……IGO第2ビオトープ。
その研究所内にある海中レストランに、彼らはいた。
トリコたちである。
大きな円形のテーブルに座って、彼らは食事をしている。
食林寺に向かうために恵方巻の具材を探していたトリコと小松は、鍋池に生息していた“マダムフィッシュ”をココ、サニー、ゼブラ、リンと共に捕獲を行う。
そのマダムフィッシュを、小松が海中レストランの調理場を借りて、いくつかの料理をこしらえたのだ。
「お!?刺身があるじゃねーか!」
トリコは皿に盛られた刺身を、箸で大量にすくった。
それを醤油に少しつけてから、口いっぱいに頬張る。
「すげえ……!この脂肪分は、極上サーモンやマグロの大トロ、いや牛のサーロインにすら負けねえくらいのインパクト!食いごたえがハンパじゃねえ!」
「うめえうめえ!こりゃうめえ!」
刺身の山をばくばく食べるトリコを、ゼブラが睨んできた。
「おいトリコてめえ……刺身独り占めしてんじゃねえよ、オレにも寄越せ」
「ああ?お前さっき大分食っただろうが!」
刺身を奪い合う二人を見て、サニーもココもため息をついていた。
「ったく、落ち着きのネやつら」
「変わらないな、二人とも」
ココは目の前にあった料理を手前に持ってきて、それを食べ始める。
「ん、これはムニエルだね」
ココが身にナイフを当てると、ふわっと優しく刃が通った。
切った身をフォークで刺し、口へ運ぶ。
「うん、うん。美味しい」
「口に入れるとふんわり身が崩れ、中からステーキにも負けないジューシーさが顔を出す。でもステーキほどのクドさがないから、どこか品のある味わいになっているな。なるほど、“マダム”と名を冠するだけはある」
上品さを好むココにとって、マダムフィッシュは好みの食材だったようだ。
そしてそれは、サニーにとっても同じだった。
「う~んデリシャスっ!マダムフィッシュ蒸したやつめちゃんこうまっ!蒸された身と添えてあるレモンの香りがサイコーに調和してるっ!盛り付けもほんのりピンクの身に、ぱっと光るレモンの黄色で色合いも良っ!美(つく)しい!」
「あ、お兄ちゃん。そこにあるパフェ取ってほしーし」
「ちょっ!リンおま、甘いモンばっか食いすぎだっての!」
ガヤガヤと食事を楽しむ一同。
そこに小松が額にかいた汗を拭いながら、みんなの下にやって来た。
「みなさん、お味はいかがでしょうか?」
「おー松!ちゃんと調和してるぜ!」
「小松くん、前よりもぐんと腕が上がったね」
「あ、ありがとうございます!」
「小松!お前も一緒に食おうぜ!マダムフィッシュ、すげーうめえぞ!」
「わあ!いただきます!」
小松はトリコとゼブラの間に座り、みんなと同様ぱくぱく食べ始めた。
「小僧、刺身はもうねえのか?」
「ああゼブラさん、ごめんなさい。残りは恵方巻用にとっておかないといけなくて……」
「そーだぞゼブラ。もうお前の分はねえ」
「トリコ……お前、チョーシにのってるな」
「わあっ!落ち着いてくださいゼブラさん!」
「おらトリコ!喧嘩しようぜ……!」
「うるせっ!黙って食え!」
「ほら二人とも、小松くんが困ってるだろ。落ち着いて食べたらどうだ……」
ガヤガヤガヤガヤ……
……数十分後。
料理のほとんどをみんな食べつくし、残っているのはデザートが数点ほどであった。
「そういえば小松」
トリコがアップルパイを手掴みで食べながら、にやにやした顔で尋ねてきた。
「あれから彼女らと“進展”はあったのか?」
「ちょ、ちょっとトリコさん!“お二人”は別にそういう仲じゃ……」
「進展?」
「お二人?」
ココやサニーたちは、言ってる意味が分からず、頭を傾げている。
そんな彼らに向けて、トリコは事の顛末を教え始めた。
「数日前な、小松の下に女の子が二人も訪ねに来てたんだよ。しかも、小松に合いたいがために遠方からわざわざやって来て、たしか連絡先まで訊かれたんだよな?」
「あー!?なんだぁ松~!おまモテまくりじゃねーの!」
サニーもトリコと同じように、ニタニタと笑っている。
「もー、だから違いますって!僕は全然、モテてなんかいないですってば」
心底困ったように眉を八の字にしながら、小松はそう弁明した。
そこに、リンがこう小松へ告げた。
「でも、普通好きでもない人のとこに行こうなんて思わないし、連絡先まで訊かれたんなら、好印象なのは間違いないと思うなー?」
「お!リン、良いこと言うじゃねえか!」
「だってえ!ウチもトリコのいるとこならどこだって連いていきたいし~♥」
「お、おう……」
対応に困るトリコであった。
「ふん……恋愛だのなんだの、そんなものはチョーシにのって浮かれたヤツのすることだ」
「た、確かに、ゼブラさんはそーゆーの好きじゃなさそうですよね……」
「ほっとけ松、ゼブラは自分がモテねから僻んでるだけだ」
「……サニー、てめえよっぽど殺されてえらしいな」
「あ?俺(れ)はホントのこと言っただげだし。美(つく)しさが足んねーからなお前は」
