天然ジゴロの小松シェフ   作:ドン・コルレオーネ

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補足

この話は、前半部はほぼ原作の流れになります。


支えてくれた人

……夜。

 

オレは、外にある温泉につかって、暖まっていた。

 

今日も、かなりの包丁を研いだ。

 

だいぶん疲れも溜まっていたんだろう、口から深い息が自ずと吐き出されてくる。

 

「ふうー……」

 

「……………………」

 

オレは、綺麗に晴れた夜空を見上げながら、一人の男性を思い出していた。

 

 

小松シェフ。

 

 

美食四天王のトリコとともに、我が研師メルクの下へやって来た。

 

……もっともオレは、ただの偽物だが。

 

そんなオレの下で、今は一時住んでいる人。

 

いつもキラキラした眼で、オレが包丁を研ぐところを見ている。

 

そして、いつも誉めてくれる。

 

『鳥肌がたちましたよメルクさん!!』

 

「……………………」

 

『世界一の“研ぎ”が見れてボク、世界一幸せです!』

 

『こんなにステキな包丁を作るメルクさんが、未熟だんてこと絶対ありえませんよ!』

 

「……ふふ」

 

ああ、ダメだ。

 

綻んでしまう。

 

まだまだ、オレは未熟なのに。

 

……嬉しいと、思ってしまう。

 

 

ざぱっ

 

 

オレは、もう温泉から上がろうとその場から立ち上がった。

 

髪がほどけて、さらりと揺れる。

 

 

 

「メルクさ……」

 

 

 

「!?」

 

小松シェフ!?

 

小松シェフが、温泉の前に来ていた……!

 

 

 

がしゃあんっ!

 

 

 

小松シェフが手に持っていたお皿が、地面に落ちた。

 

オ、オレの……

 

体を、見られた?!

 

「わあ!?小松シェフ!!」

 

はっ!

 

何を動揺しているんだ、オレは……!

 

女なんて、捨てたはずだ!

 

見られて恥ずかしいものなんかない!

 

「メ…メ…メルク……さん……」

 

めちゃくちゃ動揺している小松シェフの前で、“男のように”堂々と胸をはってやった。

 

「何?どーかした小松シェフ?」

 

「いや、あの、ゴメンなさい!」

 

小松シェフは、眼を塞いで後ろを向いた。

 

「メルクさん、えっと……、お、女?女!?え?女性……だったんですか!?」

 

「ああ……。悪いか?」

 

「い、いえ……何一つ」

 

はあ……。

 

しかし、びっくりした。

 

まさか、女であることがバレてしまうとは。

 

これはちゃんと、経緯を伝えた方がいいよな。

 

「小松シェフ、話がある……」

 

オレは、そう彼に伝えた。

 

 

 

 

 

……それからオレは、全てを隠さず話した。

 

オレは捨て子で、師匠に拾われて育ったこと。

 

子どもの頃から、師匠の仕事に憧れていたこと。

 

でもその仕事は、弱い者にはできない。強い者でなければならないこと。

 

そのために、女であることも捨て、強くなろうとしたこと。

 

……でも、オレは。

 

強くなれなかったこと。

 

洗いざらい、彼に話した。

 

小松シェフはそれでも、「メルクさんは二代目として、立派に仕事をこなしてるじゃないですか!」と、励ましの言葉をくれた。

 

でも小松シェフ、オレは偽物なんだ。

 

6年も戻らない師匠の代わりを、ただ必死になって埋めようとしているだけ。

 

師匠のペットのポチコは、ずっと師匠の帰りを待っている。

 

そう。

 

オレでは、ダメってことなんだ。

 

まだまだ未熟な、オレの包丁では。

 

師匠の包丁でなければ。

 

ひょっとしたら、依頼して頂いてる料理人たちも、満足してはもらってないかも知れない。

 

 

 

オレでは、ダメなんだ……

 

 

 

「………………」

 

小松シェフは、黙ってオレを見ている。

 

恐らく、失望されてしまったのだろう。

 

けどそれも、仕方ない。

 

今まで、二代目だなんて嘘をついてて、ごめんなさい……。

 

「……メルクさん」

 

小松シェフが、オレに声をかける。

 

どきりと、心臓が緊張する。

 

「包丁を何本か、お借りしてもいいですか?」

 

「…………?」

 

え?

 

なんだ?

 

包丁?

 

「あと、地下にある冷蔵庫の食材も、お借りしますね!」

 

小松シェフは、ぱっと太陽のような笑顔を見せると、地下に向かう階段へ走っていった。

 

「えーと、これとこれと……」

 

「うん、この包丁も必要だ」

 

食材を抱えて包丁を選び、料理を始める。

 

なぜ?

 

なぜ?

 

なんのために?

