遊戯王Wings外伝「エピソード七草」 作:shou9029
セメタリア―
それは世界に多々ある国々の中でも、2番目に大きな国土を誇る歴史の古い大国の名。
…正式名称、セメタリア王国。
首都デュエリアを要する世界最大の国土を持ったデッキード共和国にほど近い、2000年以上の昔から続くと言われる歴史深い国として有名な世界最古の国のひとつであり…
そう、知る人ぞ知る『鏡の英雄』…1500年以上前に、7柱の『悪霊の神々』を地上絵に封印し世界を救ったとされる伝説の英雄が生まれ育ったこの国は、狼王の末裔とも呼ばれるセメタリア王家が代々国を統治していることでも知られる歴史的に有名な土地でもある。
…太古から育まれた山や森と言った、自然豊かな土地柄は勿論の事。『悪霊の神々』が封印されたとされる7つの地上絵は、『世界決闘遺産』の1つに数えられるほどに有名な観光地。
また、セメタリアの首都である『デュエルトリコ』は、5大デュエル大都市に数えられるほどにデュエルレベルが高いと言われているのだ。
そう、近年で言えば4代前のシンクロ王者【白爪】や、3代前のエクシーズ王者【黒剣】と言った、かつては【王者】も輩出したことで有名な決闘学園デュエルトリコ校。
その名声は古くから衰える事無く、また世界中の決闘学園の中でもこの学園は特に若手の教育に力を入れているとされているために…
…決闘学園デュエルトリコ校の教育は凄まじいの一言であり、厳しさ世界一と言われるほどのまるで軍隊さながらの授業が行われているというではないか。
規律の取れた統制によって鍛えられる、デュエルトリコ校の学生達の質は凄まじく高く。3年生ともなれば、学年全員がプロにいっても通用すると言われるまでに層が厚く、その教育方針はまさに全世界の決闘学園でも随一の教育プログラムとされていて。
…ソレに加えて、セメタリアの首都デュエルトリコにて行われる、【デュラーズニーク】と呼ばれる学生達の祭典は世界中のプロ達も観戦に訪れるほどに世界的に有名。
決闘市の【決闘祭】、デュエリアの【デュエルフェスタ】、デュマーレの【フェスティ・ドゥエーロ】、闘都の【龍節戦】と並んで…5大デュエル大都市に数えられる都市の、次代のプロ候補生たちの戦いを、世界中のプロデュエリスト達が注目しているのは最早言うまでもないことであり…
それ故、セメタリアの最高峰の学生達のデュエルと、デュエルトリコ校の教育の光景を見れば誰だってセメタリア、ひいてはデュエルトリコがどれだけ学生の教育に力を入れているのかを理解するに違いなく。
…大自然に囲まれた、歴史深い神聖な土地。
…ハイレベルな学生達が大勢いる、世界最大級の国と決闘学園。
そんな、これまでデュマーレ、デュエリア、決闘市と、デュエル大都市にて壮絶な戦いを繰り広げてきた決闘学園デュマーレ校2年のセリ・サエグサは…
セメタリアの首都、デュエルトリコ………ではなく、地図でも省略されるようなセメタリア王国の『端』の『端』…
地図にも載っていないような、深い深い『森』を抜けた所にある…
荒波打ち付ける『断崖絶壁』の、その眼下に広がる自分達が渡ってきた『海』を望みながら…
街灯よりも光が強い、夜空の『月』の明かりに照らされつつ…
「…なんでこんな事になっちまったんだ…」
深い…それはそれは深い『溜息』と、それはそれは苦い『苦言』を吐き出していた。
「…当てもない、金もない、食い物もない…このままじゃ本当に野垂れ死んじまう…」
首都から遠く離れたセメタリアの端で、夜闇を照らす月明かりに美しい金髪を煌かせ。断崖絶壁に吹く潮風に髪を揺らし、物憂げな瞳と憂鬱な表情にてそう零したセリ・サエグサ。
…微かに漂い始めた辺りの『霧』も相まって、今の彼のその雰囲気は悲嘆に塗れた美少年という表現がピッタリと当てはまるほどに…
そう、のっぴきならない状況に陥っているのにも関わらず、今の彼の姿はまるで名画から抜け出た被写体のように『絵』になっているというのがなんとも皮肉めいていたことだろう。
…そう、セリからすれば、魅せようと思ってこんな物憂げで憂鬱な美少年のように整っている悲嘆な顔を周囲へと見せているわけでは断じてないのだ。
まぁ、もしここに彼と同じ年代のうら若き女生徒が居たとしたら、きっとセリの薄幸なる愁いを帯びた立ち姿だけで無意識なる雌の黄色い声を漏らさずには居られないことだろう。
しかし、それでも今この現状においては。心の底から切羽詰っているセリは、ただただ自らが置かれた状況に対し深い悲嘆の溜息をゆっくりと吐くだけであり…
「ンもーセリってばー!どんどんだけだけ悔やんだってぇ?そう!やっちまった事は取り戻せなうぃーんだぜー?」
「誰の所為だと思ってるんだよ!こんな見ず知らずの土地で!知らない国に不法入国する羽目になったのは!」
「…セリの言う通りだこの馬鹿者が。不法乗船に不法入国…貴様の所為でお嬢様のご厚意が完全に無駄に…」
「ひゃはははは!だからワリーって言ってんじゃーん?」
…また、感情のままに怒りを飛ばしたセリの後ろには。
パチパチと音を上げる焚き火に当たりつつ、底抜けに、かつ青天井に楽観的な声を出している少年と…セリと同じく、先の見えない現状にこの上ない溜息を吐いていた、一人の少女の姿がそこにはあって。
その内の1人は紛れも無く、この『旅』を同じくしているデュマーレ校2年のゴ・ギョウ。
そしてもう1人は、先日立ち寄った決闘市でセリ達の旅に同行することが決まった決闘市出身の14歳…紫魔…の姓を名乗れなくなった、ただの一般人に成り下がってしまった名字なき少女、スズナ。
…森を抜けた先の、薄っすらと霧が漂う崖の上で、野宿と言わんばかりに焚き火に当たり。
夜の潮風に吹かれながら、キャンプをするには少なすぎる手荷物を傍に置いたギョウとスズナの二人のテンションは…あまりに相対的とも言える、楽観と絶望がバチバチにぶつかり合っている光景であったことだろう。
そう…崖の上で悲嘆に暮れているセリと、楽観的に笑っているギョウと、絶望の顔つきで焚き火に当たっているスズナの今の3人の姿は、端的に言えば宿がなく彷徨っている『家なき子』そのモノ。
特に、明日の当てもなく疲れきった顔をしているスズナの表情は…まるで野宿3日目とも言わんばかりの疲弊となりて、その幼さの残る少女の顔色に重く重く圧し掛かっており…
しかし、故郷であるデュマーレの街に向かっていたはずのセリ達が、こんな人の手が入っていない深い森の端っこで野宿を余儀なくされているのにも事情がある。
そう、理由があるのだ。セリが悲嘆に暮れているのも、スズナが絶望しているのも…そしてゴ・ギョウは普段通りだとしても、それでも彼らが今こうして異国の地で『家なき子』になってしまったのには確かなる理由があって…
それは、とてもとても深い事情…
と言うより、深いようでとても浅い、あまりに馬鹿げた下らない理由が。
―『なぁ、ギョウ…』
―『ん?』
―『…この船…乗り遅れそうだからって、お前が『コレっしょー!』って飛び乗った船…だったよな?』
―『イカにもタコにもアナゴにも。』
―『なんか人の気配が無い気が…』
―『ひょ?ンもーセリってばー、ゴーカ客船なんだから人居ないわけが………あり?』
―セメタリア行き『貨物船』
それは先日立ち寄った決闘市で、紫魔家の掟により文字通り消されかけたセリとギョウとスズナが…
紫魔本家副当主である『紫魔 スミレ』の手助けにより、彼女の用意してくれた『船』にてどうにか決闘市を抜け出し、セリとギョウの故郷である『海の都』デュマーレに向かうはずだったその直後…
―『あっれー!?間違えちったー!』
―『ギョウ!』
―『貴様!どうするのだ!?』
―『ま、メンゴメンゴー。』
―『謝ってすむか!』
―『どうするのだ貴様ぁ!』
なんと、自分達が乗る船を。あろうことか、ゴ・ギョウが『間違えて』しまったのだ―
…無論、船の行き先はデュマーレなどでは断じてなく。
送迎船などではない、見たままの『貨物船』であったその船はデュマーレのルートを大きく外れ…
まったく違う目的地、このセメタリア王国へと舵を取ったのは言うまでもない。
…行き先も違えば待遇も違う。
甲板にて喧嘩し騒いでいた彼ら3人は、すぐさま船員に発見された。そして、そのまま危うく暗い暗い夜の沖合いに放り出されそうにもなった。
…一応、すぐに連絡を取った紫魔 スミレの手助けにより、どうにか強制退国や逮捕は免れたとは言えども。
それでも、あくまでも不法乗船したセリ達の罪は重く深くそれでいて厳しく。
セリ達一行は帰還や送迎など許されるわけもなく、そのまま貨物船の目的地であるセメタリアへと日数にして10日間の船旅をさせられてしまったのだ。
…唯一の救いは、貨物船の船長が『寛大』な心の持ち主であったことだろうか。
そう、セメタリアに到着するまでに、海のど真ん中に放り出されなかったのはまさにセリからすれば『幸運』と呼ぶ他ないほどに不幸中の大幸運だった。
だからこそ、セリ達3人がそのまま船に乗せてもらえたこと自体が幸運であったのは最早語るまでもないことであり…
責務として、到着まで貨物船内の雑用係を命じられたのは当たり前としても。半ば同情される形でセメタリアまで運んでもらえたのは、偏にセリ達がまだ学生という子どもであったからこそなのだろう。
…また、10日間も船で雑用をしていれば、嫌でも船員たちとは打ち解ける。
それが荒くれ達の乗る海賊船や漁船などではなく、大手会社の貨物船であったことも幸いだった。娯楽が不足しがちな船員たちの、『デュエル』の相手をすると言う名目で一種の船員として扱われたセリ達は船の雑用業務に船員たちのデュエルの相手と、とにかく働き詰めの毎日を送る羽目になったのだが…
とは言え、14歳という幼く未熟なスズナはともかく、デュマーレの学生達の祭典【フェスティ・ドゥエーロ】を優勝したゴ・ギョウと、準優勝したセリ・サエグサは荒っぽいデュエルを仕掛けてくる船員たちにも一歩も引かず。
それ故、セリとギョウはその実力の高さを買われ…そしてスズナはその幼さから同情されつつ、船員たちに気に入られたセリ達はとにかく船旅の中でも何かと可愛がられたのだ。
そうして、何かと性根の良い船員たちにからかわれつつも、何も危害を加えられることもない船旅を送りながらセリ達は五体満足でセメタリアへと運ばれた。
とは言え…
それでも入国やら乗船と言った手続きを何もしていないセリ達が、セメタリア王国に到着と同時に半ば放り出される形で船を降ろされたのは当然と言えば当然で。
そう、貨物船側からしても、不法入国に不法乗船した学生達を庇う事などしたくはないのが本音なのだから…ここまでの乗船賃として、かなりの額をセリ達から取っていたとしても、それは口止め料を考えればかなり安く済んだと言えるにまず間違いなく。
…そして、セリ達の問題はここからだった。
セリ達が到着したのは、セメタリアの端っこの港町であったのだ。
そこは田舎情緒溢れる町であり、よく言えば自然に囲まれた町…しかし悪く言えば何もない、あまりに不便な田舎町であった。
当然、役所的な所に行ったって国際的な手続きなど出来はしない。
いや、出来たとしても、それは首都や国家とのやり取りになるために…セリ達からすれば、時間がかかり過ぎてしまうために素直に正攻法を取る事が出来なかった。
…かと言って、このまま何も手続きしなければただの不法入国。
そう、放っておけば当然の事ながら、国際問題に発展しかねない。もしそうなってしまえば、当然の事ながらセリとギョウはデュマーレ校を退学となり…この見ず知らずのセメタリアの地で、犯罪者として捕まってしまう可能性が大きいと言えたのだろう。
しかも、セリ達には夏休みという時間的制約もある。
もし旅先でトラブルを起こし、夏休み中に故郷に帰れなければ、きっとセリの両親は今後一切の旅を許してはくれなくなる違いなかった。
…それ故、一刻も早く迅速なる問題の解決と手続きを行うため。
再度連絡を取った決闘市の紫魔 スミレの助言によって、セリ達はまず急いでセメタリアの首都であるデュエルトリコに向かう流れとなったと言うわけで…
そして…
そこで、貨物船への口止め料として払った金額が改めてセリ達へと重く圧し掛かってきた―
そう、人生設計をしっかり立てていたセリが、いつかの貯金にと用意していたこれまでコツコツ貯めてきた貯金のほとんどを『そこ』で支払ってしまい…
無一文…とは言えないまでも、このままでは田舎町から首都デュエルトリコまでの電車賃などとてもじゃないが払えはしない経済状況へと追いやられてしまっていたセリ達は、その場にて『金』という唯一信用できる確実な手段への別れを宣告されてしまった。
…金がなければ移動もできない。
しかし、金策のためにこの町に留まるのもリスクがある。いや、そもそも町に留まる選択すら与えられないほどに路銀が尽きてしまっているこの現状では、生きてデュマーレまで帰ることすら危うくなってしまう…
…その為、セリ達に取れた手立てはただ1つ。
そう、手続きもなく不法入国したために、田舎町で働くことなど出来はせず。かと言って金を借りられる知り合いなどこの異国には居はしないために、セリとギョウ、そしてスズナはセメタリアの端から首都であるデュエルトリコ目指して…
あまりに遠い陸路の距離を、『徒歩』で移動する羽目になっていて―
…1日目。
万能端末であるデュエルディスクにて、デュエルトリコへの地図を検索し、ソレを頼りに森を徒歩にて移動。
しかし近くに街や村などなく、野営を余儀なくされる。
…2日目。
同じように森の中の道を歩き続ける。
その道中、地図を開きっぱなしだったセリのデュエルディスクのバッテリーが切れ、デュエル機能以外使えなくなり当然の如く野宿。
…3日目。
ギョウとスズナのデュエルディスクのバッテリーも同じく切れてしまい、薄っすらと出てきた霧の所為か、方向感覚すら曖昧になってしまったまま夜を迎える。
そして、現在…
「…ここはどこなんだよー!」
荒波打ち付ける断崖絶壁、そこから霧もかかり始めた夜の海へと向かって。
思い切り叫ぶセリの姿は、まるで叫ばずにはいられないと言わんばかりのストレスが声となりて放たれており…
…空腹と、疲れと。
そして知らない国ゆえに現在位置が分からないことから、セリのストレスがMAXとなってしまったのか。
…こんな事になるのなら、太陽光充電器を持って来るんだった。
そんな後悔も浮かんでいるらしいセリは、荒波の音をバックグラウンドに持てる力の総力を持ってして、そのストレスを吐き出さんとしているばかりで―
「ひゃはははは!セリぃ、ワーギャー叫ぶと?そう!お腹がもーっとハングリるだけだぜー?」
「誰のせいだ誰の!…はぁ…なぁギョウ、お前随分楽観的だけど、コトの重大さが分かってないのか?」
「…セリの言う通りだ…食料も尽き、全員のディスクのバッテリーも尽きた…これからどうすればいいのだ…大体、決闘市で貴様が船を間違えなければ今頃はとっくにデュマーレに着いていたのだぞ?それを道に迷った挙句に野宿など…」
「まーまー、くらくらくらーいフェイスはノーサンキューってね!とりま、生きてりゃ何とかなるっしょー!どっかで村or町でも見っけて?電&話ぁでも貸してもらっちゃったりしてして?スミレちゃんにまーた連with絡取って?ヘルプisフォロー頼めばいーだけじゃーん!」
「ッ!これ以上スミレさんに迷惑をかけられるか!」
「そうだぞ馬鹿者!それにこの近くに村などない!貴様も地図を見ていたからそれくらいわかっているはずだろう!?」
「そーだっけぇー?まっ、星空の下でキャンプ&野宿!これもザ・夏休みってカーンジィでけっこー良いカーンジィ!じゃね?じゃね?」
「…なんなのだ貴様は………なんなのだ貴様は!一体誰の所為でこんな目にあっていると思って!」
「え?スズナたんの所為じゃね?」
「なぁっ!?」
「ひゃはははは!決闘市から夜逃げするハメになったった?張&本is人&you!に文句とか言われたくねーっつーのー!」
「な…」
「…はぁ…ギョウ、お前が反省するわけないよな。」
「ぐ…な、なんなのだこの無責任男は…信じられん…一体誰の所為だと思って…」
とは言え…この状況の元凶となった、ゴ・ギョウ本人には反省の色は全く見えず。
どこまでも楽観的に楽天的に、自らの大失敗など何処吹く風でこの野宿生活を飄々と楽しんでいる節を見せており…
…まぁ、普段から好き勝手に振舞うことを信条としているギョウなのだ。ギョウと付き合いの長いセリは嫌でも理解している。
ゴ・ギョウの辞書には『反省』と言う文字はない。チャラく、うるさく、いやらしくが信条と豪語しているだけあって、ゴ・ギョウにあるのはその場その時その瞬間をどう面白おかしく好きに生きるか、ただそれだけなのだ…と。
だからこそ、セリはこれ以上ゴ・ギョウへの怒りを諦めるのみ。そう、ギョウの無責任な言動に振り回されていては、自分が疲れるだけだと言う事を知っているから。
しかし…付き合いの短いスズナにはそれが出来はしない。
確かに、いくらこの状況の『大元』が自分の所為なのだとしても。それでも、ギョウが船を間違えなければこんな状況にはなっていないと言う事を彼女も分かっているからこそ…
ギョウに好き放題言われて悔しいのか、感情をコントロールできずにただ苦虫を噛み締めたような顔をギョウへと向けていて―
「スズナ、もう諦めろ。こうなったギョウには何を言っても無駄だ。」
「ぐ…納得できん…納得できん…」
「さてさてさーて?んじゃま、チャン僕はそろそろスリーピングin theフォレストしよーっかなーっと!明日も?そう!朝からウォーキング&ハイキングが待ってっからねいYeah Yeah !Fu-!」
「…今すぐに殴り倒してやりたい…崖から突き落としてやりたい…」
「…落ち着けスズナ…お前も疲れてるんだよ。いいから寝よう。」
「ぐ…」
そうして…
荒波の音よりも耳に障る、ギョウのハイテンションな声にセリもスズナも苛立ちを感じながらも。
薄っすらと霧も出てきた月夜の晩、その月明かりの下で3人は固い地面の上に横になりつつ…
当てのない旅の途中、行き先も見えない不安の中で―
「…でも、せめて寄り道するならこんな田舎じゃなくてデュエルトリコに寄りたかったよ。デュエルも出来ない、強い奴も居ない、ただ時間が無駄になってるって感じだ。」
「ひゃはは!チャン僕も出来ることなら?デュエルトリコでクール&ビューティーなオネーサンとひと夏の思い出メイキングしたかったっつーの!」
「うるさいぞ貴様ら!寝るのではなかったのか!」
焦りと疲れと苛立ちと、そしてそれ以上の形容し難い恐怖にも似たモノをギョウを除いた各々が抱えながら。
潮風を感じ、この夜空の下、固い地面の上で…
それでも明日を迎えるために、セリ達が雑魚寝にて無理矢理眠りに付こうとした…
その時だった―
―アァ…ガァァ…
「ッ!?」
「ひょ?」
「…な!?ななな、何だ今の声は!?」
突如…
薄っすらとかかる霧の向こう、その森の中から聞こえてきた、謎の『声』らしきモノに思わず飛びあがり身構えてしまったセリ達3人。
…当然だ。
薄っすらと霧も出てきたこの闇が深い夜の中で、森の方から得体のしれない声が聞こえてきたのだから。
それ故、セリが飛び起きるたのも、ギョウが目を凝らしのも…そしてスズナが怯えているのも、それは当然の行動と言えば当然で。
―なんだ…獣の声じゃない…もっと、不気味なうめき声のような…
そんな、突如聞こえた『声』に対し。必死に、考えを張り巡らし始めたセリの目の前に…
霧の向こう、生い茂る木々の向こうから、ゆっくりと現れたのは…
『ア…ガガァ…』
「…え?」
「ひゃは…」
「…」
ゾンビ…
そう、それはどこからどうみても『ゾンビ』であった―
「ギィャァァァァァァァァァァァァァア!」
そして、すかさず。
スズナが、14歳の女児らしからぬ野太い悲鳴を夜闇へと向かって掻き鳴らしたのとほぼ同時に―
「ななななななななななんなのだアレはぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
「ひゃははははははは!ヤベーヤベーマジヤベーッ!」
「ッ、に、逃げろぉぉぉぉぉお!」
反射的に、随伴的に―
セリ達3人は少ない荷物を突発的に掴むと、一直線に、一目散に…
ゾンビを背に、全力疾走で駆け出し始めて―
…霧で隠れ始めた月明かりの下、崖沿いを凄まじい速度で駆け始めるセリとギョウとスズナの3人。
当たり前だ…ゾンビが、居たのだ―
…理解出来ない、意味が分からない、事態を把握できるわけもない。
それがいくら薄い霧の向こうに居た存在なのだとしても…それでも、文字が読めるほどの照度を持った月明かりに照らされていたのだから、セリ達がソレを『ゾンビ』以外に見間違えるはずもなく。
…だから、現れたのは紛れもなく『ゾンビ』…
見間違うことすら難しい、どこからどうみても『ゾンビ』であるソレが、突然目の前に現れたのだから、その突然の衝撃は一体セリ達にどれだけの恐れを与えたと言うのだろう。
…生気のない、腐って土色に変色した肌。
