俺は喧嘩がしたいだけ   作:柔らかい豆腐

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 前回の喧嘩相手。

剛鬼「ああ? 誰が雑魚だあ! おい、誰が仲間外れだよこら! 確かに飛影や蔵馬は主人公の仲間になった。なんで俺だけ倒されて終わりなのかは疑問に思ったよ!」



喧嘩じゃねえよ

 風矢が学校で盗まれた闇の三大秘宝のことを考えていた頃、八神家でははやてが家事などをやっていく。

 元々風矢がアルバイトや学校などでほぼ家にいないので、はやてが家事全般を受け持っている。周囲から見れば苦労していそうなのだが、はやては特にそのことを苦に思ったことはない。

 八神兄妹は仲が良い。決して自分達のためにやらなければいけないことを苦に思うことなどないのだ。

 

「ふぅー、これで掃除は終わりやな。昼までは今日来る宅配便を待てばいいだけか」

 

 足が不自由なはやては車椅子に乗っているため移動が困難だ。家からは遠いショッピングモールなどに買い物に行くには少し時間がかかってしまう。なので大切な用事でない時は家からパソコンでネットショッピングをするのだ。

 学校での風矢を心配していたはやてはインターホンが鳴ったので玄関に移動する。

 

「宅配便来たんかな……はあい、ちょっと待ってください!」

 

 はやてが玄関の扉を開けると、外に居たのは宅配便の人間ではなく金髪のサイボーグだった。

 サイボーグであるジェノスは手に紙袋を持っている。

 

「ああジェノスさんやない、どうしたん? 兄貴なら今は学校やよ?」

 

 半ば強引に風矢の弟子入りを果たしたジェノスは先日、進化の家での一件で怪我を負ってしまい治療を受けていた。

 怪我の治療も終わったのでまた弟子として修行をしようかと思い、ジェノスは八神家を訪れていた。

 

「稽古をつけてもらおうかと思っていたんですが、いないのであれば仕方ありませんね。帰ってくるまでここで待ってもよろしいでしょうか」

 

「構わへんよ? というかここに住んでもいいくらいやし」

 

「いえ、それは遠慮しておきます。お二人の関係に水を差すことをしたくないので」

 

 はやてに対して敬語なのは風矢の妹だからであろう。

 ジェノスは家に入ってはやてが入れてくれたお茶を飲み干す。

 

「やはり美味しいです。はやてさんは家事が得意なのですね」

 

「まあそれなりにはな。兄貴がバイトとか学校とかで忙しいから、一人で過ごすことが多くてなあ。家事スキルもこんなに上達してもうた」

 

「気になっていたんですが……どうして先生はバイトをしているんでしょう? お二人は誰かの援助を受けているのでしょう?」

 

 援助を受けていなければとても未成年が二人も暮らせるわけがない。そう思ったジェノスは援助を受けていても、どうして風矢がアルバイトをしているのか分からなかった。

 

「そうやね、ギル・グレアムさんっちゅう両親の知り合いが生活費を出してくれるんやよ。兄貴がそれでもバイトをしとるんは……多分やけど、少しでもグレアムさんの負担を減らしたいとか思っとるんやないかなあ。ああ、それと私にお金を回すためってのもあるんやろうな。そういうこと、私は求めてないんやけど」

 

 アルバイトなどしなくても過ごせるのだから、家にいてほしい。はやては時々そう思っていた。

 

「そのグレアムさんという人物は何をしている人なんです? 援助するというのなら引き取ってしまえば……」

 

「分からんけど、忙しい人らしいんや。私の治療も海鳴大学病院でやっとるし、上手く噛み合わんねん」

 

「なるほど……ああそういえば今日はささやかなお土産を持ってきたんでした」

 

 ジェノスはそう言うと近くに置いていた紙袋をはやてに見せる。

 その中身は普段は滅多にお目にかかれない高級の牛肉だった。赤い色が鮮やかで、はやては見ただけで美味しそうと涎が出そうになる。

 

「こんな高そうなお肉、ええんか?」

 

「はい、先生とはやてさんの境遇を考えれば当然です……といってもこの肉を選んでくれたのはクセーノ博士なんですが」

 

「ほんと、悪いなあ……兄貴はなんもしとらんのに」

 

 風矢がジェノスに対して何も教えていないのが分かっているので、はやては申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「先生は存在しているだけでいいんです、俺が目指すべき場所を生きているだけで教えてくれる。そんな存在なんです」

