果たせなかった悔恨を   作:@naru

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今回は提督と信濃のガールズトークならぬボーイズトーク。



9.ボーイズトーク‥‥ですか?

 

「‥‥‥‥ん、そこのファイル取って貰えるか」

 

「はい。‥‥‥えーっと、これですか?」

 

「ああ、それだ。ありがとう」

 

 

 そう言ってファイルを受け取り、机上の書類にペンを走らせる提督。

 僕は任務の一覧表を確認しながら次の仕事の準備を進める。

 カーテンからは暖かい日差しが当たり、静かなこの空間は正に絶好の日和。何より執務を行いやすい環境だった。

 

 

「ん〜‥‥‥‥‥」

 

 

 声をくぐもらせながら書類と睨めっこする提督の目の前には、多くの資料が束ねられていた。

 その訳には、提督は昨日大本営に出張だったらしく、帰って来たのは夜中。その為書類作業を行う暇がなかったそうだ。

 

 一応簡単な雑務は終わらせて貰ったらしいが、それでも山の量に積まれた紙を見ると僕も思わず気が滅入りそうになる。

 そんな時に秘書艦としてたまたま当たったのが僕だった。

 

 着任して僅か4日。まだまだ新米だが手伝える事が有れば出来るだけ手伝いたい。

 一昨日は初演習、今日は初の秘書艦業務。初めて尽くしの日々は大変な事が多い。

 でも、それ以上に提督は大変な事を行っているのだ。

 

 ろくに睡眠時間も取らず、今こうして黙々と書類に勤しむ。

 秘書艦に当たったからこそ、提督の支えになりたい。手助けをしたい。

 

 そんな思いを心の中で考えながら、僕は椅子に座り、束ねられた書類の山から一つ取って、ペンを進めようとするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ〜‥‥‥っ」

 

「お疲れ様です。あの量を捌きましたし、相当疲れましたよね」

 

「ああ‥‥こうも書類が多いとどうもな」

 

 あれから軽い昼食を挟み、現在一七○○(ヒトナナマルマル)。漸く全ての執務が終了した。

 あれほどの量を熟した疲れからか、提督は欠伸をしながら伸びをする。

 

 

「珈琲です。どうぞ」

 

「お、ありがたいな」

 

 

 そうして、提督は珈琲の入ったマグカップを一気に傾けた。

 

 

「ゴ、ゴホッゴホッ‥‥に、苦いな‥‥」

 

「す、すいません! お、お砂糖が必要とは‥‥」

 

「ああ、大丈夫だ。伝えていない俺が悪かったからな。気にしないでくれ。それと、砂糖とミルクを頼む」

 

「は、はい、直ぐに持ってきます」

 

 

 僕は戸棚の上に乗っていた砂糖とミルクが入った器を提督の机に置く。

 提督はそこから砂糖二本、ミルクを三杯入れた。

 意外と提督は苦いのは苦手で甘党なのかもしれない。

 

 

「うん、丁度いいな‥‥‥。さて、夕食にはまだ時間が有るし、少し雑談でもしないか?」

 

「雑談ですか? 僕は別に構いませんが‥‥」

 

「良し、そうと決まればそこに座ってくれ。ああ、珈琲注いで貰っても良いぞ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 

 そうして、僕はマグカップに珈琲を注ぎ、砂糖とミルクを多めに入れる。

 そのカップを持ちながら、僕は提督と向き合う形になって座った。

 

 

「それじゃあ折角だ、この鎮守府での事を聞こうか」

 

「構いませんよ。一体どんな事を聞きたいですか?」

 

「そうだな‥‥‥まず、皆とは仲良くなれたか?」

 

「はい、皆さん優しいですし、直ぐに打ち解けられそうです。まあ、まだ若干お話する機会が少ない方々も居ますが、特に問題はないですね」

 

「そうか、それは良かった。‥‥因みに好きな奴は出来たか?」

 

 

 その言葉に僕は思わずむせてしまう。唐突に聞かれた物の内容が内容だったからに、驚きを隠せなかった。

 対して、提督は見せた事の無いニヤニヤした表情でこちらを見る。

 

 

「い、いきなり何を言うんですか?」

 

「いやぁな、信濃は容姿が整っているし、一つや二つ浮ついた話があるんじゃないかと思っただけだが」

 

「僕からしたら十分提督も格好良いと思うんですけどね‥‥」

 

 

 艶のある黒髪に青色の瞳。きっちりとした軍服を見に纏い、清潔感と爽やかさのあるその容体は正にイケメン。

 軍人としての凛々しい佇まいは僕の目には格好良く映った。

 僕が女だったら普通に惚れていても可笑しくないぐらい提督は格好良い。

 

 

「ははっ、別にお世辞は良いんだぞ? ‥‥まあ、実際の所はどうなんだ?」

 

「えっと‥‥特にそう言った人は‥‥居ませんですね」

 

「そうか。これまた意外だな」

 

「まだ着任したてですし、いきなりそう言う話が上がるのもそうそうないと思いますが‥‥」

 

「こういうのが男の会話ってもんだろう? 久し振りにこういう話をしたが、男として聞きたくなるのも無理ないと思うけどな」

 

 そう言い、提督は珈琲を口に運ぶ。

  

 まあ、確かに女性と言ったらこういう話をしたくなる(さが)なのかもしれない。

 

 貞操が変わっているこの世界なら男性同士で話すのも少し納得できる。こうして男性同士で話すのは違和感極まりないが‥‥。

 

 

「‥‥ああ、そう言えばそうか。信濃はこういう話をあまりしてこなかったんだよな」

 

 

 僕がここでの普通と違う貞操観念を持っている事を提督はここで思い出した様だ。

 