剥き出しの歯が裂けた口から除き、右眼には目は無く『穴』が開いていて…左眼からは腐った眼球が、肉の糸で辛うじて繋がって垂れ下がっていた。
何よりソレを『ゾンビ』たらしめていたのは紛れもなく、頭蓋が半分『無い』のにも関わらず動いていたこと―
…ソレ故、セリも、ギョウも、スズナも。
デッキやデュエルディスクなどの入った少ない荷物を掴む無意識だけは残ってはいたものの、しかし見間違えるはずもないソレを目の当たりにしたことで一瞬でその思考がパニックに陥ってしまっていて―
「うぇぇぇぇぇい!?お、追いかけてくるんですけどけどぉぉぉぉぉお!」
「捕まったら絶対ヤバいぞ!逃げ続けろぉぉぉぉぉお!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!冗談ではなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあいっ!」
だからこそ、絶叫を上げて更に速度をセリ達は上げ続ける。
そう…決して早くはないものの、『ゾンビ』もまたフラフラした小走りでセリ達を追いかけてきているのだ。
無い眼でこちらへと視線を伸ばし、垂れ下がった腕を無造作に振り回し…剥き出しの歯で齧らんと、どこまでもどこまでもしつこくセリ達を追い続ける1体のゾンビ。
アレに捕まったら殺される…喰い、殺される―
セリ達の本能がそう告げる。アレに捕まることは絶対ダメだと言う事を、刹那の本能が凄まじい勢いで告げてくる。
きっと、アレに捕まったら最後…
剥き出しの歯で肉を齧り取られ、食い千切られ引き千切られ…内蔵、はらわたを引きずり出され、血を啜られ、骨まで齧られるに違いない。
…いや、それだけでは収まらない。ゾンビに食い殺された者は、その者もまたゾンビにされてしまうのがホラー映画のセオリー。
つまりは、アレに捕まってしまったら殺されるだけでは飽き足らず、動く腐った死体に去れてしまう危険性があるのだ―
…御免だ…そんなこと、絶対に嫌だ。
セリ、ギョウ、スズナ、3人全員がその恐怖に駆られつつ。
追いかけてくるゾンビに、更に恐怖心を煽られながら…どこまでもどこまでも凄まじい速度で、必死になって逃げ続け…
「ちょいちょいちょーい!意外と足速なんですけどけどあのゾンヴィー!」
逃げる…
「振り返るなギョウ!全速力で逃げ続けろ!」
逃げる…
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!冗談ではなぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
逃げる、逃げ続ける―
断崖沿いの道なき道、薄い霧を押しのけるようにして駆け抜け続ける3人のソレは、まさに若さに任せた全力疾走、本能が告げる危機的警笛。
アレに捕まってはいけないと言う事だけが、いつまでもセリ達の頭に鳴り響き…狩られる恐怖に背中を押され、セリ達はただひたすらに逃げ続ける。
…体力の限界など、肉体の限界など、とっくに迎えているというのに。
彼らを動かし続けるのはただの『本能』。そう、考えることを放棄し、肉体の悲鳴を置き去りに、彼ら3人はただただ本能でゾンビから逃げ続けているのだ。
「ギィィャァァァァァァァァァァア!」
…まぁ、逃げ続ける中で凄まじい絶叫を上げ続けているスズナの声によって、ゾンビもまた撒かれることなく引き寄せられてしまっているかもしれないのは今この時の3人には思い浮かぶわけもないのだろうが…
それでも、映画などでは足が遅いと描写されているゾンビの規定概念を覆すかの如く。セリ達を追いかけるゾンビの足は、早いとは言えないまでも全速力のセリ達を見失わない程度の足の速さにて少年少女達をどこまでもどこまでも追い続け…
…だからこそ、必死に。ただただ、全速力で。
セリ達3人は、小走りで追いかけてくるゾンビから走って走って逃げ続けるだけ。
よたよたした小走りだと言うのに、どことなく素早いと思えるそのゾンビの足の所為で、思うように引き離せない中で…
運動神経に自信のあるセリと、頭より体を動かすのが得意なギョウと、そして元々は紫魔 スミレの護衛として訓練を受けていたスズナは、己の持つ全速全開の走りを全く落とす事無く霧の中、月明かりに下でただひたすらに逃げ続ける。
そして…
一体、セリ達はどれだけ逃げ続けたのだろう。
未だ明けない深い夜、終わりの見えない森の側面。
時間にして小一時間、距離にしていかほどか。いつまでも追ってくるゾンビの姿が、ようやく霧の向こうに見えなくなった程に引き離したところで…
ずっと海岸線を逃げ続けていたセリ達の目に、突如として見えてきたのは…
―紛れも無い、『村』の明かりであった。
「ハァ、ハァ…ふ、二人とも!あ、明かりが…」
「み、見えてるっつーのー…い、行くっきゃないっしょー!」
「ヒッ、ハッ…ッ…も、もう居ないか!?なぁセリ!ゾンビはもう居ないか!?」
「ハァ、ハァ…い、居ない、けど、あの村で、助けて、もらおう…」
するとセリ達3人は、どうにかゾンビを撒いたとは言え再び遭遇する恐怖からか。
一刻も早く助けてもらいたいその一心で、不意に見えた『村』の明かりへと向かってセリ達3人は全速力を更に続ける。
―『この近くに村などない!貴様も地図を見ていたからそれくらいわかっているはずだろう!?』
つい先ほど、スズナがそう言っていたことすらも思い出す余裕もなく…
薄っすらとした霧の向こうに見える、ぼやけた明かりだけを道しるべにしながら。
そのまま駆け続けた3人は、村を囲む柵を潜り…明かりの点いている一番近い家へと、切羽詰ったように駆け寄って―
「た、助けて下さい!お願いします!助けて下さい!」
ドンドンドン…と。
深夜も近い夜の時間に、狂ったように木のドアをセリは必死になって叩きに叩く。
ドンドン…ドンドン…と。
こんな夜更けに、古い造りの家屋のドアを、叩き壊すのではないかと言う勢いで叩き続けるだなんて、根本的に礼儀も何もあったモノでは無いというのに…
…それでも後ろで息も絶え絶えになって倒れているギョウと、荒い呼吸でうな垂れているスズナに代わって。
必死になって助けを請いながら、セリは木のドアを叩き続け…
すると…
「…誰だ。」
ギィッ…と。
木造のドアが、ゆっくりと開き始めたと同時に。
その奥から見えたのは、背の高い1人の老年の男であった。
しかし…
「村の者…いや、この国の者ではないな?異人が…こんな時間に何の用だ。」
そのドアの向こうから除く、あからさまに怪訝なる目は紛れもなく突然の来訪者を心から怪しんでいるのだろう。
…当然だ。
星が瞬く静かな夜、それも虫さえ眠るこんな深夜に、突然誰かが狂ったようにドアを叩いて来訪したのだ。
それ故、誰だってこんな夜更けに狂ったようにドアを叩き続けられたら…驚き半分、警戒半分、そしてそれ以上の恐怖で、自衛に走ることは先ず間違い違いなく。
その為、ドアの向こうの老年の男は突き刺さるほどの警戒心を露わに…
ドアの隙間から、来訪者へと向かって銃を突きつけ…
「ハァッ、ハァッ…お、お願いします、助けてください!お願いします!」
けれども、警戒されていることを百も承知で。
こちらもソレどころでは無いのだと言わんばかりに、必死の形相で老人へと向かって叫ぶデュマーレ校2年、セリ・サエグサ。
全力疾走で走り続け、息も絶え絶えで声を発するどころか呼吸することにすらストレスを感じるであろう状態にも関わらず…
セリもまた、そんな全身の疲弊を上回るほどの恐怖に駆られているからか。突きつけられた『銃』になど微塵も恐怖を感じずに、ただひたすらに救助を求むだけ。
「先にこちらの質問に答えよ。お前たちは誰だ。こんな時間に駆け込んでくるなど正気の沙汰ではない。」
「俺はッ…け、決闘学園デュマーレ校の、セリ・サエグサと言う者です!も、森でゾン…え、得体の知れないモノに教われて!」
「何?決闘学園…デュマーレとは確か『海の都』の…ほぅ…」
すると、セリの焦燥に駆られた自己紹介を聞いて…
何やら、老人は構えていた銃を卸したかと思うと。徐に、その視線をセリ、そしてその後で倒れているもう二人の子どもへと動かし始めたではないか。
…それは、セリが自らの素性を明かしたことによって、老人も少しはセリの話を聞く気になったということなのだろうか。
しかし、いくら来訪者が子どもに見えるとはいえ…普通であれば、こんな夜更けに突然現れた来訪者、しかも成人もしていない子どもに見える者が息も絶え絶えになって助けを求めてきたこの状況を飲み込めもしないはず。
そう、誰だって面倒事には巻き込まれたくないはず。しかも、あからさまに妖しい子ども3人がこんな深夜に助けを求めてくるだなんて、よほどの面倒事でもなければ起こりえないのだから。
…こんなにも妖しい人物を匿うことなど、よっぽどの善人でもなければ受け入れてはくれない。
だからこそ、セリは呼吸もままならないと言うのに…
酸素不足で痛む肺と、燃えるように熱い体をどうにか押さえつけ。崩れ落ちそうなほどに疲労を溜め込んだ膝に鞭打って、老人の一瞬の視線の動きに切羽詰った緊張感を持って見据えていて―
そして…
「いいだろう、入りなさい。」
セリの必死の思いが通じたのか、それとも何か思うところがあったのか。
―ギィィ…
と、老人は軋む木製の扉を開け広げてくれたかと思うと…
セリ達を、家の中へと誘ってくれたのだった。
―…
「はひゅー…はひゅー…し、死ぬかと、思ったじゃーん、ねー…」
「はっ、はっ、はっ、はっ…」
「…ほら、スズナ、水だ…ゆっくり飲め…」
「あ、あぁ…」
死屍累累…
家の中へと入れてもらったセリ達は、立つ事もままならないままに…噴出し続ける汗を滴らせながら、収縮し続ける肺に抗いつつ荒い呼吸を繰り返していた。
…電気が通ってないのか、リビングの天井から吊るされた大きめのランプで部屋の中を照らしているだけのこの家の中は少々薄暗い。
そんな薄暗い部屋の中で、ゴ・ギョウは大の字になって床に倒れ…
そしてスズナは、セリから渡された水の入ったコップを、震える手付きで受け取り勢い良く飲み干して。
また、老人へと必死の救援を求めたセリも、どうにか家の中へと匿ってもらえたことで緊張の糸が切れたのか。スズナへとコップを渡したその直後に、その場にへたり込んでしまっているではないか。
…しかし、それもそのはず。
何せ、決して早くはないものの…それでも撒けない速度にて追いかけてくるゾンビから、セリ達3人は常に全力疾走して逃げ続けていたのだ。
通常であれば、人間が全力を維持できるのは数十秒が限度とされていると言うのに…
それは火事場の馬鹿力か、それとも肉体の限界を無視した無意識か。およそ説明の出来ないような全力を数十分はひねり出し、ゾンビから必死になって逃げ続けていたからこそ―
その反動が今こうして、若い彼らの体へと反動として返ってきているのだろう。
…燃えるように熱くなった体内、酸素を取り込む事を拒絶する肺。
足は力が入らず棒のようになり、噴出す汗は留まることを知らずにポタポタと滴り続けていて…
「…君も水を飲みなさい。汗が凄い、相当の距離を走ってきたのだろう?」
だからこそ、セリ達を匿ってくれた老人は未だに警戒はしてはいても。
疲労困憊の様子のセリとギョウとスズナに対し、多少の労わりをかけてくれているのは偏にセリ達の姿が…およそ演技には到底見えない、よほどの疲れ方をしているからこそなのだろう。
ランプで照らされているだけの、少々薄暗さを感じる部屋の中で…そのまま老人から渡された水の入ったコップを、返事も出来ない程に荒れた呼吸のセリがどうにか受け取り一息に飲み干し…
…そして、何とか深呼吸できるまでには回復できたのか。
水を飲み干したセリは、震える足でゆっくりと立ち上がり始めたかと思うと…
未だ銃を降ろさぬ老人へと向かって、徐にその口を開き始めた。
「ありがとうございます…家に入れてくださって…」
「礼には及ばん。少しでも怪しいと思えば即その頭を撃ち抜いてやるだけだからな。」
「いえ、感謝が尽きません。あのままだと、俺達どうなっていたか…あ、あの…お、俺達は決して怪しい者じゃ…」
「わかっているよ。君たちが怪しい者でないことはね。」
「…え?」
すると、セリの感謝の言葉と同時に。
初老の老人は何やらそう言ったかと思うと、先ほどまでの雰囲気を一転し…どうしたことか、すっかりと警戒心を解いたかのようにしてセリ達へと向かい直し始めたではないか。
…テーブルの上に銃を置き、椅子に座り直し。
直前まで晩酌でもしていたのか、テーブルに置かれた飲みかけのグラスを持ち上げ。呼吸が整っていないセリ達を前に、そのまま一息に酒らしき液体を呷ると一息つきつつ再度言葉を発し始める。
「私はこの村で猟師をしているクラウスという者だ。これでも人を見る目は持っている方でね…君たちが強盗や襲撃目的でないことくらい、君たちの目を見れはすぐにわかった。本当に『何か』に追われていたんだろう?ならば、匿ってやるのは当然だ。」
「あ、ありがとうございま…」
「まぁ例え君たちが強盗だったとしても腕っ節には自信があるからな。子どもの3人くらい相手にもならんよ。ひとりひとり、順番に頭を撃ち抜いてやるだけだからな、はっはっは。」
「…」
クラウスと名乗った初老の老人は、低い笑い声に冗談を乗せて部屋の中に反響する。
しかし酒盛りの途中だったらしいその雰囲気は、この薄暗い部屋でも確かに視認出来る見るからに度数の強そうな酒の瓶が証明しており…テーブルに置かれたその酒瓶の酔いが、間違って銃の引き金を引かせてしまうのではないかという恐れを少々セリへと抱かせたものの。
けれども、こんな深夜に突然押しかけてきた妖しい子ども達を無下にすることなく迎え入れてくれ、冗談混じりでも気さくな言葉をかけてくれる辺り、それはこの老人が本当に警戒心を解いてくれていることの証明でもあるのか。
だってそうだろう。いくら家の中に招き入れたとは言え、警戒しているのならば妖しい人物達の前で酒など呷るはずもなく、それに敵の前で銃を手放すわけもないもないのだから。
…どうやら、本当に警戒心を解いてくれているみたいだ。
銃を降ろし酒らしきモノを呷るクラウスの雰囲気と、冗談混じりの言葉の感じからソレを静かに察知したセリ・サエグサ。
…それは自分達3人が、まだ子どもであるということも関係しているのだろう。夜中に、3人の子どもが、血相を変えて助けを求めてきたと言う事から何かのっぴきならない事情を感じ取ってくれたのかもしれない。まさに捨てる神あれば拾う神あり。不運続きのセメタリアの日々の中で、見ず知らずの自分達に対しこうした優しさを見せてくれる大人に出会えたことがどれだけ幸運な事なのか…
そんな、ゾンビに襲われたことは置いておいても。久々に家屋の中に入れてもらえた安堵が、今になってセリの心の中にじわじわと暖かさを与えている様子で―
…そして、セリに続きギョウとスズナも回復したのを見計らったのだろう。
クラウスと名乗った老人は、薄暗い部屋の中でも酒瓶から茶色い酒のような液体をグラスへと注ぎながら…
「それで、君達は何から逃げてきたんだ?その、君の言う得体の知れないモノとは…」
「あ、えっとその…」
…と、そう聞いてきた。
しかし、クラウスにそう聞かれ…
本当のことを言っていいのか迷ってしまい、セリは。思わず口ごもってしまったではないか。
…助けてくれた恩人に対し、本当の事を隠すのは気が引ける。しかし、かと言って本当の事を言っても信じてもらえるわけもなく…
そんなことを、セリは瞬時に考えてしまったのだろう。
デュマーレ校一の秀才と呼ばれているセリだからこそ、自分の答えが相手にどう捕らえられるのかが容易に想像でき…
そのまま、慌てて後ろのギョウとスズナへと目配せを送りつつ。
本当の事を隠すのも1つの手ではあるものの、しかし本当にゾンビに襲われた身としてはここで隠し事をすることが延いては村全体を危険に晒す可能性があることを即座に思考しながら。
そして、セリの思考を即座に理解したであろうギョウが頷いたと同時に。セリは整い始めた喉から搾り出すように、クラウスへと向かって静かにソレを口に出し始め…
「ゾ、ゾンビ…」
…搾り出すような声でそう漏らされたセリの声は、自分でも奇怪な事を言っていると自覚しているからこそのか細い声。
そんな、真実を告げているというのにも関わらずどこか自信無さげに呟かれたセリの声が…静かに、深夜の家の中に吸い込まれていく。
「…ゾンビ?ははっ、可笑しなことを言う子ども達だ。きっと野犬か何かを見間違えたのだろう。今夜は霧も出てきているしな。」
「野犬?…い、いや、でも確かに人の形をしていて…」
「わかったわかった、相当疲れているようだな。よほど大きな犬か、それとも熊にでも追いかけられたらしい。よかったな、命があって。」
…それ故、目の前の少年が自信なさ気にそう呟いた言葉を聞いて。クラウスと名乗った村の猟師が、そう反応するのも当然と言えばと当然で。
大方のセリの予想通り、真実とはいえ信じてもらえるわけもないソレを聞いたクラウスの反応は…常識ある一般人らしく、セリの言葉を信じてはいない様子となりて笑いを交えて酒に混ざる。
…それは極々自然な当然の反応、常識ゆえの当たり前のリアクション。
例えソレが本当の事なのだとしても、何の前振りも無くソレを言った所で素直にソレを信じる者がいないのは自然の摂理…そう、いくら何でも、ゾンビなどという非科学的な存在に襲われたなどという子どもの戯言を、信じる大人がどこにいるのか。
そんな、あまりに突拍子も無いセリの言葉を、子どもの冗談だとして受け止めたらしいクラウスはそのまま…
「とりあえず、今夜はウチで休むといい。部屋を用意してやるから、詳しい話は明日にでも聞くとしよう。一度匿っておいて再び外に放り出すほど私も鬼ではないからな。…あぁ、でも一応念のためだ。今夜はもう絶対に家の外に出てはいけない。わかったな?」
「…はい。」
「…ひゃは…言われなくても?」
「…もう出んぞ…私はもう外には出んぞ…」
…疲れきっているセリ達に、少々の労いの姿勢を見せたまま。
部屋を準備するべく、ゆっくりと立ち上がり…
新しく火を付けた小さなランプを片手に、二階へと上がっていったのだった―
―…
翌日―
「…霧が濃いな。」
まだ早朝という時間にも関わらず、ふと目覚めたセリの視界にまず初めに飛び込んできたのは、窓の外一面に広がる濃い霧の海であった。
…それは吹雪によるホワイトアウトにも似た、視界が遮られてしまうほどの霧のカーテン。
一応、朝の時間帯であるため、昨晩のようにランプが無いと動けないといった暗さでは断じてないものの…
それでも、まるで分厚い雲がそのまま地上に落ちてきたかの様なその霧は、手を伸ばせばその伸ばした手すら見えなくなってしまいそうなほどに濃く重く。
…昨日までの天気からは、考えられない程の霧の密度。
それは、どうにか外が『朝』であるという程度の明るさをセリへと教えてくれはする。しかし、その霧は目を覚ましたばかりで頭がよく回らないセリの思考を、ボンヤリとさせるには充分過ぎる密度となりてどこまでもどこまでも怪しく漂っていて。
…隣のベッドを見れば、そこにはスズナが静かな寝息を立てている。
また、一人溢れたギョウは古いソファーをベッドに見立てて、寝相悪くも器用に熟睡を貪っており…
よほど深く熟睡しているのか、全く持って起きる気配のないスズナとギョウ。まぁ3日間の野宿に加えて、昨晩アレだけ走ったのだから、久方ぶりに与えられた柔らかい寝床に意識が覚醒しないのも当然と言えば当然か。
だからこそ、自分だって疲れが溜まっているはずだと言うのに、なぜか目が覚めてしまったセリは目の前に広がる深い霧に奇妙な身震いを一瞬だけ感じつつ。
「…クラウスさんは起きてるかな…」
二人を起こさないようにして、静かに部屋を出ると。古い階段を極力鳴らさないように注意しつつ、ゆっくりと1階へと降り始める。
…すると、階段を降り始めてすぐに。
セリの鼻に、コーヒーの匂いが漂ってきた。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「クラウスさん…おはようございます。すみません、昨晩は急に押しかけてしまって…」
「ははっ、何を今更。…ちょうどコーヒーを煎れた所だ、座り給え。」
「はい。」
随分前に起きていたのだろう。1階では一仕事終えた後らしきクラウスが静かにコーヒーを飲んでいた。
…そして、そんなクラウスに促されつつ。
昨晩は薄暗くて視認できなかった部屋の中を、少々不躾ながらもセリは目線だけで見渡しながら木で出来た椅子に腰掛けたと同時に。クラウスが、セリへとコーヒーの入ったカップを音も無くテーブルへと置く。
…そうして、二人して静かに一口コーヒーを啜ったそのすぐ後に。
ほんの僅かな沈黙の後…クラウスは、窓の外を向いたままセリに向かってゆっくりと言葉をかけ始めて。
「…今日は霧が濃いな。おそらく、村の誰も外には出ないだろう。」