 

「その内ジェノスさんも喧嘩喧嘩って言うようになるん? それは嫌なんやけど……」

 

 ピンポーンという音が家中に響く。

 来客を知らせる音が聞こえたので、はやては今度こそ宅配便の人だと思う。

 

「すいません、ちょっと席外しますわ。宅配便の人かもしれんから」

 

「それには及びませんよ、俺が出ます。車椅子生活のはやてさんが動くのは最低限に抑えなければいけませんから……」

 

「……そんなこと……じゃあお願いしますわ、これ印鑑です」

 

 はやては棚から取り出した印鑑をジェノスに渡す。

 一瞬はやての顔に影が差したことにはジェノスは気付かず、受け取った印鑑を持って玄関の扉を開ける。

 扉を開けるとそこにいたのはまたしても宅配便の人間ではなく、逆立った黒髪が特徴的な少年だった。

 

「宅配便の者……ではないようだな。何者だ」

 

「俺が何者かなどどうでもいいことだ。八神はやてを出せ、死にたくなければな」

 

 額に白いバンダナを巻いている黒髪の少年は殺気を込めて言い放つ。

 

「不審者かストーカーか。どちらにせよ、危険な者らしいな。お前は排除する」

 

「ほう、面白いなやってみろ。たかが鉄屑に出来るならな」

 

 ジェノスも少年も睨み合い、そして一気に動く。

 金属でできた腕をジェノスが真っすぐに突き出すと、少年はそれを紙一重で躱す。

 躱した少年は腰にあった剣を抜くとジェノスの突き出された腕を切断しようとするが、そうなる前にジェノスは腕を引っ込めてもう片方の拳を突き出す。

 しかし突き出した瞬間に少年の剣が軌道を変えて、その腕の手首の辺りまで剣が切り裂いた。

 

「俺の腕を斬るとは……よほどの業物か」

 

「ふぅん? どうやらサイボーグには流石の降魔の剣も効力を発揮しないようだな」

 

 ジェノスは一旦距離を取ろうとするがすぐ後ろは八神家の玄関だ。被害を出すわけにはいかないと思い少年に攻撃するしかない。下手に動けば家に被害が出るため、ジェノスの動きは制限されてしまう。

 そしてそのことを少年は見抜いていた。

 

「はっはっは! その戦う場所が制限された中、俺のスピードについてこれるかな!」

 

 少年は残像を残すレベルの速度で移動し始める。その動きを見ながらジェノスは考える。

 

(この男、本気を出していない……まだ何かを隠している。それを出させる前に決着をつける!)

 

 焼却砲を使えば後方の八神家も吹き飛ぶ。後ろに下がれば少年の攻撃が家に届いてしまう。ジェノスが取れる行動はたった一つだけだった。

 単純に素早く殴って少年を倒す、それだけだ。

 

「マシンガンブロー!」

 

「はっ、遅い遅い! 欠伸が出るぜ!」

 

 実際は連打を意外とギリギリのところで躱している少年が煽る。

 ジェノスの高速連打は視界が拳で埋め尽くされるほど速いもので、並の人間では視認すら出来ない。ただし少年はそれら全てを捉えて躱していく。

 

「ジェノスさあん、宅配便の人は……」

 

「はやてさん!? いけない! こっちに来てはダメです!」

 

 押している、そう思っていたジェノスだがはやての声が聞こえて焦る。

 慌てて来るなと警告するが、その動揺が少年に反撃の隙を与えた。

 

「余所見とは余裕だな」

 

「しまっ――」

 

 ジェノスの腰を少年の剣が通り過ぎる。

 ギンッ! という金属同士がぶつかったような音が聞こえた時、ジェノスの視界には自分の下半身と驚愕しているはやての姿が映る。

 

 ドサッという音とともにジェノスの下半身が倒れ、その瞬間にはやてが叫ぶ。

 

「ジェノスさああああん!」

 

 はやては慌てて車椅子を動かして逃げることなく勇敢に少年に向かっていく。

 

「アンタ何しとるん! 何が目的や!」

 

「貴様が八神はやてか……なあに、ちょっと貴様を誘拐しようと思ってなあ!」

 

 少年が高速ではやての背後に回って首に手刀を落とす。

 はやての身体能力は風矢とは違って普通の小学生並だ。いや、下手すれば車椅子で足が不自由なのでそれ以下かもしれない。とにかくそんなはやてが少年の動きを見切れるわけもなく、攻撃に耐えられるわけもない。

