シャニP、女になるってよ   作:朱羽瑠

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更新が遅くなってすみません。

感想欄で『現在のシャニPの姿がイメージしづらい』とのご意見を頂きましたので。
自分の中のイメージで軽く答えさせていただきます。

まず身長ですが、原作のシャニPが日本人男性の平均身長よりもかなり高い180cm~程度であることがカードイラスト等から仄めかされていることを鑑み、シャニP(♀)も女性の平均身長よりは高い165~170cm程度をイメージしています。

しかし、顔はかなり童顔で髪の毛も腰に届くほどあります。
特に現在は男物のダボっとした服の上に、髪もボサボサなので、甜花ちゃんと少しイメージが被る部分があるかもしれません。

正直、はっきり定まったイメージが設定にある訳ではないので、読者の方々の好きなようにイメージしていただければよいのですが、一応、自分が執筆する上でぼんやりと考えているシャニP(♀)の外観は上記のようになります。

ご参考までに。




第三話

私達人間は日常生活において、しばしば予想もしなかった想定外の事象に遭遇することがある、が、基本的にはそれらの事象に対し、即座に過去の経験などから判断して何かしらの対処ができるように脳がプログラムされている。自然界において、未知との遭遇に際し長時間同じ場所に留まり続けるのは自殺行為に等しいからだ。

 

しかし、その想定外の事態があまりにも"想定外過ぎた"場合___

 

具体的に言えば朝起きたら海の上に居た、だとか、空を眺めていたら隕石が落ちてきた、だとか

あるいは一人暮らしの成人男性の部屋に入った筈なのに、大学生くらいの女性に出迎えられた場合、などの今までに全く経験した事のない類の想定外に遭遇した場合、思考がオーバーフローするのを防ぐ為に、脳が無意識に考えるのをストップさせるという。

 

 

そして、現在都内某所にある賃貸アパートの一室にてお互いに見つめ合う三人の少女と一人の女性も同じような状況にあった。

 

 

 

 

 

 

■■■■

 

 

 

(ど、どうしよう……!部屋を間違えちゃった!? でも真乃とめぐると一緒に確認して、この部屋の番号で間違いないって…!)

 

アイドルとしてそれなりの経験を積んできた今の自分でさえパニックに陥ってしまうほどには、私、風野灯織は過去一番のレベルで焦っていた。なにせ、プロデューサーの部屋に入った筈なのに全く知らない女性が居たのだ。後ろから付いてきた真乃とめぐるも驚愕の表情を浮かべて固まっている。しかしそれは相手も同じだったようで、私達三人を交互に見渡しては口をパクパクと動かしている。

 

(この人が誰かはわからないけれど、とりあえず謝らないと……!)

 

人間、焦ってる時に他の人が焦っているのを見ると却って冷静になるもので、先程まで完全に思考がフリーズしていた自分も徐々に落ち着きを取り戻してきた。

 

「あの……驚かせてしまってごめんなさい!」

 

ほぼ直角に近い角度でビシッとお辞儀を決めながら謝辞の言葉を述べた。未だに状況はうまく飲み込めないが、両者が混乱する原因を作ってしまったのはどう考えても自分達にあるのは疑いようもなかった。私と同じように放心していた真乃とめぐるもはっとした様子で我に返り、言葉を続ける。

 

「ご、ごめんなさいっ、いきなり入ってきて信じて貰えるかわからないんですけど、そのっ」

 

「わ~っ!え、え~っと、わたし達、このアパートの△号室に住んでいる〇〇さんが体調を崩して休んでるって聞いてお見舞いに来たの!イルミネって言えば伝わるかな?あっ、イルミネって言うのは〇〇さんがプロデュースしてるアイドルユニットの事で……」

 

「めぐる、一旦落ち着いて。すみません、私達、もしかしたら部屋番号を間違えてしまったかもしれないので、一旦外に出て確認してきます。二人とも、早く出よう」

 

 

「う、うんっ、そうだね、本当に失礼しました……」

 

「お姉さん、お騒がせしてごめんなさい!……って灯織~~置いてかないでよ~~!!」

 

 

