座右の銘は「何とかなる」くらいの楽観主義者な主人公ですが、少しでも楽しんで頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。
――いつも世界を越える時、真っ先に目に飛び込んできたのはどこまでも広がる真っ青な空だった。
視界を雲一つない真っ青な空が埋め尽くし、耳元で風がうなる。
この世界の全てのものに降り注がれる空に輝く光がどんどん遠ざかり、届かないと知りながらも手を伸ばす。
脳裏を過るのは幼い頃、学校で教わった神話を元にした一つの歌だ。
「…………『太陽に近づきすぎた英雄は、翼を奪われ地上へと真っ逆さまに墜ちていきました』だっけ?」
『焦がれるほどの憧れ』に近付き過ぎた彼が最期に見たのもこんな光景だったのだろうか。
「っ……」
そこまで考えちらりと背後を見やると遥か眼下に広がっている広大な緑に凄いスピードで近付いてきてるのが分かり、いつものことながら思わず息を飲む。
「……あー……。見なけりゃよかった……」
まあ、まだ頭からじゃないだけマシなのかもしれない。
いや頭からと背中から、どちらも着地時のダメージは甚大な気しかしないけど。
小さく息を吐くと、覚悟を決めるようにぐっと腹に力を籠める。
…………さてと。
「――――うわあああああああああああっ!!!!!」
というわけで。
今ここに参加した覚えも飛び降りた覚えもないのに地上に向かっての紐無しバンジーが開催されたのである。
こんちくしょーー。
って事で初めましてこんにちはこんばんは!!
改めまして私の名前は
先月までの長く辛い受験勉強期を走り抜き、念願叶って見事第一志望の
サラリーマンの父と専業主婦の母という極々一般的な家庭に八つ上の兄と三つ下の妹を持つ二卵性双生児の妹として生まれ落ち、平々凡々な人生を歩んでいるザ凡人な私には、一つだけ他人と違うところがある。
そう!
何を隠そう、私は昨今のラノベやネット小説において異世界転移者と呼ばれるようなちょっとした事からあっさりと世界を越える体質なのです!
イエーイ、どうだーすごいだろー。
そんな自慢にもならない体質を初めて体験したのは今から八年前の夏休みに父方の祖父母の家に帰省してる最中の事。
父の実家はその地域ではなかなかに有名な旧家らしく、家そのものもかなり大きなお屋敷なんだけど私や双子の兄と妹の興味を何より駆り立てたのは都内暮らしじゃ滅多にお目にかかれない大きな庭にでーんと建っていた築三百年は経つというこれまた大きな蔵だった。
扉には大きな錠前ががっちりと掛けられており、祖父曰く何年か前に鍵を失くしてしまったため中には入れないと聞いた時はがっかりしたものだけど、そこは切り換えの早い子どもの事。
中には入れなくてもその周囲で遊ぶ事は可能だろうと兄や妹と同じく祖父母の家に帰省してた従姉妹達と蔵付近でかくれんぼをしてたところ、家族や親戚、祖父母曰く私が『数十分間行方不明』になったというのだ。
その時は私が鬼役だったにも関わらず百を数えたところまででいつまでも「もういいかい」を言わない事に不審に思った兄達が私の姿がどこにもない事に気が付き事が発覚し、それからは大人達含めて上へ下への大騒ぎだった……らしい。
で、いよいよ警察にとなったところで蔵の影から憮然とした表情で私がひょっこり出てきたからまた大騒ぎで。
何処に行ってたんだ!といつにもなく怖い顔で問い詰めてくる父にびくっと肩を跳ねさせながら「何処にも行ってない。むしろ皆こそ私を置いて何処に行ってたの!?」と聞き返した時の大人達の顔はなかなかに凄かったけど、実際私は何処にも行ってなかった。
ただ百を数え終わり「もういいかい」と声を張り上げても誰からも返事がなかったため、聞こえなかったのかな?と呑気に考えながら庭や蔵回りはたまた家の中まで隠れている筈の兄達を探しに行ってただけだ。
ただいくら探しても兄達は勿論、大人達の姿も一切見当たらなく、さらに道中通りかかった仏間に当時二才になったばかりの弟が遊ぶだけ遊んで出しっぱなしにしていた白のミニカーがぽつんと置かれているのを見た瞬間だだっ広くシンと静まり返ったお屋敷の中に一人でいる事に物凄く薄気味悪いものを覚え、蔵に戻ったところで必死の形相をした両親と泣き出しそうな顔の兄に駆け寄られたと言うわけだ。
閑話休題。
ただ世界を超える「能力」じゃなくて「体質」と言ってる時点で察して貰えそうだけど、私自身世界を超える事を制御したりコントロールするなんて一切できず、今回「あ、やば」となったのは高校の校舎内だったので超えた瞬間を誰かに見られてないか割りとドッキドキである。
と言うのも 以前私が世界を超えるのを目の当たりにした弟曰く、私の姿がその場からすぅ……っと消失するというとんでもホラーだったらしいので誰かに見られてた場合入学早々「空野理生は幽霊である」とか言う噂が立つ可能性すらなきにしもあらずなのだ。
いくらなんでもそれは全力で回避したい所存だけどね!