 はやてはいとも簡単に気絶してぐったりとしてしまう。

 

「さあて、八神はやては手中に落ちた。これで最高のショーを開いてやるか……餓鬼玉と暗黒鏡は取り戻させてもらうぞ! はっはっはっは!」

 

「ま、て……」

 

 少年が車椅子を押してその場を離れようとすると、弱弱しい声が掛けられたので立ち止まる。

 振り向くと上半身だけになったジェノスが鋭い目で睨んでいた。

 

「ほう、さすがサイボーグだな。真っ二つになってもまだ生きているとは」

 

「きさ、ま、ただでは……」

 

「八神風矢とやらに伝えておけ! 妹は預かった、返してほしければ餓鬼玉と暗黒鏡を町外れの廃工場まで持ってこいとなあ! 八神風矢が剛鬼を倒し、南野のバカから受け取った二つの宝。それを俺が手に入れれば闇の三大秘宝は全てこの飛影のものだ! 世界を支配する力があるこの宝、確実に手に入れてやる!」

 

 そう言って、飛影は高笑いしながら今度こそその場を離れていった。

 

 

 

 八神風矢は学校も終わったことで帰路についていた。

 授業も聞かないで寝ていただけだが、一応出席しているので出席日数に影響は出ない。

 残る闇の三大秘宝も降魔の剣だけになり、順調に集まっている。

 しかし順調だと思っていた風矢が家に着いて目にした光景は……玄関前に転がっているジェノスの上半身と下半身。そして荒れている玄関だった。

 

「なんだこりゃ……おい、ジェノス、死んじまったのか!?」

 

「せ、先生……」

 

「うわっ、喋った! お前生きてたのか!?」

 

 真っ二つになっても喋ることが出来るジェノスに驚いた風矢だが、すぐに真剣な顔になって状況を確認する。

 

「ここで何があった?」

 

「すいません……俺の力が足りないばかりに、はやてさんが……」

 

「……はやてに何があった? 今どこにいる」

 

 風矢は妹に何かあったのではないかと心配し、真剣な瞳でジェノスを見つめる。

 

「攫われ、ました……町外れの廃工場、そこで待っている……そうあのガキが――」

 

 ジェノスは途中で言葉を止めた。

 機能が停止して喋れなくなったとかではない、風矢の表情が見たことがないほどに険しいものになっていたからだ。

 怒りのオーラが何も言わなくてもジェノスには伝わっていた。

 

「町外れの廃工場だな? ジェノスは博士とやらに連絡しとけ、修理しなきゃなんねえだろ?」

 

「せ、先生は……」

 

「あ? 決まってんだろ……はやてを攫った野郎をぶっ飛ばしに行くんだよ!」

 

 そう力強く告げると、風矢は目にも止まらぬ速さで駆けだす。

 自分がいなかったとはいえ、守れなかった、怖い目にあわせた。情けないという気持ちでいっぱいになっていた。

 人を視線だけで殺せるような目をして走りながら、風矢は廃工場目掛けて駆ける。

 

「八神? 何かあったんか?」

 

 風矢が走っているのを偶然学校帰りに見た出馬が事情を聞くために並んで走る。

 

「はやてが攫われた! 今から廃工場に行って誘拐犯をぶっとばす!」

 

「なんやて!? 町外れの廃工場か……それならこうして走ってれば二分くらいでつくな」

 

「待ってやがれ誘拐犯んんん!」

 

 すごい怒りと気合が込められている風矢を見て、出馬は眼鏡をクイッと指で上げて心の中で呟く。

 

(アカン、こら誘拐犯とやらは死んだわ。殺さないように力を押さえるとはいえ、おそらく一般人が喰らったら死ぬレベルの攻撃出しかねんな……もしそうなれば僕が止めるしかないか)

 

 二人は走り続けて数分、飛影がジェノスに告げた町外れの廃工場が見えてきていた。

 風矢はあそこにはやてがいると考えると更に走る速度を上げて、閉まっていた鉄製の扉を蹴り破った。

 ガゴンッ! と大きな音を立てて扉が直線状にあったコンテナのようなものに衝突する。

 

「おい出てこい誘拐犯! お望み通りぶっ飛ばしに来てやったぞ!」

 

