「シッ!」
「ッ!」
春日部探偵社の屋上。
そこで二人が拳をぶつけ合う。
一人は響、
もう一人は矢車想。
矢車はいつもの黒衣、響はジャージ姿である。
鋭い蹴りを矢車が繰り出せば、それをいなして相手の臓器を砕きかねない威力の拳を響が放ち、矢車は足でさばく。
互いに当たれば致命傷ともいえる一撃を放ちながらも下がる様子はない。
ピピピ!
屋上に響き渡る電子音。
簡易机に置かれているタイマーがきっちり三分を告げる。
「ここまでだ」
「はい」
頷いた響と矢車は簡易机に置かれているカップラーメンを手に取る。
“師匠しょうゆ”ラーメンと“弟子しお”ラーメンの蓋を開く。
ずるずると二人がラーメンをすする音だけが屋上に響いた。
「響、お前、何かあったか?」
「……別に」
一瞬、響の脳裏をよぎったのは切り捨てた筈の存在。
自分には関係ないと決めていた顔だ。
「甘い期待はするな」
諭すように……けれど、強く矢車は言う。
「裏切られるような可能性があるとするなら関わるな。光へ手を伸ばしたら焼けただれる。それだけだ」
「わかっている」
「ならいい、お前は甘いからな」
「矢車師匠は……強いですね」
「期待しない、光を求めない、俺は地獄を行く。そう決めているからな」
――最近は、少し緩んでいるかもしれないが。
続きの言葉はラーメンを食べながら飲み込んだ。
「それにしてもお前は沢山、食べるな」
「育ち盛りなので」
“大盛”とプリントされているラーメンを食べている響に矢車は内心、驚いていた。
いつもの鍛錬を終えて響は室内へ戻り、矢車は屋上で横になる。
「ねぇ、本当に行くの?」
春日部探偵社が少し離れているところで四人の女子学生がいた。
小日向未来、安藤創世、寺島詩織、板場弓美、私立リディアン音楽院に通う四人だ。
彼女達は少し前に特異災害対策機動部二課と話をした。
その時にあることを知った未来はどうしても親友だった立花響に会いたいと望み、ようやく春日部探偵社の存在を知ったのである。
「って、春日部シティまで来たのは良いけれど、遠すぎるよぉ」
「春日部探偵社、ネットで調べてみましたけれど、色々活躍しているみたいですよ?少し前だと、大泥棒のカラス男を捕まえましたとか」
「すっごいねぇ、リアル探偵みるのも初めてだけど!」
話し合う三人に対して未来は真剣な表情で探偵社を目指していたのだが。
「どこにあるの?」
廃れた建物ばかりで肝心の春日部探偵社がみつからない。
未来は焦ってしまう。
「あれ、お姉さんたちなにしてんの?」
「うわっ!?」
真後ろから声をかけられて板場が悲鳴を漏らす。
後ろには野原しんのすけと愛犬シロがいた。
一人と一匹は不思議そうに四人をみている。
「あれ、キミ、この辺の子?」
「ううん、オラ、これから探偵社に行くんだ」
「アン!」
「探偵社……」
「それって!?」
「ねぇ、それって春日部探偵社のこと!?」
四人の視線が集まる中、しんのすけは笑みを浮かべる。
「えへへへ、何か照れるなぁ~」
「「「何か、変な子」」」
「うふふ、可愛い子ですね」
三人は驚いた表情で寺島をみた。
しんのすけとシロを筆頭として春日部探偵社のあるビルを目指す。
「ねぇ、しんちゃんはどうして探偵社へ?」
先を歩くしんのすけへ安藤が尋ねる。
いつの間にかしんのすけをしんちゃん呼びになっていた。