ひとまず、他人の部屋で知らない人間と一緒にいるという状況から一刻も早く脱出する為に適当な理由を付けて玄関から飛び出した。実際の所、入る前に部屋番号は何回も合っている事を確認したし、律儀なプロデューサーらしくちゃんと表札も出していたので、間違えて他の人の部屋に入ってしまったという可能性は限りなく低いのだが、肝心な時に限ってこの三人組は根が小心者であるのを隠せなかったという事だろう。

 

「えっ……?ちょっ、待っ……」

 

ドタバタと玄関に舞い戻る私達の背中に引き止めるような声が掛けられるが、退却を優先する為にあえて耳を傾けない。玄関先にて先程揃えた三人分の靴を見るや、ちゃんと履く時間さえ惜しんでとにかく足を靴の中に放り込み、扉を開けて外の空気に再び触れる。

 

「び、びっくりしたぁ〜……」

 

ガチャリ、と少々荒っぽく扉を閉じ終えためぐるが胸を撫で下ろしながら言葉を漏らす。

 

「うん……流石にこれは想定外だった……」

 

同じように一息付きながら言葉を返しつつ、ちらりと目の前にある部屋の番号と表札の名前を確認する。すると、やはり、そこには事前に何度も確認した番号がそっくりそのまま記載されている。いっその事、間違えてくれていたら良かったのに……

 

「……でも、部屋番号と表札的にここがプロデューサーの部屋で間違いない筈なんだけど」

 

「それじゃあさっきの人はプロデューサーさんのご家族の方かな……?」

 

「うーん、プロデューサーは一人暮らしだし、実家もここからかなり遠いって言ってたからどうなんだろう……」

 

腕を組んで扉と睨めっこしながら、先程の女性の素性について考察する。正直、プロデューサーが体調を崩したのは今朝の事なのに、それを聞いてすぐここまで来るとはいくら家族でも考えにくいし、そもそもあの人は家族にそんな連絡はしないだろう、と結論付ける。朧気に思い出せる顔立ちはプロデューサーに雰囲気が似ていたような気もするが……

 

「えっと、ひょっとしたら、だけど……プロデューサーの彼女さん、とか?」

 

「……あ~~……」

 

めぐるに言われて、今まで無意識に脳内から除外していたその可能性を否応なしに考えさせられる。確かにあの人、仕事先で若い女性ADさんやスタイリストさんに食事の誘いを受けたりしてるし、なんなら283プロダクションの中にも少なからずそういう目で彼の事を見ているアイドルが存在するのも事実だ。

 

「やっぱりそういうことなのかも……プロデューサーも一応業界人だし、公表してないってだけでお付き合いしてる人がいてもおかしくないから」

 

「ほわっ、もしかして私達、来ちゃいけない時に来ちゃったのかな……」

 

「……とりあえず今日は一旦帰ろう、プロデューサーには後日改めて謝罪を__」

 

 

そう言いかけた所でガチャリ、とドアノブが捻られる音がした。ぎょっとして振り返ると、玄関の扉が少しだけ開かれており、その隙間から先程の女性がこちらの顔色を伺うように顔を覗かせている。

 

「お、お~い……」

 

「ひっ!す、すみませんっ!こんな所で話してたら迷惑ですよね、すぐ帰りますから__」

 

「ああいや、そうじゃなくって……」

 

女性は一度言葉を切り、少しだけ開けていた扉を全開にして言葉を続ける。

 

「……とりあえず、詳しい話は部屋の中でしよう。ここだと近所迷惑になるから、な?」

 

ドアストッパーを降ろし、私達を受け入れる姿勢を万全に取って出迎える。

 

「は、はい、わかりました……」

 

震えるようにそう呟きながら、困惑した表情の真乃とめぐるを連れてさっき飛び出したばかりの部屋へもう一度上がる。こうなったら、もう何を言われても謝ろうとだけ考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

 

「さて、と……」

 

蜂の巣でもつついたかのように混乱の様相を見せていたイルミネの三人を、なんとか落ち着かせて部屋に上げた俺は、これから何を言ったものか、と脳をフル回転させて考えていた。ふと、先程からフローリングの上に座っている彼女達を見ると、所在なさげにしながらこちらが何か言うのを待っているようだった。

 

正直、この場で適当な嘘をでっち上げて誤魔化すのは簡単な話だ。玄関越しに聞こえてきた会話から察するに、今の俺の事を以前の俺の家族か恋人だと勘違いしているようだし、そういう事にして強引にこの場を乗り切るという手段も選択肢としては十分考えられる。