「ふん、バカみたいにでかい声出しやがって……約束の物は持ってきたんだろうな?」

 

 風矢の叫びに反応してコンテナのような物体の上から飛影が返答する。

 

「ああ? 約束なんざしてねえだろうが誰だテメエ」

 

「あれは飛影か……腰にあるのは降魔の剣。おそらく狙いは餓鬼玉と暗黒鏡やな」

 

「そういうことだ。まさか聞いていないのか? あの鉄屑め、使えん奴だ。その二つの宝さえ持ってきていれば貴様の妹は返してやろうと思っていたのになあ!」

 

 飛影はそう言うと凶悪な笑みを浮かべながら飛び降りる。

 出馬はその言葉を聞いて、鞄の中にある餓鬼玉と暗黒鏡のことを思い出して口を開く。

 

「待ちい、つまり二つの宝さえあるならはやてちゃんは返すっちゅうことやな?」

 

「そう言っているだろう。まあだが聞いていないんじゃあ持っているはずもないな」

 

「そうとは……限らんで?」

 

 出馬は鞄の中から餓鬼玉と暗黒鏡を取り出して飛影に見せる。

 餓鬼玉と暗黒鏡を風矢から受け取った後、出馬は鞄の中にしまいっぱなしだったのだ。

 目的の宝を目にした飛影は「ほぅ」と感心するような声を出す。

 

「どうやら持っていたらしいな……さあ渡せ、そうすればそこの女は返してやる」

 

 飛影が指をさしている廃工場の隅では、車椅子に乗ったまま気を失っているはやての姿があった。

 しかしその周囲は黒く薄い膜で覆われていて、風矢達ははやてが守られていると分かる。

 

「はやて!」

 

「しゃあない……人の命には代えられへんからな」

 

 出馬が二つの宝を投げると、飛影はそれをキャッチすると黒く薄い膜が消えていく。

 風矢と出馬は無事かどうか確かめるべくはやてに駆け寄ると、体に傷がないか確認する。

 はやてを見ていると、風矢達は奇妙な傷を見つける。額のところに黒い線のような傷があったのだ。

 

「おい秘伝! この傷はなんだ!」

 

「飛影だ! ふん、もう見つけたか。俺が何もせずに貴様の妹を返すと思ったか? 確かに身体は返したぞ、身体はな! だがその女の運命は俺の手の中にあるのだ!」

 

 そこでジッと黒い線を見ていた出馬がその正体に気付いて声を上げる。

 

「はっ、これは邪眼やな!?」

 

 邪眼という聞き慣れない言葉に風矢は説明しろと目で訴える。

 

「邪眼ちゅうんは第三の眼とも呼ばれとる。これを使えば遠くを探ることもできるし、身体能力も底上げされる。やけど妖怪の力と言われていて人間には絶対にあってはならんものや。これを作り上げたのは十中八九降魔の剣の力やろうな。あの剣で斬りつけられれば毒によって生きている生物は怪物のようになるか、特殊な力を得てまう」

 

「そういうことだ、その女は俺の部下第一号にしてやるぞ。その目が完全に開ききれば――」

 

 飛影は額の白いバンダナを取って投げ捨てる。

 隠されていた額には完全に開いている邪眼の姿があった。

 

「完全に俺の仲間入りだあ! 俺の命令には絶対に逆らえない傀儡にしてやる!」

 

「テメエ……!」

 

「さあ楽しくなってきたな! 今度は追いかけっこでもしようか! この剣の柄の中に解毒剤が入っている、妹を助けたければこれを飲ませるしかないぞ? 邪眼の力でパワーアップしたこの俺を捕まえられるかな!?」

 

 高笑いしている飛影の声が工場内に響く。

 その間、はやての額にある線が開いていき、赤い眼球が見え始めていた。

 

「マズイ……しゃあないなあ、あんまり使う気はなかったんやけど」

 

 出馬はそう呟くと身体から黒い煙のようなものを無数に立ち昇らせる。

 その異常な光景に飛影の高笑いも止まり、風矢も視線をそちらに向ける。

 

「ふんっ!」

 

 出馬がはやての開きかけている邪眼に手を翳して力むと、その黒い煙が邪眼に向かっていって開きかけていた邪眼がすぐに閉じていく。

 

「なっ、なんだその力は……! 出馬要、貴様人間じゃあないな!?」

 

