過ぎた夏。残る幽霊   作:わんわんわ

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はかない少女は花より団子

「記憶喪失って、大丈夫なんですか?」

 

 本気で心配をしてくれているのか、顔を近づけてくる。紺色の髪が僕の鼻に触れる。潮風が余計に彼女の匂いを強調させる。

 そんなことを考えていると、顔に熱が籠もり始める。僕が赤面になったのを気づいたのこ「あっ」と言い彼女は僕から数歩離れた。

 

「うん。日常生活に支障はないし」

 

 視線を離しながらしながら話す。女性に免疫のない僕は緊張をしてしまって彼女と目と目を合わせて見ることが上手くできない。

 

「お名前も分からないんですか?」

 

 それでも彼女はこちらの目を見ようとしてくる。

 

「欠片もなくなってるよ」

 

 名前が有っても、誰か一人でも会話する相手が居ないのだからあまり意味はない。集団行動をするなら必要かもしれないが、僕に今すぐ必要なく訳ではなかったから。

 

「そう……ですか」

 

 彼女は安堵した表情をし、すぐに困惑した顔に戻った。一瞬、ほんの一瞬でじっくりと見ていないと分からないくらいに。

 そこで違和感を覚えた。彼女は感情を演じているようにも見えて、ぞっとするような悪寒が走る。呼吸をする。深呼吸を。

 急のことに驚いて動揺しているだけだ、いきなり人が一人しかいない場所に来たら、誰だって動揺すると、納得する。自分だってかなり混乱をしているんだから。

 

「ところで、君は大丈夫? 僕みたいに記憶が無くなってたりしていない?」

 

「わ、私ですか? 多分大丈夫ですよ」

 

 多分? そこに疑問に感じながらも、彼女の目に自分の目を合わせる。

 

「私の名前は青草 鈴です。年は十八、好きな食べ物はサフランライス。趣味はゲームです」

 

 勢いよく言い切ったせいか、少しむせながら、なぜか僕のことを睨んでくる。彼女の上目遣いに少しドキッとしたが、頭を強く震る。今日はもう二回目の頭を強く振ったせいで、微かに頭痛がした。

 

「好きな食べ物とか聞いていないんだけど」

 

「ほら」

 

「ほら?」

 

 彼女は何を言っているのだろう? 目をキラキラさせながら僕のことを見ている。

 

「私が自己紹介したんだから、貴方も」

 

「僕もって。話すことないよ、記憶無いし」

 

「いーから、いーから。分かってることだけでも良いから話してみてくださいよ」

 

 本当に話す事なんてないんだけど。話さないと解放してくれなさそうだ。

 

「名前はさっきも言ったけど、分からない」

 

「それから」

 

「それから、年齢も分からない」

 

 これで僕の自己紹介は終わりと彼女を見ても沈黙をしていた。仕方がなく続ける。

 

「好きな食べ物はサンドイッチ。趣味は一応読書」

 

 彼女はうんうんと頷きながら、笑顔になった。

 

「それで、これからどうする?」

 

「多分、今日は帰れないと思いますし、一晩休める所ってないですか、それに……」

 

 お腹の音が鳴った。僕のではない彼女のだ。

 

「ご、ご飯も欲しいです」

 

 風が吹く。今度は恥じらう彼女を覆い隠すみたいに優しい風が吹く。

 

「分かった。休む所もいっぱいあるし。後、ご飯は僕が作るよ。青草さんは疲れてると思うし」

 

「お料理できるんですか?」

 

 意外そうな顔をしている。最初から僕が料理ができないと思っていたように。

 数ヶ月前までは料理はできなかったが、今ではそこそこ上手いと自分では思っている。まあ、男だしできないと思われても仕方はないと思う。

 

「独りで暮らしているからね。コンビニに行けば何でも食べられるけど、コンビニばっかりだと飽きちゃうから」

 

 海を見ると、海は沈みかけの夕日を反射して青色からオレンジ色に変わっている。正確な時刻は分からないが、きっと一般的な夕食の時間になっているのだろう。お腹が減るのは仕方がない、それに、僕もお腹は減っている。

 

「スーパーに寄っていくつもりだけど、他に寄りたい店とかある? その、服の着替えとかもスーパーに行けば」

 

「なら、紙とペンが欲しくて」

 

「じゃあ、雑貨屋にも行こうか」

 

 道路側に向かって歩き始める。二種類の足跡がそれぞれ一方通行だった砂浜は、僕が足を踏み出して和がぐちゃぐちゃに交わっていた。この跡がなかったら彼女を見つけることはできなかった。そう考えると、何となく罪悪感が生ままれる。

 後ろにいたはずの彼女は一人でずかずかと歩いていき、姿が見えなくなってしまった。

 慌てて走ると、彼女はいた。確かに後ろ姿しか見えないが確かに目の前に。

 

「どーしたんですか? 置いていきますよ」

 

 彼女が立ち止まって僕を呼ぶ。僕は短く謝ると、彼女は「いーえ」と短く笑顔で言った。

 

 

 

「本当に誰もいないんですね、この街」

 

 海辺からしばらく歩くと彼女はそう言った。街にかもしれないし、僕に言っているのかもしれない。

 

「よく生きてこれましたね」

 

 どうやら、僕に言っていたらしい。

 随分と前に歩いていた彼女が僕の方に振り向く。悲しそうな表情をしている。感化されたのか僕も悲しくなった。

 

「……自分でもそう思うよ」

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