「…あの…昨晩は本当にありがとうございました。クラウスさんが家に入れてくれなかったらどうなっていたか…」
「はは、君が見たゾンビとやらに、食われていたかもしれないと?」
「…はい。」
「ま、昨日も言ったが熊か何かを見間違えたのだろう。この辺りでも時々熊が出るからな。」
「…」
「それで、他の2人はまだ眠っているのか?」
「はい。相当疲れているみたいで…3日ほど、碌に食べずに歩き詰めでしたし。」
「ふむ…君達みたいな子どもが、何故こんな辺鄙なところに居るのかは聞かないが…デュマーレから来たと言っていたな。大方、夏休みの旅行中に本隊と逸れてしまったとか、そんなところかな?」
「…まぁ…そんな所です。」
…セリの口から零されるのは、本音を濁した曖昧な返事。
本当の事は言えるわけがない。何しろ、セリ達3人は密入国者。いくら紫魔 スミレが首都であるデュエルトリコの方に話を通してくれているはずとは言え、それでも今の状況は他人においそれと話せるような事情では断じてなく…
そんなセリからすれば、折角助けてくれたクラウスにこれ以上余計な迷惑をかけるのも憚られるのだろう。
「なるほどな…だが、手助けしてあげたいが生憎この村には電気も電話も通っていない。無論、車を持っている者もいない…昔は馬車なんかもあったんだが、送ってやろうにも今はもう無くてな。」
「い、いえ、いいんです。元はと言えば俺達が悪いんですから。だから、ちゃんとデュエルトリコまで歩きで向かいます。」
「…ここからデュエルトリコまで…歩いてか?相当な距離があるぞ?それにここらはよく霧が出て迷いやすいが…」
「…わかっています。」
「まぁ、若いうちの苦労は買ってでもしろというからな…君達の事情がどうあれ止めはしないが…あぁ、だが今日のところは出歩かない方がいい。霧も段々濃くなってきているし、何より…ふふっ、ゾンビが、出るんだろう?」
「…でも、これ以上お世話になるわけには…あの…俺達、訳あって一文無しで…」
「ははっ、君達のような子どもから金なんて取らないさ。」
「だ、だったら何かお手伝いさせて下さい!畑仕事でも何でもやります!」
「そうは言っても、既に薪割りも終わっているし…この霧では畑作業もままならないしな。上の二人のように、まだ眠っていてくれて構わないよ?君も相当疲れているのだろう?」
「いえ、そんなわけには…」
「子どもが遠慮なんてするものじゃない。君もそうとう疲れている事くらい見ればわかる。…ここからデュエルトリコまで歩くつもりならば、休める時にしっかり休んでおかなければ辿り着けん。」
「…はい。」
だからこそ、公共交通機関も使わずに首都に向かおうとする、そんな現実味の無い若者の旅路に対し。
クラウスが少々訝しげにセリを見てきてもなお、それでもセリは『そう』言うしかないのか。
「あの…ここはどんな村なんですか?」
「どんな村…とは?」
それ故、セリもまた曖昧な返答しか出来ないことを少々嫌って。
少し話題を変えようと、クラウスへとそう問いかける。
…クラウスがセリ達の事情をあまり深く聞いてこないのは、セリにとってはある意味で幸運。しかし、曖昧な返答しか出来ない自分に少しの苛立ちを感じるのは偏にセリが『優等生』であるが故なのか。
そう、曖昧な返答で本心を濁すというその行為が、これまで自分の心に正直に生きてきたセリには人を騙しているような感覚を覚えさせるのだろう。
…せっかく匿ってくれたクラウスに迷惑をかけたくない。
そんな思いがセリには浮かんでいるからこそ…自分達の話題がこれ以上続けば、隠し通せずボロが出始めると思い、話題を変える試みでセリは更に続けるだけで…
「あ、いえ…この近辺の地図を覚えている限りだと、この辺りに村や町はなかったと思って…」
「あぁ、そうだろうね。何せこの村は不便すぎて、ずっと昔に地図からも消された村だ。」
「地図から…消された?」
「よく在る話だ。不便で、過疎化が進み、『王都』…デュエルトリコからすれば、在っても無くてもどうでもいい存在になったのがこの村…私はこの村で生まれたのだが、若い頃に何も無いこの村に嫌気が差して『王都』に働きに出た。しかし年を取ってから、今度は『王都』に嫌気が差して村に戻ってきたはいいものの…村は不便が祟り、地図からも消されてしまっていた…と言うね。」
「そんなことが…」
「まぁ私が村に戻ってこられたのは土地勘もあったおかげだろう。おかげで追………おっと、ははっ、老人の昔話など、今の若者には退屈だったかな。」
「いいえ…人生の先達である方の経験は、俺みたいな若造にとっては参考になるばかりです。」
「ふっ………セリ、だったね?君は随分と『優等生』のようだ。」
「…え?」
しかし…
不意に、思っても見なかった言葉をセリへと投げかけたクラウス。
それは昨日会ったばかりの少年を、これまでの極々短い会話にて理解したような…
そう、目の前の少年を見抜いたかのような、深い思慮にて零された人生の先達からの言葉となりて、どこまでもセリへと投げかけられる。
「確か『海の都』、デュマーレから来たと言っていたな。おそらく君はデュマーレの決闘学園でも相当な優等生なはず…場を重んじ、空気を読め、他人からの信頼を集めるコトが出来る存在。君の言葉を聞いていると、ソレがひしひしと伝わってくる。」
「そんな…俺なんか…」
「はは、謙遜なんてしなくもて良い。おそらく君はデュエルの腕前も相当なモノなのだろう?これでも『王都』で色々な人間を見てきた身だ…君はまだ若いが、それでも相当な腕の持ち主だと言う事は一目見たときから感じていたよ。少女の方はまだまだと言った所だが…しかし、もう一人の男の子も『相当』なモノのはず。確かデュマーレの祭典は【フェスティ・ドゥエーロ】だったか。おそらく、君達はそこで入賞する実力がある…違うか?」
「ッ…」
そんな、クラウスからかけられた言葉を聞いて…思わず驚いてしまった、デュマーレ校2年のセリ・サエグサ。
一体、どうしてそこまで分かるのか。昨日会ったばかりの、なんなら押しかけたという無礼極まりない間柄だと言うのにも関わらず…
昨日と、今日と。こんな短い会話の中で、そこまで本質を見抜くほどの洞察を見せるクラウスの言葉には、これまで様々な問題に直面してきたセリを持ってしても驚きを禁じえないほどの衝撃となりてクラウスの言葉が芯へと刺さる。
…しかし、ソレも当たり前か。
何しろ、セリは自分達の事をただ『デュマーレから来た』としか言っていない。
そうだと言うのに、クラウスはそんな上辺だけの言葉よりも更に深い理解を示しつつも。セリが明かしていないモノを、当てずっぽうと言うには過ぎた見地にて見事に見抜いて見せたのだから。
けれども、いきなり『本質』を見抜かれたセリが一瞬だけ怪訝な顔をしたのを知った上で…
クラウスは、更に言葉を続けるだけで…
「おや、その顔はもしかして図星だったかな?しかしデュマーレの【フェスティ・ドゥエーロ】と言えば、デュエルトリコの【デュラーズニーク】と並ぶ『かなりのレベル』と聞く…となれば、そこで入賞する君達は並のプロ以上の実力を持つと言う事になるが…奔放そうなもう一人の男の子と違い、『優等生』な君がセメタリアのこんな辺鄙な場所で彷徨っているというのも少々疑問が浮かぶな。…ま、その辺りは深くは聞かないよ。誰にだって、深く話したくない事情というのはあるものだからな。」
「あの…なんで、そこまで理解るんですか?」
「はは、本当に君は正直者だね。その顔を見ると、私の推理が『正解』であると自ら吐露しているようなモノだよ。」
「…」
「ふっ……そんな警戒心を顕にしなくとも良い。なに、昔取った杵柄という奴だ。昔の仕事の癖で、私は少々『他人』を観察する癖が染み付いてしまっているという…それだけのこと。特に君の様な、真っ直ぐで若い人間は少し言葉を交わせば『大体』の事を察する事も出来る。ふむ………なるほど、君は少々自己評価が低いようだ。いや、確固たる信念を持ってはいるが、いまいち自分の現状や考えに自信を持てない…と、言ったところか。君くらいの年齢で、【フェスティ・ドゥエーロ】に入賞する実力を持っている生徒であると言うのに『何かしら』の迷いが見える事を考えると…おそらく、プロデュエリストになる事を迷っている、とか?」
「ッ…そ、そんなことまで!?」
さらっと言っているようではあるが、クラウスのソレが比類なき『技術』であると言う事はセリにだってわかっている。
…他人と少し言葉を交わしただけで、その『本質』を見抜くと言うのはとてもじゃないが人間離れし過ぎていると言うのに…
一体、このクラウスと言う男はどれだけの修羅場を潜り抜けてきた男なのだろうか。それこそ、他人に騙されることが日常であったような経験がないとここまでの見地を得られるはずがない。
自身の持つ高速思考にて、それが簡単に想像できてしまったセリだからこそ―
目の前の、『猟師』と名乗った割りには教養や見地がずば抜けすぎている、昨日見たときよりも身なりや姿勢が整っている錯覚を覚える不思議な老人の見地は、不気味を通り越してただただ脱帽するばかり。
それ故、昨日は抱けなかった少しの警戒心を心の隅に持ちながら…セリが、自らの顔が怪訝なモノになるのを止められるはずもなく。
「ははっ、本当に君は正直で真っ直ぐだな。…安心したまえ。君の事がわかったからと言って取って食おうだなんて思っちゃいないさ。だからそんなに警戒しなくとも良い。いい頭の体操になったよ、どうやら腕は錆び付いていないらしい。」
…一体、クラウスと名乗るこの老人は『何者』なのだろうか。
深夜に押しかけた見ず知らずの少年達を助け、事情も聞かずにこうして置いてくれているクラウスの方が人間的に『出来て』いると言うのは当然としても…
しかしこれ程の見地と経験を持った男が、こんなセメタリアの端っこという辺鄙で地図からも消されたという村に、ただの『猟師』として住んでいるというのはあまりにも不自然かつ不思議すぎるではないか。
…それは軽く言葉を交わしただけで、心まで丸裸にされてしまった感覚を覚えたセリだからこそ抱く事の出来る疑問でもあるのだろう。
単純な『観察眼』では説明のつかない、心を見透かしているかのような卓越したその『技術』。そんな技術を持った男が、こんな辺境の村にただの猟師として住んでいるというのはクラウスの身なりを改めてみたセリからしてもおよそ疑問が浮かんできて…
そう…よくよく見れば、クラウスは猟師にしては身なりも整っているのだ。
その首に巻かれたスカーフは上等で立派な生地で作られているのが見てわかるし、佇まいやコーヒーの入ったカップを口に運ぶ所作も所々から隠せない上品さが滲み出ている。
…『ソレ』をセリが理解出来るのも、先日訪れた決闘市で『本物』の上流階級の人間である紫魔 スミレや、それに匹敵する雰囲気を持っていた天城 イノリという人間を見た経験があるからこそ。
だからこそ、どこまでも辺鄙な村の猟師らしからぬ見地を見せるクラウスへと向かって…
セリは、怪訝な顔を崩せぬままに再度言葉を続けるしか出来ず…
「クラウスさん、貴方は何者なんですか?ただの猟師がそこまでの見地を持っているなんて…」
「おっと、こちらがそちらを詮索しないんだ。そちらも余計な詮索をしないのが筋だと思うのだが?」
「ッ…確かに…」
「ふっ、君は本当に正直者だな。しかし君ほどの力を持っていてもまだ『迷い』があると言う事は、おそらく君の『目標』としている『存在』、または『場所』は相当に遠いところに位置しているのだろう。それも、途轍もなく高い場所を目指しているのだろうな。…ならばそんな君に、しがない老人からのアドバイスだ。迷っているのならば、今はとことん迷い給え。その迷いこそが、これからの自分を形造り…そして未来に辿り着いたとき、若い時分に迷った経験がソレを確かに肯定してくれる。」
「迷いが…俺を…」
「あぁ。君もこれまで『相応』の経験をしてきたはずだ。君を形作る、その『経験』こそが君の未来を照らし出す…経験こそが『強さ』だよ。どんな出来事も無駄にはならない。…だから、迷い給え。迷い、考えたその先にこそ、君の未来があるのだから。」
「…はい。」
「あぁ、でも1つだけ迷ってはいけないことがある。信頼出来る『友』の事に関してだけは迷ってはいけないな。それが、いくら君に迷惑をかける、『奔放』そうな友人でもね。」
「ははっ、そうですね。」
けれども、どこまでもセリの思考を再び読み取ってか。クラウスはさも当然のようにして、セリを手玉に取りながら、時にはユーモアを交えて大切な事を伝えてくる。
…それは圧倒的な人生経験の差。
セリからすれば、クラウスの『ソレ』は人生相談にも似た、自分よりも長い時を生きた人間からのある意味『手ほどき』にも感じられたのだろう。
…まるで、一流プロの指導デュエルのよう。
たった一晩…いや、今朝のこの時だけの短い会話で、ここまで内面を見透かされると言うのもセリにとっては初めての経験に違いない。
きっと、いや確実に。
クラウスには、自分には想像も出来ないような相当たる人生経験があるのだろう。それこそ、若造に過ぎない今の自分には決して信じられないような壮絶な人生を送ってきた荷違いないという…
そんな、短い言葉では言い顕わせないような確固たる大人の世界での出来事を経験してきたであろうクラウスのソレを、セリの高速思考は即座に理解してしまって。
「では次はこちらが質問させてもらおうか。君はこの国を…セメタリア王国の事を、どう思う?」
「え、どうって…」
そして、一呼吸の後に。
クラウスが急に質問を返してきた事に、一瞬の戸惑いを見せてしまったセリ・サエグサ。
それはセリからしても、クラウスから質問を返されるとは思ってもいなかったからこその一瞬の緩みであり…最早セリの事情も見抜いているだろうに、深くは聞いてこないクラウスの態度にセリが少々張っていた気を緩めてしまったところに飛び込んできた、思考の外からのいきなりの刃。
…そう、気が緩んだその時に、予期していなかったタイミングで質問を返されてしまっては考えを纏めることもままならないと言うのに。
けれども、そんなセリを意に介さず。更にクラウスは、言葉を続けるのみ。
「君はデュマーレから…他国から来たと言った。そんな君が、このセメタリア王国に足を踏み入れて何を感じ、何を思ったのか。私はソレが聞きたい。」
「えっと…そ、そうですね…まず、思っていたよりもずっと静かで穏やかな土地だと思いました。」
「…ほう?それはどういう?」
「はい…確か数年前に内紛が起こったとニュースでもやっていたので、もっと国内はゴタゴタしているんだとばかり思っていたんですが…最初に立ち寄った港町は凄く静かなところで、町の人も優しい人が多かった印象があります。まぁ、ここがセメタリアの端っこってこともあるんでしょうけど。」
「ふむ…まぁ確かに、この辺りはセメタリアでも穏便な方だ。もっとも、王都の方に行けば話は別だがな…あの辺りは、王族と貴族の間の小競り合いが多い。」
「そうみたいですね…あ、そう言えばセメタリアには王宮直属の『儀式マスター』と呼ばれるデュエリストが居るんでしたよね。」
「よく知っているな。確かに儀式召喚は世界的に見ても使い手がほとんど居ない召喚法だが…セメタリア王家にとって『儀式召喚』とは特別なモノだからな。君は、『鏡の英雄』を知っているか?」
「はい。1500年前に、悪霊の神々とも呼ばれる7柱の邪神を地上絵に封印した伝説の英雄…その英雄が儀式召喚を得意としていた事から、儀式召喚を途切れさせないようセメタリア王家が中心となって儀式召喚の継承に尽力していると前に本で読んだ事があります。その中でも『儀式マスター』と呼ばれる人は何でも【王者】に匹敵する実力を持っているとかって…」
「ははっ、それは少々オーバーに書きすぎだな。大方、セメタリア発行の本でも読んだのだろう。この国は色々と物事を大げさにしたがるからな…まぁ、ただでさえ難しい儀式召喚を使いこなし、国王に認められしただ一人が名乗る事を許される『儀式マスター』は【王者】とまではいかなくとも、確かにセメタリア最強のデュエリストしか名乗れないだろう。まぁ、それもセメタリア王国内での話だ。国の外に出れば、儀式召喚は時代に取り残された召喚法に違いない。実際、国外から来た君がセメタリアの『儀式マスター』の事を知っていたことだって凄い事なのだから。」
「いえ…俺は色々と調べる事が好きなだけで………あ、でも、そういえばその『儀式マスター』も数年前に廃止になったって何かで見た覚えがあります。」
「…何?」
「えっと、確かクーデターがあったからって…それに王族が何人か行方不明になったって噂も…まぁ他国の事で色々とフェイクニュースも多かったし、ソレが本当かどうかわかりませんが…」
「…」
「…あれ?ク、クラウスさん…?」
しかし…
セリが、ふと思いついた言葉を深く考えもしないで口走ったその直後―
「…あ、あの…クラウス…さん?」
一瞬…
先ほどまで饒舌だったクラウスの口から言葉が止まり、一瞬ではあるものの傍から見ても分かるほどにクラウスの眉間に皺が寄ってしまったのを…
セリは見た…見て、しまった。
…何か、まずい事を言ってしまったのだろうか。
それは時間にしてほんの一瞬、刹那に満たない僅かな瞬間であったのだろうが…しかし、セリが『そう言った』その時にほんの少しだけクラウスの表情が険しいモノを現したことに、セリの背筋に寒いモノが走ったのは言うまでもないことであり…
そう、それは先日立ち寄った決闘市で、自分の『余計な一言』で『大事』を起こしてしまった記憶がまだ鮮明に残っているからこその嫌な予感。
黙ってしまったクラウスを見て、セリはまた自分がまたいらない事を口走りクラウスを怒らせてしまったのだろうかという恐怖がジワジワと沸き起こり始めてしまっている様子で―
けれども…
「…なるほど、外国の者の印象を聞けてよかったよ。何せこんな辺鄙な村では、外の人間と話す機会も中々ないからな。………さて、では私はこの後少し出る用事がある。夜には戻るが、この霧だ、この辺りに慣れていない君達は家から出ない方がいいだろう。今日は一日この家で休んでいるといい。」
「あ、は、はい…」
「それと、この家のモノは勝手に使ってもらって構わんよ。二人が起きたら適当に何か食べさせてあげ給え。保存食で悪いが、缶詰ならそこの倉庫にたくさんある…風呂も、倉庫の裏口から庭に出たらすぐ井戸があるから、適当に汲んで使ってくれて構わないよ。いくら霧が深くとも、井戸くらいは見えるだろうからな。」
「…あ、ありがとうございます。」
あの、一瞬だけみせた険しい表情から一転。
何やら、少々強引に話を纏めたクラウスはまるで何事もなかったかのようにして立ち上がると、まだコーヒーの入ったカップをそのままに…先ほどと全く変わらぬ声質にて、どこまでも親切にそう伝えてきて。
…それはまるで、一瞬だけ見せた先ほどの表情が嘘だったかのような変わりよう。
その表情の変化に、セリはどこか違和感を覚えるものの…とは言え、これ以上失言をしてしまうわけにはいかないという戒めからか、その後のセリはただただクラウスの言葉をゆっくりと聞き入るしか出来ない様子を見せるしかないのか。
そうして…
一瞬黙ってしまった先のクラウスの姿に、少々奇妙な感覚を覚えたセリを他所に。
クラウスは壁に掛けてあった、どこか上質なモノにも見える白いスカーフを首に巻きつけると…昨日会ったばかりとは思えない程の気前の良さをセリへと見せながら、指指しで倉庫や井戸などの位置をセリへと伝えると。
静かに、家から出て行ったのだった―
―…
「ふわぁーぁぁあ!ンー、よーっく寝たー!」
「…体中が痛い…寝すぎた…」
「起きたか二人とも。」
ギョウとスズナが起きたのは、夜に近い夕方の時間帯だった。
まぁ夕方と言っても外の霧の所為で、外の静けさはまるで真夜中のようなモノではあるのだが…
そう、朝方からまったく薄まる気配のない霧の所為で、まだ日が出ていると言うのにも関わらず相変わらず村は酷く暗いまま。
そんな、時間の感覚も曖昧になりそうな中でようやく目を覚ましたギョウとスズナは、それぞれ正反対の反応を見せつつも…既に朝方から起きていて、食事も風呂を済ませていたセリが二人に対し言葉を続ける。
「よく寝てたな。ほぼ丸一日寝てたぞ?俺は朝に起きられたけど、お前たちは起こしても起きなかった。」
「ひゃは、やっぱりぱーり?チャン僕くらいのシティーボーイになると?野宿っつー原始的with野生的な生活なんて性に合ってなかったってカーンジィ?」
「…久しぶりにまともに寝られた気がした…」
「スズナから風呂入って来いよ。そろそろ起きると思って風呂温め直したところだから。」
「…あぁ、すまない…」
「ギョウ、お前は先に飯にするか。缶詰だけど、クラウスさんが好きに食っていいってさ。」
「マジマジマージか!フゥー、久々に?そう!まともなモンが食えるヒュイゴー!」
「お前…遠慮はしろよ?」
「オッケーオッケー!常&識の範・囲・内ってねー!とりま、肉とか肉とかイートしちゃいたい気分なワケでレッツオーライ!」
