレを嫌でも理解してしまったセリとギョウ。だからこそ、こうなってしまっては最早戦うしか彼らに逃げおおせる道はなく…

 

そう、例え現れた追っ手が、得体の知れぬ重圧を持った者であったとしても。

 

ソレがあくまでも『学生』であるというコトに、一種の活路を抱きつつ…デュマーレの彼らもまた、観念したようにデュエルディスクを構え始め…

 

 

 

しかし―

 

 

 

―ルールセレクト『リアル・ダメージルール』

 

 

 

「ひょ?」

「え?」

 

 

 

―ピピッ…という、普段は動作しないはずの自動ルール判定システムが作動したかと思ったその刹那―

 

セリとギョウのデュエルディスクが、何やら彼らも予期せぬ音と動きを始めたかと思うと…

 

今まで聞いたことの無い動作音が、2人のディスクから聞こえ始め、そしてディスクのルールもまた、今までセリとギョウが設定した事の無い代物へと勝手に変更されてしまったではないか。

 

それは紛れも無く…このデュエルにおけるルールが、通常のデュエルのルールとは異なったモノへと変更されたという証。

 

そう、デュエルディスクに内蔵されているルールの中から選ばれたのは、プロの試合でも遣われることなどほとんど無い、この世で最も危険だと言われている『リアル・ダメージルール』であって―

 

 

 

「リ、リアル・ダメージルール!?」

「ちょいちょーい!こんなルール設定したことナッシングなんですけどけどー!?」

「なんだぜ、リアル・ダメージルールは始めてかぜ?けど関係無いぜ…『喧嘩デュエル』はリアル・ダメージルールが原則…ここは決闘市、こっちのルールでやらせてもらうぜ!」

「じゃはは!チンロン、まさかきさんとタッグを組むことになるたぁのぉ!じゃが竜一の為じゃ!同じダチ持つモン同士…昔の因縁は水に流しちゃる!」

「そりゃコッチの台詞だぜ。…さ、いくぜ百虎丸、コイツらを…」

「ぶっ潰しちゃるけぇ!いくけぇのぉデュマーレ共ぉ!」

 

 

 

昂ぶる猛虎、猛る昇竜。

 

白学ランの恐るべき巨漢と、青特攻服のリーゼントが唸りを上げてセリ達へとディスクを構え始める。

 

…それはまるで、今まさに喧嘩でも始めようとしているかの雰囲気。

 

そのまま、百虎丸とチンロン・ヤクモが勢い良く自分のデッキからカードを引くと…

 

それは、あまりに突発に―

 

 

 

「くそっ!何なんだよこの街は!どうなってんだよ決闘市は!」

「ッ!セリィ!来るよ!」

 

 

 

―デュエル!!!!

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

決闘市の東地区―『霊園』

 

 

 

「竜一、何が起こっている。『四神連合』が総出で動くなど非常事態ではないか。」

『俺が知るかよ。なんかしらねーけどアイツらが勝手に…』

「知らないでは済まされん。お前は一応、麒麟の跡目を継ぎ4校を纏める者として奴等に認められているのだ。鳴神 麒麟の思いを無碍にするな…責任を持て、責任を。」

『だから俺は麒麟の野郎の跡を継いだ覚えは…』

「黙れ。」

『ぐ…』

 

 

 

決闘市が一望できる、東地区にある『霊園』で。

 

決闘学園中央校2年、【黒翼】の息子として広く知られている天宮寺 正鷹は…何やら決闘市を遠目に眺めながら、自らのデュエルディスクで静かに誰かと連絡を取っていた。

 

…いや、その相手は明らかか。

 

そう、受話器越しに聞こえてくる、その嵐を呼ぶかのような声の示す通り―電話の相手は紛れも無く、同じく決闘学園中央校2年の天城 竜一であったのだから。

 

…そんな彼は、強い口調と静かな轟き、その双方を言葉に織り交ぜながら。

 

今現在、この決闘市で勃発してしまった騒ぎに対し…その元凶である天城 竜一へと向かって、厳しくも諭すような言葉を連ねて冷静に言葉を伝えていて。

 

 

 

「…東西南北の決闘学園が総出で探しているのだ。デュマーレ校の2人などすぐに見つかるだろう。とにかく、お前は事態を最小限に抑える努力をしろ。でなければ、また『血の夜』のような事態になる。麒麟のような犠牲者を出したくはないのだろう?」

『けどよー、奴等も相当ヤるんだろ?逃げ足も早かったし、もうとっくに街から出たかもしれな…』

「四天王が現在交戦中らしい。奴等はまだ街にいる。」

『げ、マ、マジかよ…アイツらまで…』

 

 

 

現場に居なかったはずの天宮寺 正鷹が、どうして当事者である天城 竜一よりも詳しく状況を把握しているのかは今はひとまず置いておいて。

 

昨年の決闘市で起こった『騒動』を経験した彼らからしても、今この状況は想定外かつ予想外の喧騒となりつつあるのだろうか。

 

…このまま、騒ぎを大きくするわけにもいかず。

 

既に肥大し始めた決闘市の喧騒を、【黒翼】の息子である天宮寺 正鷹は静かに『霊園』から眺めつつ…

 

 

 

「態度はどうあれ奴等は強い。油断するなよ、竜一。」

『…おう。』

 

 

 

…と、そう伝えたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、白虎のと青龍のをヤッたか。いいだろう…相手にとって不足は無い!我が名は『劫火』の獅子原 火鳥!『紅蓮卍朱雀』の頭目にして、決闘学園南校を預かる者だ!」

「いっひっひ…独り占めはダメですよ火鳥さん。…デュマーレさん、私は決闘学園北校分園のリーダー、黒亀 真蒸…一応、玄武会のリーダーもしています。さて…説明は不要ですね?デュエルです、いっひっひ…」

「…ッ、ま、またさっきの奴等みたいな奴等が…」

「じょ、冗&談キッツいぜマージでさー…コッチは連戦しすぎて?そーとーヘロヘロだってーのーにぃー…」

 

 

 

先ほどまでとは、また違った決闘市のどこかの場所。

 

その、どれだけ逃げてきたのかすら分からなくなるほどに逃げ続けたセリ達の前に…再び、相当たるオーラを持った只ならぬ迫力の持ち主たちが、その行く手を阻もうと立ち塞がっていた。

 

…それはセリ達が先ほど戦った、東校の番長と西校の頭と比べても遜色無いほどに洗練された強者のオーラ。

 

そう、現れたのは紅に染められた学生服と学帽を着た、それ以上に目立つ真っ赤なマントを翻した燃え上がるオーラを纏う男と…

 

得体の知れない雰囲気を醸しだす、上から下まで真っ黒な学ラン…ある意味、一番学生らしい格好をした、しかしてあまりに学生離れした風貌と雰囲気を持つ、泥のようなオーラを持つ男であった。

 

 

 

(マズいぞ…俺もギョウも相当キツくなってきてるってのに…)

 

 

 

…そして、現れた猛者2人に対し。

 

セリは疲労と疲弊を隠せるわけもなく、息切れした体でどうにかその重い腕を上げてデュエルディスクを構えようと試みるものの…

 

しかし、先ほどの東校の番長と西校の頭との激しいデュエル、そしてここまで逃げてくる間に行った不良たちとの連戦に次ぐ連戦によって、セリとギョウの体に蓄積したダメージは相当深刻な量にまで達しそうになっているのか。

 

…逃げ、追いかけられ、隠れ、見つけられ―

 

また、立ち向かう為に行う全てのデュエルも、リアル・ダメージルールというプレッシャーが相まって。セリとギョウの体は、更なる猛者2人を前にしているというのにこの上なく重く…

 

けれども…そんなセリ達を意に介さず。

 

 

 

「満身創痍の奴等など私ひとりでも充分だが…白虎のと青龍のを破った奴等だ。ちょっと不安…ではなく、貴様にも手柄をやろう。以前の事は忘れ、手を組んでやるぞ、玄武の。」

「…いっひひ、ではありがたく、あやからせてもらいますよ火鳥さん。満身創痍でも、あちらさんは【フェスティ・ドゥエーロ】の1位と2位…百虎丸さんとチンロンさんを倒したのもマグレではありません…油断はできませんからね、『烈火』の息子さんである貴方が一緒ならば私も随分と心強いです、いひひ…」

「ふっ、竜胆の者らしく心にもない事を…だが竜一のためだ、油断なきようゆくぞ、玄武の。」

「えぇ、そこは一致してますものねぇ。我等が友、竜一君のために…全身全霊を尽くさせていただきましょうかねぇ、えぇ。」

 

 

 

デュマーレ校の2人へと向かって、無慈悲にデュエルディスクを構える更なる猛者達。

 

…絶対に逃がしてはくれぬ雰囲気、本気で首を取りに来る殺気。

 

こんな強者にそんなモノをぶつけられては、いくらセリ達と言えどもこのまま上手く逃げられるわけもないのか。

 

…だからこそ、どれだけ疲労困憊していようとも。

 

何もせずにやられるわけにはいかないのだとして、セリとギョウは重い体に鞭打ってデュエルディスクを構えるしかなく…

 

 

 

「くそっ!やるぞ、ギョウ!」

「りょーかい!」

「いっひひ…では…」

「ゆくぞ!」

 

 

 

―デュエル!!!!

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…はい…はい…えぇ、北地区の外れへと誘導を…そこで、私が直接叩きます…はい、では…」

 

 

 

喧騒が起こっている場所とは、打って変わって静かな決闘市の住宅街。

 

そこに、この騒動を巻き起こした原因の1人である中等部生…紫魔 スズナが、何やら碌でもない事を企んでいるかのような表情をして、どこかへと電話をかけていた。

 

…しかし、最初は憤慨してセリ達を追いかけていたはずの彼女が、一体どうして戦線から外れたこんな場所で企みごとをしているのだろうか。

 

その雰囲気から、セリ達への怒りを失っていないということだけは確かなものの…

 

それでも、どこか冷静に、かつ悪徳な顔をしてこうして『時』を待っているような彼女の雰囲気は、このヒートアップし続けている決闘市の喧騒とは真逆の雰囲気を醸し出しているではないか。

 

 

 

「ふっ…セリ・サエグサ…紫魔家に舐めた口を聞いた貴様は、決して生かしてこの街から出させん。」

 

 

 

子どもの喧嘩では済みそうもない、何やら度を超えた暴力の予感が…

 

未だ幼さの残る、紫魔 スズナから漂ってきているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたぜ。まさか奴等を全員倒すなんてな。」

「…ッ…ひゃは、まーたチビドラクンかよ。」

 

 

 

すでに日も暮れかけてきた、夕日が映える時間帯。

 

その決闘市の中央地区、セントラル・スタジアムの前で…

 

ここまで逃げ続けてきたデュマーレ校のゴ・ギョウと、決闘学園中央校2年の天城 竜一が、長い長い逃走劇の果てに、ようやく対峙を果たしていた。

 

 

 

「…つーかてーかなんてーか?どうなってんさこの街はー。襲ってくる奴等全&員?馬ッ鹿みたいに強い奴ばっかりだったしさー…」

「当たり前だ。この街のデュエリストは全員…デュエルに命賭けてるバカな奴らばっかだ。この街は…テメェらと違って、気合も信念も何もかもが違うんだよ。」

「ひゃは、気合&信念ねー…」

 

 

 

…それは奇しくも、今年度におけるデュマーレと決闘市でそれぞれNo.1になった学生同士の邂逅。

 

そう、逃げている中でセリとはぐれてしまったギョウは、何の因果か【5大都市対抗戦】を待たずして…このセントラル・スタジアムの前で、天城 竜一と邂逅を果たしてしまっていたのだ。

 

…しかし、両雄共に【祭典】の頂点に立った男達とは言えども。

 

その立ち姿はどこまでも対照的であり、特に今のゴ・ギョウの姿はこれまでの逃走劇とリアル・ダメージルールによるデュエルの所為で、見るからにボロボロで見るからに疲弊している姿ではないか。

 

…フラフラして足元がおぼつかず、服も汚れ生傷だらけの今のゴ・ギョウのその姿。

 

しかし、ソレも当然で…

 

そう、ここまでの彼の逃走劇は、想像を絶するような戦いの連続であったのだから。

 

 

…襲い来る敵は全てが強敵で、どのデュエルも油断したら即敗北に繋がるような緊張感のあるデュエルばかりを、逃げ始めてこれまでずっと行ってきたゴ・ギョウ。

 

 

『四天王』と呼ばれていた東校の番長、西校の頭、南校を預かる者、北校分園のリーダー。

 

 

彼らとのデュエルは2vs,2とは言え、デュマーレ校の双璧であるセリとギョウを寸前の所まで追い詰めてくるような、これまで彼らが体験したことのない強さをありありと見せ付けてきたのだ。

 

…強かった…本当に、強かった―

 

これまでお互い以外の同年代には追い詰められた経験の無いセリとギョウからすれば、この街の学生達の強さは異常とも思えるような代物だった。

 

何せ自分達の『力』はプロに行っても通用すると自負していた彼らにとっては、自分達の実力と才能に匹敵する『力』を持った学生が他にゴロゴロ存在しているだなんて、これまで微塵も思っていなかったのだから。

 

…デュマーレ校でも相手になる者達が居なかった、これまでの彼らの歩んできた人生。

 

そう、自分達が苦戦する相手が居るとすれば、ソレは学生などでは断じてなくプロレベルの者だけであろうという自負が、彼らの中にあったのはまた事実。

 

…まぁ、ソレを思っても口にしないギョウは置いておいても、ソレを口にしてしまったセリの所為で今の彼らは『こんな目』にあっているのだが…

 

…それはともかくとして、そんな彼らの予想に反して―この街には、彼らの今までの常識を覆すような学生達がゴロゴロ存在していた。

 

その疲弊した頭で、ギョウは確かに思い出す…

 

自分がここまでボロボロになっているのは、『四天王』とのデュエルによるモノだけではないことを。

 

『四天王』の他にも、相当たる実力を持った者達とも戦った…その驚きの連続と、確かなる実力者たちとのデュエルを―

 

 

 

そう、セリとギョウを追い詰めたのは、『四天王』の他にも大勢おり―

 

 

 

 

 

―『逃がさないよ!アタイは南校2年、『火焔』の獅子原 メイコ!アニキの仇だ、余所者にデカい顔させるモンか!』

 

 

―『決闘市を舐めんじゃねぇ!俺が中央校筆頭の虹村 飛竜だ、相手してやんよ!かかってこい!』

 

 

―『あいあいあいあいあいあいあいあい!あ、でゅま~れどもぉ~!』

―『我ら、東校の双璧!『ヒル・ブラザーズ』が、あ!相手だぁ~!』

 

 

―『OBにまで世話焼かせるたぁ…テメェら、随分と俺の後輩を可愛がってくれたみてぇだな。俺ぁ森神 虎太郎。一応、『虎徹』っつー通り名でプロやってるモンだ。…ガキのケツ拭くなんざガラじゃねぇんだが…麒麟の遺言があるからな。後輩のケジメ、つけさせてもらうぜ。』

 

 

 

…強かった…本当に全員、強い者達ばかりだった。

 

それはこれまでの人生で、自分の相手になるのが腐れ縁であるセリ・サエグサくらいだったゴ・ギョウにとっては、故郷デュマーレでは対峙した事の無いレベルの猛者がごろごろ存在していた決闘市での戦いは、一体どれほど衝撃的な戦いの連続であったというのか。

 

そう、同じ年代で、そして同じ5大都市に数えられる街同士であるというのに―

 

この決闘市で出会った学生達が、軒並み全員油断など出来ない相当たる強さを持った者達ばかりであったことは、コレまで彼がどれだけ狭い世界で生きてきたのかを、コレ以上無いくらいに彼へと思い知らせてきたのだから。

 

だからこそ…

 

ゴ・ギョウもまた、改めて決闘市が5大デュエル大都市の中でもデュエリアと並んで1、2を争うデュエリストレベルを誇っているというその由縁と理由を、今更になって思い知ったのと同時に―

 

この騒動が起こる前まで抱いていた、決闘市の学生に対する『見下し』にも似た感情など、とうに捨て去って天城 竜一へと対峙しなおしていて。

 

 

…けれども、見るからに疲弊しているゴ・ギョウを前に。

 

 

天城 竜一は、どこまでも戦意を全開にするだけであり…

 

 

 

「けど、これでテメェに負けられねぇ理由が他にもたくさん出来たわけだ。アイツらは一応、俺とガチンコの喧嘩したダチだからよ…それだけじゃねぇ。ほかにもテメェらにやられてったダチが大勢いる。俺はダチがやられて黙ってられるほど我慢強くねーんだ。」

「最初からキレてたけどね、チミ。」

「っせぇ!…けど、もう邪魔は入んねぇ。…こっちもテメェを探し回ってヘトヘトだからよ、条件は五分と五分だ。負けても言い訳なんて出来するなよな?」

「…じょーだん。チビドラクンこそ、こんだけ満&身with創&痍なチャン僕に負けてもてもても?言い訳なんてしないでよねー。」

「はん、言い訳なんて誰が言うかよ。…その減らず口が聞けりゃ充分だ…ここで、テメェとの決着を着けてやるぜ!」

「…ひゃは、しつっこいけど…ま、仕方なうぃーねー、相手してやろーじゃん!」

 

 

 

一日中逃げ続け、そしてリアル・ダメージルールでデュエルし続けたギョウの体はもう限界。

 

しかし、自分でソレをわかっていてもなお―

 

ゴ・ギョウは、これが最後のデュエルなのだと言わんばかりの気概の下に。無理矢理その体を奮い立たせてデュエルディスクを構えるのか。

 

そう、最初に抱いていた、天城 竜一に対する『油断』などゴ・ギョウの中には既に無い。

 

あるのは、今目の前に立っているデュエリストはこんな猛者ばかりの決闘市において、その頂点に上り詰めた相手であるという、引き締め直した気概だけ。

 

…確かに天城 竜一も肩で息をしているため、彼も相当の疲弊はしているのだろう。

 

けれども…いや、だからこそ―

 

今この状況は、彼が自ら宣言したとおりに『五分五分』であるとギョウもまた認めている。

 

 

それ故、決闘市の象徴、ここセントラル・スタジアムの前で…

 

 

弱音など吐かぬ男同士の、決して引けぬ最後の戦いが。【5大都市対抗戦】を待たずして、『海の都』デュマーレの今年度No.1と、【王者】の集う街である決闘市の今年度No.1の戦いが―

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

今、始まる。

 

先攻は、デュマーレ校2年、ゴ・ギョウ。

 

 

 

「チャン僕のトゥァーン!カードを5枚伏せてトゥァーンゥエーン!」

 

 

 

ゴ・ギョウ LP:4000

手札:5→0枚

場:無し

伏せ:5枚

 

 

 

…デュエルが始まってすぐ。

 

その初期手札5枚を、全て伏せてそのターンを終えてしまったデュマーレ校のNo.1、ゴ・ギョウ。

 

…それは壁モンスターを出せないような、相当な手札事故を起こしてしまったが故の破れかぶれなのか。

 

普通であれば、最初から手札を全て伏せる行動のみでターンを終えるデュエリストなど余り居ない。そう、よほどの手札事故であったとしても、壁モンスターなり何なりの必要最低限の展開をするのがある程度の力を持ったデュエリストのセオリーであり…

 

デュエルが高速化した現代においては、モンスターによる展開を何もせずにターンを終えることは、かなり珍しい展開と言えるというのに。

 

…ましてや、今ターンを終えたのは5大デュエル大都市に数えられる『海の都』デュマーレで、その頂点を勝ち取ったNo.1のデュエリスト。

 

そんな実力者が相当な手札事故を起こす事など先ず考えにくく、よっぽどの事がない限りこんな大胆かつ強引な手を取ることなどありえなく…

 

 

 

…そう、『よっぽどの事』が無い限りは―

 

 

 

「初っ端から手札を全て伏せるとはな…」

「ひゃは、壁モンスターも出してないし?一気に攻めるチャンスかも的な的な的な?」

「舐めんな!…【フェスティ・ドゥエーロ】の映像で見たぜ、ソレがテメェのスタイルだってな。ンな戯言に惑わされるほど、俺はテメェを知らないわけでも舐めてるわけでもねぇ。」

「ふーん…やっぱ油断なんて?してくれるわけナッシングってなわけねー…ひゃは、オモシレーじゃん。」

 

 

 

ゴ・ギョウの大胆なターンエンドを見てもなお、微塵も油断などしていない中央校の天城 竜一。

 

彼から感じられる雰囲気は、豪胆さの中にも相手への警戒を常に忘れない、獲物を見定める竜のような息吹を感じられる代物とも例えられる代物とも言え…

 

…当初、彼は決闘市についたばかりのセリとギョウの事を、『本人』だと分かって声をかけていた。

 

それは紛れも無く、天城 竜一を知らなかったゴ・ギョウと違って。天城 竜一は、しっかりとゴ・ギョウの事を調べ上げていたという証拠でもあり…

 

 

 

「テメェが俺のデュエルを知らなくても、俺はテメェのデュエルを知っている!だからこの勝負、速攻でケリつけてやるぜ!俺のターン、ドロー!」

「ひゃはは!だったらコッチも遠慮なんて?最初ッからしなくても良いってわけっしょー!?このスタンバイフェイズに罠カード、【砂塵の大嵐】をはっつどぅー!自分の伏せカードを?2枚も破壊しちゃいまー!」

「チッ!いきなり来やがったか!」

 

 

 

だからこそ、ゴ・ギョウもまた最初から様子を見ることなど行うはずもないのか―

 

天城 竜一の、微塵も油断などしてくれないその清清しいまでの態度を間近で感じて。ゴ・ギョウもまた、ターンが移り変わってすぐに伏せていたカードの発動を宣言し始め…

 

 

…巻き起こるは荒れ狂う双刃、吹き荒ぶは双頭の竜巻。

 

 

そのまま、彼の軽すぎる宣言の通りに。まだ何も場に出ていないことから、双頭の竜巻は『相手』ではなく『ゴ・ギョウ自身』の場の伏せカードを瞬く間に破壊していく。

 

 

 

そして―

 

 

 

「チャン僕の方だって、ゆっくりじっくり付き合ってやる気は最初ッからナッシング!ソレがお望みなんならばー?速&攻で片付けてやんよ!破壊した【アーティファクト-カドケウス】と?【アーティファクト-デスサイズ】の効果はっつどう!相手ターンに破壊しちゃったからして?カドケウスとデスサイズをチャン僕の場に特殊召喚しちゃいまー!」

 

 

 

―!

