照らされてジリジリとする太陽。たまに吹く、冷たい優しい風。海の香が鼻に残る潮風。沢山の人が夜に鳴り響く、光る花を見ていた。
どれも忘れちゃいけない記憶。それらが集まってやっと僕という存在になるのに、一つ一つがチリチリになって、消えていく。
散らばった記憶と共に僕自身は泡みたいに消えた。呆気なく一瞬で。
――――
揺れるカーテンと、網戸から吹く生暖かい風に朝だと教えられ僕は目を覚ましてから、あれが夢だった事を強く思いしらされる。
この街に似た場所で沢山の人がいて喋って笑い合っていた。祭りをやって、楽しそうに歌を歌っている人もいた。
パジャマから、外に出れる服に着替え、歯磨きをし、冷蔵庫の中にあった卵で朝食を作った。何ヶ月も自分が作っていて、自然と料理の腕前も上がっていた。
扉を開けて外に出る。熱い光が僕の皮膚を照らし焼く。真夏の太陽はどうしてこんなにも熱いんだろうか。どうしても暑さのせいで夏は好きになれない。
家から出て辺りを見渡しても住宅地が広がるだけで僕以外の人間はいない。すくなくとも何ヶ月も前から街に人がいなくなっていた。
それでも不思議とこの街は、人が手入れしていないのに植物は道路からはみ出さないし、枯れずに成長している。お店の物だって時間が経てば補充もされる。だけど、住人の姿も声も聞こえない。もし、僕と住民達がお互いに見えないだけだったら、急に物が減ったり増えたりと怪奇現象に見えるんだろうなと思うとクスリと笑ってしまった。そんなはずないのに。本当に今朝見た夢みたいに人が沢山いたらと。
そこまで考えて、僕は首を強く振る。無理やり考えを追い出す。夢で悩んでいても仕方がない。大体、この街には僕しかいないから確認のしようがない。
息を吸う。夏の暑さのせいで、もしくは僕が憂鬱なのか空気が重く上手く吸えなかった。
街を歩く。二十四時間営業のコンビニがあって、看板が古あせている駄菓子屋、錆一つない郵便局とポストもある。だけど、僕以外の人はやっぱり誰一人としていない。ゴーストタウンにしてはこの街は綺麗すぎた。
街を散歩してから、端の方にある長い階段を一段ずつ上がり神社に着き、石タイルの上を歩くを賽銭箱の前まで歩き、小銭を入れて祈る。
「どうか、人に会えますように」
人は孤独になると神に祈りたくなる。お手本のような人物が僕だった。僕だって、こんな願い事しかできないことは恥ずかしいとは思っているけど、今の僕に祈るのはこれぐらいしかない。
神社の階段を下る。階段を降りた辺りから太陽光のせいで僕の肌が痛くなってきたせいだ。早く涼しい場所に行きたい。そんなことを考えながら足早に動いた。幸い次に行く場所は近いしクーラーも良く効いていた。
目的地の図書館の前にに着くと扉を強く開けて、中に入った。クーラーが効いていて、夏の暑さで汗が出ていた僕には心地の良い冷たさだった。
図書館には、うるさい人出禁と大きな紙で貼られている。人は僕しか来ないので紙が貼ってあっても多分、意味はなしていない。
カウンターには館長のオススメというコーナーがある。日によってオススメされている本は不思議と変わっていた。
ここに来てからの初めの数日は疑問に思っていたけれど、通ううちに考えるのを止めていた。本は変わるのに人がいない事を考えると何だか怖くなってしまったから。
それでも、ここの館長には会ったことはないけれど、感謝している。自分で本を探すのは楽しいけど、毎日探すと疲れてしまうから。。僕は今日のオススメの本から一冊本を選び席に着いた。表紙をめくり本を読む。
――――
本の表紙をパタリと閉じると、図書館はオレンジ色の光が窓から差していた事に気がつく。壁掛けの時計を確認すると、もう五時を過ぎていた。読み終えた本を、閉じると本の元にあった場所に置き座っていた椅子をしまう。
クーラーの名残惜しさは少しあったが図書館の扉をゆっくり閉めて外に出る。日が暮れると決まって海に行く。図書館に行くことと海に行くのは僕の日課になっていた。
図書館から海は遠くない。数分もしなうちに磯の香が乗った風が吹いて、海辺が近いと思うと、何処か心が落ち着く。毎日海を見るときは頭の中を空にして何時間か眺める。こうしないと心の中の孤独さが大きくなっていくしまうから。軽く肩を伸ばしながらゆっくりと歩いた。急ぐ理由もないから。
砂浜に近づいてから、妙な違和感に気づいた。
「足跡?」
一直線に海の方まで続く、足跡。今日ここを訪れていない僕の足跡ではない。それに、足跡が気持ち僕よりも小さい気がする。
その足跡に向かって僕は歩く。やっぱり、僕の足跡よりも二回りは小さい。
僕の鼓動がだんだんと早くなる。人がいるかもしれない希望と恐怖が混ざり合っている。
この砂浜はそこまで広くない。数分も歩くうちに海まで着く。そこに行けば、答えはすぐに分かる。歩く速度が少し速くなる。
小さな人影が見え初め、ため息が出た。安堵感から出た、ため息は僕の不安が多く入っていたと思う。
遠くから確認してみる。海を見ている。きっと女性なのだろう。髪が腰まで伸びていた。
紺色の深い青の色が、海の前に立つ彼女の雰囲気が強く馴染んで見え、とても綺麗に見える。
何分も、もしかしたら何時間も眺めてから、ふと我に返った。実は今見えている彼女は僕の孤独の心が生んだ幻なんじゃないかと。途端に汗が全身から出て、不安が大きくなっていく。確認をしないと。
一歩前に出ると、靴と砂が擦れた音が彼女にも聞こえたのか、ビクリと肩を震わせた。近くまで近づいても彼女はこちらを振り返らない。
「えっと、君は?」
我ながら、無難な質問だと思う。何ヶ月も、下手をしたら何年も喋っていないのに、きちんと声が出たことに自分でも驚いた。
僕が声をかけてきた事が意外だったのか、慌てて僕の方に顔を向ける。
「えっと、その」
少女は迷いながら口を開く。
「ここは……ここは何所ですか? それに貴方は?」
「ここは、何所なんだろうね。僕にも分からないや。住民も僕しかいないし、この街からは辺りが海で囲まれてて出れないし。それに……」
自分で言ってて悲しくなってきた。なんでこの好きでもない街に住まなきゃいないんだろうと。
いくら好き放題で自由にできる箱庭があっても、喋り相手が一人もいない空間に何ヶ月もいないせいなのか、僕の心の何処かがシクシクと針で突かれるみたいに痛くなっていた。
「それに?」
息を強めに吸う。楽に吸えた。昼に比べて空気は涼しく、息も大分しやすくなっている。
「僕も、自分のことは分からないんだ。記憶喪失? てやつらしくて」
風が吹く。彼女の長い髪がなびかれ、顔がはっきりと見える。隠れていた透き通るような青い目を見え、話しかけた事よりもずっと驚いたように思えて僕に印象づけた。
これが、僕と彼女の初めての出会いだった。僕が一生忘れることのできない記憶。これから起こるのは一夏みたいに短く、でも、一年よりも長い、矛盾をしたような彼女との二人の生活だった。