「何でこうなるんだか」
「東郷さんが逃げるからです、響の手錠はやりすぎだけど」
「ジンが逃げるから」
病院に東郷ジン、響、小日向未来の三人が来ていた。
歩くジンの腕には手錠がつけられて反対側は響につけられている。
行くことを嫌がったジンを無理やり連れていくための措置である。後悔はしていない。好きな人とこうしていられるのだから。
むふー!満足したように息を吐く響の姿を見る未来。
親友が変わっていて悲しい。
ため息を零す。
彼女も大分、探偵社に染まってきていた。
「けれど、風鳴翼さん、この病院に入院していたんだ……身近にいたんだね」
「二課の協力体制を敷いているからというのもあるが、ここには天才がいるからな」
「久しいな、私立探偵」
話をしていたジンの前に白衣を纏った男がやって来る。
「どうも天才外科医」
鏡飛彩。
この病院の院長の息子であり、天才外科医。
病巣において切れないものはないというほどの天才外科医であり、多くの人が彼の腕を求めてやってくる。
仕事の関係で鏡飛彩と行動をすることがあって、面識があるのだ。
「今日は何の用だ……変なことをするならすぐに出て行ってもらうぞ」
「俺が病院嫌いなの知っているだろ……逃げられないように手錠をされている。それだけだ」
「ならば、良い」
「良いんだ!?」
「院内では静かに」
「あ、ごめんなさい」
注意されて未来は謝罪する。
「まともな子がいたんだな」
響が無言で飛彩を睨む。
睨まれているというのに彼は平然としていた。
「呼ばれたんだよ。ここで入院している歌姫様からな」
「何だと?」
目を見開いて飛彩は彼がみせた手紙を覗き込む。
「であれば仕方ないな。こちらだ」
「いや、場所くらいは」
「関係者以外は立ち入り禁止になっている。入るためにはドクターが持つIDカードが必要だ」
「うわ、ハイテク」
「それだけの措置が必要な場合があるということだ」
綺麗な通路を四人は歩く。
「彼女さんは元気なのか?」
そういえば、とジンは気になっていたことを聞いた。
「私立探偵、お前には関係ない」
「つれないねぇ、愛想つかされないのが不思議だわ」
二人のやり取りに首を傾げた未来。
「無愛想だけど、手術の腕だけは最高の医者は学生のころから付き合っている彼女さんがいるんだよ。不器用すぎるから破局の危機もあったんだけどなぁ、あの様子だと今もアツアツのようだ」
首を傾げている未来へジンは説明する。
「わぁ!」
未来は目を輝かせる。
思春期の女子高校生。
彼氏彼女という関係に憧れは多少なりとある。
それも天才外科医で不器用な男の恋愛話、漫画やドラマみたいにありそうな展開かもしれないと期待していた。
恋愛漫画を読むほどに小日向未来はそういうことが好きな女の子である。
「この先にいるから、勝手に行け」
IDカードで開いた通路の中に無理やり三人を通すとそのまま去っていく。
「照れてやんの」
「全然、わからなかったなぁ」
「今回は同意する」
未来の漏らした言葉に珍しく響は同意した。
通路を歩きながら目的地のドアをノックする。
「……反応、ないな」
「寝ているとか?」
「風鳴さーん?」
「あ、そんな開けるなんて」
未来が止める前にジンは病室のドアを開けてしまう。
中を覗き込んだジンは固まった。
「ジン?」
「東郷さん、どうしたんですか?」
二人も続けて左右から覗き込む。
言葉を失う。
室内はこれでもかというほどにあれていた。
雑誌や衣類はベッドの周りに散らばっているばかりか、空のペットボトル数本も散らばっている。
ベッドの上には下着と思えるものが複数――。
「ジンはみないで」
響は咄嗟にジンの目を両手で隠す。
最後まで確認する前に目を隠されてしまう。
「これって、事件か何か?」
「面倒だから何もみなかったことにして帰ろう」
「それは流石に駄目だよ!」
「会いに来ただけ、別に仕事をしに来たわけじゃない。用事が済んだら帰る。それでいい」
「でも、翼さんだよ?あの有名なトップアーティストに何かあったのに放っておくなんて」
「何でもかんでも人助けすればいいってわけじゃない」
ジンを挟んで意見を言い合う響と未来。
「お前ら、とにかく一旦、落ち着け、あとドアを閉めるから手をどけろ」
ドアを閉めて響の手をどけたジン。
「何をしているの?」
そのタイミングで松葉杖をついた風鳴翼がやってくる。
「この部屋」
響は室内を指さす。
中を覗き込んだ翼はバツが悪そうに目を逸らした。
「あー」
「え?誘拐とかじゃない?」
戸惑う未来にジンは呆れながら短く告げる。
「風鳴翼は片付け出来ない女だよ」
「――あぁ」
ポンと納得した未来の姿に翼は顔を真っ赤にした。
数分後。
病室の外でジンが待機していた。
「一人で任せて大丈夫なのか?」
「はい!これくらいは大丈夫です」
