まずは導入なので短めに。設定とかを分かっていただければ幸いです。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ザザーンと崖に伝わる波の衝撃。僕の目の前は正に断崖絶壁であった。
危険区域と書かれた看板に目もくれず、ただ崖に立ち尽くす自分。あたりから吹く風は僕の身体を冷たく刺し、思い出したくない情景を彷彿とさせる状況だった。
僕は思わず顔が引き攣る。
過去に見たこの景色。忘れたくても忘れられない出来事。
僕は一つ歩みを進めた。
後一歩進めば、足場はない。
‥‥後一歩、後一歩進めば、僕は"あれ"を忘れられるのだろうか。
一歩進めば楽になれる現状。その筈なのに、僕は進めなかった。
何故進めないのか。自分は楽になりたい、そう思っているのに、僕の足は震えたまま。
その理由は明らかだった。
僕には後悔と未練があるから——。
「っ‥‥‥‥」
頬を伝う一筋の何か。それに触れると指は濡れていた。
「どうしてっ‥‥僕はっ‥‥」
心を埋め尽くす後悔の念。理解したくなかった現状を改めて実感してしまった。
大切な"もの"が一瞬で消える哀しさ。孤独でいることの虚しさ。
思い出したくなかった記憶が鮮明に蘇り、視界は潤んでいた。
もう耐えられない。早く楽になりたい。何度も思った感情が募りに募る。
「‥‥行こう」
そう呟いた瞬間、僕の身体は宙に浮いた様な感覚に襲われた。
視界の前には広大で、大きな碧い海。
気の所為か、その海の中に一人の女性の影が見えた。
僕は、その影を見て微笑んだ。
『姉さん、今、行くね』
瞬間、僕の視界は一色に包まれた——。
○
世界の海は、かつてない悲劇に襲われていた。
その悲劇の正体、突如海に現れ制海権を奪った【深海棲艦】。
瞬く間に海は侵食され、安全な海域は0に等しくなった。
そこに、人類の希望の光として現れた艦が居た。
かつての大戦で戦った艦の魂を宿し、艤装を見に纏い、深海棲艦と戦う【艦娘】。
艦娘の出現により、人類は一時的に制海権を奪取した。
だが、それも束の間の休息。深海棲艦はまた力を強め、何処からとなく現れる。
そして、取り返した海もいつしか自国の周辺程度に。
だが、それでも人類は諦めなかった。
艦娘とそれを指揮する提督。この二人がいる限り、人類の希望は消えなかったのである。
これから、再度人類の新たな反撃が行われるのであった——。
○
"不沈空母"
この言葉が軍人にとってどれほど魅力的に映るだろうか。
華々しい活躍と、この戦局をひっくり返してくれるのではないかという数々の期待。
その多くの期待を寄せられ、当時世界最大と謳われた幻の航空母艦、"信濃"。
だが、その期待通りの活躍を見せる事はなかった。
艦命僅か十日。戦わずして、信濃はその身を深海に沈めたのだ。
悔しかった———。
期待に応えられなかった不甲斐なさ。それは、鎖の様に自分を締め付ける。
早くこの呪縛から逃れたい。未完成とはもう言われたくない。
姉の様に、誇りとして居たい。
そして、そのチャンスは唐突に訪れる。
これは——二度目の生を受けた、幻の空母の物語。
○
「ここは‥‥‥」
暗く、深い海の底の様な場所。不気味で奇怪な筈なのに、何処か安堵感を感じた。
僕は自分の身体を一度確認する。四肢はしっかりとあり、服装はいつも通りの見慣れた私服。特に身体へ影響は無いようだ。
そして、僕はここまでの経緯を辿る為、一度思考を巡らせた。
一人の男性として暮らしていた僕。信川奈緒。
はっきりと自分の名前は覚えている。
だが、その他の記憶はぼんやりと靄がかかり、思い出すことが出来なかった。
故に、最も重要であるここまでの経緯も思い出すことが出来ない。
何度も思考を巡らせるが、その答えは全く出てこなかった。
その時——激しい頭痛が走る。
「っ‥‥‥」
頭痛と共に、ぼんやりと頭の中に現れた一つの情景。
三隻の船に護衛され、海を颯爽と駆け抜ける空母の姿が映る。
身に覚えのない記憶な筈なのに、何処か既視感を感じた。
