……美食人間国宝、節乃。
その人が、私の先生です。
「“のの”や、ロンリーグリズリーのノッキングを頼むじょ」
「はい、先生」
私はこの節乃先生の下で、働かせてもらっているスタッフになります。
「グリズリーのノッキング、完了しました」
「おお、早いの。じゃあ次はフグ鯨の毒袋を抜いておくれ」
「フ、フグ鯨、ですか?」
「おや?まだしたこと無かったかの?」
「すみません」
「よしよし、なら捌き方を教えてやるじょ」
まだまだ未熟者の私ですが、憧れの先生に少しでも近づけるよう、今日も一日頑張りたいです。
「……ふぅ」
食材の仕込みが一段落した私は、節乃食堂のカウンターに座り、少しだけ休憩をさせてもらってます。
“特殊調理食材”を多く扱うお店なだけあり、いつも神経を集中させないといけません。
気がつくと、額にたくさん汗をかいてしまいます。
「今日は初めてフグ鯨を捌いたけど……何匹か失敗しちゃった」
「あれをさらさらっと捌ける先生は、やっぱりすごいなあ」
改めて、先生の凄さを見ることができました。
私も、もっと頑張らなきゃ。
「ん?」
カウンターの端に、一冊の雑誌が置きっぱなしになっていました。
先生が読んでいたものかな?
『週刊シェフインタビュー!~期待の若手料理人たち~』
雑誌のタイトルは、このように書かれていました。
興味を持った私は、それを手にとって読んでみることにしました。
『エスニックキング、「クララマン」!民族料理店「ノスタルジア」を開店してからわずか一年で世界料理人ランキング12位に上り詰めた、今最も勢いのある料理人!今回はその民族料理への熱意へ迫る!』
『若きデザート王子「あんよJr.」!どんな人も彼のスイーツにはとろけてしまう!その料理の秘訣は、誰よりもスイーツを愛する彼ならではの調理方法だった!?』
わあ、すごい……!
若手の有名人が、いっぱい特集されてる!
私とほとんど年齢も変わらないのに、世界ランキングにランクインした方もいて……
まだまだ世界は広いなあ、なんて思ってしまいました。
「あれ?」
ふと、ページの端を折り曲げてあるところを見つけました。
先生は、ここを読んでいたのかな?
そこをめくると、ランキング外の料理人が、何人かまとめて載ってあるページでした。
その下の方に、おそらく先生がつけたのでしょう、ペンで囲われた記事がありました。
『小松シェフ、センチュリースープの特許は申請せず』
センチュリースープ。
確か、先生が30年かけても完成できなかったスープを、半年で完成させてしまったと聴いたけど……
もしそれが本当なら、この小松シェフって方も、先生に負けず劣らずの才能を持ってらっしゃるかも知れない。
『インタビュアー:小松シェフ、センチュリースープの特許は取らないとのことですが、よろしかったんですか?』
『小松シェフ:はい。特許を取るとレシピを公開しなければいけません。それを避けるために、スープの特許は取りませんでした』
『インタビュアー:もったいない!伝説のスープの特許なら、いくらでも稼ぐことができるのに!それほどまでに、レシピに思い入れが?』
『小松シェフ:センチュリースープには、かなり特殊な調理が必要です。下手をすると、“ある食材”の乱獲が起こる可能性がありましたので……』
『インタビュアー:なるほど。では食材の秩序を守るために、特許を申請しないと』
『小松シェフ:はい。飽食のグルメ時代だからこそ、そこは守っていきたいと思いました』
へえ。
小松シェフって、とても立派な方だなあ。食材のことを大事にされてる。
先生が小松シェフを気に入られるのも、何となく分かるかも知れない。
『インタビュア:では、レシピが公開されない代わりに、センチュリースープを作る際の“コツ”を教えてもらえますか?』
『小松シェフ:コツ、ですか?』
『インタビュア:普通のスープを作る時に、センチュリースープを作っているかのような気分になりたいんです(笑)』
『小松シェフ:なるほど!わかりました。えっと、そうですね……』
『小松シェフ:“声”を、聴くようにすることかと』
「!」
『インタビュアー:声?誰の声でしょうか?』
『小松シェフ:食材の声です。“こういう風に調理して欲しい”、“この方法で出汁を取ってほしい”というような、こう、なんというか……食材の気分を尋ねる、といった感じです』
『インタビュアー:いきなりスピリチュアルだなあ(笑)』
『小松シェフ:これは、ボクの尊敬する料理人から御聞きした話なんです。食材の気分を尋ね、それに合わせて調理できなければ、まだ半人前だと』
……す、凄い。
小松シェフは、“先生と同じこと”言ってる。
インタビュアーはスピリチュアルだって言ってるけど、これはきっと、そういう類いじゃない……
たぶん、“本当に”小松シェフは聴いてるんだ。食材の声を。
身近に先生がされているからこそ、それがよく分かる。
「ののや」
後ろから声をかけられました。
振り返ると、そこに先生がいらっしゃいました。
先生は、私が手に持っている雑誌に気づき、少し微笑まれました。
「小松くんのページを、読んどったのかい?」
「はい、先生」
「ふふふ……あの子は才能がある」
「ええ、私にも分かります」
「ひょっとするとな?この“あたしゃ”よりもあるかも知れんじょ」
「え!?先生よりも!?」
まさかそんな言葉が先生から出るなんて、思いもしませんでした。
「ど、どうしてそう思われたんですか?」
「ふふ、勘じゃよ」
「勘……」
「あの子は、“食材に好かれる才能”があるんじゃよ。食運が強いとも言うべきかの。あたしゃよりもきっと、それが強い……。ふふふふ、今後が楽しみじゃよ」
「………………」
せ、先生がここまで言われるのは、初めて見みました。
「さて、ののや。そろそろ仕込みを再開しようかね」
「あ、はい。先生」
私は雑誌を閉じて、カウンターに置きました。
そして、先生と共に厨房へと向かいます。
(……小松シェフ)
憧れの先生が認める料理人。
なんだか、気になっちゃうな。
いつかお逢いしてみたい。