「…うるさい…寝起きで叫ぶな馬鹿者…」
連日の疲労と気苦労で見るからに疲れ果てているスズナに反し、起き抜けだと言うのにどこまでもハイテンションを見せるギョウ。
一体、ギョウのその元気はどこから来るのか。ギョウだって連日の野宿に当ての無い行軍と、スズナと同じ位に疲れているに違いないと言うのに…
ギョウの声に、寝起きで見るからに機嫌が悪いスズナが思い切り睨みを利かせたのを全くもって意に介さず。腹が減って仕方の無いのだと言わんばかりのギョウは、寝起きだとは思えない程にそのテンションをいつもの様に変えないままではないか。
…そして、セリから風呂の場所を聞いたスズナが、寝起きと疲労からくる重い足取りで部屋から出て行ったそのすぐ後。
スズナの足音が完全に聞こえなくなってから…
セリとギョウは一階へと降りると。ギョウが、一階を見渡しながらふとその口を開いた。
「あり、そういやオッちゃんは?」
「あぁ、用事があって朝から出かけてるよ。夜には戻るって言ってたからもうすぐ帰ってくると思うけど…」
「やさしー人だよねぇマジマージで。見ず知らずの?こんな胡散臭いガキ共に?家預けて留&守ぅにするってぇのもさー。」
「それだけ人を見る目を持ってるってことだろ。…朝に少し話をしたけど、何かとんでもない人みたいだった。」
「ほ?」
「なんか、コッチの事を全部見透かされてるっていうか…凄い鑑識眼を持ってるみたいな感じで、とにかくとんでもない人だったよあの人。多分、相当な人生を送ってきたはずだ…会話してるだけで、内面まで簡単に見透かされた気がした…」
「ふーん、お前にそこまで言わせるあのオッちゃん?マジマジマージで何&者なんだろーねー。ぜってー猟&師ぃなんかじゃないっしょ。」
「…あぁ、俺もそう思う。」
…そうして。
クラウスへの疑問は晴れぬものの、しかし久方振りにゆっくりと風呂に入る事ができ、缶詰とはいえまともな食事にありつけたギョウとスズナのがっつく姿をセリは横目に入れつつ…
窓の外から見える、吹雪よりも白く深い霧の奥から全く村の生活音が聞こえてこないことに少々の不気味さを抱いたものの。
それでも、時折『誰か』が家の近くを歩いているらしい足音が、他にも人がいるという奇妙な安心感をセリ達へと与え…
そのまま、セリ達はこれまでの野宿の疲れを感じながら…
再び、夜になったのだった。
―…
「クラウスさん遅いな…夜には帰るって言ってたのに…」
食事も終え、すっかり日も暮れた夜の時間帯。
天井から吊り下がるランプの光が照らしている、昨晩と同じく薄暗くなったリビングにて…外に出る事も出来ず、暇を持て余していたセリは、ふとそんな言葉を漏らしていた。
…それは『夜には帰る』と言っていたこの家の主であるクラウスが、日が落ちてもまだ帰ってこないことへの心配と配慮。
そう、昨晩押しかけるようにして匿ってもらっている身としては、留守を預からせてもらうと言うのはある意味で信頼されていると言うことでもあるのだろうが…
しかし、いくら濃霧のため外に出る事が出来ないとは言えども。それでも、朝方に出て行ったままほぼ丸一日帰ってこないクラウスの身をそろそろセリが案じ始めるのも当然と言えば当然で。
「んー、どっかで宴&会with酒is盛り盛りでもしてんでなーい?倉庫にも?そう、酒瓶めーっちゃいーっぱいたぁーくさん置いてあったしぃー?」
「この霧でか?危険だから外には出るなってあの人が言ったんだぞ?」
「でもあのおっちゃんこの村の人なんしょ?今日はみーんな仕事なんかしないで、酒盛りでもしてるオチに決まってるってぇーの。」
「いや、そんな人には見えなかったけど…」
「だが、それにしても霧が深いな…全く晴れる気配が無いぞ…」
「ねー。いい加減そろそろ暇暇ひーまで退&屈なってきたっつーの。」
…また、電気も通っていない村のため、デュエルディスクを充電する事も出来ないことからか。
置いてもらっているとは到底思えない図々しい態度と言葉を見せるギョウの姿は、起きて数時間しか経っていないと言うのにも関わらず既に暇を持て余した子どものように怠惰を極めた姿勢となりて。この薄暗い部屋の中でも、だらしなく椅子の背もたれに両腕と顎を乗せてボンヤリとしているだけであり…
そう、万能端末であるデュエルディスクの充電も出来ず、デュエル機能以外は使えないディスクでは、若い彼らの退屈を完全に埋める事は出来ず。
それに加え、電気が通ってない為テレビも電話も、それにラジオと言ったモノすらないこの家では…若いセリ達が、暇を持て余し少々の退屈を感じ始めてしまったのもまた逃れられない事実でもあるのか。
「…仕方ない、やる事もないし先に寝てよう。それで明日の朝、クラウスさんにお礼を言ってデュエルトリコに向かう。それでいいか?」
「おっけーおっけー、もーまんたい。」
「あぁ。」
それ故、全くやる事のないセリ達は、クラウスが帰ってきた時のためにランプの光だけはそのままにして。
階段を上がり、泊まらせてもらっている部屋へと入ると、各々が寝床に入って睡眠を取るために横になり始める。
…ドアに近い通路側のベッドにはスズナが。
…古ぼけたソファーにはどこでも寝られる図太い神経を持つギョウが。
そして窓際の…スズナのと隣接したベッドにはセリが入る。
すると、そのままセリは窓の外…相変わらず霧が濃い外界をぼんやりと眺めつつ、時折見える人影らしき動きを見てどこか安堵を覚えた様子。
…どうやら、村民は居るようだ。
濃霧で見えにくいが、かすかに窓から見える。村の中に、人が歩いているのが。
それは朝方から起きていたと言うのに、庭の井戸に水を汲みに行った時も全く感じられなかった他人の気配からどことなく不安を感じていたセリの感情を安心させる材料となりて…
そんな、『他人』が居るという安心感が、濃霧の中に孤立してしまっていたセリへと確かなる安堵を与えつつ。人工的な光の無い部屋の暗さが、次第にゆっくりとセリを眠りへと誘っていく。
…次第に重くなっていく瞼の感覚をセリは覚える。
隣と足元から聞こえてくる微かな寝息の様な息づかいが、ギョウとスズナが眠りに入ったのをセリへと教え…
そうして…
ボンヤリとした外の霧を無意識のまま網膜へと写しながら。
セリもまた、そのまま自然の流れに任せ自らの眠りに落ちようとした…
その時だった―
「ッ!?」
いきなり…
今にも眠りに落ちそうだったその意識を、突如として覚醒させ。反射的に、飛び起きるようにして思わずベッドから体を起こしたセリ・サエグサ。
それは今にも眠りに落ちそうだった彼の意識を、無理矢理『覚醒』させるようなあまりに衝撃的なモノをセリの目が見てしまったからこその突発的な飛び起きでもあるのか。
そう…セリは、見てしまった。
窓に隣接したベッドだからこそ、セリには眠りに落ちるその瞬間に『ソレ』を見てしまったのだ―
それは薄っすらとした霧の向こうに確かに見えた…濃霧の所為で確かな像ではなかったものの、しかしこの家のすぐ近くをよたよたと歩いていたからこそ見えてしまった、信じたくもないモノであった。
見間違えだろうか…いや…見間違いなんかじゃない―
何しろ、『一度』ソレを確かに目の当たりにしているセリだからこそ―
霧の向こう、この家のすぐ近くに今確かに見えたソレは、紛れも無い『アレ』だと言う事を否応なしにセリへと理解させてしまったのだ。
…一体、セリは『何』を見たのか。
いや、最早ソレは語るにも及ばないモノだろう。
何しろ、セリが見た…
ソレは―
「起きろ二人とも!ゾンビだ!家のすぐ近くにゾンビが!」
「ひょ!?」
「な、なんなのだ!?」
そう…
濃霧の中でも、確かにセリが見たそれは間違いなく昨日追いかけられたあのゾンビと同じようなモノであった―
…見間違えるはずがない。何しろ昨晩、嫌と言うほどその姿を網膜へと焼き付けてしまっているのだから。
それに加えて、セリの視力は裸眼にて2.0という健康優良児そのモノ。それ故、いくら濃霧が邪魔をしようとも…この家のすぐ傍、壁際を擦るようにしてズリズリと歩いていたゾンビをセリが見間違えるはずもなく。
…だからこそ、セリは思わずギョウとスズナを叩き起こし。
そのまま、一瞬で切羽詰った精神を立て直す暇もなく。声を荒げるようにして、ギョウとスズナへと叫び始めるだけ。
「間違いない!昨日俺達を追いかけてきたゾンビだ!村の中に侵入してきたんだ!」
「マ、マジマージでぇー?見間違えとかじゃなうぃーのー?」
「見間違えなもんか!霧がかってても確かに見えたんだ!お前、俺の視力知ってるだろ!?」
「た、確かにカーニ?」
「やばいぞ!あのゾンビ、村の中まで俺達を追ってきたんだ!い、急いでクラウスさんに知らせないと!」
自らの目で見たモノに対し、切羽詰った声を漏らし続けるセリ・サエグサ。
その焦りは昨晩の恐怖を覚えているからこその確信的なモノとなりて、どこまでもセリの心に焦げるような不安を誘発する。
しかし、どこか事態を飲み込めていない様子のギョウを他所に…
セリの隣のベッドでは、スズナがガタガタと震えていて―
「あわわ…まま、またあのゾンビだと!?わわ、私はお化けとか幽霊とか、そそ、そう言うオカルトだけは駄目なんだぁ!」
「フゥー!スズナたんってば可愛うぃーねぇー!ギャップ萌えってやーつー?」
「ギョウ!貴様ぁ!」
「冗談言ってる場合じゃない!クラウスさん!大変です!村にゾンビが!」
そして…
震えているスズナと、馬鹿を言っているギョウを意に介さず。
セリは勢いよく寝室を飛び出すと、ドタドタと思い切り音を立てながら急いで一階へと降りていく。
「…ク、クラウスさん?」
けれども、そんなセリの焦りが全く功を奏していないかのように…
ランプで照らされた薄暗いリビングは、セリ達が二階へと上がっていったときの状態そのままであり。
それは明らかに、クラウスがまだ帰ってきていない証明となりて更にセリの焦りを大きくするだけで…
「クラウスさんがまだ帰ってこない!も、もしかして外でゾンビに襲われたんじゃ…」
「で、でもでもでーも、あの人猟師なんっしょー?デッカおっきい銃持ってたっすぃー?一人でバンバンゾンビシューティンヒィアゥイゴーしてる的な的なテキーラ?」
「そそそそうだ!そそそれかかか、いい異常を察知し一人で先ににに逃げたのかもししししれん…ぞ?」
「そんなわけあるか!あの人はそんな適当な事を言う人じゃない…俺にはわかるんだ、き、きっとクラウスさんに何か…夜には帰るって言ってたのに、まだ帰ってきていないって事はク、クラウスさんに、何かあったってことだろ!?」
だからこそ、セリの後に続いて一階へと下りてきたギョウとスズナが、そんな希望的観測をセリへと伝えてくるものの。
ほぼ丸一日眠っていた二人と違い、朝方の少ない時間とは言え濃い会話をクラウスを交わしたセリだけはゾンビが現れた事とクラウスが帰ってきていないこの事態に、いち早く異常性を感じつつ更に焦燥を昂ぶらせるだけなのか。
…寂れた村の猟師には到底思えない見地を持った、『夜には帰る』とハッキリ伝えてきたあのクラウスがまだ日も暮れたと言うのにまだ帰ってきていない。
そして、霧に紛れて村の中にゾンビが侵入してきた事が相まって…
今のセリの心臓は、体外にも聞こえるくらいの大きな焦りの鼓動となりて怖いほどに脈打っているではないか。
すると…
セリ達の言い合いが聞こえてしまったのか。それとも薄っすらとこの家の中に灯りが灯っていた所為か。
―ドガァン!
…と、ドアを叩き割る音がしたと同時に―
家の中に、一体のゾンビが押し入ってきて―
『ア…ガァ…』
「ッ!?」
「ちょ!ヤババーイ過ぎっしょコレマージでー!」
「あわ…あわわわわ…」
ゆっくりと…
そう、家に圧し入ってきたそのゾンビは、あくまでもゾンビらしくよたよたとした今にも倒れそうなふらついた足取りなれど。
…異臭を撒き散らし、腐臭を漂わせ。
その腐り垂れ下がった目と、空洞となっているもう片方の目の部分にて確かにセリ達3人を捕らえた様子で。
ジワジワと…ゆっくりと…
恐怖に駆られ、その場から足がどうしても動かないほどに戦慄を感じている少年達へと、フラフラとしながら近づいてくる…
(ヤバい…ほ、本当にヤバい…)
まさか、昨晩のゾンビが村の中まで追ってくるだなんて。
じりじりと近寄ってくるゾンビを前に、走馬灯にも似た速度の高速思考にて焦燥感に塗れた言葉のみが繰り返されているセリの脳内は、目の前のゾンビに対しただただ『ヤバい』という思考しか考えられない程にセリ・サエグサを追い詰める。
…しかし、それも仕方がないことなのか。
何しろ、昨晩だって全速力でどうにかギリギリ振り切って逃げられた相手。
しかも、『外』だった昨晩と違い…
今は室内、それも入り口側にゾンビがいるというこの狭い空間に追い詰められてしまったのだから、昨晩のように走って逃げるという事すら出来ないこの状況に置かれてしまっては、いくら知略に長けたセリを持ってしてもどうしようもない状況と言えばそれまでで。
どうする…どう、すればいい―
高速思考を持ってしても、何も思い浮かばず何も出来ずに後ずさりするしか無いセリ・サエグサと…
同じく何も出来ずに冷や汗を垂らしているゴ・ギョウ、それに恐怖のあまりガタガタと振るえ歯を打ち鳴らしているスズナの3人。
このままでは、ゾンビに喰われてしまう―
そうして…
じりじりと近寄ってくるゾンビに対し、どうしようもないセリ達の恐怖が今まさに頂点に達しようとした…
その時だった―
―デュエルディスクを構え給え。
「…え?」
不意に…
セリの耳に、クラウスの声が聞こえたような気がした。
しかし、家の中にはセリとギョウとスズナの3人しか居らず…それにゾンビが打ち破ったドアの外側にも誰かが居る気配などなく、今のクラウスの声だって何やらセリにしか聞こえていなさそうではないか。
「い、今クラウスさんの声が…」
それ故、思わずセリがそう言葉を零すも…
そんな言葉を聞いている場合ではないギョウとスズナは、壁際に追いやられもう後が無い状況に陥ってしまっていることに絶望すら抱いている様子を見せるのみで…
―早く…デュエルディスクを構え給え。
「ッ…」
だからこそ、この場で唯一『その声』が聞こえた、そして唯一動けるであろうセリが聞こえた声に従ってデュエルディスクを構え始める。
…そんなセリを見て、ギョウとスズナはどう思ったのだろう。
セリの頭がおかしくなったと思ったのだろうか。それともセリが恐怖で狂ってしまったと思ったのだろうか。
フラフラと近づいてくるゾンビを前に、2人もまたセリへと向かって声を荒げ―
「セセセセリ!いいい一体なな何をしているのだ!」
「ちょいちょーい!ゾンビ相手に?ディスク構えるとか?意味ナシナシのナッシングでしょーが!」
「で、でも…」
しかし―
そんなギョウとスズナの絶望を
デュエルディスクを構えたセリを前にして、なんとゾンビもまたその足を止めてセリと向かい会い始めたではないか―
そう…ゾンビもまた、セリに倣ったように。
左腕を前へと出し構えると、その腐った肉が変形し始め…
ソレはあたかもデュエルディスクのような形。そして、なんとゾンビの変形した腕の中から汚れたカードの束もまた出現し始めたのだ。
そのまま、ゾンビもセリのようにデュエルの体勢へとその身を構え始める。
「はぁ!?どどどどういう事なのだぁ!?」
「ひゃは!?ゾ、ゾンビの方も?デュ、デュエルする気って事なぬぉー!?意味わかんなうぃーねー!」
そうして…
わけもわからず混乱しているだけのスズナと、同じくこの状況に驚いている様子の声を漏らしたギョウの叫びを皮切りに―
『アガァ…デュ、デュエ…』
「い、いくぞ!」
状況をよく飲み込めないままではあったものの、それでも確かに自分だけに聞こえたクラウスの声に従ったセリの叫びが家の中に木霊して―
―デュエル!
それは、始まる。
先攻は、ゾンビ。
『ガガ…【融合】発動ォ…【メデューサの亡霊】ト【ドラゴン・ゾンビ】ヲ融合ォ…ユウゴウショウカン…【金色の魔象】…ターン…エンドォ…』
ゾンビ LP:4000
手札:5→2枚
場:【金色の魔象】
伏せ:なし
デュエルが始まってすぐ。
よたよたと歩いていたにしては、どこか慣れた手付きにて1体の融合召喚を行いそのターンを終えたゾンビ。
それは通常モンスター同士で融合される、自身も効果を持たない、攻撃力も2200と少々頼りなさすら感じさせるアンデット族モンスターではあったものの…
だが、しかし。
たったこれだけの場にてそのターンを終えた、ゾンビの行動のどれもがセリの目には怪しく映り。そしてそれ以上に、セリの思考は不気味なゾンビの立ち姿を前にしてどうしても嫌な方向へと向かっていってしまうのか。
そう、ゾンビと戦うという、非日常的な光景の前に…緊張からか、セリの心臓はその鼓動をうるさいくらいに打ち鳴らし続けていて。
「…何か狙っているのか…くっ、俺のターン、ドロー!」
とは言え、それでもセリとてただでやられるわけにはいかず。
ゾンビの不気味さを払拭する為に、自らのターンを向かえたセリは勢いよくデッキからカードを1枚ドローする。
…セリとて、ゾンビがデュエルをするという事実を未だ飲み込めてはいない。
けれども、ただ食い殺されるのではなくデュエルにて突破できる可能性がほんの少し見えたからこそ―
「手札を1枚捨て、【幻想の見習い魔導師】を特殊召喚!その効果でデッキから【ブラック・マジシャン】を手札に加える!そして魔法カード、【融合】発動!手札の【ブラック・マジシャン・ガール】と、場の【幻想の見習い魔導師】を融合!」
例え相手が血の通わない、腐った肉体のゾンビであろうとも。そして何を狙っているのか分からない不気味さをゾンビが充満させていても、セリとてここで引くわけにはいかず。
…発動するは、先のターンにゾンビが発動したのと同じ【融合】魔法。
そう、自身の持つ、『融合』のEx適正の導くままに。
今、セリの場に神秘の渦が渦巻きそこから現れるは―
「融合召喚!来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」
―!
【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8
ATK/2800 DEF/2300
現れたるは2対の魔術師、師と弟子のコンビネーション。
2体で1体のその融合モンスターは、セリのデュエルにおける要の融合モンスターの一体であり…
そして、それだけでは終わらない。
いくら相手が得体の知れない存在で、何を狙っているのかすら見通せなくとも構わない。それでも、不気味なゾンビを手数で圧倒すると決めたセリは更に動きを見せるだけ。
「速攻で決める!更に魔法カード、【死者蘇生】を発動!墓地から【ブラック・マジシャン・ガール】を特殊召喚し、超魔導師の効果で1枚ドロー!…よし、俺がドローしたのは罠カードの【マジシャンズ・ナビゲート】!そのまま場にセットし、超魔導師の効果でセットしたカードは伏せたターンにも発動出来る!罠カード、【マジシャンズ・ナビゲート】発動!手札とデッキから、【ブラック・マジシャン】をそれぞれ特殊召喚する!来い、【ブラック・マジシャン】達!」
―!!
【ブラック・マジシャン】レベル7
ATK/2500 DEF/2100
【ブラック・マジシャン】レベル7
ATK/2500 DEF/2100
そうして…
一瞬の後に、セリの場には攻撃力の高い魔術師たちが杖を手にゾンビへと立ち向かう光景が創り上げられる。
…そう、伏せカードはなく、墓地にも場にも警戒すべきモノが無い今。
敵の2枚の手札に何があろうとも、これだけの手数を用意すればそう易々とは凌ぎ切れないはずだという自負の元に…セリの怒涛の展開にて、魔術師たちがゾンビとその僕である金の象骨へと攻撃を仕掛けんと―
「行くぞ、バトルだ!【ブラック・マジシャン】で【金色の魔象】に攻撃!」
―!
『ア…ガァ…』
ゾンビ LP:4000→3700
魔術師の一撃によって、金の象骨が塵となって蹴散られる。
それは文字通りの一蹴…
コンバットトリックや誘発破壊でも狙っているのかと危惧し手札の【黒魔導強化】をすぐに発動出来るよう構えていたものの、しかし何の動きを見せないことからその危惧が杞憂で終わった事に一先ずの安堵を覚えるセリ・サエグサ。
…けれども、まだ油断は出来ない。
なぜなら、いくら相手の融合モンスターを破壊できたからと言っても、このまま連続攻撃が通るかどうかは微妙なところ。ソレはゾンビが、2枚の手札の中に【バトル・フェーダー】や【速攻のかかし】と言った防御札、それ以外にもダイレクトアタックによるダメージをトリガーにしたカードなどを隠し持っている懸念もある為に…
まだまだ緊張の糸を緩めず、ゾンビの様子に細心の注意を払ったまま。更にセリは、魔術師たちへと攻撃を命じ…
「これで場はがら空き…何か狙っているのか?…だけど、ここで怯むわけにはいかない!行け、超魔導師とブラック・マジシャンでダイレクトアタックだ!」
―!!
