パン屋の一日は早い。朝の通勤に合わせて、焼き立てのパンを提供する。通りにはこんがりとした匂いを漂わせ、朝の食欲を刺激する。朝の4時を示すアラームを素早く解除し、ベッドから降りる。
「おはよう、シーブック」
「起こしてしまったか?おはよう、セシリー」
コスモ・バビロニア建国戦争においても二人『シーブック・アノー』と『セシリー・フェアチャイルド』は道を同じくして戦い、木星戦役を戦い抜いた宇宙海賊クロスボーン・バンガードのエース『キンケドゥ・ナウ』、艦長『ベラ・ロナ』であった。宇宙海賊として様々な試練を乗り越え、漸く結ばれた二人は、海賊として名乗った名前を捨て、今こうして地球でパン屋を営んでいる。
「キンケドゥ……あ、ごめんなさい、シーブック。まだ慣れないわね、お互い」
「セシリー……それはお互い様だ。今はトビア達が頑張ってくれている。それに、俺達はその名とは別れたんだ。ゆっくり直せばいい」
優しく頭を撫でるシーブックに、ありがとうと返事を返す。
「子どもたちもまだ夢の中ね。起きる前に焼きあげましょう」
コクッと頷き、店に明かりを燈す。開店して間もないが、巷での評判は上々だ。セシリーの夢を少しでも叶えてあげたい。幸せな家庭を築き、少しずつだが、軌道に乗り始めたこの生活の充実感を二人は噛みしめていた。
「ねぇ、シーブック、どこにもいかないでね」
この言葉の裏には、木星戦役時、義手になる原因となったあの時の事を思い出しているからだろう。たしかに俺も無茶をしたとは思う。正直なところ、心配ばかりさせていた。
「ベラ……いや、セシリー。お前たちを置いて、どこかに行ったりはしないさ」
「ホントにお互い様ね……」
寂しげな雰囲気は一瞬で消え、また母性に満ちた表情に戻ったことには胸を撫で下ろす。お互いが理解していたとはいえ、心配をかけたことには間違いはない。だからこうして、隙間を埋めていくことで、彼女の助けになればと。
「っと、セシリー。どうやら起きたみたいだ。後は任せて、様子を見に行ってやってくれ」
「もうこんな時間だったのね。後はお願いね」
エプロンを外し、奥へと向かうセシリーを眺め、窯へとパンを入れていく。後は焼けるのを待つだけだ。今のうちに、郵便を確認しようと、ポストへと。中には、小包が1つ。
「これは、トビア達か!なになに、お二人のご多幸を祈願して、この宝石を送ります」
手紙と一緒に入っていた、蒼く神秘的な輝きを放つひし形の宝石。手に取り、少し明るんできた空にかざせば、幻想的な色を醸し出す。
「全く……あいつ達ときたら。ありがとな」
ポケットに仕舞うと、店内に戻ろうとしたとき、何かの違和感に気付いた。
「おかしい。まだこの時間なら空は明るくないはずだ。なのに、なんだ、この光は」
空を見渡すと、太陽の明かりではないことには気付いた。だったらこの明るさはなんだと、考える間もなく次の異変に気付く。
「暑くなってきてるのか……?」
明るさが徐々に増すと同時に体感温度も上昇していく。これはただ事ではないと。本能は伝える。これは危険だと。だが、人の手ではどうしようもないところまで来ていた。
「あれは、まさか!?」
ーーーこれが神の雷だ
光の柱に包まれたこの地域は跡形もなく蒸発することに。それはシーブック達も例外ではなかったのだが。シーブックが最後に見た光景は、蒼い宝石が光るというなんとも寂しげな瞬間だった。
セシリー、どこにも行かないって約束したのにな。悪い、守れそうにない……。
この日、地球は光の柱によって焼き尽くされることになった。
様々な想いが今、一つの特異点としてここに集結した。それは様々な世界を繋ぎ改変する。さぁ、お前たちはどうするのか。見せてもらうぞ。
「はっ!?」
汗ばむ身体に意識が覚醒する。周囲を見渡せば、そこは家のベッドの上。隣にはセシリーの姿が。時刻を見るとちょうど4時。嫌な夢を見たもんだと、身体を起こせば、セシリーもそれに気付く。
「おはよう、シーブック」
「起こしてしまったか?おはよう、セシリー」
夢と同じ会話を交わすことになるとはなと、苦笑すれば、二人して、部屋を出る。やることはただ、パンを焼くこと。
「セシリー、頑張ろうな」
「ええ、シーブック」
工房へ降りた時、二人の足は止まった。異変を確認するために、外へ出た。
「ここは……どこだ!?」
地球にいたはずの我が家は何故か町はずれへと家ごと引っ越していた。それに見たこともない風景が周囲には広がっている。
「シーブック、その手!」
言われるままに確認すると、何故か義手が元の自分の腕に戻っていた。
「ああ、シーブック……」
