天然ジゴロの小松シェフ   作:ドン・コルレオーネ

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ライバル 下

 

……とある喫茶店。

 

その店内の隅にあるテーブル席に、メルクとののはいた。

 

互いの前にはアイスコーヒーが置かれているが、全く飲まれた様子はない。

 

一口も手がつけられていないまま、からんと氷が溶けていくばかりであった。

 

「「……………………」」

 

メルクもののも、眼を合わせない。

 

先ほど互いの名前を教えあった以外は、全く会話をしていない。

 

メルクは外の風景に、ののは自分の手元に視線をやっていて、妙な静けさがその場を包んでいた。

 

「…………ねえ」

 

だがその沈黙は、メルクによって破られた。

 

「ののさん、でいいんだっけ?」

 

「……はい」

 

彼女はののへ視線を移し、なるべく笑みを絶やさないようにしながら質問した。

 

「君は、小松シェフに会いたいって言ってたけど、どういう用事だったのかな?」

 

「どういう用事……?」

 

「うん」

 

「……………………」

 

ののはのので、視線を上げてメルクの表情を伺っている。

 

「……お料理の相談、です」

 

「料理の?」

 

「はい。実は私も料理人なんです。それで、プロである小松シェフからアドバイスを承ろうと思って……」

 

ののは淡々と答えていくが、これは彼女の嘘である。

 

逢いたい理由が“ただただお会いしたいから”とか、“連絡先を訊きたいから”と本音を話すと、小松シェフに好意を持ってるのを自分から吐露することになる。

 

まだ初対面であるメルクに対して気恥ずかしさと警戒を持つが故に、ののは少しばかり嘘をついたのだ。

 

(でも、いつか小松シェフに料理を教わりたいと思っていたのは事実……全部が全部嘘じゃない……)

 

ののはなるべく事実に近い嘘をつくことで、話にリアリティを持たせていた。

 

「料理……か。そうだね、確かに小松シェフの料理はとても美味しいし、教え方も優しそうだね」

 

「……………………」

 

メルクは微笑を浮かべたまま、コーヒーに手をつけた。

 

少しだけ口に含み、その苦さを堪能する。

 

「…………メルクさんは、どうなんです?」

 

「小松シェフに逢いに来た理由?」

 

「はい」

 

コーヒーを静かに置き、外の雑多な街並みを見つめながら、少し恥ずかしそうにメルクは言った。

 

「特に理由なんてないよ。ただ、逢いたかっただけ」

 

「!?」

 

ののは、その言葉に驚きを隠せなかった。

 

自分が避けたその言葉、本音を、メルクは真正面から答えてしまった。

 

己の思っていることをそのまま伝える……。ある種の“男らしさ”すら感じられた。

 

「………………」

 

乾いた唇を舌で濡らし、意を決した顔でののは、メルクにこう尋ねた。

 

「メルク、さんは……」

 

「うん?」

 

「小松シェフの、恋人さん、ですか……?」

 

緊張のあまり、手をぎゅうっと握りしめてしまう。

 

「………………」

 

そんな彼女の姿を見たからか、メルクは比較的優しく、柔らかに答えた。

 

「ううん、オレは違うよ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。この前初めて会ったばっかし」

 

「………………」

 

「ふふ、そっか」

 

「え?」

 

「やっぱりののさんも、小松シェフが好きなんだね」

 

「!?」

 

顔が真っ赤になるののを、メルクは暖かい瞳で見つめていた。

 

「わ、私は、その……」

 

「会った時にね、なんとなくピンッときたよ。こう、直感的に理解できたって感じかな」

 

「……メルクさんもですか?」

 

「あ、やっぱり気がついてた?」

 

「はい……」

 

「そっか、そうなんだね」

 

「……………………」

 

メルクは、少し切なげな顔で、コーヒーに浮かぶ氷を見つめていた。

 

ののも顔をうつむかせ、じっ……と何かを考え込んでいた。

 

「……………………」

 

店内には、静かにジャズが流れている。

 

他の客の話声が、ぼんやりと耳に届く。

 

「……あ、もう2時50分だね」

 

メルクが席を立つと、ののもそれにあわせて立ち上がる。

 

二人は会計を終わらせ、店の外に出た。

 

「「……………………」」

 

会話をすることもなく、ただただ歩くのみ。

 

妙に張りつめた気不味い空気が、彼女たちの間に産まれていた。

 

その時だった。

 

 

 

ドンッ!!