ちなみに私的に世界を越える時って姿が消えるとかそういう認識は全くなくて、強いて言うなら「ちょっとした段差で蹴躓いた」とか「階段を一段踏み外しかけた」とか「授業中うつらうつらしてる時体が『がくん』ってなるアレ」くらいの感覚しかないんだよね。
そう話したらいつかの世界で出会った白を基調とした中華服に白衣、三角巾という彼の弟子を始めとして「給食当番」と言われる事もある出で立ちの万物を知る神獣には「そんな気軽さで世界を超えちゃうのはどうかと思うよ。」とドン引かれたけど、そもそも制御出来ないんだし仕方なくない?
私悪くない。
さらに私の場合、異世界転移者と言っても本来なら異世界と定義付けていいか分からない二次元世界――いわゆるアニメや漫画の世界が主な転移先だって事も年齢を重ねる毎に分かってきたからまた驚きで、そういう方面に明るい従姉妹曰く、私の体質みたいな設定は二次創作の一つに分類される夢小説における「トリップもの」と呼ばれる王道設定の主人公にはよくある事らしい。
よく知らんけど。
……と、ここまでつらつらと語ってきたけどもののつまり。
私は八年前のあの異世界転移と言うには嫌に薄ぼんやりした体験を皮切りとして、年に二回、多くても三回程度アニメや漫画の世界にトリップするようになった一般人と言うことだ。
うんうん。
……でさしあたっての問題はというと。
「……こっからどうしよう。」
そこで一旦思考を打ちきり溜め息と共に呟いた。
そう、現実逃避で自己紹介とか何なら回想までしちゃったけど、こちらは今まさに紐無しバンジー強制参加の真っ最中。
さっきうっかり見てしまった眼下の光景と距離から考えて地表にぶつかるのは多く見積もっても数十秒後で間違いないんだろうけど、さすがに太陽に近い距離から堕ちて無傷でいられる程強靭な身体は持ち合わせていない。
あれ、よく考えなくても相当にやばいなこれ?
「多少は木がクッションになるだろうけどそれでも無理だよね?? え、マジで? えと、魔法で何とか……って杖持ってない! そもそも飛行術の授業にしろクィディッチにしろ空を飛ぶ時って箒オンリーだったよねええ!?」
「――ピカ!!」
じわじわと湧いてきた焦りに任せて前回の転移先だった『イギリスはキングスクロス駅九と四分の三番線から行く魔法学校』について叫ぶのと随分可愛らしく、でもとても勇ましい鳴き声が頭上から降ってきたのは同時だった。
「……『ピカ』?」
その鳴き声に該当するキャラクターが脳裏を過った次瞬私の足首を小さな手ががっちり掴んだかと思うとぐんと上に引っ張られ、がくんと言う激しい衝撃の後足首を支点として落下が止まった事に軽く目を瞠る。
……え、待って? 私これ体勢的に空中で逆さ吊りにされてない? 下、スカートなんだけど。
「……じゃなくて!」
あまりの予想外の事にどうでも良い事を考えかける頭をぶんぶんと振ることで思考を切り替え慌てて頭上を仰げば、やっぱりと言うかなんというか。
そこにいたのは体長は四十センチ程。
全身を覆う黄色の体毛にピンと立った彼の代名詞とも言える雷型の尻尾。
くりくりとして愛らしい黒い瞳の下にある赤いほっぺが特徴的な彼――世界的に有名なゲーム『ポケットモンスター』の顔であるキャラクター――ねずみポケモン・ピカチュウだった。
「…………ピカチュウ?」
「……ピ、カ!!」
瞬時にこの世界が何処なのか判断できる存在かつ、『ポケットモンスター』を知っている人なら一度は実物に触れてみたいと思うキャラクターに瞳を瞬かせる。
さらに言えば今私の足首を両手両足で掴みぷかぷかと浮いているピカチュウの胴体にはオレンジ色のリングがしっかりと填まり、そのリングには色とりどりの風船が括り付けられていた。
その姿は以前自他共に認めるポケモンフリークな幼馴染みに教えて貰った特別なピカチュウだけが覚えられる「そらをとぶ」ってわざを使ってる時の姿そのままで、つまり経緯は分からないけどこのピカチュウは私を助けるためわざを使ってくれた事になる。
