第九話です。
主人公は結構内心でぐだぐだ考えている事が多いのですが、ピカチュウには当たり前のように見透かされる上発破をかけられることがしょっちゅうあります。
では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。
屋上に飛び出してきたリオルは先程見かけた時よりも怪我も汚れも酷くなっていた。
「嘘、何であんな酷い怪我!?」
「こんな短時間であれだけの怪我をするなんてどう考えてもおかしいぞ!」
そのあまりの酷さに咄嗟に叫ぶように呼び掛けた私にカスミとタケシくんが続き、その赤い瞳と目があった刹那私の前まで駆けてきたリオルに一つの可能性が頭を過り目を見開く。
まさか……。
「リオル、逃げてきたの? あのトレーナーから。」
「リオ。」
半ば唖然として尋ねれば私を見たまましっかりと頷く彼にどうすればいいか分からずタケシくんとカスミに視線を向けると、私と同じように目を見開いているカスミと顎に手を当てて凄く難しい顔で何か考えているタケシくんの姿があってさらに不安が募っていく。
でも……。
「……ポケモンが自分の意思でトレーナーの元を離れるなんて事……。」
「いや、ポケモンがトレーナーを見限りその元を去る事自体はそう珍しくないんだ。いくらモンスターボールでゲットしたとしても、その心までは縛れない。そこから信頼関係が築いていけるかはトレーナーとポケモン次第さ。」
「……トレーナーとポケモン次第。」
私が知っている限りのアニメ版において言えば、あまりいいトレーナーとは言えない人達に捨てられたり逃がされたりするポケモンのエピソードはいくつか覚えてるけど、自らトレーナーの元を去るポケモンには覚えがなくて困惑しているとそう説明してくれたのはタケシくんだった。
確かに、今じゃ疑いようがないくらいベストパートナーのサトシとサトシのピカチュウだって初めから仲が良かったわけじゃ決してない。
ピカチュウがサトシに心を開いたのはあのオニスズメの一件だしそこから二人は信頼関係を築いていったんだった。
主人公でさえそうだったのだから描かれていないだけで、信頼関係をうまく築けなくて道を違うポケモンとトレーナーがいても何ら不思議じゃないんだろう、きっと。
「ポケモンは自らが従う価値がないと判断した未熟なトレーナーの言うことは聞かない場合も多い。特にプライドの高いポケモンはその傾向が強いとされているがリオルの場合はむしろ自らのトレーナーの悪行に嫌気がさし、トレーナーを見限ってきたと考える方が自然だな。――そうだよな、リオル。」
「――リオ。」
さらに膝を折り自然にリオルと目線の高さを合わせて話しかけるタケシくんに少し躊躇してから頷いたリオルを見て、大丈夫だよ、と声をかけた。
「リオル、この二人はタケシくんとカスミって言って、この前私と一緒にいたケンジくんとトモカさんと同じようにポケモンが好きで大切にしているジムリーダーって言う凄いポケモントレーナーで、私が誰よりも信頼してる友達なの。二人が君を傷つけるなんて事起こる筈がない。」
「……リオ。」
そうリオルの瞳を見つめ伝えると少し彼が肩の力を抜いたのを見て瞳を細めそれでさ、とタケシくんに話しかける。
「このリオルがトレーナーを見限って来たのは分かったけど、この後具体的にどうすればいいんだろう。リオルがどういう経緯でここに来たかも分からないし、もしあのトレーナーがリオルを探してたら危険だよね。」
「そうだな。見た限りでは骨や内臓に異常はないみたいだけどとにかく外傷が酷い。ポケモンセンターで事情を話してリオルを保護して貰うのが一番いいだろう。リオやケンジはあのトレーナーがリオルに暴力を振るってるのを見ているから証言も出来るし話も通りやすいだろうしな。」
「分かった。あとね、実はリオルに初めて会った後トキワシティのポケモンセンターにトモカさんとケンジくんと寄った際にジョーイさんにはリオルとトレーナーの話をしたの。そしたら最近そういう報告が複数のトレーナーから寄せられてて、一度ジュンサーさんに相談するって言ってたの。だからそのジョーイさんにも話をして貰えれば――。」