「失礼やな、人を化け物みたいに……まあその通り、僕は幼い頃に降魔の剣で傷を作ってから、人間とは言えんような力を手に入れてしもうた。それが悪魔の魔力や、僕は傷が少しだったとはいえ四分の一、身体が悪魔のものとなった。この力を使えば身体能力も上がるし……こういったもんの進行を遅らせることも出来る」

 

「出馬……お前」

 

 はやての邪眼は完全に閉じているが、出馬が力を使うのを止めればまた開きかけてしまう。治すには解毒剤しかないということを分かっている出馬は、はやての額から手をどかさないで風矢の方を見る。

 

「八神、君の妹は僕が見ておく。八神ははよ飛影をぶちのめしい!」

 

 風矢は出馬に軽く頷くと、飛影の方を見据える。

 

「何だその目は? 追いかけっこする気にでもなったか? まさか本当に俺をぶっ飛ばせるとでも? そういえば貴様は喧嘩が好きらしいな、俺と喧嘩でもしてみるか? 貴様じゃパワーアップしたこの俺を倒すことなど出来んだろうがなあぶっ!?」

 

 飛影は突然後方に吹き飛んで工場の壁に激突する。

 壁にめり込んだ飛影は腹部の痛みにもがいて、なんとかヨロヨロと立ち上がる。

 邪眼は赤く充血していて、喉の奥から血の塊がドバっと上がって来て床に吐き散らす。

 

「喧嘩じゃねえよ……」

 

 風矢は先ほどまで飛影が立っていた場所で、拳をグッと握っていた。

 今何が起きたのか、飛影はありえないと思いつつもそれしかないと考える。

 邪眼の力でパワーアップした自分でも認識できない速度で殴られた、それしかないと飛影は思う。

 

「これからやんのは……戦争だ!」

 

 出馬と飛影が驚愕する中、廃工場内に怒りが込められた風矢の叫び声が響いた。

 飛影がペッと血の塊を吐き出すと、血走った目で風矢を睨む。

 

「戦争? 戦争だと!? いいだろう! お前らまとめてこの俺がぶっ殺してやる!」

 

 喧嘩ではなく戦争、そう言って攻撃してきた風矢に怒り、飛影は自身の最高速で駆ける。

 風矢は一直線に走って来た飛影を殴ろうと拳を振りかぶるが、その動きが止まってしまう。

 

「なんだ? 体が……ぐうっ!?」

 

 動きが止まった隙に飛影が拳を頬に叩き込む。

 

「ハッハッハ! これが邪眼の神髄! 睨んだ相手を硬直させる力だ! 一歩も動くことなく無様に死ねえ!」

 

「うるせえ……!」

 

「はあ!?」

 

 邪眼で動きを止めているはずの風矢が何でもないように動き始め、自分の頭を掴んできたことに飛影は驚きの声を上げる。

 そしてそのまま頭突きを放たれて飛影はまたも吹き飛んで壁に衝突する。

 

「ぐおおおおお!? こ、こいつ……! なぜ邪眼の力から解放されて……!」

 

「気合いだ気合、んなもん気合でどうにかなるんだよ……!」

 

「な、なるわけないだろクソが! こ、こうなれば……! これを見ろ!」

 

 飛影は腰がくびれている黒いコートのポケットから青いひし形の宝石を取り出す。

 

「なんやあれは……青い石?」

 

「アレはまさか……ジュエルミート!」

 

 出馬は知らないので不思議に思っているが、風矢はジュエルシードだと一目見て分かる。

 飛影は名前までは知らなかったのか「ふぅん?」と呟いてから得意げに話す。

 

「これはジュエルミートというのか。こいつは先日金髪のガキから奪った代物だが、所有者の願いによって強さを与える力を持っているんだよ! 想像を絶するジュエルミートの力! その身で味わうがいい!」

 

 そう飛影が言い放つとジュエルシードは青白い光を放って飛影の全身を変化させる。

 肌は緑色になり、邪眼以外にも大量の眼球が身体中に出現する。溢れ出る魔力はなのはやフェイトを超えていた。

 全身に現れた眼球が動き回り、標的である風矢を全ての目が睨むようにして見る。

 

「……キモいな」

 

「確かにキモいなあ」

 

「き、貴様ら……! 百回殺してやる!」

 

 風矢は走って来る飛影を殴ろうとするがまた動きが止まる。

 ジュエルシードの影響で邪眼が強力になっているため、今度は風矢の気合でも身動き一つ取れなかった。

 

