「悪りィな!遅くなって!」
トリコが、ヘビーホールから帰ってきた。
「トリコさん!!」
小松シェフが、いち早くトリコの下へかけていった。
「ホントに遅かったじゃないですかーっ!実はひそかに心配してたんですよーっ!」
「ひそかにすんなよ……」
小松シェフはわんわん泣きながら叫び、それに対してトリコは苦笑しながら答えた。
良いなあ、トリコ。
オレもあんな風に、小松シェフに心配されてみた……
こほん、こほん。
恥ずかしいので、今はこんなこと考えるのは止めよう。
とりあえず、無事に帰ってきたトリコを出迎えようじゃないか。
「トリコ……おかえり」
そう言うと、トリコはオレの顔を見てきた。
そして、なんだか嬉しそうな表情で、にっと笑った。
「さて」
「メルク……何から話していいか」
「伝えたいことが山ほどあるぜ」
ヘビーホールの最下層。
やっぱり、師匠はそこにいたらしい。
良かった、無事ってことが分かっただけでも、朗報だ。
そしてオレは、トリコから師匠の今の状況について、たくさんのことを聴いた。
うん。
そうだな。
まず、これは言わせてくれ。
「声小さかっただけって、アンタそれアリ……?」ガビビビーン……
美食神アカシアのサラダ『エア』を捌くための包丁を作るとか、きっとオレなんかでは想像もできないほど大変なんだろうけど……
なんか……こう……
えええ……
二代目の話も併せて、もうオレに言ってた訳?
全然聞こえてなかった……
こちとら6年間、気が気じゃないほど心配してたから、余計にショックが……
た、確かに……いつも何かゴニョゴニョ言ってる気はしてたけど……
……でも、今はとにかく。
師匠が無事で、本当に良かった。
「初代のオッサンの仕事が終われば、きっとまた逢えるさ」
「良かったですね、メルクさん」
トリコも小松シェフも、にこやかに答えてくれた。
うん。
そうだよね。
また、いつか逢えるよね?
“お父さん”
……それから幾日かが過ぎた。
その間オレは、全身全霊を込めて、小松シェフの包丁を作った。
その包丁には、初めて“二代目メルク”の刻印を入れた。
それには二つ理由がある。
一つ目は、小松シェフに対する感謝の気持ちだ。
オレのことを、本気で支えようとしてくれたこの人への恩を、形にして伝えたかった。
あなたのお陰で、自信を持てるようになれたと、オレらしくあっていいんだと、そう思えるようになった。
本当に感謝している。
その気持ちを、思いっきりぶつけたんだ。
……と。
その。
もうひとつの理由の方だけど……
あの。
これは、恥ずかしくて誰にも言えないんだけど。
小松シェフは、この包丁を使ってくれる度に、この刻印を、“オレの名前を”見てくれる訳で。
つまり、いつもオレのことを思い出してくれそうだなって。
そうなってくれたら、すごく嬉しいなという……
はあ。
自分がまさか、こんなに女々しいとは思わなかった。
女だけどさ、オレは。
「……それじゃあメルクさん、そろそろボクらは行きます」
小松シェフとトリコが、荷物をまとめて玄関に立つ。
二人は確か、次は“グルメピラミッド”に行くと言っていたな。
別名、美食屋の墓場。
そうとう危険な場所であることは、間違いない。
「小松シェフ、本当に気を付けてね」
「ははは……何とか頑張ります」
彼は、頭を掻きながら苦笑する。
「トリコ、小松シェフを頼んだよ?」
「へへ、当たり前だ。なんたって、コンビなんだからな!」
トリコは、親指を立ててにこっと笑う。
「それに、なんだかんだ小松も慣れてきたろ?危険な場所」
「ちょ、ちょっとトリコ!慣れる慣れないじゃないよ!危ないことに変わりはないんだから!」
「そうですよトリコさん!ボクはトリコさんみたいに強くないんですから!」
「ははは!すまんすまん」
もう。
まあ、トリコが小松シェフのそばにいてくれたら、安心だけど。
「しかし、あれだな」
な、なんだ?
トリコが顎に手を当てて、ニタニタといやらしく笑っている。
「メルクはよっぽど、小松が心配みたいだな?」
「そ、そりゃあ……」
「さっきなんか、“嫁さん”が“旦那”のことを心配するように必死だったぜ?」
「……え?」
オレは、一瞬フリーズした。
「い、いやいや!オ、オレはそんな……」
その時、オレの言葉を遮って、小松シェフがモーレツに否定した。
「もートリコさん!そういう冗談は止めてくださいよ~!メルクさんは純粋に、ボクらを心配して下さってるだけなんですから!」
「……………………」
うん、そう。
小松シェフ、オレもそう言おうとしたんだ。
けど、なんか……
小松シェフに言われると、ちょっと寂しいかも?
なんでだろう。
「ごめんなさいメルクさん、長々とお邪魔しちゃって」
小松シェフが頭を下げた。
「いろんな研ぎを見せてもらって、本当に勉強になりました!ありがとうございました!」
「そんな、オレの方こそ世話になりっぱなしで……」
小松シェフは頭をあげると、眩しいほどに笑った。
「またいつか逢える日まで、ともに頑張りましょう!」
「!」
ああ、なんて。
なんて真っ直ぐな眼なんだろう。
純粋で素直で、下心なんかない。
そんな、小松シェフらしい眼。
「……うん!お互い、頑張ろうね」
「はい!」
「もちろん、トリコもね?」
「ああ、分かってるさ」
オレたちは、微笑みあった。
「じゃあ、またな!」
「メルクさん、またお逢いしましょう!」
二人は手を振りながら、メルクマウンテンの階段を降りていった。
オレも手を振り返して、見送った。
「ぎにゃあああ!?トリコさん!猛獣が出ましたよ!!」
「お、ほんとだ。食えるかな?あいつ」
早速猛獣に襲われてる二人の背中が、どんどん遠退いていく。
「……………………」
オレは一人、家に戻った。
…………………………
静かだ。
そう言えば、一人になるのは久しぶりだな。
「……………………」
オレは“メルクの星屑”を手に取り、ぼんやりと眺めた。
「……小松シェフ」
無意識に出たのは、彼の名前。
……ああ。
寂しい。
あの人がいなくなっただけで、こんなに寂しくなるなんて。
師匠がいなくなった時とは、また違った寂しさ。
妙に切ない。
「ふふ……」
オレは、自然と笑みがこぼれた。
もう、完全に自覚できたからだ。
己の気持ちが、どんなものか。
何が心を揺さぶるのか。
眼を閉じて、小松シェフの顔を思い出す。
子どものように素直な笑顔が、オレの顔をほんのり熱くさせる。
「好……………………」
「………………………」
……だめだ。
まだ、言葉にはできない。
どくんどくんと心臓が揺れ動いて、邪魔してくるから。
でも、いつか。
いつか本人に伝えられたらいいな。
小松シェフ。
また、逢いたい。