 

 

 

降り注ぐ…

 

 

遥か空から、2つの巨大なる武具を携えし神影が―

 

 

 

【アーティファクト-カドケウス】レベル5

ATK/1600 DEF/2400

 

【アーティファクト・デスサイズ】レベル5

ATK/2200 DEF/ 900

 

 

 

それは人型の影に構えられた、巨大なる杖と巨大なる鎌の2対。

 

 

『アーティファクト』―

 

 

古代の叡智によって生み出された、人知を超えた幻の武具の総称であるソレらのモンスター群。

 

モンスターでありながらも、魔法・罠のようにセットできるという特異な効果を持つソレらは…まさに神のよって造られし武具の呼び名に恥じぬ、相応たる効果を備えたカードと言える存在であり、その真価は相手ターンに破壊されてこそ輝くという稀有なる効果を、ゴ・ギョウは出し惜しみすることもなく。

 

ただただ、ここに高らかにその軽すぎる言葉で宣言を行うのみ。

 

 

 

「デスサイズだと!?ってことは…」

「そのとりとーり!まずは先に出したカドケウスの効果で?デスサイズが特殊召喚されたため1枚ドロー!そんでもって次はデスサイズの効果もてっきおーう!このターン、チビドラクンはExデッキから?そう!Exモンスターだっせないんだよねー!」

 

 

 

更に…

 

この時代においては、『禁じ手』ともされるその暗黙の了解を、ゴ・ギョウはなんの恐れもなく宣言して―

 

…そう、『Exデッキ至上主義時代』と呼ばれるこの時代において、Exデッキを封じるというのは得てして外道の行う禁忌とされている傾向が、この世の中の風潮としては確かにある。

 

まぁ、別にソレもルールの範疇であるのだから、別段ソレが禁止行為であるというわけではないのだが…けれども、この世界に生きる『真っ当』なデュエリストならば、どこか暗黙の了解として、『Exデッキ』を封じる事は無意識の内に避けている傾向があるのもまた事実なのだ。

 

…それは果たして正々堂々なのか、それとも本能に刻まれた神の意思なのか。

 

ともかく、この世界に生きる『普通』の感性を持ったデュエリストならば、絶対に取らないであろう手をこんな初っ端から発動させて。

 

あえて相手が最も嫌がるであろう事を、ゴ・ギョウは堂々と恥じる事も無く適応させる。

 

 

 

「ひゃは!チャラく、うるさく、イヤらしくってーのがチャン僕のポリスィーてなわけで!ま、悪く思わないでちょ?何も出来ないからって、怒るのはちょい違うと思うすぃ…」

「それがどうしたぁ!速攻でケリつけてやるって言ったはずだぜ!【手札抹殺】発動!」

「ひょ!?」

 

 

 

しかし…

 

―そんなゴ・ギョウを、意に介さず。

 

 

 

「その程度で俺を止めたつもりなら随分甘ぇ!5枚捨てて5枚ドローだ!」

「チッ、少しは怯んで欲しぅいーねー!1枚捨てて1枚ドッロー!」

「まだまだぁ!【バイス・ドラゴン】を特殊召喚し、そのままリリースして【ストロング・ウィンド・ドラゴン】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ストロング・ウィンド・ドラゴン】レベル6

ATK/2400→3400 DEF/1000

 

 

 

天城 竜一の場に現れる、強靭なりし竜の一体。

 

名は体を現すと言うが、確かにその名に『竜』の名を持つ男らしく…制約を受けながらもドラゴン族モンスターを駆りながら、ゴ・ギョウに立ち向かうその姿はまさに天高く飛ぶ龍が如く。

 

地を這うだけに留まらず、辰へと到らんとするその気概が示すとおり…

 

 

 

「ひゃは、いきなり攻撃力3400の貫&通とはねー。その自信も?あながち嘘じゃナッシングってわけ?」

「当たり前だ!それにこんなモンで終わらせねぇ…テメェを倒すって宣言したんだ、俺の全力で、テメェを正面からブッ潰す!【竜の霊廟】発動!デッキから【トライホーン・ドラゴン】を墓地に送って、通常モンスターを送ったため更に【エクリプス・ワイバーン】も墓地へ送る!そんで【エクリプス・ワイバーン】の効果で、デッキから【ダーク・ホルス・ドラゴン】を除外するぜ!」

「アドバンス召喚したって事はもう召喚権はナッシング…Ex封じられて、切り札も出せないってのに何必死に…」

「俺の切り札はExモンスターじゃねぇ…このカードは、墓地の闇属性が3体だけの時にのみ特殊召喚できる!行くぜぇ!」

「ひょ?」

 

 

 

轟かせしは不退の雄叫び、溢れんばかりの竜の息吹。

 

それは今は小さき竜でも、内に秘めた『本性』は巨龍にも劣らぬ圧倒的な力の凝縮とでも言わんばかりの轟きが如く。

 

…天に掲げるその手が行き着く先は、Exでは決してあらず。

 

そう、天城 竜一が掲げたその手と、竜の雄叫びが導く果ては紛れも無く―Exデッキではなく、手札へと向かっていて。

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

「怒りに震える逆鱗よ!歯向かう愚者を消し飛ばせぇ!」

「ちょ!ちょいちょい、その口上って…」

 

 

 

轟く咆哮、震える大気。重々しく変わっていく、天城 竜一のそのオーラ。

 

神の武具にも慄かない、小さき竜のその姿は彼が本当に『龍』の血を引いているのではないかと錯覚するほどの圧力となりて…

 

戦いの気配の密度の濃い、ここセントラル・スタジアムの前においても、その存在の証明をここに高々と見せ付けている。

 

…聞こえてきたのは、先日ゴ・ギョウがその耳で直接聞いた、『あの口上』と一字一句全く同じモノ。

 

そう、その雰囲気までもが瓜二つの咆哮に導かれ。

 

 

 

ソレは、今ここに―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来やがれぇ、レベル7!【ダーク・アームド・ドラゴン】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時…

 

大地が、震えた―

 

現れたのは黒き暴竜、怒りに震える巨大な体躯。

 

力を纏いし豪き腕を、その身に秘めた怒りによって振り下ろし全てを壊し尽くすという…

 

まさに暴力が化身となった、怒り狂う『力』の象徴として名高き一体の巨大なる竜の姿。

 

…Exモンスターでもないこのモンスターの事は、きっと世界中の誰もが知っている。

 

そう、このモンスターがエクシーズモンスターへと進化した【撃滅龍 ダーク・アームド】は、何を隠そう【王者】と同格と称えられし『逆鱗』の『名』そのモノ。

 

つまりは、この【ダーク・アームド・ドラゴン】こそ…『逆鱗』の、若かりし頃の切り札として広く知られたモンスターなのであって。

 

 

 

【ダーク・アームド・ドラゴン】レベル7

ATK/2800 DEF/1000

 

 

 

「うっそマジ『逆鱗』!?…いんや、エクシーズじゃないから違うのは分かるんだけどもだっけーどー…」

 

 

 

…だからこそ、繰り出した切り札と共に変化した天城 竜一の、その重々しいオーラを間近で感じて。

 

ゴ・ギョウの脳裏には、以前にも感じたことのある感覚が不意に蘇ってきており…

 

…今の天城 竜一から感じられるのは、先日デュエリアで直接邂逅した、あの【王者】と同格と称えられし一人の『男』と同種の雰囲気。

 

 

…あまりに重いその雰囲気、あまりに強いその気配。

 

 

それは『あの男』の重圧を、間近で直接ぶつけられたゴ・ギョウだからこそ理解できる感覚でもあるのか。

 

そう、今の彼の姿はまさしく…

 

 

 

 

 

『逆鱗』と、瓜二つということであって―

 

 

 

 

 

「ゴチャゴチャうるせぇえ!ダーク・アームドの効果発動ぉ!墓地の【バイス・ドラゴン】を除外して、【アーティファクト-カドケウス】を破壊ぃ!もいっちょ【トライホーン・ドラゴン】を除外して、【アーティファクト-デスサイズ】も破壊だぜぇ!」

「ちょ、ちょいちょいちょーい!切り札がExじゃないなんて聞いてナッシングなんですけどー!」

「ンなモン俺を知らないテメェが悪ぃんだろうがぁ!いくぜぇ、バトルだ!ダーク・アームドでダイレクトアタック!」

 

 

 

迫り来るは進撃の轟き、光を砕く孤高の雄叫び。

 

その、『逆鱗』に瓜二つの迫力を纏った天城 竜一の雄叫びが…

 

 

 

「喰らいやがれぇ!冥龍崩天撃ぃ!」

 

 

 

モンスターの居なくなったゴ・ギョウへと、無慈悲にも襲いかかり―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

決闘市、北地区―

 

 

 

「…来たか、セリ・サエグサ。」

「君は…紫魔…スズナ…」

 

 

 

その、北地区の外れにある小高い丘でのこと。

 

日も暮れかけた夕刻に、ここまで我武者羅に逃げ続けてきたセリの前へと…

 

何の因果か、ここへ来てこの騒動の元凶の1人でもある少女…紫魔 スズナが、目の前に立ちはだかっていた。

 

…それは襲い来る不良集団たちを相手に大立ち回りを繰り返しながらも、どうにか人の気配のない丘の上まで逃げられたとセリが思った矢先の出来事。

 

そう、満身創痍な状況に陥りながらも、どうにか逃げ切ったと思えたというのに…

 

まさか、一息つく間もなく。自分がここに来ることを予測していたかのように、紫魔 スズナが予め待ち構えていただなんて―

 

…そんな、悪い意味で裏切られたという感情を覚えてしまった、デュマーレ校2年のセリ・サエグサ。

 

息を乱し、肩で息をし…

 

今のセリの状態は息も絶え絶えで疲労も溜まり、何よりリアル・ダメージルールの所為で今にも倒れそうなほどのダメージを負っているのが傍から見てもわかる状態と言えるだろうか。

 

しかし、そんなセリの弱った姿を見てもなお…そのセリを、更に追い詰めるが如く。待ち構えていた少女の怒りは、この騒動が始まった時から何ら衰えていない厄介な代物となりて、堂々とセリの前へと立ちはだかっていて。

 

 

 

「待ちくたびれたぞ。しかし、よくぞここまで逃げ延びたものだ。私以外に倒されなかったことだけは褒めてやってもいい。」

「なんで…ここが…」

「ふっ、冥土の土産に教えてやろう。ここは決闘市の北地区、そして北地区は紫魔家の管轄で決闘学園北校は別名紫魔学園…分園などというゴミ溜めは別だが、貴様が北地区に迷い込んだという報告を受けたときから、北校の学生によって貴様はありとあらゆるところから監視されていたのだ。」

「なんだよ、それ…」

「北地区に迷い込んだのが『運』の尽きだったな。貴様の逃亡劇もここでフィナーレとなる…無論、私に倒されるというエンディングでな!」

 

 

 

そして弱ったセリの前に勇み立ち、すでに勝ち誇っているかのように得意げにそう語り始める紫魔 スズナ

 

そのどこまでも生意気な少女の言葉は、自分より年上のセリ・サエグサを前にしてもなお酷く見下し続けたままの、あまりに尊大で不躾な言動であり…

 

…世界に名立たる融合名家、『紫魔家』の規模の大きさをコレ以上無いくらいに遺憾なく発揮し。

 

そのまま紫魔家の中等部の少女は、デュマーレ校のNo.2へと向かって…

 

更に言葉を、続けるのみ。

 

 

 

「そして私はスミレお嬢様の側近であると同時に、血筋的には従姉妹でもある。つまり、私は本家に最も近い血筋というわけだ。…それがどういう意味かわかるか?」

「いや…」

「やはり下民は察しが悪い!つまり下僕たる『冴草家』の貴様は、紫魔の私に絶対に勝てぬという事だ!低俗なる従者の家系が、紫魔家に楯突こうなど片腹痛い!デュエルだ、身の程を教えてやる!」

 

 

 

この時を待っていたのだと言わんばかりに―

 

スズナはデュエルディスクを構えつつ、セリへと向かって甲高く吼えるのか。

 

…どこまでも上から目線を崩さぬ、尊大なりしその態度。

 

一体、彼女をここまで思い上がらせるその元凶は何なのか。疲弊しているセリに対し、益々その怒気を増していく彼女の姿は、とてもじゃないが中等部の幼い少女が発するモノにしては過ぎた代物であり…

 

そのまま彼女は、主に無礼を働いた下等なる男を一方的に嬲るがの如く。

 

更に言葉を、続けるのみ。

 

 

 

「本当はあの軟派男も片付けたいところだったが、従者の分際で紫魔家に舐めた態度を取った貴様が最も許しておけん!下民風情が、古の盟約を忘れるなど驕りたかぶるな!」

「だから、さっきから従者とか下民とかって何なんだよ!そんなこと、俺には関係の無…」

「うるさい!さっさと構えろ、そして自らの立場を思い知って散るがいい!この下民が!」

「くっ…話が通じない…やるしかないのか…」

 

 

 

有無を言わせず、聞く耳を持たず。荒ぶる少女の咆哮と、疲弊した少年の焦燥が小高い丘に消えて行く。

 

…だからこそ、相手が全く話を聞いてくれないのならば、セリとて戦うしか道はないのか。

 

正直体はもう限界、そして相手は中等部とはいえ紫魔家の上位の人間の1人。紫魔 スズナの溢れ出る自信を見れば、セリの疲弊した頭にもソレが嫌でもわかってしまうのか。

 

…きっと、幼いとはいえ相当の実力者に違いない。

 

そう、彼女から満ち溢れるその自信の現れは、きっと名家の名に恥じない相当の実力を持っているからこそその身から溢れ出ているのだろう。

 

…そんな相手に、こんな満身創痍な状態でどれだけ戦えるかなどセリには全く分からない。

 

けれども、ここまで逃げてきたのにやられるわけにも行かないという奮いの下、セリもまたスズナに相対するようにデュエルディスクを構え…

 

 

 

そして…

 

 

 

こんな夕刻の人の居ない静かな丘の上で…

 

 

疲弊した少年と、怒る少女の戦いが…

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

今、始まる。

 

 

 

先攻はデュマーレ校2年、セリ・サエグサ。

 

 

 

「俺のターン!【マジシャンズ・ロッド】を召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【マジシャンズ・ロッド】レベル3

ATK/1600 DEF/ 100

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

現れたのは、セリのデュエルの始まりを飾る杖が如きモンスターであった。

 

それはセリのいつもの流れ。例え疲弊した今の状態であっても、使い慣れたそのモンスターをセリは即座に呼び出して。

 

しかし…

 

 

 

(くそっ、体が重い…頭が、回らない…)

 

 

 

いくらデッキが『いつも通り』に回ろうとしていても、セリの思考はその限りではなく…

 

…とは言え、ソレも当然か。

 

何せ天城 竜一と紫魔 スミレが激怒した昼前からこの夕刻まで、セリはずっと不良たちに追い回されてデュエルをしっぱなしだったのだ。

 

…しかも、体験したことのないリアル・ダメージルールにて。

 

発生したダメージに応じて、デュエルディスクから実際の電流が直接デュエリストへと襲い掛かるそのルール。

 

それはデュエルを重ねれば重ねるほど体にダメージを蓄積させていく代物なのだから、今のセリの思考は逃げ回った疲労感も相まってまるで鉛のようにとても重く…

 

また、ソレに触発されたのか。彼のデッキも、どこかいつもよりも感じられる気配が弱くなっていき…

 

 

 

「ロッドの効果で、【黒の魔導陣】を手札に加えてそのまま発動!デッキを3枚めくり、【マジシャンズ・ナビゲート】を手札に加える!…くそっ、カードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:5→3枚

場:【マジシャンズ・ロッド】

魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ2枚

 

 

 

…ソレ故、いつもならば更にデッキを回転させているセリにしては珍しく。

 

思うように動かない、その頭と体とデッキをどうにかこうにか動かしつつ…セリは今、不完全燃焼なるそのターンを静かに終えた。

 

 

 

「ははは!やはり下民はその程度か!融合使いの癖に融合しないとは、随分と低いレベルで生きてきたようだな!」

「…は?」

「偽物の融合使いに教えてやる!『融合召喚』とはこうするのだとな!私のターン、ドロー!」

 

 

 

すると、ターンが移り変わってすぐ。

 

あまりに無礼な言葉を吐きつつも、ソレをさも当然のようにして勢い良くカードをドローした中等部生の紫魔 スズナ。

 

それは彼女が、融合名家である『紫魔家』の中でも、特に本家に近い『闇紫魔』の家の出身だからが故なのか。

 

…その血筋によって、扱える『属性』が決められている紫魔家の者達。

 

その中でも、『闇属性』の紫魔家を統べる家柄の出である彼女のプライドは、この歳にして相当高いモノへと作り上げられている様子で―

 

 

 

「手札を1枚捨て、手札から【V・HERO ファリス】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【V・HERO ファリス】レベル5

ATK/1600 DEF/1800

 

 

 

呼び出したのは、幻影が如き英雄の1体。

 

 

『V・HERO』―

 

 

それはエレメンタルともイービルとも、マスクドともデステニーとも違う。

 

この世に広く知られている、『HERO』と呼ばれし紫魔家のモンスター達の中でも特に異質…

 

そう、モンスター自身が、『永続罠』になるというその特殊な効果も去る事ながら。モンスターゾーンと魔法・罠ゾーンを行き来するその戦い方は、まさに現れては消える陽炎が如く…

 

紫魔家の中でも扱う者の少ないと言われる、まさに特異なモンスターたちであって。

 

 

 

「いくぞ、ファリスの効果発動!私はデッキから、【V・HERO インクリース】を永続罠扱いにして呼び出す!」

「ヴィジョン…ヒーロー…」

「ふっ、私は紫魔家の中でも、最も本家に近い『闇紫魔』の出身!本家の影となる我が使命に相応しい、この幻影の英雄によって大人しく散るがいい!永続罠となったインクリースの効果発動!ファリスをリリースし、インクリースを特殊召喚!そしてインクリースの効果によって、デッキから【V・HERO ヴァイオン】を特殊召喚する!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【V・HERO インクリース】レベル3

ATK/ 900 DEF/1100

 

【V・HERO ヴァイオン】レベル4

ATK/1000 DEF/1200

 

 

 

「まだだ!ヴァイオンの効果発動!デッキから【E・HERO シャドー・ミスト】を墓地に送り、シャドー・ミストの効果でデッキから【E・HERO エアーマン】を手札に加える!そしてヴァイオンの更なる効果発動!シャドー・ミストを除外し、デッキから【融合】を手札に!…さぁ、貴様に見せてやる!我らが紫魔家の誇る、正真正銘『本物』の融合モンスターをな!」

「…本物?さっきから言っている意味が…」

「ゆくぞぉ!魔法カード、【融合】発動!場のインクリースとヴァイオンを融合!」

 

 

 

流れるようなデュエルの展開、叫ばれるは少女の遠吠え。

 

幻影を操る闇紫魔の少女の、その抑えきれぬプライドによって次々と現れる幻影の使者達が現れては消え消えては現れ。

 

…尊大な態度と偉そうな言葉使いを改めぬ彼女の展開が、この程度で終わるはずも無く。そう、セリ・サエグサへと言い放った、『偽物の融合使い』というその言葉が導くままに…

 

『闇属性』のみの融合しか許さてはいないものの、だからこそ『闇属性』に特化した闇紫魔の彼女の叫びが小高い丘に木霊して。紫魔家以外の融合使いを、全て『偽物』だとする本家の教えにただただ従い、彼女は更に甲高く叫び…

 

 

 

「幻影より生まれし久遠の使者よ!深遠の果てより姿を現し、愚かなる者に裁きを下せぇ!」

 

 

 

混ざり合うは幻と影、新たな幻影を生み出す魔力。

 

それはどこまでも異質なる奔流ではあるものの、神秘の渦の魔力はまさに今この地に新たな英雄を生み出そうとでもしていると言うのか。

 

…おびただしい程の魔力のうねりが、小高い丘を包み込む。

 

今、少女の叫びに導かれ。幻影なりし揺らめく霞に、英雄としての形が与えられながら…

 

 

 

ソレは、現れる―

 

 

 

「融合召喚!現れよ、レベル8!【V・HERO アドレイション】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【V・HERO アドレイション】レベル8

ATK/2800 DEF/2100

 

 

 

そうして降り立ったのは、漆黒の影より生まれし一体の英雄の雄雄しき姿。

 

それはまるで、彼女の崇拝する紫魔家の『融合』を、その身に体現しているかのような佇まいであり…

 

…自らのエースを、この序盤に早々に呼び出し。

 

疲弊しきっているセリへと向かって、紫魔 スズナは更に吼える。

 

 

 

「ふはははは!どうだ、これが本物の融合召喚というモノだ!貴様ら偽物の融合使いなど、我ら紫魔家の劣化に過ぎぬのだぁ!エアーマンを通常召喚し、その効果で2体目のファリスを手札に加える!更にアドレイションの効果発動!そこの小汚い杖の攻守を、エアーマンの攻撃力分だけ下げてやる!では…ゆくぞぉ!」

「くっ…また来るか!?」

「バトルだ!アドレイションで杖に攻撃!」

「…え?」

 

 

 

しかし…

 

 

 

(あれ、それだけ?…コイツ…なんだか…)

 

 

 

紫魔 スズナの勢いから、更なる『融合モンスター』が繰り出されるのではないかと身構えていたセリの意に反し。

 

高らかに攻撃宣言を叫んだ紫魔 スズナの声によって、2体のHEROの内の一体、幻影の英雄が【マジシャンズ・ロッド】へと襲いかかり…

 

 

 

「砕け散れ、セリ・サエグ…」

「罠発動、【マジシャンズ・ナビゲート】!手札から【ブラック・マジシャン】を、デッキから【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を特殊召喚する!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】レベル7

ATK/2100 DEF/2500

 

 

 

「足掻くな下民が!雑魚が残っていることには変わりない!アドレイションの攻撃ぞっこ…」

「そして【ブラック・マジシャン】の特殊召喚に成功したため、【黒の魔導陣】の効果も発動する!アドレイションは除外だ!」

「なっ!?」

 

 

 

…だからこそ、セリとてそんな単純な攻撃を、こんな簡単に喰らうわけもなく。

 

セリの場に現れた黒魔術師が、向かい来る幻影の使者へと向かって魔力を解放したその刹那…

 

スズナの前のめりな戦意を、真正面から迎え撃つかのようにして…なんと幻影の英雄が、魔導陣に飲まれてその場から消え去ってしまったではないか。

 

 

 

「貴様ぁ!下民の癖に私の攻撃を邪魔立てをするとは何たる無礼だ!」

「いや…さっき【マジシャンズ・ナビゲート】手札に加えてたんだからコレくらい…」

「黙れぇ!『冴草家』の従者風情が、紫魔家に楯突くなど許されざることだぞ!恥を知れぇ!エアーマンで、再び杖に攻撃ぃ!」

「ダメージ計算時に、手札の【幻想の見習い魔導師】を墓地に送って効果発動!【マジシャンズ・ロッド】の攻守を、2000ポイントアップする!」

「なに!?」

 

 

 

―!