 

しかし、長期的に考えれば得策ではないし、むしろ誤解を与えてしまっている現状の方が彼女達にも良くない影響を与えてしまうかもしれない。それに__

 

改めて、真乃、灯織、めぐるの座っている方へ目を向ける。やや不安気な表情を浮かべてはいるものの、その視線がブレることなく真っ直ぐに俺の方へ向けられていた。こうなるに至る経緯にすれ違いがあったとは言え、三人は俺の事を心配してここまで来てくれたのだ。その真っ直ぐな想いに応えるのに誠実でなかったら嘘ではないか__

 

「とりあえず、先に誤解を解いておくと、私は……君達三人を担当しているプロデューサーの家族や恋人ではないんだ、まずそれをわかって欲しい。」

 

「あ……、そうだったんですね。すみません、私達、変な誤解を……」

 

「いや、そう思うのも無理はないから謝らなくていいんだ、灯織は決して悪くない」

 

「は、はい、ありがとうございます…………えっ、なんで私の名前知って……?」

 

「うん、まぁそういう反応になるよなぁ……」

 

これは参った、と頭を掻きながらも、すぐ姿勢を直し、覚悟を決めて言葉を続ける。

 

「単刀直入に結果だけ言う。信じて貰えるかわからないが、今から言うのは全て本当の事だ。」

 

三人の喉がゴクッと鳴った。

 

「私は……いや、俺は、記憶上では君達の担当プロデューサーの○○という人物と相違ない。それが、朝起きたらこんな姿になっていて……信じがたい事に、どうやら女性の身体になってしまったようなんだ」

 

精いっぱい言葉を振り絞ってついに秘密を打ち明ける。案の定、三人共こちらの言っている事をうまく理解できなかったようで、ぽかんとした表情を浮かべている。やっぱり信じて貰えないよなぁ……と半ば諦めかけていた所、灯織に続けて真乃が声を上げる。

 

「……え?女性の身体になった、って……一体どういうことですか……?」

 

「それが俺にもわからない……突拍子もない事を言ってるのはわかっているけど、本当の事だからそう表現するしかないんだ……」

 

「えっと、急にそんな事言われても、にわかには信じられないんですけど……」

 

灯織が困惑の表情をより強めながら言い放った。

 

「そっ、そうだよな、そりゃあ信じられないよな……でも本当の事だからなぁ……う~ん、どうやったら信じて貰えるだろうか」

 

この三人ならあわよくば、と思ったが、やはり口頭だけで信じてもらうのは無理そうだ。となると、俺が彼女達のプロデューサーである事の証拠を突き付けるなりして証明する必要があるが……実際問題はそれをするのは悪魔の証明と同じくらい不可能に近い。

 

「う~ん、よくわかんないんだけど……」

 

どうしたものかと考え直していた所、先程まで口を閉ざしていためぐるが意を決したように声を上げた。

 

「プロデューサー、朝起きたら女の子になっちゃったって事だよね?」

 

「そ、そうだな、端的に言えばそういう事になる……」

 

「でも、チェインでは体調を崩したって言ってなかった?」

 

「ああ、その事か、それはだな……」

 

唐突にめぐるの質問連打に困惑しつつも、もしかしたら信じて貰えているのかもしれない、と淡い希望を抱きながら回答する。

 

■■

 

「__てな訳でな、急に女性の身体になった、なんて言っても頭がおかしくなったのかって思われそうだったから、体調を崩したっていう嘘を付いて誤魔化したんだ。」

 

自嘲するようにため息を吐きながら答える。やむを得ない事情があったにしろ、彼女達に嘘を付いて信頼を裏切ってしまった事は事実なので、そこに関しては深く負い目を感じていた。

 

「あの時はそうするしかなかったとはいえ、嘘を付いてしまった事に関しては本当に申し訳ないことをしたと思っている。真乃、灯織、めぐる、本当にすまない……」

 

深く頭を下げて謝意を表明する。まだ完全に信じて貰えてはいないにせよ、彼女達には先に謝りたいと思っていたので、その気持ちを優先する形となった。

 

「ん~、ってことは……プロデューサーは別に体調を崩してない、って事で良いんだよね?」

 

「そうだな、こんな姿になってはしまったが…今の所体調には全く問題ないよ」

 