「ぐっ!?」

 

「どうやら動けないようだなあ! このままなぶり殺してやる!」

 

 動けないと分かった飛影は風矢の体を連続で殴りつける。

 発達した筋肉のおかげで飛影の攻撃もダメージが少ないが、それでもどんどんダメージが蓄積していき鈍い痛みが出始めていた。

 その光景を出馬は焦ったように見ていた。

 

「アカン……あれはいつもの悪癖やない、ガチでやられとる……! 僕が加勢すれば形勢が変わるやろうけど、その場合はやてちゃんの邪眼が開いてまう。やけど、このままやと八神がやられてまう……! どうすればええ……!」

 

 しかし何十発も殴ってから飛影は気付く。

 風矢には大きなダメージとなっていない、痛みはあるだろうがまだ威力が全然足りないのだ。

 風矢は殴られ続けながらも目だけは飛影を睨んでいる。それに少し怯んだのと、殴っている拳の方が痛くなってきたので、飛影は一旦距離を取り腰の降魔の剣を手に取る。

 

「まったく頑丈な野郎だぜ、貴様にはこっちの方がいいらしいなあ!」

 

 飛影は降魔の剣を見せつけて剣を構える。

 鋭い降魔の剣ならば風矢の体も貫ける、そう考えた飛影は心臓を貫くために構えながら駆ける。

 そして風矢目掛けて剣を突き出してその体を貫く……はずだった。

 

「ぐうっ……」

 

 風矢の前に庇うように出た人間がいたのだ。

 ハネの強い赤い長髪の少年、南野秀一だった。

 秀一は風矢を庇ったことによって右胸の少し上辺りを貫かれてしまう。

 

「なっ!? 南野秀一、貴様あ!」

 

「秀一、お前どうして……」

 

 秀一は痛みに耐えつつ、勢いよく出ている鮮血で手を濡らすと、その手についた血を飛影の額にある邪眼に飛ばしてダメージを与える。

 

「ぐあああ!?」

 

 飛影は目の痛みで剣から手を離して後ろに下がってしまう。

 

「いやあ……走る君達を偶然見たものですから、何かあったなら助けになればいいと思いましてね。暗黒鏡のこともありますし」

 

 風矢は秀一が心配で前に回ると、体が動くことに驚く。

 

「邪眼はおそらくあれ一つ。周囲の眼球は増幅装置のようなものでしょう。本体さえ潰せば動けるようになってもおかしくはないですからね。それと大丈夫ですよ……俺も剛鬼と一緒に降魔の剣で斬られて一般人よりもタフになっていますから……!」

 

 秀一は辛そうだが、心配かけないようにそう言ってのける。

 その言葉を聞いて風矢は凶暴そうな笑みを浮かべる。

 

「はっ、つまり今なら楽にテメエをぶっ飛ばせるらしいぜ……?」

 

「ぐっ、くそおおお! 邪眼が使えなくても、ジュエルミートでパワーアップしたこの俺に勝てるものかああ!」

 

 飛影は血の目潰しを受けたことで激昂し拳を握りしめるが、瞬時に近付いた風矢の拳が何かをする前に飛影の腹部にめり込む。

 

「これは斬られたジェノスの分!」

 

「ぬぐおおっ!?」

 

 さらに風矢は飛影が吹き飛ぶ前に真横に向かって蹴り飛ばす。

 

「これは貫かれた秀一の分!」

 

「があああっ!?」

 

 コンテナのような物に衝突する飛影が立ち上がろうとすると、すぐ目の前に険しい表情をしている風矢が立っていた。

 

「そしてこれがあ! 拐われたはやての分だああ!」

 

 風矢は両手を組み合わせて飛影の脳天を叩き潰す勢いで振り下ろす。

 態勢も整っていなかった飛影がそれを避けるのは不可能であり、その怒りの一撃をまともに喰らってしまう。

 

「がっ!?」

 

 あまりの威力に飛影は頭を地面にめり込ませて気絶する。

 気絶したことで飛影の体からジュエルシードが飛び出て、その体は使用前の状態に戻っていく。

 風矢はジュエルシードを拾うとズボンのポケットに入れて、邪眼の開きかかっていたはやての所に向かう。

 

 降魔の剣で傷つけられた影響によって開きそうになっていた邪眼なので、飛影を倒してもはやての邪眼は消えない。

 しかし出馬の力によって邪眼の開く力を無にすることで、はやての邪眼は開くことがない状態になる。

 