 

 

 

「くぅ!?」

 

 

 

紫魔 スズナ LP:4000→3800

 

 

 

 

そして、返り討ちにされる。

 

どこまでも無防備に、どこまでも馬鹿正直に…

 

紫魔 スズナが、何の策もなく続けて攻撃を仕掛けたものの、しかし彼女はデュエルの流れを全くもって読み取れておらず。

 

子どものように喚き散らし、子犬のようにキャンキャンと吠え。その所為で、2体目のHEROすらも返り討ちにされて傷を負ってしまっていて…

 

 

…一体、何が気に入らないのか。

 

 

自身のエースをあっけなく消され、追撃を簡単に迎え撃たれ、そしてダメージを受けたことにより更に憤慨した様子を見せ始める紫魔 スズナ。

 

しかし、無礼も何もこれはデュエルなのだから、向かい来る攻撃に対しセリが反撃の罠を仕掛けることなど当然の事だというのに…

 

そう、前のターンに、セリが【黒の魔導陣】を発動するのも【マジシャンズ・ナビゲート】を手札に加えるのもスズナは見ていたはず。

 

…まさか、【黒の魔導陣】の効果を『知らなかった』と言うのだろうか。

 

もしそうならば、ソレは彼女が自らのレベルの低さを自ら証明しているようなモノなのだから、こんなにも無警戒に攻撃をしかけ返り討ちのされたのだって、どこからどう見ても彼女の落ち度に違いなく。

 

 

 

「く、セリ・サエグサ…紫魔の私に傷をつけるとは何たる無礼を…」

「デュエルなんだから当然だろ。馬鹿正直に向かってくる方が悪い。」

「なっ、ば、馬鹿…だと…?きき、貴様ぁ!下等な融合使いが、紫魔家に何たる口の聞き方かぁ!」

「…」

 

 

 

喚く少女のその姿は、例えるならば吠える子犬。

 

そう、セリの手札も、伏せカードも、何もかもを警戒せずにただただ勢いで突き進んでいる彼女のソレは、セリからすれば全く恐さを感じないただの駄犬の遠吠えの如く…

 

…確かに、歳相応の単純さと言えばそれまで。

 

だが、これはあくまでもデュエルなのだ。接待などでは断じてないし、台本の決められたお芝居などでも断じてなく、だからこそセリが手を抜いてやる必要性も、現段階では全く持って存在しておらず。

 

ソレ故、思い通りに進まぬデュエルに。いくらスズナが怒ろうとも。セリはあくまでも泰然自若に佇むだけであり…

 

 

 

「くそっ、命拾いしたな!ダメージを受けたことにより、墓地から【V・HERO インクリース】と【V・HERO ミニマム・レイ】を永続罠として蘇らせる!…このターンは見逃してやる、だが次は無いぞ!私はカードを3枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 

紫魔 スズナ LP:4000→3800

手札:6→2枚

場:なし

魔法・罠:【V・HERO インクリース】、【V・HERO ミニマム・レイ】、伏せ3枚

 

 

 

そうして…

 

不本意な顔をどこまでも崩さず。

 

紫魔 スズナは今、恨めしそうな表情のまま自らのターンを終えた。

 

 

 

「…俺のターン、ドロー。」

 

 

 

そして、確かに。

 

紫魔 スズナから感じられるオーラを、今改めて分析しつつ…デッキからカードをドローしつつ、自らのターンを向かえたセリ・サエグサ。

 

…疲弊はしている、疲労は溜まっている。

 

けれども、こんな最悪のコンディションに置かれていても―

 

何やら、一縷の望みが生まれつつあるのだということを察知したセリが、スズナへと向かってその重い思考で何かを考え…

 

 

 

「【ワンダー・ワンド】を【マジシャンズ・ロッド】に装備し効果発動!ロッドを墓地に送って2枚ドロー!そして魔法カード、【融合】を発動!場の【ブラック・マジシャン】と、【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を融合!」

 

 

 

重い思考をフル回転し、重い体を無理矢理奮わせ。

 

淀みなくカードを発動する、そのセリの叫びはまさに呪文を詠唱する魔術師が如く。

 

そう、例え相手が融合名家『紫魔家』の上位でも、ソレが負けてやる理由にはならないのだと言わんばかりに…いくら自分もデッキも疲弊していても、セリはどこまでも勇み立つ様に。

 

 

…現れるは、天に渦巻く神秘の奔流、魔力が渦巻く神性のうねり。

 

 

それはスズナに『偽者』と言い捨てられた、セリの持つ『融合』のEx適正によって…

 

 

 

「来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

 

 

現れしは、黒き魔術師が到達するであろう頂点の姿の一つ。

 

それはある一つの道を究めた、到達せし果ての姿であり…セリの場にて佇むは、弟子と一対となりてその魔力を極限まで高めた、魔術を極めし黒き魔法使い。

 

あくまでも尊大な態度を取り続ける、紫魔 スズナを睨みつつ。一対となった魔術師と弟子が、少女へと向かってその杖を向ける。

 

しかし…

 

 

 

「醜い融合モンスターだ、そんなモノ存在する価値など無い!罠発動、【激流葬】!その融合し損ないを破壊する!」

 

 

 

セリの融合を見たその刹那、またしても癇癪を起こしたように―

 

紫魔 スズナが、呼び出されたモンスターに反応する召喚反応型の罠を発動して、凄まじき激流の荒波を即座にセリへと襲い掛からせたのだ。

 

…セリの融合モンスターを、醜いモンスターを罵る幼い彼女。

 

それはこれまで彼女が生きてきた世界において、紫魔家の『融合』こそが絶対という価値観ゆえの言葉なのだろう。

 

そんな、典型的な『紫魔家』の思想に染まってしまっている少女の宣言により…

 

呼び出したばかりの超魔導師を、凄まじき奔流が飲み込んでいく。

 

 

 

「だが【激流葬】が発動したことにより、超魔導師の効果も発動する!デッキから1枚ドロー!そして破壊された超魔導師の更なる効果!デッキから【ブラック・マジシャン】と【ブラック・マジシャン・ガール】を特殊召喚する!」

「何!?」

「激流を超え現れろ、俺の魔術師たち!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【ブラック・マジシャン】レベル7

ATK/2500 DEF/2100

 

【ブラック・マジシャン・ガール】レベル6

ATK/2000→2300 DEF/1700

 

 

 

けれども、それでもセリは崩れない。

 

後続を切らさず、激流に負けず。セリの場に絶えず現れる、彼の黒き魔術師たち。

 

それは紫魔 スズナの幼稚な策など、全く持って障害にすらならないのだと言わんばかりの覇気を纏いて…キャンキャン吠える小さき駄犬に、力の差を見せ付けているかのように静かに魔力で浮かんでいるのか。

 

 

 

「ぐ…ぐぐ…貴様、どこまでも小癪な真似を…」

「…」

 

 

 

また、思い通りにデュエルが進まぬ所為で、更に癇癪を起こしているかのようなスズナのその姿。

 

ソレを見て、セリは先ほど感じたモノに心から確信を得た様子を見せていて…

 

 

 

(やっぱりだ、コイツ、他の奴に比べて大した事無い…)

 

 

 

セリが感じたモノ…それはここまでの応酬によって理解してしまった、彼女との力量の差について。

 

そう、デュエルが始まる直前に感じた『相当の実力』が、今の彼女からは全く感じられないのだ。

 

彼女から満ち溢れるその自信の大きさから考えれば、もう少し実力が高くてもいいはずだというのに…その強すぎる自尊心と高すぎるプライドの所為で誤認してしまいそうだが、実際の彼女は決してそこまで強くはないというのか。

 

今の彼女のデュエルは展開もずさんで攻撃も単純、挙句の果てに自滅でキレるという精神力の弱さを自ら露呈し喚くだけ。

 

…そんな彼女の姿をみれば、例えセリでなくとも気がつくだろう。

 

紫魔 スズナという少女の実力が、そこまで高くもない…と言う事を。

 

 

 

「調子に乗るなよこの下民が!貴様なんぞが、これ以上私に傷をつけられると思っているの…」

「まだだ!【黒の魔導陣】の効果により、お前の右側の伏せカード1枚を除外する!」

「図に乗るなと言っている!ソレにチェーンして罠カード、【威嚇する咆哮】発ど…」

「そうはさせない!墓地の【マジジャンズ・ナビゲート】を除外して効果発動!【威嚇する咆哮】の効果を無効に!」

「なっ!?」

「よし、これで恐い物は何もない!バトルだ!【ブラック・マジシャン】と【ブラック・マジシャン・ガール】で、紫魔 スズナにダイレクトアタック!」

「舐めるなぁ!罠カード、【死魂融合】発動!墓地のファリスとヴァイオンを除外融合!融合召喚、レベル8!【V・HEROアドレイション】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【V・HEROアドレイション】レベル8

ATK/2800 DEF/2100

 

 

 

「どうだ!これ以上意貴様に好き放題させるわけが…」

「だったら速攻魔法、【黒魔導強化】発動!ブラック・マジシャンの攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

「ッ、ば、馬鹿な!」

「行け、魔術師たち!闇のHEROを…撃ち砕けぇ!」

 

 

 

―!!

 

 

 

「うわぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

紫魔 スズナ LP:3800→3100→800

 

 

 

黒魔術師の師弟2体が、紫魔 スズナへと襲い掛かる。

 

…最初にスズナへと感じていた、強者の雰囲気など既にセリは感じてもいない。だからこそ、どこか吹っ切れた今のセリの魔術師たちの攻撃を、紫魔 スズナが止められるわけもなく…

 

どうにか呼び出した闇属性のHEROも、いとも簡単に蹴散らされ。そしてリアル・ダメージルールによって、デュエルディスクから発生した電流がスズナを襲う。

 

 

 

「くっ…あっ…」

 

 

 

そして、苦しげな呼吸で顔を歪ませ…意識が一瞬飛びかけたのか、地に膝をついてしまった紫魔 スズナ。

 

…半分以上ものLPを削るそのダメージは、およそ中等部の幼い少女が受けるには過ぎたダメージだったのだろう。

 

まだLPが残っているとは言え、ギリギリ意識を保ちつつも…相当の衝撃が彼女を襲ったのだろう、今にも倒れてしまいそうな程にその姿を弱々しくしてしまっており…

 

 

 

「お、おい、大丈夫か!?」

「ぐ…ぁ…セ、セリ・サエグサぁ…従者の癖に…私を見下すなぁ!」

「見下してなんかないだろ!お前、さっきから何がそんなに気に入らないんだ!主人とか従者とか、そんな昔の事今の俺達には関係のないことだって言って…」

「黙れ!盟約を忘れた愚かな一族よ、その態度が紫魔家に対する何よりの愚弄だと言っておるのだ!貴様の態度は私を下に見ている…私にはソレが許せん!従者如きが、紫魔家に尊大な態度を取るなぁ!」

「だからそんな盟約なんて知らないんだって!俺は親父から何も聞かされていないし、親父も兄貴も家族の誰もきっと何も知らない!本当にそんな盟約なんて存在しているのか!?」

「黙れ黙れ黙れぇ!紫魔家の掟こそ絶対の法!紫魔家以外は劣等種なのだ!紫魔本家がそう決めたことに、下民如きが異を唱えることなど許さぁん!」

「は、話にならない…【強欲で貪欲な壷】を発動。デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー…カードを1枚伏せてターンエンドだ。」

 

 

 

セリ LP:4000

手札:2→2枚

場:【ブラック・マジシャン】、【ブラック・マジシャン・ガール】

魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ2枚

 

 

 

…しかし、その姿を弱らせていても。

 

紫魔 スズナはその態度を改めようとはせず、どこまでもセリへと悪態を吐き続ける。

 

…それは彼女が、これまでの14年の人生でどっぷりと『紫魔家』という場所に染まってしったが故の思想なのか。

 

『紫魔家以外は劣等種』…そんな激しくも危険なる、あまりに思い上がった法を高々と叫び。

 

口を噤まぬ紫魔 スズナに対し、セリはどこかもう諦めたように…この無礼で不躾な口の悪い少女へと向かって、溜息にも似た呆れを吐き出しそのターンを終えるしかなく。

 

…自分がどれだけ言っても、この少女の心に言葉は届かない。それに、もう勝負はついている。

 

そう、経験が浅く、実力も足りないこの少女が、これ以上どんな抵抗を見せようとも。その全てを力で抑え込めると判断したセリは、体力の限界が近いその体をどうにか直立させつつも…

 

終わりの近いこのデュエルに、早くも終わりを見出している様子で…

 

 

…まぁ、そんなセリの姿は確かに、紫魔 スズナの『言う通り』にも見える姿ではあるのだろう。

 

何せ、いくらセリが否定しても…セリから『無意識』に醸し出される、スズナを下に見ていると言う事その態度は客観的にもみても紛れも無い事実。

 

…そう、あくまでも『無意識』。

 

セリには自覚がない…なまじ才能と実力と努力と研鑽を積んできた為に、若くしてプロでも上へ行けるレベルに到ってしまったが故の代償…

 

…決闘市中を逃げ回る羽目になってしまったこの騒動の原因とて、セリのその『悪い癖』が最大の原因であるというのに。

 

セリには足りない…他人を自分より下に見ているというのに、自分では対等に『扱ってやっている』つもりになってしまっている…その、自覚が。

 

セリからすれば、どんな相手も対等に『扱っている』つもり。しかし実際は対等に『扱ってやっている』という、その高すぎる自意識が生み出してしまった無意識の付加価値。

 

 

 

「私のターン、ドロー!まだだ…まだ切り札のトリニティーを出せれば貴様なんぞ!」

「まだ戦る気か…」

「当たり前だ!【増援】を発動し、デッキから2体目のシャドー・ミストを手札に加える!更にシャドー・ミストを捨て、手札からファリスを特殊召喚!その効果でデッキから【V・HERO ポイズナー】を永続罠にし、シャドー・ミストの効果でデッキから【V・HERO グラビート】を手札に!」

 

 

 

だからこそ、そんなセリの態度に触発されたのか。スズナがその弱った体に鞭打って、再び自らのターンを向かえる。

 

…けれども今の少女の姿は、一見すれば単なる足掻き。

 

力の差を理解していないのか、それとも薄々感じ取ってもなお今更態度を改めることなど出来ないのか…傍から見れば、少女のソレはただただ必死に抵抗しているだけの、喚き散らす子どもの癇癪にしか見えない代物であり…

 

確かに本家に近い闇紫魔の出身だけあって、彼女とてそれなりの力は備えてはいる。けれども、所詮は『それなり』に過ぎないだけで、デュマーレ校始まって以来の秀才と呼ばれる、全世界の高等部の学生の中でもトップクラスの実力を持ったセリ・サエグサと比べれは…

 

彼女とセリの実力の差に、天と地ほどの開きがあるのは最早紛れも無い事実であり…

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

「そして永続罠となっているインクリースの効果発ど…」

 

 

 

 

 

怒りのままに、喚きのままに。

 

 

 

悪あがきにも似た叫びのままに、スズナが更なる展開を行おうとした…

 

 

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

―オォォ…『尾』ガ…我ガ『尾』ガソコニ…

 

 

 

 

 

 

 

突如…

 

 

 

そう、どこからともなく―

 

セリの耳に、何やら声ならぬ『言葉』のようなモノが聞こえてきた―

 

それは歪んだノイズのような、それでいて鮮明な音のような…

 

そんなどう表していいのか分からない、揺らめく炎のような一瞬の声が。

 

今、確かに…聞こえてきて…

 

 

 

「ッ、い、今の声は!?お、おいスズナ!今何か聞こえ…」

「あ、頭の中に直接聞こえてきたような…くっ…」

 

 

 

そして…

 

 

 

 

突如聞こえた謎の『言葉』に、スズナが何やら頭を押さえた…

 

 

 

 

 

その瞬間―

 

 

 

 

―『尾』ヲ…カエセェェェェェェェェェエ!

 

 

 

―!!!!!!!!!!

 

 

 

「ッ!くぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

炎の弾ける渇いた『音』の様なモノが、瞬間的に小高い丘に反響したと思ったその刹那。

 

 

 

燃える…

 

 

 

そう、紫魔 スズナの体が、突如として凄まじき勢いで炎上を始めたのだ。

 

 

 

「なっ!?なんだよこれ!」

 

 

 

その突然の人体発火に、一瞬で頭が真っ白になってしまうセリ・サエグサ。

 

―何が、起こった…

 

目の前で確かに起こっている、そのありえない事象にセリの頭は理解が追いつかない。

 

だってそうだろう。デュエルをしていて、突然どこからとも無く不気味な声が聞こえてきたかと思うと、突然目の前の少女が立ち上った火柱に飲み込まれてしまったのだから。

 

信じられない…信じられるわけがない。

 

混乱の底へと叩き落されたその思考が、目の前で立ち上る炎に包まれたスズナを見て更に更に混乱し。目の前で幼き少女が炎に飲まれたその光景は、セリの目にはどれほどショッキングに映ったというのか。

 

 

…炎と共に掻き鳴らされるは、悲鳴にもならないスズナの声。

 

 

そんな、断末魔を上げる間も無いほどの威力で燃え上がる炎と…その炎から感じられる、人知の及ばぬような鈍重な圧力が、みるみる内に小高い丘に広がり始めたかと思うと。

 

 

 

ソレは、炎の中から…

 

 

再び、聞こえてくる―

 

 

 

―オオォ…感ジル…感ジルゾ…我ガ『尾』ヲガソコニィ…サエグサ…リンドウ…ハイラ…貴様ラ二奪ワレタ我ガ身体…『眼』ト『尾』ト『羽』…返セ…返セェ…

 

「な、なんなんだよこの声!?」

 

 

 

炎の中から聞こえてきたのは、先ほども聞こえた陽炎の声。

 

それは人間のモノではない、しかしどこか人間のモノのような…炎の中から、確かなる言語を持ってして聞こえてくるその声が、今確かにセリのファミリーネームである『サエグサ』の名を呟き…

 

そして、その声に連動して。紫魔 スズナを炎上させている、その立ち上る炎が更にその激しさを増したかと思われた…

 

次の瞬間―

 

 

 

『『尾』ヲ返セェェェェエ!永続罠トナッタ3体ノ『V・HERO』ヲ生贄二捧ゲルゥ!』

 

 

 

轟く爆風、弾ける陽炎。

 

炎熱が暴れ、凄まじき圧力を持った声が小高い丘に炎上する。

 

そして、宣言と共に炎の中から掲げられたその手は紛れも無く…今さっき炎に飲まれたはずの、『紫魔 スズナ』の手に違いないではないか―

 

しかし、感じられる気配は決して紫魔 スズナのモノではない。そう、スズナの形をした、けれどもスズナでは無いモノの声が…

 

 

 

 

『失楽ノ果テヨリ出デシ臨界!生キトシ生ケル全テヲ憎ミ!数多ノ命ヲ燃ヤシ尽クセェ!』

 

 

 

 

 

不気味なる声と共に、そして炎が弾けると共に―

 

 

 

 

 

 

 

 

今、現れる―

 

 

 

 

 

『イデヨォ!【神炎皇ウリア】ァ!』

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―それは、『炎』そのモノだった。

 

 

人間が踏み入ってはいけない領域。人間が理解などできない存在。

 

 

燃え盛る炎が竜の形をしているかのような、悪意に満ちたその炎圧。存在そのモノが燃え盛る『炎』で、存在そのモノが『燃える』という概念。大気を熱し、木々を燃やし、星その物を燃え上がらせる純粋なる炎そのモノ。

 

それはまさに灼熱なる炎の化身。その燃え上がる恐ろしき姿は、まさしく悪魔と称するしか例えるモノが見つからない、人の理解の追いつかぬ存在とも言えるのか。

 

この世にこんなモノが存在することなど、誰にも信じられないかのように…

 

その灼熱なる姿を一目見ただけで、大気も大地も木々も草も何もかもに火が付き始めるその光景。それはまさしく、この存在から駄々漏れているのが純粋なる『炎』という概念そのモノということであって。

 

 

 

 

 

【神炎皇ウリア】レベル10

ATK/0 DEF/0

 

 

 

 

 

「な…なんだ…このモンスターは…ッ!?グッ…か、体が…熱い…」

 

 

 

また、突如現れたその燃え上がる『炎』の悪魔を見て…まるで、体内に火が付いたかの如く、突然熱くなり始めてしまったセリの体。

 

…炎が近いからだとか、灼熱の大気を吸い込んだとかでは断じてない。

 

そう、突然現れたこの赫炎の悪魔に対し、何やらセリの体内で『何か』が起こっているようなのだ。

 

…それはまるで、セリの中にある『何か』が、あの灼熱の紅竜と呼び合っているかのような共鳴反応。

 

炎が腹の中で暴れているような、そんな経験したことのない苦しみが…

 

―突如として、セリへと襲いかかる。

 

 

 

 

『我ガ『尾』ヲ奪ッタ憎キ『冴草』!恩知ラズノ冴草 戎ィ!カエセ…カエセェ!【失楽園】ヲ発動シ2枚ドロー!ソシテ『ウリア』ノモンスター効果ァ!貴様ノ伏セカード1枚ヲ破壊スル!破滅炎上桃源郷ォ!』

