天然ジゴロの小松シェフ   作:ドン・コルレオーネ

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彼女たちの予定

 

……シュリ、シュリ……

 

「ふう……」

 

オレは額にかいた汗を、手に持っているタオルで拭った。

 

今日はこれで、100本目の包丁を研ぎ終わった。

 

ノルマは達成だ。

 

さて、ちょっとお腹も空いたし、流石に休憩を挟もうかな。

 

「そうだ。たしか朝の残りが……」

 

地下室へ向かい、冷蔵庫を開ける。

 

中に朝食に作ったスープが冷やしてある。

 

あ、もうだいぶん食材も無くなってきたな。冷蔵庫の中がほとんどない。

 

「明日辺り、街へ買い物に行かないと……」

 

オレはスープを小鍋に移して、コンロの火にかけて温めなおす。

 

街へ買い物……

 

街。

 

そうだ、小松シェフに会いに行こうかな。

 

せっかくメルクマウンテンを下山するんだから、会いに行ったっていいよね?

 

あ、でもお邪魔かな……?

 

小松シェフのことだ。きっとレストランも繁盛してて、時間なんて全然ないんじゃないかな。

 

それにオレも、まだまだやらなきゃいけない仕事は山ほどあるし。

 

う~ん。

 

……止めとこうかな。

 

 

グツグツ

 

 

「あ、いけないいけない」

 

スープを温め過ぎた。ちょっと煮だっちゃってる。

 

火を消して鍋からお皿へ戻す。

 

テーブルに持っていって、席に座る。

 

「いただきます」

 

スプーンで一口、小さくすする。

 

あちちっ!

 

やっぱり温め過ぎたみたい。

 

オレはふぅふぅ言いながら、スープを食べていた。

 

小松シェフの作ってくれた、優しい温度のスープがまた食べたいよ。

 

 

『メルクさん、またお逢いしましょう!』

 

 

「………………」

 

うん。

 

やっぱり、逢いたい。

 

あの人に逢いたい。

 

どうしても逢いたい。

 

「どうしよ、今日もう行こうかな?」

 

早く。

 

早く街に行きたい。

 

「あ、いやでもちょっと待って」

 

オレは洗面台へ走り、小さな鏡で自分の顔を見る。

 

ああ、やっぱり……

 

肌がカサカサだ。

 

ここんとこ、仕事ばっかりでちゃんと眠ってないもんな。

 

ああ……髪もまとまってない。

 

どうしよう。

 

流石に恥ずかしいな。

 

でも、化粧品なんて持ってないし……

 

「そうだ!せめて温泉に入ろう!」

 

温泉で顔を潤そう!

 

そしたら幾分マシのはず!

 

そして……そうだな。

 

今度からは化粧品を用意しておこうかな。

 

はあ……

 

オレも、女なんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ先生、さようなら」

 

「うむ。また来週頼むじょ、のの」

 

私は先生へ頭を下げて、節乃食堂を後にしました。

 

夕方の六時半。

 

空が、もう大分暗くなってきた時間帯です。

 

その代わり、グルメタウンに灯る繁華街の光が、キラキラと輝いています。

 

私はその繁華街にあるバス停に向かって、歩き始めました。

 

「明日は日曜日か……」

 

久々の休日に何をしようかと、私は思い悩んでいました。

 

……いや、本当はしたいことがあります。

 

でもそれをする勇気がなくて、悩んでいるんです。

 

「……小松シェフ」

 

私は最近、いつもあの人のことばかり考えてしまいます。

 

そして思い出す度に、胸がぎゅっと切なくなってしまう。

 

なんだか恥ずかしい気持ちと、すごく暖かい気持ちと、色々複雑にからまってます。

 

「小松シェフに、また逢いたい……」

 

その想いが、ずっと頭を支配しています。

 

顔がぽおっ……と、熱くなってきます。

 

でも実は、逢いたいだけでは何か“足りない”気がしてるんです。

 

だけど、何が足りないのかが、イマイチ私には分からないんです。

 

自分のことなのに分からないなんて情けない話ですが、こればっかりはどうしようもありません。

 

「ん?」

 

ふと見ると、前から一人の女性が歩いて来ました。

 

右手に携帯電話を持ち、楽しそうに話しています。

 

「ねーねーじゃあさー、今度のデートはグルメ神社行こうよ!就職試験の合格祈願にさ!」

 

どうやら、電話先の方は恋人のようです。

 

デートのお約束か、いいなあ。

 

私もいつか素敵な恋人ができたら、ああやって電話とかデートとか……

 

「ん?」

 

もし。

 

もし小松シェフの連絡先が訊けたら……

 

ああして電話できるのかも?

 

『ののさん、今度ご飯食べに行きましょー!』

 

『はい!』

 

……い、いいかも。

 

電話、してみたい。

 

そしたらいつでも会うお約束できるし、お料理の相談とかも、普通の雑談とかも。

 

いっぱいいっぱい、お話できる。

 

「小松シェフの連絡先……」

 

知りたい。

 

教えてほしい。

 

ああでも、私なんかがいいのかな?

 

まだ一回しかお会いしてないのに、突然「連絡先をください!」なんて、図々しい過ぎるかな?

 

というかそもそも、私と電話をしてくださるほどお暇じゃないと思うし……

 

「はあ、どうしよう……」

 

私は顔をうつむかせながら、バス停のベンチへと腰を下ろしました。

 

自宅までのバスが来るまでの間、ぼんやりと辺りを見渡していました。

 

「ママ!またカレーのお店行きたい!」

 

「なあ、ケントッキー行こうぜ?」

 

「久々にしゃくれラーメンでも食いに行くかな」

 

ガヤガヤガヤガヤ……

 

 

いつ見ても、すごい人だかり。

 

今日も繁華街が賑やかです。

 

「あ、先生だ」

 

私は、先生がオーナーを勤めるハンバーガー屋さんの前で“セツのん人形”を発見しました。

 

さすが先生、人気者です。

 

 

『ののや』

 

 

「………………」

 

その人形を見つめていると、先生が私におっしゃってくれた言葉が、ふいに頭の中に甦ってきました。

 

 

『お前さんはええ子じゃよ。我慢強く、そして気配りのできる子じゃ』

 

『じゃが、ちょっぴり“気配りすぎる”ところもある。もう少し、自分の好きなようにしてもいいんじゃよ?』

 

 

「……好きなように」

 

その言葉が、何となく背中を後押ししてくれたような気がしました。

 

よし、そうしよう。

 

勇気を出して、小松シェフに連絡先を訊いてみよう。

 

明日の予定は、もう決めた。

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