『あー‥‥皆集まったようだな。それじゃあ、今日召集した理由についてだが———』
食堂に用意された簡易的なステージの上で事の説明を続ける提督。
どうやら、これから歓迎会が始まるらしい。
主役は言わずもがな僕になる訳だが、艦娘の多さもあいまって、僕は緊張を隠せずにいた。
ステージの裏から確認して、ざっと70人近くは居るだろうか。
十分多く見えるが、これよりも在籍している艦娘が多い鎮守府も数える程だがあるらしい。
「さて、そろそろ主役に来てもらおうか」
いよいよ僕が出てくるところに来たのか、提督の視線がこちらへ向けられる。
僕は一度深呼吸を落とし、心を落ち着かせた状態でステージの方へと歩みを進めた。
「‥‥えっ!? お、男!?」
「う、嘘でしょ!?」
「あの格好‥‥空母の方ですかね?」
「本当!? それじゃあ新しい後輩かなー?」
出てくる言葉は様々だが、皆一様に驚いた表情を見せる。
真ん中の方には姉さん達が、右手前には加賀さんが居たりと、皆あちらこちらに散らばっているようだ。
「少し落ち着いてくれ。皆驚いていると思うが、俺自身も良く分かっていない事が多くてな‥‥。取り敢えず、自己紹介を頼むよ」
「はい。え、えっと‥‥」
マイクスタンドのある位置まで歩を進め、僕は顔を上げる。
皆の視線が一点に集中し、とてつもない緊張が募るが、僕は何とか言葉を発した。
「今日からここに着任する信濃です。姉さん二人と同じ大和型ですが‥‥艦種は航空母艦です。皆さんが一番気になっている事だと思いますが、僕はこの見た目の通り男ですので‥‥。えー‥‥こ、これからよろしくお願いします」
可も無く不可も無く、と言ったところか、僕は何も変哲の無い挨拶を告げて一歩下がる。
ヒソヒソと話し声がそこら中から聞こえ、各々の表情は違っていた。
加賀さんのインパクトが強かった分、少しの警戒があるが、皆が皆ああではないと信じたい‥‥。
そして、僕が下がったのを見て、今度は提督が前に出た。
「言葉の通り、信濃が此処に来た。だが、予想外な事も相待ってこういった事になっている‥‥。まあ何にせよ、仲間である事に変わりはない。自身でも言っていたが、艦種は航空母艦だ。頼むぞ、赤城達」
「は、はい! お、お任せください」
「‥‥という事で、今日は祝いの席だ。存分に楽しんで欲しい。ただ、信濃を困らせるような事はあまりするんじゃないぞ」
そう言いながら、提督はある一人の方へ視線を向ける。
皆に釘を刺している言葉は、ある一人に促しているように聞こえた。
それが誰なのかは正直分かり切っているけど‥‥。
「さて、そろそろ話もここらで終わりにしよう。‥‥それでは、乾杯」
『乾杯!!』
提督の音頭と皆の声により、長い歓迎会は始まりを迎えるのであった——。
○
「わ〜本当に男の人なんだ‥‥」
「ねえねえ、好きな食べ物って何かな!?」
「あ、おい!ずるいぞ!」
「抜け駆けは許さん!」
これも主役による宿命なのか、僕の周りには大勢の人達が集まる。
ごちゃごちゃした人混みの中、ポンポン発せられる言葉全てに相槌を返せる筈がないので、正直困り果てていた。
「‥‥‥ダメか」
チラッと提督がいる方に視線を向けると、提督は他の人と談笑している様子だ。故に、助けを求めるのは無理だろう。
「あ、あのー‥‥流石に皆さんを一斉に対応するのは無理なので、取り敢えず順番で一人ずつ話しませんか?」
僕の一旦の提案により、皆は顔を見合わせ、考える素振りを見せるが、その考えは直ぐに纏まったのか皆同様に首を縦に振ってくれた。
「それでは、僕はあそこに座っているので順番が決まったら一番の人から来てください」
そして、僕は自身で指を刺した方向の椅子へ向かう。