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

赫炎なりし紅の悪魔から、放たれるは凄まじき炎砲。

 

ソレが、セリの場の伏せカードに直撃したその刹那―【聖なるバリア-ミラーフォース-】が、この世から消滅するかの如く破壊されてしまい…

 

 

…いや、『消滅するかの如く』ではない。

 

 

 

「ッ、カ、カードが燃え…」

 

 

 

そう、実際に燃えてしまったのだ―

 

デュエルディスクにセットされていたセリのカードが、ソリッド・ヴィジョンの映像をそのまま映し出したかのようにして…

 

デュエルディスクから弾き出されたかと思うと、そのまま空中でメラメラと炎を上げながら燃えてしまったではないか―

 

…それはまさに悪魔の所業。

 

この信じられない超常現象の嵐の中で、セリには到底理解が追いつかぬ事象が次々と繰り返される。

 

…紫魔 スズナが燃え上がったのだってそう、目の前に赫炎の悪魔が現れたこともそう、周囲の空気が灼熱となったのだってそう、小高い丘が燃え始めたのだってそう。

 

常人では決して理解など出来ないであろう超常現象が、今実際にセリの目の前で次々に襲いかかって来ており…

 

 

 

「あっ!?あれは!」

 

 

 

 

また…

 

 

 

赫炎の悪魔のふもと、今まで紫魔 スズナが立っていたその場所に。

 

 

 

炎を纏い、角を生やし、赤い尾を生やした…

 

 

 

『紫魔 スズナ』が、立っているではないか―

 

 

 

「スズナ!?な、なんだその姿は!?」

『マダダァ!【隣の芝刈り】発動ォ!デッキから44枚を墓地ヘ送ル!』

「44枚!?」

『『尾』ノ攻撃力ハ墓地ノ永続罠ノ1000乗トナル!【神炎皇ウリア】ヨ、ソノ炎ヲ燃エ上ガラセヨォ!』

 

 

 

【神炎皇ウリア】レベル10

ATK/ 0→44000

 

 

 

「攻撃力44000!?」

 

 

 

しかし、それだけではなく―

 

ありえない枚数の宣言が、ありえない数値の上昇が、ありえない宣言がスズナだったモノから発せられる。

 

…そう、デッキの残り枚数的にありえない。スズナのデッキから、44枚ものカードが墓地に送られる事など。スズナのデッキが、『増え』たりしない限りは。

 

 

また、ヤツがこれまで出したカードだってそう。

 

 

 

【神炎皇ウリア】、【失楽園】―

 

 

 

あの赫き化物が出て来る直前まで、紫魔 スズナの『2枚』の手札の内の1枚は確実に【V・HERO グラビート】だったはず。そうだと言うのに、奴が出したカードは【神炎皇ウリア】と【失楽園】の、存在しなかったはずの2枚であるのだ。

 

【隣の芝刈り】で墓地に送ったデッキの44枚だってそう。墓地に送ったその『全部』が『永続罠』であるだなんて、普通であれば絶対にありえないこと。

 

それはまるで、手札のカードがこの場で『変貌』をきたし、デッキのカードが『増長』したかの様であり…

 

 

…いや、そんな生易しいことでは無い。

 

 

つまりは、今セリの目の前で起こっている事象…赫炎の悪魔や、姿の変貌した紫魔 スズナ、カードが燃やされ消滅することも含めたその全てが…

 

紛れも無く、人知を超えた『超常現象』であるということであって―

 

 

 

「…な、何が起こってるんだ…」

 

 

 

理解が追いつかない、理解が出来ない、理解できるはずもない―

 

こんな超常現象が、突然目の前にいくつも発現したのだ。ソレは例えセリでなくとも、誰であろうと理解なんて出来るはずもない現象に違いないことだろう。

 

一体、何が起こっているというのだ…

 

全く持って理解が追いつかぬ、そんな超常現象のさなかで。渦中のど真ん中に居るセリが、混乱に次ぐ混乱の中で更に襲い掛かる混乱と混乱と混乱に、その思考がショートしそうになっていて―

 

 

 

 

 

…セリは、知らない。

 

 

 

 

 

いや、セリだけではない。

 

 

 

今、彼の目の前に居るソレが、かつて500年もの昔に世界を滅ぼそうとしていた悪災の化身だというコトを…

 

目の前にいる悪魔が、500年もの昔にこの地に悪魔を呼び出そうとした『男』の成れの果てだというコトを…

 

 

―誰も、知らない。

 

 

この『赫炎の悪魔』が、『憐藍の悪魔』、『輝雷の悪魔』と並び、紫魔家がこの地に封印している、世界を滅ぼす『紫の悪魔』こと【紫魔】の一部だということは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代においては、もう誰も覚えていないこと―

 

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

『冴草 戎ヨ、消エ去レェ!【神炎皇ウリア】、黒魔導師ニ攻撃ィ!極楽浄土劫火滅却ゥ!』

 

 

 

 

 

迫り来る熱線、襲い来る炎砲。

 

 

 

攻撃力を44000にまで上昇させた、大地を地殻まで撃ち抜くであろう果て無き悪魔の攻撃が。

 

 

 

紛れも無い『死』を伴って、赫炎の悪魔の嘆きの下に…

 

 

 

今、何のためらいも無く、セリ・サエグサと彼の黒魔術師へと向かって放たれ―

 

 

 

 

 

 

 

このままでは、死―

 

 

 

 

 

 

 

「や、やられるかぁ!罠発動、【ブービーゲーム】!そのダメージを0にす…」

『忌々シイィ!消エヨォ!』

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

凄まじき衝撃がセリを襲う、ダメージは0になっていると言うのに―

 

そう、セリがギリギリで発動した【ブービーゲーム】の効果によって、その戦闘ダメージは確かに0になってはいるものの…

 

しかし、炎熱の波動と見えない壁によって生じた余波が、セリの身をまるで実際にダメージが生じたかのように襲いかかってきたのだ。

 

…それはこれまで行ってきたリアル・ダメージルールの衝撃波の比ではない。

 

これまで喰らってきた相手のエースのダイレクトアタックなんかよりも、もっと重々しい衝撃波がセリの体を思い切り吹き飛ばしてしまった…

 

しかも、これでダメージは『0』。

 

…もしもコレにダメージが生じていたらと、きっとかすり傷のようなダメージ量でも命が危機にさらされていたのではないだろうか。

 

セリが、ソレを一瞬で悟ってしまったほどに…あの赫炎の悪魔から襲い掛かってきたその衝撃波は、いとも簡単にセリの心へと重く圧し掛かり…

 

 

 

「あ…ぐ…」

『オォォ…忌々シイ冴草 戎…貴様カラ『尾』ヲ取リ返シ…力ヲ取リ戻シ…復讐ヲ…我ヲ封印シタ、『シマ ユーレ』二復讐ヲ…』

「だから…冴草 戎って誰だよ…けど、シマ ユーレって確か『原初の英雄』…くっ…500年も前の英雄が、今も生きてるわけないだろ!そんな昔の人物、とっくに死んでる!」

『死…グォォォォオ!黙レェ…黙レェ!復讐ヲ…奴等二復讐ヲォ!冴草 戎ィ…貴様ノ罪、万死二値スル!』

「お、俺は冴草 戎じゃない!そんな昔の人間なんて知るもんか!」

『黙レェ!忘レタトハ言ワセン…貴様ノ罪ヲォ!我ニ逆ラッタソノ罪ヲォォオ!』

 

 

 

―!

 

 

 

乱れる…紫魔 スズナの姿をした、悪魔の怒りに相まって小高い丘の周囲の大気が。

 

それはまるで乱気流。悪魔の怒りが、実際に周囲の大気を乱れに乱してこの土地その物を怯えさせているのだろう。

 

…セリとて、相手が一応ギリギリで人の形を保っているからか、どうにか悪魔を前に立ち上がることが出来ているものの…

 

…けれども、決闘市内での逃走劇のせいか。既に限界の近いセリの体のは、いくらダメージが0となったとはいえ今の攻撃で悲鳴を上げているばかり。

 

 

 

危なかった…

 

 

 

もし破壊されたのがミラーフォースではなく、ダメージを0にする【ブービーゲーム】の方であったとしたら。

 

セリはこのターン、抵抗も空しく一撃で葬り去られていたに違いないことだろう。

 

…それは形容などでは断じてない。

 

そう、文字通りの『死』…今の悪魔の攻撃は、【失楽園】というフィールド魔法の異様な雰囲気に包まれながら、44000もの攻撃力という正真正銘の『死』を伴ってセリをいとも簡単に燃やしつくそうとしていたのだから。

 

 

 

『オォォ…【強欲な壷】ヲ発動シ2枚ドローォォォ…1枚伏セ、ターン…エンドォ…』

 

 

 

??? LP:800

手札:2→1枚

場:【神炎皇ウリア】

伏せ:1枚

 

 

 

恐い…

 

 

セリが感じているのは、抗えない根源的な恐怖の心。

 

だってそうだろう。デュエルをしていたらいきなり相手が炎上し、突然悪魔が現れて…そしていとも容易く、自分の命を奪おうとしてきたのだから。

 

 

 

(…ど、どうすれば…何をすればいい…こ、このままじゃ本当に死…)

 

 

 

…凄まじく変化し続ける状況の変化についていけない。常軌を逸した超常現象に理解が追いつかない。

 

これまで体験したことのない、ありえないこの状況と現状。そんな意味不明な事象が突然巻き起こってしまったなんて、セリにはとても理解が追いつかないのだ。

 

濃密にまとわりつく『死』の恐怖…

 

周囲は燃え、目の前には悪魔。そして悪魔に乗っ取られているかのような異形の姿をしたスズナを前に、セリの心はただただ混乱していくばかりであり…

 

 

―早く逃げなければ…デュエルを放棄しても、すぐに逃げ出さなければ。

 

 

デュエルを放棄することによって、リアル・ダメージルールがどんなペナルティを生じさせるかは分からない。いや、実際に目の前の悪魔が実体化しているかのようなこの重圧の前では、デュエルを放棄して逃げ出したところで逃げ切れるかはわからないものの…

 

けれども、このまま逃げ出す事もせずに立ち向かうだなんて出来るわけが無い―

 

…『死』の恐怖に駆られてしまったセリの心には、そんな感情が強く浮かび上がってきているのか。

 

スズナを見捨てることになる。しかし悪態ばかりついてきたあんな無礼な女なんてどうなっても関係が無い。いや、そもそも悪魔に乗っ取られているようなのだから、助けるもなにも無い―

 

そんな、逃げ出すのを邪魔する感情も自分には無いのだから、スズナを見捨てて逃げ出したって別にいいはずだとして。

 

 

 

(逃げなきゃ…殺される前に逃げ…)

 

 

 

震える足と恐がる心を、どうにか反転させようとしてセリが後ずさりしようとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

―『尾だ…尾を消し飛ばせ。』

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

諦めかけたセリへと―

 

聞こえてきたのは、先ほどの陽炎の声とは打って変わった…どこか優しさすら感じる、『別の誰か』の声であった。

 

…それは優しく包み込むかのような、晴れた日の大空のようなその雰囲気。例えるならば、正真正銘の『英雄』の声の色とでも言えるだろうか。

 

そんな、突如として聞こえてきた誰かの声は…

 

悪魔の威圧を今なお受け続けている、心の折れかかっているセリへと向かって。更に、ゆっくりとその言葉を続ける。

 

 

 

―『今の奴はハリボテにすぎない…『尾』を消し飛ばし、あの娘から『尾』を引き離して、ヤツをもう一度封印の場所に…『孤独』の牢に押し返すんだ。』

 

 

「な、なんだよこの声…ハ、ハリボテとか封印とか…い、一体何のことだよ…アンタは一体誰なんだ?あの悪魔みたいなモンスターの事を何か知ってるのか!?」

 

 

―『すまない、説明している暇はないんだ…今の当主に近い者が、『尾』を持っていた君と戦った所為で封印が弱まってしまったんだろう。まだ『その時』ではないというのに、君に尻拭いをさせてしまって本当にすまない…どうか、あの娘を助けてくれ。』

 

 

「い、意味がわからない…でも助けてくれって…な、なんで俺がアイツを…」

 

 

―『思い出すんだ…記憶に刻んだ、俺達の誓いを。』

 

 

「…ち、誓い?」

 

 

―『思い出せ…思い出すんだ。君だけじゃない…血を分けた子孫、スズナ…お前も、俺達の願いを…思い出せ。』

 

 

 

そうして…

 

 

大空のような声が、そう告げたその瞬間に。

 

突然、セリの頭の中にガラスを引っ掻くような音が鳴り響き―

 

 

 

見える…

 

 

 

浮かび上がる…

 

 

 

はっきりと、視えてくる―

 

 

 

自分のモノではない誰かの景色、誰かの記憶の様な情景。

 

そう、ガラスを引っ掻くような音と共に、セリの目に視えてきた…

 

 

 

 

 

それは―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―『冴草 戎ィィィィ!コノ恩シラズガァァァア!』

―『シャラァァァァアップ!いいからサッサと…成仏しやがれぇぇぇぇぇえ!【真紅眼の黒刃竜】で、【神炎皇】を攻撃ぃ!』

 

 

 

燃え盛る神の炎と、それを切り裂く黒き竜。

 

赫炎の悪魔に立ち向かう、煌く金の髪の少年。

 

 

 

―『ヤメロ…竜胆 ナガト…ヤメ…』

―『…ダメ。…貴方だけは、絶対に許さない!…【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】で、【幻魔皇】を攻撃!』

 

 

 

聳え立つ青き悪意と、それに歯向かう紫影の竜。

 

憐藍の悪魔に立ち向かう、儚き白き髪の少女。

 

 

 

―『灰羅 ルゥ!貴様、自分ガ何ヲヤッテイルノカ分カッテイルノカァ!』

―『にゃはははは、往生際が悪いよ先生!【雷神龍―サンダー・ドラゴン】で、【降雷皇】を攻撃ぃ!』

 

 

 

鳴り響く死の雷と、それを打ち破る雷電の龍。

 

輝雷の悪魔に立ち向かう、自由に跳ねる黒髪の少女。

 

 

 

そして―

 

 

 

―『志摩 遊零ェ!何故ワラカンノダ、人類ガ一度滅ビヲ向カエネバ、コノ世界ハ救エヌノダゾ!才能無キ無用ナ人類ヲ一掃シナケレバ、世界ハ崩壊シテシマウノダゾォ!』

―『先生…貴方は間違っている!この世界を生きるのに、特別な才能なんて必要ない!世界は俺達が…人間が!必死に!全力で!助け合って変えていくモノなんだ!』

 

 

 

聳える悪意、立ち昇る神威。

 

その巨大なる紫の悪魔に、勇敢に立ち向かうたった一人の『英雄』の姿。

 

…そう、神が如き悪魔の化身に、たった一人で対峙していたのは紛れも無い―

 

歳にして高等部くらいの1人の少年、しかして雄大な『大空』のような、まさしく『英雄』の如き勇気を持った1人の少年であって―

 

 

 

『行け、ゴッド・ネオス!紫の悪魔を…無明先生を倒せぇ!【E・HERO ゴッド・ネオス】で【混沌幻魔アーミタイル】に攻撃ぃ!』

 

 

 

神に届きうる光の英雄が、紫の悪魔に立ち向かうその光景…

 

その情景が、紛れも無くかつてこの地で起こった『戦い』であるのだというコトを…この光景を視ていたセリも、無意識に『真実』であるのだと理解する。

 

…かつてこの地で起こった、悪魔と英雄の凄まじき戦い。

 

御伽噺として現代まで伝わっている、『原初の英雄』の戦いの…その真実の光景が、今まさにセリの目に映っていて。

 

 

 

そして…

 

 

 

悪魔との戦いが終結し、セリの目に次に視えてきた光景は…

 

 

 

 

 

―『すまない…みんなを巻き込むことになって…悪魔を、皆の中に残してしまって…本当に、なんて言ったらいいか…』

―『HA、らしくねぇ事言ってんじゃねぇよ遊零!』

―『…みんなで決めたこと。遊零だけに背負わせない。』

―『そーそー、また遊零の悪い癖でてるよ?』

―『戎…ナガト…ルゥ…』

 

 

 

それは、紫の悪魔を倒した英雄が…

 

友と呼べる者達に、深々と頭を下げている光景であった。

 

 

 

―『俺達は仲間DA。これから先、何が起こっても俺達の絆は切れはしねぇ…そうだRO?』

―『…遊零が見た未来に…500年後に、また紫の悪魔が復活しても大丈夫。…きっと、未来の子達が私達と同じように…助け合って、何とかしてくれる。』

―『にゃはは、遊零の『未来視』ってちょっとの事で簡単に変わっちゃうもんねー。だからさー、その時まで繋ごってこと。もし紫の悪魔が復活した未来で、私らの子孫が仲悪かったら困るからさ。』

―『みんな…』

 

 

 

英雄の前に立つ3人の者達…

 

彼らのその姿と態度は、とてもじゃないが紫魔 スズナが言っていた『紫魔家に忠誠を誓った者達』といった姿ではない。

 

どこからどう見ても、『対等な友』…

 

そう、『原初の英雄』に力を与えられたとか、紫魔家に忠誠を誓ったとか…下僕だとか従者だとか、彼らの関係性ではそんなモノでは断じてないのだ―

 

…それは紫魔 スズナの言っていた、紫魔家に伝わる掟と歴史とは随分と違う真実の過去。

 

そしてソレが紛れも無い真実であると言う事など、理性で理解するよりも先に血に刻まれた本能でセリは理解しており…

 

 

…そのまま、遊零と呼ばれた少年は。

 

 

目の前に立つ、3人の対等な友へと向かって…

 

 

 

―『俺はここに誓う。戎、ナガト、ルゥ…どれだけの時間が過ぎても、俺達の絆は永遠だ。500年後に紫の悪魔の封印が解かれても、志摩、冴草、竜胆、灰羅…俺達の子孫が再びこの地に集い、きっと現れる『運命の英雄』と共に戦えるよう…皆で助け合いながら、正しい歴史を伝えることを俺は誓う。』

―『…プッ、相変わらず堅すぎるZE遊零。』

―『そーゆーとこなんだよなー、遊零がちょっとハズいって言われるの。』

―『…でも、そこが遊零の良い所。』

―『お前らなぁ…』

―『MA、けどよ、俺らも同じ気持ちだZE?』

―『…うん…また皆でここに…決闘市に帰ってこよう?』

―『そーだねー。子孫でもなんでもいいから、また皆で顔合わせようよ。』

 

 

 

確かに結ばれる真実の『誓い』、それが血の記憶によってセリの目に映し出される。

 

果たして…遠い先祖の結んだ『誓い』は、現代にまで伝わっているのか。そう、『助け合いながら』と言った、紫魔家の開祖たる『原初の英雄』の…その願いは。

 

…いや、紫魔家に伝わっている現在を考えると、その可能性は限りなく0に近いのだろう。

 

何せ『紫魔本家』の掲げる理念は、先にスズナが叫んだ通り『紫魔家以外は劣等種』という代物。けれども開祖、『原初の英雄』の心はどこまでも仲間との『助け合い』を主張しており…

 

この500年にわたる長い長い歴史の中で、紫魔家に一体どんな変化があったのか。

 

そんなこと、全く知る由も無いセリからすれば。いくら自分の家の名が『紫魔家』と関わりがあると知ったとは言え、戸惑いを感じるしか道はなく…

 

それに、『灰羅』や『竜胆』と言った名だって。セリには、全く聞き覚えなどなく…

 

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

―『あぁ、約束だ!』

 

 

 

 

 

『原初の英雄』の結ぶ誓いが、彼らのその血に刻まれる。

 

それは大空のような果て無き声と共に、限りない真実の盟約となりて…

 

決闘市の空へと、吸い込まれていったのだった―

 

 

 

―…

 

 

 

「…誓い…紫の悪魔を倒すための…仲間の…絆の…」

 

―『やれるだろ?お前なら。…大丈夫だ、お前ならやれるさ…助け合って、未来をつなげてくれ…頼んだぜ戎…いや、戎の血を引いてる、セリ・サエグサ…』

 

「あ、ちょ、待っ…」

 

 

 

そうして…

 

静かに消えていく気配と声。

 

セリにはわかる…その声は紛れも無く、先ほどまで見ていた『英雄』の少年と同じ声…500年前に存在した実在の人物、『原初の英雄』の声だったのだ、と。

 

とは言え、急にソレを見せられたからとは言っても。セリの心は未だ動揺を隠せずにいるままで、任せたと言われたところで混乱したままであり…

 

…そう、彼らの結んだ血の誓い。そんなモノ、かつての戦いから悠久の時が流れた時代に生きるセリにとっては、全くもって関係のないことと言えるのではないだろうか。

 

だってそうだろう。いくら先祖たちの間に切れない絆があったとはいえ、自分とスズナは今日が初対面。

 

更に悪態ばかりついてきて、自分を追い回してきたスズナを助ける義理なんて…自分には、全く持って無いはずではないか…と。

 

…だからこそ、あの光景を見せられたからといって、ソレを今まで知りもしなかったセリからすれば。

 

こんな意味のわからない超常現象に巻き込まれたからといって、ソレに真正面から立ち向かう義理など全くなく…まずは自分の命を最優先に考え、ここから逃げ出したとしてもソレはソレで至極当然の行動と権利であるはずなのだから。

 

…馬鹿げている…こんな神の如き炎の悪魔に立ち向かって、封印し直すだなんて出来るわけが無い。

 

何せ神の如き悪魔の重圧に中てられ続けている所為で、心も体も既に限界が近い。そんな状態で、義理も情も無い紫魔 スズナを助けるなんて…どうして自分がやならくてはならないのか。そんな感情が、今なおセリの心には浮かび上がっている。

 

そう、あの長い長い過去の回想、しかして『一瞬』の出来事だった英雄の追憶を見てもなお…

 

セリの心は、未だ折れかかったままで…

 

 

 

「…も、もういい…逃げろ…セリ・サエグサ…」

「え?」

 

 

 

しかし…

 

 

 

「逃げろ…はやく…」

「スズナ!?気がついたのか!?」

「私は…もうダメだ…」

「なっ!?」

 