話がしたいという事で響と翼は外に出ていた。
残されたジンと未来が室内の乱れた掃除をすることになったのだが「男の人にやらせるわけにはいきません!」と立ち入りを禁止されてジンは廊下にいる。
「おーい、小日向」
「何ですか?」
「探偵社の活動、慣れたか」
ジンの質問に未来は作業の手を止める。
「とても大変です。この前の下着泥棒退治も……でも、これは人のためなんですね」
「どうだろうな?人のためなのか、自己満足に浸りたいだけかもしれないが」
「響と昔みたいに親しくは……できないんでしょうか?」
問われた言葉にジンは少し考える。
「小日向は今の響が嫌いか?」
「嫌い、ではないです……戸惑っているんだと思うんです。昔は誰にでも優しく明るい子だったから」
「アイツの本質は多分、変わってねぇよ」
「え?」
「ま、まだまだ修行が足りないな」
「どういう意味ですか?それ」
苦笑しながら未来は片付けを終えて病室のドアを開ける。
中を覗き込んだジンは感嘆の声をあげた。
「おぉ、すごいな、小日向は」
「誰だってできますよ……あの、東郷さん?」
「うん?」
「私、響と昔みたいに、ううん。もっと仲良くなりたいです」
未来の言葉にジンは頷きながら彼女の頭を撫でる。
「ま、頑張れ」
「子ども扱いしないでください!」
頬を膨らませながら怒る未来だが、その後は小さな笑顔を浮かべていた。
「貴方に聞きたいことがあるの」
「なに?」
病院の屋上。
松葉杖をついて移動した翼は響へ質問する。
「貴方は何の為に戦っているの?」
「それを聞いてどうする?否定するのか?」
「いいえ、知りたいの、貴方がどうして戦うのか、その理由を」
真っ直ぐに響をみる翼の目。
その目から逸らすようにしながら静かに響は話す。
「ノイズが憎い、壊すために戦っていた」
「今は、違うの?」
響の言葉に疑問があって翼は尋ねる。
「今もノイズは憎い。でも、それと同じくらい、ジンや探偵社の皆を守るために戦いたいと思いはじめている」
少しして響は自虐な笑みを浮かべる。
「変な感じだ。なんでアンタに話しているのか」
「私も貴方に謝罪するわ。私は貴方に奏を重ねてしまっていた。奏の使っていたギアを纏っているのだから、同じようにしなければおかしいという勝手な価値観の押し付け」
翼は頭を下げる。
「申し訳なかった。私の価値観を押し付けてしまった」
「別に、気にしていないから」
口元を隠しながら響はそっぽを向く。
「改めて頼みがある」
「なに?一緒に戦えとかでもいうの?」
「違う。その、東郷殿について教えてほしいんだ」
「は?」
翼の告げた言葉を理解するのに響は一瞬、理解が遅れた。
「おーい、小日向が室内の片づけを終わらせて――」
振り返ると同時にジンの腹部へ全力の拳を放つ。
「おま、いきなり、何だ」
顔をしかめながらジンは襲撃した響を睨む。
響は眉間へ皺をよせながらジンへ警告を飛ばす。
「また堕としたら殺す」
「何の話だ!?」
殺意を向けられたことでジンは戸惑う。
響は舌打ちしながら院内へ戻った。
「何なんだよ」
「東郷殿!」
悪態をつきながら戻ろうとしたジンへ翼が声をかける。
「お願いがあります」
「翼さん、思った程、重傷じゃなくてよかったぁ」
「そーだね(運ばれた時はかなりヤバイ状態だったらしいけれど、黙っておこう)」
「あんな奴、もっと入院していればいい」
病院を後にした三人はぶらぶらと帰路を歩んでいる。
未来が良かったという中で響は不機嫌だった。
その理由は翼が東郷ジンへ告げた言葉。
「弟子入り、認めるの?」
「自分からスキャンダルに飛び込むわけないだろ」
呆れながらジンは言う。
風鳴翼は唐突に「貴方の弟子にしてほしい!私は貴方のような強い存在になりたい!」と顔を近づけてきた時は本当に焦った。
ジンはその時のことを思い出してげんなりした表情を浮かべる。
「ジン、何をしたの?」
「覚えがない。今回は本当に覚えがないんだよ。何をもって弟子と言いだしたのか。緒川あたりに尋ねたらわかるだろうか」
「墓穴掘るだけじゃない」
響に言われてジンは顔をしかめた。
自覚はないものの、ありえるかもしれない話だったので顔をしかめるしかない。
帰り道を歩きながらジンは夕焼け空を見上げる。
小日向未来をリディアン音楽院へ送り届けて二人はぶらぶらと道を歩いていく。
「響はどうだった?」
帰り道、ジンは響へ問いかける。
「対峙した時、恨みとかそういうものを吐き出すかと思っていたけれど……そんなことは全くなかった」
尋ねてくることを予期していたのか、響は迷わずに告げる。
自らの気持ち、そして。
「ジン、私は変わって」
そこから先の言葉を響は飲み込んだ。
告げることで実現になることを躊躇う。
一番、離れてほしくない相手が遠ざかってしまうのではないか?