背後からはギャーギャーと言い争うような声が聞こえるが、きっと気の所為だ。うん、気の所為。
そう現実から逃避しながら、僕はこれから始まる皆との対話で心が持つか心配だった。
○
「‥‥‥‥遅い」
かれこれ三十分近くが経過しただろうか。
とっくに順番ぐらい決まってもいい時間なのだが、僕の隣には未だ誰も座っていない。
それもその筈、視界の奥ではまだ言い争いが続いているのか、人混みが見えるのだ。
別に僕は全員と対話する気でいるし、順番なら確実に話す機会があるだろう。
それでも中々決まらない事にため息が漏れてしまう。
「はぁ‥‥‥」
「隣、良いか?」
「え、あっ‥‥て、提督っ」
男性特有の低めな声。
声をかけて来たのは、勿論提督であった。
「は、はい、構いませんよ」
「そうか。ありがとう」
僕の承諾を得て、提督は隣の席へと腰を下ろす。
対話の一人目はまさかの提督になったのだ。
「どうだろうか。ここでの生活はやっていけそうか?」
「あー‥‥そ、そうですね‥‥」
僕は思わず言葉が詰まる。別にここでの生活が苦という訳では無い。
ただ、皆の視線が刺さりまくるというか‥‥やはりどうしても注目が集まってしまうのだ。それにより、気疲れする事は多い。
「‥‥まあ、そうだろうな。女所帯であるから視線は集まるだろうし、何よりあいつらはすぐ触ってこようとするからな。まったく、困った物だ」
ジト目で提督が見据える先には、入り混じった皆の様子。
膝をつき、溜息を吐くも、その瞳の奥からは親愛の念を感じさせた。
皆を信頼し、仲間だと心の底から思っている証拠だろう。
「あはは‥‥。でも、提督は何故提督になろうと?」
この世界では男性が指揮する鎮守府は珍しい事になるのだ。
僕の感覚で言うと、女性の指揮する鎮守府となる。一人もいないということはないだろうが、珍しい事に変わりはない。
それなのに、提督になった理由が気になる。
「ああ、実は‥‥俺の家が代々海軍の家系でな。その影響が強いんだが、一番は自分自身の意思からだったよ。誰かを守る仕事につきたかったんだ」
「そうなんですか。親御さんから反対とかは‥‥」
「勿論反対されたよ。両親が随分過保護でな。
『あそこは女所帯なんだぞ!鎮守府で指揮するって事を分かってるのか!』って何度も言われたもんさ。まあ、それでも俺は諦めたくなくてな。何とか努力し続けて、やっと認めてくれて。こうして今に至る訳だ」
自分の夢を追い続ける事。それはきっと簡単な事じゃない。
提督の努力と信念の強さが今に結び付いている。
人一倍努力したからこそ、今、こうして提督としているのだろう。
「凄いですね、提督は」
「自分で言うのも何だが、努力の賜物ってやつかな」
「ふふっ、そうですね」
そんな談笑を交わしながら、お互いに微笑み合う。
心を満たしてくれる会話の楽しさが、不思議と表情を柔らかくさせた。
「少しよろしいでしょうか」
突如、後方からかけられた言葉。
後ろを振り向くと、そこには紅白の道着に身を包む女性が二人居た。
「何だ、翔鶴と瑞鶴か。どうかしたのか?」
提督の言葉通り、その女性というのは翔鶴さんと瑞鶴さん。こちらも僕の先輩にあたる人だ。
にこやかな表情で僕達を見るその目は、何処ぞの先輩とは違うく、優しさを体現した物に見えた。
「ちょっと信濃に挨拶をと思ってね。‥‥って、何その目」
怪訝な顔をした瑞鶴さんが送る視線の先には、ジト目で翔鶴さんを見つめる提督。
何か可笑しな事でもあったのだろうか。
「あのなあ。いつもと違う表情をした奴が来たら不気味に思うだろ?そんなあからさまに変な事をしそうな奴を普通の目で見れると思うか?」
「な、何を言っているんですかー?」
「(棒読みだなぁ‥‥)」