 

 

悪魔の重圧に混ざって、聞こえてきたのは紛れも無く紫魔 スズナ本人の声であった。

 

…それは悪魔が発する陽炎のような声ではない。

 

そう、姿形はいまだ悪魔のままなれど、しかし確かに自我を取り戻したらしきスズナの声が、確かにスズナ本人の体から発せられたのだ。

 

…けれども、その声はどこまでも弱々しいまま。

 

まるで、今にも消えてしまいそうなその声…いや、確実に長くは持たないであろうその声が、スズナの口から確かに発せられ…

 

まるで、今生の別れのようにして。どこまでも痛々しく、セリの耳へと届けられる。

 

 

 

「お、おい!なんだよ、さっきまでの威勢はどうした!」

「…お前も…視たのだろう?『原初の英雄』の…誓いを…」

「お、お前もアレを…?」

「裏切っていたのは私だ…お前に、偉そうな口を聞いた私を…救う義理なんて…お前にはない…にげろ…私を置いて…」

 

 

 

悲痛なるも真理をついた、痛々しいスズナの声。

 

それは全てを諦めたかのような、それでいて自らのこれまでを心の底から恥じているかのような…

 

…しかし、その弱々しい声きっと、悪魔に乗っ取られた所為ではないのだろう。

 

 

スズナは言った…『お前も視たのだろう?』…と。

 

 

そう、セリだけではなく、スズナも視ていたのだ。『原初の英雄』とその友による、血に刻まれた真実の誓いの光景を。

 

しかし、ソレは言い換えれば彼女の今まで生きてきた『生き方』が、紫魔家の開祖である『原初の英雄』によって根本から覆されたということ。

 

あの過去の光景…真実だと『本能』が理解した血の記憶は、まだ若いというよりは幼いとさえいえる紫魔 スズナの精神に、一体どれだけのショックを与えたというのだろう。

 

 

『紫魔家以外は劣等種』が本家の教え…しかし開祖の本質は『助け合い』。

 

 

その、自らがこれまで信じてきた『紫魔本家』のあり方が、その開祖によって全否定された。

 

それは単なる信念ではない。スズナが…いや、紫魔家の全てが今でも崇拝している紫魔家の開祖、他の誰でもない紫魔家の誇りである『原初の英雄』の、その本人の口から今の紫魔家のあり方が全否定されてしまったからこそ。

 

…過去の出来事が虚言だと割り切れるほど、スズナの心は強くはない。また、いくら助かる可能性が示唆されたとは言え…ソレを素直に受けいれられるほど、スズナの自責の念も弱くはなく…

 

だからこそ、先の光景はスズナの心に、言葉に出来ない程の自責を与えていて―

 

 

 

「セリ・サエグ…に…げ…」

「どうしたってんだよ!紫魔家がどうとか冴草家がどうとか、威勢の良い事言っていたお前はどうした!何をそんな弱音を…」

「しか…し…ッ!?クアァァァァァァア!?」

「スズナ!?」

 

 

 

そして、再びスズナを炎が包み始める。

 

…スズナの意識を打ち消すように、再びスズナを乗っ取るように。

 

揺らめく炎が立ち昇り、紫魔 スズナの体を一瞬飲み込んだかと思うと―

 

再度、炎の中から目の色を変えた悪魔が現れ…

 

 

 

『オォォォォォ…忌々しい…シマ ユーレ…貴様カァ…我ヲ一瞬押サエ込ンダノハァ…』

 

 

 

凄まじき炎圧、神が如き重圧。

 

目の前の悪魔から発せられる、その異常なまでの圧力はおよそ人間が耐え切れる限界を超えた代物となりて、再び小高い丘に撒き散らかされ始めるのか。

 

…容赦なく心を折りにかかる、その凄まじき怨嗟の嵐。

 

そんなモノが、再びスズナだったモノから解き放たれる。

 

 

 

けれども―

 

 

 

「くそっ…なんなんだよ…なんだんだよぉぉぉぉお!わかったよ!やればいいんだろ!?諦めるのは諦める!悪魔を倒して、お前も助ける!例えそれが気に食わないお前でも…助けられる奴を、目の前で見殺しになんて出来るもんかぁ!」

 

 

 

吠える…折れかけていた、セリ・サエグサが―

 

スズナの声を聞いたからか、まだ助けられる僅かな可能性の残り香を目の当たりにして、逃げようとしていた弱い心がセリの中から弾き出されて。

 

…スズナの命がもう終わっていたのならば、セリだってさっさと逃げていた。

 

しかし、見てしまったのだ。未だ悪魔の中で生きる、紫魔 スズナという幼い少女の命の灯火を。

 

謝った…あのプライドの塊のような紫魔 スズナが、あんなに弱々しくなって。

 

…どうすればいいかわからない、何をすればいいのかわからない。助ける義理も情もない。

 

けれども、助けられる可能性を見てしまった…そんな一縷の望みが生まれてしまっては、セリだって逃げるよりもこの場に留まって戦う事を選びたくなってしまうモノ。

 

 

…助けられる人間を、目の前で見殺しになんて出来ない。

 

 

それが例え、自分に悪態を吐き続けていた少女であったとしても―

 

セリの持つ、『良心』という名のかけがえの無い『心』が、彼にこの場に留まることを選ばせたのだ。

 

…正直、セリに打つ手なんて無い。

 

そう、現時点での手札は残り2枚で、場に伏せカードはなく在るのは魔術師の弟子1体のみ。

 

デッキに残ったカードから考えても、この状況からあの攻撃力44000の破壊できない赫炎の悪魔を倒す手立てなんてセリには思いつかず…

 

それでも、セリの心に火が点いたようにして。

 

悪魔の前で、炎に囲まれ、重圧に押し潰されそうになりながらも…セリはその2本の指を、戦意と共にデッキへとかけるだけ。

 

 

 

…もう、迷いはない。

 

 

 

「いくぞ!俺のターン…」

 

 

 

 

 

逃げ出そうと思った。けれどもスズナを助けると誓った。

 

助けられる可能性のある命を、助けずに一人で逃げ出すなんて、絶対にしたくはなかった。

 

ソレが例え、自己満足から来る偽善の果ての無駄死に終わる可能性があるのだとしても―

 

自分の心に点いた『火』を、確かに抱いた『良心』を。そして血に刻まれた先祖の誓いを、自分が果たさずに一人だけ逃げ出すなんて、セリ・サエグサに出来るはずもなく―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体が軽い、思考が晴れる…

 

 

 

 

デッキが息を、吹き返す―

 

 

 

 

既に限界であったはずの体が跳ね、気配の弱かったセリのデッキが…

 

 

 

 

 

そう、古の誓いを思い出したセリの、魂を込めたそのデッキが…今ここに取り戻した、悪魔に立ち向かう『勇気』の下に―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光り、輝く―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドロォォォォォオ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引いた、カードは…

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?こ、このカードは!?…そうか、さっきの…わかった、やってやるよ!アイツの『尾』を、消し飛ばせばいいんだろ!?」

 

 

 

そのドローしたカードを一目見て、何やら驚いた様子を見せるセリ・サエグサ。

 

…彼の様子から察するに、ドローしたのは今まで彼が見た事もないような、デッキに入れた覚えのないカードであったのだろうか。

 

今のセリの雰囲気は、まるでデッキに新たなカードが創造でもされたかのような雰囲気にも感じられ…

 

 

―けれども、ルール違反などでは断じてない。

 

 

そう、デュエルの最中にデュエルディスクがカードを『創造』するなんて、この世界では稀にあること。

 

それは例え、創造されたソレが今までデッキに入っていなかったはずのカードであったとしても…

 

デュエルディスクが、ソレを正規のカードだと判定した以上。ソレはこのデュエルにおいて、正しいカードとなるのだから。

 

だからこそー

 

 

 

「いくぞ!俺は魔法カード…」

 

 

 

…一体、セリは何をドローしたのか。

 

 

今、炎に囲まれたその中心で。

 

血の誓いを思い出し、赫炎の悪魔に立ち向かいながら。高々と天に掲げられた、セリのその手に握られしは…

 

 

 

 

 

 

「【真紅眼融合】発動ぉ!」

『ナッ、【真紅眼融合】ダト!貴様、ソノカードは!』

「俺はデッキから、【ブラック・マジシャン】と【真紅眼の黒竜】を融合する!うぉぉぉぉぉぉぉお!」

 

 

 

混ざり合う…黒き魔術師と黒き竜が。

 

それは奇しくも同じ『色』…しかして正反対の人と竜。

 

古の誓いを思い出したセリの、その吹っ切れた叫びによって。神の炎にも焼き尽くされぬ、竜の波動を帯びた神秘の魔力の奔流が、渦となりて現れ…

 

 

…諦めるのを、諦める。

 

 

そんな、スズナを助けると決めたセリの雄叫びが、赫炎の悪魔の嘆きを切り裂き―

 

 

 

 

 

「古より来たれ、誓いの元に!其は神を焼き尽くす者!」

 

 

 

 

今、悠久の時を経て。

 

 

 

かつて赫炎の悪魔を打ち倒した、誇り高き黒竜の魂を宿せし者が―

 

 

 

ここに、現れる―

 

 

 

 

 

「融合召喚!来い、レベル8!【超魔導竜騎士-ドラグーン・オブ・レッドアイズ】!」

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

…それは、不思議な魔力だった。

 

炎の彼方を統べる者。竜の息吹を纏う者。

 

この燃え上がる小高い丘に、毅然として現われたのは竜と魔術が一対となった、神にも慄かぬ佇まいを持った存在であり…

 

…並び立つ者など存在しない、竜の力を宿したその魔力。

 

その姿はまさに画竜点睛。魔術の範疇を大きく超えた、神にも届き得るとさえ思えるような存在感を放っていて。

 

 

 

【超魔導竜騎士-ドラグーン・オブ・レッドアイズ】レベル8

ATK/3000 DEF/2500

 

 

 

『オォォ…『真紅眼』…冴草 戎ノ真紅眼…ヤハリ貴様カァ!冴草 カ…』

「うるさい!何度言ったらわかるんだ…俺はセリ!セリ・サエグサ!今!この現代で!お前を倒す者だぁ!【サイクロン】発動、【失楽園】を破壊する!」

『図ニ乗ルナァァァァア!罠カード、【身代わりの闇】発ド…』

「させるかぁ!手札を1枚捨て、超魔導竜騎士の効果発動ぉ!【身代わりの闇】の効果を無効にして破壊する!」

『ヌゥ!?』

「そして超魔導竜騎士の攻撃力は1000アップし、【失楽園】は破壊される!…まだだ!超魔導竜騎士の更なる効果!【神炎皇ウリア】を破壊する!」

『何ィ!?』

 

 

 

舞い上がる…

 

漆黒の竜魔導師が、燃え上がる夕刻の空へと。

 

この世の全てを燃やし尽くす、赫炎の悪魔を前にしても慄かないその姿。それは誇り高き竜の意思を受け継いで、500年もの時を経て今再び悪魔の尾を消し飛ばそうとしているのか。

 

 

 

「やれ、超魔導竜騎士よ!神の炎を…焼き尽くせぇぇぇぇえ!」

 

 

 

放たれる…

 

神の炎を焼き尽くす、人知を超えた炎の渦が。

 

それが超魔導竜騎士から、凄まじき勢いで放たれ…

 

神の炎を焼き尽くさんとするそれは、強大なりし紫の悪魔の『尾』の化身たる赫炎の悪魔を、再びこの世から消しさろうとしているかのよう。

 

 

 

『ヌォォォォォ…貴様ァ…貴様ァ!』

「うるさい!これでお前を守るモノは何も無い…いくぞ、バトルだ!超魔導竜騎士でスズナに!…いや、悪魔の『尾』に、ダイレクトアタック!」

 

 

 

そして、吼える―

 

【神炎皇ウリア】を消し飛ばしても、いまだスズナの体を則っている悪魔の意思へと狙いを定めて。

 

唐突にデッキに現れたソレは、誓いによりこの地に蘇った先祖の力なのか―

 

 

その真実など、セリには到底理解が及ばないこと。けれども、今この時、この状況においては、そんな事どうでもいいのだと言わんばかりに…

 

 

今、赫炎の悪魔のその根源…

 

 

紫魔 スズナへと取り付いている、『誰か』の魂のような意思そのモノへと向かって―

 

 

 

 

「悪魔を…消し飛ばせぇぇぇぇえ!アルティマアーツ・メガフレアー!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

『ヌォォォォォォォォォォ!オノレェ、サエグサァァァァァァァァァア!』

 

 

 

放たれるは黒炎の魔力、竜が如き凄まじき爆裂。

 

その荒々しくも猛々しい、しかして限りない英知の果てに生み出されしその巨大なる炎閃は、一瞬にしてスズナを飲み込むのか。

 

…それは凄まじき魔力の奔流。

 

しかし、ソレはスズナに取り憑いていた赫炎の『尾』のみを消し飛ばすようにして、悪意目掛けて迸る。

 

そして…究極魔術、メガフレアの波動によって。

 

悪魔の『魂』と、それと融合した『ある男』の形をした霊魂のようなモノだけがスズナから引き剥がされどこかへと消え去っていったかと思うと―

 

 

 

??? LP:800→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

デュエルの終了を告げる無機質な機械音が小高い丘へと木霊して。

 

それは紛れも無く、この人知を超えたデュエルの終了を告げているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

デュエル直後―

 

 

 

「…生きて…いる…」

「…あぁ、よかったな。死ななくて。」

「…なぜ、たすけた…」

「…言っただろ?助けられる奴を、目の前で見殺しになんかしたくなかった…それだけだ。」

「しかし…私は…」

「いいよ、別に。とにかく、ショックを受けるにしろ落ち込むにしろ、そんなのは全部生き延びてからにしろ。死んでしまったら…何も残らない。」

「…」

 

 

 

焼け焦げた小高い丘の中心で、セリは倒れているスズナへと向かって…いがみ合う事無く、静かにそう言葉をかけていた。

 

…それはお互いに抱いていた、燻ったままだったわだかまりが先の騒動で少しは解けたが故の雰囲気。

 

そう、セリもスズナも、先の戦いで自分にとっての『大切なこと』を改めて理解したのだろう。

 

スズナは、今までの『紫魔家』の教えが間違っていたことを。

 

セリは、どれだけ嫌いな相手でも助けられる命は助けたいと思える『良心』を。

 

それを理解したからこそ、紆余曲折あったとはいえ超常現象から生き延びたことに…まずは彼らも、安堵を感じている様子で…

 

 

 

「…」

 

 

 

すると、悪魔に取り付かれていた代償か。

 

スズナは、まるで眠るようにして…静かに、その意識を手放したのだった。

 

 

 

「…さて、どうしようか…この状況だけみたら、俺が悪い奴に思われるだろうし…」

 

 

 

そして、スズナが意識を失った後に。

 

セリはゆっくりとその場に座り込むと、辺り一面を見渡しながらゆっくりと何かを考え始める。

 

…焼け焦げた大地、爆発の痕、気を失い倒れている幼い少女、

 

そんな光景を何も知らぬ他人が見れば、とてもじゃないが言い訳など通じることなく警察の厄介になってしまうことだろう。

 

まぁ、決闘市内のあちこちで激しいデュエルが行われていたのだから、きっと街の方からこの丘で爆発があったように見えたところで、その爆発や炎上もソリッド・ヴィジョンにしか思われはしないだろうが…

 

しかし、説明したって信じてもらえるわけが無い。炎の悪魔が蘇り、襲い掛かってきたなんて。

 

また、特にこの北地区が紫魔家の管轄であるのならば、紫魔家の人間が様子を見にやってくるのは時間の問題であり…倒れているスズナを見れば、きっと自分が全て悪い事にされてしまうだろう。

 

…折角スズナとの確執が消えたと言うのに、再び悪者にされてしまうなんて冗談じゃない。

 

そんな事を、疲れた頭でセリは即座に考えつつ…

 

 

 

「…とりあえず、ギョウに連絡して早く合流するか。多分…無事だろうし。」

 

 

 

とにかく、まずははぐれてしまった相棒と合流することを第一に。

 

セリが、デュエルディスクでゴ・ギョウに連絡を取ろうとした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「粛清対象を2名発見。これより執行、排除する。」

「ッ!?」

 

 

 

突然…

 

背後から、冷徹な声が聞こえてきて―

 

そして、瞬間的にセリが振り返ったそこには…まるで忍者のような格好をした者が数名…いや、十数名が、気配も無く立っているではないか。

 

 

 

「な、なんだコイツら…」

 

 

 

…その突然現れた者達に、思わず固まってしまったセリ・サエグサ。

 

しかし、それも当然だろう。何せ悪魔との戦いが終結したと思った矢先に、今度は謎の忍者集団が背後に現れたのだから。

 

…突然の状況の変化に、セリの理解がおいつかない。

 

何者なのか、目的は何なのか…そもそも、なんで忍者装束なのか。

 

焦りと驚きと不可解と、そんな感情が一瞬でセリの頭の中でグルグルと回る。ソレがより一層セリの頭を混乱させて、疲れた心と体に更なる負荷をかけ始め…

 

…けれども、そんなセリにもたった一つだけ即座に理解できたことがある。

 

そう、この者達は、追ってきていた不良たちとはその身のこなしがまるで違う、間違い無く何かの『訓練』を積んだ者達だということ。

 

その身のこなしと気配の無さから、デュマーレで出会ったデュエル傭兵たちの危険な匂いをセリは思い出しつつ…それに近い雰囲気を持ったこの者たちは、間違いなく『裏社会』の者であるとセリは即座に理解してしまったのか。

 

…どこから現れたのか…いや、それよりこの者たちは今、『何』と言った?

 

 

『粛清』、『排除』…それが、『2名』―

 

 

2名ということは、間違いなく自分とスズナを標的にしているということ。その手に握られた物騒な武器の数々から、間違いなくデュエルや話し合いで解決は出来ないであろうというコトは最早誰の目にも明白であり…

 

何の目的があってここに十数名の忍者が現れたのかなど、セリには全くもってわからない。けれどもこの者達が間違い無く『敵』であるということだけを即座に感知したセリは、一瞬でこれだけの思考を巡らせると…

 

反射的に、その場に立ち上がり身構え…

 

 

 

「排除を開始する。取り囲め。」

「了解。」

 

 

 

しかし、そんなセリを意に介さず。

 

粛々と、淡々と…

 

リーダーらしき男が、周囲の手下に指示を出しつつ。何をしようとしているのか、セリとスズナへと向かってジリジリと近づいてこようとした…

 

 

 

その時―

 

 

 

「へいへいチョイ待っチーング!」

 

 

 

―!

 

 

 

焼け焦げた小高い丘に、突如響いたその叫び―

 

そして声の主は、勢い良く忍び装束の1人を後ろから蹴り飛ばしたかと思うと…

 

そのままの勢いで、忍者集団の間を通って。セリと忍者たちの間に割って入るようにして、飄々とユラユラ佇み始めたではないか。

 

しかし、その逆立てた金髪とアロハシャツにサングラスを見れば、ソレが誰なのかなどセリにはすぐに理解できていて…

 

そう、この突然の危機的状況に、セリの救援に来たのは紛れも無く…

 

 

 

「ギョウ!?」

「うぃー、待ったー?」

「ッ…あぁ!遅いんだよ来るのが!」

「ひゃは!セリってばてっきびすぃー!」

「貴様!何者だ!」

「おいおいおーい、そりゃコッチの台詞だってぇーの!オッサンたち、なーにしよーとしてくれてんのさー!」

 

 

 

決闘学園デュマーレ校2年…ゴ・ギョウ。

 

そう、セリを助けにきたのは紛れも無く、彼の相棒と呼べるであろう腐れ縁の一人の少年であったのだ。

 

…決闘市内を逃げ回っている内に、はぐれて離れ離れになってしまったセリとギョウ。

 

そんな彼がこの状況で助けにきてくれたというのは、既に限界の近かったセリからすればどれだけの希望となりえるのだろう。

 

…15人もの忍者達に対峙するようにして、身構えるように並び立つ。

 

 

 

「よくここが分かったな。」

「ひゃはは、あんだけド派手に爆&発してたら?イヤでもわかるっつーの。」

「あぁ、助かった。で…ここからどうするんだ?」

「んー…一応、応&援も連れて来たんだけどもだっけーど…」

「応援?」

 

 

 

また、何やらゴ・ギョウが静かにそう言った直後に―

 

 

 

「テメェらぁ!俺のダチに何しようとしてんだゴラぁ!」

「拳を収めろ!この場はこの俺が預かる、双方とも、下手に動くな!」

 

 

 

続けて響き渡ったのは、大気を震わすような声と…そして焦げた丘に、よく通る芯の通った声であった。

 

…そう、ゴ・ギョウに連なるようにして現れたのは、決闘学園中央校2年…

 

 

 

天城 竜一と、天宮寺 正鷹。

 

 

 

「リューイチ・アマギとマサタカ・テングウジ!?なんでコイツらが助けに?」

 

 

 

セリが驚いたのも無理はない。何せ、ついさっきまで自分達は彼らに追われる立場であったのだから。

 

しかしギョウの口ぶりからして、そして彼らの雰囲気からして。彼らが間違いなく自分達の救援に来てくれたというのが、驚いているセリにもすぐに理解できたのか。

 

…だからこそ、セリは驚きを隠せない。

 

ゴ・ギョウと離れた小1時間の間に、一体何があったのか…自分達を追っていた彼らは、どうして自分を助けてくれるのか、と。

 

…けれども、そんな驚いているセリを他所に。

 

この場に現れた中央校組の片割れ…【黒翼】の息子、天宮寺 正鷹が、15人の忍者集団へと向かって再度その口を開き始めた。

 

 

 

「貴様ら、『紫魔本家』の暗部だな?ならばここは不本意ながら、【黒翼】の名を借りこの場を俺が収めさせてもらおう。『紫魔本家』と言えど、【黒翼】を引き合いに出されれば無碍にするわけにもいくまい。何があったのかはわからぬが、暗部が出てくる案件である以上、この件は後日【黒翼】と【紫魔】を交えた正式な場で明らかにさせるのが筋というモノだろう。」

 

 

 

