『提督は信じますか? 僕が、前世の記憶を持っていると言ったら——』
「‥‥‥‥‥」
信濃の歓迎会の最中、鎮守府内の騒ぎ模様は外まで聞こえてくる。
そこで、俺は気分を変えようと鎮守府の側の堤防に腰を下ろしていた。
辺りは真っ暗。冷たい夜風が身体を刺し、少し肌寒い。
「前世、か」
ふと呟いた言葉は今日一番に印象深い物だった。
信濃の着任。自分自身、歓迎したい気持ちで一杯なのに何処か心の中で突っかかる。
信濃が男だから? 少しズレた考えを持っているから?
‥‥それも含めて、俺はもやもやした気持ちでいるのだろう。
だが、やはり一番は前世の記憶を持っていると言う事。
艦娘の生態は未だ明らかになっている訳ではない。故に、前世の記憶を持っている事は不思議ではないのかもしれない。
しかし、その性別は一体どう言う事だろうか。
男性で艦の力を宿した人物。それはもはや艦娘と言えるのだろうか。
「いや、艦息か?‥‥ははっ」
自分でもバカバカしいくらいに思うどうでも良い事を呟き、苦笑する。
「上は何て言うかね」
今回の建造の報告書にはありのままの事実を書いた。
嘘だと思って相手にされないのが一番楽に終わるが、そう言う訳にも行かないだろう。
俺自身、階級も少将だ。新米では無いし、少しくらい耳には入る筈。
それを考えると、やはり大事になるかもしれない。
更に、信濃は容姿が綺麗だ。男の俺でも見惚れるくらいに。
故に、信濃の事が広まればこぞって鎮守府に押し掛けてくる可能性がある。
そうなると困り物だ。
だが、やはり同性が居る安心感は大きい。
信濃には申し訳ないが、気疲れする視線の負担を少し担って貰おう。
「ここに居ましたか。提督」
「ん、大和か。‥‥弟が出来て随分嬉しそうだな」
後ろを振り向くと、風に揺れる長い髪を靡かせた大和が居た。
その表情はにこやかで、明らかに喜んでいると見て取れる。
すると、大和はこちらに近づき、俺の隣に腰を下ろした。
「当たり前じゃないですか。弟ですよ弟」
「‥‥お前の事だから大丈夫だと思ってはいるが、くれぐれも変な事はするなよ」
「それは分かってますよ」
「(どーだかね‥‥)」
そうは言うが、大和はニマニマとした笑みを隠さず、上がった口角を下げずにいた。
果たして本当に大丈夫なのか‥‥。思わず不安になってしまう。
「‥‥でも、羨ましいよ。俺は兄弟とか居なかったからな。お前らを見ると姉妹それぞれ楽しそうだし、笑顔が絶えない。‥‥中には偏った奴もいるけど、やっぱり憧れてしまうよ」
俺は両親と接する機会が多くはなかった。
幼少期の頃は甘やかされた記憶はあるが、自分の夢を志してから関係は悪化した。
ただ、今では仲良しとまでは行かないが、仲が悪いという訳ではない。
「そうですか‥‥。では、今この時間だけ私が提督の姉になると言うのはどうでしょう」
「はっ‥‥?」
俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
だが、大和の言葉はそれほど衝撃的だったのだ。
「何言ってんだか‥‥それに漬け込んで邪な事でもするつもりか?」
「ち、違いますよ!ただ、提督には一度姉弟がいるという体験をして貰おうと!」
「それで俺が弟ってのは俺を小さく見てるってことか〜?」
「ぐっ‥‥そ、それも違うんです!」
「ふふっ、冗談だよ。悪かったな」
「も、もう!本当意地悪ですよ!」
大和の慌て様が思わず面白くてつい弄ってしまった。
だが、大和がそう考えていてくれたのはとても嬉しい。つい口が緩んでしまう。
「そうだな‥‥ちょっと甘えるのも悪くないよな」
そう呟き、俺は隣にいる大和の肩に頭を置いた。
