天然ジゴロの小松シェフ   作:ドン・コルレオーネ

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センチュリースープ

 

とある日曜日。

 

私は、ある有名なレストランへやって来ました。

 

まさに今、その入り口の前に立っています。

 

どきん、どきんと、胸が高鳴るのを止められません。

 

「さて、行くじょのの」

 

先生が私の前を歩きながら、そのレストランへ入っていきます。

 

ウェイトレスさんが私たちにぺこりとお辞儀をして、言いました。

 

「いらっしゃいませ。ようこそホテルグルメへ」

 

 

 

 

 

……ウェイトレスさんにお席を案内されながら、私は店内を見渡していました。

 

先生と私の他には、お客さんが一人もいないんです。

 

「先生、もしかして……」

 

「ふふふ、今日は貸し切りにしたんじゃよ」

 

すごい……

 

こんな立派なレストランを貸し切りにできるなんて。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

レストランの真ん中にあるテーブル席へ案内された私は、おそるおそる椅子に座らせていただきました。

 

「ふふふ、ホテルグルメ……“六ツ星”になってから来たのは、初めてかの?」

 

先生は微笑みを浮かべながら、ぼつりと独り言を言われました。

 

「あの……先生、良かったんですか?」

 

「ん?何がじゃ?」

 

「……“センチュリースープ”を、ご馳走してくださるなんて……」

 

「いいんじゃよ気にせんで。飲みたがっておったじゃろ?」

 

「……なんだか、申し訳ないです。貸し切りまでしてくださって」

 

「ふふふ。のの、謝るのは止しなしゃい」

 

「え?」

 

「お前さんはええ子じゃよ。あたしゃの仕事を、少しも不満げな顔をせず手伝ってくれとる。我慢強く、そして気配りのできる子じゃ」

 

「………………」

 

「じゃが、ちょっぴり“気配りすぎる”ところもある。もう少し、自分の好きなようにしてもいいんじゃよ?」

 

「……先生」

 

私の顔を見ながら、先生はにこっと、満面の笑みになられました。

 

「お待たせしました。バナナきゅうりのベーコンの葉巻きです」

 

ウェイトレスさんがお料理を運んできました。

 

「さて、そろそろ食事にしようかの」

 

「はい」

 

「センチュリースープだけを飲むのはもったいないからの。他にもいろいろと頼んであるじょ。好きなだけ食べなしゃい」

 

先生のおっしゃった通り、注文は前もって受け付けているらしく、ウェイトレスさんたちが次々と料理を運んできました。

 

「カニ豚のステーキです」

 

「クリーム松茸のバター醤油焼きです」

 

「ストライプサーモンのグリルです」

 

わあ、美味しい……!

 

ひとつひとつの料理がとても丁寧で、じっくり調理されているのが分かる。

 

ステーキも固すぎず柔すぎず、程よいミディアムで焼かれているし、クリーム松茸の味の深みを醤油で引き立ててるし……

 

あ、すごい!グリルの味がとても繊細!

 

ぐっと濃厚なサーモンがありながらも、ソースの香りが口当たりを爽やかにさせてくれてる。

 

ちゃんと飽きがこないように工夫されてる。

 

ああ、なんだかこう。

 

“食材を大切に”している感じが、とても伝わってくる。

 

そして、すごく。

 

「……優しい味」

 

私は思わず呟きながら、夢中でお料理を食べ続けました。

 

 

 

「……さて、次が最後の料理かの?」

 

先生は口をナプキンで拭きながら、そうおっしゃりました。

 

確かにテーブルの上の料理は、全て空になりました。

 

じゃあ、次がいよいよ……

 

 

カラカラカラカラ

 

 

ウェイトレスさんが、蓋を被せた料理を二つ、こちらへ持ってきます。

 

「お待たせしました」

 

私と先生の前に、その料理が置かれました。

 

蓋を、ゆっくりと開けます。

 

 

ゆらぁ……

 

 

「!」

 

オーロラ!

 

お皿と蓋の間から、オーロラが立ち上ぼりました!

 

ああ、これが……

 

「センチュリースープ……!」

 

 

 

ゆらぁ、ゆらぁ……

 

 

 

思わず見とれてしまうほどに、綺麗なオーロラ。

 

それはさながら、空に浮かぶ虹色のカーテン。

 

そして、肝心のスープの方は……

 

「!?」

 

わあっ……!

 

テレビで見た通りだ!

 

本当に透明なんだ!

 

 

ふわっ

 

 

全く具材は入ってないけど、その香りの奥深さは、他のスープの比じゃない!