15人もの武装した大人と対峙しているというのに、全く慄かずにそう言う少年。

 

それは本当に高等部2年の少年なのかと思える程の胆力を、誰の目にも見せ付けながら忍者たちの前に立ち塞がる。

 

…流石はエクシーズ王者【黒翼】の息子か。

 

襲い掛かろうとしていた15人もの忍者集団を、『紫魔家』の者だと見抜きつつ。そんな武装集団に対峙してもなお、これほどまでに立ち向かいながら言論にて押し返そうとしている彼の姿はまさに質実剛健。

 

…セリからすれば意外も意外。

 

初対面で、アレだけ嫌われるような態度を取ってしまった自分を…何の因果か、【黒翼】の息子と決闘市のNo.1が助けに来てくれるだなんて、これまで見たどんな映画よりも盛り上がりを感じさせるクライマックスシーンであるのだから。

 

そんなセリは、この場に天宮寺 正鷹と天城 竜一を連れてきてきれたゴ・ギョウへと向かい直すと…

 

腐れ縁へと向かって、静かに言葉を再度漏らす。

 

 

 

「なぁギョウ、なんで彼らが俺を助けに…」

「ひゃはは、リューちん達の流儀じゃ、喧嘩した奴は全員ダチなんだってさー!マサっちも手伝ってくれるっつーからさー!」

「リュ、リューちん?マサっち?お前、アイツらと何があったんだ!?」

 

 

 

ゴ・ギョウの側に何が起こっていたのか。

 

それは今のセリには到底知りえることではないのだろうが、しかしアレだけいがみ合っていたギョウと竜一が今こうして連れ立って現れ…

 

しかもあのギョウから彼を指して、『ダチ』という単語が飛び出てきたことはセリからすればどれだけの驚きを感じることであったというのだろう。

 

…それはこの場では語られない、『別の誰かの物語』での視点。

 

そんな自分の知らない場所で何やら大きな分岐点を経たギョウに対し、セリは言葉にしにくい感情を少し抱きた様子を見せはするものの…

 

 

 

「よう、セリ。無事か?」

「あ、あぁ…」

「しっかし驚いたぜ、ギョウと一緒にお前ら探してたら、急に爆発が見えたからよ…って、スズナの奴ボロボロじゃねーか!何があったんだ?」

「…」

 

 

 

天城 竜一から駆けられる言葉にしても、最初のような強い怒りは全く感じない。

 

それを、セリは即座に理解しながら。益々彼とギョウの間に起こった出来事に対し、強い興味がセリの中には生まれつつあるのか。

 

…あの他人に嫌われる天才のギョウと、彼がいかにして友になり得たのか。

 

そんな天城 竜一の持つ底知れぬ懐の広さに、セリは何やら関心しつつも。今の天城 竜一から感じられる雰囲気から、間違いなく彼もまた自分を敵とは思ってはいないということを勿論セリは理解して…

 

ソレ故、とにかく今は現れ助けてくれるという中央校組に対し。セリもまた、驚きこそすれ怪訝に思うようなことはしないのか。

 

 

 

「後で説明するよ。とにかく、この場を乗り切らないと。」

「ひゃは、確かにかーに?相手さんがこのまま見逃してくれるっつー保&障もナッシングだすぃー?ドンパチやる覚With悟も持っとかなきゃねー。」

「いや、マサに任せとけば大丈夫だろ。マサの野郎が自分から来るっつったんだ。話し合いで解決できるって踏んでんだろうしよ。」

「…そうなのか?」

「あぁ。アイツ、それなりに口は上手いか…」

 

 

 

しかし…

 

そう言った、天城 竜一の意に反し―

 

 

 

「何が【黒翼】だ!成金の天宮寺家如きがしゃしゃり出てくるな!」

「【黒翼】本人ならばいざ知らず、貴様なぞただの愚息であろう!」

「【黒翼】の七光りの息子如きが、我ら紫魔家に楯突こうなど100年早い!」

「【黒翼】の息子だが知らないが、親の威光で何を言う!恥を知れ!」

「【黒翼】なぞただの下民!その息子ならば下民以下だろうが!」

「下民が紫魔家に楯突くなど許されざることだ!【黒翼】如きが、【紫魔】と同列などと思い上がるな!」

「ましてや貴様は【黒翼】ではなくその息子!図に乗るな!」

「【黒翼】の息子よ!恥を知れ!」

「恥を知れ!【黒翼】の息子よ!」

 

 

 

聞こえてきたのは、紫魔家の者たちからの怒涛の反言。

 

 

責め立てる…15人が一斉に、たった一人の少年目掛けて。

 

 

それは同じ【王者】でも、紫魔本家および【紫魔】を崇拝している彼らだからこその天宮寺 正鷹に対する言葉の応酬なのか。

 

…暗部という自らの立場を忘れるほどに、彼らもまた【紫魔】をこの世の頂点とでも思っているのだろう。

 

【黒翼】の息子とはいえ、たった一人でこの場を収めようとした1人の少年に対し…15人の大人が、一斉に叫び始めるその光景はどこかあつかましくも見苦しいというのにも関わらず。

 

よほど【紫魔】と【黒翼】を同列に扱われたのが気に食わなかったのか、自分達が『裏』の人間であるという本分すら超えて、15人もの忍者集団は口々に怒りを顕にし始めて。

 

 

 

 

 

すると…

 

 

 

 

 

「あ、やっぱヤベェかもしれねぇ…」

「え?」

「ひょ?」

「おいお前ら、巻き込まれる前に逃げ…」

 

 

 

 

 

先ほどの、『マサに任せておけば大丈夫』という言葉から一転。

 

 

 

紫魔家の暗部がいきりたつと同時に、何やら急に慌て始めた竜一が…

 

 

 

ソレを、言い終わる前に―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…テメェら…今俺の事なんっつったァ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

…轟いたのは、猛獣の雄叫びにも匹敵する嵐声の怒号。

 

そう、15人の大人を前に、天宮寺 正鷹が突然キレて大人たちへと襲い掛かったのだ。

 

…それはまるで鬼が如く。

 

一瞬で間合いを詰めたかと思うと、半狂乱の如く1人を殴り飛ばし。そのまま、14人になった大人を相手に…

 

素手とその身で、暴れ始める―

 

 

 

「誰がクソオヤジの七光りだァ!誰がクソオヤジの出がらしだァ!誰が出来損ないの失敗作だゴラァ!」

「ひぃっ!?そこまで言ってな…」

「こ、【黒翼】の名を持ちだしたのはそっち…」

「うるせぇぞゴラァァァァア!人が下手に出てやりゃあ調子乗りやがって!ミンチにすんぞ糞共がァ!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

それはまるで鬼の如く…否、鬼神の如く。

 

…拳で敵の顔を撃ち抜き、殴られながらも敵を蹴る。

 

…腕を折り、足を圧し折り、倒れた敵の腹部を踏み抜く。

 

倒れた敵の足を掴んで、振り回して大勢を蹴散らす―

 

そんな、彼の悪鬼羅刹のような戦いぶりは凄まじいの一言であり…

 

武装した忍者集団たちを相手に、全く容赦のないその戦いぶりは、まるで痛みを感じていないのかと錯覚するほどの凄まじさとなりて…

 

15人の紫魔家の暗部を、たった一人で蹂躙し始めて。

 

 

 

「な、なんだ、アレ…」

「フゥー…凄まじうぃーねぇー…」

「…マサの野郎、親父を引き合いに出されるとすぐキレんだ。その癖、一度暴れ始めると手がつけられねぇ…折角話し合いで解決できると思ったのに、やっぱ紫魔家は馬鹿ばっかだぜ。おい、巻き込まれない内にスズナ連れて逃げんぞ。」

「で、でも15人も相手じゃ流石の彼も…」

「心配ねぇよ。寧ろアイツらの方が心配なくらいだ。ま、そこんとこはスミレが上手くやってくれんだろ。」

「…な、なんなんだよ決闘市の奴らは…」

「ひゃは、もしもしもしもしもしかして?チャン僕たちってばヤバイとこに喧嘩売っちゃったカーンジィ?」

「あぁ…」

 

 

 

そうして…

 

鬼神の如き凄まじさで、ブチ切れながら大人達を蹂躙し始めた天宮寺 正鷹を他所に。

 

天城 竜一の先導の下、セリとギョウは気を失っている紫魔 スズナを連れて…

 

焼け焦げた丘を、後にし始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

―決闘市某所

 

 

 

 

 

「皆さん、お茶をどうぞ?」

「お袋、茶なんかいいから寝てろって。」

「そんなわけにはいかないでしょう?竜一がこんなにお友達を連れてくるなんて久しぶりなんだから。」

 

 

 

紫魔家の暗部に取り囲まれていたセリ達は、天宮寺 正鷹が乗ってきた【黒翼】の物だというハーレーを駆り…いや、借り…

 

北地区から無事逃げ出したその足で、天城 竜一の案内でそのまま決闘市某所にある天城 竜一の家へと逃げ延びていた。

 

 

 

「でも驚いたわ。竜一に外国のお友達が居たなんて。」

「…すみません、ご迷惑をおかけして…」

「あら、迷惑だなんて。狭い家だけれど、ゆっくりくつろいでいって下さいね?」

「は、はい…」

 

 

 

そしてボロボロのセリ達を出迎えてくれたのは、天城 竜一の母親…天城 イノリという女性であった。

 

それは、こんな古びたアパートに住んでいるのが不思議なくらいの…幸の薄い美人という印象があまりに似合う、どこか高貴な気品を漂わせる大人の女性。

 

若くして竜一を産んだのだろう、その見た目の若々しさも然ることながら…本当に天城 竜一の母親なのかと疑ってしまうほどに、その所作の一つ一つには上流階級の者かと錯覚するほどの雰囲気と佇まいを持っており…

 

…だからこそ、セリもギョウも家にお邪魔した直後には思わず固まってしまった。

 

何せ、竜一の母親が美人で若いという驚きも勿論のこと。その見るからに上流階級の者が、こんなにも酷くボロ…もとい、古びたアパートで出迎えてくれたという、そのあまりのミスマッチに。

 

 

 

「それに怪我の手当てもしないと。みんなボロボロね、また喧嘩?」

「…喧嘩じゃねぇよ。ちょっとデュエルで盛り上がっちまっただけだって。それにガキじゃねぇんだから、手当てくらい自分で出来るし…心配すんな。お袋は横になってろよ。」

「あらそう?じゃあお母さん、奥の部屋にいるからスズナちゃんが起きたら呼んで頂戴?女の子の手当てを、あなた達にさせるわけにもいかないでしょうから。」

「あぁ。わかった。」

 

 

 

そして、あまり体が強くないのか。

 

竜一の母は、息子に促され…奥の部屋へと、下がっていったのだった。

 

 

 

その直後に…

 

 

 

「ねぇねぇ。リューちんとママさん、ジーマーで血ぃ繋がってんの?」

「あ?どういう意味だよ。」

「だぁーって全&然似てねーんだもん!ひゃはは!」

「っせぇよ。…よく言われっけど、親子なのはマジだぜマジ。お袋が言うには、俺は…あー…親父似、なんだとよ。」

「フーン?」

 

 

 

何やら、感じた疑問を素直に竜一へとぶつけた、デュマーレ校のゴ・ギョウ。

 

そんなゴ・ギョウに対し、竜一は何やら『親父』というその単語をあまり発したくないかのように歯切れ悪く答えるものの…

 

…まぁ、そんなことは家庭の事情であるのだから、いくら友人になったからとはいえズケズケと踏み入るゴ・ギョウが悪いことではあるのだが。

 

けれども、ギョウとてソレを何のためらいも無く聞けるあたり。本当に彼らは、セリが目を離している隙に相当理解し合えたということなのだろう。

 

…セリが目を離していた小1時間ほどの間に、今この場では語られない『別の誰かの物語』での戦いで彼らは一体どんな戦いを経たのか。

 

まぁ、その竜一とギョウの関係性の変化に、未だ驚きを隠せないセリを他所に。ギョウと竜一は、何やら違う話題で再び会話を続けており…

 

 

 

すると、竜一とギョウの会話によってその眠りを覚ましたのか―

 

 

 

眠っていた紫魔 スズナが、ゆっくりとその目をあけつつ…呻くようにして、小さく吐息を漏らし始め…

 

 

 

「…う…」

「スズナ!気がついたのか!?」

「セリ…サエグサ…こ、ここは…」

「リューイチ・アマギの家だ。紫魔家の暗部って奴等に襲われて…」

「暗部…あぁ…そうか…」

 

 

 

すると、セリの口から飛び出した『暗部』と言う単語を聞いて。

 

目を覚ましたばかりだと言うのに、何やらスズナには自分の身に何が起こって…そして、何故自分が『暗部』に襲われたのかの理由に、どうやら察しがついている様子を見せ始めているではないか。

 

…まぁ、最後のセリの攻撃もスズナではなく悪魔の『魂』のみを消し飛ばす攻撃であったからこそ、彼女もまたこんなにも早く意識を取り戻せたのだろう。

 

だからこそ、その身に受けたダメージ自体は少くないと言うのに…スズナは痛む体を押して、ふらつきながらその上体を起こそうとしていて。

 

 

 

「ぐっ…」

「お、おい、無理するなよ…」

「これ以上、迷惑はかけられん…紫魔家の暗部が動いたということは…私は、消されるということだ…関係の無いお前たちを…巻き込むわけもいかん…」

「おっ?ようスズナ、起きたのか?ははっ、テメェが弱ってるってのも何か珍しくて面白ぇな。」

「…天城 竜一…」

 

 

 

そして今にも倒れてしまいそうだと言うのにも関わらず、立ち上がれもしないのにこの場からすぐにでも立ち去ろうとしている紫魔 スズナを見て。

 

スズナが目を覚ましたことを知った天城 竜一が、『いつも』のように少女へと向かって皮肉めいた言葉を発するものの…

 

…しかし、そんな彼女はいつもならすぐに喧嘩腰になる天城 竜一へと、上半身をなんとか起き上がらせて向かい直すと。

 

弱々しい声ではあるものの、その口から再度『棘』のない言葉を発し始める。

 

 

 

「貴様にも迷惑をかけたようだ…とりあえず、礼は言っておく…」

「あ?おいおい、スズナてめぇ、今日はエラく大人しいじゃねぇか。いつもなら『よくも汚い布団に寝かせたな!』とか『下民の家など汚らわしい!』とか言って喚くってのによ。」

「…あぁ。それに関しても…申し訳ないと思っている…」

「お、おいセリ…マジで何があったんだ?スズナが謝るなんて異常だぜ異常。」

「…えっと…」

「…この度のことは、私に全ての責任がある…私がセリ・サエグサに喰ってかからなければ…この騒動が起こる事もなかった。」

「ほーん、わかってんじゃんチビっ子。」

「いや、元はと言えばギョウがナンパなんてしようとしたからじゃ…」

 

 

 

…スズナの口から発せられるは、今までの彼女からは考えられない『謝罪』の数々。

 

それは普段の彼女をよく知る竜一からしても、今のスズナの言葉は意外も意外、びっくりするほどの想定外であったのだろう。

 

…顔を合わせれば絶対に喧嘩になると言うのに、まさかあのプライドの塊のようなスズナから『謝罪』の言葉が出てくるだなんて。

 

そんな、急激にしおらしくなった彼女の変化に、竜一は心の底から戸惑いつつ…

 

この騒動が始まる前とは、どこか違うその雰囲気を持つ紫魔 スズナに対し。天城 竜一もまた、動揺を隠せない様子を見せており…

 

 

 

「本当に…すまないと思っている…」

 

 

 

スズナから語られる言葉と感情…それは彼女が、過去の英雄とその友の『真実』を知ったからこそ。

 

そう…先の戦いの最中、スズナは知ってしまった。

 

今まで信じていた紫魔家の歴史が、根本的に間違っていたという…その事実を。

 

しかもソレを見せてきたのが、彼女の信仰する紫魔家の開祖、『原初の英雄』その本人からであったのだ。

 

…紫魔本家においては、開祖である『原初の英雄』の存在こそ絶対。

 

ソレ故、紫魔家の開祖が掲げた本質がまさかの『助け合い』という…『紫魔家以外は劣等種』という本家の教えとはえらくかけ離れていたその事実に対し、未だ幼さの残るスズナの心には一体どれだけの衝撃と驚きが与えられたというのか。

 

…もしこれが、紫魔本家の思想に染まりきった大人であったならば。きっと開祖の言葉も、紫魔本家の思想に反するとして聞き入れすらしなかった事だろう。

 

しかし、スズナがいまだ理想を追い求める、幼い少女であるが故に。

 

自身が憧れ崇拝する『原初の英雄』に、こうもハッキリと真実を見せ付けられれば…スズナとて、ソレを無碍にすることなど絶対に出来るはずもないのか。

 

まだ若いおかげで、紫魔家の思想に『染まり』こそすれ『染まりきっていなかった』おかげか。今のスズナは、開祖の言葉を素直に受け止め、そして自分が今までどれだけの『間違った言動』をしてきたのかを、よく理解している様子。

 

…だからこそ、ここには居られない。

 

戦いの最中に見えた、あの『原初の英雄』の言葉と映像が紛れも無い『真実』であるということを、セリと同じく彼女もまたその心で『理解』しているからこそ。

 

今の彼女のふらつきながらも出て行こうとしているその姿からは、とてもじゃないが14歳の少女には『良い意味』で見えない、強い責任感をのような雰囲気が感じられ…

 

…そう、悪いのが『紫魔家以外』ではなく、これまでの『自分』であったことを彼女も理解してしまったが故に。

 

紫魔本家の『思想』と言う名の『洗脳』が解けた今のスズナの姿は、これまでの自責の念からどうにもこれ以上迷惑をかけることを拒んでいる様子と言えるのであって。

 

 

 

「…スズナ、君の体はまだ全快じゃない。だから無理はしない方がいい…折角助かったんだから。」

「しかし…」

 

 

 

…けれども、立ち上がれもしないその体でここから出て行こうとしているスズナへと向かって。

 

今度はセリが、引き止めるようにしてスズナの肩に手を添えながら…傷付いた少女へと向かって、ゆっくりと言葉を発し始める。

 

…それはセリも、スズナの変化の理由を知っているからこその言葉がけ。

 

『原初の英雄』、悪魔との戦い、そして自分に課せられた使命と誓い。それを己の目でしかと見て、そして受け止めたが故に…同じモノを見て、そして自責の念に駆られているスズナに。セリはこれ以上、無理はさせられないと踏んだのか。

 

…このままでは、彼女は自ら『死』を受け入れてしまうだろう。

 

そう、これまでの自責の念に押し潰され、助かった命を自ら捨てに行ってしまうだろう…と。

 

 

 

「それに、あの暗部って奴等は『粛清対象を2名発見』って言っていた。多分…俺も入ってるんだと思う。」

「な…」

「だから俺も無関係じゃない。とにかく、一旦横なってくれないか?まだ、起き上がれる状態じゃないだろうし………なぁ、あの『暗部』って一体何なんだ?」

「…紫魔家の粛清部隊…掟を破った者を消す実行隊のことだ…彼らが私を消しに着たというコトは…私は、『本家』の掟を破ったということなのだろう。だから、私はもう紫魔家には居られない…この街に、居場所は無いということだ…」

「その掟って?」

「わからない…何故セリ・サエグサまで粛清対象に入っているのかも…私には…」

「…おいおい、わからねぇ掟の所為で追い出されるとか消されるってのか?やっぱ意味わかんねーな紫魔家ってのは。」

「ひゃは、どーかん。」

「いや、だから俺も狙われてるんだけど…まぁいいや、とにかくこれからどうするか考えよう。掟だかなんだか知らないけど、粛清されるなんて冗談じゃない。」

 

 

 

だからこそ、どこか他人事のように軽く物を言うギョウと竜一を他所に。

 

セリは、深く考える…

 

…悪魔と戦い、そしてソレを限定的とは言え打ち破ったというのに、スズナが消されなければならない理由は一体何なのか。

 

…何故、自分も紫魔本家に『粛清対象』として数えられてしまったのか。

 

無論、みすみす消されるつもりなどセリにはない。今考えているのは、いかに自分とスズナを追っ手から逃がし、生き延びられる道は無いものかという事と…

 

そして、自分がどうやれば決闘市から、無事に脱出できるのだろうかという事。

 

 

考える…思考を止めずに、考える…

 

デュマーレ校始まって以来の秀才が、この状況を何とかするべく溜め込んだ知識を総動員し…この危機的状況におかれた自分たちを、どうすれば助けられるのかを俯瞰で考えに考え―

 

 

 

そして…

 

 

 

出した、答えは―

 

 

 

「なぁスズナ…俺達と一緒に来ないか?」

「え?」

「決闘市に居られないっていうなら、俺たちの故郷…デュマーレ来ればいい。ちょっと田舎だけど、そんなに悪い所じゃないし…」

「な、それは一体どういう…」

 

 

 

セリが出した1つ目の答え…

 

それは居場所がなくなったというスズナに対する、新たな居場所の提供であった。

 

…紫魔本家の掟により、居場所がなくなってしまったという紫魔 スズナ。

 

そんな彼女をどうにか生き延びさせたところで、決闘市に居られなくなって路頭に迷わせることになれば…それはセリにとって、助けたとは言いがたいという結論に至ったのか。

 

…だからこそ、セリは手を差し伸べる。

 

一度はいがみ合い、そして戦った相手。けれども過去の英雄から、『助け合え』という命を受けたからこそ―

 

セリは先祖たちの思いを無碍にすることはしたくはなく、今こうしてスズナを助ける手立てを差し伸べようとしているのだろう。

 

 

 

「ちょちょちょーい、セリさんセリさんセリさーん!?それマジマジマージで言っちゃってんのー!?いや確かに?チャン僕もノリで助けたけども?元はと言えばこのメスガキがちょーしノリノリだったからチャン僕達がこんな目に…」

「けど放っておけないだろ。見ず知らずの他人ならともかく、知ってる奴が消されるって分かってて…見て見ぬ振りだけは、絶対にしたくないんだ。」

「うぇーい?セリってばどしたん?何か変わった?」

「…折角助けてやったのに、簡単に死なれてもモヤモヤするってだけだよ。なら逃げた方がマシだろ?」

「フーン?でもどうやって?」

「それは…これから考えるけど…」

「ひゃは、やっぱいつものセリだったわ。」

 

 

 

…まぁ、とは言えセリに考え付いたのはだたそれだけ。

 

そう、どの本にも載っていない紫魔家の掟など、セリは知るわけもないのだから…

 

これ以上はいくら考えたところで、どうすれば紫魔家の追っ手から逃れられるのかなど、これ以上セリには到底思いつく事も出来はしないのだが。

 

 

 

「だが…私は…」

「ハー…仕方なうぃーねー。ま、チャン僕も?そろそろ一回デュマーレ帰ろうと思ってたしー?1人くらい増えたって飛行機代くらいは余&裕だしー?」

「軟派男…いや、ゴ・ギョウ…」

「ひゃはは、やぁーっと人のコト名前で呼んだよねーチビっ子。あ、でもさー、拾った責任はセリが自分で取ってよねー。チャン僕ん家ペット禁止だしさー。」

「いや、ペットって。」

「いやいやいーや、キャンキャンハウリングる子犬でしょーが。んでー?肝心のスズナたんはー?決闘市出ていこうっつー気はマジであるの?」

「あ…私は…い、生き延びられるのならば…た、確かに本家から追い出されたら…実家も無く、決闘市では生きては生けぬ故に…その…行くあてなど…他には…」

「あーはいはい、ゴチャゴチャでよくわかんねーけど?行くっつーことで決&定なのね!はい、オシマイ!」

「お前だって強引じゃないか…」

 

 

 

そうして…

 

 

 

「まぁいいや、じゃあ、後はどうやって逃げるかだけど…あの『暗部』って奴等をどうにかしないと決闘市から出られる気が…」

「あー、それなら大丈夫だと思うぜ?」

「え?」

「紫魔家のゴタゴタっつったら、頼りになるアイツが居るからなー。」

「あ、それチャン僕もさっきからなんとなーく大丈夫な気がしてたんだよねー。ほらほらほーら?セリってばイイ子とお友達になっちゃってたじゃーん。」

「…イイ子?」

 

 

 

強引にスズナを助けるという事が決まったはいいものの、事態はまだまだ悪いままでこのままでは決闘市から出られるかすら危うい状況だというのにも関わらず。

 

スズナをデュマーレに連れて帰るという案を1つ思いついたとは言え、ソレを実行するための策が思いつかないセリへと向かって…

 

何やら、天城 竜一とゴ・ギョウがどこか楽観的な言葉を述べたと思った…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

―バンッ!