「……何で……。」
「ピィィカァァァチュウウウ!!」
呆然として思わず呟いた言葉にピカチュウの必死な鳴き声が重なり、それに合わせ体がぐっと上に上がりハッとする。
恐らくこのピカチュウは私を安全な場所に下ろそうとこのままの体勢で飛んでいくつもりだろうけど、確かピカチュウの体重は六キロ程度の筈。
それに対して私は百六十二センチの四十八キロだから自分の体重の八倍もの重さのものを掴んだまま飛んでいる時点でピカチュウには相当の負荷がかかっている筈だ。
「っ……!」
その事実を認識し慌てて視線を眼下へと向ければさっきまであんなに遠かった緑の木々達が二メートル程の距離にまで迫っていた。
本当にギリギリだったんだ、と内心で息を飲みながらもよし、と気合いを入れる。
うん、これくらいなら大丈夫だ。
「……ピカチュウ!! ありがとう、このくらいの高さだったら私何とか出来るし、手離していいよ!」
「ピカッ!?」
安心させようとなるべく穏やかに話しかけるとそこで初めて彼の濡れた黒曜石のように輝く瞳と目が合い、驚いたように声をあげる彼にもう一度大丈夫だから、と笑いかける。
必死になってるピカチュウには悪いけど、このままじゃ二人とも墜落するのは火を見るより明らかで、実際私の足首を掴む彼の両手は小刻みに震えているし、先程から上に上がろうとしているピカチュウの意思に反して高度が下がっている事も限界が近い何よりの証拠だろう。
でもこれは、私と言う重荷があるからが故だ。
だから私の足首さえ離せばピカチュウの負荷はなくなるわけだしとこちらを見たままぴくりとも動かないピカチュウに焦れて、腹筋を使い体を起こし足首に手を伸ばした瞬間、「ピカ!!」と鋭く声をあげたピカチュウが両手どころか体全体で私の足首にしがみついた。
「ちょっ! ピカチュウ、離して!!」
「ピカ! ピカチュウ、ピカピカ!!」
焦って声を張る私に怒鳴り返すように鳴くピカチュウの体に力が籠りふわりと高度が上がった事に今度こそ息を飲む。
……ッ、何で……。
「ッ何でそこまでして、見ず知らずの私を助けようとするの……! ピカチュウ、本当にもういいから!」
「ピカ!! ピカチュウウウウ!!」
下手すれば震えそうになる声を必死に抑え叫べばぶんぶんと首を振ったピカチュウがさらに高度をあげようとした瞬間、終わりは呆気ないくらい簡単にやってきた。
パァン!とつんざくような音と共にピカチュウのリングに括り付けられていた風船が全て破裂する。
浮遊感を覚えたのは一瞬で後は重力に従い体が下へと引っ張られるように落下した。
「ピカァああッ!!! 」
「ピカチュウ!」
咄嗟に空中で頭上から降ってくるピカチュウをしっかりキャッチすると胸元に抱え込む。
その肢体は私の腕にすっぽり収まるくらいに小さくて、こんな体で私を助けようとしてくれていた事に今更ながらぐっと胸が詰まった。
「ピカ……!」
「ピカチュウしっかり掴まってて!」
慌てたように声をあげるピカチュウを今度は私が離すものかと抱え込むとザッと音を立て背中から木々に突っ込み、さらに葉の擦れる激しい音とバキバキと細い枝が次から次へと折れる音と伝わってくる衝撃に眉を寄せる。
うん、ピカチュウのお陰で大分勢いが削がれたとは言え、上から見た感じここら辺にある木はどれもそこまで大きくなかったからピカチュウくらいならいざ知らず私の体重なんて支えきれる筈もないよね。
決して私が重いからじゃない。
絶対ない。
てか私の体重って平均的だからね!
……とは言ってもこのままじゃ地面に叩きつけられるのも時間の問題で、それだけは勘弁したいと視界を巡らせ胸元のピカチュウを右腕でしっかり抱え直し空いた左手を目についた太い枝に伸ばししっかりと掴むとがくんと言う衝撃が全身に走った後やっと止まった落下運動にはぁーー……と詰めっぱなしだった息を吐き出した。
……やれやれ。