「まさか、すぐに攻めてくるなんて」
朝のパンをレアリーの店に届けに行った後、昼に焼けたパンを店に家族4人で届けに行くことを決め、アークに足を運んだ時を同じく、クロスボーン・バンガードの襲撃に出くわした。記憶にある機体がこうして人並みのサイズで飛びまわるとはこの世界にくるまでは予想にすることなんてなかった。
「あっ、シーブックさん、セシリーさん。早く逃げないと!」
扉を閉めて、避難しようとするレアリーが声をかける。それに気付いたように二人もまたバイクを止めて、レアリーに事情を聴く。
「レアリーさん、これはまたあの時と同じということですか?」
「はい、この警報はそういうことになります。すぐにシェルターに避難しましょう」
戦う術のない者達にとって、身を守ることは、逃げることと言っても過言ではない。それに、子どもたちも連れて来ているなら尚更だ。だから、すぐに避難したいのだが、どこか心に靄がかかったかのように、美術館の方に気を取られてしまう。
「レアリーさん、すみません。どうしても気になることがあるので、先に避難しておいてください。セシリー、美術館に気になる物が有ったんだ。確かめたい」
「どうせ、言っても聞かないんでしょう。それより気になるって何が?」
行けば分かると、走り出したシーブックを追いかけるセシリー。二人の背には子どもがおぶられているが、なかなか気を使って揺れないように走っている。
「ちょっと、二人とも!」
流石にほっておくわけにもいかず、二人を追いかけるレアリー。幸い、美術館までは近いので、すぐに避難すればいい。そう思って追いかけることにした。
どこからか聞こえる、キャタピラの音。だが、その正体が何なのか、見当はついていた。思い出したくはないあの光景が今にでも蘇ってくる。
「タンクなんかじゃ、相手になるわけない」
悲痛な思いが口から漏れ出す。駄目だ、絶対に勝ち目なんかアリなどしない。相手が人並みでさらに高機動かつ空を飛べるのなら尚更だ。それにあんなにでかけりゃ、ただの的だ。
「シーブック、あれ!」
セシリーの視線の先には、無人MFの1機の姿が。どうやら、気が付いたようで、タンクの死角から降下してきている。
「駄目だ、逃げろーーーー!」
叫びは空しく木霊すれば、タンクの象徴でもある砲身が綺麗に切り裂かれる姿が目に映る。そしてこの後の事は知っている。砲弾が爆ぜることを。
爆発音と共に、何かがこちらへと飛んでくる。それは先ほどまで生きていたであろう少年だった。
「っ、シーブック」
袖を掴む、セシリーの声が震えているのが分かる。俺達は10年で、死線を彷徨い、沢山の別れを経験してきた。だが、戦争に巻き込まれる前からの付き合いのある友人の死を2度も味わうことになるとは思ってもいなかった。だから……俺の目にも涙があった。
『セシリー……だって、アーサーなんだぜ。いくらここが違う世界だからって、またこんな思いはしたくなかった」
震えるセシリーを抱きしめ、ふと、タンクに目をやれば、そこから人が2人放り降ろされる。ああ、多分あれが誰なのかは想像はつく。そしてあのタンクの中に誰がいるのかも。
だが、ここは似ているだけで違う世界。知っていることが同じように起こるわけでもない。
「ぐっ、けど上手く逃げろよ……なっ!?」
無人機がいるならば、有人機だっていてもおかしくはない。そんなこと気にもしていなかった。だが、それは最大の懸念として現れ、すぐに答えを出した。
死という形で。
タンクに放たれたビームは易々とコクピットを貫き、爆散させた。生存者などいないと、遠目から見ていても分かるほどに。
それにこの感覚。多分あそこに俺達も乗っていたのは間違いないだろうな。
「シーブック……」
「何も言うなセシリー。俺達だってこうなってたかもしれない。それに、俺達は生きている。だから逃げるんだ。ここで死んでどうする!」
迷いは捨てた。死と隣合わせで生きてきた中で迷いは自分を殺すことを知っている。だから迷うわけにはいかない。すぐに逃げなければ。
その後ろに息を切らしながら走ってくる人物……レアリーの姿があった。けれど、彼女は誰かと会話しているようで、耳にはインカムのような物が。そして彼女が空を見上げると、1機のMFがデナン・ゲーを撃墜した。