『ガァァァァァァア!』
ゾンビ LP:3700→0
―ピー…
「…え?」
しかし…
最後の最後まで、セリの危惧した状況は起こらないまま。
あっけなく…そう、『何か』あるのではないかと身構えていたセリの憶測も無意味に、セリの攻撃をまともに喰らったゾンビはあまりにあっけなく吹っ飛んでしまったのだから。
…家の中に響いた無機質な機械音は、確かにデュエルの終了をセリ達へと伝えている。
けれども、過剰なほどに相手の手を警戒していたセリからすれば、あっけないほどに終わってしまったゾンビとのデュエルは本当に自分が勝ったのかどうか疑問を感じてしまう程に―
ソレほどまでに、このゾンビとのデュエルはセリにとって何の手応えも無いようなデュエルであったのだ。
それはゾンビが家の中に圧し入ってきてから、ものの1分程度しか経っていないデュエルの短さもそう。
デュマーレ、デュエリア、決闘市と、これまで一筋縄ではいかない相手とばかり戦ってきた所為か…この手応えが無さ過ぎるゾンビとのデュエルは、セリの心に不気味な嫌悪感を抱かせてきた。
そして、デュエルで打ち倒したからか…
倒されたゾンビが、塵となって消滅していく―
「弱い…このゾンビ、デュエルで倒せば消えるみたいだ…」
「ンだよもー、ゾンビがデュエルするってのも驚き桃の木だってぇのに?実&力は雑魚雑魚ざぁーこのクソミソクソ雑魚だったじゃんねー!」
「…ひ、拍子抜けだったな…」
また、デュエルで敗北した所為か、目の前で塵となって消えていくゾンビを見て。
先ほどまでの狼狽えていた態度から一転、その拍子抜けだったデュエルの展開にギョウとスズナも少しばかり恐怖がボヤけている様子。
…とは言え、それも当然か。
何しろ、確かにゾンビの方も見た目の恐ろしさと不気味さは確実にセリ達に恐怖を与えては来ていたのだが…
しかし、ゾンビのデュエルの実力自体はさほど高かったわけではなく、どこか『お粗末』とも言える程に拙く弱かったため、デュマーレの祭典【フェスティ・ドゥエーロ】にて準優勝したほどの実力を持つセリからすれば、全くもって相手にはならかなったのが現状と言えば現状。
それは言うなれば、洗練された最先端のデュエルを学んでいるセリ達とは全くの別物…
悪く言えば田舎臭い素人のような、少々時代遅れのようなデュエルであったと言うのがセリ達が抱いた印象でもあるのか。
しかし、一体どうしてゾンビが襲い掛かって来ずにデュエルを仕掛けてきたのかは未だわからないままではあるものの…
まぁ、そうは言ってもセリ達からすれば、急に家に押し入ってきたゾンビを何の被害も出さずにデュエルで倒せたのはこの上ない幸運を感じるところに違いなく。
「…よし、とりあえずゾンビは倒したんだ。クラウスさんを探しに行こう。」
昨日遭遇したゾンビが、村の中にまで侵入してきたのは想定外だった。しかし、そのゾンビも難なく倒す事ができ、また村の中が騒がしくなっていない様子から被害は出ていないようだ。
…ゾンビを倒したことで、そんな気持ちの余裕が出来ている様子を見せるセリ。
一先ずの問題を解決できたその安堵は、昨日の切羽詰っていた状況とは打って変わって…いつもの冷静で思慮深い、普段の姿を思い出させるほどの落ち着きをセリは確かに見せ始める。
そうして…
ゾンビを倒した事で一先ず緊張が解けたセリ達は、たった今倒したゾンビが先ほど破ってきたドアからクラウスを探しに行こうとして。
ゆっくりと、そして静かにドアの外へと身を乗り出し…
しかし…
外に出たセリ達の目に飛び込んできたのは―
「…え?」
「…ひょ?」
「な…なな…」
家の外に出たセリ達の目に飛び込んできた光景…
それはセリ達を絶句させるには充分過ぎるほどに『異常』な光景となりて、あまりに突然にセリ達の目に映り込んでしまった。
…それはついさっきまで漂っていた『霧』が、何故か無くなっていると言うのもそう。
けれども、セリ達が絶句してしまったのは『そんな事』では断じてない。
そう…
霧が晴れた夜の村の、セリ達の目に飛び込んできた光景とは他でもない―
『ア…ガァ…』
『グゥゥ…ゥ…』
『ガガ…アァ…』
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ―
セリ達の目に飛び込んできたのは紛れも無く、ゾンビの大群であった―
「なっ!なななななな何だこの数はぁ!?」
「大声を出すなスズナ!と、とにかく隠れろ!」
「ひゃは…ウジャウジャウジャウジャ…マ、マジキモなんですけどけど…」
「さっきの一体だけじゃなかったのか…そ、それにしても何体いるんだ?」
家の外、村中のあちこちに。
見てしまったのは、よたよたとした足取りで、うじゃうじゃ闊歩しているゾンビの大群。
まさか…こんなに大勢のゾンビが村に居たと言うのか、
だからこそ、他のゾンビに見つかる前に…思わず家の中へと素早く隠れ、こっそりと外の様子をセリは伺い始める。
すると、セリの目にはゾンビの大群だけではなく…
奇妙な、それでいてこのゾンビの大軍と同じくらいに不自然な光景が映り込んできて。
「…なぁ…昼間は霧が濃かったからわからなかったけど…この村の他の建物…どれも、ボロボロっていうか…」
「ひょ?」
「全部壊れてる建物ばかりで、しかも老朽化しすぎているように見える…も、もしかしてだけど…この村って…」
そう、セリが気付いたのは、ゾンビたちが闊歩しているこの村の他の建物の、そのボロボロ具合について。
確かにゾンビたちが村中に溢れていることも異常事態ではあるのだが、しかし霧が晴れた村の中をよくよく見れば周りの家ばどれもこれも昨日今日ゾンビに壊されたような朽ち果て方では断じてないモノばかりであり…
それはまるで、相当前から風化が始まっていたような壊れ方と汚れ方。折れた柱の腐食の度合いは崩壊してから数年は経っていそうだし、酷く汚れ割れている窓ガラスもそのままになっている様子は明らかに不自然すぎる。雑草や蔦が家屋に侵食していると言うのに、庭や家は手入れされている様子も見受けられない。
つまり、それが意味する一つの答えは…
セリ達が泊まったこの村は、最初から―
「まま、待て…とと、と言う事はここ、この村はささ、最初から…は、廃村…だだ、だったと言う事…か?」
スズナの顔から、見るからに血の気が引いていく。
…当然だろう。
何しろ、昨晩ゾンビから逃げ切って辿り着き、安心しきって一日過ごした村があろうことか元々廃村であったというのだ。しかも、それが先ほど自ら『オカルトが苦手』と吐露したスズナであるのだから…
こんな時だからこそ冷静に努めようとしているセリと、そう言った事を全く気にしていないギョウと違って。
真っ青を通り越して真っ白にまで顔色を変化させたスズナが、今にも倒れこんでしまいそうなほどにその恐怖心を高まらせてしまっているのは最早仕方が無く。
「で、でもでもでーも?おっちゃん家だけは普&通じゃん。食いモンもあっし?ボロっちくないし?あ、ソレか猟師は嘘でしたーってんでホントは墓&守だった的な的な的な?」
「どうだろうな…とにかく、クラウスさんを探さないと。」
「あああのゾゾ、ゾンビの群れの中から…か?いい、いくらデュエルで蹴散らせるとはいい、言え、だぞ…?あ、あの大軍が相手では…」
「…だったら、一旦この村から出て、朝になったらもう一度様子を見に来るか…今日も日が暮れるまでゾンビは現れなかったんだし…」
「ひゃは、ゾンビは太&陽のHI・KA・RIが大大大のニガニガニガーテってのが定&番with定&石って決まってるもんねー。」
まぁ、その真相も何もかも、この状況下ではセリ達には分かるはずもないのだが。
そう、今のセリ達に分かっていることは、この村が元から廃村であった可能性と…そしてあのゾンビたちは、何故かデュエルで倒す事が出来ると言う事だけ。
けれども、ゾンビの群れに囲まれているという、こんな超常的かつ異常事態に置かれていてもなおセリがどこか冷静さを取り戻している様子なのは…紛れもなく、たった今デュエルにてゾンビの一体を倒したが故なのだろう。
…昨日は逃げ回るしか出来なかったが、デュエルで解決できる問題であるならば一先ずこの場から突破できるかもしれない。
…ゾンビ1体1体のデュエルの強さは大した事は無い。これならば、先日の決闘市で不良たちに追い掛け回された時の方がよっぽど大変だった。
そんな、これまでの経験が着実にその強さになっているセリの心には、ゾンビという異常な存在を前にしても無闇に取り乱さない冷静さが育っている様子。
…けれども、そんな思考が浮かび上がってきたのも束の間。
先ほどのデュエルの音が聞こえてしまったのか、それとも扉が壊れた事で漏れ出したランプの光を察知してしまったのか…
村の中に溢れているゾンビ達の何体かが、セリ達のいる家の方へとよたよたと滲みよってきたではないか―
「ッ!何体かこっちに向かってきた!お前たちも手伝え!速攻で倒して、一度この村から逃げる!」
「あわわ…なな、なんでこんな事になってしまったのだ…どど、どうしてこんな事に…な、なんでゾンビがデュエルすると言うのだぁ!」
「ひゃはは!ンなコト知らなうぃーってぇの!」
「無駄口叩く暇なんてない!来るぞ!」
そうして…
デュエルディスクを装着したセリ達を見つけるや否や、自らもその腐った腕をデュエルディスク型に変貌させつつ滲みよってくるゾンビたち。
…その数、目測にて約7体。
いや、その後からは7体のゾンビたちに釣られるようにして続々とゾンビたちがこの家に集ってきている。
それ故、村中にゾンビが溢れかえっていることを考えると、ひとつの戦いに時間を取られすぎると後からどんどんと増援が沸いてくるかもしれない危険性があると言う事をセリは即座に察知して。とにかく、この場に留まる事が危険だという考えから、ギョウとスズナに声をかけつつ速攻を胸にゾンビへと向かい立つだけ。
「超魔導剣士!超魔導騎士!超魔導師でそれぞれダイレクトアタックだ!」
―!!!
蹴散らす。
「ブッ飛ばSay!モラルタ!デュランダル!フェイルノートでゾンビ’sに攻撃ってかー!?」
―!!!
蹴散らす。
「来るな来るな来るなぁ!アドレイション!蹴散らしてくれぇ!」
―!
蹴散らす。
蹴散らし、続ける。
ひっきりなしに襲い来る、多対一となって向かってくるゾンビ達を蹴散らし続けるセリとギョウとスズナの3人。
幸いなコトに、ゾンビ達の手筋は最初に倒したゾンビ同様、『雑魚』とも呼べる拙い手筋ばかりであり…少々引け腰になっているスズナであっても、ゾンビを蹴散らすことは出来ているために、一応の防衛は出来てはいると言えるだろうか。
しかし、それにしても数が多い―
そう、倒しても倒しても…
倒しても倒しても倒しても。後からどんどんとゾンビが向かって来るために、村を出ようとしていたセリ達は一歩も家の敷地から出る事を許されずに防戦を余儀なくされていて。
…次々に消えては現れる、感情無きデュエルゾンビ達。
一体、これだけの数のゾンビがどこから沸いて出てくるのか。更にデュエルの喧騒を聞きつけた他のゾンビ達が、村のあちこちから『ここ』に集ってくるために…
デュエルを強要されているセリ達の手は止まることなく動き続け、反対にここから逃げ出したい足はこの場に留められてしまうばかりであり…
「くそっ!キリがない!」
…1体1体は大した事は無い…むしろ雑魚と言ってもいい程。
しかし、いくら雑魚ばかりとは言え。ゾンビを1体倒している間にも、騒ぎを聞きつけた他のゾンビ達がわらわらとセリ達へと向かってくるのだから、こうも大勢が途切れることなく向かってきては、いくら腕の覚えのあるセリとギョウをもってしても途切れる事の無い連戦、混戦、時には多対一にてゾンビの『大群』を退け続けることは至難の技とも言えるのではないだろうか。
それは多勢に無勢…
どれだけ優れた力を持っているデュエリストであろうとも、休む暇も無い連続した多対一が終わる事なく続けば…いずれは、この中の誰かが力尽きてしまう事は必至とも言えるのだから。
すると―
―雑魚に構うな…大元を…叩くのだ…
「ッ!?い、今、またクラウスさんの声が…」
「なな、何を言っているのだセリ!ま、まだゾンビがこちらに向かってきているのだぞ!?」
「そのとりとーり!コッチはそれどころじゃないっつーの!アホな事言ってんじゃなうぃーぜー!」
不意に…
再び、セリの耳に幻聴の様なクラウスの声がまた響き渡ってきた。
また、どうやらソレはギョウとスズナには全く聞こえてはいない様。それ故、再び聞こえたクラウスの声に思わずセリの手が止まってしまい…
そんなセリへと向かって、寄せ来るゾンビ達の相手をし続けているギョウとスズナも思わず声を荒げてしまう。
…当然だ。
何しろひっきりなしにゾンビが襲い掛かってきているこの状況で、あろうことか要であるセリがその手を止めてしまったのだから。
しかも、ソレが自分達には聞こえないモノの所為であるのだとしたら…いくらなんでも、自分の身を守ることで手一杯のギョウとスズナからすればセリが手を止めた事は到底容認できるような状況では断じて無く。
―君達なら…姫を…
「ッ!?」
しかし…それでも、どうしてもセリの耳には幻聴の様なクラウスの声が聞こえてきてしまう。
…ギョウやスズナの言う通り、幻聴のようなこの声を無視することはセリにとっては簡単だ。
それでも、セリがその声を無碍にする事ができず…どうしても、その手を止めてしまうのにも理由がある。
ソレを、ギョウとスズナは知らない…朝方に、セリがクラウスと話を交わし、そしてセリが『敵わない』とさえ思うような圧倒的なる見地を持ったクラウスに、セリが多大なる敬意の念を抱いたという事など。
それ故、ゾンビの群れがひっきりなしに迫ってきているこの状況下におかれてもなお。
デュマーレ校2年のセリ・サエグサは、己の脳内に確かに聞こえたその声を全く疑うこともなく…
「ギョウ!」
「ヘイ!どした!?」
「なんか…このゾンビたちにも、ボスが居るみたいだ。ソイツを倒さなきゃ、ずっと襲われ続ける…」
「なな、なんでそんな事がわわ、わかるのだ?」
「声が聞こえるんだ…クラウスさんの…」
「ちょ…おいおいおーい、それってもしかしなくてもー?あのおっちゃん実は幽&れ…」
「言うな馬鹿者ぉ!」
「ひゃは、ビビリすぎっしょスズナたん。………でも、ま、『そう言う事』ね。わーったわーった。つまり?お前が?この状&況Wow、『何とか』してくれるってことっしょー?」
「あぁ…俺がボスと戦う。だからギョウ…スズナを頼んだぞ。」
深くは言わず。多くを語らず。
ひっきりなしに襲い来るゾンビの群れを、全力を持ってして食い止め続けている親友へと短い言葉にてそう伝えたセリ・サエグサ。
…いくらギョウの力を信頼していると言っても、半ば無茶な注文をしているという自覚はセリにだってある。
しかし、それでもなおこの状況を打開するには『コレ』しか無いのだと言わんばかりに固められたセリの言葉は…どこまでも真っ直ぐなモノとなりて、スズナを庇いながらも敵を蹴散らし続けるゴ・ギョウへと、あまりにストレートな託しとなりてギョウの耳へと届けられるのか。
それ故、ゴ・ギョウの方も。
セリが零したその言葉に、何の躊躇いもなく…
そう、いくら彼一人が必死になってこの場を繋ぎ止めていても、やや押され気味になってきたスズナを庇いつつ一人で戦っているのでは、いくらなんでもギョウの負担はとてつもなく大きくなっているに違いないはずだと言うのにも関わらず。
それでも、同じく親友から深い説明を受けていない中で。ギョウは、ただ短く『そう』言うのみ。
「ひゃは、りょーかい!まっかせとけい!」
「よし、行ってくる!」
「ま、まてセリ!」
そして…
ギョウに背中を押され、そしてスズナの静止を振り切り。
セリは一旦、家の中へと入ったかと思うと…裏口の方、倉庫の奥の堅く閉ざされている方からゾンビたちの虚を突いて一目散にこの家から脱出を試みて。
いや、脱出を試みたのではない。幻聴でも何でも、とにかく確かに聞こえたクラウスの声に従って、セリはゾンビの『大元』を探しに戦略的脱出を行ったのだ。
…どうやら村中のゾンビたちは、戦いの音に引かれてギョウたちの方へと気を取られているようだ。
そんな、大勢のゾンビたちがギョウたちのいる家へと向かっている光景をその目に映しつつ…セリはまばらになっている村の中のゾンビ達の間を、上手くすり抜け村の中を走り始める。
―その角を曲がれ…その先に、墓地がある…
聞こえてくる、クラウスの声のようなモノを信じながら。
とにかくセリは、必死になって声が指し示す方へと急ぐだけで―
そうして…
セリが家を抜け出して、ものの5分も経っていない頃だろうか。
何度か曲がり道を曲がり、ゾンビとすれ違いながらもソレを無視して突っ走り…
…時には速攻にて、数体のゾンビを蹴散らしながら。ゾンビの集団を掻い潜ったセリは、この村のとある場所へと無事に辿り着き。
そう、文字が刻まれた墓石が、あまりに綺麗に整列し並んでいるその様相がソコを紛れも無い『墓地』だと言う事を…否応なしに、セリへと伝えていた―
そして―
「お前が…ボスか?」
「ふふ…ふふふ…ここまで来たひと、ひさしぶり…」
「ッ…喋った…」
辿り着いた『墓地』の真ん中にて、ゆらゆらと鎮座している小さな影から聞こえてきたのは紛れも無い―
他のゾンビとはまるで違う、『少女』のようなか細い声であった。
「ふふ…ふふふ…あなた…つよいね。ゾンビ…いっぱい、消えちゃった…ねぇ、私とも…デュエル…しよう?」
そこに居たのは少女のような、墓場には不釣合いなほどに不気味な存在。
…それは見た目から察するに、およそ『5歳』くらいの少女のような姿をしたモノ。
しかし、その存在から発せられるは少女のような見た目に反し、生気を感じない冷たい囁き。霊のようにふわふわとしていると言うのに、それでいて悪霊のように地に根を下ろしているかのような確かな声で…
…しかして、生ある人間のモノとは思えない程の不気味さを孕んだその少女のような姿は、まさしく『御話』の中に出てくる『幽霊』そのものの様な、
…土に塗れ汚れた肌。生気を感じない真っ白な顔。
ゾンビたちとは違い四肢は見受けられるものの、だらりと垂れさがった腕は不気味そのモノ。猫背の姿勢はその不気味さをより一層増しており、目はぎょろりと大きく見開かれ…
そして片眼は髪に隠れて見えないものの、しかしこの幽霊のような少女がゾンビの親玉であることを考えると髪に隠れて見えない方の目は腐り落ちているのではないかという想像がセリの脳裏に浮かび上がる。
そう…
その、見るからに5歳くらいの子どもにしか思えないのに、ゾンビの親玉と言われてもしっくり来る異質な雰囲気をその少女は纏っているのだ。
あきらかに『上』に立っている者が持っているその存在感は、まさに目の前の少女にしか見えない物体がゾンビのボスだと言う事をセリへとひしひしと伝えていて。
「コイツ、他のゾンビとは違う………」
「ここまで来たひと、ひさしぶり…生きてるひととデュエルできるの、ひさしぶり…ふふ…ふふふ…」
「…」
すると…
腐った腕をディスクの形へと変形させる他のゾンビ達とは違い、少女のようなゾンビの親玉はその腕に確かに『デュエルディスク』の機器を装着させ始めたではないか。
…喋る事もそうだが、デュエルディスクを装着したり見える部分での欠損がなかったりと、何かと他のゾンビとはどこか異なっているこの少女のようなゾンビの親玉。
そんな、これまでのゾンビとはどこか異なる雰囲気を纏う少女のようなゾンビの親玉を前にして…
セリは背中に嫌な感じの汗を感じつつも、それでもここまで来て後に引くわけにはいかずにデュエルディスクを構えるしかなく…
…そして、墓場の周囲に居たゾンビたちが、墓場に集ってきたかと思うと。
その足を止め、セリとボスとを囲むようにして墓場に輪を作り。瞬く間に、セリにとって逃げられないデュエルフィールドが完成してしまったではないか。
逃げられない…逃がす気がない―
ウジャウジャと蠢く周囲のゾンビ達と、目の前に対峙している少女の姿をしたゾンビの親玉からのプレッシャーを一身に受け。
セリの心は、このデュエルが本当の意味で『命』を賭けたデュエルだと言う事を否応なしに理解してしまう。
けれど…
セリとて、ここで逃げる気も更々無い。
あの家でまだ耐えているであろうギョウとスズナの為にも、セリは何が何でもこのゾンビの親玉を叩かなければならない。そんな気概を胸に秘め、そのままセリはゾンビに囲まれている事など意に介さず…
5歳くらいの少女の姿をした、まるで幽霊のようなゾンビの親玉へと向かって―
「俺は決闘学園デュマーレ校2年、セリ・サエグサ!ゾンビの女王、お前を倒して、この悪夢を終わらせてやる!」
「ふふ…」
「行くぞ!」
―デュエル!!