 

「さあメルクさん!食べましょう!」

 

数分後、目の前には大量の料理ができていた。

 

「こ、小松シェフ……」

 

「とりあえずまずは、腹ごしらえしましょう!」

 

ニコニコと、小松シェフは笑っている。

 

彼の意図が分からないオレは、ただただ困惑していた。

 

仕方なく彼に言われた通りに、席について食事を始める。

 

まずは、目の前にあるチャーハン。

 

「!」

 

「お……美味しい!」

 

思わず、そう口走ってしまった。

 

「良かった。それは百合牡蠣のチャーハンです」

 

小松シェフがそう答えてくれた。

 

「へえ……百合牡蠣ってこんなに風味が強かったんだ」

 

「貝が閉じてる状態のまま隙間からさばくと、風味が増すんですよ。この仕込みは特殊で、メルクさんオリジナルの“黒小出刃包丁”じゃなきゃできません」

 

そっか。

 

オレの作った包丁じゃなきゃ、できないんだ。

 

初めて知ったな。

 

さすが小松シェフ、料理の知識は一流だな。

 

「これも食べてみてください」

 

小松シェフは、ステーキを指差した。

 

それを食べてみる。

 

これは、どうやらスモーククラゲのようだが……

 

「すごい、スモーククラゲの臭みが全くない!」

 

「メルクさんが作った“蘇生牛刀”で、一定のスピードで切ることによって臭みが出ないんです」

 

そっか、蘇生牛刀。

 

そんな使い方があるんだ。

 

 

……それからどんどんと、小松シェフはオレに料理を食べさせてくれた。

 

その料理のひとつひとつに、小松シェフが解説を加えてくれる。

 

「これは、メルクさんオリジナルの力作、“乱中華包丁”を使いました」

 

「これもオリジナルの“無限ペティナイフ”じゃなきゃ作れません」

 

「これは包丁の芸術“羽衣薄刃”」

 

「これは世界一の鋭さを誇る“一刀柳刃”」

 

「これは……」

 

 

 

……ああ。

 

ここに来て、ようやく分かった。

 

小松シェフの意図が。

 

 

 

「どれもこれも……」

 

「メルクさんの作った包丁だけが可能な調理です」

 

「世界中どこを探しても……この切り方が出来るのは……」

 

「“メルク包丁だけ”なんですよ……」

 

「メルクさん……!!先代の包丁が持つ“信頼”は……十分に繋ぎ止めてると思いますよ!!」

 

「世界中の名だたる料理人たちが、ずっと昔から認めているんです!!」

 

「今も……!!」

 

 

 

 

「メルクさんは“メルク包丁”の名を、しっかり守ってますよ!!」

 

 

 

 

……泣いてしまった。

 

オレは、泣かないと決めたはずなのに。

 

“弱さ”を捨て、“女”をも捨てたオレなのに。

 

小松シェフの言葉は、どこまでも暖かくて。

 

純粋で。

 

真っ直ぐで。

 

オレのことを、本当に想ってくれているのが伝わってきて。

 

涙が止められなかった。

 

オレが、情けないほどに顔をくしゃくしゃにして泣いているのを、彼は優しそうに、涙を浮かべて笑っている。

 

それが、嬉しくて。

 

ああ、もう。

 

オレはこんなに弱かったのか。

 

こんなに心が揺さぶられるほど、弱かったのか。

 

でもなぜか、それでもいいと、今なら思える。

 

きっと小松シェフなら、オレの弱さも受け入れてくれる。

 

自分が弱くてもいいと、そう思える。

 

「……………………」

 

はあ。

 

泣くだけ泣くと、なんだかすっきりした。

 

心の中にあったしこりが、一緒に流れたみたいだった。

 

「……あ」

 

手。

 

小松シェフ、ずっと。

 

オレの手を、握っててくれたのか……。

 

「ど、どうかしました?メルクさん」

 

小松シェフが、オレに顔を近づけて尋ねてきた。

 

「あ、いや……」

 

オレは、握られている手に視線をやる。

 

小松シェフも、それにつられて視線を手に移す。

 

「あっ!す、すみません!」

 

小松シェフは、顔を真っ赤にして謝った。

 

「ははは、突然手を握られたらイヤですよね。ごめんなさい」

 

いや、違うんだ。

 

嫌だったんだじゃない。

 

オレは……

 

「……………………」

 

ああ、どうしよう。

 

恥ずかしい。

 

上手く言えない。

 

「あの、メルクさん」

 

小松シェフが、なんだか申し訳なさそうに訊いてくる。

 

「どうしたの?小松シェフ」

 

「じ、実はその……」

 

彼は、自分のお腹を撫でながら苦笑している。

 

「ボクも、お腹空いちゃって……もし良かったら、一緒に食べてもいいですか?」

 

「!」

 

ふふ。

 

小松シェフってば。

 

素直な人なんだなあ。

 

「うん!一緒に食べようよ!」

 

「わあ!ありがとうございます!」

 

「そもそも、オレ一人じゃ食べきれないと思ってたんだ」

 

「ははは、トリコさんにいつも作ってるから、多目になっちゃったかも知れないですね」

 

小松シェフは、眩しい笑顔を見せてくれた。

 

オレも、なんだか嬉しい。

 

一緒に食事ができて、おしゃべりができて……

 

 

 

……このまま。

 

この時間のまま。

 

時が止まってしまえばいいのに。

 

 

 

 

オレは、心の底からそう想った。

 

 

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