 

 

 

 

…という、凄まじい勢いで開けられたドアの音と同時に―

 

 

 

―バタバタバタッ!

 

 

 

…と、廊下を勢い良く走る抜ける足音が響いたかと思うと―

 

 

 

―スパァン!

 

 

 

…という擬音の下に、セリたちのいる部屋のふすまが凄まじき勢いで開かれ―

 

 

 

「お邪魔します!」

 

 

 

…という、凄まじい勢いで放たれた言葉と共に。

 

突然、決闘学園中央校2年の紫魔 スミレが…

 

この古びたアパートへと、これまた凄まじい勢いで現れたのだった―

 

 

 

「スズナ!あぁ良かった、無事だったのね!」

「お、お嬢様…」

「スミレぇ!お前何回ドアぶっ壊しゃ気が済むんだ!いい加減ガタ来てんだぞ!?」

「また弁償するわよ!それよりスズナ!本当に無事なのよね!?もう起きて大丈夫なの!?」

「あ、は、はい…」

 

 

 

そんなスミレは、突然部屋の中へと飛び込んできたかと思うと。

 

布団の上にいるスズナを一目見て、何の躊躇も無く思い切り抱きつきながら涙の混ざった声でそう言葉を述べ始める。

 

また、突然現れた紫魔 スミレを見て。何やらセリは驚きに駆られたような、心臓が飛び出てしまったかのような驚いた表情をしており…

 

いや、本当に驚いたのだろう…何せ突然ドアの弾け開く音が聞こえたその瞬間に、セリは家の中に進入してきたのが紫魔家の『暗部』かと思ってしまったのだから。

 

ソレ故、ビクッと思いっきり跳ねたその足で、思わず立ち上がり身構えてしまっているセリ・サエグサ。

 

しかし、そんなスミレは憤慨している竜一と…心臓が飛び出るかと思った程に驚いたセリと、そしてそのセリを見てウケているゴ・ギョウを他所に。

 

自分の側近…否、従姉妹が無事であったことに、心の底から安堵を見せつつ…更に続けて、その口を開く。

 

 

 

「もう、本当に心配したんだからね?貴女とは連絡が取れなくなるし、ばあや達は何だかざわめきだっているし…そしたらスズナが掟を破ったとか何とかって、暗部まで出たっていうもんだからもう心配で心配で…」

「あの…お嬢様、どうして私がここにいることを…」

「家の者に聞いたのよ、スズナがセリさんと北地区でデュエルした後、竜一達と一緒に西回りに移動しているって…だから多分、竜一の家に向かったんだって思ったの。そしたらさっき報告が上がってきていたわ。暗部も竜一の家に向かっていたみたい。」

「…もうバレてたのか…」

「ひゃは、やっぱとんでもなうぃーのねー紫魔家って…」

 

 

 

 

この騒動に直接関わりのなかったはずの、紫魔 スミレの口から語られるはあまりに細かい状況の掌握。

 

…流石は名家の『紫魔本家』か。自分達がどこでどんな行動をして、どう動いているのかすらも全て把握しているという…それは、一種の脅しにも聞こえる代物。

 

そう、個人情報すら筒抜けなのではないかとさえ思える、紫魔家の情報収集能力と行動力。そんなモノに狙われたら、一般人では到底逃げ切れもしないのではないかという恐怖をセリは感じていまい…

 

まぁ、スミレが語るのはあくまでもセリ達を粛清しにきたとかでは断じてなく、ただただスズナが心配だったが故の突発的行動だったのだろう。

 

ソレ故、スミレは紫魔家の側ではなく、あくまでもスズナ達の側なのだという雰囲気のままで…

 

 

 

「とにかく無事でよかったわ。でも、何があったのかは後でゆっくり教えてもらうからね?」

「はい…お嬢様…」

「あら、いらっしゃいスミレちゃん。今お茶を煎れるわね?」

「イノリさん、お邪魔してます。身内がご迷惑をお掛けしてごめんさない…」

「ふふ、迷惑なんてことはないわ。スミレちゃんの身内なら、私の身内も同然でしょう?」

「イノリさん…ありがとう。」

 

 

 

すると、その大きな音を聞きつけたのか。

 

竜一の母…天城 イノリが、再び奥の部屋から出てきたと思うと…何やら乱暴に入ってきたスミレに対し、どこまでも優しく言葉をかけ始める。

 

しかし…彼女たちが会話を交わしているその光景を見たセリは、竜一の母とスミレとの間にどこか不思議な雰囲気が漂っていると言うことに気がついた様子を見せ始め…

 

そう、彼女たちの間にある雰囲気は、紛れも無く上流階級に位置する者のみが醸し出せる独特の雰囲気。真似しようとしても真似できない、生まれ持った気品のようなモノが彼女たちからは感じられるのだ。

 

いや、本物の上流階級の人間である紫魔本家の副当主、紫魔 スミレがこれ程敬意を持って接しているのを普通に返している辺り…

 

天城 竜一の母も、もしかしたら『本物』なのかもしれないとセリはその直感を働かせていて…

 

 

 

「スズナちゃんも目が覚めたのね?じゃあみんなでおやつにしましょう。もちろん、手当てが済んでからだけど。」

「あ、いえ、私は…」

「あらあら、怪我してるんだから動いちゃ駄目よ?ほら、男の子たちは向こうに行ってちょうだい?」

「あの…お嬢様…」

「スズナ、手当てしてもらいなさい。」

「は、はい…お嬢様…」

 

 

 

まぁ、そんな事は今この場ではどうでもいい事でもあるのだから、セリとてそこから深く考えるような無粋なことはするつもりもなく。

 

…そのまま、天城 イノリに促され。

 

スズナと竜一の母を残して、一同は部屋を出始め…

 

そして、紫魔 スミレがふすまを閉めた直後に。

 

再度、3人の男達へと向かって…スミレが、徐にその口を開き始めたのだった。

 

 

 

「事情は全部わかっているわ。とにかく、スズナの事は私が何とかしてみせる。もちろん、セリさんの事も。スズナが生きているのは貴方のおかげだって言うし…それに、折角お友達になれたんですもの。」

「な?俺の言った通りになったろ?」

「流石スミレさん、話が早い…あ、でも、さっき暗部がこっちに向かってるって…」

「それも大丈夫。一時的だけど、私が命令して撤収させたから。ほら、私って一応、本家の副当主だし。」

「フゥー…スミレちゃんパネェー…つーかやっぱすっげーのね、【紫魔】の妹って…」

「それも一時的な対処に過ぎないけれどね。上の者たちが、この件は『掟』に関わる事だからって粛清を強行しようとしているから。なんでセリさんまで関わるのかは、私も教えてもらえていないけれど…」

「一時的…じゃあ、いずれまた俺は暗部に狙われるってことですか?」

「えぇ。だから根本的な解決のためにも、今夜にでも私が兄様に直接話しをつけてみようと思っているの。」

「え…【紫魔】に…ですか?」

「紫魔家の全権を持っているのは兄様だから。兄様に頼めば、きっとどうにかしてくれるはずよ?折角お友達になれたんですもの、セリさんまで紫魔家の掟に巻き込むなんてしたくはないの。」

「スミレさん…」

 

 

 

スミレの提案したその案…それは到底、セリには思いつきも実行も出来ないような策であった。

 

…しかし、ソレは【紫魔】に最も近い彼女だからこそ出来る最短かつ最善の策。

 

きっと、この世の誰も出来ないのでは無いだろうか。あの冷酷無比と有名な融合王者【紫魔】、紫魔 憐造に直接話しをつけるという命知らずなことなど。

 

そして、ソレは彼女自身も理解しているからこそ―今日であったばかりとは言え、友人となったセリを消すというのも、彼女の本意では決してないのだろう。

 

…だからこそ、セリもまたアツい議論を共に交わしたスミレの、その呈示した案に対し感謝こそすれ怪訝に思うわけもなく。

 

自分ではどうしようも出来なかったこの状況を助けてくれるという女神に、ただただ感謝の意のみを感じていて…

 

 

 

「スミレさん、ありがとうございます…あ、ところで…その…彼はどうなったんですか?」

「彼?」

「【黒翼】のむす…いや、マサタカ・テングウジは…」

「あぁ、マサ君ならさっきすれ違ったから、もうそろそろ来るころだと思うわ。それにアレはウチの暗部も悪いし、大きな問題にはさせないから安心して。」

「ほらな、また俺の言った通りじゃねーか。」

「ひゃー…やっぱトンもでなうぃーねー決闘市…」

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日―

 

 

 

 

 

「論外だな。掟は掟だ…紫魔家の掟を破ったスズナには消えてもらうしかない。無論、デュマーレ校の貴様と…ついでに、そこの小僧もな。」

「え!?チャン僕もぉ!?」

 

 

 

怪我をしているからと、あのまま竜一の家に泊まったセリとギョウは…

 

翌日の朝に、どうにか起き上がれるまでに回復したスズナと一緒に。迎えに来たと言う紫魔家のリムジンに連れられて、決闘市の北地区…

 

その決闘市内でも、中央地区と並んで栄えているとされている古風なるも絢爛豪華な街並の…

 

その中でも、最も巨大で厳かで歴史ある造りをした、庭園の美しい『城』のような建物…

 

 

 

『紫魔本家』へと、連れて来られていた―

 

 

 

そして説明もなく、ただただ淡々と通された座敷で待ち構えていたのは紛れも無く…融合王者【紫魔】、紫魔 憐造その人。

 

そう、あの政界、財界、決闘界に深い繋がりを持つとされている紫魔本家の長、紫魔 憐造本人が、直接待ち構えるようにしてセリ達を迎えたのだ―

 

…しかし、出迎えるといってもそれは和やかな雰囲気などでは断じてない。

 

重々しい空気に、寒気を感じるほどの部屋の雰囲気…

 

身だしなみの整った、そのスーツ姿がより一層彼の冷徹さを増大させる。その見るからに機嫌の悪そうな彼の姿は、彼が『この件』に関して決して良好な感情を抱いているわけではないということを誰の目にも明らかに見せ付けており…

 

 

これが、【紫魔】…若くして【王者】の地位に就いた、正真正銘本物の【王者】―

 

 

TVで見るのとはまるで違う、初めて対峙する本物の融合王者【紫魔】。本物のみが放つ『恐怖』その物のような、この果てしなく強いオーラはとてもじゃないが同じ人間が発しているモノとは到底思えるはずもない、規格外にも程がある代物とも言え…

 

この部屋に入った瞬間に、セリもソレをひしひしと感じてしまったのだろう。夏だと言うのに寒気を感じてしまうほどの重圧と、息が詰まるようなこの部屋の重苦しい空気は自分達を歓迎しているわけでは断じてない…と言う事を。

 

 

そんな【紫魔】は、後から入ってきた紫魔家の従者らしき人物から、これまでの経緯を事務的に短く報告させると。

 

 

ただただ冷徹に、ただただ無慈悲に…

 

 

『そう』、言葉を述べたのだった―

 

 

 

「あ、あの…俺とスズナと…それにギョウまで消されなきゃいけない掟って一体何なんで…」

「黙れ。」

「ッ…」

 

 

 

有無を言わせず。

 

反論…いや、反論にもなっていない、純粋な疑問を呈示しようとしたセリの言葉に全く耳を傾ける気も無く。

 

【紫魔】の様子から察するに、スミレは兄の説得を失敗したのだろうか。いや、そもそもからして、こんなにも恐ろしい【紫魔】を説得するなど、例え妹であろうとも出来るはずがなかったのだ。

 

…実際の【紫魔】をその目で見て、ソレを強く痛感してしまったセリ・サエグサ。

 

 

恐い…ただただ、恐い―

 

 

…それはどこまでも人間味を感じさせない、冷徹なりし『鬼』の顔。

 

底知れぬ恐怖…紫魔 憐造を指して使われるその言葉の意味を、セリはその身で理解させられてしまったのか。

 

この男は人間ではない…もっと別の生き物…それこそ感情のない、人間などどうなっても良いと思っている本物の『鬼』の様な―

 

そして【紫魔】は、セリの言葉を端的に切って捨てると。

 

もう、用は無いのだと言わんばかりの態度のままに立ち上がり始め…

 

 

 

「いらぬ時間を取らせたものだ。」

 

 

 

そのまま、セリ達に恩赦を与える気など微塵も見せず。

 

冷徹なりし態度のままに、紫魔 憐造がこの座敷から出て行こうとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「待ちなさい!」

 

 

 

―スパァン!

 

 

 

…という、勢い良くふすまが開く音と同時に―

 

 

 

 

「スミレ…なぜ来た?」

「酷いじゃない兄様!私に内緒で全部終わらせようとするなんて!ばあやが教えてくれなかったら手遅れになるところだったわ!」

 

 

 

そう、既視感のある登場の仕方で、この和室に飛び込んできたのは紛れも無く【紫魔】の妹、紫魔 スミレであった。

 

…焦った様子で、息を切らして。

 

それは彼女からしても、兄が下した今の判決が予想と希望に反したモノであったからこその焦りなのか。

 

そのまま、座敷へと飛び込んできた彼女は…冷徹な裁きを下した兄、紫魔 憐造へと向かって。

 

怒っているかのように、言葉をぶつけ始める。

 

 

 

「昨日は兄様が忙しくてあまりお話し出来なかったから、今日は私も交えて決めるって話だったじゃない!うそつき!」

「…お前がうるさく口を挟むことがわかっているから、わざとお前を遠ざけたのだ。それくらい分からないのか?」

「それが酷いって言っているの!私にも関係があることなのよ?スズナは私の従姉妹で、セリさん達は私の友人!いくら兄様でも、私の大切な人を奪う権利なんて無いはずでしょう!?」

「だが私との繋がりはない。お前には従姉妹でも私には血の繋がらぬ赤の他人…他人と掟、どちらを優先すべきなのかは明白だ。」

「また掟掟って…そればっかり…」

 

 

 

しかし、いくら【紫魔】の妹が助けに現れたとは言えども。

 

口論のペースはあくまでも【紫魔】の方に分があり、どこか感情的になっているスミレと違って冷静に事を進めようとしている紫魔 憐造の方が一枚も二枚も上手かのようではないか。

 

…しかし、それも当然なのか。

 

何せスミレの相手は紫魔本家の長、政界・財界・決闘界に深い繋がりのある『鬼才』、世界に名立たる融合王者【紫魔】、紫魔 憐造であるのだから…

 

いくら妹の抗議とはいえ、この人間場慣れしたオーラを醸しだす【紫魔】が。ソレを聞き入れてくれるとは、この口論を聞いているセリからしても到底考え難いことでもあり…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

 

「はぁ…いいかスミレ、昨日も言ったが、これは大事な掟なのだ。紫魔家において掟は絶対、つまりこれも仕方のない事で…」

「何が掟よ!いくら兄様でも、スズナ達を消したら嫌いになるから!」

「なっ!?…ま、待てスミレ、それは少し言いすぎじゃないか?」

「知らない!話を聞いてくれない兄様なんか嫌いよ!」

「ぬぁ!?」

 

 

 

何やら…

 

…先ほどの、底知れぬ恐怖を感じさせるあの態度から一転。

 

【紫魔】の口から、あまりに『人間臭い』呻きが聞こえたと思ったその矢先に…妹の『嫌い』という単語に対し、何やら【紫魔】はえらく動揺した態度を見せたかと思うと。

 

…そのまま、紫魔 憐造は先ほどまでの冷徹な声とはあまりに異なる感情的な声を出しながら。

 

感情的に『嫌い』と言い放った妹に対し、まるで叫ぶようにしてその口を開き始めたではないか―

 

 

 

「スミレェ!兄様に向かって嫌いとは何事だ!兄様はこんなにもお前の事を思っていると言うのに!」

「今そんなこと関係ないでしょ!それよりスズナの事よ!」

「掟は掟だ!お前も本家の者ならば、掟の重要性はなによりも…」

「だから、その掟を兄様が変えてよって言っているの!とにかく、スズナを消すなんて許さないから!セリさん達も、こっちの都合で消すなんてもってのほかよ!」

「いつからそんなわからず屋に…ッ、また天城 竜一とかいう下民に影響されたのか!?そうか!そうなんだな!?ダメだ、兄様は認めぬぞ!お前、まさかあんな下民と一緒になりたいだなどと抜かすのではあるまいな!」

「だ、誰があんな奴…じゃなくて、今は竜一の事は関係ないでしょ!」

「呼び捨てだとぉ!?スミレェ!ま、まさかお前、あの無礼な男と関係を持ったのではあるまいなぁ!?」

「馬鹿なこと言ってないで!」

 

 

「ねーねー…これがさー、あの恐いって有名なー…【紫魔】の憐造サン?なんかさー、さっきとさー、感じがちょっとさー…ねースズナたん、【紫魔】ってもしもしのもしかしてシス&コ…」

「お嬢様…私のためにそこまで…うぅ…」

「聞いてないぞ、ギョウ。」

 

 

 

…昨日、スミレ本人から『ソレ』を聞いていたセリはともかくとして。

 

何も知らなかったゴ・ギョウが、今の紫魔 憐造の『ソレ』を見てあっけにとられているのも無理は無く。

 

…何せ今の【紫魔】の姿は、世に広く知られる【王者】の姿とは似ても似つかぬ直情的な代物。

 

感情の無い『鬼』の様だった、先ほどの姿とはまるで正反対…妹の感情に振り回され、些細な言動で一喜一憂…いや、心慌意乱の姿を見せている今の彼は、この場に居る誰よりも『人間臭い』姿を見せつけているのだから。

 

…口論に口論を重ね、感情に感情をぶつけ合う紫魔兄妹。

 

こんな【紫魔】の姿なんて、きっと誰が見たって信じられるわけもないだろう。そう、あの冷徹と冷然と冷静が人間の形をしているかのような、あの孤高の存在として世界に知られているあの紫魔 憐造に…

 

こんな、人間臭い一面があるだなんて―

 

しかし、ソレがいかに信じられぬ光景であったとしても。ソレが紛れもなく今目の前で繰り広げられているのだから、この光景がどれだけ信じがたい真実であるとはいえ。

 

ソレを見せられているセリとギョウからすれば、呆然としつつも飲み込む以外に道はなく…

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

しばらくの言い合いの後に、口論と言う名の兄妹喧嘩に決着がついたのか―

 

いや、決着というよりも、一方的に勝ち誇った顔をしている『妹』の横で…

 

…どこか諦めたように、そして疲れたように。

 

【紫魔】は、そのどこまでも『人間臭い』顔を、改めてセリたちへと向かい直したかと思うと―

 

 

 

「はぁ…スズナ。貴様は本日この時を持って紫魔家から追放する。今後は紫魔の名を名乗る事を一切許さず、決闘市に踏み入る事も禁じる。デュマーレでもどこでも、好きに行くがいい。…よいな。」

「はい…」

「デュマーレの貴様らもだ。掟を破った『冴草』の貴様と…我が妹に東地区にて声をかけ不等にも道案内を要求し不釣合いながらカフェへと連れ込んだ挙句カフェにてスミレを『弱い』と愚弄したそこの無礼で無教養の下種、もといクソガキ、いや小僧。…貴様らにも、大変不本意ながら今日1日だけの猶予をやろう。私としてはまことに不本意なのだが…その間に貴様らがこの街から居なくなれば、後の事はこちらで片付けてやる。スミレの友人というのだから特別にだ。スミレに感謝しろ。」

「は、はい…ありがとうございます…」

「…おい、チャン僕のは思いっきり私&怨じゃねーか。つーかてーか何でソコまで知ってんの?こわー…」

「おい、ギョウ…」

「ひゃはは、寛大なお心ありざいまーす。」

「全く…スミレ、これでいいのだろう?」

「うん…ありがとう兄様。スズナを…みんなを消さないでくれて。」

「我が侭はこれっきりにしてくれ?後でババアどもに煩く言われるのは俺なのだから。」

「頼りにしてるわよ。兄様にしか出来ないことなんだから。」

「ふっ…仕方のない妹だ。」

 