そして、始まる。
先攻はデュマーレ校2年、セリ・サエグサ。
「俺のターン!永続魔法、【黒の魔導陣】を発動!デッキを3枚めくり、俺は【マジシャンズ・ナビゲート】を手札に加える!そして【マジシャンズ・ロッド】を召喚!」
―!
【マジシャンズ・ロッド】レベル3
ATK/1600 DEF/ 100
デュエルが始まってすぐ…
魔導陣を背に現れたのは、実態を持たぬ杖が如きモンスターであった。
…それはセリのデュエルにおける始まりの展開。
操り人の実態はなく、魔力の残滓によって動く杖こそが本体という…これより始まるセリのデュエルの、起動を担う一体であって。
この得体の知れぬ村からも、ゾンビがわらわら沸く状況からも、ゾンビの女王だという気味の悪い少女からも、とにかく一刻も早く離れたいこそ。
【黒の魔導陣】とは違い、デッキから『任意』のカードを手札へと加えられる杖の魔力によって…
セリは初めから全力で、いつものようにデッキを回転させにかかり…
「召喚成功時に【マジシャンズ・ロッド】の効果発動!俺はデッキから…」
しかし―
「ふふふ…ソレ、ダメ。手札から【灰流うらら】すてて効果発動。その効果、無効にする。」
「なっ!?」
幼げに見える桜色の幽霊が、少女の手札から飛び出たと思ったその刹那。
なんとセリの発動した【マジシャンズ・ロッド】の、デッキから任意のカードを手札に加える効果が無効化されてしまったではないか―
…舞い散る桜の花びらのような、妖艶なりし火の子が黒魔術師の魔力を遮り。
初動から大きく動こうとしたセリのプランを塞き止めながら、ゆらゆらとその姿を消していく。
「は、【灰流うらら】って…そ、そんなカードをどうして…」
「ふふ…ふふふ…」
そして…
効果を止められたとか、初動の邪魔をされたとかソレ以上に―
そう、【灰流うらら】というカードの効果を受けたセリの表情は、まるで雷に撃たれたかのように硬直してしまっていた―
…当然だ。
【灰流うらら】…
セリの記憶が正しければ、ソレは確か『超』が付くほどのレアカードであったはず。
いや、単に『レアカード』という、そんな簡単で単純で陳腐で凡庸で、かつ『普通』な言葉で一括りに纏められるほど、【灰流うらら】というカードの存在は決して生易しいモノでは断じてないのだ。
セリは思い出す…自分の『知識』という記憶の中に確かにある、そのカードの出自と行方を。
そのデュマーレ校随一の『知識』を誇るセリの記憶によれば、ソレはこの世に4社しかない、【決闘世界】に特別にカードの製造を許されたカード製作企業の…
そう、デュエリアの『決札社』、決闘市の『百目鬼コーポレーション』、龍国の『樹龍会』と並ぶ、4つの世界的な大企業の中でも特に古き時代から存在しているカード製作会社である、セメタリアに本社が存在する『アイリーン・カンパニー』によって作成された、『セメタリア王家』に献上されるために特別に作られたカードであったはずなのだ。
そして【灰流うらら】や、その関連カードである【浮幽さくら】、【屋敷わらし】と言った、手札にて誘発的に効果を発揮するその特別なカード群…
それは製作者であるアイリーン・カンパニー現社長、アイウィッシュ・アイリーン・アイザック・アイオーン社長が、セメタリア王国の建国2000年の記念に【決闘世界】からの特別な許可を得て作成したという、『セメタリア王家』に『献上』されるために作られた世界に1枚ずつしかないカードの内の1つ。
…そして、ソレはあまりに強大すぎるとして。
セメタリア王家への献上後、すぐに【決闘世界】がセメタリア王家の者以外の使用を禁ずると共に…
【サンダー・ボルト】や【ブラック・ホール】と言った古代魔法と同じく、複製不可に指定されたカード群であったはず。
しかし…
世界に1枚しか存在しないはずの、セメタリア王家が所有しているはずのそのカードを、一体どうしてあの少女のようなゾンビの親玉が持っているのか。
そんな、理解出来ない状況に対し…
セリの頭は、ますます混乱の一途を辿り始めるだけで…
「とまっちゃったね…ふふ…ふふふ…ねぇ、ターンエンド?」
「くっ…カードを2枚伏せてターンエンドだ!」
セリ LP:4000
手札:5→2枚
場:【マジシャンズ・ロッド】
魔法・罠:【黒の魔導陣】、伏せ2枚
そうして…
一瞬の衝撃の所為で、混乱してしまった思考のまま。思うように頭が回らず、ターンを終了してしまったデュマーレ校2年、セリ・サエグサ。
【灰流うらら】という、ある意味『幻』とも呼べるカードを見せ付けられたその事実は果たして…デュマーレ校一の秀才と呼ばれるセリに、一体どれ程の衝撃を与えてきたというのだろう。
…そう、『セメタリア王家』に献上されたその特別なカードの内の1枚の効果を、喰らうだなんてそもそもからして『ありえない』ことだと言うのに。
それは現代のデュエルの根幹ともいえる、デッキからの『サーチ』を止めるというその破格すぎる効力もそう。そしてそれ以上に、そんな『幻』に数えられるカードが一体どうしてこんなセメタリア王国の辺境も辺境の村の片隅でゾンビの親玉が持っているのかと言う事がどうしてもセリには理解できず…
…そんな、およそこの世の誰も体験したことの無いであろうカードの前に。
思考が混乱してしまったのは、他人よりも深い『知識』を持つこのセリ・サエグサが故に仕方のない事とも言えるのか。
「私のターン、ドロー…【隣の芝刈り】発動、デッキから20まい墓地におくる。」
「20枚!?」
…けれども、そんなセリを意に介さず。
ターンが移り変わってすぐに、少女のようなゾンビの親玉が発動したその一枚の魔法カードの効果によって…
およそ恐るべき速度にて、少女の姿をしたゾンビの親玉のデッキの上から、次々にカードが墓地へと送られていくではないか―
…それは肉眼では目視出来ない程に凄まじい勢い。
デュエルディスクが自動的にデッキから直接カードを墓地に送っていくそのスピードは、はっきり言って異常の一言。その恐るべき枚数のカードが墓地へと直接収納されていくその様は、およそ少女のデッキがリミット一杯の『60枚』であると言う事を誰に説明されるまでもなくセリへと否応なしに教えている。
そして…
【隣の芝刈り】の効果による、大量の墓地肥やしが終了したのと同時に―
「ふふ…ふふふ…じゃあ、いくよ?」
「ッ!?」
少女は、動き出す―
「墓地の【馬頭鬼】効果。【馬頭鬼】除外して墓地から【ゾンビキャリア】特殊召喚。ふたりめの【馬頭鬼】除外して【マーダーサーカス・ゾンビ】特殊召喚。さんにんめの【馬頭鬼】除外して【ゴブリンゾンビ】特殊召喚。速攻魔法、【異次元からの埋葬】発動。【馬頭鬼】ぜんぶ墓地にもどす。もういっかい【馬頭鬼】ふたりの効果発動。【馬頭鬼】ふたり除外して【ゾンビ・マスター】と【ゾンビランプ】特殊召喚。」
―!!!!!
【ゾンビキャリア】レベル2
ATK/ 400 DEF/ 200
【マーダーサーカス・ゾンビ】レベル2
ATK/1350 DEF/ 0
【ゴブリンゾンビ】レベル4
ATK/1100 DEF/1050
【ゾンビ・マスター】レベル4
ATK/1800 DEF/ 0
【ゾンビランプ】レベル2
ATK/ 500 DEF/ 400
一瞬で…
地面の下より這い出でしは、実に5体もの『ゾンビ』モンスター達。
少女の場を一瞬で埋めるほどのその恐るべき速度の展開は、『墓地』という箇所を他のどの種族よりも得意としているアンデット族特有のスピードとも言えるだろう。
そう、先程、少女のようなゾンビの親玉が発動した【隣の芝刈り】によって肥えに肥えた墓地のアドバンテージをいかんなく発揮し。
更に、少女は動き続ける―
「一気に5体のモンスター!?」
「まだ。レベル4の【ゴブリンゾンビ】にレベル2の【ゾンビキャリア】チューニング。シンクロ召喚、レベル6、【蘇りし魔王 ハ・デス】。」
【蘇りし魔王 ハ・デス】レベル6
ATK/2450 DEF/ 0
「【ゴブリンゾンビ】の効果でデッキから【シノビネクロ】手札に。次は【ゾンビ・マスター】の効果。手札1まいすてて【ゾンビキャリア】特殊召喚。レベル4の【ゾンビ・マスター】にレベル2の【ゾンビキャリア】チューニング。シンクロ召喚、レベル6、【デスカイザー・ドラゴン】。」
【デスカイザー・ドラゴン】レベル6
ATK/2400 DEF/1500
「墓地の【馬頭鬼】の効果。【馬頭鬼】除外して【ゾンビキャリア】特殊召喚。レベル2の【マーダーサーカス・ゾンビ】と【ゾンビランプ】に、レベル2の【ゾンビキャリア】チューニング。シンクロ召喚、レベル6。【アンデット・スカル・デーモン】。」
―!
【アンデット・スカル・デーモン】レベル6
ATK/2500 DEF/1200
現われたるはその身が果てし、3体の朽ち果てたシンクロモンスター。
そのどれもが【ゾンビキャリア】をチューナーとして指定しているという、呼び出す事が難しい部類に入るモンスターであると言うのにも関わらず…
しかし、ソレをいとも簡単に。かつ、3体連続でシンクロ召喚するという荒業をこうも容易く行う少女にしかみえないゾンビの親玉の力は、その不気味さと相まってどこまでもゆらゆらと怪しく揺れていて。
…やはり、このゾンビの親玉の力は他のゾンビ達とは根底からして異なっている。
この溢れるような展開を見て、即座にソレを理解した様子のセリ・サエグサ。
そう、これまで戦った他のゾンビたちは、ここまで怒涛の展開をする事は決してなかった。通常モンスターを通常召喚して終わったり、申し訳程度のExモンスターを呼び出す事はあってもそのどれもがセリにとっては脅威とは感じなかったのだ。
…けれども、この少女のようなゾンビの親玉は違う。
他のゾンビたちとは根底からして異なる圧倒的な『力』を持ってして、初めから自分の息の根を止めにかかってきていると、そうセリは感じ取ってしまった。
そんな、息つく暇もないような展開をし続ける少女のようなゾンビの親玉を前に…
セリは、思わず小さく言葉を漏らしてしまう。
「ッ…シンクロモンスターが3体も…」
「ふふ…まーだだよ…【強欲で貪欲な壷】発動…デッキ10枚除外して2まいドロー…あ、いいカードひいちゃった。【アンデット・リボーン】発動、デッキから【ゾンビ・マスター】除外して墓地から【ゾンビ・マスター】特殊召喚。」
「と、止まらない…」
「ふふ…ふふふ…もういっかい【ゾンビ・マスター】の効果発動。手札1まいすてて、墓地から【灰流うらら】特殊召喚…レベル4の【ゾンビ・マスター】に、レベル3の【灰流うらら】をチューニング。シンクロ召喚、レベル7、【真紅眼の不屍竜】。」
―!
【真紅眼の不屍竜】レベル7
ATK/2400→3600 DEF/2000→3200
「攻撃力3600!?」
そうして…
少女の展開の最後に這い出てきたのは、真紅の眼を持つ黒き竜の…その身朽ち果て、屍と成り果ててもなお飛翔する、怨嗟の炎にその身を焦がした一つの姿。
…青白く燃ゆる鬼火を纏い、怨嗟によってその攻守を増大させる姿はまさに異形。
また、思わず冷や汗をかいているセリが感じているのは4体ものシンクロモンスターに圧倒されているだけではない…
戦術とも呼べない拙い戦法しかとってこなかった雑魚ゾンビ共とは違う。それは先のセリのターンの【灰流うらら】を使ってきたそのタイミングもそう。何を手札に加えるのか不確定な【黒の魔導陣】は見逃し、確実に任意のカードを手札に加えられる【マジシャンズ・ロッド】を止めたという、少女のような見た目に反した冷静さと沈着さ。
…なんてずば抜けたセンス。
5歳くらいに見えると言う事は、そのくらいの歳で命を落としたはずだと言うのに。
そして、それ以上に目の前の相手はゾンビのはずなのに…
「こいつ…他のゾンビとはワケが違う…」
それはデュマーレ校一の秀才と呼ばれ、デュマーレ校史上最高の成績を叩き出すほどの天賦の才を持ったセリ・サエグサだからこそ感じられる代物。
ゾンビの親玉…この少女の幽霊らしきモノは、とにかくデュエルのセンスがずば抜けている。狂ったようなデッキ回しもそう、的確な箇所での妨害もそう。下手をすれば、自分よりもデュエルに対するセンスが良いのではないかと思えるようなゾンビの親玉に対し…
そう、5歳くらいの少女のような見た目に反し、ずば抜けたデュエルセンスを見せてくる、このゾンビの親玉に対し…
セリはどこか、心の底から寒気のようなモノを感じてしまっていて―
「バトル、【真紅眼の不屍竜】で【マジシャンズ・ロッド】にこうげき。」
―!
セリ LP:4000→2000
けれども、そんなセリを意に介さず。
まずは4体の中でも最も攻撃力の高い【真紅眼の不屍竜】が、セリの場に佇んでいた杖を持った思念体を一撃の下に屠り始める。
「ぐっ…痛ぅ…リ、リアルダメージ・ルールじゃないのに何で衝撃が…」
「…ねぇ、もうおわり?【アンデット・スカル・デーモン】でダイレクトアタック。」
「ッ!?」
また、それだけでは終わらない。
リアルダメージ・ルールでも無いのに襲い掛かってきた、突然の謎の衝撃に疑問を抱かせてもらう暇も無く…
続けて少女が宣言した攻撃の指示によって、今度は腐り落ちた悪魔の亡骸が続けて場ががら空きとなったセリに襲い掛かってきたではないか。
…モンスターを通して喰らった2000のダメージでさえあの衝撃。
つまり、モンスターのダイレクトアタックだけは絶対に喰らってはならない。
そんな事を、つい最近決闘市にて乱戦を勝ち抜いたセリの直感が即座に判断し―
「やらせるかぁ!罠発動、【マジシャンズ・ナビゲート】!手札から攻撃表示で【ブラック・マジシャン】を!デッキから守備表示で【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を特殊召喚!」
―!!
【ブラック・マジシャン】レベル7
ATK/2500 DEF/2100
【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】レベル7
ATK/2100 DEF/2500
「そして永続魔法、【黒の魔導陣】の効果で、【アンデット・スカル・デーモン】を除外する!」
「ふふ…そうくると思った…じゃあハ・デスで【ブラック・マジシャン】に攻撃。」
「自爆特攻!?」
「そんなわけない。速攻魔法、【アンデット・ストラグル】発動。ハ・デスの攻撃力1000アップ。」
「なっ!?」
―!
「ぐわぁぁぁあ!?」
セリ LP:2000→1050
しかし…
それでもなお、少女の攻撃の止まらない―
屍の力を一時的に上昇させる速攻魔法の力によって、セリの黒魔術師が不死の魔王によって破壊されてしまったその衝撃は…
先ほど襲いかかったダメージと同じく、実際の衝撃となりてセリの体を急襲するのか。
…リアルダメージ・ルールでもないのに、どうしてダメージが実際のモノとして襲いかかってくるのか。
その理由など知る由もないセリからすれば、どこまでも圧倒してくるこの少女のようなゾンビの親玉のデュエルにどこまでも畏怖を感じさせられるだけで…
「ぐ………け、けどブラック・イリュージョンの守備力は2500…デスカイザーの攻撃は通らない…」
「ふふふ…いい、いいね。あなた、やっぱりゾンビやこれまでのひとと違う…ゾンビと違って、いっぱい耐えてくれる…だから…まだ、いっぱい遊ぼう?ふふ、ふふふ…バトルおわり…【貪欲な壷】発動。墓地の【ゾンビ・マスター】、【ゾンビランプ】、【ゾンビーノ】、【マンモス・ゾンビ】、【ゴブリンゾンビ】デッキに戻して2まいドロー。【死者転生】発動して、手札1まいすてて【灰流うらら】を手札に戻す。」
「ッ…また【灰流うらら】…」
「まだ。墓地の【アンデット・ネクロナイズ】と【アンデット・ストラグル】と【リターン・オブ・アンデット】の効果。除外されてる【馬頭鬼】ぜんぶデッキに戻してこの3まいセットする…ターンエン…」
「まだだ!このエンドフェイズに永続罠、【永遠の魂】を発動!墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚する!」
「ふふ…やっぱりいいね…ターン、エンド。」
スズシ・ローナ LP:4000
手札:6→1枚
場:【蘇りし魔王 ハ・デス】
【デスカイザー・ドラゴン】
【真紅眼の不屍竜】
伏せ:3枚
そうして…
「ディスクに表示されたこの名前…スズシ・ローナ…このゾンビ、名前があるのか。やっぱり他のゾンビとは何かが違う…」
これまで『
どこまでも怪しく、どこまでも恐ろしく…そしてどこまでもセリを圧倒しながら、そのターンを終えた少女のようなゾンビの親玉、スズシ・ローナ。
…それはセリからすれば、相手がゾンビであるはずなのに『才能』の差で負けているような錯覚を彼に教えてきたことだろう。
そう、デュマーレ校一の秀才と呼ばれるセリだからこそ感じられた、スズシ・ローナのその圧倒的なデュエルセンスは…目の前の少女が、本当に『ゾンビ』なのかと思わせるほどに重く激しい攻撃をセリ・サエグサへと食らわせてきたのだ。
…【灰流うらら】という幻レベルのカードにて妨害してきたこともそう。
…【隣の芝刈り】から始まった尋常じゃない展開力と激しい攻撃もそう。
息つく暇も無いほどの連続展開に、万全の布陣と妨害の手札を揃えられるなんてどう考えても恐るべき才覚。
自分が相手のデッキを使っても、ここまで回転させることは叶わないだろう。セリにそう感じさせる程に、これまで戦ってきた強敵たちとは何か違う『異質さ』を感じさせるスズシ・ローナのデュエルは…
セリの心に、『センス』の差と言う痛みをチクチクと与え続けていて。
「ねぇ…あなたのターンだよ?はやく…ふふ…ふふふ…」
「くっ…」
でも…
それでも―
(落ち着け…落ち着くんだ…こういう時こそ頭を冷やして状況を把握しろ…大まかな情報は見えている。相手の伏せカードは攻撃力上昇と条件蘇生、そしてコントロール奪取…だけどこのターン使えるのは速攻魔法と罠だけ。手札には【灰流うらら】…不屍竜がいると、戦闘破壊したモンスターが蘇る…だけど不屍竜は攻撃力が高い…)
それでもセリとて、ここで諦めるわけには断じていかず―
それは前のターンに、スズシ・ローナとデュエルディスクに表記された少女のようなゾンビの親玉がかなり激しく動いたからこその情報の露呈。
…そう、公開情報が多い。
墓地のカードもディスクで確認できる。伏せカードも何が伏せられているのかが分かっている。そして残る手札の内の1枚も、【灰流うらら】であることがわかっているからこそ…
まだどうにかギリギリで、セリも悲嘆に潰されること無くまだ立って考える事が出来ている。
…そう、ギリギリで、だ。
何しろ、いくら相手の公開情報が多く、相手の場に出揃っているカードがわかっていたとしても。
それでも、ソレを超えられるかはまた別の話。そう、ドローやサーチやデッキからのリクルートを止めてくる【灰流うらら】の存在は、その存在が分かっていたとしてもセリからすればただただ脅威。
いや、寧ろその存在が分かっているからこそ―
確定で妨害をしてくるであろう相手の動きを視野に入れつつこの状況をどうにかしなければならない今のセリの状況は、『何か』1つでも間違えれば敗北に繋がってしまうということでもあるのだから、
考える、考える…思考を止めずに、セリは考える。
持ち前の高速思考にて、どうすればこの戦況から脱出できるのかを、セリは必死になって考えている。
…手札は一枚、ドローカードで何を引けるかは分からない。いや、サーチやリクルートを多用する自分のデッキを考えると、このターンをまだ無駄にしてしまう可能性だってある。
それ故、何を引いたときにどう動くのかを、出来る限りその高速思考にてセリは考えうる全ての事をシミュレートし…時間にしてわずかではあったものの、ドローする手を止めてまでセリは考えられるルートを考えに考え抜いていて…
…すると、ターンを迎えてもなお手を止めてしまったセリを見て。
少女のようなゾンビの親玉であるスズシ・ローナは一体何を思ったのか。徐に、その口を開き始める。
「ねぇ、ゆっくりしてていいの?オトモダチ…たべられちゃうよ?」
「…え?」
ゾンビに、喰われる…
デュエルへの集中の中で忘れかけていた、自分達に迫っているその危険を今一度思い出させるかのようなスズシ・ローナの物言いは、確かな現実を思い知らせるかの如き不気味さを伴って確かにセリの耳へと届けられる。
それはセリを動揺させるつもりか、それとも焦らせるつもりなのか…
呻き蠢くゾンビたちの唸りの中で、確かにそう聞こえたスズシ・ローナの言葉はあまりにも冷たい物言いとなりて…どこか子どもの無邪気さにも似た、しかして逃れられない自分達の未来をセリへと思い出させるかのような代物となりて墓場に静かに響くのか。
…1つのミスも許されない、極限の集中状態の中でそんな言葉をかけられてしまっては。
例え誰であろうとも、その集中が途切れてしまうのは必至でもあるはずで…
しかし…
「…あぁ、それは問題ない。」
「…え?」
「ギョウが『任せろ』って言ったんだ…だから、俺に出来る事はお前にどうすれば勝てるのかを考える事だけだ。それにスズナも、俺が心配するほど弱くはない。」
動揺を誘う少女の声を、全くもって意に介さず。
どこまでも自分の思考を深めることだけを念頭に置いて、淡々とそう返したセリ・サエグサ。
…それは決してギョウやスズナを見捨てているというわけでは断じてない。
けれども、セリの言葉からはギョウやスズナを心配している風な感じや、ましてや自分達がゾンビに喰われる恐れがあるという焦りを一切感じさせないのだ―
―『あぁ、でも1つだけ迷ってはいけないことがある。信頼出来る『友』の事に関してだけは迷ってはいけないな。それが、いくら君に迷惑をかける、『奔放』そうな友人でもね。』
「迷う必要も、心配だって必要ないよな。だってアイツは…ギョウなんだから。」
…それはクラウスから貰った言葉も勿論だが、ソレ以上にセリとギョウには切っても切れない絆があるからこその心配の不要。
腐れ縁は伊達じゃない。あのいつも迷惑ばかりかける、チャラく、うるさく、バカばっかりする自由奔放な男であっても、ソレが幼少の頃よりずっと対等で背中を預けあってきたゴ・ギョウだからこそ―
その、目に見えない信頼関係が彼らの中にあるからこそ…
セリもまた、『任せろ』と言ったゴ・ギョウの言葉をどこまでも疑うことなく心配もまたしないのか。
そして、その証拠を見せるかのように―
「アァァ…ツヨ…マケ…」
「ひゃはははは!その程&度でぇ?チャン僕食えると思ってんのぉ?ちゃーんと冷静になれなればぁ?そう!ゾンビなんて雑&魚with陳&腐ぅじゃんねー!これじゃ?まだまだ?『切り札』使わなくっても余裕スギィ!なんですけどけどー!はいドーン!もいっちょドカーン!」
―!!