「ビルギット少尉、無断出撃はあれほど駄目だと言っておいたはずですが」
ということは、あれを落としたのは、ヘビーガンで間違いない。それにビルギットさん……けど、このままじゃ、押されるのは時間の問題だ。
「レアリーさん、いや、レアリー艦長。スペースアークはどこにありますか」
何故それを知っているのかと驚きを隠せないようだが、今はこうしている場合じゃない。ヘビーガンも小型になっているなら、あの機体があるに違いない。だからすぐに行かなければ。
「詳しいことは、後で話します。それより、急がないとビルギットさんが持ちませんよ。艦長、早く!」
「ええ、後で聞かせてくださいよ。こっちです。急いで」
街の端にある小さな小屋。だが小屋にしては十分な警備。だが中に入っても特にこれといったものはないが、
「簡単に侵入されては困りますから。待っててください」
カードリーダーを通すと、床が下がって行く。5m程下がるとそこにはトラベレーターが。どうやら奥にあるらしい。その先に駆け足で急ぐと、広い空間に出た。
「ようこそ、レジスタンスに。私がスペースアーク艦長(仮)のレアリーエドペリです。そして、これがスペースアーク」
「艦長、(仮)とはどういうことですか?」
「まだ、この船が動かないからよ、シーブックさん」
どういうことか、分からず、次の言葉を発することができずに、困っていた。動かないならエンジンを何とかすればいい話ではないのか。専門ではないのでなんとも言えないがそんなところだろうか。
「シーブック、多分だけど、ここの技術体系からすると、別技術なんじゃない?」
まだ、自分たちの事を全て伝えた訳ではない。セシリーも分かっているので、こうして小声で話している。
「それより、なにかMFはないんですか?ビルギットさんが動かせるなら、魔導師じゃなくても動かす方法があるんでしょう?」
なんとかして、力になりたい。この似た世界でこれ以上の犠牲を増やしたくはない。だから藁にすがる思いで尋ねた。しかし……
「シーブックさん、少尉も多少なりとも魔力を保持しています。だからMFを使用することができています」
外で経験したばかりじゃないか。ここは似ているが違う世界ということを。知っていることが全て起きるわけじゃない、だからビルギットさんだって魔力を持っているんだ。
「ないわけじゃないんです。あるにはあるんですよ……魔力のない、魔導師でなくても、扱えるMFが」
「艦長、ならそれを使わせてください。いきなり言うのもあれですが、絶対に使いこなしてみせる」
「けれど、それにも問題が2つ。アテンザ技師長、説明お願い」
白衣と碧髪、それに眼鏡が特徴的なアテンザ技師はシーブックに御辞儀をすると、すぐに説明に入った。
「まず、これをご覧ください」
映し出されるのはハンガーの映像。そこにあるのは紛れもない愛機だった機体。
「F91……魔力の無い者でも扱えることをコンセプトに作られた機体なんですが、この機体が運用できない理由が2つあります。まず1つめは、この機体の使用者を補助するために搭載してあるバイオコンピュータを本体のMCAとリンクさせる為に配線を繋ぐんですが、映像を見てもこれがどう繋いでいいのかわからないんです。2つめ、MFは本来使用者の魔力を用いて稼働します。ただF91は外付けの魔力コンデンサーを用いて、そこから魔力を供給する形を取っています。ですが、高密度の魔力を大量に補充できる環境が無く実用に至っていません」
2つめについては、今のところ思い当たる節が俺にはない。ただ配線となると、多分あれだろうな。それに、母さんがいるんだろうな……。
「アテンザ技師長、その映像を見せてもらえませんか、何か分かるかもしれません」
それなら早速と見せてもらったが、やはり、リィズが気付いたあやとりだ。幸い、どうすればいいかは、セシリーが知っていたので、すぐに説明すると、驚いていたようだ。これで、1つめは問題ない。ただ、2つ目に関しては専門外もいいところだ。
「何か、高密度の魔力を供給する方法はないんですか?それなら魔導師の人がコンデンサーに溜めるとかはできないんですか?」