 

 

…と、そう締めくくったのだった。

 

 

 

「…すっげーシスコ…」

「言うな、ギョウ。」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

その夜―

 

 

 

「元気でね、スズナ…」

「お嬢様…なんとお礼を言えば良いのか…私なんかのために…」

「『なんか』じゃないわ。貴女が助かって本当によかった…貴女が生きててくれるだけで、私は嬉しいの。」

「お嬢様…」

 

「ギョウ、セリ、よかったな。これでまたお前らとデュエルできるぜ。」

「ひゃは、次会うときは対抗戦だねー、まっ、楽しみにしといてアゲアゲってカーンジィ?」

「リューイチ、面倒をかけてしまって本当にすまなかった。イノリさんにも…よろしく伝えてくれないか?」

「おう。」

 

 

 

波も静かな夜の港…

 

その、決闘市の外れにある埠頭にて―

 

今まさに、決闘市を後にしようとしているセリ、ギョウ、そしてスズナを…天城 竜一と紫魔 スミレが、心惜しそうに見送りに来ていた。

 

…それは大人数ではない。たった2人だけの見送り。

 

まぁ、紫魔家から『追放』という扱いを受けたスズナはもちろんのこと。セリとギョウも、昼間に決闘市中であれだけの大騒ぎを巻き起こしたのだから…彼らに倒されていった学生達が大勢いる以上、デュマーレ組を見送ろうという学生など他には確かに居るはずも無いと言えばそこまでなのだが。

 

…今夜中にこの街から出て行くことを条件に、『暗部』の追跡を取りやめてくれルと【紫魔】は約束した。

 

それだけではない。紫魔 スミレからの温情で、セリ達にはデュマーレ行きの『客船』の席まで用意されたのだ。

 

それは掟を破ったスズナと、紫魔家に目を付けられたセリ達にとっては破格の恩赦。一般庶民であるセリとギョウからすれば、『豪華客船』とも思える船の席が…紫魔 スミレから、お詫びとして与えられ…

 

しかし、まさかアレだけ迷惑をかけた自分達が、紫魔家から緩しを得ただけではなくタダで故郷であるデュマーレまで帰ることを許されるだなんて。

 

…流石は融合王者【紫魔】の妹君にして、名家たる『紫魔本家』の副当主か。

 

昨日のカフェでの楽しい談義もそう。【紫魔】から恩赦を勝ち取ってくれたその行動力もそう。その寛大なるも優しきスミレの心に、セリはずっと救われっぱなしで…

 

 

また、天城 竜一にしてもそう。

 

 

確かに最初は衝突してしまったものの、昨日一晩共に過ごしたおかげか。

 

喧嘩した相手はみんな『ダチ』という竜一の、その単純なるも高原のように広い心の前では…理屈屋のセリも、奔放派のギョウも。その心を深いところまで許さざるを得ないほどに、彼らは短くも太い絆を結んだのだ。

 

…こんな異国の地で、こんなにも心許せる友が2人も出来るだなんて。

 

その思ってもみなかった新たな出会いに、セリの心にはこれまで以上に旅に出て良かったという嬉しい感情がジワジワと沸きあがっていて。

 

 

 

「あ、そーだ、リューちんさー。」

「あ?何だよ。」

 

 

 

すると、そんな自分達を見送りに来てくれた竜一に対して。

 

何やら、ゴ・ギョウが思い出したようにして…

 

改めて、その口を開き始めた。

 

 

 

「つーかてーかなんてーか?リューちんって…『逆鱗』の、何なん?」

「何って…何がだ?ってか、何で『逆鱗』?」

 

 

 

ゴ・ギョウが放ったその問い…それは実際に天城 竜一と戦ったゴ・ギョウだからこそ感じられた純粋な疑問。

 

…そう、ゴ・ギョウはその目で見た。

 

デュエルの最中、切り札である【ダーク・アームド・ドラゴン】を召喚した天城 竜一のその雰囲気が…あまりに、『逆鱗』に瓜二つであると言うその姿を。

 

…先日立ち寄ったデュエリアの街で、実際に『逆鱗』と遭遇したゴ・ギョウ。

 

そして、その『逆鱗』のオーラを直接ぶつけられた彼だからこそ―天城 竜一の持つ雰囲気が、あまりに『逆鱗』に似ていると言うことに、どうしても疑問を感じてしまったのか。

 

だからこそ…

 

ゴ・ギョウからの唐突な問いに、天城 竜一が思わず困惑している様子を見せてしまったとしても。

 

どうしても気になるのだとして、ゴ・ギョウは更に言葉を続け…

 

 

 

「いやー?リューちんさー、なーんかデュエルとか雰囲気とか?どことなーくこの前デュエリアで会った『逆鱗』に似て…」

「ッ!お前らオヤ…『逆鱗』に会ったのか!?」

「オヤ?…ま、会ったっつーか?セリが殺されかけたっつーか?」

「…あー…アレはホント死ぬかと思った…」

「…テメェら、何したんだ?」

「ま、それよりー…だからリューちんって、『逆鱗』の何なん?」

「…」

 

 

 

また、ゴ・ギョウとセリから飛び出した『逆鱗』とのエピソードを耳に入れ…何やら、彼なりに思うところがあるような素振りを見せる中央校2年、天城 竜一。

 

…ゴ・ギョウがわざわざ、『逆鱗』の名を出したのにも意味がある。

 

そう、彼は天城 竜一と、『逆鱗』と呼ばれる劉玄斎に、何らかの関わりがあるのではないかという確信を持って竜一へとその問いを投げかけたのだ。

 

だからこそ…こんなにもどストレートな問いを渡された天城 竜一は、ゴ・ギョウからの問いに対し一体今何を考えているのだろう。

 

ゴ・ギョウからのその問いに対し、彼はどう答えればいいのか悩んでいる様子でもあり…

 

 

 

「俺は…」

 

 

 

そして…

 

 

 

刹那の沈黙の直後に。

 

 

 

天城 竜一は、どこか意を決したように―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は…『逆鱗』のファンだ。」

「…ひょ?」

「あーバレちまったかー。そーだよ、俺は『逆鱗』の大ファンなんだ。俺のスタイルが『逆鱗』に似てんのもそのせいかもな。そうだよ、何を隠そう、俺は『逆鱗』の大ファンなんだからよ。うんうん、ファンだからスタイルが似てんだよなー、なら仕方ねーよな、うんうん。」

「ひゃは、ファン…ねー…」

 

 

 

『逆鱗』の、ファン。

 

ソレは彼の本心からの言葉なのだろうか。

 

だってそうだろう。あまりに棒読みでつらつらと語られる、今の天城 竜一の言葉はどこか会話をはぐらかしているかのような言動となりて、あまりに『わかりやすく』ギョウ達へと伝えられているのだから。

 

…こんなにも棒読みなごまかし方を聞けば、子どもだってソレが嘘であると簡単にわかる。

 

それが、その答え方が。どれだけ正確な『答え』となっているのかを、天城 竜一は理解しているのかしていないのか…己の知る『真実』を、そのまま口にするわけでもなく。どこまでが本心なのか分からぬその答えを、投げかけてきたゴ・ギョウへと向かって返すだけ。

 

けれども、竜一からの答えを聞いたゴ・ギョウは…

 

そう、天城 イノリ…竜一の母親から感じたモノと、竜一の放ったモノをより近くで感じ取ったゴ・ギョウは…

 

天城 竜一とガチンコのデュエルをし、新たに友となったゴ・ギョウは―

 

 

 

「フーン?そんじゃま、そーゆーことにしといてやんよ。ひゃはは、ファンならスタイル似てても?別に可笑しくナッシングだもんねー。」

 

 

 

…と、静かにそう言ったのだった。

 

 

 

「お前らもプロになんだろ?なら、お前らとの決着はプロの舞台だ。」

「ひゃは、チャン僕とは今度の対抗戦でまた戦るけどねー。でもまー、プロなってからの方が確かにオモシレーかもね。【黒翼】の息子クンも来るんだろうしさー。」

「あー…いや、マサの野郎はプロにゃならねぇんだ。親父さんとウマが合わないみたいでよ。」

「…ふーん、【王者】の息子もそーとー大&変なんだねー。」

「けど、俺は勿論プロになるつもりだぜ。セリ、お前もプロになるんだろ?」

「俺は…」

 

 

 

…そして、別れの時間が迫ってくる。

 

だからこそ、これが最後の言葉なのだとして…今一時の別れの為に、最後に竜一はデュマーレ組に向かって、そう言葉を投げかけて。

 

しかし、ソレに対しハッキリと自分の答えを述べたゴ・ギョウを他所に…

 

セリの言葉はどこか歯切れが悪いままであり、それは彼が未だ自らの進むべき道に対し明確な未来を思い描けていないが故の迷いなのか。

 

…まだ、プロになる決心がついたわけではない。

 

デュマーレ、デュエリア、決闘市と、これまで3つの都市で大きな戦いを経たセリを持ってしても。まだまだ自分の未来は不透明で不確定なままなのだとして…セリの心は、未だ自分がプロになるべきかどうか決めかねている様子を見せたままで。

 

 

けれども…

 

 

竜一は、セリが迷っているところを見てもなお―

 

 

 

「プロの世界でまた会おうぜ、絶対な!」

 

 

 

…と、自信たっぷりにハッキリとそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

船が出る。

 

満天の星空の下、波に揺られながら。

 

天城 竜一と紫魔 スミレの目に映るは、夜の水平線の境界へと向かって進んでいく船の背に乗った…デュマーレから来た新たな友と、新たな人生を歩む為に故郷を去っていく一人の幼い少女の姿。

 

…鳴り響く汽笛、さざめく波音。

 

どこか寂しさを感じさせる、夏の夜に吸い込まれていくその優しい音は…

 

激しい戦いを経た竜一と、大きな論争を制したスミレの心に静かに静かに染み渡るようにして夜風に乗り…

 

…けれども、これが別に今生の別れになるわけでもない。また会おうと約束したかけがえの無い友たちとの一時の別れは、決して寂しいだけのモノではないのだから。

 

そんな、この夏の夜にふさわしい優しい音を聞きながら。船に乗り去っていく友たちを、竜一とスミレはいつまでも見送りつつ…

 

 

 

「…ファンだなんてよく言うわよ。アナタ、以前は『プロになって『逆鱗』を叩きのめす!』って言ってなかったかしら?」

「…っせぇな、いいだろ別に。…アイツを叩きのめすってのは今も変わってねぇよ。プロになって、アイツを正面からブッ飛ばすところを…お袋に見せてやんだ。」

「…そう。好きにしたら?どうせ止めたって聞かないんだから。」

「あぁ。」

 

 

 

彼らにしかわからぬ感情の中で、そう言葉を交わす竜一とスミレ。

 

…それは今この場では語られぬ、『別の誰かの物語』で紡いだ彼らの雰囲気。

 

友達…と言うには距離が近い。けれども恋人…と呼ぶにも距離が遠い。

 

そのもどかしいけれども心地よい、薄い壁を感じるような距離感の下で…誰にも邪魔されないからか、夏の夜の潮風に当たりながら…

 

小さくなっていく船を見送りつつ、スミレは竜一へと向けて、そのまま続けて言葉を発し…

 

 

 

「あ、そうだ。ねぇ竜一…もし、もしも、よ?『Ex適正』を複数持ったデュエリストや、逆に『Ex適正』を持たないデュエリストが居たとしたら…アナタ、どう思う?」

「…あ?なんだよそのありえねー問題は。」

 

 

 

スミレの問い…それは昨日、彼女がカフェにてセリ・サエグサから問われた、『ありえない』けれども『面白い』、そして何より『難しい』と彼女が感じた1つの問い。

 

『Ex適正』を複数持つデュエリストや、逆に『Ex適正』を持たないデュエリストが居たらどう思うか…

 

その、この世界に生きる人間ならばそもそも考えもしないであろうその問いを、今度はスミレが竜一へと投げかけたのだ。

 

…しかし、そんな例え話など、この世界の『常識』を理解している人間からすれば考える必要も無い話だと言うのに。

 

だってそうだろう。この世界に生きる人間にとって、扱えるExデッキの召喚法は『1人』につき『1つ』だけ。

 

融合、シンクロ、エクシーズ、その3つの中から、自分が使える召喚法がその内の唯一つだけと言うのは…この世界に生きる人間からすれば、子どもでも知っている常識中の常識であるのだから。

 

だからこそ…普通の感性を持った人間ならば、答えることすらしないだろう。そんな突拍子もなく現実味の無い、根底からしてありえないその質問に対して。

 

ソレ故、今ソレを天城 竜一に聞いたところで自分が納得する答えが帰って来るかどうかなんて、スミレ自身にだってわからないものの…

 

それでも、彼女はどうしても彼の答えが気になるかのようにして。少々詰め寄るようにして、隣に立つ彼からの答えを待ち続けるのか。

 

 

 

「いいから、アナタならどう思うのか気になったの。私も考えているんだけれど、まだ上手く言葉に出来なくて…」

「ンだそりゃ…またゴチャゴチャ考え過ぎてんじゃねーのか?こんなモン、パパッと思いたらソレが自分の答えじゃねーか。」

「それは…そうなんだけど…だからアナタはどう思うのか、それが知りたいの。ねぇ、どう思う?『Ex適正』を複数持ったデュエリストや、『Ex適正』を持たないデュエリストが居たら。」

「あー…そうだなー、そりゃ融合とシンクロとエクシーズ全部使えたら普通にスゲーと思うけど…」

「思うけど?」

「…逆に、Exデッキ使えない奴が居ても、ソイツはどんなデュエルすんだろうなってワクワクするな。」

「え?」

 

 

 

そして…

 

 

天城 竜一から帰ってきた答え…それはスミレからしても、少々予想外のものであった。

 

 

そう、『ありえない質問』に思考を放棄するわけでもなく、かといって頭ごなしに否定するわけでもなく。

 

居るはずの無いその『例え』に対し、どこまでも肯定的に物事を捕らえる竜一の答えは…

 

色々と難しい言葉で『答え』を作ろうとしていたスミレからすれば、あまりにシンプルなるも本質を突いた、それでいて言葉に出来なかった自分の答えに、確かな『形』を与えてきたのだから。

 

 

 

そのまま、天城 竜一は続ける…

 

 

 

「…ワクワク?」

「おう。だってよ、Ex適正が無ぇってことは、ソイツはExに頼らずメインデッキだけで戦うっつーことだろ?ンなデュエルするやつとなんて戦ったことねーから、どんなデュエルすんだろーなって逆にワクワクすんだろが。俺らじゃ想像できねぇ、Exに頼らねぇデュエルするんだぜ?そんなことが出来るなんて、絶対ぇ凄い奴に決まってんだろ。…ま、俺も似たようなデュエルするけどよ…でも、俺とはまた違うっつーことだしよ。」

「…ふふっ、アナタらしい答えね。でも…そうね、私も同じような答えかも。もしそんなデュエリストが居たら、きっと私達の想像の上をいくデュエルをするんでしょうから…きっと、いいえ、絶対に凄いデュエリストに違いないわ。」

「あぁ。もし居るなんら会ってみてぇな。んで、デュエルしてみてぇ。」

「えぇ、私も…ふふ、そう思うわ。」

 

 

 

単純…しかし明確―

 

その、竜一から紡がれる感情からの言葉は、理論で物事を捉えようとするスミレとは真逆も真逆の正反対の性質。

 

けれども…いや、だからこそ―

 

輪郭は掴めていても、言葉に出来ていなかったスミレの『答え』に…竜一の感情からくるストレートな答えは、スミレのモヤモヤしていたソレをいとも簡単に吹き飛ばす代物となりて、どこまでも欲しかった『答え』をくれるのか。

 

 

 

…船の形が、見えなくなるほどに小さく遠くなっていく

 

 

 

その、かけがえの無い友たちを乗せた船を…

 

 

 

 

 

「…面白い奴等だったな、アイツら。」

「えぇ。また会いたいわね。」

「会えるさ、プロの世界でな。いつかまた、絶対だ!」

 

 

 

 

 

竜一とスミレは、いつまでもいつまでも見送っているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

「お?どうした?」

「用意した客船って…あんなに古びてたかしら…」

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

船上―

 

 

 

 

 

「スズナ、もう体は大丈夫なのか?」

「あぁ。もうほとんどダメージは残ってはいない。」

「そうか、ならよかった。…あ、そういえばギョウ、お前もよく無事だったよな。はぐれた時、30人くらいに囲まれてなかったっけ?」

「ひゃはは、マフィアに追われた時と比べたらよゆーだったっしょ。」

「あー、確かにあの時も確かに大変だったけど…」

 

 

 

乗り遅れる寸前のところで、出発ギリギリでどうにか船に駆け込むように乗船したセリ達は…

 

他に誰もいない甲板の上で、小さくなっていく決闘市を名残惜しそうに眺めながら、そう言葉を交わしていた。

 

…それはお互いを労いつつ、この街で起こったあの騒動をゆっくりと振り返っているかの様なゆったりとした雰囲気。

 

大変だった…本当に、色々な事がありすぎた―

 

思い返しただけでも、たった2日間しか滞在しなかったとは到底思えない濃密な時間を繰り広げたセリとギョウ。

 

そして人知を超えた超常現象に巻き込まれたスズナも、下手をすれば命を落とすところであったのだから…

 

きっと、決闘市で起こった2日間の騒動は実時間以上の経験となりて、セリ達の心に深く深く刻まれているに違いないことだろう。

 

 

 

そして、決闘市の明かりが遠く遠くなっていき…

 

 

 

「ま、その後にリューちんとデュエルする羽目になったんだけどもだっけーど?ひゃは、つつがなくー、ってね。」

「…の割りには、今にも倒れそうじゃないか。そうとうヤバかったんだろ?お前も。」

「………まーねー…確かし、ちょっち舐めてたわ決闘市…」

「あぁ…みんな強かった…それに、まさかプロまで出てくるなんてな…」

「それなー…」

 

 

 

 

 

 

「つよかったー!何なんだよ決闘市!やばすぎだろ!」

「雑魚なんて居ナッシングだったじゃんねー!誰だよ決闘市雑魚ばっかつった馬&鹿はー!」

「ッ!?な、なんなのだいきなり!?」

 

 

 

ゆったりと流れていた時間を割くように。

 

いきなり大声を上げたかと思うと、大の字になって倒れこみながら…セリとギョウは、星空を見上げて叫び始めて。

 

…そのまま、ビックリした様子のスズナを意に介さず。

 

これまで押さえていたモノを、全て吐き出すかのように…

 

セリとギョウは、まだまだ続けて叫ぶのみ。

 

 

 

「あー!こんなことならデュエリア校にも殴り込んどくんだったー!すっごいもったいないことしたー!」

「だーから言ったじゃんねー!学生なんて戦う意味ナッシングつったのセリだかんねー!」

「何だよあの『四天王』とか『火焔』とか!それに『虎徹』が出てくるなんて反則だろ!?プロだぜプロ!他にも色々ヤバすぎだって!」

「これで去年の方が?もっとヤバい奴ら居たとか?ジョーダンきっついっしょマジマジマージでー!」

「はぁ…はぁ…あー…面白い街だったな、決闘市…」

「ひゃは。セリ、お前今、決闘市で生まれたかったって思ったんじゃね?」

「あぁ…戦う奴等全員、気を抜けない相手ばっかりで…」

「ねー、退屈しなさそーだもんねー決闘市。」

「あぁ…」

「…何なのだ、お前たちは。いきなり叫びだして…」

「ひゃはは、すんげー楽しかったってこと。」

「もっと色んな所にも行ってみたかったな…ま、デュマーレに帰ったらしばらくはいけなくなるけど…」

「それなー。次は親父さん、ゼッテー許してくんなさそーだもんねーひゃははは。」

 

 

 

零れるは昂ぶり、溢れるは興奮。

 

決闘市での数々の戦いに、どうにも叫ぶのを我慢できないセリとギョウ。

 

…強かった…本当に、強い奴等ばかりだった。

 

これまで、デュマーレの中だけという狭い世界で生きてきたセリたちにとって…戦う学生全員が強者、全てが気の抜けないデュエルだったというあの騒動はどれだけの刺激となり得たのか。

 

…故郷に居たままでは、絶対に味わえなかったであろう数々のデュエル。

 

ソレを経験した今のセリは、求めていた『圧倒的強者』とのデュエルこそ叶わなかったものの、ソレ以上の満足感を得ているかの様でもあり…

 

…ソレ故、疲れ果てるほどに戦い抜いたセリの心は。

 

一旦の『終わり』を迎えるであろうこの旅に対し、どうやっても充分過ぎるほどの抱え切れない充実感で溢れていて―

 

 

 

「さて、デュマーレに着くまでゆっくり休むか………ん?」

 

 

 

しかし…

 

 

 

「なぁ、ギョウ…」

「ん?」

「…この船…乗り遅れそうだからって、お前が『コレっしょー!』って飛び乗った船…だったよな?」

「イカにもタコにもアナゴにも。」

「なんか人の気配が無い気が…」

「ひょ?ンもーセリってばー、ゴーカ客船なんだから人居ないわけが…」

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「あり?」

 

 

 

―セメタリア行き『貨物船』

 

 

 

「あっれー!?間違えちったー!」

「ギョウ!」

「貴様!どうするのだ!?」

「ま、メンゴメンゴー。」

「謝ってすむか!」

「どうするのだ貴様ぁ!」

 

 

 

…いや、騒動ばかりの彼らの旅が、ここで終わりを迎えるはずもなく。

 

船を間違え、行き先を間違え…

 

 

 

 

「セメタリアって全然違う国じゃないか!ど、どうすんだよこれ!」

「ふ、不法入国ではないか!強制送還などされたら今度こそ私は消されてしまう!」

「ひゃはははは!わりーわりー!ひゃっはっは!」

「笑ってる場合かぁ!」

「笑っている場合か貴様ぁ!」

 

 

 

 

旅は、まだ続いていく―

 

 

 




次回、遊戯王Wings外伝「エピソード七草」
ep4、「スズシロ in セメタリア」

遊戯王Wings外伝『決闘市のリトルドラゴン』
ゆっくり、執筆中。



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