「はぁ‥‥だから言ったじゃんか翔鶴姉。変に演じるからだよ」
「うっ‥‥‥‥」
翔鶴さんの様子を見るに、まさに図星をつかれた様な慌て様。
言葉から察すると、翔鶴さんのにこやかな表情は作り物ということだろうか。
「あの、翔鶴さんは表情を作ってたんですか?」
「ぐっ‥‥‥‥」
グサリと刺さったのか、僕の言葉を聞いた翔鶴さんは項垂れる様に膝をついた。
「あ、あらら、ストレートに来たね‥‥」
「どうせ邪な事を考えていたんじゃないのか?」
すると、項垂れていた翔鶴さんは突然立ち上がる。
「ち、違いますよ! ただ第一印象は良く見せたかったんです!」
「それを言っちゃったら台無しじゃん‥‥」
な、なるほどね。
まあ、確かに最初の印象を良く見られたいと思う事は誰でもあるだろう。
それも提督の言葉によって砕け散ってしまったけれど。
「で、でも、挨拶をしに来て頂けて嬉しい限りです。よろしくお願いしますね。先輩方」
「「「‥‥‥‥‥‥‥‥」」」
あ、あれ?何故か三人とも固まってしまった。
何か可笑しな事でも言ってしまっただろうか。
その不安が募るが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「‥‥信濃は優しいな。正直、その優しさが不安だ」
「本当だねぇ‥‥。これはしっかり見張らないとダメかもしれないね‥‥」
「ふふふ‥‥‥」
心配と呆れを含んだ表情を見せる提督と瑞鶴さん。
そして、先程とは違い、不気味な笑みを浮かべる翔鶴さんという思わず首を傾げてしまいそうな光景が広がっていた。
ただ、翔鶴さんからは加賀さんと同じ何かを感じる‥‥。
「まあ、俺の指揮する鎮守府に来てくれて良かったよ。大体が男慣れしてるからな」
「その分加賀さんとかは更に暴れそうだけど‥‥」
「そうだな‥‥警戒は緩めずに——」
「信濃さん」
「は、はい」
提督と瑞鶴さんが二人で話し合っている間に翔鶴さんが声をかけて来た。
表情を見ると、最初と元通りのにこやかな表情だ。
特に嫌な感じはしないし、あまり警戒はしないで良さそうだけど。
「実は、見せたいものがあるんですよ」
「見せたい物ですか?」
「ええ、なのでこれから私の部屋に来ていただけないでしょうか」
「え、えっと〜‥‥」
「大丈夫ですよ、ちょーっと来てもらえれば良いので。悪い様にはしませんから。ええ、きっと‥‥‥ふふふ」
前言撤回。やっぱり警戒を怠らない方がいいかもしれない。
翔鶴さんもあの人と同じだ‥‥。
「おい」
「‥‥‥‥‥‥」
明らかに怒っていると分かる声質で翔鶴さんの肩に手を置く提督。
一方、額から汗が伝っている翔鶴さんは明らかに焦っている様子だ。その後ろには、あははと苦笑いをしている瑞鶴さんがいた。
「あまりおいたが過ぎると憲兵のお世話になってしまうかもしれないぞ?」
「は、はい‥‥すいません」
流石と言うべきか、一瞬で翔鶴さんを宥める提督には頭が上がらない。
きっと、これからも頼れる上司となるだろう。
「ごめんね、うちのバカ姉が」
「い、いえ。僕は大丈夫ですので」
「そう言ってくれると助かるよ。もし困ったことがあったらいつでも相談してね。先輩として直ぐに駆けつけるから!」
「はいっ、ありがとうございます!」
「‥‥見てみろ。お前もあの立派な妹を見習え」
「私は既に立派ですよ。と言うわけで、ご褒美として提督か信濃さんのアレください」
「‥‥‥どうしてこんな風になってしまったんだ」
○
その後、やっとのことで順番が決まり、70名の皆との対話が始まった。
後から聞いた情報によると、翔鶴さん達は話し合ってもキリがないのでこちらへ来たそうな。
当然、その日疲れたのは言うまでもない。