泣いて飛びついて来たセシリーを思うに、この手について負い目はあったのだろう。だけど、これはありがたいことなのかもしれないな。
「これで、また一段とおいしいパンが焼けるな。それより、ここがいったいどこなのか知ることが大切だ。幸い、向こうに大きい街が見える。後で行ってみよう」
幸いなことに、窯などは使用できる状態だった。移動手段が歩くしかないので、食事用のパンも焼いていく事に。ベーグルとサンドイッチを準備すれば、二人の子どもを連れて、街へと向かうことに。
もうすぐ、街に着くという時だった。上空を飛翔する何かが見えた。それにどこかで聞いたことのある音。視線をその物体に合わせると思わず声が漏れる。
「あれはMS……なのか」
「シーブック、でも小さすぎじゃないかしら。あれは、ほとんど人と同じサイズよ」
人型の形状に、あのエンジン音。ただ、俺達の知っているMSは小さくても10数メートルはある。なのに、先ほど見えたMSらしきものは人となんら変わらない大きさだった。
「いつの間に、そんな小型化が進んでいたんだ!?それより、早く情報を集めないとな」
困惑する状況をいち早く打開するには確かな情を入手する他ない。二人は子どもを連れ、街へと向かった。
街中はこれといった違和感はなかった。家電製品や食糧など。文字も英語のようだが、幸いなんとか苦労はしなさそうだ。とりあえずここがどこなのかを知る事が大切だ。
「すみません、ここはなんという街ですか」
いかにも旅行で初めてきましたと繕っておけば怪しまれないだろう。通行人の女性もそのように見ているようだ。
「ここは惑星ミッドチルダの首都クラナガンから数キロ離れた場所にある田舎町、アークです」
「どうもありがとうございます」
セシリーが一礼すると、戻ってくる。しかし聞き耳を立てていた俺にも、その話しは聞こえていた。
ここが地球ではないこと。どうしてここに家ごと来てしまったのかさえ見当がつかない。けれど、現実は認めなければならない。目を背けても何も変わらないことを知っているから。
「あなたたち、早くこっちへ!シェルターへ逃げるのよ」
突如の警報。昔もこんな経験をしたなと、記憶が蘇る。これは何かが来る。記憶はそう告げている。
「これは一体なんの警報なんですか」
走り出す女性を追い、疑問を尋ねる。
「MFが襲撃してくる合図さ。早く逃げないと巻き込まれちまうよ」
MF……聞いたことがないが、多分、先ほど見かけたあれのことだろうな。このさい詳しく聞くことにしよう。
「MFっていったい何ですか?」
「あなたたち、そんなことも知らないの!?仕方ないわね、教えてあげる。MF……Magical Frame 魔力をエネルギーとする戦闘用外装。サナリィやアナハイムなどがこれを開発し、魔導師達がこれを使用しているのよ」
どうやら、俺達の世界とは違う技術が発展しているのか?ただ、サナリィなどの名前が出てくる辺り、なにか違和感を感じるな。
「色々知らないことが多くて。それよりシェルターについたら色々教えてください。どうやら知らないといけないことが多いようで」
この女性はお節介焼きなのだろう。私に分かる範囲ならなんでもと、心よく了承してくれた。
なんとかシェルターへ避難が終わり、シェルター内に設置されているモニターで外の様子を確認する。そこに4機のMFらしき機体が現れる。
「あれは、ジェガン!?」
思わず口から洩れた言葉は案内をしてくれた女性にも届く。
「あら、良く知っていたわね。そう、あれは管理局が運用しているMFジェガン。少し旧型だけど、バリバリの現役よ」
モニターを食い入るように見れば、確かにジェガンに酷似している。だが決定的に違うのは大きさとその機体の外観。大きさはやはり人並みで、さらにパイロットであろう人物の一部が露出している。
「しかし、あれでは人が危険すぎるのでは」
セシリーの想いはもっともだと思う。あれだけ、露出していれば、なにかと致命傷だと思うが。しかし、それも違うようだ。
「大丈夫。魔導師はバリアジャケットを展開して、その上からMFを装着するからね。魔導師の人もよっぽどの事がない限り大丈夫です」
大丈夫とはいっても、自分達が戦ってきたMS戦は死がすぐ隣いた。その経験があるからこそ、これは危険ではないのかと警鐘を鳴らし続ける。もしかしたら、ここの人たちは平和に慣れ過ぎているのではないのだろうかと。
思い耽るなか、一機のジェガンがビーフライフルらしきものを使用した。攻撃対象が現れたということは間違いないようだ。
「あれはビームなのか?」
「名前はビームですが、あれも魔力でできた砲撃です。MFは魔導師の魔力をエネルギーとして運用します。なので、あれも魔力なんです。ただビームと名付けているだけなんです」
