シリアスって気分が乗らないと書くの難しいんですよね。
それと、今日はもう1話分公開しますのでよろしくお願いします。
キャラ紹介
○提督(
・今作品の提督。
・横須賀鎮守府に所属し、階級は少将。
・女所帯である軍に自ら志望。
・艦娘の事をしっかり考え、自分より他人を優先する。
・心には自分の考えを秘めているも、それをなかなか口に出せない性格。
・好きな物は甘味
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視界に映る大きな栗色の両扉。この前に立つとどうしても緊張が走ってしまう。
幾度も入室した事が有ろうと、海軍の代表、元帥の前に顔を出すとなると心臓の鼓動が煩いほどに鳴り響く。
俺は一度息を整え、扉を軽く叩いた。
「横須賀鎮守府提督、雅です」
『入れ』
自分の言葉に投げ返す様な淡々とした返事を貰い、俺はドアノブを引く。
扉を開けた先には、テーブルに肘を置きながらその上に顔を乗せ、此方に鋭い眼差しで視線を向ける女性が居た。
「御命令通り参りました。風見元帥」
「ああ、良く来てくれた。‥‥っと、そちらが例の信濃だね?」
「は、はい。大和型三番艦、信濃です」
元帥の圧力を感じたのか、信濃の声音は少し震え、敬礼を行うその仕草は何処かぎこちなかった。
流石は海軍元帥。その貫禄と圧は一般人とは違う。
齢はまだ30歳前半と若く、長い黒髪を靡かせる姿は20歳ぐらいに錯覚させる程で、まったく衰えを感じさせない。
「ふむ‥‥‥まあ、立ちっぱなしも良くない。席に着きたまえ」
「ありがとうございます」
そうして俺と信濃はソファに腰を下ろし、元帥と対面形式になる様にして座った。
「こんな風に綺麗な男性二人を目の前にすると痛快だな。貴族にでもなった気分だ」
「‥‥ご冗談を。信濃はともかく、私はそんな綺麗とは程遠いので」
「あ、え、え、えっと‥‥‥‥」
「ふふ、雅提督が自分を卑下するもんだから信濃が困っているじゃないか」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
元帥の言う通り、信濃はしどろもどろになりながら言葉を詰まらせている。
その原因を作ったのは元帥な訳なのだが、当の本人は面白そうに微笑みを浮かべていた。
—————違う。
俺はこんな話をしに来たのではないのだ。
「元帥、遊ぶのもこれくらいにして下さい。手っ取り早く本題を」
「まあまあ、そう急かさないでくれたまえ。信濃とは初対面なんだ。緊張を和らげるのも一興だろう? ‥‥‥‥‥だが、そうだな。そろそろ本題に入るとしよう」
「っ‥‥‥」
その瞬間、元帥の表情は打って変わって睨みつける様な強い形相に変わる。
俺はその変化に思わず身震いし、息を呑んだ。
「今日君達を呼んだ理由。聞いては居るだろうが、信濃、君の配属先についてだ」
「‥‥‥はい、心得ています」
信濃はそう言葉を落すが、やはり納得できないのだろう。声音に落ち込み様を表し、俯きながらも歯を噛み締めていた。
「此方としては、君の実態を公にしたくない。艦娘の事は只でさえ直ぐに広まりやすい。それに、男の姿をした艦娘ともなれば、
大本営直属。その名の通り大本営に直接属し、主に事務的な仕事。視察などを行う為、出撃はあまり行わない。
その為、危険は少なくなる。信濃を安全な場所に置いておきたいという思惑だろう。
その考えに俺も賛成だった。他の鎮守府に所属ではなく、大本営直属。危険はないし、信濃は安全な場所で生活が出来る。
それに、大本営なら毎日とは言えないが俺も会いに行く事が出来る。
そんな待遇を元帥が用意してくれた事に、俺は思わず安堵の息を吐いた。
だが、信濃の思惑は悲痛にも俺達とは全く違う物である事を知らされるのであった。
「それは‥‥どういう事でしょうか‥‥‥」
目を丸くし、何かに驚いた様子を顕にする信濃。
その表情からは、不満、そう言った感情とは少し違うものを感じさせる。
震えながら言葉を発するその表情は青ざめていた。
「一体何に対してのことだ? この処遇に対しての事か?」
「当たり前じゃないですか‥‥‥。僕は‥‥大本営直属の艦娘になる事を拒否しますっ!」
その言葉に、俺達は驚きを隠せなかった。
安全に生活する事が出来るその場所を自ら断ち切る信濃に対して。
「‥‥それは本気で言っているのか? 少なくとも大本営に居れば危険はない。君はその安全を自ら切ろうとしているのだぞ?」
「僕はいつ‥‥‥安全な場所が欲しいと言いましたか‥‥?」
「っ‥‥‥」
瞬間、先ほどとは打って変わって、信濃の眼差しは元帥と対峙する様に鋭いものへと変わる。
普段穏やかで温厚な信濃がこんな表情をする事に、俺は驚きを隠せなかった。
「僕は危険のない生活に固執なんかしてないし、願ってもいない。男してこの世界に生まれただろうが、僕は
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
信濃は涙で目を腫らし、声音は一層激しさを増して自分の意思を主張していた。
俺達はその言葉をただただ無言で聞くしかない。
「この際言いますが、僕は前線以外の鎮守府には着任する気は毛頭も有りません!
