……夜の九時。
街灯がぼんやりと光る中、トリコとココは“あるモノ”を持って、節乃食堂へとやって来ていた。
食堂の入り口前で、セツ婆はトリコたちから小さな豆のようなものを渡される。
「……ふむ」
それを、セツ婆はまじまじと眺めている。
「どうだ?これが何か分かるか?」
「会長(オヤジ)の“フルコースの
前菜”なんだが……」
トリコが、おそるおそる尋ねる。
「……これは、“ミリオン”という樹の種じゃな」
セツ婆はじっくり観察した後、はっきりとそう答えた。
「ミリオン?」
「何だそりゃ?何かの食材かセツ婆?」
ココもトリコも、その樹については知らなかった。
頭を傾げて、セツ婆に詳細を尋ねる。
「これは食材なんかじゃないぞ。グルメ界の奥地に生えとる樹じゃが、特に珍しいものでもない」
「なんだよー!やっぱりかよ!オヤジのヤツ、わざわざこんなもん宝箱に隠しやがって!!」
トリコは頭を抱えながら、空に向かって嘆いた。
だが、セツ婆はその後、ぽつりと一言呟いた。
「ただし、この種……なんじゃろう?“誰かを呼んどる”な」
「……?呼んでる?」
「ふむ。誰を呼んどるかは分からんが、これは“食材の声”に似た叫びじゃよ」
「……!」
トリコとココは、互いに顔を見合わせた。
「オヤジのヤツ、いったいなぜこんなものを前菜に……?」
「分からない……。だが、ビオトープに隠されたフルコースの内七つは回収できた。最後の八つ目を見つけられたなら、おそらく理由が分かるはずだ」
「はあ~、第1ビオトープをくまなく探すしかねえなあ……。たくっ、広すぎなんだよなあの庭」
トリコは、渋い顔をしながらぼやいていた。
カララ
と、そこに。
食堂の扉が開いて、中からののが出てきた。
「先生。極楽米の脱穀、完了しました」
「お~ご苦労じゃったなのの」
「ん?」
トリコは、ののへ顔を向けた。
彼女はそれに気がついて、ぺこりと少しだけ頭を下げた。
「その子が前に言ってた、“唯一のスタッフ”ってやつかい?」
「そーじゃよ。まだトリコたちには紹介しておらんかったかの?」
「ああ、初めましてだな」
「……どうも、先生の下で働かせてもらってます。ののと言います」
「オレはトリコ、美食屋だ。よろしくな」
「ボクはココ。美食屋と占いもしているよ。よろしくね」
「はい、こちらこそ」
無難に挨拶を終わらせると、トリコはセツ婆に顔を向けて話を戻した。
「しっかし、“食材の声”に似た叫びか……誰を呼んでるのかは分からねえんだよな?セツ婆」
「そうじゃな。まあ、反応する者は一人ではないと思うがの」
「むーん。とりあえず、小松にも見せてみるか」
「……!」
トリコがぽつりと言ったその言葉を、ののは聴き逃さなかった。
「あの……小松って、センチュリースープの“小松シェフ”のことですか?」
「ん?ああ、そうだぜ。へへ、さすがに伝説のスープを作っただけあるな。あいつもすっかり有名人だ」
トリコは、コンビである小松が有名になったのが誇らしいのか、口角を上げて嬉しそうな顔をした。
「トリコ……さんは、小松シェフとお知り合いなんですか?」
「おお。オレのコンビなんだ」
「え!?小松シェフとコンビ?!」
ののが、思いの外大きな声を上げる。
「ふふふ。実はののは、小松くんのファンなんじゃよ」
「へえ~!そーだったのか!」
「せ、先生!またその話を……」
ののは、顔をほんのり赤くさせながら、うつむいてしまった。
そして、小さく言葉を呟いた。
「……でも、本当に羨ましいです。トリコさんが」
「ん?」
トリコが聞き返す。
「小松シェフとコンビ……すごく、羨ましいです。私も料理人ですから、美食屋と料理人のコンビにはなれませんけど……。でも、本当に羨ましいです」
「ははは!ファンらしい台詞だな!小松に聴かせたら喜ぶぜ」
「………………」
ののはより赤くなり、耳元まで赤で染まった。
「……………………」
そんな彼女の姿を、ココは無言で見つめていた。
……結局、ミリオンの種で何をするのかまだ分からないため、今日は帰宅することにしたトリコとココ。
夜の静かな町を、二人はこつこつ歩いていた。
「……トリコ」
「ん?」
「小松くんは今、ガールフレンドはいるのかな?」
「な、なんだ急に?ココ、もしかしてお前……」
「いや“ボク”が小松くんをどうこうって話じゃなくて!」
トリコの変な勘繰りに、思わずココは苦笑した。
「……さっきのあの子、ののさんだったかな?小松くんの名前を出した途端、“縁の電磁波”が現れた」
「?なんだそれ?」
「ののさんと小松くんは縁が強いってことだ。トリコも分かってると思うが、ののさんはおそらく小松くんのことが好きだ。ひょっとすると、恋人同士になるかも知れない」
「マジか!?へー、小松に彼女な~」
トリコは手を頭の後ろで組みながら、小松がののと付き合っているのを想像した。
「まあ、案外お似合いかもな、あの二人」
しかし、同時にトリコは、“二代目メルク”と小松の姿も浮かんでいた。
「むーん、小松のヤツ……“どっち”を選ぶかな?」
「どっちを?トリコ、もしかして他にも、小松くんを想っている女性を知ってるのか?」
「二代目メルクも、そういう感じなんだよな。小松を見る時は、眼の色が違う」
「ふふ、羨ましい限りだよ小松くん」
「モテまくるおめーに言われても、なんかビミョーだぞ」
トリコはじとっとした眼で、ココを睨む。
「ボクは別に……“アイドル”みたいなものだよ。憧れの対象としては見てくれるけど、愛の対象としては見てくれない。本当にボクを好いてくれる女性は、未だいてくれたことはないよ。毒もあるしね」
「………………」
「だから、純粋に“人柄”で好かれる小松くんが、やっぱりボクは羨ましいんだよ」
「……ココ」
ココは、少し寂しそうに笑った。
「………………」
トリコは、ココの首に腕をまわして、にたっと笑った。
「このやろー、誰が“アイドル”だって?」
「し、仕方ないだろ?他に表現の仕様がないんだ」
「ちくしょー!オレもモテモテになりてえなー!」
「思ってもいない癖に」
「あ、バレた?」
二人は、顔を見合わせて笑った。
夜の静かな町を、二人はのんびりと歩いていった。