「リオッ!!! リオッ、リオオ!!」
「リオル!? ちょ、どうしたの?! わっ!?」
タケシくんと話しながら何とか突破口が見えてきた気がしたそれはぶんぶんと首を大きく首を横に振ったリオルに遮られた。
ベンチに座ったままの私の手をぐいぐいと強く引く彼に困惑しながらも前屈みに腰を浮かせると同時に、伸ばされた彼の手が私のベルトのホルダーから無造作に空のモンスターボールを一つもぎ取り、ズイッと私の眼前に差し出される。
「…………え?」
「リオ。」
唖然として思わず呟けば一声だけ鳴いた彼の赤い瞳から強い意思か伝わってきて小さく息を飲む。
つまり、これって……。
「……まさかリオル、リオにゲットしてって言ってる?」
「ああ、そうみたいだ。それにこの様子だともしかしたら、リオルはただトレーナーを見限っただけじゃなく『逃がされた』のかもしれないな。」
「リオ。」
差し出されたモンスターボールを凝視したまま動けない私の耳に届くカスミとタケシくん両方の言葉に頷いた彼に僅かに眉を寄せる。
ポケモンを『逃がす』という行為は知っている。
トレーナーになった時にオーキド博士から説明を受けてるし、アニメ版ではダイヤモンド&パールでサトシのライバルだったシンジを代表としてそう言う事をするトレーナーがいるって事も分かってる。
そして逃がされたポケモンは誰の手持ちでもなくなって別のトレーナーが自らのモンスターボールでゲットする事も可能になる。
もしリオルがそうされたなら、どうすればいいかなんてきっと明白だ。
ここでリオルの思いに応え、ゲットするのがきっとリオルにとっても私にとっても最善で、あのトレーナーから彼を守るためにもそうするべきなんだろう。
でも、それでも。
あのトレーナーにこれだけ酷いことをされながらもまだ人間に――ポケモントレーナーに失望しないでいてくれるリオルの傍に私はどれだけ一緒にいられるのかが分からない。
それがいつか、彼の心を今よりも深く抉る事になったとしたら……。
「ピィカ!」
そんな気持ちがどうしても拭えなくて、催促するようにさらにモンスターボールを乗せた手を突き出すリオルにどうしても応えられず、瞳を伏せかけた刹那左肩に温かな重みを感じハッとそちらに顔を向ければいつもより少し怒っているような表情の相棒としっかりと目が合った。
「…………ピカチュウ?」
思わず呟いても返事をしない彼の瞳はどこまでも真っ直ぐで真摯な、彼をゲットすると決めた時と全く同じ濡れた黒曜石のような輝きを帯びていて。
その瞳に『逃げるな』と言われた気がして小さく拳を握り一度だけ目を閉じる。
……そうだ。
あの時、ピカチュウをゲットした時、私は決めた筈じゃないか。
ポケモントレーナーになると。
この世界にいる為の努力は惜しまないと。
なのに、また別れを理由にして出会いを怖がってどうするんだ。
それじゃあ、いつまで経っても何も変わらない。
変えられない。
だから、選べ。迷うな。
「……うん。不甲斐ないトレーナーでごめんね、ピカチュウ。ありがとう。」
「ピカチュ」
最後に心にしっかりと刻み込み、そう相棒に向かって笑いかけると一度だけ頷いた彼に、やっぱ敵わないなあなんて内心で呟きリオルに向き直る。
そのまま差し出されているモンスターボールを通りすぎ彼の頬に手を添え、リオル、と笑いかければ彼の赤い瞳が僅かに見開かれた。
「まず何より私のポケモンになりたいと言ってくれてありがとうね、リオル。私も、君のトレーナーに、君のパートナーになれたらいいなと思うよ。でもそうするにはまず君に聞いて欲しい事があるんだ。――リオル、私はこの世界の住人じゃない。別の世界から来たんだ。それはある日突然違う世界に行ってある日突然元の世界に戻るっていう厄介な体質のせいで、仕方ないんだって諦めてた。この世界に来るまでは。」