セリが去ってから、明らかに負担が増えているはずだと言うのに。
それでも、やっとギアが上がって来たと言わんばかりにその手数を増やしゾンビを撃退し続けているゴ・ギョウ。
…流石は昨年の【フェスティ・ドゥエーロ】の優勝者にして、デュマーレ校一の秀才と呼ばれるセリと互角の実力を持つ男。
それは元々の実力の高さも然ることながら、単調な手しか取ってこないゾンビの襲撃にも何やら既に慣れてきているかのよう。
次第に余裕すら見せ始めている彼の前では、最早ゾンビの群れなど相手にすらなっておらず。
また、その隣では…
「【幻影融合】発動!現れろ、【V・HERO トリニティー】!バトルだ!トリニティーでゾンビ3体に連続攻撃!蹴散らすがいい、トワイライト・トレスバニッシュ!」
―!!!
ギョウの隣…最初は押され気味だったスズナの方も、次第にゾンビの不気味さにも慣れてきたのか自身の力でゾンビを次々と蹴散らしているではないか。
淀みなく動くその手筋と、慢心なくゾンビに立ち向かうその姿は、かつてセリに手も足も出なかったあの弱かった少女から一転。
そう、セメタリア行き貨物船の中で、セリやギョウ、そして荒っぽい船員たちと散々デュエルを行ってきた今の彼女は…
複数のゾンビを相手にしても、一歩も引かずに自らの身を自分で守れるほどに成長していて。
「ほーん、少しは?ヤるよーに?ひゃは、なったじゃんねースズナたん。」
「…船で船員やお前たちに散々しごかれたのだ。落ち着けばこの程度のゾンビなど、最早相手ではない。」
「ひゃは、そりゃ良かった的な的なテキーラ?」
「無駄口を叩くな!まだまだ来るのだぞ!セリが戻るまで手を休めるな馬鹿者!」
「へいへいりょーかいでゅーす!」
既にゾンビよりも遥か高みに立っているギョウと、覚醒の兆しを見せるスズナ。
そんな2人に心配なんて必要ないと言うことを、これまで共に過ごした経験からセリはとっくに分かっている。
(ゾンビの親玉、スズシ・ローナ…確かに強い…けど…だけど!)
―『君を形作る、その『経験』こそが君の未来を照らし出す…経験こそが『強さ』だよ。どんな出来事も無駄にはならない。』
だからこそ、目まぐるしく動く高速思考の中で、クラウスの言葉をセリは思い出す。
…ずば抜けたセンスを見せる少女のようなゾンビの親玉、スズシ・ローナ。
アレだけのデッキ回しは並大抵の者では出来はしない。デッキを己の一部のように動かせる者など、プロの世界にだって数えるくらいにしか存在はしない。
だから、セリは感じている。きっと、このターンで決着を着ける事が出来なければ、返しのターンで自分は負けるだろう…と。
けれども、だからと言ってまだ負けたわけでは断じてないのだ―
自分よりも『優れたモノ』を持っている相手とのデュエルは、得てして『恐怖』を感じてしまうモノ。しかし、セリにとっては自分よりも『優れたモノ』を持った相手とのデュエルなんて、初めてでもなんでもない。
それはこれまで散々迷ってきた道筋であったとしても、それでもこんな状況に対する『答え』をセリは確かに持っているからこその落ち着きよう。
そう…
少女のようなゾンビの親玉、スズシ・ローナ…
彼女が、いかに自分よりも『優れた』デュエルセンスを見せ付けてこようとも…
「まだノーザンの方が怖かった!ヴェーラの方が手強かった!決闘市の方が大変だった!確かにお前は強い…だけど、怖くも手強くも大変でもない!だから俺はお前には負けない!俺よりも強いモノを持った奴等を大勢『知っている』俺は…絶対に、お前には負けない!」
これまでの『経験』があるセリが、今更そんなコトに恐怖を抱くわけがない。
先ほどまでの、不気味なオーラに中てられ冷や汗をかいていた姿はどこへやら。1ターンの攻防を経たからか、このデュエルに落ち着きを見出し始めたセリの言葉はどこまでも強い言霊となりてゾンビ溢れる墓場に響き渡る。
…それはこの異質かつ異常な光景の中であっても、ソレに対応出来るだけの『経験』がセリにはあるからこその落ち着きの取り戻し。
そう、セリは知っている…己よりも強いデュエリストを。己よりも大人なデュエリストを。己よりも信念を持っているデュエリスト達を。
そんな、自らの『経験』が確かに糧となりて。
今、スズシ・ローナの『センス』にもセリは恐れ慄くこともなく―
「だから…こんなところで、負けてたまるか!俺のターン、ドロー!【マジシャンズ・ロッド】を召喚!」
【マジシャンズ・ロッド】レベル3
ATK/1600 DEF/ 100
「召喚成功時!俺はデッキから…」
「ふふ…それはさっき見た…サーチはダメ、【灰流うらら】の効果発動。手札からすててその無効に。」
セリの場に勢いよく飛び出した、杖のモンスターの効果が先と同じように止められる。
…確定で『必要』なカードを手札へと引き入れる事できるカードは得てして強力なモノ。
だからこそ、ソレが止められると言う事はその次に自分が予定していた更なる展開が出来なくなってしまうと言う事でもあるのだが…
しかし、今のセリはそんなコトなど百も承知で。
そう、これまで、自分よりも確かな『強さ』を持った者たちと戦ってきた『経験』があるセリが、この程度の状況で諦めるはずもないのだから。
「よし、これでいいんだ!【灰流うらら】は世界に一枚だけのカード、だったらもう止められる心配はない!【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!」
「ッ、ドローカード…」
「まだだ!装備魔法、【ワンダー・ワンド】を【マジシャンズ・ロッド】に装備!その効果により、【マジシャンズ・ロッド】を墓地に送り2枚ドロー!」
「あ…手札…ふえてく…」
もし【強欲で貪欲な壷】に【灰流うらら】を使われていたら、デッキを10枚裏側除外して終わっていた。
だからこそ、セリは誘った。
周囲のゾンビとは一線を画す、ずば抜けたセンスを持ったスズシ・ローナが反応するであろう、確定的なサーチ効果を持った【マジシャンズ・ロッド】を召喚し【灰流うらら】を誘い…
そうして、次なる一手から連なる手に、セリは『賭けた』と同時に『決意』したのだ。
確かにこのゾンビは、少女のような見た目しては信じられないセンスを見せてはくる。
けれども、唯一この少女にも足りないモノがある。
―それは、『経験』。
ゾンビの親玉ということは、きっとこの少女はゾンビや自分より強い相手とデュエルしたという経験がないのだろう。
…稚拙な手しか取ってこないゾンビたち相手では、おそらく彼女の相手など満足には務まらない。
負ければ消滅してしまうゾンビが今ままでその存在を保てていると言うことがその証拠。単調な手や田舎臭い戦法しか取れないゾンビ程度では、鎬を削るようなギリギリの戦いをした経験が少女には圧倒的に足りないという推理をセリはした。
そう、だからこそ―
ゾンビらしからぬずば抜けたデュエルセンスを有していようと、強敵と戦うという経験の無い彼女では…死地に追いやられたときの挽回の仕方に、手間取ってしまうのも無理は無く。
…死線を潜った経験ならば、セリ・サエグサの方に分がある。
それ故、ゾンビに囲まれているこの状況下でも、そして的確なカードを手に入れられるサーチを止められてもなお。
セリはどこまでも落ち着き払い、『ドロー』という活路に向かって全身全霊で駆けるだけ。
―セリ…君のデュエルで、彼女を救ってくれ…
どこから聞こえるのかわからないクラウスの声に従い…クラウスの声に、力を感じ―
セリは引く…
ただ、ひたすらに―
そして―
「ッ、このカードは…よし、やってやる!スズシ・ローナ、確かにお前のデッキ回しは鋭い!センスもおそらく俺より上!だけど…お前のデュエルは怖くもなんともない!」
「ふふ…意味、わかんない。」
「あぁ、ゾンビのお前にはわからないだろうな!だから俺が成仏させてやる…こんな悪夢はもう沢山だ!行くぞ!【黒魔術の秘儀】発動!この効果により、俺は今より『儀式召喚』を執り行う!」
「ッ!?ぎ、しき…?」
セリの放った『その宣言』に、思わず驚きの言葉を上げたゾンビの親玉、スズシ・ローナ。
…当たり前だ。
何しろ、『儀式召喚』と言うのはこの高速化し続けている現代のデュエルにおいてはまず使われない召喚法として広く知られている。
いや、『知られている』と言うのも語弊があるか。何しろ、儀式召喚というのは先史の時代から確立されていた古い召喚法ではあるものの、しかし『Exデッキ主義時代』と呼ばれるこの時代においてはそれを専門に扱う者など『希少』かつ『酔狂』とも言われている召喚法でもあるのだから。
そう、様々な戦術が繰り広げられているプロの世界においても、アドバンス召喚よりも太古の召喚法である儀式召喚を扱う選手など決闘界には存在しないほどに―
ソレほどまでに、『儀式召喚』と言うのは時代の流れに置いて行かれた、扱う方が『奇怪しい』とまで言われる召喚法とまで言われていて。
…それは悲しき時代の成れの果て。そして哀しき時代の無情な流れ。
現代においても、プロの世界で『儀式召喚』を行った者はここ数百年の間で誰1人として確認されておらず。それ故、特殊な『事情』のあるセメタリアの一部の例外を除いて、儀式召喚と言うのは扱う者がいない無価値な召喚法とまで世間一般では認知されており…
それもまた、この世界が歩んできた歴史の流れと言えるのであり…
しかし…
「うぉぉぉぉぉぉぉお!『鏡の英雄』の眠るセメタリアの地で、儀式召喚よ俺に力を!俺は【ブラック・マジシャン】と【マジシャン・オブ・ブラック・イリュージョン】を生贄に捧げる!」
例えソレが太古の召喚法で、現代ではもう無価値と決め付けられた召喚法であっても。
それでも、何の迷いもないセリの宣言がどこまでも強く木霊して、2体の魔術師たちはその身を確かに捧げ始めるのか。
…セリのデッキには儀式魔法も、ましてや儀式モンスターなんてカードは入っていなかったはずだと言うのにも関わらず。
けれども、そんな出自の分からない、突然デッキの中に現れたそのカード達を見てもなお。
一片の迷いも見せない、恐れも戸惑いも驚きも感じていない様子のセリの叫びが、どこまでも高らかに墓地の中に響き渡る。
それは不気味なオーラを纏うスズシ・ローナを前に、一歩も引かぬセリの纏う雰囲気もまた形容し難い覇者の迫力となりて…
そう、異質なオーラを身に纏うゾンビの王に立ち向かう、まさに正真正銘の『王』が如く―
「断絶より来たれ、根源の力!其は混沌を統べる者!」
『勝利』というたった一つの目的へと…
あらゆる場所から手を伸ばしつづけるセリのデュエルが、闇を照らす灯りとなりて今ここに輝き―
「儀式召喚!降臨せよ、レベル8!【マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX】!」
―!
現れたるは混沌を極めし、魔力の奔流に浮かぶ一筋の『黒』。
それは混沌の向こうに立った者。最上の魔力を持った者。
セリの操る黒魔術師と、よく似た雰囲気を持ったソレはこの異様な雰囲気を持つ墓場のフィールドにも凛として現われ…
…並び立つ者など存在しない、尋常ならざるその魔力。
誰も見た事がない、セリだって見た事がないソレは、まさしく現在に失われた『儀式召喚』の可能性の一筋を導き出したモノに違いなく。
【マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX】レベル8
ATK/2800 DEF/2600
「カオスMAX…なにそれ…しらない…」
「まだだ!罠カード、【永遠の魂】発動!その効果により、俺は墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚する!更に【黒の魔導陣】の効果で、【真紅眼の不屍竜】を除外!」
「あ…」
「よし、これで厄介な不屍竜はいなくなった!魔法カード、【師弟の絆】を発動!デッキから【ブラック・マジシャン・ガール】を特殊召喚した後、俺は4種の内1枚のカードを場にセットする事が出来る!デッキに残っているのは【黒・魔・導】!俺は【黒・魔・導】を場にセットし、そのままリバースマジック、【黒・魔・導】を発動!相手の伏せカードを全て破壊する!」
「…じゃあそのまえに速攻魔法、【アンデット・ストラグル】発動。デスカイザーの攻撃力1000アップする。」
「無駄だ!墓地の【マジシャンズ・ナビゲート】の効果!ナビゲートを除外し、【アンデット・ストラグル】の効果を無効に!」
「え…」
足りない…
この少女には、強者との戦いの『経験』が圧倒的に足りない―
『経験』によって恐怖を払拭し、1つの恐れを振り切ったセリセリの怒涛の展開の前では、【灰流うらら】の1つの妨害では止められない程の波が今この墓場に巻き起こっている。
…もしセリと戦い慣れた者ならば、もしくはセリの扱う『マジシャン』というデッキを『経験』として知っている者ならば。
【永遠の魂】を狙ってきたりだとか、【マジシャンズ・ナビゲート】の効果だって警戒したりして、ここまで無防備な姿は決して見せなかったことだろう。
けれども、少女はソレが出来ない…
ソレは偏に、強敵と競る戦いを経験したことがないからこそ。そしてそれ以上に、センスに任せた本能的な動きばかりでは、知識と経験によって力を高めるセリを止められないと言う事でもあって。
「よし、バトルだ!【ブラック・マジシャン】で【蘇りし魔王 ハ・デス】に攻撃!そして【マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX】で、【デスカイザー・ドラゴン】に攻撃だ!カオスアーツ・MAXブラスター!」
―!!
「ぅ…」
スズシ・ローナ LP:4000→3950→3550
セリの黒魔術師たちが、連撃によって少女のアンデットモンスター達を消し去っていく。
主要な効果を2ターン続けて止められたと言うのにこの攻勢…それも偏に、セリが自分のデッキを信じ心折られなかったからこそ転じる事の出来た流れの掌握とも言えるのか。
…確かにこの目の前の少女のようなゾンビの親玉の持つセンスは他のゾンビと比べても段違いに鋭い。
それは下手をすればセリ以上…そう、己の持つ超直感にも似た、相手の力量を測るセンサーは確かにスズシ・ローナのセンスを自分以上のモノであるとセリへと伝えてきているのだ。
けれども、それがどうしたと言わんばかりに―
圧倒的なセンスに立ち向かうために、唯一アドバンテージを得ている膨大な知識量と経験則を総動員して、セリは己よりも『優れたモノ』を持つ相手へと真正面から立ち向かっている。
例えソレが、歴史に忘れ去られた『儀式召喚』を用いたモノであっても…
それでも、持ちうるモノを総動員し。
分厚い力にてセリはゾンビの親玉たる少女の姿をした目の前の相手へと向かって、まだ攻撃が残っている魔術師の弟子へと更にセリは攻撃を命じ…
「よし!相手モンスターを破壊したため、ブラックカオス・MAXの効果発動!墓地から魔法カードを手札に戻す!俺は【黒魔術の秘儀】を手札に戻し…そのまま【ブラック・マジシャン・ガール】でダイレクトアタック!バーニングアーツ・フレアバースト!」
―!
スズシ・ローナ LP:3550→1550
「くぅっ…」
そうして…
場を全て消し去られ、大きくLPを減らした少女が小さな呻きを漏らした共に、衝撃からかその身を小さく後ずさりさせる。
…それは先の少女の攻撃に、勝るとも劣らない連続攻撃。
息をつかせぬ怒涛の連撃。全てが上級かそれ以上の力を持った黒魔術師たちの攻撃は、少女のセンスに負けず劣らずの展開力を伴いながらセリの迫力を増していく。
「いたい…いたいよ…ふふ…ふふふ…で、でも、これでこうげきおわ…」
けれども、少女がその表情をどこか緩めたのは、これでセリの場にいる全てのモンスターの攻撃が終わったが故なのか…
このターンを既に生き残った気でいる少女は、次のターンに再び蘇り続けるであろうゾンビ達の攻撃の想定を既に行っている様子ではないか。
しかし…
まだ高くなり続けている、セリの攻勢の波がこれで終わるわけがなく―
「いや、まだだ!【黒魔術の秘儀】は速攻魔法!だから俺は再び速攻魔法、【黒魔術の秘儀】を発動する!」
「え…手札ないのに、また儀式召喚…」
「いいや、それは違う!【黒魔術の秘儀】には2つ効果がある…1つは儀式召喚を行う効果…そしてもう1つは俺のEx適正、『融合召喚』を行う効果だ!【ブラック・マジシャン】と、【ブラック・マジシャン・ガール】を融合ぉ!」
「ッ!?」
二つの秘術、二通りの秘儀によって、再びセリの場に発動されしは先ほどとは異なるエフェクトを放つ先と同じ速攻魔法。
黒魔術師とその弟子が、呼び出されし神秘の渦の向こう側へと魔術の深淵を持ってして向かうその様は…まさしく、活路へと向かって『生』を求める人間の力を体現している姿そのモノではないか。
「超克より来たれ、師弟のままに!其は活路へと導く者!融合召喚!来い、レベル8!【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】!」
―!
【超魔導師-ブラック・マジシャンズ】レベル8
ATK/2800 DEF/2300
そうして現れたのは2対で1体、師と弟子のコンビネーション。
決して攻撃の手を止めないセリに導かれる様にして現れるその姿は、まさしく生きる事を諦めないセリの執念が形となった、執着にも似た意地の境地。
…確かにスズシ・ローナのデュエルセンスは優れている。
しかし、これまで様々な強敵たちと戦い抜き、色々なモノを感じ取ってきたセリの叫びは不気味な墓場の雰囲気を払拭するほどに激しさを増していくばかりであり…
そう、様々なタイプの強者と戦った経験から、セリはこの手の相手との戦い方をよく知っている。
それは、速攻…
いくらデュエルセンスがずば抜けていようとも、ソレを発揮する間もないくらいの激しい攻撃と怒涛の展開によって、無理やりに隙を作り壁をこじ開け。
そうして最後の最後の最後に、相手のセンスを打ち破るほどの力をセリは顕現させ―
「これで終わりだぁ!超魔導師でダイレクトアタック!マジカルアーツ・ツインバーストォ!」
―!