 

「ほれ。飲んでみんしゃい、のの」

 

「……い、いただきます」

 

私は、震える手でスプーンを持ち、スープに浸しました。

 

そして……その一口をいただきました。

 

 

 

!?

 

 

 

「……………………」

 

「……ふふふ」

 

先生はニコニコした顔で、私を見つめてきます。

 

「どうじゃ?のの」

 

ええ、先生。

 

本当に。

 

本当に美味しいです……

 

こんなに美味しいスープは、初めて飲みました。

 

でもそれらを口にすることは、私はできませんでした。

 

あまりの衝撃に、体が固まっていたんです。

 

だから先生には、うなずくことしか返事ができませんでした。

 

そんな時……

 

 

「こんにちは、節乃さん!」

 

 

一人の小柄な男性が、厨房からやって来られました。

 

「!?」

 

私には、二度目の衝撃でした。

 

そこにいたのは、紛れもありません。

 

小松シェフです。

 

「小松くん、久しぶりじゃのう」

 

「節乃さん、今日はお越しいただき、ありがとうございます!」

 

ど、どうしよう……

 

本物の小松シェフが目の前に……

 

か、顔を隠さなきゃ。

 

「今日はな、スタッフを連れてきたんじゃよ」

 

「あっ!節乃食堂唯一のスタッフの方ですね!?」

 

「名前はののと言う子じゃ。小松くんと年は近いじょ」

 

「わあ~!まさかスタッフさんまで来てくださるなんて!」

 

!?

 

こ、小松シェフがこっちに来た!

 

手を口許にもっていって、口を隠しています。

 

「どうも、こんにちは!」

 

小松シェフが、私に頭を下げて挨拶をされる。

 

私はすぐに席を立って、慌てながら頭を下げました。

 

「こ、こんにちは……」

 

つい、声が震えてしまいます。

 

「いや~まさか節乃食堂のスタッフさんが、こんなに若い方だとは思いませんでしたよ~!」

 

「は、はあ……」

 

にこやかに話してくれる小松シェフに、私は不器用な言葉しか返せませんでした。

 

「……あ、あの~」

 

小松シェフが、顔をまじまじと見つめてこられました。

 

「どうして、口許を隠されてるんです?」

 

ギクッ!!

 

ど、どうしよう……

 

恥ずかしい……

 

「どうしたんじゃ?のの」

 

せ、先生まで訊いてきた……

 

……仕方ない、正直に言おう。

 

「……セ、センチュリースープのせいで、顔が緩んでしまって……」

 

「それを見られるのが、恥ずかしいんです……」

 

ううう。

 

顔が熱い。

 

こんなに笑みを止められないなんて、思わなかった……

 

「はははっ!確かにあのニヤケ顔は、あまり見られたくありませんよね」

 

小松シェフは苦笑されていました。

 

すると彼は、私たちに背を向けられました。

 

「じゃあボク、スープが飲み終わるまで、後ろ向いてますね!」

 

「い、いやそんな、申し訳ないですよ……」

 

「いえいえ、全然気にされなくていいですよ!」

 

「………………」

 

小松シェフ……

 

やっぱり。

 

やっぱり“優しい方”だ。

 

テレビで見た時も、インタビュー受けてる時も、そしてお料理の味すらも。

 

小松シェフの、暖かく優しい気持ちが溢れていました。

 

そして今。

 

まさにそれを、再確認しました。

 

この方は、とても良い人だ。

 

それがとても分かります。

 

「実はな、小松くん」

 

先生が、なにやらニヤニヤしながら話始めました。

 

「ののは、お前さんのファンなんじゃよ」

 

「え?!そーなんですか!?」

 

「小松くんの出てるテレビや雑誌は、必ずチェックしとるんじゃよ」

 

「先生!」

 

は、恥ずかしい!

 

そんなことを、本人に言わないでくださいよ……

 

「ははは!いや~。節乃食堂のスタッフさんがファンでいてくださるとは」

 

「ボク、すっごく光栄です!」

 

小松シェフは気恥ずかしそうな、でもとても嬉しそうな笑い声をあげて、頭を掻いていました。

 

 

 

 

どくん

 

 

 

 

……?

 

なんだろう?

 

小松シェフの、あの小柄な背中を見つめていたら。

 

なんだか、妙に。

 

胸が騒がしくなります。

 

憧れの人に逢えたから?

 

もちろん、それもあると思います。

 

でも、何か。

 

尊敬や羨望とは違う。

 

何か“別の感情”が。

 

私の中に、産まれた気がします。

 

だって。

 

だって私は今。

 

小松シェフの背中から、眼が離せなくなっているからです。

 

 

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