「ケッ、美しさとか女々しいこと考えてやがるから、てめえはいつまでもナヨナヨ野郎なんだよ」
「んだとゼブラぁ!?」
睨み合う二人を放って、ココは小松へ話しかけた。
「小松くん、訪ねに来てくれた二人というのは、誰なんだい?」
「えーと、メルクさんとののさん、という方々なんですけど……」
「ふふ、やっぱりそうだったか」
「え?やっぱりって?」
「実は先日、僕とトリコが国宝の節乃さんへ訪ねに行った時に、ののさんとはお会いしてたんだがね?その時、小松くんに対してすごく好意的な反応だったんだ」
「そ、そーなんですか!?」
「うん。それにトリコから訊いたけど、メルクさんも小松くんを憎からず想っているだろうと言われてね。おそらくその二人が来てたんだろうと予測していたのさ」
小松は照れ臭そうに顔を赤くしながら、頬を指で掻いている。
「そんな……僕なんかがあのお二人に……」
「もっと自信を持ちなよ小松くん。リンちゃんの言っていた通り、わざわざ訪ねに来てくれるということは、それなりの好意がないとできないんだから」
「そーそー!ウチが保証するしー!」
「う、うーん……」
しかしそれでも、“自分なんかがそこまでモテる訳がない”という思い込みのせいか、小松はまだ自分に自信が持てないでいた。
「………………」
コンビであるパートナーの姿を、トリコはじっと観察していた。
(自信……か。小松の慎重な性格上、ちゃんとした成功体験がねえ限りは、自信をつけるのは難しそうだな)
(よし!ならここはパートナーとして、ちょっと背中を後押ししてみるかな)
そう考えたトリコは、ココへこう話しかけた。
「なあココ、どうだ?良かったら小松の恋愛を占ってやってくれよ」
「え!?トリコさん!?」
「ふむ……占いか」
「ココの占いで良い結果が出れば、小松も多少は自信がつくんじゃねえか?」
「そ、それはまあ……確かに」
「でもトリコ、僕はやるからには“正直に伝えたい”人間だ。悪い結果が出る可能性だってある。それでもいいのか?」
「なーに、その時はその時さ。小松もそれでいいだろ?」
「は、はい!」
「……分かった。よし、じゃあ小松くん。僕の方へ顔を向けてくれるかな?」
「わかりました」
小松は対面しているココに向かって、顔を向けた。
ココは小松をじっと見つめ、電磁波の様子を探っている。
「「……………………」」
一気に、場が静かになった。
しんと張りつめた空気が、辺りを厳かに包んでいた。
(……な、なんか緊張するな)
(ウ、ウチも)
トリコとリンが、ひそひそと声を潜めて話す。
(……んか、ココと松が見つめあってるみたいでちょっとキショイな)
サニーは相変わらずだった。
(ん?このアイスうめえな)
ゼブラは完全に興味なかった。
「……小松くん」
「……はい」
ココに呼ばれた小松は、思わず背筋をぴんっと立ててしまう。
「恋愛、は」
「…………」
「うん、今後はすごく良さそうだ。この調子なら、ののさんかメルクさん、どちらかと付き合うことになる」
「ホ、ホントですか!?」
「おお!良かったじゃんか小松!」
「わあ!いいなあ小松くん!ウチも後からココに恋愛見てほしーし!」
「松にカノジョか!今度俺(れ)にも紹介しろな!」
「………………」
ココの言葉を受けて、トリコたちは喜びと安堵の表情を見せているが、当のココがまだ険しい顔をしたままだった。
「……?どうしたココ?」
「…………」
ココは顎に手を当てて、冷や汗をかいている。
(なんだ?この感じ……小松くんの恋愛が今後順調なのは間違いない……)
(だが、何か胸にしこりが残る……“イヤな予感がする”……)
(これは一体、何なんだ……?)
……ココは小松の電磁波を注意深く観察し、なるべく現状をありのまま話すことにした。
「……小松くん、ちょっと訊いてもいいかな?」
「はい?」
「その……メルクさんとののさん、そして小松くんの“三人”で出掛ける予定は今のところあるかな?」
「?いえ、ありませんけど……」
「三人で出掛ける機会がもしあったら、注意しておいてほしいことがある」
「え?な、なんですか?」
「……僕の占いによると、“三人で行動を共にする時、良くないことが起こる可能性がある”と出ている」
「良くないこと!?そ、それって一体……!?」
「分からない……事故や事件?いや、ダメだ……ぼんやりとしていて把握できない」
「おいおいココ、えらく抽象的だな」
トリコが困った表情でそう告げる。
「すまない……たまにこういう風に“ぼんやりとしか分からないこと”もあるんだ。僕ももっと、占いの精度を上げないとね……」
「いえいえそんな!ありがとうございますココさん!少しでも今後のことが分かるなら、僕はとても有り難いです!」
小松はココに気遣って、笑顔を見せながら感謝の言葉を述べた。
(三人で行動を共にする時、良くないことが起こる可能性がある……)
だがそれでも、ココの言葉は気にならざるを得なかった。
胸の中にじんわりと、だが確実に、不安の影が染み込んでいった……