「…………リオ。」
「でもこの世界でピカチュウと出会って。タケシくんやカスミ達に出会って。……私はこの世界にいたいって、ここにいたいって思うようになった。だから、その為に出来ることは全部やるつもりだよ。でもそれには私一人の力じゃ出来ない事もある。むしろ今はまだまだそっちの方が多いかもしれない。だからね、リオル。君の力を私に貸して欲しい。……こんな話をして、君を失望させてしまったかもしれないけど、これはポケモンをゲットする上で私がしなくちゃならない義務だと思う。だからね、頼りないトレーナーだけど、まだ君の中に一欠片でも私への気持ちが残ってくれたなら、私のポケモンになってくれないかな? リオル。」
「リオ!!」
最後にそう伝え、内心は結構不安なままどうかなと笑いかけると同時に私の手をきゅっと握った彼の力強い声と望むところだ、と言わんばかりの瞳の輝きにありがとうと小さく笑い彼の手にあるモンスターボールを改めて受けとると中央のボタンを押す。
掌サイズに戻ったそれにリオルが手を伸ばし触れた瞬間ぱかりと音を立てて開いたモンスターボールから飛び出してきた赤い光に包まれたリオルがボールに吸い込まれると同時に蓋が閉じた。あとはピカチュウの時のように私の手の中で二、三回だけひゅいひゅいと音を立て揺れた後カチッと音を立て沈黙したモンスターボールを見つめたまま口を開く。
「……ゲットできた。やっぱり逃がされてたんだ。」
「ピカチュ。」
さらに私に返事を返すピカチュウを横目で見て、お手数かけましたと恭しく伝えると同時に右肩に温かな手を乗せられ顔をあげればタケシくんとカスミと視線が絡みへにゃりと肩の力が抜けた。
「タケシくん、カスミ。」
「リオ、おめでとう、二匹目のポケモンゲットね!」
「だな。新しい仲間ゲットだ良かったな、リオ。それで早速で悪いんだが、リオルの傷の応急措置をしたいからモンスターボールから出してくれないか? 勿論この後ポケモンセンターには行くけどある程度手当てはしておいた方がいいだろうから。」
「ん、分かった。――出てきて、リオル!」
「リオ!」
そうボールを前方に軽く投げると、音を立てて開いたモンスターボールから白い光に包まれ飛び出してくると同時に嬉しそうに側に来たリオルに話しかけようと口を開いた瞬間、ざわっと全身の産毛が逆立つような感覚に襲われ目を見開いた。
「…………え。」
そのまま動きを止め咄嗟に視線を周囲に走らせても特に変わったところはないのに、何故か嫌に胸がざわついて仕方ない。
頭の中で警鐘が鳴り響き、それに促されるようにどくどくと自然と早くなる鼓動に思い切り眉を寄せる。
――この感覚にはこれまでにもそれこそ数えきれないくらい覚えがある。
私の体質の厄介なところは世界をあっさり超える事なのは前提として、さらに言えばその越える先が完全にランダムというところだ。
越えた先がギャグや日常や部活等を主に描かれている世界ならいいんだけど、そうじゃない世界だって当然あった。
だから、それは言わばそういう様々な世界を超えるうちに身に付いた危機回避能力のようなもので、前回の世界でこれを初めて感じた時は学校へ行くため乗っていた列車に吸魂鬼が乗ってくる直前だった気がする。
そうだ、それでざわつきに顔をこわばらせた私をみて理由を尋ねてきた同級生に「何か『やな予感』する」とへらっと笑いかけたら、私の『やな予感』がよく当たることをそれまでの経験から知ってた彼らに、嫌な事言うなよって顔顰められてその場が微妙な空気になったんだけど、まあそれは置いといて。
「リオ? リオってば! どうしたのよ!」
「リオ、何かあったのか?」
「ピカ?」
「リオ?」
そこで一度思考を区切り、急に動きを止め挙動不審になった私に訝し気にしていると皆の顔を見るとへらりと笑いかけ、そして。
「……うん、ごめん。あのね、すっごく『やな予感』する。」
そう告げた次の瞬間ガチャリと音を立て開いた屋上のドアの先にはあのトレーナーが立っていた。