「はやては大丈夫なのか……?」

 

「問題あらへんよ、降魔の剣で斬られたのも少しみたいやし傷跡は残らんやろ。それよりもまずいんは……」

 

 出馬ははやてから離れると秀一の方に目を向ける。

 はやてに異常がないと分かると風矢も血をダラダラと流している秀一を見る。

 

「南野君、その傷はまずいで。すぐ病院に行かないと死んでまう」

 

 出血多量で死亡する可能性が高いとみた出馬はそう忠告する。

 秀一は刺された場所を押さえると、もう片方の手でポケットから植物の種を取り出す。

 

「降魔の剣で斬られた者は……特殊な力を手に入れることも……あるらしいですね……俺の場合もそうです」

 

「何を……?」

 

 秀一は念じるように目を瞑ると、手のひらにあった種がいきなり成長を始めて立派なつるを伸ばしていく。

 

「植物操作、これが俺の力さ……そしてこれを体に押し込んで……負傷した血管をつなぎ合わせることも出来るんですよ」

 

「なっ、なんつう力や……」

 

 血管が中身が空洞の植物で繋ぎ合わさり、傷口は完全とはいわないが塞ぎかかっている。

 明らかに異質な力を目にした出馬と風矢は目を丸くして驚く。

 

「まあなんにせよ一件落着か。焼肉三大ピンボールも集まったし、はやても無事だった」

 

「……闇の三大秘宝な」

 

 呆れたような声を出す出馬はため息を吐きながら入口に向かう。

 倒れたままのはやてを背負った風矢、制服が赤く染まってしまった秀一もそれに続く。

 それからしばらくして、警察が廃工場にやってきて飛影を捕まえる。闇の三大秘宝の盗難事件はこれにて幕を閉じた。

 

 その一連の事件を誰かが見ていたことなど、誰も気づきはしない。

 平和になったと信じて疑わず、風矢達は日常に戻っていく。

 

 

 

 翌日。八神家にて。

 学校を休んだ風矢だが、それにはきちんとした理由があった。

 はやてが昨日から寝たきりの状態だったのだ。飛影に気絶させられたり、降魔の剣で斬られたダメージが体から完全に抜け出すには時間がかかる。

 

 昼。ベッドで寝ていたはやてはうっすらと目を開く。

 何が起きたのかを思い出し、慌てて周囲を見渡すがそこは見慣れた自分の部屋だ。

 

「どうなったんや……?」

 

 そこで扉が開いて警戒するが、現れたのはお粥が乗っているトレーを持った風矢だった。

 

「あ、兄貴……」

 

「はやて……目が覚めたのか! よかったぜこの野郎!」

 

 風矢は持っていたトレーを落とすほどに驚くと、はやてを抱きしめる。

 落としたことでアツアツのお粥が床に零れて大惨事だが、それを気にする余裕は二人にはなかった。

 

「大変なんや……! ジェノスさんが!」

 

「ジェノス? あいつなら今頃修理してる頃だぜ? お前を守ろうと戦ったって聞いたよ。礼は言っといた」

 

「そ、そうなん? もしかしてもう全部終わってしもうたんか……?」

 

「ああ、お前を攫ったクソ野郎はぶん殴った。だから心配すんなよ」

 

 はやての頭に手を置いた風矢はそう答える。

 

「そっか……ありがとうな、兄貴。それとごめん、迷惑かけて」

 

「迷惑なんてかかってねえよ。それに迷惑なんていくらでもかけていいんだ……家族なんだからな」

 

 風矢は一人笑みを浮かべて部屋から出ていく。

 それを見送ったはやては浮かない顔をしていた。

 

「迷惑かけてもいい、か。これ以上かけられるわけないやろ……もう、かけっぱなしやないか……」

 

 自分の意思ではもうあまり動かない両足に目を向けて、はやては心の中で以前から思っていたことを、小さな声で唇から漏らしていた。

 




 飛影……小物感がする低身長の男。

 原作は幽游白書。当初は小物感満載な敵だったが、次に登場するとクールキャラに大変身。どうやら人気が高かったからか、元からその予定だったのかは知らないが仲間になった。
 あまりの変わりようにファンからか誰からか知らないが「飛影はそんなことは言わない」などと言われている。でも変わったからこそカッコいい飛影がいる。

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