そして、立て続けに一つの光が目の前に現れる。
脳の整理が追いついていない所に現れたその光は、何処か儚げで、煌びやかな物だった。
『今度こそ、必ず‥‥‥』
突如、耳を通る一つの声。
その声音は、後悔の念が感じ取れる悲しさを含んだ物に聞こえる。
「だ、誰‥‥?」
声の主を探し求め、僕は辺りを見回す。
だが、人の姿は見えない。
『もう、沈まないっ‥‥』
更に激しさを増す声音。
そして、漸くその主を僕は突き止めた。
「もしかして‥‥この光が‥‥?」
未だ目の前を爛々と照らし続ける光。この光が、今までの言葉を発していたのだ。
改めて、僕はその光を見つめる。
『君は、後悔した‥‥?』
先程とは一転、強い情性を感じさせる光は僕に問いかけた。
後悔。それは何に対してだろう。
あの時、こうすれば良かったという一部分の後悔か。それとも、全てを含めた人生の後悔か。
だが、敢えて二つ両方に答えるとするならば‥‥。
「僕は‥‥後悔してる」
『‥‥‥同じ』
「同じ?」
僕の答えに対して帰って来た言葉は、何処か嬉しそうな声色だった。
最後の言葉の意味が理解出来ずに考えていると、突如、光が僕の身体の中へと溶け込む様に入り込んだ。
「え‥‥‥‥」
『私と君は同じ。もう、後悔はしたくない。だから、頑張って欲しい』
続け様に発した言葉の意味も分からず、僕の頭の中はパニック状態だった。
そして———光が完全に僕の体内へと入った瞬間、僕の身体が眩い光に包まれた。
その光と同時に、腕や足、身体の至る所に鉄製の何かが付けられる。
更には服装の変化。突然の変化に思わず声を上げてしまう。
「な、何これっ‥‥!?」
僕が驚いていると、変化が終わったのか、すぐさま光は消えて無くなった。
改めて、僕は自分の身体を視認する。
見慣れた私服は無く、そこには綺麗に着付けされた和服。
羽織は無いが、紺色の長着に膝の高さまで短くされた緑の袴。
そして、一際異彩を放つ腕にある木の板。線が多様に描かれ、上の方には片仮名で『シ』と書かれている。
同様に、その木の板を縮小させた物が腰の前に付いていた。
他にも鉄器が身体の至る所に付いている。
『忘れないで‥‥あの悔しさを』
目の前から消えた筈の光の声が聞こえた。
姿は見えず、声だけが耳へと通る。
「く、悔しさ? 一体何の‥‥?」
『君の頭の中にあるよ‥‥』
先程から意味の分からない言葉ばかりだが、光が言う通り、僕は頭の中の記憶を辿る。
すると、あの異様な既視感を感じた一つの情景がまた頭に浮かんだ。
その情景に対して感じた筈の既視感は、今では心を締め付けるような物へと変化する。
「っ‥‥‥‥‥」
惹きつけられ、どんどん思い入れの深いものへと変わる記憶。遂には、強い悔恨を感じる程に。
『分かったかな。‥‥きっと、君は過去の悔しさ払いたい』
その言葉は実に的を射たものだった。積りに積もる悔しさ。憎悪に変わってしまうのではないかと思うくらい強い感慨。
抑えを欠かせなければ、いつか壊れてしまいそうだ。
「い、一体‥‥誰、何ですか‥‥」
目まぐるしく交差する激しい感情を抑えながら、何とか言葉を発する。
この感情の持ち主の名を問いかけ、僕は次の言葉を待った。
『私は‥‥いや、君は‥‥航空母艦、信濃』
「ぇ‥‥‥‥」
突如、暗く不気味な空間を差す一筋の光。
その変化にも気を留めず、続け様に光は言葉を発する。
『きっと、君は過去を乗り越えられる。そう、信じているから』
「ま、待っ————」
瞬間、僕の言葉は届かず、純白の光が視界を覆った。あまりの眩さに、思わず僕は目を瞑る。
視界が閉ざされた中、僕は一度現状を整理しようと考えたが、それは叶う事なく、僕の意識は落ちてしまうのだった——。
○
「提督!時間になりましたよ!」
「ああ。それじゃあ迎えようか」
煙の中に出現する一つの人影。
その煙の中から現れた男性の容姿を纏う船は、相対する一人の男性と女性にこう告げた。
「航空母艦、信濃です。よろしくお願いします。‥‥もう、絶対に後悔しませんから‥‥」
こんな感じで行きまっす。