「オラ、探偵社で働いているの」
「「「「え?」」」」
四人が驚きの声を漏らす。
「え、しんちゃん、いくつ?」
「オラ、五歳~」
「あははは、五歳児が働けるわけないじゃん~」
アハハと笑う板場にしんのすけが黒い証明書をみせる。
「少年就職許可証?」
「あ、そういえば、春日部シティは一定の基準を超えていれば就職に着けるという話を聞いた気がします」
「ウソぉ、そんなアニメみたいな展開ぃ?」
驚きながら彼らはビルに到着する。
階段をあがっていくと春日部探偵社というプレートがぶら下がっているドアがあった。
「ここだだぞぉ」
未来は意を決してドアを開ける。
しかし、ドアの向こうに誰もいない。
「あ、れ?」
「誰もいない?」
「休業中でしょうか?」
「そんなことないぞぉ、ねぇねぇ、お姉さんたちは探偵社に何の用事?」
「今更!?」
驚く板場。
「ねぇ、しんちゃん。私、響に会いたいの」
「お?響さん?」
「うん、今、どこに」
「何で、いんの?」
探偵社の入口から響が鋭い目で未来を睨んでいる。
敵を見るような目で睨まれてしまい、未来は下がってしまいそうになりながらも声をかけた。
「響、私」
「気安く話しかけるな。お前と話すようなことは何もない」
シャワーを浴びたばっかりなのだろう、響は首元にタオルかけている。
ぴしゃりと拒絶して部屋から出ていこうとする。
追いかける未来だが、入り口から着たジンに動きを止めてしまったことで未来、響、ジンという風にサンドイッチしてしまう。
「ぶっ!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
慌てて謝る未来だが、響は今にも人を殺しそうな目をしている。
「お客さんか?」
ジンは室内にいる未来や安藤たちに気付く。
「依頼人か?」
「あ、その」
「響さんへ会いに来たみたいだぞぉ」
「フーン」
ジンは未来をみて周りを見た。
「まぁ、話くらいは聞こうか?」
そういってソファーへ座るように促す。
響は何も言わず外へ出ていく。
四人だとぴったりになってしまいながらも正面にジンが腰かけた。
「響に用事だとか?」
「はい、その、響と話がしたくて」
「ふーん、話をしてどうするんだ?」
「え?」
ジンの問いかけにぽかんとした表情を浮かべる未来。
言葉の意味が理解できないという風だ。
「話をしてそれで終わり?」
「え、あの」
「親友に久しぶり~、元気だったぁ?といって終わり、それで昔みたいな関係に戻れると本気で思っているのか?」
その目は何かを探るようなものを秘めていたが対面している未来は気づかない。
「違います!私は響ともう一度、昔みたいに仲良くしたいんです。あの時は、何も言わずに引っ越してしまいました!でも、響にちゃんと手紙を書いて送って――」
「返事はきたの?」
しんのすけが尋ねる。
「え?」
ぽかんとした表情で未来が声を漏らす。
「お手紙書いたんでしょ?だったら返事くるよね?」
未来は記憶をたどる。
手紙は書いた。
そして、その手紙を両親へ送ってもらう様にお願いして。
「あ」
気付いた。
気付いてしまう。
未来は直接、手紙を出していない。
全てを親に頼んで自分は何もしていなかった。
もし、親がその手紙を送らずに捨てていて「送った」と告げていたとしたら?