やめてくれ。
その思いが俺の頭によぎった瞬間。
「そうか」
今まで無言を貫いてきた元帥が、信濃のその一言を言わせまいと言葉を割って中に入った。
重々しい圧を纏い、強い声音で発していた信濃も元帥は黙り込ませる。
その威圧感を肌で感じ、身震いが治まらない。
「君の言い分は良く分かったよ。確かに男性だからと言って私は過保護過ぎたようだ。正直、男にこんな酷なことを言いたくはないのだが‥‥‥」
そうさ、信濃。
俺や、君が何と言おうと、
何故なら、この世界は『階級社会』なのだから。
「君は、私の命令には逆らえない。君は、私の言う事に従うしかないのだよ」
俺達は、命令を実行する物にしか過ぎないのだ。
○
『私は‥‥その案に賛同致し兼ねます‥‥』
『‥‥ほう、それはどうしてだい?』
俺の言葉に対して、興味深そうな声音で問いかけて来る元帥。
その言葉に苛立ちを覚えながら、俺は握り拳を作り、言葉を発した。
『‥‥理由と致しましては、二つ程。先ず信濃が男という点。この軍では殆どが女性ですので、恐らく信濃は肩身の狭い場所になると思います。ですので、私の鎮守府に居た方が信濃も過ごしやすいでしょう』
『ふむ。して、もう一つは?』
『‥‥これが一番の理由になりますが、信濃の意見を尊重するべきだと思います』
『それは、信濃が君の鎮守府に着任する事を望んでいると?』
‥‥‥分からない。
俺は信濃自身がどう思っているかは理解していない。
だが、助けたいと思った。あの表情を見た時、心が締め付けられる様な痛みを実感した。
そんな信濃に苦しい思いはさせたくない。辛い思いはさせたくない。
その思いが、俺の心には募っていた。
『‥‥‥私自身、本人の気持ちは分かりません。ですが、私達の意見を押し付けるよりも、信濃自身の主張を受け入れるべきだと思います。信濃に辛い思いをさせるのは、到底良い行いとは言えません』
『なるほどな‥‥‥。だが、やはり此方としては大本営の管理下として置くのが一番だ。悪いが、君の考えには賛成出来ない』
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥』
『君がこうして意見を述べるのも珍しい物だな。いつもは何も言わずに退出するものだが。‥‥‥それほど信濃を気にかけているのかね』
そうだ。
俺は信濃を気にかけている。心配しているんだ。
しかし、その思いは届かない。
その理由—————とっくに分かっていた。
俺も、信濃も"共通"している物があるんだから。
『‥‥‥私の意見具申など貴方の耳には響きかないのでしょう』
『何‥‥‥?』
いきなり告げられた言葉に元帥は疑問を隠せないのだろう。
今まで作り上げられていた威圧的な表情に驚きが混じっていた。
『分かっています。私に意見を求めても、その意見は必ず通らない。女で纏められているこの場所では、私は言わば異物。この身で少将の位を得ている為、陰口や揶揄いは多々耳にします』
『‥‥‥知っていたのだね』
『‥‥‥はい。別に私はそれについてとやかく言うつもりはありません。言ったところでどうにもならない事は分かっています』
『‥‥‥君は一体何が言いたいのだ』
俺が言いたい事。
その一言を告げるだけでもとてつもない緊張が募る。
仮にも相手は海軍元帥。自分との位の差は歴然だ。
この二人しかいない空間に重々しく張り詰めた空気が辺り一帯を覆う。
俺は一度息を呑み、言葉を告げる為に息を吐いた。
そして、告げる。
『私は‥‥性別によって対応を変えるこの場所に、異議を申し上げます』
『‥‥はっ‥‥はははっ。何を言うと思えば、くだらない言動だ。そんな事をしても何の意味もなさない』
『‥‥例え、異議が通らなくとも、この言葉が貴方に届けられた時点で意味はあります』
俺の言葉に呆れた様に元帥は大きく溜息を吐き、ソファから立ち上がった。
『‥‥‥本当にくだらない。君は分かっていないのだ』