セシリーはどうやらメモを取っているらしい。艦長だったころの癖はまだ抜けてないみたいだな。しかし、残念なことに俺達にできることは無さそうだ。MSならしも、MFという未知の技術。それに魔導師という者にしか扱えないようならば尚更だ。今はその管理局のヘビーガンに任せるしかない。
しかし、期待通りにはいかない。ジェガン二機が瞬く間に撃墜される。命は大丈夫だと信じたいが、次に見えた映像に全てを持っていかれた。
「クロスボーン・バンガード……だと」
まさかとは思っていたことが現実になってしまった。セシリーを見れば、口元を手で押さえている。
よくわからないが、どうやら、俺達が17歳だったころの世界に似ているな。となると……色々と厄介なことも起きるのは間違いない。
「シーブック、あれ!!」
もう一体のジェガンがグレネードの直撃を受けて爆散した。そこには何も残っておらず、人がいた形跡も残っていなかった。
「死んだのか……」
ぽつりと呟いた声を皮切りに、シェルター内に悲鳴が木霊する。やはり、としか言いようのない事実。この人たちは戦争をしらないのだと。
最後の一機がビームライフルを放ち、一体のデナン・ゲーに直撃を取ったかに見えた。だが、そのビームは容易く打ち消された。
「ビームシールドが相手じゃ……無理だ」
馬鹿なとうろたえるジェガンをよそ眼に、ビームサーベルを構えたデナン・ゲーが迫る。ジェガンもビームサーベルで対抗するが、どうしようなく、首を撥ねられ、サッカーボールの様に蹴り飛ばされた。
「こいつはひどい……」
「シーブック……」
袖を掴むセシリーを抱きしめ、情報をさらに集める。先ほどまで説明してくれた女性は隅でもどしている。無理もない。人が死ぬ様子を見てしまえばだれでもこうなる。
「しかし、この三機のデナン・ゲーはパイロットはいないのか?」
ジェガンのように、魔導師の一部が露出しているようなところは見受けられない。ましてや、俺の知っているデナン・ゲーを人並みまで縮小したようにしか見えない。
「もしかして、AIか何かなのか?っと」
三機のデナン・ゲーは無差別に街を破壊し始めた。ビームライフルやグレネードが無数に降り注ぎ、街を焼き払う。
シーブックとセシリーは歯がゆかった。自分たちには今、どうすることもできないことに。MSがあれば、すぐにでも撃退できるだろうが、この世界にはどうやらMSなどはなさそうだ。だから現状では、あの三機をどうすることもできないのだ。
「どうすることもできないのか」
壁を殴ったところで、何も変わりはしない。それに合わせるかのように、シェルターも震えはじめる。あの小ささで、これほどの兵器としての威力をもつことには正直怖さを感じた。けど、どうすることもできない自分にも腹正しい。このままでは、同じように犠牲者を増やすだけだ。
「生体反応確認できません。無人機だと確認しました」
「了解。射線クリア、いきます!」
トリガーの合図と共に、放たれる高密度の魔力。そしてもう一度トリガーは引かれ、同じく魔力が放たれた。それは相手に回避行動も許さず、機体を微塵に破壊した。
「二機の撃墜を確認。もう一機が離脱を始めています。大尉!!」
「了解。逃がさないよ」
左肩の複合センサーから、バイザーへとデータが送られる。そこには数キロ先の敵の動きや狙撃に必要なデータが細やかに記載されている。これだけ明細ならば、狙撃も容易いであろう。
「ターゲット・ロックオン。いっけえーーー」
三度目の砲撃が放たれる。それは先ほどまでの二射とは違い、弾速、威力と大きく向上されたものだった。逃げる一機はビームシールドを展開するも、容易く貫通し、爆散した。
「全機撃墜確認しました。帰還してください」
「了解、それと、このロングレンジライフルの修理お願い。今のでショートしちゃった」
「試作機なんですから、無茶しないでくださいよ。壊したら怒られるのは私なんですから」
「分かってるよ、シャーリー」
「分かってるなら、優しく使ってください、大尉」
シェルターから出た街の人々はすぐに消火活動にあたる。二人もそれを手伝い、なんとか火の手は止まった。けが人はいないが、戦死者はでたのだ。
「セシリー、とりあえず、家に戻ろう。明日またここに来て情報を集めよう」
それには同感と頷くセシリーと共に、街を後にする。
二人が離れた30分後、ジープが2台アークへとやってきた。住民の全員が何の用件なのかは察しが付いていた。
「みんな、出来る限りの情報は集めるよ。特に機体についてのパーツは可能な限り回収するんやで」
「了解しました」
古代遺物管理部 機動六課 またの名を管理局独立MF部隊が調査に乗り出した。