「それも考えたんだけど、魔力を混ぜるのはよくないの。それこそ、MFからしたら水と油のようなもの。それにそこまで高密度の魔力を提供できる人材もいない。だからこればっかりは。せめてロストロギア級の魔力物質があれば」
聞いたことの無い名前まで出てきたが、お手上げなのは確からしい。だが、何とかしなければ、F91は動かない。焦っても仕方ないのだが、ズボンに手を突っ込むと何かが手に当たる。それを取りだしてみると、それはトビアからもらった蒼い宝石だった。トビア達は今頃どうしているだろうか……。
「シーブックさん、それ!!ジュエルシードじゃないですか!!」
アテンザ技師長に宝石を奪われると、返してくれと言うが、聞いているようには見えない。それに周囲の雰囲気からするに、あれはどうやら凄いものであることは確からしい。
「これ、どこで手に入れたんですか!?……それにこれ、ロストナンバーの22じゃないですか!!」
「詳しくはわからないが、友人から貰ったんだ。プレゼントにな」
「その友達のかたに色々問い詰めたいですが、今はそれどころじゃないです。艦長!、船もF91もいけますよ」
その言葉を聞いて、すぐにハンガーへと駆けだした。理由はともあれ、動くならば俺のやる事は、1つしかない。
「レアリー艦長、今は船の起動を。F91をシーブックに任せてはくれませんか」
アテンザはエンジンルームにジュエルシードを組み込み、エンジンを起動させる。それを同じくして、回路から、F91のコンデンサーコンデンサーに魔力が供給された。あとはパイロットさえいればいつでも使用可能だ。
「ですが、彼の素情をしらない以上、最新鋭の機体を預けるなんて無理です」
「ご意見はもっともです。ですが、あの機体に彼の母が関わっているのは間違いありません。あの配線が何よりの証拠です。そして……彼はあの機体のベストパートナーですから」
私達が、この世界ではない世界から迷い込んできたこと。そしてこの世界によく似た世界から来た事を伝えた。そして、この状況もよく知っているのだと。
「あなた方、夫妻は一体何者なんですか?」
「ただのパン屋さんですよ、艦長。それにレアリーさんは艦長としてまだ経験が無いに等しいようですね」
「……レジスタンスのなかで、集団の統率ができるのは私だけだって、言われましたから」
パン屋さんは納得するんだと、内心クスッと思うも、すぐに切り替える。艦長はあの時を境に引退したんだけど……でもシーブックが再び戦場に向かうというならば私も支えるだけ。
「レアリー艦長。艦長とはどうあるべきか、しっかり学びなさい。貴女の決断すべてが、命を左右するのだから」
頷く姿に奢りなどは無い。彼女はそれを知っているようだった。なら話は早い。私が見せればいいのだから。
「全クルーに通達。F91発進、全MFの撃墜後、本艦はこの空域を離脱。宇宙へ向かいます。はい、レアリー艦長、復唱ね」
「はっ、はい。F91発進、全MFの撃墜後、本艦はこの空域を離脱。宇宙へ向かいます」
鍛えてあげないとね……頼んだわよ、シーブック。
「アテンザ技師長、F91で出ます」
「シーブックさん、艦長から指示は受けてますけど、いきなりは流石に無理ですよ」
確かに俺自身、やれるか分からない。けど、自分がF91に成りきる感覚でいけるはず。何度だってやってきたじゃないか、こいつと一緒に。
「俺も初めてこいつにのった時、ほとんど素人みたいなもんでした。でもこれが母が関係してた機体だって思うと、なんだか上手く使えたんですよ。だからこいつだってきっと上手くいくはずです」
話はしながらでも、着々と装着は進む。最後に、フェイスガードを取り着け、ハンガーからカタパルトへと移動が始まる。
「シーブックさん、母というのは?」
「ああ、モニカ・アノーは俺の母親です。ですが、この世界の俺は死んでしまった。だから俺がやるんです。俺の代わりに」
それ以上は何も言わなかった。ただ、無事であれと。そんな表情だ。
「シグナルオールグリーン、発進どうぞ」
カタパルトの先に光が射した。それと同時に、ぐっと膝を曲げる。行くんだ、あの大空へ俺自身が。
「F91はシーブック・アノーで行きます」
身体に来るGを噛みしめ、カタパルトから射出されると、浮遊感が身体を包む。だが、すぐに身体は空を駆ける。何度もMSで飛んだ空だ。ならその感覚をイメージすれば、機体は反応してくれる。