 

 

 

「「!!」」

 

ののとメルクの目の前で、事故が起きた。

 

自転車に乗っていた老婆が、きたんと停車せずに横の路地から出てきた車と衝突。

 

自転車は横転し、老婆は地面へと倒れた。

 

「メルクさん!」

 

「うん!行こう!」

 

彼女たちは直ぐ様、事故現場に駆け寄った。

 

「ヤベエ!ババア轢いちまった!」

 

運転手の男がパニクっている。

 

「また免停くらったら面倒だぞ!ずらかっちまえ!」

 

助手席に座っていた友人がそう叫ぶと、車をまた発進させ、その場から逃げようとしていた。

 

だがその時……

 

 

パアンッ!!

 

 

「え?!え?!」

 

大きな音と共に、車は全く動かなくなった。

 

メルクが包丁を使い、タイヤを切りつけてパンクさせたのだ。

 

「轢き逃げなんて、絶対させないよ」

 

ぎらりと、メルクの眼が鋭く光った。

 

車のドアを開けて、運転手に向かって睨む。

 

「救急車と警察、すぐに呼んで!」

 

「な、なんだてめぇ!」

 

「オレは携帯を持ってないんだ!だから早くしてよ!」

 

「このやろ!なんで俺達が!」

 

メルクに向かって男たちは歯向かった。

 

「……もう」

 

メルクはため息をつきながら、包丁を一振りする。

 

すると、男たちが耳につけていたピアスが、ぼろりと下に落ちた。

 

「なっ?!なっ?!」

 

「ほら、早く連絡して!さもないと、次はピアスだけじゃすまないよ!」

 

「は、はい!」

 

ビビりあがった運転手は、メルクの言葉通りに携帯を手に持って119番へ連絡した。

 

その間に、ののは老婆を歩道へと移し、容体を確認していた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「う、うう……」

 

轢かれた老婆は、苦悶の表情を浮かべて、唸ることしかできなかった。

 

(肩から腰にかけて強く打ってる……確か、こういう場合は……)

 

ののは膝を曲げ、手を老婆へかざした。

 

 

……キラキラキラ……

 

 

彼女の手から出る優しい冷気が、老婆の体を包んでいった。

 

事故直後のむちうちの際は、患部を冷やすのが良いとされている。痛みを和らげて、炎症が酷くなるのを抑えられるという。

 

「……うう……」

 

その甲斐あってか、老婆の表情は少しずつ和らいでいった。

 

 

 

 

 

……その後やって来た救急車に老婆を乗せてもらい、すぐに病院へと向かってもらった。

 

警察は事故を起こした運転手と、目撃者の二人に事情聴衆し、運転手をパトカーに乗せて老婆の病院へと連れて行った。

 

結局全てが終わったのは、4時を過ぎてからだった。

 

「「……ふぅ」」

 

メルクとののは、深く息をはいた。

 

「……なんとかなったね」

 

「はい」

 

互いに顔を見合わせる。

 

そして、ふっと優しく、二人に笑みが溢れた。

 

「メルクさん……どこかで御聞きした名前だと思ったら、“メルク包丁”のメルクさんだったんですね」

 

「え?ああ、まあね」

 

「さすがの切れ味。車のタイヤなんて楽々切れてしまいますね」

 

「ははは、ありがとう。ののさんも冷気を扱えるなんて、すごいじゃないか」

 

「いえ、そんな……」

 

二人は、先ほどまであった緊張感がとけて、自然と笑い合うことができていた。

 

「……ねえ、ののさん」

 

「はい?」

 

「オレたちはさ、言うなれば恋のライバルってことになるよね」

 

「……はい」

 

「でもさ、だからと言ってオレは、ののさんを嫌いにはなれないな」

 

「え?」

 

「おばあちゃんのためにすぐ駆けつけたののさんは、きっと優しい人だと思ったから」

 

「そ、そんな。そんなことを言ったらメルクさん、あなただって……」

 

「ふふ」

 

メルクは、朗らかに笑った。

 

「オレは小松シェフとも仲良くなりたいけど、ののさんとも仲良くなりたい」

 

「……!」

 

「恋のライバルだからって、仲良くしちゃいけないなんてことは、きっとないはずでしょ?」

 

「ま、まあ……たぶん」

 

「オレは、ののさんとも友達になりたい。ダメかな?」

 

「………………」

 

ののはしばらくの間、驚きで固まっていた。

 

だが、少し恥ずかしそうにしながらも、メルクへちゃんと笑みを返した。

 

「……ダメじゃ、ないです」

 

「そう?」

 

「はい。私も、あの“メルク包丁”のメルクさんと友達になれるなんて、光栄です」

 

「ははは、ありがとう」

 

二人は、またホテルグルメに向かって歩き始めた。

 

先ほどみたいな沈黙は既になく、楽しそうに会話をしている。

 

ライバルだからといって、仲良くできないことはない。

 

それは、優しい二人だからこそできる関係性だった。

 





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