「あぁ!」
「ヒナ?」
「あぁあああああああああああああああああああああ!」
頭を押さえて叫ぶ未来。
彼女が落ち着いたのはそれから数分経過してからのことだった。
「すいません」
「別にいいさ。依頼人が事務所で暴れることはよくあるし」
「大抵、響さんか矢車さんが潰すけどね~」
俯いている未来へシロが近づいて膝の上へ飛び乗る。
「アン!」
シロは慰めるように未来の頬を舐める。
「くすぐったい……」
「あぁ、シロ!なんて羨ましいことを!?オラに代わりなさぁい!」
「アホやってんじゃねぇよ。シロもおいで」
しんのすけを抑え込み、シロを呼ぶとこちらへ戻って来る。
優しくシロの頭を撫でながらジンは真っ直ぐに未来をみた。
「それで、どうするつもりだ?」
「え?」
言葉の意味がわからずジンをみる。
「諦めて帰るか?それとも、響と話をするために頑張るのか」
「頑張ります!響ともう一度、ううん、今度こそ向き合う、逃げるなんてしたくないですから」
真剣な未来の表情。
その目をまっすぐにみてジンは手を叩く。
「合格、じゃあ、しばらくお試し期間ってことで、うちで働け」
「え!?」
「なにその、アニメみたいな展開!?」
「あらあら」
誰もが驚く中で未来は頷いた。
「そっちの学業の合間で、だけどな。問題はあるか?」
「いいえ!」
「そうか、こっちでお願いはしておくから」
ジンに未来は頭を下げる。
「お願いします!」
「ねえね、未来さんは響さんとお知り合い?」
「友達、だったの」
帰り道、友達と一緒に帰る未来。
「今は違うの?」
「……友達でありたいと思っているよ」
本音を言えば、親友だと思っていた。
けれど、それは自分だけだった。自分は響が苦しんでいる時に傍でいてあげられなかった。それどころか気持ちを伝えたつもりになっていた卑怯者。
「だいじょーぶ」
マイナスの思考へ沈みかけていた未来にしんのすけの声が届いた。
「未来さんが頑張れば響さんもわかってくれるよ。響さんだって悪い人じゃないもん~」
「そう、かな?」
「うん!オラの父ちゃんと母ちゃんもよく喧嘩するけれど、最後は仲直りしているゾ!オラも妹のひまと喧嘩するけれど、仲良しだから、未来さんも今は喧嘩していても響さんと仲直りできる!」
力強いしんのすけの言葉に未来は勇気をもらった気がした。
「そうだね、頑張るよ」
「そーそー!頑張りたまえ!」
「うふふ、もう」
しんのすけの言葉に未来は笑みを浮かべる。
そして、心の中で決意した。
もう一度、今度は絶対に逃げずに親友と向き合おう。
「ありがとう、しんちゃん、私……頑張る」
「がんばれば~」
「何を考えている?」
探偵社の屋上へ出てきたジンへ寝ていた矢車が尋ねる。
「うん?別に……ただ、いつかは向き合うべきことをすこしだけ早めただけだ」
「アイツを光の道へ戻すのか?」
「反対か?」
矢車へジンは問いかける。
「アイツが決めたことなら俺は口を挟まない。俺は地獄を行くだけだからな」
「いつまでそうやってグレるつもりだ?」
「ずっとだ」
ジンはこの話を続けることをやめた。
彼の決意は固い。
もう一つの話をジンは切り出すことにする。
「特異災害対策機動部二課の連中の仕事を手伝うことになった」
「ほぉ、お前は国家とか政府が嫌いだと思っていたんだが?」
「大嫌いだ。あんなもん、潰れてしまえばいいと思うほどに」
手すりを強く握りしめているジン。
激しい怒りを込めていた彼だが、しばらくして振り返る。
「だけど、全てが憎いわけじゃない。中には俺個人をみてくれた人がいる。広木さんとかなぁ」
「何があった?」
矢車はジンの様子がおかしいことに気付く。
飄々としている彼の肩が震えていた。
「死んだ……広木さんが死んだんだよぉ」
ぽつりと漏らした言葉に付き合いの長い矢車は察する。
「そうか、また、お前が好きな人が逝ったのか」
「あぁ、だからさぁ」
目元を拭いながらジンは立ち上がる。
「広木さんの弔い合戦に俺も参加する。けれど、これはあくまで俺個人の仕事だ。
探偵社は関わらせるつもりはない」
矢車は「そうか」といって目を閉じた。
「勝手にしろ。だが――」
あのお人好したちが黙っているかは知らないけどな。
矢車は起き上がる。
「俺は勝手にするぞ」
「あぁ」
振り返らずに矢車は屋上から姿を消した。