「そうだったんだ……」

 

めぐるが噛み締めるようにそう呟き、言葉を続ける。

 

「……えへへっ、プロデューサーが元気そうで良かったよ~!」

 

てっきり怒らせてしまったのかと思っていたが、破顔しためぐるが予想と反する言葉を返してきた。

 

「えっ……それだけか?怒ってるとかではなく?」

 

「そんなことないよ~!……確かに、レッスンで見て欲しい所があったから、それを見て貰えなかったのはちょっと残念だったけど……」

 

めぐるが一呼吸置き、代わりに真乃が言葉を続ける。

 

「私達、レッスン中ずっと心配してたんです、プロデューサーさんがお休みする程体調を崩してるなんてなかったですから、大丈夫かな~って。ねっ、灯織ちゃんっ」

 

「うっ、確かにそれはそうだけど……」

 

真乃のパスを受けて、灯織が何やら恥ずかしそうな表情を浮かべる。

 

「うんうん!特にプロデューサーに電話が繋がらなかった時の灯織、すっごく焦ってたもんね~!」

 

「ちょっ、ちょっとめぐる……!そういう事は言わないでいいの……!」

 

ニヤニヤしながら茶化すめぐるに対し顔を赤らめた灯織が抗議の声を上げる。さっきまでの緊張感がまるで嘘だったかのように、いつものイルミネの空気感が戻ってきたのを感じ、思わず笑みが零れる。

 

「……ははっ、そうか……三人共、そんなに心配してくれてたのか……」

 

数刻前に灯織が送ってくれたチェインのメッセージを思い出す。あの時の内容に嘘偽りは全くなかったようだ。その事を再認識しただけなのに、涙が零れ落ちそうになる程胸が熱くなるのを感じた。だが、まだ安心するには早い、まだ俺がプロデューサーであると完全に信じてもらえた訳ではないのだ。

 

「……というかさらっと流したけど、めぐるはさっきの話を疑ったりしてないのか?」

 

「ん~?どうして?」

 

「いやぁ、自分で言うのもなんだが……到底信じられないような話だろ?」

 

「あ~そういうことか~……」

 

少し感傷的な表情を浮かべためぐるだったが、次の瞬間にはニコりと微笑んだ。

 

「えっとね、わたし、こう見えて人の雰囲気って言うか、機微?を読み取るのが昔から得意なの」

 

自分の瞳をジっと見つめながら、めぐるが言葉を続ける。笑顔を浮かべているようで、何かをを思い出しているような、物憂げな表情だった。

 

「それでね、今のプロデューサーの事、最初は見た時は違う人だと思ってたんだけど……」

 

「プロデューサーが私達の方を向いて喋り出した時、なんでかはわからないんだけど……直観的に『あっ、この人は私達のプロデューサーだ』って思ったんだ。えへへ、言葉で説明すると難しいんだけどね……」

 

「……っ。めぐる……!」

 

つい感極まった声が漏れる。あぁ、少しでもめぐるの事を疑っていた先刻までの自分はなんて馬鹿だったのだろう……

 

「って、わたしは思ってるんだけど、二人はどうかな?」

 

めぐるが横で座っている二人の方を向き直す、その問いに、先に答えたのは真乃だった。

 

「そうだね……私もめぐるちゃんと同意見かな。最初は違う人が出てきてびっくりしちゃったけど、お話ししてる内になんだか安心してきて……プロデューサーと話してる時と一緒だな、って思ったの。」

 

めぐるがうんうん、と頷いた後、続けて灯織に視線を向ける。一瞬躊躇っていた灯織だったが、やがて観念したかのように言葉を紡ぎ始めた。

 

「正直、今でも頭では信じられないけど……玄関には男性用の靴しかなかったし……、何より」

 

「その、私の名前が呼ばれた時、全然違う人の声なのに、『プロデューサーに呼ばれた』って感じがしたんです、めぐると一緒で、言葉にするのは難しいんですけど……その」

 

「信じられないけど、信じたいんです。今の貴方がプロデューサーだという事を」

 

「っ…、真乃…!、灯織……っ!」

 

なんて美しいものなんだろう。

理由はわからずとも、俺が俺であると信じてくれている。信じようとしてくれている。

 

たったそれだけの事、だが今の自分にとっては、まるで全てが救われたような気持ちにさせられた。

 