 

「はい。恋愛についてこうやって話すのは女性同士のイメージが強くて」

 

 

 別に男性同士でこう言った恋バナを語る人も居るだろう。

 だが、やはりそのイメージは女性の方が強い。

 

 

「ん〜‥‥何だか本当に考えが真逆なんだな」

 

「ええ。ですが、僕は此処で生活していきますし、此方の考え方に合わせていくつもりです」

 

「うんうん、そう考えてくれているだけで嬉しいよ。折角だ、少し此処の事について教えよう」

 

 

 それはとてもありがたい提案だった。

 正直、未だに此処の世界がどういう世界なのか良く分かっていない。

 

 分かっている事と言えば元居た世界とは全然違う事ぐらいだ。

 

 

「先ず、概念から触れていこうか。まあ、簡単に言えば信濃の考え方と思いっきり真逆だな」

 

「はい‥‥そこは自分でも薄々気づきました」

 

「そうか、じゃあそこは良しとしよう。‥‥そうだな、こう自分で説明するってのも意外と難しいもんだな‥‥。何か信濃から聞きたい事は無いか?」

 

「そうですね‥‥‥えっと、力の強さとかはどちらが上なのでしょうか?」

 

 

「そうだな‥‥一般的には男よりも女の方が強いぞ」  

 

「っ‥‥そ、そうですか‥‥‥」

 

 この提督の答えは僕としても想定外だった。

 貞操観念だけが変わっていると思っていたのだが、根本的な男女の特徴も反対になっている事になる。

 そこで、僕はもう一つ質問を落とした。

 

 

「で、では、家の中での家事とかは‥‥」

 

「それは基本的には男だな。女は仕事に出て、男は家事。中には共働きも居るが、最初に言った通り基本的には男だ」

 

 

 ここで僕は確信してしまった。

 この世界は貞操観念だけじゃない。男女の立ち位置、特徴、根本的な考えが全て真逆になっている。

 

 僕は思わず溜息を吐きたくなってしまった。

 一体この世界は何なんだ。自分自身もどうしてこうなったのか未だに理解出来ないが、こんな境遇を作った神様を恨みたい。

 

 そんな届かない恨みを嘆いていると、提督は納得した様に苦笑いを浮かべた。

 

 

「はは、その様子だと、今言った事も信濃にとっては真逆だったんだな」

 

 

 図星を突かれ、僕は「はい‥‥」と暗い口調で言葉を返す他無かった。

 

 

「大変だな、こうも考え方が違うと‥‥。でも、そんなに気を落とさないでくれ。俺も出来る限りサポートはする。それに、信濃なら直ぐに慣れていけると思う。今はまだ時間が足りなくても、いずれ不安もなく普通に生活できる様になるさ」

 

 

「そ、そうですね‥‥。あ、ありがとうございます‥‥」

 

 

 こうやって提督から励ましを受けるのは何度目だろうか。

 だが、やはり提督の言葉は僕を元気付けてくれる。

 こうも励まされると、少し気恥ずかしさを覚えるが、感謝は絶えない。

 もし、この提督に会えていなかったら僕は今どうなっていたのだろう。

 

 それを想像したら思わずゾッとしてしまう。

 自分が心の中の悔恨を爆発させずに居られるのも、提督と皆の優しさがあったおかげ。

 

 この鎮守府に、この提督に出会えた事が唯一の幸運。あまりの居心地の良さから、僕はそう思わずにはいられなかった。

 

 

「そう言えば、一つ聞きたいんだが、信濃にとって男は格好良いと可愛いのどちらを目指している考えになっているんだ?」

 

「っ‥‥‥え、えっと〜‥‥そ、そうですね」

 

 

 ここで、僕は一つ考えたく無い結果を予想してしまった。

 此処は男女の考えが全く違う物となっている世界。

 もしかしたら、男性と女性の目指す先も反対になっている‥‥?

 

 そんな考えが頭をよぎり、急に心臓の鼓動が早くなる。

 何故か緊迫した場面の様な状況に陥るが、僕は何とか自分の"普通"を言葉にした。

 

 

「僕は、男性が格好良いを目指す物だと思っています‥‥」

 

「そうか、良かったよ。そこは一緒みたいだな」

 

 

 その言葉に僕はホッと息を吐く。どうやらスカートなどの女物を着る事は無くなり、可愛いを目指す事も無くなったようだ。

 本当に冷や汗かく一瞬に、未だに心臓の鼓動が鳴り止まない。

 

 そんな僕を知るはずもなく、提督は次の話題に話を移す。

 

 

「‥‥思ったが、信濃にとって此処は不便な場所が多いな‥‥。まだ出撃はしてないが入渠も彼奴らと一緒なのは不味いし、入浴だって今は俺の部屋についているシャワーを使ってもらってるが、それも手間だろうしな‥‥」

 

 

「入浴に関しては別に僕は今のままで構いませんが、確かに入渠時に皆と一緒なのは‥‥」

 

「そ、そうだな‥‥。改善はしないといけないしな‥‥‥」

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥?」

 

 

「‥‥ま、まあ、これから考えていく事にするよ」

 

 

「はい、分かりました」

 

 

 気の所為だろうか、一瞬提督の表情が暗く見えた。

 何処か悲しげで、何かを迷っているという感情が浮かぶ様な、そんな表情。

 

 

 たが、この時の僕は特に気にする事は無かった。

 

 

 これから起こる予想だにしない出来事に、僕は気づかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 そうして、また僕は"後悔を募らせる"。

 

 

 

 

 

 

 

 何故、気づいてあげられなかったのだと———。

 

 

 





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