そんな疑問が響の中で生まれた。
「何でもない……」
「そんな急ぎ足になる必要はねぇよ」
響の思いに気付いているのか、偶然か、ジンはポンと彼女の頭を撫でる。
「お前はお前のペースで変わるなら変わっていけばいい」
「……ジンは、傍にいてくれる?私から、離れない?」
――変わるという事は、もしかしたら私の前からいなくなってしまうことかもしれない。
不安を正直に吐き出せるのはそれほどまでにジンへ依存していることの証か信頼していることなのかはわからない。
「少なくとも、お前が独り立ちするまではいてやるよ」
「そこは愛を誓って永遠にいると」
「子供が背伸びするな」
「酷い」
「お前よりは年上だからな。見守るくらいで十分だろ」
「ケチ」
フードで顔を隠した響だが、伸ばした手はジンの手を掴んで離さなかった。
「やっぱり連中は邪魔ね」
薄暗い室内でフィーネは思案する。
あの男を始末する前に聞き出していた情報を基にして対策は万全。
護衛のための駒も多めに用意してある。
唯一、危惧すべき存在は―。
「やはり、春日部探偵社は邪魔ね」
「マスター?」
ぽつりと漏らした言葉に待機しているイリスが顔を上げる。
スリープモードにしていた彼女は不思議そうにフィーネをみた。
「何でもないわ。あら?」
「なぁに?」
「随分と嬉しそうな笑みを浮かべているわね」
フィーネに指摘されてぺたぺたと自分の顔を触るイリス。
「夢をみたんだ」
「夢?」
「うん、愛しい人と二人っきり、誰もいない邪魔をする者がいない場所で永遠に、仲睦まじく過ごす夢ぇ」
幸せそうな表情を浮かべるイリス。
まさに恋する乙女だ。
だが、それはあくまでコピーした姿に過ぎない。
その正体はある科学者が作り上げた108体の機械生命体の一つ。
拉致した雪音クリスの姿を真似てはいる。
だが、その精神はフィーネによりつつあった。
愛しい人のため。
「(私と似ているけれど、かなり歪んだ存在……東郷ジンという男は哀れとしか言えないわねぇ)」
コピーした雪音クリスが彼へ好意をもっていたことが原因かもしれない。だが、ここまで歪んだのは自分がプログラムを弄ったことが原因。
「そういえば、イリスは他の仲間の下へ戻らないのかしら?」
「あー、他の仲間のところ?興味ないかなぁ。今は愛しい人のことだけで一杯だから」
イリスの他にも107体の同胞が存在している。
彼らは個々に行動をしているらしいが、今は徐々にトップの下へ集っているらしい。
「そう」
「あ、気になっていたんだけど、あの魔進チェイサーだっけ?あれって、ロイミュードなの?」
「システムとしては同じものよ。でも、“グローバルフリーズ”でロイミュード002に破壊されたものを001にお願いして譲り受けてもらったのよ」
「マスターって、私の同胞とも面識があるんだよねぇ?」
「えぇ、001に特別な地位を与えてあげたの。その代わりに私の邪魔をしないことを条件としてね」
「ふーん、あの001が了承するなんてすごいねぇ」
「蛮野よりマシらしいわ」
「そうなんだぁ」
話をしながらフィーネは操作する。
端末の画面に東郷ジンが映された。
「あー!愛しい人だぁ!」
横からイリスはジンの写真へ手を伸ばす。
「(東郷ジン、春日部探偵社の所長……イリスの好意をよせている相手。何かしら?彼を見ているといつも何かを感じる)」
実際に対面した時に調べてみたが“何か”に阻害された。
詳しく調べることはできなかったために正体は掴めなかったことが心残り。
しかし、計画は止めるわけにいかない。
フィーネは最終段階へ準備を始める。
カ・ディンギル。
全てを終わらせる日は近い。