「へっ‥‥‥‥///」
「んっ、何だ、自分から言っといてそう恥ずかしがるのか?」
チラッと上の方に視線を向けると、顔を赤くした大和が見えた。
大和の身長は俺よりも高い為、必然的に視線が上になってしまう。
「い、いえ!す、少し驚いただけですから」
「ん、そうか」
自分でやっといてあれだが、これでも俺の心拍数は早くなっていた。
それも、恥ずかしさとドキドキした気持ちの所為だと承知している。
一方の大和はどうなのかは分からないが、未だに顔を赤くしているあたり、同じと見て良いだろう。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
暫しの間、俺と大和の間には沈黙が続いた。
それは気まずさを纏った物じゃない。安心出来て、落ち着けるからこその心地良い時間だ。
だが、俺はその時間を自ら断ち切った。
姉である、大和に聞く為。
「‥‥大和は信濃をどう思う」
唐突に放たれた言葉を疑問に思ったのか、大和は不思議そうな声で尋ねてきた。
「一体どう言うことでしょうか」
「そのままの意味だ。大和は信濃をどう見ているかが知りたい」
「どう見ているか、ですか。私は信濃の事は弟だと割り切って見ています。別に悪い意味で捉えているわけではありません。自分が姉であることを自覚していますし、変な事をする気は毛頭ありませんよ」
「そうか‥‥」
大和はあくまでも姉として信濃と接していく。本人の意思は固く見えるし、恐らく間違いは無いだろう。その言葉だけでも十分に嬉しかった。
ただ、それが分かっていても問題は信濃の方。
執務室で信濃が過去を話した時の顔。あれは今でも鮮明に覚えている。信濃は何とか笑顔を取り繕っていたが、明らかに何かを我慢していた。
きっと、何か辛い過去があったのだろう。そうでなければ、あんな作った笑顔はしない。
観察するのは得意な方だ。海軍の家系にあるからこそ、今まで見て来た顔は数知れない。
そう理解しているからこそ、せめて此処では信濃に楽しく生活して貰いたいのだ。
だが、そこには拭い切れない葛藤があった。
大和に、あの時のことを話すべきなのか——。
それが一番の壁であり、問題点であった。
その事を話したとしても、恐らく大和は配慮して信濃と接してくれるだろう。
しかし、その過去を勝手に話して良いのかが分からなかった。
信濃にとって辛い過去であるならば、ほいほいと話すべきでは無い。他人の"物"だからこそ、勝手に広めて良い物ではないのだ。
故に、俺は迷っていた。
「————ぉく」
その葛藤が俺を悩ませていた。
「————いとく」
一体、俺はどうすれば良いのだ——。
「提督!」
「っ‥‥‥‥‥‥」
大和の声を聞き、俺は咄嗟に頭を上げた。
「はぁ、声を掛けても全然反応してくれないんですから。いきなりどうしたんですか?」
「っ‥‥あ、ああ。すまん、ちょっと考え事をしていてた」
「そうですか。それまた一体何の?」
「‥‥‥‥‥‥」
俺は思わず言葉が詰まる。実際に聞かれたこの場面、抜け出す方法は沢山あるが、その選択肢の迷いはいつまでも晴れなかった。
そこで、俺は一番最悪の選択を取ってしまう。
「‥‥何でもないよ」
「‥‥? そうですか?」
「ああ‥‥何にも。さて、そろそろ冷えて来たし戻るとするかな」
「そうですね。私も信濃ともう少し話したいですし、戻りますか♪」
その明るい声音が大和の喜悦した感情を表していた。
軽やかな足取りの元、鎮守府へ歩き出す俺達。
俺と大和の心の中の感情は正反対であることを知らず、嬉しそうに歩く大和を俺はただただ見ることしかできなかった———。