「ッ…うぁぁぁぁああ!」
スズシ・ローナ LP:1550→0
―ピー…
墓場に響き渡る無機質な機械音が、この地獄のようなゾンビ達との戦いの終焉を知らせていたのだった。
―…
…霧が、晴れる。
セリがデュエルを終えて少し経った頃…
森の果て、山の向こうから、ゆっくりと『朝』を告げる太陽が昇ってきて―
そして、親玉が倒されたからか。全てのゾンビの動きが止まった事で、墓場へと駆けつけたギョウとスズナがセリと合流し…
ここで何があったのかを説明されると、3人は昇り来る太陽を見つめながら動きの止まったゾンビ達の真ん中で緊張が解けたのかその場にへたり込んでしまっていた。
「ほーん、この子がゾンビの親&玉ねぇー。ひゃは、ただのガキにしか見えないじゃんねー。」
「し、しかしだな、子どものゾンビと言う事は、この歳でゾンビに殺されたと言う事なのだろう?少々可哀想だな…」
「…そうだな。でも、仕方がないことだ。俺達には、どうしようも出来ない。」
昇り来る朝日を前にして、そう話すセリ達の目の前にはLPが0となった衝撃で仰向けに倒れている一人の少女の姿が。
…倒したらすぐに塵となって消えてしまうゾンビ達と違い、倒されてもまだ塵となって消えないのは彼女がゾンビの親玉が故なのか。
すると…
動きを止めてしまった全てのゾンビ達が朝日に照らされたその瞬間…ゾンビ達が、その身を塵と化してゆっくりと『消え』始めたではないか。
「ッ、ゾンビ達が消えていく…」
「ひょえー、ちょいショッキング&ドッキングな光景だねーこりゃ。」
「うっ…やはり気味が悪い…」
…そして、立ち止まっているゾンビたちが全て消えたそのすぐ後に。
倒れているゾンビの親玉、スズシローナもまた朝日の光に包まれ始め…
「…成仏しろよ?」
「ひゃは。生まれ変わったら口説いてやんよ。だからさ、次は美人に生まれかわりなよー?」
「…達者でな、スズシ・ローナ。」
その見た目が少女…と言うより幼女に近いからか。
この後消えゆくであろう少女のようなゾンビの親玉、スズシ・ローナへと向かって…
セリと、ギョウと、そしてスズナが、追悼の言葉を漏らした…
その時だった―
「…まぶしい。」
「え?」
「ひょ?」
「…へ?」
…山の間から差し込んでくる太陽の光の中。
スズシ・ローナは、起き上がりながら確かにそう言った―
「お、お前…ゾンビたちと一緒に成仏したんじゃ…」
「私、にんげん。生きてる。」
「え?で、でもお前、ゾンビたちの親玉なんじゃ…」
「私、むかし、だれかとこの村に来た。でも、村はゾンビだらけだった。けど、ゾンビにデュエルで勝ったら女王さまなってた。」
「なってたって…じゃあ…つまり…お前は…」
他のゾンビ達が塵となりて消えゆく中で、はっきりとそう伝えてきたスズシ・ローナ。
そして、その言葉を聞いて…セリが思わず言葉を詰まらせてしまったのも、当然と言えば当然と言えるだろうか。
…何しろ、ゾンビの親玉という時点でセリは彼女の事も完全にゾンビだと思い込んでいた。
しかし、ソレが全くの的外れで、しかも生身の人間だったと言うのだから…セリを襲った衝撃は、一体どれほどのモノであったというのだろう。
そう、太陽が昇り明るくなった場でよくよく見てみれば、その肌もゾンビのような腐った『土色』ではなくただただ土で汚れているだけ。
また、肌も真っ白ではあるものの…
それは死人のようなモノではなく、太陽の下でしっかりと視認すればちゃんとその血管に血が通っているのが見て分かるし、なにより体のどこも欠損などしておらずゾンビとはまるで違うと言うのがよく分かるのだ。
…5歳くらいの少女のような…ではなく、本当に5歳くらいの少女だった。
それ故、スズシ・ローナが生きている人間だったという驚きもそうだが、それ以上にセリが衝撃を受けたのは他でもない―
「お前は、本当に…」
「生きてる。」
「…」
(…あのデュエルセンス…この歳でこれだけの才能って………デッキに通常モンスターが多いのはゾンビの影響だろう、まともなカードが手に入らないこの村じゃ仕方ないことだろうけど…けど、あんなデッキをセンスだけであそこまで回せるこの子、やっぱり普通じゃない…)
先のデュエルを思い出し、ゾンビ達に囲まれた時とはまた違った寒気を覚えてしまったセリ・サエグサ。
…何しろ、デュマーレ校一の秀才と呼ばれ、プロ入り確実とまで周囲から高く評価されているデュマーレ校2年のセリ・サエグサを持ってしてもなおスズシ・ローナとのデュエルはそのデュエルセンスに圧倒されかけた代物であったのだ。
おそらく…いや確実に、この少女の才能と実力は自分が同じ歳の頃よりも遥かに高いだろう。【灰流うらら】や【隣の芝刈り】と言った、所々扱うカードが鋭いのもそうだが、しかし他のゾンビ達が扱うような通常モンスターを交えた荒っぽいデッキであそこまで自分を圧倒してきたというのは、ローナが本当にデュエルセンスに溢れているからこそ。
彼女と直接戦ったことで、ソレが簡単に理解出来てしまうセリだからこそ―
その底が見えないデュエルセンスと、ここからまだ伸び代しかない少女の才能の将来を、セリは恐ろしいとまで感じてしまうのであって。
「まぶしい。村がこんなに明るいの、はじめて。」
「初めてって…もしかして、この村ってずっと霧に覆われていたのか?」
「『きり』ってなに?」
「さっきまであった白いモヤモヤの事だけど…」
「じゃあ、うん。この村、ずっとしろいモヤモヤだらけだった。」
「ずっと…霧で朝日も差し込まないからゾンビが闊歩しつづけていたのか…そんな中でよく今まで生きていられたな。」
「私、ゾンビの女王さま。食べものとか、ゾンビがなんでもやってくれた。」
「うぅ…ゾンビの女王…なんて恐ろしい響きなのだ…私だったら絶対に発狂してしまうぞ…」
「なぁ…ところでスズシ・ローナって本名なのか?」
「ちがう。ここ、スズシ村。私、むかし、ローナってよばれてた。だから、スズシ・ローナ。でも、もう『むかし』のことよく覚えてない。なんでこの村にいるのかも、ゾンビとくらしてたのかも、おぼえてない。たぶん、すてられたんだとおもう。」
「ひゃは…ゾンビの村に捨てられるとか絶対訳アリじゃーん…こっわー…」
「いや、もしかして…」
また、朝日に包まれながらそう会話をしている事で、スズシ・ローナが『本当』に生きている事をセリは確かに理解して。
―『君達なら、姫を…』
そして、騒動の前に確かに聞こえたクラウスの言葉を…セリは、静かに思い出す。
「ローナ…クラウスって名前に聞き覚えは無いか?」
「ある。」
「あるのか!?」
「うん。けど、だれかわからない。なんか、おぼえてるだけ…とっても、なつかしいかんじ。」
「そうか…」
また、セリの問いに対し。
年端もいかない少女ゆえか、はっきりしない答えをスズシ・ローナが零したものの…
…しかし、セリは見逃していない。
彼女の纏う襤褸切れの、裾の所に僅かに残った紋章の『欠片』を。
ソレは確かに、昨朝クラウスが身に付けていたスカーフにあったのと同じモノ…
十字架を象った模様の上に、王冠を被った『狼』のあしらいが刻まれた、スズシ・ローナが身につけているのはその欠片。
セリの記憶が正しければ、この紋章が完全であるならばソレは先ず間違い無く『セメタリア王家』の紋章であったはず。
「…ごめん、なんでもない。」
まぁ、とは言えソレはあくまでも推測。
ボロボロの欠片であることから、この程度の手がかりでは確かなことはわかりはしないと…そう思うことにしたセリの判断は、決して間違ってはいないはず。
そう…もし本当にこの少女がセメタリアの『王家』に関係のある者であるのならば、これ以上の深入りは『王族』のいざこざに巻き込まれることになる。
そんな事になれば、自分を含めギョウやスズナ、それに家族たちにまで危険が及ぶ…だからこそ、今この場ではその可能性を思いついても言わないのが正解である…と、セリは思い直して。
「んでさー、どうすんの?これ。」
「放っておけないだろ。太陽でゾンビたちも居なくなったし、そもそもこの子捨て子らしいから…デュマーレに連れて帰ろう。保護しないと。」
「しかしだな、こんな村の孤児を拾うというのも責任とかそういうものが…」
「ま、いーんじゃない?ひゃは、どーせスズナたん拾って?デュマーレ帰る時点で?ガキの一匹や二匹変わんねーもんねー。」
「い、一匹とはなんだ一匹とは!」
「そうだな。」
「セリ!?」
しかし、深入りはしないと思い直してもなお、セリがローナを保護すると言ったのは一体どういった想いからなのだろう。
…自分にだけ聞こえたクラウスからの言葉に何か感じたのか。
それともまた『別の思い』がセリに浮かんだからなのか…
―『良く覚えておきたまえ。…誰もが皆、正しい場所で正しく力を振るえるモノではないのだと。』
ローナを見ていると、以前に宿敵であるデュエル傭兵、ホトケ・ノーザンが言っていた言葉を思い出したセリ・サエグサ。
この年齢でこれだけのデュエルセンス…おそらく、尋常じゃないほどの才能をローナは持っている。
だからこそ、その才能をこんなセメタリアの辺境の、地図にもない村で消し去るには惜しいと―
ローナと直接戦ったことで、彼女の『力』を強く理解したセリだからこそ浮かび上がってきたのはそんな思い。
それ故、ゾンビ達も消え村が『浄化』されていっていることをセリは肌で感じながら…
今再び、セリはローナへと向かい直しつつ…
「俺達と行こう、スズシ・ローナ。君の力は、正しい場所で使わないとダメだ。」
「ただしい…ばしょ?」
「あぁ、その年でその強さ…君には間違いなくデュエルの才能がある。だからその才能は、きっとこんなところよりも正しい場所で発揮すべきだと俺は思う…正しい力は、正しい場所で使うべきなんだ。君にはもっと別にやるべきことがある。…君は、こんな村に1人で居ちゃ絶対に駄目だ。俺達と一緒に行こう、スズシ・ローナ。」
「ともだちになってくれるの?」
「あぁ。全力でデュエルをしたんだ、俺達はもう友達さ。」
「うん、じゃあいく。」
全力でデュエルをすればダチという、先日決闘市で学んだ精神を歳の離れた少女へと伝えながら。
土に汚れた少女と握手をするセリの手は、まさしく自分よりも『優れたモノ』を持った強者であったローナを対等な人間として認めているが故の握手なのだろう。
まぁ、確かに彼女に深入りすることは『王族』のゴタゴタに巻き込まれる可能性だってある。しかし、セリとて何の考えもなく彼女を連れて行こうといったわけでは断じてないのだ。
そう…あくまでもソレを言わないのは『今この場』の話であり、然るべき時・タイミング・場所が整った時にソレを公表するのは全くの別の話。
それは例えば、【王者】になった時…とか。
この世のデュエリストの頂点である【王者】になれば、例え『王族』や『貴族』…果てはソレらの最上位に位置する『三大貴族』であったとしても下手な手出しは出来なくなる。
いや、例え【王者】になれなくとも…それと『同格』、あるいはソレに準ずる立場…例えば『逆鱗』や『烈火』や『霊王』と言った、世界最高峰のトップランカー達の居る場所にまで上り詰める事が出来れば…
例え、上流階級の存在であったとしても手を出すことは難しくなるはずなのだから。
その存在自体が世界の宝であると言われている、世界最高峰の力を持った『極』の頂きに位置している者達。彼らの言動が『王族』や『三大貴族』にも影響を与えられるというのは、既に【黒翼】や『逆鱗』が歴史として証明していること。
だからこそ、もし彼女がソコにてを届かせる事が出来れば…きっと『王族』であろうとも、認めざるを得なくなるだろう…と。
―『頼む…君たちならば、姫を…』
セリの心に、クラウスの言葉が浮かび上がる。
彼が何を思って自分に『ソレ』を託したのかはわからない…けれども、短い間でも尊敬に値する大人であると感じたクラウスの思いを、直接セリは受け取ったのだ。
…ならば、そんな人からの思いを無下にしたくもない。
それは同情でもなければ憐憫でもない。ただ、彼女の才能を散らせるのは勿体無いという思いと、尊敬に値する人物から託された思いを確かに引き継いであげたいという…セリの、素直な思い。
「俺はセリ。セリ・サエグサだ。」
「セリ。つよかった。まけたのはじめて。だからおぼえた。」
「私はスズナだ。」
「スズ。私とにてる、なまえ。」
「あ、あぁ、そうだな…」
「そしてそしてそしてぇー?チャン僕の名前は?そう!ゴ・ギョウ!親しみを込めて?ギョウさんとかギョウ様とか呼んでくれたまえ的な的なテキー…」
「ゴ。」
「いや雑!」
そうして…
一先ず、異常事態を乗り越えたセリ達は…
すぐに荷物を纏めると、この廃村から出て行くのだった―
―姫…どうか…お達者で…
村を去るときに、セリの耳に再びクラウスの声が聞こえた気がして―
―…
その後…
廃村…スズシ村を出たセリ達一行は、村にあった古い紙の地図を見ながらどうにかその日の内に近くの村に辿り着く事が出来た。
そこはあの廃村と違ってライフラインはしっかりしており、詳しい事情は伏せつつもセリ達はそれとなく事情を話し、村人の厚意にて宿を取らせてもらい、デュエルディスクを充電し…
そして電話にて決闘市の『紫魔 スミレ』に連絡を取り…
スミレが村長とどんな話をつけたのか、村の人間のご厚意で列車が走っている近くの町まで馬車で運んでもらうことが出来たセリ達は、寝台車にて2日の旅の後にようやくセメタリア王国の首都である『デュエルトリコ』へと到達することができた。
そしてデュエルトリコにある大使館にて事情を説明すると、予め紫魔 スミレが話をつけてくれていたのだろう。1日経って、どうにかセメタリアの滞在許可が下りたことで…
セリ達は、デュエルトリコのホテルにてようやく落ち着く事ができたのだった。
「デュエルトリコからデュマーレへの直通便は出てないんだってさ。一度、『龍国』の首都、『闘都』を経由しなきゃ帰れないみたいだ。」
「ひゃはは!龍国と言えばぁ?そう、アジアンテイストな美人がたーくさん!それにそれにそれにー!?その首都の『闘都』と言っちゃえばー?花魁街でゆーめーじゃーん!うひょー!チャン僕テンション上がってキター!」
「りゅうごく…なに、それ?」
「教えてやろう。正式名称を龍華中央決闘帝国と言う。セメタリアの隣の大陸にある、セメタリアと同じくらい大きくて古い歴史を持つ国のことだぞ。そしてセリ達の故郷に帰るには、そこの首都の『闘都』という街で飛行機を経由しなければいけないようだな。」
「スズ、ものしり。」
「そうか?フッ、もっと褒めてくれてもかまわんぞ?」
「ねーねーセリー、最近子犬が?そう、超超超イキりまくってるんですけどけどー。」
「…そっとしておいてやれ。」
「ゴ。イキりまくるってなに?」
「だーかーらー!『さん』を付けなさいっての『さん』をー!」
「ゴ。」
「だから雑ッ!」
用意してもらったホテルの一室にて、ようやく落ち着く事ができたセリ達は身も心もヘトヘトになりながら他愛ない話をしていた。
…廃村にて隔絶されていたために、ローナは世界の常識を知らなさ過ぎる。
それ故、スズナがローナに色々と教えている光景は彼らにとってはすっかり見慣れたモノとなりて…
常識と知識を吸収するローナと、ソレを楽しそうに教えるスズナと…そして、そんなスズナをからかうギョウの掛け合いが、ようやく一苦労を終えた安堵からの安心であるのだとして楽しそうにホテルの部屋に木霊する。
そして、そんな彼らの掛け合いを眺めながら…
(儀式召喚を手に入れるなんて…歴史に埋もれた召喚法だから、もっと扱い難いモノだと思ったけど…あんな力があるなんて、儀式にはもっと可能性があるんじゃないか?)
どこからかデッキに現れた、その『2枚』のカードへとセリは静かに目を落としつつ。
『儀式召喚』という歴史の中に消えていった召喚法を手に入れたセリの心には、現代では誰も眼を向けていない『儀式召喚』に何やらもっと可能性を感じている様子が浮かび上がってきていて。
…あの場、あの時、あの瞬間に、何故『儀式』関連のカードがデッキに現れたのかはセリには分からない。
しかし、ソレがクラウスに与えられた気がするのは、はたしてセリの気のせいなのかどうなのか…
「ま、闘都は観光している暇なんて無いし、これでようやくデュマーレに帰って休めそうだな。闘都校はまた後日ゆっくり挑戦しにいくか。」
まぁ、それでも新たな力を手に入れたセリの心には、騒動ばかり起こっていた今回の『旅』に対し。
ようやく訪れるであろう平穏を、心から待ち望んでいるようでもあったのだった―
しかし、この時のセリはまだ知らない…
そう。この後に待ち受ける、この旅『最大』の難関を…
この時のセリは、未だ知る由もなく―
―…
馬を駆り、夜の暗闇の中を一心不乱に駆ける者の姿が、そこにはあった。
馬を操っているのは初老の男…
そしてのその懐には、しっかりと紐でくくりつけられた幼女が、とても不安そうな顔をしていて。
―『クラウス…クラウス・
―『勿論でございます国王様。不肖、このクラウス。貴方様より頂戴した『
初老の男は思い出す…今、必死になって『追手』から馬で逃げている中で、逃げるきっかけとなった時の事を。
―『すまぬ…
―『はっ!この命に替えても!』
王都にて起こったクーデター。
国王派と、それに対立する国王の弟が率いる反乱派が起こした騒動は、王都の貴族たちをも巻き込んだ大事となったためにまだ幼い国王の一人娘さえもが巻き込まれてしまった。
だからこそ、国王によって任命された、セメタリア最強のデュエリストの証である『儀式マスター』の称号を持つこの執事長の男もまた…
多大なる恩のある国王たっての頼みにより、命を賭けて『姫』を王都から連れ出したのであり…
「クラウス…こわいよぉ…」
「…姫、ご安心を。貴方様には、誰一人として触れさせはしません。このクラウスが、命に替えてもお守りいたします。」
「…どこにいくの?」
「私の生まれた村でございます。少々辺鄙な所にございますが、あの村なら追手も見つけられはしないでしょう。」
まだ3歳にも満たない幼さだと言うのに、はっきりと意思疎通が出来るあたりセメタリアの姫の教養の高さが垣間見える。
また、そんな姫をどこまでも安心させるように言葉を紡ぐ執事長の男もまた…
地の利と経験を活かし、どんどんと追手を撒きながら、夜深い森の中を駆け続けるだけ。
そして、追手を撒きながら村に到着した男が見たのは―
「こ、これは…」
ゾンビ…
そう、初老の男と幼い姫が、辿り着いたその村には…
ゾンビが、溢れていた。
「クラウス!こわいよぉ!」
「姫!私の後ろに!…ッ、王都の反乱派め…これが『邪神』の研究の副産物と言う奴か…よもや…よもや、私の故郷を実験台にするとは!」
王都の謀反派と呼ばれるグループが、何やら『邪神』という怪しい研究に精を出していると言うことも、またセメタリアの地方で非人道的な実験を行っているという噂も、もちろんこの執事長を務める初老の男だって知ってはいた。
しかし、まさかその実験台に、自分の生まれた村までもが犯されていると言うことは国王直属の執事長を務めているこの男をもってしても知り得ないことであったのか。
いや…寧ろ、クーデターを起こした王の弟側にいる者が、『ここまで予測』してこの村を実験台にしていた可能性の方が高いと言う事を、初老の男も即座に理解した様子。
そして、追手が簡単に撒かれたのもおそらくは…
「くっ、わざとここに誘導されたと言うのか…」
「クラウス…クラウスゥ…」
「ローナリア様…ローナ姫様、ご安心を。貴方の事は、この私が命に替えてもお守りいたします…いえ、例え死んでも、貴方をお守りいたします。」
「…ぐすっ…そんなことできるの?」
「簡単な事でございます。不肖、このクラウス・R・グライハーン。貴方様のお父上、国王様に拾っていただいた多大なる御恩の為ならば…例えこの身が朽ち果てようとも貴方様をお守りし続けいたします。しかし姫、貴方様も私の戦いをよく見ていてください。私のデュエルから…ゾンビ達の蹴散らし方を学び、貴方も戦うのです。」
「やだぁ…わたし、たたかえないよぉ…」
「いいえ、やるしかないのです。セメタリア随一の天才である貴方様ならば、この程度のゾンビ達など恐怖を捨てれば相手にもなりません。ですから姫、しかと見ていてください。私と…奴等の、デュエルを。」
「うっ、うぅぅ…」
それでも、戦うしかない
…きっと、この村に誘い込まれた時点で敵側は確信しているはず。自分と姫は、確実にこの村で無残に命を落とすであろう…と。
それを、簡単に予測できる初老の男は、ソレを逆手にとって何が何でも姫を生かすためにゾンビ達と戦おうとしている様子。
「さぁ、来るがいいデュエルゾンビ共…セメタリア国王より賜った儀式マスターの誇りにかけて…姫には、指一本触れさせはせん!」
そうして…
恐怖で泣きじゃくる姫を庇いながら、男は一体何日戦いに明け暮れたことだろう。
「やだぁ…クラウス、しんじゃやだぁ…」
「…ローナ様…戦うのです…デュエルで…貴方様は…セメタリアで、一番の才能をお持ちの特別なるお人…」
「クラウス…クラウスゥ…」
「姫…ご安心を…私は、死んでも貴方を守り続けます…こ、このディスクを…」
霧に包まれた村の中、ゾンビによって深手を負わされた男はデュエルディスクを姫へと差し出しながら、ゆっくりとその命の灯火を消していく…
…それは歴史に残らぬ出来事。
クーデターにより国王の座をモノにした、新たな国王によって隠蔽されし、セメタリア王国の深い闇。
そんな、セメタリア王国に確かに起こった出来事の真相を知る者は…
今は、誰も居らず―
―…
次回、遊戯王Wings外伝『エピソード七草』
ep5「ナズナ in 闘都」