自分の感情を抑制していたものがなくなり、顔をツッーと熱いものが流れていくのを感じる。

 

「うぅ……ぐすっ、ごめんなぁ……三人共、心配掛けて……ひぐっ…」

 

「プ、プロデューサー!?」

 

「おれ、俺っ、ぐっ、急にこんな姿になって、何がなん、なんだかわかんなくって、それで__」

 

溢れる涙を必死で堪えながら、必死に言葉を絞り出している不意に暖かいものに頭が包まれた。

 

「大丈夫だよ……プロデューサー」

 

耳元からめぐるの囁くような声が聞こえてくる。

 

「わたし達はどんな時でもプロデューサーの味方だからね……今は泣いても良いんだよ」

 

赤子をあやすような声色でゆっくりと諭される。

 

(そうか、俺は今、めぐるに抱きしめられているのか……)

 

抵抗しようと思えばできたが、する気になれなかった。身体が華奢になったのもあるが、それ以上に、小さい頃に母親に抱かれている時と同じ心地がして、離れたくない、と思ってしまった。

 

(このまま、めぐるに身を委ねてしまうのもいいか……)

 

そんなことを思い始めたのも束の間、ぐぅ~~、と自分のお腹が大きな音を立てた所で、自分が空腹感を感じている事にようやく気付いた。

 

慌ててめぐるから距離を取るも、なんだか気恥ずかしくて目を俯けてしまう。

 

「プロデューサー、もしかしてお腹、減ってる?」

 

「……らしいな……、三人共、すまない、恥ずかしい所を見せた……」

 

「ほわっ、そんな、気にしないでくださいっ」

 

「そうですよ、プロデューサー、それに私達、そのつもりでここに来たんですから」

 

灯織がそう言って立ち上がると、床に置いていたレジ袋を持ち上げて見せびらかしてきた。どうやら食材類が一式揃っているようだ。もしかして、これも俺の為に……?

 

「こんな事もあろうかと、多めに食材を買ってきたんです……プロデューサー何か食べたいものがあったら遠慮なく言ってください。今からキッチンをお借りして私達で作ります」

 

「えっ、そんな、申し訳ないよ。看病しに来てくれただけでも有難いのに、夕食まで御馳走になるなんて……」

 

「……もう、さっきまでめぐるに赤ん坊みたいに甘えてた人が何言ってるんですか……」

 

「うっ、確かにそれはそうだが……」

 

痛い所を付かれて何も言い返せなくなる、っていうか赤子みたいって、俺そんな表情してたのか……?

 

「ともかく、難しい話は後にして一旦晩御飯にしましょう。身体が資本、なんて言ってたのはどこの誰だったか、忘れたとは言わせませんから」

 

「わかった、わかったから……じゃあお言葉に甘えて、カレーを頂こうかな。」

 

「カレーですね、わかりました。冷蔵庫にあるものは使っても大丈夫ですか?」

 

「あぁ、ルーも普段使ってるやつがまだ残ってるから、それを使ってくれ」

 

「ありがとうございます。それでは、キッチンお借りしますね」

 

そう言うと灯織は、カバンの中から普段使っていると思しきエプロンを手慣れた手つきで身に付け、キッチンの方へとスタスタと歩いて行ってしまった

 

「私も灯織ちゃんのお手伝いをしてきますねっ、プロデューサーさんはここで待っててください」

 

「とびっきり美味しいの作ってくるからね~!」

 

真乃とめぐるも、灯織を追いかけていく。俺も付いて行こうかと思ったが……やめた、今は三人の好意を素直に受け取ることにしよう。

 

 

__それに……

 

ふと、キッチンで楽しく談笑しながら食材の用意をする三人組にチラりと視線をやる。肉を切りながらテキパキと二人に指示を出す灯織、一生懸命野菜の皮を向く真乃、米をシャカシャカと勢いよく研ぐめぐる。三人共、俺が視線を送っていることにも気付かず、真剣に料理に向き合っている。

 

それなのに俺ときたら、さっきまで少しの間とはめぐるの腕に包まれていた事実を今更ながらに思い出し、悶々としてしまっていた。あの感触は到底忘れられそうにない。

 

 

身体は女になってしまったが、どうやら心はまだ男のままのようだ__

 

 

 

 

 

 




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