「思ったより違和感は無いな。それに、おれがガンダムになったみたいだ」
そんな感想を思うシーブックのバイザーに通信映像が入る。アテンザ技師長とセシリーからだ。
「シーブックさん、MFは基本的に装甲は無いに等しいです。ただ、魔力で覆ってはいるので幾分かはマシですが、被弾は極力避けてください」
「シーブック、後の3機撃墜お願い。そのあとすぐに、ヘビーガンと一緒に帰還して」
「了解だ二人とも。どうやら、ヘビーガンが押されているみたいだ。すぐに向かう」
魔力光をエンジンから噴き出しながら、ヘビーガンのもとに向かう。上手く立ちまわっているが、ビームシールドが無い分かなり部が悪い。
「まずは無人機を仕留める!」
加速するイメージを機体は誤差なく実行に移す。直ぐに、左腰のビームサーベルを抜くと、一回転しながら、切り裂いていく。黄色の魔力は機体を易々と切り裂き、すぐに残った1機へと肉薄していた。後ろでは、あれはF91!?なんて声が聞こえていたが、今は無人機を落とすことが先決。ビームライフルは的確に相手を捉えるがビームシールドに阻まれる。そこに相手からのビームが放たれるが、見えているシーブックにとっては回避することなんて造作もない。
「なら、ビームランチャーで!」
腰にマウントしていたビームランチャーを構え、1射。ビームシールドを多少なり抜けるも、機体に大きな影響は与えるには及ばない。だが、それは動きが止まるということ。
「戦場で止まるやつがあるかよ」
俺の背後から飛び出したビルギットがビームサーベルで真っ二つに切り裂き、そのまま後退していく。残るは有人機の機体のみ。
「F91聞こえるか?俺の事は聞いてるな、あとの1機は俺がやる。お前は援護しろ」
「少尉、その機体では無理があります。俺に任せて下さい」
お互いが譲ることなく、現れた有人機と開戦する。だが、このパイロットが中々優秀で、無人機とは比較できない程の動きだ。
「少尉、足は止めますが、無理なら引いてください。一撃で落とします」
「お前にできるのか?俺に任せとけ」
ビームライフルとランチャーを使って足を止めに掛かるが、街に降りられてしまい、思うように攻められなかった。街を破壊するわけにもいかず、攻めきれない状況が続き、こちらがいいように攻撃されている状況が続く。
「魔力切れを狙うのもいいが、援軍がいつくるかもわからねえなら、いくしかない」
シールドとビームサーベルで迫って行くビルギットを待っていたかのように、グレネードで建物を破壊するデナン・ゲー。破砕した家屋がビルギットを襲い、視界まで奪う。そして眼前にビームサーベルを振りかぶる機体が。
「怯えろ。怖さに打ちひしがれながら死んでいけ!」
ビルギットは死の恐怖を感じた。人はこうも簡単に死ぬのだと。自分の過ごした22年が今頭の中に蘇る。だが、それはすぐに消えることに。
マシンキャノンを放ち、牽制するシーブックの一発がビームサーベルをはじいた。それに気付きビームシールドを展開し、空中へと退避する。だがその選択は間違いだった。
「少尉、ライフルとランチャーを預かっててください」
ぽいっとそこに投げると、直ぐに空中へと飛び立ち、マシンバルカンで牽制を続ける。そして、ジェネレーターから直接エネルギーを受けて、前方の機体へと発射する。
「こいつは強力すぎるが……仕方ない」
V.S.B.R(ヴェスバー)の速度を速め、貫通力を持たせたビームを2発放つ。相手はビームシールドで防ぎに掛かるが、意味も成さずシールドは破られ、機体を爆散させた。
「人を殺めることに……慣れてはいけないことなのに。俺は慣れ過ぎているのだろうか……」
嬉しさなんてあるはずもなく、ただ、あるのは無常感のようなものだけ。ただ、早くこの戦争を終わらせよう。そう誓うのだ。
「シーブック、これより帰還します。少尉も無事です」
「シーブック、無事なのね。すぐに戻って。スペースアークはすぐに発進するから」
「了解だセシリー。少尉、まずは戻りましょう」
「あ、ああ。帰還する」
2機は帰還し、すぐに整備、補給に。そして、スペースアークは一度ミッドチルダを離れ、宇宙へと向かった。