バンッ、と俺の右腕が元帥の手によって壁に押しつけられる。
その力は計り知れず、腕を締め付ける痛みが俺を襲った。
『ぐっ‥‥‥‥』
『この力の差があって尚君はまだ楯突くのかい? 男女の力の差は歴然だと言う事は君も理解している事だろう。世界は半ば女尊男卑の様な物。平等を訴えようが、力の差は歴然なんだ。それは、軍と言う物になれば尚更。君はさっき自分で言っていたな、君の意見はどうやっても通らないと。そう分かっているのなら、この時間には何の意味があると言うんだ?』
『っ‥‥! くっ‥‥‥』
腕を振り解こうにも、押さえつけられる力に勝てない。
元帥の言う通り、男女の力の差は歴然。それを否応にも理解させられる。
『‥‥‥この際だ、君に正直に言おう』
『一体っ‥‥何をっ言うんですかっ‥‥』
『私は、信濃の意見を尊重しない。そして、信濃は私に従事してもらう』
その言葉を発した直後、俺の腕を締め付ける力は強くなった。
○
「‥‥‥‥‥これが3日前の出来事だ」
「そう‥‥‥ですか」
太陽が穏やかな波を照らす波打ち際。
俺と信濃は元帥の急用により少しの間時間を潰す事になった為、浜辺に腰を下ろしていた。
そこで、俺は3日前の元帥との対話を全て信濃に伝えたのだ。
「軽蔑したか? 今までこの事を黙っていて」
「いえ‥‥僕は‥‥」
「はは、別に気を使わなくて良いんだぞ。俺自身、信濃に恨まれて当然の事をしたと分かっているからな‥‥」
「‥‥‥ごめんさい、提督」
突如、信濃は顔を俯かせながら俺に謝罪を告げた。
俺は思わず素っ頓狂な声をあげながら首を傾げてしまう。
「い、いきなりどうしたんだ? 信濃が謝る事なんて一つも‥‥」
「‥‥僕が執務室で提督から着任の事を言われた時、あんな風に怒って提督の気持ちも考えずにいたから‥‥‥。僕があの時気づいてあげれば‥‥‥っ」
「‥‥‥‥‥信濃」
信濃の瞳からは大粒の涙が溢れていた。
信濃は何も悪くない。それなのに自分を卑下し、責任を感じている。
その余りの優しさに、俺は自分の小ささを実感した。
同時に、信濃の優しさが自分の心に響き、暖かい心地良さを感じる。
俺は信濃の頭をそっと撫でた。
「大丈夫だ、信濃は何も悪くない。悪いのは理不尽なこの世界だ。お前は何も責任を感じる事はないし、気負う必要もないからな」
信濃は少し驚いたそぶりを見せるも、ぽつぽつと覇気のない声で言葉を溢す。
「でも‥‥‥僕の所為で、元帥は提督の事をきっと良く思わないでしょうし‥‥‥。この階級が物を言う場所なら、提督の地位だって危ぶまれる事も‥‥」
「そんな物痛くも痒くもないさ。例え階級が落とされようと、謹慎処分が下ろうと俺はまた這い上がってここに辿り着くよ。こんな物提督になるまでの道のりと比べたら屁でもないさ」
「っ‥‥‥‥‥‥‥」
「それに、謝るのは俺の方だ。信濃の意見を尊重もせず、強制的に縛り付けた事を本当に申し訳なく思っている‥‥」
本来、謝る方は俺達の方。
先程から信濃は全面的に怒りをぶつけては来ない。
少しでも自分の罪を自覚したいが為に、信濃に咎めて欲しいという気持ちが無い訳ではないのだ。
「‥‥‥いえ、提督は悪くありませんから」
それでも、信濃は俺に怒鳴り散らかしたり、咎めたりする事はなかった。
一体信濃は何を望んで、何を考えているのか。
そんな疑問が俺の頭に浮かんでしまうくらい、信濃という艦は出来た人物だ。
しかし、その中にも拭い切れない葛藤がある筈。
俺は知りたかった。
信濃自身が、この先何を望んでいるのかを。
それを聞けば、俺の決意も固まるのだ。
「なあ、信濃。‥‥‥お前はこの先、どうしたい。何を望む。‥‥‥もし、信濃自身が心からそれを願うなら、俺は、その考えを必ず尊重し、叶えることを誓おう」
「っ‥‥‥‥ぼ、僕は‥‥‥」
そして、俺は新たな決意を心に留めた。
この先、どんな事があろうと、信濃を‥‥‥。
「僕はっ‥‥‥貴方の元で‥‥‥戦いたいですっ‥‥‥‥!」
必ず導いて見せると。