……これは、トリコと小松がゼブラを迎えに行く前の、“グルメ馬車”内での出来事である。
“豪華客馬”で行われた賑やかなパーティが終わった後、小松とトリコは寝室にいた。
「いやーすごいですねホント!料理が美味しいのはもちろんですが、ダンスホール、映画館、プール、スポーツジム、図書館にカジノ!!他にもたくさんの娯楽がわんさかありましたね!!」
「二年間の世界(人間界)一周旅行だからな、娯楽に困ることがあっちゃいけねえさ」
トリコは寝室に置いてあるテーブルの席に座り、葉巻樹の枝をくわえて一服していた。
小松はその対面に座って、豪華馬車のパンフレットを楽しそうに眺めている。
「わあ~!癒しの国ライフとか、IGOの第1ビオトープとかも巡れるみたいですよ!!」
「おいおい小松、オレらはもうそこ行ったじゃねえか。ビオトープに関しては、一般には非公開の“研究所”まで見れただろ」
「か、観光で行くのとはまた別ですよ~!あの時は死んでもおかしくないことばっかりでしたし……」
小松は当時を思い出し、冷や汗を流す。
「あっ!ほらトリコさん!グルメ恋愛スポットの“ラブホープ島”にも行くみたいですよ!!」
「へえ、確かそこの島にある“恋の二枚貝”をペアで食べれば、その二人はずっと結ばれるって言い伝えがあったとこだよな?」
「はい!普通は白い貝なんですけど、1000万分の1の確率で“ピンク”の貝が見つかるみたいです!それが恋の二枚貝らしいですよ!」
小松は天井を見上げて、切なげにため息をつく。
「……恋人、かあ……」
「なんだ?小松はそういうの欲しいタイプか?」
「そ、そりゃそうですよ!今まで恋人がいたことないボクとしては、憧れたりしますもん」
「ふーん、そっか」
「トリコさんは、そういう気持ちはあんまりなさそうですよね」
「まあな。もともとあまり興味がねえってのもあるが、特にオレの場合、美食屋っていう“いつ死んでもおかしくない”職業だからな。家に嫁さんを待たせたまま帰れなくなった、なんてこともあり得るからな」
それじゃ、待ってる嫁さんがあんまりだろ?と付け加えて、トリコは葉巻樹を灰皿の上に置いた。
「……確かに、そうですよね。そういう意味では、トリコさんのコンビであるボクも、その覚悟は必要ですよね……」
「ノッキングマスター次郎みたいに、コンビが節ばあのような超強え人が相手なら、一緒にいられるかも知んねえがな?」
「ははは、それは確かにそうですね」
「………………」
にこやかに笑う小松を見ながら、トリコは一人の女性を思い出していた。
二代目メルクである。
(メルクが小松を見る時は、明らかに眼の輝きが違う。もちろん敬意と感謝もあるんだろうが、それ以上の“何か”を感じさせる。色恋沙汰に無頓着なオレでも、どことなく気づくぐらいだからな。たぶん、“想い”がその分強いんだろうよ)
(ふふ、小松め。オレのいない間に何があったか知らねえが、好かれる才能は“食材”だけじゃなさそうだぜ?)
にたにたと笑うトリコに、小松が気がついた。
「な、なんですか?トリコさん。ボクの顔を見てニヤニヤして」
「ん……いやな」
トリコは席を立ち上がり、寝室にある備え付けの冷蔵庫から、お酒の瓶を一本取りだした。
「お前、メルクはどう思ってんだ?」
「え?メ、メルクさん?」
「あ、初代の方じゃねえぞ?」
「いやもちろん分かってますよ!?」
瓶をテーブルに置き、席についてコップに酒を注ぐ。
「ほれ、前に“可愛らしい”とかなんとか言ってたろ?」
「え?ま、まあ……」
恥ずかしそうに、視線を下に下ろす小松。
「ああいうタイプが、お前の好みなのか?」
「こ、好みというか……フツーに可愛らしいじゃないですか。努力家ですし、優しいし、美人さんですし……。とても魅力のある方だと思いますよ」
「ほお……」
酒を飲みながら、トリコは興味深そうに聴いている。
「じゃあ、メルクを恋人にしたいって感じか?」
「い、いやー!ボクなんかがメルクさんの恋人だなんて畏れ多いですよ!ボクはイケメンじゃないし、背も低いし、臆病だし。メルクさんには、もっとお似合いの人がきっといますよ」
苦笑混じりに答える小松。
(……あまり自己評価の高い方ではなかったが、こうまで消極的だとはな。謙遜しずきてる感じか)
トリコは顎に手を当てて、小松を見つめながら考えている。
(まあ、こいつの人生はこいつが決めることだ。オレがどうこう言うべきじゃない)
(ただ……“もったいねえな”ってくらいか)
酒を飲み干したトリコは、ほろ酔い気分で小松に告げた。
「……なあ、小松よ」
「はい?どうしました?」
「謙遜するのはお前らしいし、自分なんかがって考えも、昔からお前にあった一面だからな。それはそれでいいとは思う」
「は、はい」
「だが、“美食屋”のオレから言わせるとな?」
にっと、口角をあげてトリコは笑った。
「“狩り”は、“できる!”って思ってるヤツが成功するぜ?」
「…………?」
いまいち、トリコの言った言葉が理解できない小松だった。
トリコはそれを分かった上で、微笑を浮かべながら、それ以上は何も言わなかった。